リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇真実と想いを見つめ直して 絶望と希望

 

 あれから、"闇"に怯えたレヴィとナハトを安心させたシュテルやアスカ。

 想定外の事態によって場の雰囲気は一変してしまい、楽しい話題を続けるような気分ではない。

 仕方なくディアーチェは本題に入ることにした。

 

 ディアーチェは教卓の前に立ち、他の皆はできるだけ固まって教室の席に付いている。

 黒板にはチョークを使って綺麗な字で"紫天の書の真実、空白の幾百年の説明会"と題名が書かれ、下に小さく"聞かせてみんなの想い"とか副題が書いてあった。

 文字の周りにはデフォルメされた皆の絵が可愛らしく描かれていて、シリアスな雰囲気をぶち壊そうと頑張った跡。

 字はシュテルで、絵はレヴィ作。

 

「さて、色々と語りつくす前に。まずはうぬらの想いとやらを聞かせて貰おう。うぬらはは何を望むのだ?」

 

「王よ、私から語りましょう」

 

「よかろう。シュテル、話してみよ」

 

 シュテルは頷いて立ち上がると皆に言い聞かせるように話した。

 自分が抱く本当の望み。心から願うことを。

 そして、自身の過去に何があったのかを。

 

「では、私の過去と望みを、本当に抱く望みを告げましょう」

 

「私の母は、高町桃子は私が幼い頃にテロリストにさらわれ、殺されてしまったと聞いています。父である士郎の目の前で。それ以来、高町家は復讐の為に不破へと家名を変えてしまいました。私も身を護る為に父や姉から暗殺術を、護身の業として叩き込まれています」

 

「それ故に、私の家庭は酷く荒んでいて、私の心も随分と枯れている。今の私が酷く大人びているのは、そのせいなのですよ。守るべき大切な人がいた兄の恭也がいなければ、私は壊れてしまっていたでしょう。兄が優しくしてくれたから、私は私でいられるのです」

 

「復讐に燃える父や姉の美由希も酷かった。日々を過ごしていくうちに、心も身体も擦り減っているのが目に見えて分かりました。優しかった性格も荒んで行って荒れて行きました。誰かを殺した日には血の匂いが酷くて、何処か、後悔しているようでした。ですから……私は大切な皆にそんな風には成って欲しくないのです。復讐はすべきではないでしょう」

 

「だからこそ、私の望みは誰にも邪魔されずに、静かで平和に暮らすことです。平穏な日常に憧れがないと言えば嘘になりますから。そして、その日常には大切な親友が、貴女たちが必要なのです……家族として」

 

「これが、私の抱く本当の望みです」

 

「なっ……」

 

「うぅ、シュテル。貴女は本当に辛い過去を過ごしてきたのですね」

 

 ただ淡々と、まるで他人事のように己の過去を語るシュテルだが、その内容は誰が聞いても壮絶と言えるほどで、正直泣きたいであろう本人に代わってディアーチェとユーリが涙を浮かべていた。

 幼い頃に母親を失う経験はとても辛い。ディアーチェだって物心つく前に両親を事故で失ったから良く分かるし、ユーリはベルカの戦乱時代に生きていた経験から親しい人を何度も損失して、その痛みを少しでも理解している。

 それでも耐えられたのは代わりに慰め、心の隙間を埋めてくれた大切な人がいたからだ。ディアーチェには家族である守護騎士や姉のように親身になって接してくれた石田先生。ユーリにも生き残った仲間やオリヴィエ聖王陛下、親兄妹のように親しい聖王騎士団の方々がいた。でも、シュテルには本来傷ついて、枯れた心を癒してくれる家族がトラウマのような存在に変わってしまった。

 それはなんと悲しくて、辛いことなのだろう。ディアーチェが同じ立場だったら確実に潰れていた。

 毎日、身を護るための訓練を積み重ね、家族は復讐に飛び回って家を空けていて、帰って来ても血に塗れて以前とは別人になっていく。どこか近くて遠い家族との距離、疎外感。だから誰かがいても孤独だと感じてしまう。独りぼっちになる。そんな日々を想像しただけでディアーチェは耐えられない。

 シュテルは本当に強い子だとディアーチェは思う。彼女はいつだって涙を流したことがない。悲しいときも、辛い時も、嬉しくても、どんな状況になっても一切の涙を流さない。少なくともディアーチェはその姿を見たことがなかった。

 心が壊れて感情が麻痺してしまったわけではない。本人は心が枯れていると言っていても、シュテルを見ていたディアーチェには彼女がうっすらとだが微笑み、静かに怒り、他人の悲しみに憂いの表情を見せることができるのを知っている。

 きっと、泣くことをやめたのだ。強く在ろうとしなければならなかったから、泣いてはいけないと自分に言い聞かせて涙を殺してしまった。

 それはなんと悲しいことだろうか? 涙を流して辛いことや苦しいことを押し流すことができず、自分の心に溜めるしかできないのだ。それでも耐えることしかできないシュテル。

 そのことを、シュテルを想うといても立ってもいられなくなってディアーチェは、気が付けばシュテルを抱き締めていた。

 

「王……?」

 

「うぬは、うぬは泣けぬから我が代わりに泣いてやる。い、言っておくが同情とかではないからな!? ただ、王たる我が涙を流せぬ哀れな臣下の為に泣いてやるだけだぞ!? 決して……決してうぬの境遇が、ひぐっ……」

 

「まったく、王は泣き虫です。上に立つ者は安易に涙を見せてはいけないのですよ?」

 

「分かっておる! わかって、おる……っ」

 

 マテリアルと心の一部が繋がっているディアーチェは、親友たちの抱いている陰りを理解しているつもりでいた。だが、とんでもない。本当は感じていただけでこれっぽっちも抱えた傷を理解できてなどいなかったのだ。

 何かを抱えているのは分かっていた。出会った時から何処か仮面を被って、何かを隠しているのは気が付いていた。

 けれどそれはディアーチェの自惚れだったのだ。彼女たちの抱える闇は想像以上に深く、大きい。ディアーチェごときが傷を完全に癒すことなどできない。

 代わりに涙を流すことしかできない自分をディアーチェは悔しく思う。逆に慰められてあやす様に背中をたたかれている自身を情けなく思う。彼女たちの心の傷をできるなら癒して、理不尽にも巻き込んで奪ってしまった未来を返すつもりだったのに、結局は辛い思いをさせるだけなのだろうか?

 このまま、彼女たちを家に帰しても辛い日々が待っているだけ。生まれ変わらせることは間違いだったのだろうか?

