リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇追撃、アースラチーム!! そして……意外な展開

 あれから。紫天の書で意識が繋がり、各々の気持ちを確かめ合った時から。

 マテリアルの少女たちは地球に向かうために一端集合しようとしていた。どうせ同じ目的地に向かうなら一緒が良いと考えての行動だ。

 ディアーチェに残された時間は少ない。ならば、一時でも多く彼女と共にいたいという願うのは当然のこと。

 

 結局、ディアーチェが本当の望みを言う事も、言わせることも出来なかったが、王を助けたいという気持ちはみな同じ。だから、自分の望みを捨ててでもディアーチェを救うと少女たちは決める。かつて守護騎士がそうしたように。

 

◇ ◇ ◇

 

「そろそろ行くわよ。シュテルとディアーチェ達のいる世界に転移しないと。レヴィ頼んだわよ? アタシとナハトは転移魔法に慣れてないんだから」

 

「任せてよアスりん。ボクは一人で放浪することも多かったから転移魔法のエキスパート。ベテランのボクに失敗はない!!」

 

「あ~~、大丈夫かしら……?」

 

 寝床にしていた洞窟内にあるアスカ達が過ごしていた痕跡。つまり、焚火の痕などをできるだけ処理。管理局に嗅ぎつけられても、ある程度捜査を遅らせるように細工していたアスカ達は準備を終えて転移をしようとしていた。

 時間がないならばできる限り早くディアーチェに合流して、共に向かわなければならない。リヴィエが示してくれた闇の書と同じ気配は地球の方向にあるらしい。そして、探索に取り掛かる時期はなるべく早い方がいいに決まっている。

 一応、転移になれているレヴィが主導で魔法を行使するのだが、失敗はないと豪語して輝かんばかりの笑顔を浮かべ、両手をサムズアップする親友の姿にアスカは少しだけ不安だ。その無駄に多い自信はいったい何処から湧いてくるのだろうか?

 まあ、シュテルの方から転移の目印になるビーコンを発しているらしいので迷う可能性は低いだろう。転移失敗なんて言う珍事さえ起こらなければ、無事に辿り着けるはずだ。マテリアルにしか分からない。マテリアルだけが感じることのできる波長らしいので、ビーコンから管理局に追跡される可能性は低い。

 

「ただいま。空は快晴で、荒れ果てた荒野も静かだから外で転移の準備ができそうだよ?」

 

 アスカとレヴィより一足早く起床して外の様子を見てきたナハトが帰って来た。どうやら、転移する条件も好都合に良いらしい。これならば行ける。

 そうと決まれば、三人の少女たちは早く合流しようと転移の準備を始めるのだった。だが、合流を焦らず、しっかりと外を偵察していれば気づけたかもしれない。

 グリーン・ピースから報告をきいて迅速に調査に駆け付けてきた時空管理局。アースラチームの存在に。

 

◇ ◇ ◇

 

 クロノ・ハラオウンは日照りの強い熱砂の砂漠で、蒐集されたと思われる百足によく似た巨大原生生物を麻酔系の魔法で昏倒させ、調査をしていた。別に蒐集されただけなら何もすることはない。せいぜい、傷つけられた身体を治療して回復させ、蒐集した証拠として生物の身体を画像に収めるくらいだ。

 問題なのは、その原生生物に外部から掛けられたであろう魔力の痕跡が見つかったこと。

 一つだけなら通りかかった心優しい魔導師が、傷ついた原生生物を治療したと納得して放って置いた。が、それが無数に。しかも、回復魔法によって治癒された対象が、蒐集された原生生物ばかりだと、関連性があるのかと疑って掛かるのは当然の帰結である。

 

 掛けられた魔法は、術者が魔法の行使を終えても持続するタイプの自動治癒促進系魔法。いわゆるオートヒーリングと言うヤツだ。

 クロノが術式を精査して分かったことはこれと、そして魔法のタイプが使い手の少ないベルカ系統の術式だということ。

 使用した魔法がミッドチルダ式ならグレーゾーン。

 管理局の自然保護隊が後始末をしたか。蒐集する魔導師と遭遇した局の部隊が独自に相手を追跡しつつ、蒐集の後始末をしているのか。理由として大いに考えられるのはこれくらい。

