ぴんぽーん、ってチャイムが鳴った。はーいってモニタを見れば、どこかそわそわしている、落ち着かない様子の太一が立っていた。
太一がジュンの家を訪ねてきたのは、ホワイトデーだからである。3倍返しが基本よね、って空やミミに入れ知恵をして、結構高そうなお菓子を選ばれし子供達に配ったバレンタインデー以来の訪問である。お台場小学校サッカークラブは、上級生と下級生のクラブチームが交互にグラウンドを使っているため、ただいま大輔は部活に出かけたところである。
「いらっしゃーい、太一くん。どうしたの?」
「こんにちは。ほら、今日、ホワイトデーだろ?もってこいって言ったのジュンさんだろー」
「あはは、そうそう、よくわかってんじゃない。せっかくだから上がってく?」
「あ、はい」
ジュンはスリッパを差し出した。はい、これ、って差し出されたのは可愛い包み紙にはいったお菓子である。ホワイトデーだし白いマシュマロが定番でいいんじゃないか、って考えてそうなのに、マシュマロじゃないことにジュンは驚きを隠せない。
大げさなくらい取り乱してやろうかと思ったのに。マシュマロ=あなたが嫌いです、ネタは定番である。これは光ちゃんに入れ知恵されたかな、ってからかいのネタが減って残念である。それにしてもこれはどう言う意味だろう?とジュンは考える。
光ちゃんがお買いものに付き合ったのなら、あなたは友達のままでいてください、って意味のクッキーあたりを勧めそうなのに。キャンディーが入っているのはどういうことだ。はっはーん、とジュンは思った。
空ちゃんのと間違えたな、この子。不慣れなことするから、とジュンはこっそり笑う。綺麗なリボンが付いてるお菓子の小袋なんて、男の子が持ってるのは気恥ずかしいものがあるのだろう。コートをかけている太一を見ながら、ジュンは飲み物を準備するから先にリビング言ってて、と追い立てる。行ってみると、どこかやっぱり落ち着かない太一が座っていた。
「どうしたのよ、太一くん」
「実は相談があって」
「相談?」
「そうそう、相談!」
「ふうん、そうなんだ。それで?好きな子に誕生日プレゼントでも贈るわけ?」
な、な、な、なんで!?と顔を真っ赤にした太一に、ジュンは笑った。
「みりゃわかるわよ、顔に書いてあるもの。恋せよ少年ってね」
けらけらと笑うジュンに、バツ悪そうに太一は頭をガシガシと書いた。そっかあ、とがっくり肩を落とした太一は、ほんのちょっぴりすねたような顔をする。太一は、そんなにわかりやすいかよ、とわかりやすいくらい落ち込んでいる。
そりゃあねってジュンは割と容赦なく追い討ちをかけた。がんばれ、太一くん、なんてどこまでも無責任で投げやりな言葉をなげかけた。ここにきてからてんぱりすぎよ、って蹴落とすことも忘れない。
ジュンは心の中でこっそり舌を出す。デジタルワールドの冒険をたっぷり読み込んでいる20XX年の人間にとっては、目の前にいる八神太一という少年はとりわけ描写が多い登場人物だったから、今、彼がどういう状況にあるのか手を取るようにわかるのだ。
にやにやしてしまうのは無理もない。サッカー部をやめちゃった空は、華道師範代のお母さんの手ほどきを受けて、日本人女性に華麗に変身しつつある。今までサッカーボールを蹴っていた男の子みたいな女の子が、どんどん可愛らしい女の子になっていくのだ。
意識しないほうがおかしいだろう。誕生日プレゼントの件で喧嘩するくらい進展したエピソードは、オメガモン誕生の章で詳細に語られているからしっている。そういえばもうすぐそんな季節なんだ、ってジュンは思った。今年中学3年生でよかった。
今日が受験日だったら受かる気がしない。個人的にはあの空がピンどめのプレゼントで怒るなんて想像できない。作者の視点で書かれているため心理描写がないのが困る。太一が女の子として意識しはじめた一方で、空は今までの男のこと女の子の友人関係が変化するのが怖かったのかもしれないし、純粋に気に入らなかったのかもしれない。
あのプレゼントのデザインは結構可愛かったから、女の子にプレゼントすることに不慣れっぽい太一が用意したにしてはセンスがいい。だから光かミミに相談して用意したのがバレてしまい、太一に自分で用意して欲しかった空の怒りを買ったのかもしれない。