 ディアーチェの決意が乱れて、揺れ動く。本当に自分が正しいことをしているのか分からなくなる。

 そんなディアーチェを落ち着かせるように、優しい声でシュテルが耳元に語りかけてきた。

 

「ディアーチェ。私の為に涙を流してくれてありがとう。でも、悪いことばかりでなかったのです。自分の人生を生きてきて私はかけがいのない親友を得ることができました。それに、私の為に涙を流してくれた人は貴女で四人目です。ユーリを含めれば五人目」

 

「あっ……」

 

 そう言ってシュテルはディアーチェの肩を優しく抱いて、ゆっくりと身体を教室を見回せるように振り向かせる。

 そこには優しげに微笑む三人の少女たち。アスカ、レヴィ、ナハトの姿。

 そう、ディアーチェよりも長い間シュテルと付き合ってきた彼女たちが、悲惨な過去を知らぬはずがないのだ。何よりシュテルの家に訪れた時にギクシャクした家族関係を見れば嫌でも気が付く。訓練した時に増えていく生傷や痣、どこか暗い雰囲気を纏う親友。気付けない方がおかしい。

 彼女たちはシュテルの凄惨な過去を知って、同じように泣き、改善しようと奮闘して失敗し、それならば潰れないように支えようと決意した。

 優しく接してくれた兄の恭也。慈愛に満ちて母親代わりになってくれた忍。そして、自分にはない明るさと優しさを持つ親友の少女たち。

 これらの要素があったからこそ、シュテルは心が潰れずに生き抜いてこれたのだから。

 

 "私を想って泣いてくれてありがとう"

 

 他人の為に涙を流してくれた優しい少女に、心の底からの感謝と微笑みを浮かべたシュテルはとっても綺麗で。

 その場にいた全員が見惚れてしまうくらいに美しかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 その後も気を取り直して、自身の想いを伝え合ったマテリアルだったが、レヴィとナハトは抱えた過去の闇まで話そうとはしなかった。

 まあ、出来なかったという方が正しいのだが。とにかく、何も言おうとしない二人に対して、他の四人も追求しようとはせず、いつか話してくれることだけを約束するに留まった。

 だからだろうか、その分アスカが張り切って明るい過去や日常生活を語りまくったのが印象的だった。

 

 さておき、各マテリアルの抱く望みを要約するとこうなる。

 

 レヴィは"みんなとずっと一緒にいること"を望んだ。最愛の母を失い、敬愛する魔法の師を失い、半身である使い魔さえ己の手から零れ落ちた少女の願いは、なるほどと納得させるには充分すぎる願い。三度も親しい人の損失という恐怖を経験したが故に今度こそは手放したくないのだろう。

 

 アスカは"みんなを護れるだけの力が欲しい"と語る。マテリアルとして転生する前は普通の女の子でしかなかった彼女。『なのは』が魔法少女になったときは力になってあげられなかった。事情に踏み込めず、まともな相談すらしてあげられない。あまつさえ、病院の闇の書封印事件では何もできずに殺されたのだ。ならば、無力な自分を嘆いて誰かを護ろうとするのも、現在進行形で力を手にしようとするのも納得できる。

 

 ナハトは"受け入れてほしい"と願う。人間からすれば化け物として恐れられる夜の一族としての体質・能力。たとえ親友であっても、抱えた異質を垣間見て畏怖し、友人関係に亀裂が走るのはよくあること。だからこそ異端の力を持つ少女は、内に秘密を抱えたまま過ごすしかない。いずれ崩壊するかもしれない関係に恐怖して、日々を過ごすのは辛いのだろう。なら受け入れてほしいという願いも納得できる。

 

 もっとも、それを口にする少女は臆病で内気な性格だから叶えるのには時間を要するが。

 

 ユーリは"誰かの役に立つことを"嬉しいと言う。彼女の力は扱い方を誤れば周囲に甚大な破壊をもたらすらしい。そんな恐ろしい力を持つ自分でも何かの役に立てば嬉しいと語る少女。過去には誰かに仕え、その人に喜んでもらうことが生きがいだったらしい。成程。ならば誰かのお役に立てること。主従における従者の立場において、主が喜ぶことは従者にとっても嬉しいことだ。これも納得できる。

 

「うぬらの望みは分かった。今度は我の番だな。まず、我はうぬらを巻き込んで奪ってしまった人生を返してやりたい。だから、地球に帰ったときは家族の元に戻って過ごしてもよい。そして、先も述べていた通り、我の真の望みは復讐すること」

 

「あの身体が徐々に凍てついていく感覚。我を何もない虚数に堕とし、悠久の孤独を味あわせてくれた憎しみ。目の前で家族や親友を奪った絶望。我は一時たりとも忘れてはおらぬ……」

 

 だが、王の語る望みはどこか納得できないとシュテルは感じた。

 恨みを抱いているのも、憎しみが胸の内でくすぶっているのも本当のことだろう。でも、本当の望みは別にあるのではないか?

 かつて『はやて』として生きてきた少女は優しすぎる子だった。それが、短い間だったが共に過ごしてきてシュテルが分かったことだ。

 いきなり現れた見ず知らずの守護騎士に怯えず、道具として使われていた彼らを家族として迎え入れ、自身が助かる為に他人を傷つけ蒐集することを強く拒んだ『はやて』。そんな女の子が本当に復讐という行為を望んでいるのか? 

 家族が己の在り方を歪めてまで抱いた憎悪と憤怒は内面を変えるには充分だとシュテルは知っている。側でずっとずっと見てきたシュテルだからこそ分かる。憎しみに捕らわれた人間は見境がなくなる。怒り狂い、シュテルに対して厳しく接するようになった士郎と美由希が良い例だ。

 復讐の対象と関係者は徹底的に皆殺しにして殲滅する。自身がその過程でどうなろうともなりふり構わず。それが復讐者の在り方。直接的にしろ間接的にしろ容赦はしない。

 

 レヴィとナハトが時空管理局に接触して局員を傷つけたとき、彼女たちは苦しめるように、いたぶるかのように戦ったとアスカから聞いていたが、殺す気ならば一瞬で殺せたはずである。彼女たちはそれほどの実力を持っているから充分に可能。

 だから本当に復讐を望み、怒り狂い、憎悪と憤怒に捕らわれているならば、その時に局員を殺していた。それをしなかったという事は心のどこかで復讐を望んでいないのだろう。

 それに人を、同族を殺すという行為は多大な精神力を必要とする。戦争に行った兵士が心に癒せないほどの傷を負って帰ってくるのはよくある話。日々、厳しい訓練を積んで、心身を鍛えた人間でさえ耐えられないのだ。それまで平和に抱かれていた子供に簡単に人は殺せない。

 仕方なかったとはいえ、シュテルだって人を初めて殺した時は寝込み、何日も嘔吐して悪夢にうなされ続け、しまいには性格を変えてしまうくらいに心が壊れてしまったのだから。

 恐らくディアーチェも、レヴィも、ナハトも、誰かに抱えた憤りをぶつけたいだけなのだ。子供が癇癪を起してストレスを発散させるようなモノ。シュテルはそう考える。

 ならば、導き出される結論としてはディアーチェの言っている望みは嘘だ。

 

「王――」

 

 シュテルはディアーチェの言葉を遮る。これ以上の無駄な話は不要だと言わんばかりに。

 

「茶番はよろしいのです。本当のことを話してください。貴女が何を隠して、何を望んでいるのか」

 

「ぅ……」

 

 闇を凝縮したような瞳から感情が覗き、有無を言わさぬ視線がディアーチェを射抜く。嘘は許さないと訴えかける。

 そのシュテルの迫力に押されてディアーチェは少しだけ後ずさった。周りを見れば他のマテリアルも同じように黙ってディアーチェを見据えていて。彼女たちが何も言わないのはシュテルを信じて任せているが故か。

 