 だが、ベルカ式というのであれば限りなく黒に近い。これによって前者の理由二つは消える。そもそも、局員の襲撃事件後に付近で部隊を展開しているという報告は受けていないのだから。最初から、その線は考えられないが。

 

 使い手の少ないベルカ式の魔導師は管理局であまり見かけない。人員の多い海と呼ばれる管理局の本局においてもだ。せいぜい、ベルカの末裔が集う聖王教会に行ってようやく会えるくらいだろう。

 そして、クロノ達。アースラチームが追っているロストロギアの守護者が使うのもベルカの魔法だった。つまり、これらの点から考えられるのは追っている対象の魔導師が蒐集後に治療を行ったという事だ。

 解せないと。そうクロノは思考する。これでは見つけてくださいと言わんばかりではないか。仮に罪悪感から治癒を行ったのだとしても、管理局に追われている立場から考えてみれば、あまりにも行動が素人すぎる。

 

 実際は原生生物を勝手に傷つけた行為に罪悪感を感じたナハトが治癒魔法を使っただけなのだが、クロノはそんなこと知る由もなかった。

 

「クロノ、こっちも調査が終わった。ちゃんと言われた通りに画像と魔力の痕跡を記録したよ? あと、原生生物の治療も」

 

 いままで別行動をとっていたフェイト・テスタロッサが空から舞い降りて合流する。

 現地の調査に赴いているのは四人。戦闘において主力となるクロノ、フェイトの両名。そして、そのサポートを担当するユーノ・スクライアとフェイトの使い魔のアルフだ。調査が終わってフェイトがクロノに報告に来たという事は、アルフは一足先に拠点としている次元航行艦アースラに帰還したのだろう。

 合流予定より遅れたのは原生生物の治療をしていた為か。そんな命令をクロノは出していないが、なんとも心の優しい、優しすぎる少女だ。もっとも、クロノ達も人のことは言えないが。

 

「まったく、人使いが荒いよクロノは。一人でこの付近の生物を回復させるのは手間がかかるのに……」

 

「そういうなユーノ。お前は治癒魔法や補助が得意だろう? 適材適所さ。僕は治癒系の魔法が苦手だからな。その代わりと言ってはなんだが調査は全部引き受けただろう?」

 

「苦労の割合が全然違うじゃないか。知ってて押し付けたろ!?」

 

「クロノ。ユーノに一人でやらせたの? それは、私もひどいと思う……」

 

「はは、すまん。すまん」

 

 少しだけ疲れを見せる可愛らしい少年(それこそ女の子と間違えそう)のユーノと、フェイトの二人はジト目でクロノを責め、クロノは苦笑を浮かべて謝った。

 本当の所は追っている魔導師が闇の書に関連しているのかどうかを判断するのに時間を掛けていたから、後始末をユーノに任せたのだが。疲れ具合からして少し可哀想なことをした。手伝ってやるべきだったろう。後でお詫びに何か好きなモノでもおごろうとクロノは決意する。

 

 だが、おかげで実りはあった。蒐集に使う術式や手口が過去の闇の書事件と酷似、あるいは合致していたのだ。これは、十中八九、闇の書が関わっていると考えて間違いない。

 他の部署から類似した蒐集事件の報告を聞き、詳細を知っているクロノの記憶にある報告書から見ても、11年前に一時的な解決を見た闇の書は復活しているとみていいだろう。

 もはや、ここには用はない。急ぎアースラに戻り、事件現場にいたであろう魔導師の探索にあたらなければ。幸いにも犯人のものと思われる疑いが強い、魔力の痕跡データを確保できた。探索が少し容易になるとクロノが思ったとき、それは起きたのだ。

 

「これは……」

 

