「任せたぞ!ロードランナー!」
「はい!お任せを!」
第二走者はゴマちゃんとイエイヌちゃんだ。イエイヌちゃんはまだかまだかとウズウズしている。頑張れ!チーターちゃん!
「はぁ…はぁ…あとは頼んだわ…」
「わかりました!後は任せてください!」
チーターちゃんからバトンを受け取り颯爽と駆け出すイエイヌちゃん。さっきまでの興奮した様子と違って安定したスタートだ。変に力まず安定した姿勢で走っているように見える。
「負けませんよ…!必ず追いついてみせます…!」
イエイヌちゃんが真剣な顔をしている。決して手を抜くつもりはなく、真剣勝負として参加しているようだ。
一方のゴマちゃんは走らず空を飛びながらイエイヌちゃんの様子をうかがっている。
「向こうも交代したか…けど私だって負けるワケにはいかねえんだ!ロードランナーとしての意地を見せてやる!」
そうして地面に降り立ち走り始めた。向こうも真剣な様子だ。
しかしその差はジワジワと縮まっていき、イエイヌちゃんが追いつき始めた。
「追いつきましたよ!ロードランナーさん!」
「ぐっ…!負けねえ!」
バサッ!
「なっ…!?」
驚くのも無理もなかった。かけっこの最中に目の前で飛び始めたのだ。
「飛ぶのなんてありなんですかぁ!?」
「へへーん!飛んじゃいけないなんてルールはないんだぜぇ!」
「ッ…!負けません!」
イエイヌちゃんはいたって真剣だ。飛ぶゴマちゃんに対して真っ向から勝負している。
「飛んでスタミナが回復したら走って一気に引きはがそうと思ったけど存外しぶといな…思ったより早いしコヨーテのやつより厄介かもな…」
「あまり余裕がなさそうですね…!飛ぶなんて卑怯なマネをしておいてそのザマですか…!?」
「なっ…!」
ゴマちゃんの表情が急に変わった。なにかやりとりしてるようだけどどうしたんだろう。
「はぁ…はぁ…」
「あ、チーターちゃん、おつかれー」
「疲れたわ…」
すっかりへとへとになっているチーターちゃん。今回のかけっこはよほど堪えたらしい。
「ゴマちゃんとイエイヌちゃんだいぶ良い勝負をしているよ」
「あら、ほんとう。ゴマちゃんってばいつもは飛んで煽ってくるっていうのに珍しいわね」
「イエイヌちゃんが有利かも。がんばれー!イエイヌちゃーん!」
「!」
反応した!軽くうなずいて再び真剣な表情に戻った。あたしの声ちゃんと届いたんだ!負けるな!最後まで頑張って!
「ともえちゃんが見てくれているんだ!ここは絶対に負けない!」
その瞬間だった。
「あっ…」
盛大に転んだ。全力で走っていたからかかなりの距離を滑ったように見えた。
「ぐっ…あああぁああぁぁぁああアアア!」
「イエイヌちゃん!」
足からすごい血が出ている!助けないと…!
「イエイヌちゃん!待ってて!今行くから!」
「任せて…!」
「っ…!」
ひょいと抱きかかえられた。次の瞬間突風ともいえる風があたしに吹きつけられた。
「チーターちゃん…!」
「この距離ならあたしの足と持久力でも十分よ!待ってなさい!」
そう言ってあたしを抱きかかえたまますごい速さでイエイヌちゃんのもとへ向かっていく。そしてあっという間にイエイヌちゃんのもとへたどり着いた。
「イエイヌちゃん!」
「ともえちゃん…」
「イエイヌちゃん!このパップ…!」
「あぐッ…ぐぅぅぅうううぅぅぅ…!」
「我慢してね、イエイヌちゃん…少しの辛抱だから…!」
「ハァ……グゥゥ…!ハァッ…ハッ…ァ…」
パップを塗るたびに苦しみ喘ぐイエイヌちゃんを見て心を抉られそうになるけど心を鬼にしてイエイヌちゃんの傷口にパップを塗る。傷口に触れるたびに苦しそうな姿を見せるイエイヌちゃんを見るのは嫌だけどこのままなのはもっと嫌だった。
「我慢しなさいイエイヌ!じゃないともっとひどいことになるわよ!」
「いっ…た……ッ!……だ、大丈夫です……続けてください……」
「うっ、うん!」
そうしてパップを一パック塗った後しばらくイエイヌちゃんの手を握りながらそばに寄り添うようにした。心配で心配でしょうがなかった。手を握って祈るしかできないあたしが悔しくてならなかった。
「はっ…ァッ…ありがとうございます、ともえちゃん…おかげで痛みが引いてきました…」
「よかったぁ…よかったよぉ…」
泣きそうになっているあたしをイエイヌちゃんが慰めてくている。後ろでチーターちゃんも安心したように頷いている。
「ン」
ロードランナーちゃんが手を差し伸べてきた。
「まだ勝負は終わってねぇぞ。ケガが良くなったんなら立て」
「………はい」
ロードランナーちゃんの手を取って立ち上がるイエイヌちゃん。お互いの目は真剣そのものだ。
「いくぞ。よーい…」
「ドン!」
そうして再び試合は始まった。二人を見送った後にもと居たところまで帰ろうと辺りを見渡すとチーターちゃんがいなくなっていた。どこに行ったんだろう…?