 ディアーチェの瞳が不安で揺れる。心がくじけて泣きそうになる。纏っている虚勢と強がりの仮面が剥がれ落ちそうだ。

 親友であるマテリアル達に問い詰められたのは初めてのこと。否。長い間に孤独を過ごしてきた『はやて』にとって友人と過ごすというのは経験が少ない、未知なる領域だ。"友達と何かをする"ということに慣れていない彼女にとっては遊ぶことも、喧嘩することも、共に泣き、笑うという事も新鮮で、同時に酷く恐れる。

 もし、喧嘩して仲直りできなかったらどうしよう。思わず傷つけるような言葉を言って嫌われたらどうしよう。真実を伝えて彼女たちは壊れたりしないだろうか? どうすればいいんだろう? そういった想いがディアーチェの頭を駆け巡っていく。どうしようもなく不安になる。

 対人経験というモノが少ない彼女はどこまで踏み込んでいいのかが分からない。嫌なことをしないように配慮するのは慣れていても、何処まで嫌なことを言って、そういうことをして許されるのか。その境界線が判断できない。

 

 ディアーチェはすがるようにユーリを見詰めた。ディアーチェと共にあり、支え合ってきた半身。そんな彼女に意見を求めるように視線で訴えかける。

 ディアーチェよりも経験の豊富な彼女なら教えて良いのかどうか判断をしてくれると信じて。けれど、ユーリは目を閉じて首を振るだけで何も言わない。自分で考えろという事なのか、分からないという事なのか判断できないが、助けは得られないというのは確かだ。

 

「はぁっ……ひゅうっ……ひゅうっ……」

 

 怖い、怖い、一人は怖い。孤独は怖い。動悸がする。眩暈がして、呼吸ができなくて苦しい。皆に見つめられている状況が怖い。何も言ってくれないユーリは自分を嫌ってしまったのか? 分からない。今の状況が自身を責めているような気がして、ディアーチェは身体を震わせる。

 

「落ち着いて、大丈夫ですよ」

 

 怯える少女を救ったのは、問い詰めていたはずのシュテル。ディアーチェの身体を抱き締めて、安心させるように心臓の鼓動を聞かせる。

 暖かな温もりが、肌を通してディアーチェに伝わる。それは、遠い記憶の彼方に置いてきてしまった、家族と過ごした時間の中で経験した安息を思い出させるのには充分で。

 苦しかった呼吸が楽になる、暖かな温もりをもっと感じて居たくて、抱いてくれるシュテルにディアーチェはすがりつく。

 

 ぎゅっと、防護服の裾を掴む少女が愛おしくて、色んなことに打ちのめされて震える少女を護りたくて、そんな想いと共にシュテルは安心させるように抱きしめ続ける。

 この想いが自分のモノなのか、守護騎士『シャマル』のモノなのか知らないが、どちらだって構わない。

 腕の中で震える少女を安心させて、勇気づけて前に進ませることができればそれでいい。

 

「安心して。それとも『はやて』には私達のことが信用できませんか?」

 

「そんなことはない……そんなことない……」

 

「なら、もう一度、何も考えずに、疑心暗鬼にならないで、皆の瞳を見てください。だいじょうぶ。きっと貴女なら分かるはずです」

 

 優しい声音で、暖かな声でディアーチェに語りかけるシュテル。震える少女の不安を取り除くように背をトントンと叩いてあやし、ゆっくりと少女を見ている親友たちに振り向かせる。側にいることを確かめさせるためにシュテルはディアーチェの肩から手を離さない。

 ディアーチェはもう限界だった。王として振る舞うための仮面が剥がれ落ちる。強がりと虚勢でできた偽りの自分を演じることができない。

 だから、今度は『はやて』としてマテリアルの少女たちと向き合う。弱い『はやて』の心は親友であるはずの少女たちでも震えを抑えることができない。信じていた保護者代わりのひとに裏切られ、闇の書に殺された被害者の遺族だった局員に憎悪をぶつけられ、巻き込んで死なせてしまった人たちにありったけの罪悪感と申し訳なさでいっぱいな『はやて』ではしょうがないのかもしれないが。

 でも、今度は温もりを感じる。聞いていると安心する鼓動の音が聞こえる。一人じゃないからきっと大丈夫。

 

 『はやて』はレヴィを見る。アスカを見る。ナハトを見る。ユーリを見る。シュテルを感じる。

 皆が真剣な表情と瞳で『はやて』を見ていて、ひとりの少女が優しげに抱きしめてくれている。

 

「あ……あぁ……!!」

 

 伝わってくる。皆の想いが視線を通じて『はやて』の中に流れ込んでくる。言葉にして伝えないのは、心の奥底まで響かないからなのか分からない。いや、きっと信じているのかもしれない。言葉にしなければ伝わらないこともあるが、言葉にしなくても伝わる想いはある。

 それとも、紫天の書を媒介に繋がっているマテリアル達の絆のおかげだろうか? 

 理由は分からないが、『はやて』の中に伝えたい想いが流れ込んでくる。

 

――王様。ううん、『はやて』。お願いだから本当のことを教えて。一人で抱え込まないで

 

――逃げんじゃないわよ! アタシ達を頼りなさい! 友達だから、一緒に抱えてあげるから、逃げないで!!

 

――私の言えた義理じゃないけど。『はやて』ちゃんの隠してる辛いこと、悲しいことを伝えて。お願い。一人で泣かないで。

 

――ディアーチェ。いいえ、八神『はやて』。彼女たちを信じましょう。大丈夫ですよ。どんな結果になっても私は傍に居ますから。

 

 レヴィの想いが、アスカの想いが、ナハトの想いが、ユーリの想いが伝わってくる。

 みんな『はやて』のことを信じてくれてる。心から信頼してくれている。身を案じて心配してくれている。

 信じていいのだろうか? 巻き込んでしまっても良いのだろうか? 一緒に重荷を背負わせてしまってもよいのだろうか?

 不安で、怖くて、泣きそうになる。本当に話してしまっても、少しだけ楽になっても良いのだろうか?

 

「本当に、わたしは話してもええの……? 楽になってもいいんかなぁ……?」

 

 それは確認。前に進んでよいのかどうかの問い掛け。不安と恐怖に怯える少女が訴える言葉。勇気を出して進もうとする少女が伝えた精一杯の意思。

 けど、一生懸命に勇気を出して伝えた想いを、『はやて』を抱き締めている少女はいとも簡単に。

 

「ええ。楽になっていいんです。貴女は思い悩む必要も、自責の念で苦しむ必要もない。一人で抱える必要なんてどこにもないんですよ」

 

 いとも簡単に肯定した。

 ずるいと『はやて』は思う。シュテルは、『なのは』はいつだってずるい。

 『はやて』の意思を汲んで、何を考えているのか、何を隠しているのか見抜いて。逃げ道を塞いで自分から言わせて。

 それでいて、頑張って勇気を出して伝えた『はやて』の意思を後押しする。

 いつだって自分の事は棚に上げて、抱えてる隠し事は言わないのに。

 しかし、今はそれが堪らなく心強い。

 

 幾百年と闇を抱え込んできた少女は、ようやく抱えた秘密を打ち明ける決心をするのであった。

 

◇ ◇ ◇

 