「ッ――転移反応!?」

 

 補助魔法が不得意でアルフにサポートを任せているフェイトはおぼろげに、逆に補助や回復のエキスパートであるユーノはハッキリと転移魔法の反応を捉えた。アースラ以外の転移反応だ。クロノもなんとか感じることができた。

 クロノは、半ば反射的な動作で映像通信を開く。相手はアースラ内で広域調査・探査をしているエイミィ・リミエッタ。クロノの頼れる相棒にしてアースラの目と耳を務める優秀な通信主任兼執務官補佐だ。

 

「エイミィ!!」

 

「分かってるよクロノ君。大丈夫、ちゃんと捕捉して追跡してる。魔力の照合は……さっき送ってもらったデータと三つの魔力の内のひとつが完全に合致!! リンディ艦長がすぐにでも追いかけるって言ってるから、急いで帰還して」

 

「了解!」

 

 まさか、こんなに早く見つかるとは思ってなかった。てっきり、ランダムに移動を繰り返して蒐集をおこなっているものとばかり。いや、もしかすると相手は、こんなにも速く管理局の次元航行部隊が来るとは思ってなかったのかもしれない。

 とにかく、事件の手掛かりどころか尻尾まで掴んだのだ。このまま引きずり出してやる。ただの違法魔導師なら法の名のもとに裁く。もし闇の書の守護騎士と、その主ならば……闇の書の悲劇と因縁をなんとしても終わらせる。

 クロノはそう固く決断して、指示を仰ごうと自分を見つめている二人の民間協力者に目を向けた。

 

「二人とも状況が変わった。今からアースラは転移者を追跡する。すぐにでもアースラに帰還するぞ。詳しい話はそれからだ。それと、ユーノは少し休んで構わない」

 

「わかった」

 

「分かったよクロノ、って休んでいいの!?」

 

「なんだ? 仕事したくてたまらないのか?」

 

「冗談、遠慮なく休ませてもらって次に備えるさ」

 

「賢明な判断だ」

 

「……二人とも早く行こう?」

 

 次元空間航行艦・巡航L級8番艦アースラと、それに付属する部隊。通称アースラチーム。数々の難事件を解決に導いてきた優秀な部隊は、新たなる仲間である三人の民間協力者を伴ってマテリアルの少女たちを追う。

 地球に旅立とうとする彼女たちの前に、因縁の組織に属する最大の障害。そして、鏡合わせの自分自身となる少女の一人が立ちふさがろうとしていた。

 

◇ ◇ ◇

 

「王。転移の準備が終わりました。あとは三人が合流すればすぐにでも地球に向かえますよ」

 

「……そうか、ご苦労。大儀であったなシュテルよ」

 

 なんだろうとディアーチェは思う。あんなことがあったはずなのにシュテルの平然とした態度が分からない。

 もっと、いろいろと追及されることを覚悟していたのだが、シュテルは何も言わないのだ。嫌われている訳ではない。彼女に辛く八つ当たりしたことを謝ったとき、すんなりと許してくれたからだ。

 それどころか、気持ち悪いくらい優しい。不気味だ。不気味すぎる。朝起きて聞いてきたのはディアーチェの体調。おまけに、仕事は全て自分が引き受けるから休んでいてほしいという始末。普段なら、王として堂々と構えてサボる余裕があるなら手伝ってください。その方が効率が良いです。とか言うのに……どういう心境の変化なのだろうか。

 死にゆくディアーチェが哀れで、悲しくて、出来るだけ楽をさせようというのか? だとしたら、むしろ心外だ。仲間外れにされているようで寂しい。いや、自業自得なのだが、どうにも、納得できないというか、それはそれは複雑な心境というか。

 でも、シュテルの瞳からは同情や憐れみといった感情は見られない。孤独に過ごす日々の中で。足が不自由だった時に向けられた奇異の視線を受けた経験で。それらで養われたディアーチェの観察眼から見てもシュテルの感情は分からない。