当時、小説が出たころ、いろんな憶測がながれたものの、彼らは沈黙を守ってしまい真相は闇の中だった。複雑な乙女心である。女を捨てる生活をしていた前世の延長で、恋人がいない歴=年齢を更新中のジュンにはさっぱりわからなかった。
「あーあ、ジュンさんにはかなわねーなあ」
ちぇーってうらめしげに見てくる太一に、ジュンはにやにや笑った。もう隠すことも面倒になったのか、太一ははいはい、そーですよ、好きな女の子にプレゼントしたいんだよ、って自暴自棄な暴露を決行した。
どうせ誰だかジュンさんにはわかってるみたいだから、いわないけどさ、ちっくしょー!って面白くなさそうに、ふてくされている。そこまできて、なんで名前を隠すのよ、ってジュンは首をかしげた。そんなの恥ずかしいに決まってるからだろ!って太一は大声を上げた。
こころなし顔が赤い。頬が熱を帯びるのがわかるのか、あーくそ、って舌打ちした。そして太一は、思いっきりおもちゃを見つけた顔をしているジュンを見て、この反応すらおもしろいって思われてることを察して、あーもう、って首を振った。
「わかってんなら、教えてくれよ、ジュンさん。なにがいいかなあ?」
「そんなの自分で考えなさいよ、アタシが手伝ったってバレたら、微妙な空気になるでしょ」
「そりゃそうだけどさあ、ぶっちゃけ思いつかないんだよ」
「それなら、なおさら考えなきゃ」
「えー、なんだよそれ。じゃあさ、ジュンさんは何欲しい?」
「アタシに聞いてどうすんの」
「またそういう意地悪なこという」
「誕生日プレゼントねえ、まあゲームはだめよね」
「そんな高いの買えないっての」
「ま、そうだけどね」
うーむ、とジュンは考える。中学生とはいえ、精神年齢は××歳となっているジュンが欲しいものは、普通の女の子とかけはなれているといってもいいだろう。少女漫画やドラマ、小説、映画の世界である。彼氏?何それ美味しいの?レベルでリア充イベントとはリアルに遠ざかって等しい前世を思い出し、ちょっと死にたくなる気分になりながら、はるかかなたの小学校時代を思い出す。
小学生といっても、高学年になると、だんだん大人びてる子が多かった印象である。女の子は男の子よりも精神的な成長が早いし、大人びた言葉遣いとか仕草をすることが多かった。子供っぽいおもちゃはまず却下。お化粧をしてる子もいた気がするけど、今は1999年である。そういった子供向けのお化粧品はまだお高めだし、男の子からのプレゼントで化粧品って斜め上にカッ飛びすぎだ。
「アタシは文房具かなあ」
「え?文房具?」
「そうそう、文房具。もちろん、可愛いお店に売ってるやつね。可愛いスタンプとか、手帳とか、そういうの。学校で流行ってるキャラものだったりするとポイント高いかもね。そういうの集めてる子なら、喜んでくれるんじゃない?まあアタシは集めてないけどね、学校に持っていけないものもらっても困るし」
「文房具かあ」
「あ、でも、アクセサリーの方がいいかもよ。文房具は趣味が合わないといらないしねえ、アクセサリーだったら集めてる子も結構いるし。学校もってっちゃダメってとこ、結構少ないでしょ?」
「そうか?」
「そうそう、どっちも場所取らないし、部屋を散らかさないし、アタシはもらったら結構嬉しいかなあ。おっきなぬいぐるみもらっても、置き場所に困るでしょ?友達と見せ合いっこして楽しめる物なら、なおいいんじゃない?あー、そうだ、手紙書いたらどお?」
「え、手紙?」
「そうそう、手紙。どーせ言いづらいんでしょ?伝えたいことは書いたら?メールとかあるしねえ」
「ジュンさんは意地悪だよな、そういうとこ」
「はあ?何いってるのよ、太一くん。アタシは太一くんの相談に乗ったげてるだけでしょ?好きな女の子にあげるプレゼントを考えてあげてるだけじゃない。しっつれいねえ」
「そりゃ、そうだけどさ。ったく、そういうとこが意地悪なんだよ!あーもう、わかってるくせに」
すっかり怒ってしまった太一を見て、ジュンはいい加減おちょくるのをやめることにした。
「ごめん、ごめん、太一くん」
「ったくもー」
「でもま、参考にはなったでしょ?」
「まーな、嫌ってほど参考になったよ、くっそう」
「嫌なら最初っから自分で考えなよ、楽しようとするからそうなるのよ。いい薬でしょ」
「なんだよそれー」
ま、がんばれ、ってジュンは笑った。