「何から話したらええんかな、うん。そうやね、あの闇は紫天の書に巣食う闇。"闇"は絶望を糧に活性化するんよ。だから、かつてこれが闇の書だった時に取り込んだ人々の意識に悪夢を見せてる。シュテルとナハトはそれに巻き込まれたんよ。二人から聞いて、感じた過去は陰りがあり過ぎるからなぁ。それを刺激して、トラウマを見せたんだと思う」

 

 そう言って『はやて』は手にした書を見せるように掲げた。

 鮮やかな紫の表紙に金の装飾が施された本が、あの闇の書の生まれ変わりだという。

 確かに面影はある。装飾が同じで形も大きさも闇の書と一致する。違うのは表紙の色だけだろう。

 しかし、闇の書から感じられた禍々しい雰囲気が消えているのは何故だろう。おかげでシュテルもレヴィも気が付けなかった。

 

「ユーリが夢を見せるわけはなぁ、"闇"の見せる悪夢から捕らわれた人々を救うため。レヴィのトラウマを刺激して悪夢を見なかったのは、ユーリのおかげなんよ。ようは光と闇の喰いあい、潰し合いやね。どちらかが力尽きるまで終わらない」

 

「そして、決着はついてる。わたしとユーリは、いずれ紫天の書の闇に喰われる運命(さだめ)なんや……」

 

 悲しそうに言って『はやて』は俯いた。冗談でも嘘を言っている訳でもない。

 ユーリも何処か諦めたかのように俯いて、黙り込んでしまった。シュテルが目を合わせると彼女は静かに逸らす。

 それだけでシュテルは悟ってしまう。もう、どうしようもないのだと……

 それでも、諦めるわけにはいかない。諦めたら本当に終わってしまう。

 

「ッ……避ける方法はないのですか?」

 

「えっ……王様とユーリ消えちゃうの!? そんなのヤダァ!!」

 

 シュテルが何かないのかと希望にすがるように問い掛け、レヴィが泣きそうになりながら駄々っ子のみたいに、やだやだとうわ言を繰り返す。

 でも、『はやて』もユーリも静かに首を振るだけで何も言わない。

 『はやて』は唇を噛み締める。こんな絶望を与えるくらいなら、みんなに心配を掛けるくらいなら、何も言わずに消えてしまった方が良かった。

 

「安心してええよ? 闇の書の闇の残滓はわたしらが消滅する瞬間に道連れにする。みんなはシステムから切り離して……」

 

 だから、せめて安心させるように言う。皆のことは巻き込まず、『はやて』とユーリだけが業を抱えて消え去ることを伝える。元より親友である彼女たちを滅びの運命に付き合わせるつもりなどない。

 

 気が付けば、『はやて』は頬を叩かれていた。力の限り。乾いた音が教室に響き渡り、唖然とした様子で『はやて』は目の前の人物を見つめる。

 アスカが泣きそうな、ううん、泣きながら怒っていた。吐息が荒く、彼女がどうしようもないほど怒り狂っている様子を端的に表していて。

 今にも身を乗り出して『はやて』に掴みかかろうとするアスカを、ナハトが懸命に後ろから羽交い絞めにして抑えていた。

 よく見れば、ナハトも辛そうだ。たぶん、死ぬしかない現実が信じられなくて嘆いている。それに、アスカの気持ちが痛いほどに分かっていて、でも冷静な部分では憤っても仕方ないと理解しているからアスカを止めているのだ。

 

「ふざけんじゃないわよっ!! なによアンタ! アタシ達を蘇らせるだけ勝手に蘇らせといて、自分たちは死にます? 冗談じゃないわ!!」

 

「――痛ゥ、ご、ごめ…ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

「ぐ、ぎぎ……」

 

 アスカが泣き叫んで叫ぶ。謝る親友を見て、友達を引っ叩いた自分に憤って砕けんばかりに歯を食いしばる。

 許せない。どうしようもない理不尽な未来を与えられて、今も避けようのない運命を押し付ける神様が憎い。『はやて』は何か悪いことをしたのだろうか。ディアーチェは復讐をしようとしたかもしれない。でも、『はやて』という女の子だったときは何も悪いことをしていない。

 どうして、こんなことばっかりなのだ。こんなはずじゃないことばかりなんだと憤る。

 何もできない自分も、友達の前で平然と自殺すると言ってのける女の子も、どうしようもない世界も何もかもが許せない。

 あげくに、『はやて』に当たり散らしているアスカという存在はもっと許せない。

 怒って、叫んで、泣かずには……いられない。

 悔しい。『はやて』が死にゆく運命を見つめて、死にたくないだろうに抱え込んで誰にも知られないよう決意していた。それに気が付いてあげられなかったことが、どうしようもなく悔しい。愚かな自分自身が憎い。

 そもそも、あれからどれくらいの時間が経った? この少女は自分たちが蘇るまで、どれくらいの時間を孤独に過ごしてきたのだ?

 もっと早くに目覚めていればと、悔やまずにはいられない。友達は一緒に居て楽しい存在で、悩んでいる時は互いに助け合う。だからアスカは皆で『はやて』のことを助けてあげられればよかったと憤った。

 また、アスカは悩んでいる親友を救えなかったのだ。これで三度目。

 畜生ッ!! と叫んでナハトから離れたアスカは、机を叩き潰した。マテリアルになって強化された膂力が木製の部分を叩き割ったのだ。

 物に怒りをぶつけてもどうしようもないことは分かっている。でも、そうせずにはいられない。

 

「落ち着いて、『アリサ』ちゃん。ディアちゃん何か助かる方法はないの? 諦めないで生きようよっ!! きっと何かある。絶対に方法はあるから!!」

 

 ナハトがなだめるようにアスカに声を掛ける。叩き潰した時に傷ついた拳を優しく労わる様に包んで、指が喰いこんで血を流すほど握られた手から力を抜かせる。治癒魔法で怪我を癒す。

 そして、訴えかけるように『はやて』に諦めないでと叫ぶ。図書館で偶然知り合った親友。互いに本が好きで意気投合した友達を失いたくない。その想いは『すずか』だって同じ。皆と同じ気持ちなのだ。

 でも、どんなに叫んでも運命は変わらない。

 

「……無理なんよ。数えるのも億劫な程の年月をかけて、方法を模索したんやけど無駄だった。せめて書の管制人格が、リィンフォースが生きていればあるいは何とかなったのかもしれない。でも、全部過ぎ去ったことなんよ」

 

 教室に沈黙が舞い降りた。何という事だろう。何と残酷なんだろう。

 真実を知った、その先は絶望しかないとは。

 シュテルは顔を片手で覆って天を仰いだ。いつも皆を不安にさせないように無表情と冷静さを装っているが、隠した顔の内でちょっとだけ弱さを見せる。

 誰にも知られぬよう、気付かぬうちに一筋の涙を流していたシュテルは、泣いた事実から目を背けて気持ちを繰り替えた。

 滅びゆくという現状は理解できた。けど、全てを知ったわけではないのだ。

 諦めていないのはシュテルだって同じ。だからこそ、まずは全てを知る必要がある。

 

「……置かれている状況は理解しました。その調子で話してください。『はやて』の隠している隠しごと。全部。全部です」

 

「…………『なのは』ちゃんはみんなお見通しなんやね……」

 

「これでも理のマテリアルですから。考えるのは、推理と推察は得意なんです」

 