 失礼だが、自分の悲劇を嘲笑うような友人じゃないし、そもそも、そんな事をするような人間を容赦なく叩きのめし、殺してしまうような側の人間だ。まあ、レヴィ達もそうするだろうが。例外はアスカか? 彼女はお仕置きだけで済ませそうだ……話が逸れた。

 紫天の書を通じてリンクする精神。そこから感じ取れる感情は喜び? 嬉しさ? 地球に帰れることの? 判断できない。少し深入りする。

 シュテルの心の深淵ではなく、思考の表層、心から漏れ出る感情の色を読み取る。黄色、ひまわりのように明るい黄色。まるで太陽の日差しのようで暖かな色。これは、希望――

 

「ぬわぁっ!!?」

 

 ディアーチェは額に感じる鋭い痛みで意識を取り戻した。顔をあげればシュテルがディアーチェのことを真近で見つめていた。ジト目で。

 どうやら、深入りしすぎて何かに心を探られていることを感じたようだ。迂闊だった。

 

「王。悪い子はデコピンです。それとも、責任をとって……」

 

 ディアーチェは身構える。続くシュテルの言葉はなんなのか。

 普段から表情を変えず、感情が読み取りずらいシュテルは、何を考えているのか分からない。だから、どんなことを言われるのか想像も出来なくて、必要以上に身体が強張る。

 これも、それも、ディアーチェが心を覗くなんて言う失礼極まりないことをするから自業自得なのだ。友達とはいえ節度は持つべきである。

 果たしてシュテルから告げられた言葉は……

 

「責任を取って、私を抱いてもらわなければなりませんね。あ~んな、自主規制なことや、こ~んな、禁則事項なことまで、きゃっ、恥ずかしい……」

 

「なっ、なななななッ!!」

 

 うん、なんというか想像を絶する言葉だった。予想の斜め上を通り越して180度違う言葉。いや、一回転するどころか思考が回転し続けるほど混乱の極みに達するような囁き。

 しかも、真顔で、無表情で言わないでほしい。顔を両手で覆って照れたような表情を隠す振りをしても無駄だから。言ってることはトンデモナイ、ピーな発言だが、言葉に感情が込められてない。棒読みで喋っているので冗談だろう。冗談だとディアーチェは思いたい。

 

「なんでそうなるか~~!!?」

 

「だって、そうでしょう? 他人の心を覗くという事は、その人の全てを知るという事。ほら、よく言う身も心も貴女のモノになるというやつです。汚されてしまいました。いろいろと。あぁ、このままじゃお嫁にいけない。だから、責任を取って貰おうというのです」

 

「い、いや……あのなぁ、シュテル……」

 

 思わずディアーチェは心が『はやて』になってしまうくらいに動揺している。思考が混乱の極みに達する。

 言いたいことは分かるのだ。心を覗かれて強引にモノにされたから、身も捧げましょうなんて言いたいんだろう。きっと。

 だからといって強引というか。心を勝手に覗いたのは悪かったけど、そういう関係になるのは早いんじゃないかと。いや、何を考えているんだディアーチェは。自分自身でも訳が分からないよ。そもそも、ディアーチェとシュテルは子供で、女の子同士。百合、禁断の関係とか言うヤツはちょっと……

 

――わたしは断然オッケイだよディアちゃん! 同性愛ばっち来いだよ。ふふ、じゅるり。おいしそう。

 

――アンタは黙ってなさい!!