「さすがだぜイエイヌ…!足をやられてもその速さ…だが私も負けるわけにはいかねえんだ!!!」
「ハァ…!ハァ…!」
右足がジクジク痛む。地面を蹴るたびに右足を中心に痛みが全身に広がるようだった。パップである程度癒えたとはいえ痛かった。痛みで何度も転びそうになった。けどともえちゃんに治療してもらった以上その恩には報いたかった。
ロードランナーさんは飛ばずにずっと走り続けている。わたしに追いつけないながらも必死に勝つために走っているようだった。その顔は真剣そのものだ。わたしとの勝負に勝つためじゃなくてわたしに勝つために走っているように見えた。
「わたしに期待してくれている方たちのためにもわたしは…!」
そう自分を鼓舞して必死に走り続ける。しかしロードランナーさんとの距離は徐々に縮まりつつあった。痛みのせいでうまく走れない。ゴールが遠くに感じる。意識が遠のく感じがした。
そのときだった。
「イエイヌ!」
わたしを呼ぶ声が聞こえた。
「ここよ!ここまで走りなさい!」
チーターさんだ。少し遠くにチーターさんが見える。
「ゲッ!マジかよ!」
「くっ…!ハァ…!」
必死に走った。何度も転びそうになった。けどその先に見えるチーターさんのために走った。やがてチーターさんのところまでたどり着いて倒れこむようにバトンを渡した。
「よく頑張ったわね。あとは地上最速のわたしに任せなさい!」
そうわたしに告げると疾風のごとく駆けていった。
「すまないな。バトンはいただくぞ!」
「プ、プロングホーン様!」
ロードランナーさんからバトンを奪うプロングホーンさんの姿が見えた。いよいよ最終戦なのだろう。対となる二陣の風がコースを駆け抜けていく。
「この距離ならあたしの足でも十分!この試合いただいたわ!」
「ははは!いいぞ!血肉たぎるようだ!楽しいぞ!チーター!」
「今までにないほど楽しいぞ!このような試合もあるのだな!さあ、最後まで全力で駆けようではないか!」
「調子に乗って…!勝てないってわかってもそんな態度みせるワケ!?」
「いいや、わたしも全力で挑ませてもらう!」
プロングホーンさんの目が光って雰囲気が変わる。野生解放だ。
「ッ…!あたしだって…!」
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」
……勝負は決した。試合はチーターちゃんたちの勝利で終わった。最後のレーンでチーターちゃんが圧倒的な速さで引き離していったのだ。
「か、勝った…あたしが…」
チーターちゃんは茫然自失といった感じだった。自分が勝ったという事実が信じられないといった様子だ。
「ともえちゃん…」
「イエイヌちゃん!」
満身創痍のイエイヌちゃんがよろよろとあたしに歩み寄ってきた。いけない、休ませなきゃ!