 そこで、シュテルは言葉を区切った。

 意味深いように思わせて、皆の意識を集める。予想通り、『はやて』とユーリ以外がまだ何かあるのかと、意識を向けた。

 それを確認した後、シュテルは言い放つ。まだ、何も終わっていないと。

 

「みんな、覚悟してください。これから話す真実は、私達、ううん、王以外のマテリアルにとってきっと残酷なことですから」

 

 ずるい、やっぱり『なのは』はずるいと『はやて』は思うしかない。

 また、逃げ道を塞がれた。話すべきか迷う自分の背中を後押しした。

 

「さあ、話してください。『はやて』。話して互いに楽になりましょう」

 

 告げる少女の瞳は覚悟を決めた人間のソレ。一人が覚悟を決めたら、この面子は誰もが覚悟を決める。

 逃げずに受け止めると無言で意思表示する少女たちの視線に、『はやて』はただ黙って頷いた。

 

◇ ◇ ◇

 

「……ほんまはな? これは、これだけは言いたくないんやけど。みんなが知りたいっていうんなら、わたしも覚悟を決める」

 

 『はやて』は震える声で、残酷な真実を話そうとする。懸命に頑張って、気丈な声を装って。心から勇気を振り絞る。

 これから話すことは『はやて』にとっての最大の過ちであり、罪だ。

 闇の書とか、悲劇の連鎖とか、ありとあらゆるものを抜きにしてみなければならない。生涯における『はやて』の業。

 黙っておきたかった。死ぬ時まで抱え込み、墓まで持っていきたかった真実。

 これを言ってしまったら、今まで積み重ねてきた嘘がばれてしまう。

 でも、逃げることは許されない。真実を知るべき少女たちは覚悟を決めて『はやて』を見ている。

 怖いけど、嫌われるかもしれないけど、それが恐ろしくて目を背けていたいけど。向き合わなければ。

 『はやて』は怯えて震える身体を抱きながら静かに話し始めた。

 

「みんなは、な。厳密には蘇ったわけではないんや、よ? 本当のみんなは死んだままで、マテリアルズは、それを元に生み出した疑似、じん、かく。寂しさを紛らわすために、私が、造りだしたお人形」

 

 元来、人が蘇ったという道理はなく、魔法という不可思議な現象を起こす技術。ロストロギアという超常の産物。それらを用いても不可能だった。

 現にプレシア・テスタロッサがそれを証明している。プロジェクトフェイトが生み出した少女はアリシアではなく、フェイト・テスタロッサという少女。

 限りなく死んだ人間を模しても、どんなに同じ記憶を与えても、生まれてくる命は別人で、そもそもまったく同じ人間がこの世に存在した可能性すら薄いのだ。環境がちょっとでも変われば別人になる。

 だからこそ、同一人物を生き返らせることも、同一に差異なく再現することも限りなくゼロに近い。それこそ奇跡でも起こさない限りは。

 

 それはマテリアルとして蘇った少女たちも例外ではない。

 守護騎士プログラムと亡くなった少女たちのリンカーコアを融合させて生み出した存在は、もはや別人なのである。

 

「ごめん、ね。ごめんなさい……わたし、は、……傍に居てくれた家族を、失って、暖かな、家庭も失くして、唯一の家族だったリインも、いなく、なって。わた、しを、助けるため、に……なにも、か、も失くして。さみし、かった……」

 

 怖い、吐きそうになる。自分の卑しい部分を暴露するのが苦しい。

 きっと、こんな自分を見て、マテリアルとして生み出された少女は蔑んでいるだろう。勝手な理由で生み出して、友達の代わりの人形扱いした自分を憎んでいるかもしれない。心の底から嫌悪しているかもしれない。

 恐ろしくて顔も上げられない。何も言わない皆。それが逆に『はやて』を不安にさせる。

 やっぱりだめだ。どうしようもなく体が震える。心から弱音を吐いて泣きそうになる。泣いてはいけない、泣く資格なんて自分にはないのに涙は溢れて流れ落ちる。でも、話さなきゃ、伝えなければ、真実を。罪滅ぼしにすらならないけど、知りたがっているから。

 いっそのこと激情を吐いてしまおう。一気に吐き出してしまおう。

 責めは、あとで、いくらでも、聞こう。殴られても構わない。

 『はやて』はそう決心して吐きだした。全部。何もかも。

 

「……わ、たし、闇がこわかっ、た。何にもない世界が怖かったんや!! 楽しい記憶が何にも思い出せなくて、生きたまま凍らされる時の記憶とかッ、みんなが恨み、憎しみをぶつけてくる記憶とかしか思い出せなくて!! 怖くて……どうしよ、もなく、て。」

 

「それで、さみし、くなって。一人が嫌になって……知り合った、ゆーり、も、ずっと、目覚めないままで……」

 

「むしょうに、皆に、会いたくなって、一人に、慣れたはず、なのに……どうしようもなく…て…」

 

 そこで『はやて』の言葉は途切れた。無理やり言う事を抑えられた。

 誰かが『はやて』を強く抱きしめているせいだ。胸に思いっ切り頭を押さえつけられて声がうまく伝わらない。

 

「こんの馬鹿!! ばかちんが!! アンタ……アンタね……」

 

 アスカが泣きながら何かを言っている。きっと恨み言だ。当たり前だ。身勝手に生き返らせて、復讐に巻き込んで、偽善者づらして、さも本当の友達のように接してきた『はやて』を許す人間なんて……いるわけがない。

 

「どうして……どうして、もっと、もっと早くアタシたちを、生き返らせなかったの……? 生み出さなかったのよぉ……」

 

「…………ぇ」

 

 予想外の言葉。ありえない言葉。聞き間違い? そんなはずはない。恨み言以外に出てくる言葉なんてないはずだ。

 

「ごめんね……寂しかったよね。辛かったよね。傍に、いてあげられなくて、ごめん、ね……?」

 

 頬に誰かの涙が流れている。滴が落ちていく。泣いている。誰が? アスカが。泣いている。信じられない。怒り狂っていないのだろうか?

 どうして? どうして? 分からない。分からない。なんで泣いているの? なんであやまるの?

 『はやて』には分からない。分からなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 気が付けば『はやて』は皆に抱かれていた。

 背中からナハトの温もりが感じる。右手をレヴィが、左手をユーリが握ってくれている。

 独りぼっちで泣いている女の子を寂しがらせまいと、その瞳から流れ落ちる涙を止めようとしての行動。

 あまりにも大きすぎる闇を抱え込んでしまった少女の涙に共鳴したのか、誰もが涙を流していた。

 皆が口々に声を漏らす。ごめんね。寂しい思いをさせてごめんなさい。ここにいるよ。君は一人じゃないから安心して。泣かないで。誰も『はやて』に恨みは言わない。憎んでもいない。一人の少女の抱えた闇を受けとめて、一緒に背負って楽にさせようとする。

 

 ただ、シュテルだけは感情を押し殺したように黙っていた。自分も『はやて』を慰めたい、抱き締めてあげたい。けれど、彼女の口から本当の望みを聞いていない。一言。たった一言だけでも言ってもらえればシュテルは。いや、マテリアルの少女たちは喜んで力を貸せるのだ。