 

 何故かここにはいないはずの、二人の親友の声とやり取りが頭に浮かんだディアーチェ。

 現実に起こり得るので、記憶から抹消しよう。うん、そうしよう。悪い夢だった。きっと幻覚と幻聴だったんだ。

 とにかく、頭を左右に振って、強引に思考をシャットアウトさせたディアーチェは荒い息を吐きながら深呼吸。一端、動揺した心を落ち着かせる。

 

「冗談ですよ? ディアーチェ。何をそんなに動揺しているのですか?」

 

「だあぁぁぁぁ!! じょ・う・だ・ん・に。聞こえんわ~~!!!」

 

 だめだ。すっかりシュテルにペースを握られて振り回されていることを自覚するディアーチェ。

 ホントに、本当に、この臣下というやつは何処までも王たるディアーチェをコケにして、誠に尊敬しているのだろうか。そもそも、敬っているのかどうかすらあやしい。

 冗談だと頭の片隅で分かっていたはずなのに、真に受けた自分が馬鹿らしくて憎い。おもわず地団太を踏むディアーチェだった。

 

 しかし、彼女は知らない。暗く考え込んでいた思考を振り払うためにシュテルが気を利かせていたことに気が付かない。冗談は苦手だが、どうやらうまくいったようで、シュテルは優しく微笑んでいた。

 ちょっとでも、少しでも、ううん、常にディアーチェには笑っていてほしいから。暗い顔をしているのなんて似合わないから。尊大な態度で上からどっしりと構えていればいい。

 今は助かる可能性があることを秘密にしている。手がかりを探してみて、もし、発見できなかったとき希望はぬか喜びになるどころか、絶望へと転化する可能性は大いにあり得る。むしろ、確実に絶望のどん底に突き落とすだろう。それはいけない。

 せめて、闇の書に酷似したロストロギアの所在地を確認して、本物かどうかを確かめるまでは秘密だ。あとは、王の知っている方法を試すだけ。それまでは内緒。

 だから、貴女は、ディアーチェには笑っていてほしい。

 死にゆく運命だと決まっていて、覚悟を決めるのは構わない。

 でも、気を紛らわせて心を楽しい気分で占めないと。ディアーチェが知っているらしい闇の書の闇を滅する方法。それが、成功することも成功しなくなる。心の具合というのは何に対しても大事なことだ。

 

 そろそろか。

 シュテルは怒り狂って、シュテルの両肩を掴んで前後に激しく揺さぶるディアーチェをよそに、滞在している世界の外円部に沿って幾重の層にも張り巡らせた探知結界と自身の感覚をつなぐ。

 全域を薄い魔力の幕で覆い続けるのは多大な精神力を必要としていて、シュテルでも中々に消耗させられたが、王の為を想えば何のその。おかげで外敵が来ても、すぐさま探知できるし、なにより王の安眠を護るため。

 理のマテリアルとしての魔法の術式を最大限の効率で発揮する能力。『シャマル』から受け継いだ湖の騎士としての力。両手の人差し指と薬指にはめられたクラールヴィントのサポートも相まって、大規模な結界を張ることは造作もなかった。

 

 やがて、シュテルの探知結界に三つの魔力を捉えた。この魔法は、張られた結界の幕を通ると水が波打つように揺らいで侵入したことを知らせ、次に内部の侵入してきた魔力を探知できる優れものだ。間違いようがない。

 全ての準備が整った。あとは地球に向かい、さまざまな事象をやり遂げつつ、周辺次元空間か次元世界に存在するらしい闇の書とよく似たロストロギアの反応を探るだけだ。

 そう、シュテルは安堵して……次の瞬間には表情が強張った。

 レヴィ達に続いて大きな転移反応が発生した。何かとてつもない巨大な魔力と、それに伴う無数の小さな魔力反応を感知したのだ。探る。意識を集中させる。転移してきたモノの外部の形を、操作する結界の魔力で感じ取る。形状は? 『シャマル』の知識にある次元航行艦……時空管理局の船!?