「だめだよ!イエイヌちゃん!パップ塗ってあげるから休もう!」
「へへ…やりましたね…わたしたちの勝利ですよ…」
「イエイヌちゃん…!」
「わたしが…負けたか…」
「プロングホーン様…」
「ふふふ…だが…今までの試合で一番楽しかった!チーター!!!」
「っ!!」
「お前もやればできるではないか!今までで最高の走りだったぞ!」
「プロングホーン……あたしは……」
「ふふふ…お前のあの顔…自分のために走るのではなく他の"なにか"のために走ったのであろう?粗削りではあるが力強く美しい走りだったぞ」
「あ、あたしは別にそんな…」
「はっはっは!何がともあれお前たちの勝ちだ!今はそれを誇るがいい!」
「ッ…!」
向こうは向こうでなにか話し込んでいる。なにを話しているんだろう。
「あなたたち…」
「ん、なぁに?」
「今日は…その…ありがとう…おかげで楽しかったわ」
「え?別に何もしてないよ」
「それでいいの。おかげで大事なことに気付けた気がするから…」
なにかよくわからないけど感謝されちゃった。なにかためになるようなことがあったんだったらそれでもいいかな。
「あ、そうだ。これあげる」
「? これは?」
「走ってるチーターちゃんの絵!すごくかっこよかったよ!絶対に負けないっていう思いとかイエイヌちゃんのために走る姿とか、走るだけでこんなにも感動を与えれるなんてとってもすごいよ!あたし、今日ここに来て本当に良かった!」
「っ!!!」
チーターちゃんの肩が震えだす。次の瞬間うつむいた顔から大粒の涙があふれだしてきた。
「ありがとう…ありがとう…!」
「ん、よしよし」
やさしく胸を貸して頭を撫でてあげた。普段はツンツンしながらもあんなに頼もしく走っていたチーターちゃんがなんだか小さく見える。本当はとっても弱かったのかもしれない。それが今回のかけっこを通じて大きく成長できたのだろう。あたしはそれがとても嬉しく思えた。
「へへへ…この光景を見れただけでもケガをした甲斐があったのかもしれませんね」
「もう!イエイヌちゃんは無茶をしすぎだよ!」
「へへ、ごめんなさい…」
しっぽを控えめに振りながらそう答えた。仕方がないから許すとする。
「でも普段から無茶をするともえちゃんも人のことを言えませんよ。お互い様、です」
「むー…」
許さざるを得ないようだ。あたしの負けだ!
…………
「もうケガは大丈夫なのか?1日といわず2日や3日と休んでもわたしはいっこうにかまわんぞ?」
「ふふっ、そんなにお世話になるわけにはいきませんよ。ケガはもう大丈夫です。コアラさんのパップのおかげですね」
そう笑いながらイエイヌちゃんが答える。痛がってる素振りもなくすっかり元気になったようだ。
「まったくアイツのパップも不思議なものだな。今度わたしももらいにいこうか」
「そうした方がいいかもね。じゃあ、あたしたちももう行くね」
「うむ、また来るがいいぞ。お前たちなら昼と夜と問わずいつでも歓迎してやるからな!」
「……あたしも待ってるから」
「うん!」
そうしてあたしたちはこのチホーとバイバイした。不思議なフレンズさんたちだったな。みんなそれぞれの信念を持っていてそれぞれの思いを持ちながら全力で走る。同じ走りでもまったく意味が違うんだなって思わされた気がした。
「みんな良い方たちでしたね。わたしもいつか彼女たちに追いつくことができるでしょうか」
そうイエイヌちゃんが尋ねてきた。そんなこと聞かなくったってわかってる。
「きっと追いつくよ。それとも気づいてないだけでもう追い抜かしちゃってたりして」
「そんなことありませんよ。わたしはあの方たちみたいに高尚ではありません。わたしなんてまだまだ未熟なひよっこです」
「ふふふ、そんなに卑下しないほうがいいよ。あたしちゃんと見てたんだから。ゴマちゃんと真剣に走っている様子をね。あの走る姿はチーターちゃんたちと違わずすごく立派でかっこよかったよ」
イエイヌちゃんの顔が真っ赤になる。照れててかわいいんだぁ。
「あ、ありがとうございます…」
「その顔見てたらまたもふもふしたくなってきたな~」
「わぁぁ!今はやめてください!」
「やーだねー!それ!うりうり~!」
「わー!わー!」
…………
ヒトの子を見送った後、わたしもゴマちゃんと戻ろうと踵を返したときだった。
「どうした?ゴマちゃん」
「いや、不思議な奴らだなーって思って……」
「そうだな、あの二人のおかげで昨日のかけっこができたのだ。感謝してもしきれないくらいだな」
「………」
様子がおかしい。まさかあの子たちの毒気にあてられたのか?だとすれば…
「なぁ、プロングホーン様」
「うむ、なんだ」
「私、あいつらに付いていきたい。あいつらの冒険をこの目で見てみたい!お願いだ!プロングホーン様!私を行かせてくれないか!」
「………」
いたく真剣な眼差しだ。今までどこへ行くにもわたしにべったりでプロングホーン様プロングホーン様と呼び慕ってるだけだと思っていたが…
「…いいだろう。断る理由もあるまい。行ってくるがいい。その足でこのジャパリパークを見て回ってくるといい!」
「…! は、はい!」
そう返事をすると元気に駆け出して行った。しかし、いつの間にあんな顔ができるようになっていたのだな。これもともえとイエイヌのおかげなのか…
「……あの子たちもここでしたように皆を輝かせる不思議な冒険をしていくのだろう…お前の成長した姿、楽しみに待っているぞ」
人知れず静かにつぶやいたあとわたしは一人でいつもの道を戻っていった。