 だから湧き上がる感情を抑える。心を殺して、私情を殴り捨てて問い詰める。

 

「『はやて』。貴女は本当に復讐がしたいのですか? 家族を奪ったギル・グレアムを地獄に堕としてやりたいのですか? 本当の望みはなんなのですか?」

 

 場違いな質問をするシュテルに、泣いている少女を追いつめているように見える友人に、アスカやレヴィがシュテルを睨みつけてくる。ナハトが悲しそうな瞳をする。空気を読まずに問い詰めているのは分かっているから、そんな眼で自分を見ないで欲しい。

 ユーリだけは察したように顔を伏せた。友達の為にシュテルによって追いつめられた彼女は、シュテルの本質を少しだけ理解しているのかもしれない。

 

「……うう、ん。わたし、わたしは……おじ、さんから聞きたい。しんじつを……だれも、しなせたく、ない……」

 

 そんな事は知っている。初対面の人間に気を遣い、足の不自由な自分が迷惑を掛けて申し訳ないと謝る。そんな心優しい少女が復讐なんて望まないのは分かっている。聞きたいのはそんな事ではないのだ。

 シュテルは歯噛みする。苛立つ自分を、焦る心を落ち着かせんと平常心を保とうとする。

 この少女はいつだってそうだ。闇の書の呪いで苦しんでいた時も、死にゆく状況に瀕しても、孤独に怯えて泣いていても、その一言を言わない。

 どうして言ってくれないのだと叫びたい。なんで叫んで求めてくれないの、と憤りたい。

 歪んでいる。シュテルもそうだが、この子も同じように何処か壊れている。

 無意識にほんとの気持ちを殺している。

 いいだろう。自分から言わないのであれば、言うことができないのならば、シュテルが代わりに言ってやる。本当は自分から望みを伝えて欲しかったが、こうなっては仕方がない。

 

「私が聞きたいのはそんな言葉じゃない!! 貴女は本当はいつだって、いつだってたす……」

 

「言わんといて!! お願いや、それだけは、言わんといて…………」

 

 シュテルの叫びは、他ならぬ『はやて』の叫びによって遮られた。

 アスカ達も、シュテルが何を言わんとしているのか気が付いたのだろう。ハッとしたような表情をした。

 

「どう、して……?」

 

 はっきりとした拒絶。救いの手を差し伸べようと差し出した言葉は、払われるどころか粉々に砕かれてしまう。それが無性に悲しい。

 『はやて』はいつの間にか涙を流していなかった。シュテルが心の弱い部分に踏み込もうとしたことで、壁を造り、心を閉ざしてしまったのだ。自分自身を押し殺して、偽りの姿を身に纏う。『はやて』からディアーチェになる。

 ディアーチェの表情は申し訳なさそうだった。自分が許せないのだろう。苦しそうな顔をしている。

 彼女はこのまま何も言わずに、夢も終わるだろう。

 でも、納得がいかないと、ソレを言おうとしない貴女の姿が我慢ならないと、シュテルの血反吐を吐くような叫びを聞いて、ソレを言わない理由だけは話してくれた。

 

「我は、我にそんな資格はないであろう? たくさんに人を巻き込んで死なせた大罪人。守護騎士の蒐集という他人を傷つける行為を止めようともしなかった。知ろうともしなかった愚者。そんな娘があろうことか救いを求めるなど……赦せるわけないであろうが!!」

 

「それは違うでしょう!? 貴女は何も知らなかった。こ、殺される瞬間まで何も!! 貴女はただ巻き込まれた被害者なのであって加害者じゃない! ただ、闇の書の主になってしまっただけです! 『はやて』が罪悪感を感じるのも、自責の念に駆られる必要もないのですよ!?」

 

「違うな。闇の書の主になったから責任を持たねばならなかったのだ。望むにしろ望まないにしろ強大な力を手にした時点でな! それに、うぬだって同じことが言えるのか!? 闇の書の主になってっ! 知らずの内にたくさんの人を死なせて、私は巻き込まれた被害者なので悪くありませんと、同じ立場になったら平気な顔をして人々の前で宣言できるのか!? ッぅ……」

 

「そ、それは……そんなこと……」

 

 ああ、やってしまった。最悪だ。

 ディアーチェは己の口からとんでもないことを口走ったことに気が付いて、熱くなってしまった心が瞬時に凍てついたのが分かった。

 あの冷静沈着で、いつもポーカーフェイスを装うシュテルが、本気でショックを受けている。うつむいて、瞳が揺らいで今にも泣きそうだ。あんなこと言われたら誰だって言い返せなくなるのは分かっていたくせに、ディアーチェは伝家の宝刀を抜いてしまった。

 こんなことを言うつもりはなかった。ただ、自分自身の罪は自分だけで背負うから気にしないでと言うつもりだったのに。予想外に踏み込まれたせいでつい……

 

 だから、ディアーチェは自分の事が大っ嫌いなのだ。せっかく、親友と同じ姿、同じ心を持つ女の子が救いの手を差し伸べようとしているのに。それを蔑ろにする自分なんて嫌い。

 たぶん、マテリアルにとって自分が偽物だろうが、本物だろうが関係ないのだ。自分の感じたままに生きるだろう。私は私だと。他でもない私自身だと言ってのけるだろう。この想いは本物だと。

 そして、心の底からディアーチェを救おうとしてくれている。かつて守護騎士だったとか、親友だからとか関係なしに。

 本当はディアーチェは嬉しい。できるなら差し出された手を取りたいし、■■けようとしてくれることに涙を流して礼を言いたいくらい。

 でも、闇の書の被害者のことを考えると、どうしても躊躇する。本当に自分は助かってよいのかと自問自答してしまう。

 

 ディアーチェはシュテルを見た。せめて謝らなければ。謝って感謝の気持ちを伝えなければ。

 

「シュテル……その、わ」

 

「王の……ディアーチェの……」

 

「……?」

 

 ディアーチェはシュテルが何か言いかけた事に気が付いて押し黙る。

 よく聞こえなかったが、うしろめたさで聞き返せそうにない。

 耳を澄ませる。シュテルが顔をあげた。明らかに涙を流していて、あの、どんなときでも泣かないシュテルが涙を流していて、思わずディアーチェは後ずさる。

 

「『はやて』ちゃんのばぁがぁぁぁぁぁぁぁッッ―――」

 

「あ、待ってシュテるん どこ行くのさ!?」

 

 頬に痛烈な痛みを感じ、次いであまりの衝撃にディアーチェはよろけるしかない。右の頬を無意識に抑えながらディアーチェは、自分が引っ叩かれたのだと今更のように気が付いた。

 シュテルは、そのまま夢の世界の教室を飛び出して、何処かに駆け抜けていき。レヴィが慌てて追いかけ、ナハトもディアーチェに謝る様にお辞儀して、レヴィの後に続く。

 残されたディアーチェは呆然としたように佇んでいたが、同じように残ったアスカの存在に気が付いてバツの悪そうに俯いた。

 アスカはきっとディアーチェを叱るだろう。むしろ叱ってほしい。どうしようもないほどに愚かな自分をぶん殴ってほしい。その方が気が楽だ。

 