 マズイ。恐らくレヴィ達と交戦した管理局の部隊の報告を聞いて調査に駆け付け、レヴィ達が捕捉されたのだ。ああ、もう! そんなことどうでもいいと思考を振り払うシュテル。

 ディアーチェの姿を見られるわけにはいかないのだ。アスカとナハトは封印事件の時。ただの一般市民だった。シュテルとレヴィも似ているとはいえ、姿が変わり果てたのだから、早々に同一人物だとバレはしないし、闇の書に関わっていた人物でもない。

 だが、ディアーチェは違う。最後の闇の書の主なのだ。封印した管理局は復活した時に備えて、姿や性別、特徴に至るまで記録に残し、熟知させているだろう。

 見られれば闇の書の復活を知られる。そうなればいままでの苦労が水の泡。常に追手がかかり、最悪、どちらかが滅びるまでの抗争になるのは目に見えている。

 手がかりを掴まれた以上はいずればれるだろうが、なるべく遅延させておきたい。シュテルは周辺空域に最大出力でジャミングを掛ける。管理局の次元航行艦と乗っている補助魔導師の探知力。つまり、目と耳を潰す。専用の機器と探知の専門家がなければ、それも凄腕の魔導師でなければ探ることすらできないだろう。

 補助に徹するおかげでシュテルの戦闘力をガタ落ちするが、今は些末な問題だ。少しの間やり過ごせればそれでいい。

 管理局のやり方は熟知している。最初に展開されるのは広域強壮捕縛結界。破壊するのにも、解除するのにも手間が掛かる厄介な魔法だ。そうなればディアーチェを安全に、ばれない様に転移させるのは難しい。

 そうなる前に先手を打たせてもらう。

 

「シュテル、どうしたのだ。何がどうなって……」

 

「王――」

 

 強張ったシュテルの表情と落ち着いた雰囲気から戦う戦士のソレに纏う気配を変えたシュテルに驚き、いきなり展開されたジャミングで状況が把握できず慌てるディアーチェを、シュテルは思いっ切り突き飛ばした。

 

「なにを、する、シュテル…いったい、どうしたというのだ!?」

 

「申し訳ありませんが先に地球に行っていてください。なに、すぐにでも追いつきます。決して、決して此方には戻ってこないように。ユーリ。ディアーチェを。『はやて』を頼みましたよ」

 

『はい、魔法は使わせませんから安心してください。どうか御武運を』

 

 尻餅をついてシュテルの行動が理解できずに身体を硬直させるディアーチェ。その足元に準備していた長距離転移魔法を発動させる。ミッド式の円形魔法陣とベルカ式の回転する三角形魔法陣がディアーチェの足元に広がり朱色の輝きを増していく。

 大規模転移には時間が掛かるが、一人を転移させるくらいなら造作もない。迅速、神速に術式を展開して魔力を注ぎ込む。素早く丁寧に行い、万が一にも失敗なんてものはない。

 

「まつのだシュ…………」

 

「またね、です。『はやて』。どうか御無事で――」

 

 ディアーチェの姿が朱色の輝きに包まれて輪郭を失い消えていく。そして、黒紫の輝きとなって空へと舞い上がり、何処かへと飛んで行って消えた。

 無事に転移したのを確認して安堵するシュテル。まだ予断を許さないので強力なジャミングは展開したままだ。管理局なんぞに行方を掴まれてたまるか。レヴィ達はビーコンを発し続けているので、すぐにでも合流するだろう。

 強力な結界が周囲を覆っていくのを感じる。間違いなく時空管理局の強壮捕縛結界。恐ろしく展開が速い。全員を転移させたり、ディアーチェを転移させる決断が遅れていれば確実に間に合わなかった。

 どうやら、相手は相当に優秀な部隊のようだ。手強い。結界の強度からして解除に時間が掛かり過ぎる上に、戦闘中や交渉中に解除をこなすのは不可能。破壊できなくはないが相当に骨が折れる。

 レヴィの瞬間魔力放出と全開出力なら結界の一部をすぐにでも破壊できるが、修復される。

 シュテルとレヴィは修復される間に転移で逃げれるだろう。でも、魔法に不慣れなアスカとナハトは無理だ。仲間を見捨てる選択肢は元よりない。『理』として、その方が効率が良いと分かっていても。