 アスカは早足でディアーチェに近づくと右手を振り上げた。殴られるとは分かっているし、覚悟もできているがやっぱり怖い。思わず目を瞑って身体をびくりと震わせる。

 痛みおでこから感じた。ちょっと小突かれたような小さな痛み。

 驚いたように瞼を開けると、アスカは呆れた様子でこちらを見ている。怒る気力も失せているというより、叱る気すらないようだ。

 

「なによ、その目つき? シュテルみたいに思いっ切りぶん殴って欲しいわけ?」

 

「い、いや。そういう訳ではない、のだが……」

 

「はぁ、アタシってそんなに怒ってるかな。気に喰わないことがあったら確かに怒りもするけど……アンタ。自分が何をしたか、何が悪かったのか分かってるんでしょ?」

 

「……うん」

 

「なら、アタシはデコピンくらいで済ますわよ、しっかりしろって意味でね。そう何度も殴られるのも嫌だろうし。ほら、手を退けて、頬を見せないさい。うわぁ、見事に紅い痕が付いちゃってるわね。回復魔法は苦手だけど、何もしないよりはマシか。ヒーリング」

 

 ディアーチェの頬に当てられたアスカの手から真紅の魔力光が溢れ出る。頬に感じる痛みに暖かくて心地よい感覚が上塗りされていく。今のアスカは焼き尽くす炎ではなく、身体を温めてくれるような焚火みたいに優しい火だとディアーチェは感じた。

 やがて治療が終わるとアスカも教室を後にしようと去っていく。どうやらディアーチェの心の中はお見通しらしい。

 その気遣いが今は何よりも嬉しい。アスカのこういった面倒見の良さには生前から何度も助けられている。ディアーチェにとって、お礼を返しきれないくらいの恩が彼女にはあるのだ。

 

「アタシもシュテルを追いかけるわ。アンタ、ユーリと二人っきりになりたそうだから。でも、これだけは言っておく。何でもかんでも一人で背負い込むのはやめなさい。でないと、本当に精神が潰れるわよ。アンタを心配してんのは誰だって同じなんだから。つらくなったら全部吐きだしなさい。じゃ、ね」

 

 ディアーチェに振り向いて、そう助言を残したアスカは確かな足取りでシュテルを追いかけて行った。

 残されたディアーチェは呆然自失といった様子で外の景色を見つめる。何も喋らないユーリはディアーチェを気遣うように見ていて、思わずすがるようにディアーチェはユーリに抱きつく。ユーリ以外の人には見せたくない本心。今度こそ彼女は完全に『はやて』になる。抱えた弱音を吐きだす。

 

「わたし、何やっとるんやろ……こんなつもりじゃないのに、みんなを傷つけるつもりなんてなかったのに……」

 

「うん……」

 

「ほんまは死にとうない……"生きたい"、わたしは生きていたいよ!! みんなと、一緒に、いたい……死にたくない!!」

 

「うん……わかっていますよ。『はやて』……」

 

 それこそが『はやて』の抱く本当の望みだった。

 叶わぬ望みだと分かっていても『はやて』は生きていたかったのだ。闇の書の呪いを受けて、死にゆくときも。永久凍結という封印処置を受ける時も。闇の書の"闇"に身体を蝕まれている今も。『はやて』は生きていたいと渇望する。

 でも、どんなに頑張っても手遅れだった。せいぜい、受け継いだリインフォースの力を使って延命を図るくらいしか、今のディアーチェにはそれしかできない。もう、どうしようもなく施しようがないのだ。

 嗚呼、なんて自分は弱いんだろうと『はやて』は嘆く。どうして我慢できないんだろう。マテリアルの皆を寂しさから勝手に蘇らせた。少女たちに真実を黙って生き返らせたことにして、平穏を取り戻させるはずだったのに、我慢できなくなって暴露した。あげくに、罪悪感から■■けてなんて口が裂けても言えない。

 愚かだ。何もかもが中途半端な自分があまりにも愚か。

 いっそのこと生きたまま封印なんて、生易しいことはしないで欲しかった。ひと思いに殺してほしかった。

 生きることがこんなにも辛くて、死にたくて。でも、死ぬのは怖くて、みんなと生きたくて。

 それでも『はやて』の心は死ななかった。絶望の淵からリインフォースが救ってくれた。ユーリが目覚めたから底なしの深淵という闇に耐えられた。マテリアルとして親友が蘇ったからこそ、疲れ切った心身に活力を取り戻した。

 しかし、そろそろ限界だ。もう、耐えられないほどに摩耗しきっている。このままいけば、廃人になってしまいそうだ。

 闇の書の"闇"に心を喰われてしまいそうだ。

 

 少女に救いは、いまだに訪れない。

 

◇ ◇ ◇

 

「シュテるん、大丈夫?」

 

「はい、ハンカチ。これで涙拭いて、ね?」

 

「うん。ありがとうナハト、レヴィも、お騒がせしました」

 

 海鳴臨海公園まで泣き叫びながら走りぬいてきたシュテルと、それを追いかけてきたレヴィとナハト。

 無意識に感情を抑え込み表に出さないようにしてきたシュテルは、泣きだしたら止まらなかった。溜め込んでいた分の涙を流しきるかのように泣いて、レヴィに抱きしめられ、ナハトにあやしてもらってようやく泣き止んだ。

 心がどこか麻痺しているとはいえ、何かのはずみで刺激が加わると年相応以上に感情を爆発させるシュテル。さぞ、ディアーチェが見たら驚いていただろう。幼馴染の三人も最初は驚いたのだから。今は慣れたが。

 

「やれやれ、こんな所にいたのね。ずいぶん探したわよ」

 

「アスりん!!」

 

「アスりん言うなッ!!」

 

 空からアスカが炎の翼を広げてやってきて、公園に降り立つ。地面に着地すると同時に翼は背中に収縮されるようにしまわれていった。

 その姿に気が付いたレヴィがあだ名で呼ぶが、アスカのツッコミに怯んだ。この二人のボケとツッコミはどんな時でも変わらない。思わずナハトもシュテルも微笑む。二人のバカみたいなやりとりが今は心地よい。

 アスカとレヴィは場を和ませるためにワザとやっているんじゃなくて、素でやってるんだろうけど。

 

「さて、シュテルぅ~~? アンタ、一人で抱え込みすぎ。参謀だか、理のマテリアルだか知んないけど。泣くくらい溜め込むなら友達に相談しろって、アタシ何度もいってるわよねっ?」

 

「いたい、いたいですアスカ!! 頭が砕けていしまいます!!」

 

「むしろ砕け散れ! いっかい砕け散って全部吐きだしてしまえ!!」

 

 シュテルにどうどうとした漢らしい歩みで近づいたアスカは、シュテルの頭を両の拳でグリグリする。あまりの痛みにシュテルが叫んでしまうくらい強烈な一撃らしい。

 ナハトは嫌な予感がした。アスカの怒っている理由は隠し事だ。つまり次の矛先は自分という事。ナハトも一族ことで悩みを抱え込んでいるから、来る。絶対にお仕置きが来る。

 何か避ける方法は? ある! 隣にいる親友を盾にすればいい。

 ふざけている時は微妙に腹黒いナハトである。

 

「必殺レヴィちゃんガード! お仕置きされる私の変わり身になって、お願いレヴィちゃん!!」

 

「ナハッち、ひどいっ!!」

 

「よく分かってるじゃないナハト。アンタも秘密を抱え込んでるんでしょう? 腹括ってゲロってしまいなさいっ」

 

 しかし、そんなものは無意味だと(あたりまえだが)言わんばかりにナハトの後ろに回り込んだアスカは、狼の耳をこれでもかと言わんばかりに引っ張る。とにかく引っ張る。ついでに指で、もふもふ、ふさふさの感触を楽しんでいるのは内緒。

 

「うう~~っ、耳がぁぁ、耳がぁぁぁ!! ごめんなさいアスカちゃん、どうしても勇気がわかないから今回はパスでっ、パスでお願い」

 

「正直でよろしい」

 

「アスりん! ボクは? ボクは~~?」

 

「アンタに突っ込むアタシの無駄な気力と気苦労を知れッ!!」

 

「へぶしっ!!」

 

 アスカとのやり取りがスキンシップのように見えたレヴィが、じゃれついてくる。飛び掛からんばかりの勢いでアスカに突撃するレヴィ。

 それを渾身の叫びと共に、アスカは右のアッパーで迎撃。夕日に染まる臨海公園にレヴィという星が浮かび上がり、流星の如く落下して地面に埋まる。まあ、脅威の再生力で復帰して、埋まった身体を怪力で引き抜いたのだから問題ない。

 

 やることをやり終えたアスカは一転して真剣な顔つきになると、三人の少女を見回した。

 公園にいる全員がアスカの言いたいことを理解している。あんなことがあったのだからディアーチェの話題だと察しくらいつく。

 

「アンタたち。アタシ達は偽物らしいわよ? でも、そんなこと言われたってねぇ?」

 

 『アリサ』にとって偽物か本物かは重要ではない。常に自信に満ち溢れた少女は、むしろ蘇ったことが奇跡と考えていた。だから、大事なのは過去に捕らわれることではなくて、これからをどう生きるか。だからこそ、ディアーチェを闇の書の呪縛から救ってあげたい。勝手に巻き込まれて、勝手に死んでいらぬ苦労を背負わせた。でも、『アリサ』はそんなこと気にせずにディアーチェに生きてほしい、幸せになってほしい。

 

 だから、絶対に助けたい。死なせたくない。

 

「うん、ボクらは、ボクらだ。何より偽りの名前じゃなくて、本当の名前を貰えた。」

 

 『アリシア』にとってディアーチェはレヴィを本物の自分にしてくれた存在だ。『アリシア』という名は気に入っていたが、しょせんは借り物の名前。アリシアと呼ばれるかぎり、自分は偽りでしかなかった。しかし、他に呼ばれる名前はなくて、新たな『アリシア』として生きるしかなかった。それを、ディアーチェは新たな名を与えることで救ってくれたのだ。偶然であっても、救われたことに変わりはない。

 

 だから、恩を返したい。ディアーチェが救ってくれたから、今度はレヴィが救う番だ。

 

「私達が偽物か、本物かは重要ではないでしょう。大事なのは王が私達を必要としてくれている。この一点のみ。それに、私は約束を果たせていません」

 

 『なのは』は身を護る為に殺す術を教えられた。辛く厳しい家庭環境にあって、今を必死に生きるしかなかった『なのは』は小学校で将来の夢について考える課題が出た時に、愕然とした。何も思い浮かばなかった。未来のことなんて全然……

 そんな時にユーノと出会い、魔法を知る。初めて誰かの役に立てた。自分には魔法の才能があって、その力で誰かを救えた。力で殺すのではなく力で救えたのだ。すっかり、魔法の虜になって全てを救おうと躍起になる『なのは』。今思えば無謀にして、傲慢だった。そんな時に約束してしまったのだ。封印されそうになる少女に向けて、必ず救って見せるから心配しないでと。

 

 その約束は果たされていない。まだ、彼女を救えていない。

 

「そうだね。必ず助けよう。『はやて』ちゃんを。きっと何か方法がある」

 

 『すずか』は『はやて』にとって初めての友達だった。図書館で出会い、互いの本好きが意気投合して仲良くなるのに時間は掛からなかった。やがて共に過ごすうちに『はやて』は『すずか』なら全てを打ち明けても大丈夫。なんだか受け入れてくれるような気がすると信頼された。その期待に応えていないし、何より『すずか』は『はやて』も、秘密を打ち明けても受け入れてくれると信じることのできる友達になっていたのだ。

 

 まだ、本当の自分を伝えていない。全てを打ち明けて貰っていない。共に受け入れるまで死んでほしくない。ううん、受け入れてその先を一緒に歩みたい。

 

「勝手で悪いけど、やりましょう」

 

「私たちは、オリジナルと守護騎士を基に生み出されたマテリアル。どちらだとしても王を救いたい気持ちは同じ」

 

「うん、ボクらの手で王様を救おう」

 

「そして、今度こそ幸せになろうね」

 

 四人の少女たちは決意する。夢の海鳴市で心を通わせ、一人の少女の真実を知り、絶望せずに救うことを。

 だからこそ、闇の書の中で一人、延々と戦い続けてきた存在は手を貸す。闇の書の悲劇を終わらせるために。

 

「そっか、じゃあリヴィエが道を示してあげる」

 

「貴女は……?」

 

「リヴィエ~~! どこいってたのさ~~!?」

 

 夢の世界から、溶け込んでいた身体を再構成するようにして現れたのはアスカとレヴィを導いた少女リヴィエ。

 シュテルが警戒して、ルシフェリオンを構えようとするが、レヴィとリヴィエが知り合いのようなので警戒を緩める。リヴィエは抱きついてきたレヴィを微笑んで受け入れていた。その仕草と雰囲気は幼い子供ではなく、上品で威厳とカリスマ性に満ちた高貴な者の特有の雰囲気。

 レヴィと一通り抱擁を交わし合い。静かに離したリヴィエは告げる。絶望の闇に一筋の光明を示す。

 

「何故かは分かりません。それでも、この世界に闇の書と同じ気配をもう一つ感じます。それを探しなさい」

 

 威厳とカリスマに満ちた声が、自然と耳に響き渡る。内容を理解させられる。言葉を受け入れさせてしまう。

 半信半疑な内容を信じさせてしまう力がリヴィエの声にはあった。

 

 四人は思い出す。ディアーチェの言っていた言葉。"管制人格。リインフォースが生きていれば何とかなる"リインフォースが誰なのかマテリアルは知らない。それでも。かつて闇の書に存在したことは確かだ。そして、紫天の書にはいないが、何故か存在する闇の書にはリインフォースがいる可能性がある。

 ディアーチェを救う方法を模索するだけでも途方に暮れる作業。時間も足りなかった。それを打開する状況が来るとはなんという幸運。これからは、もう一つの闇の書を探すことが新たなる目的になる。

 思わず四人の少女は笑顔を浮かべる。気は早いがディアーチェを救えるかもしれない。

 

「だれかは存じ上げませんが感謝しますよ。リヴィエ……?」

 

 本当に嬉しかったのだろう。シュテルが珍しく心の底から微笑みを浮かべて礼を言うが、もう、リヴィエと名乗る少女はいなかった。

 初めから存在していなかったかのように。

 

 世界に溶けて、消えていた。

 


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