 ならば、完全破壊。レヴィかシュテルの最大にして最強の究極魔法をぶつければあっけなく破壊できるだろう。問題はどちらが行うべきかだが……

 シュテルは覚悟を決める。決死の覚悟を。あらゆる状況を想定して、瞬時にシュミレートした結果、何らかの要因が発生した時にすべて対処できるのはシュテルのみ。

 最高の結果なら問題ないが、最悪の結果なら対処できるのはシュテルだけ。レヴィでは失敗した時に対処はできないと判断した故に。

 『理』のマテリアルは作戦を組み立て、展開する。考えるのは参謀たるシュテルの仕事。ならば指揮を執り必ず作戦を成功させる。

 

『シュテるん、ごめん!! 奴らに見つかったみたい、どうすればいいの!?』

 

『レヴィ。こちらの位置は分かりますか? まずは合流しましょう。この場を切り抜ける作戦を伝えますので。それと、王は先に転移して地球で待っていますから安心を』

 

『よかった~~。うん、わかったよシュテるん。アスカとナハトを連れて合流するね』

 

『ええ、なるべく早くお願いします』

 

『オッケ~~!!』

 

 レヴィとの念話を済ませたシュテルは彼女たちが合流するまでの間。疑似デバイスであるルシフェリオンを展開して調子を確認する。

 カートリッジの残弾、魔力の伝達率、術式の展開速度、どれをとっても申し分ない。ならば行ける。あとは相手がどんな人物で、どれほどの練度を備えているかにもよるが、成功する確率は高いとみえるだろう。

 最悪、隠していた本気を使えばいい。『理』のマテリアルとして生まれ変わり、湖の騎士を受け継いだシュテルは限定的にだが生前を凌駕するほどの戦闘力を発揮できる。

 切り札は最後まで取っておくべき。でも、惜しんで負けてしまえば全てを失う。ならば、状況を切り抜けるために躊躇わずに使うことこそが最善。

 本当にどうしようもなくなったら、分の悪い賭けだがアレを使うしかあるまい。シュテルは不破を学んだものとして、効率を重視する『理』として確実ではない賭けが大っ嫌いだが。背に腹は代えられないから。

 今のシュテルは、まさに死を覚悟した武士そのものだった。

 

◇ ◇ ◇

 

「くっ、すごいジャミング。いったい誰が転移したんだろう。ああ、もう。捉えられない。まるで、先がちっとも見えない濃霧の中を手探りで歩いてるみたい」

 

 エイミィ、他、アースラのオペレーターチームが転移して消えた反応をジャミングされた状態で必死に捉えようとしていた。だが、状況は好ましくない。

 無理もないとクロノは思う。相手の展開したジャミングは凄まじく強力で、まるで専用のジャミング装置でも使っているかのようだ。正直、エイミィが居なければ捕捉すらできずに見過ごしていただろう。

 これを個人で行っているとしたら、捕縛しようとしている相手はかなりの実力者。強力な魔導師だ。あの展開速度は尋常ではなかった。アースラが転移しきる前に存在を感知し、こちらが対策を講じる前に先手を打たれたのだ。

 ジャミング装置は起動して、効果が発揮できるまで時間が掛かるし、補助の魔導師が協力し合うのにも、あれほどの規模を迅速に展開するには調整に時間が掛かって無理だ。よほど連携が取れない限りは。

 となると、信じられないが個人の可能性が高い。闇の書の守護騎士に当てはめて考えると転移していた三人では不可能だから、残っていた一人が発動させたのだろう。恐らくはデータにある補助タイプの守護騎士に酷似した存在。

 緊急転移させて、その存在をジャミングで妨害するほどに隠しているのは、闇の書の主に類する人間だろう。そうじゃなければ、これほどの力は効率が悪い。しかし、重要な人間に使うとなれば納得も出来る。

 転移せずに残ったのは逃げられないと悟ったか、主の人間を庇うための囮か。両方か。

 その判断力も正しく、巧妙でいて恐ろしい。

 こちらが展開した一定空間内の対象を捕縛して逃げられないようにする強壮捕縛結界の展開速度。そこから逃げるのは不可能と判断して、その場に押しとどまり囮となる。展開する結界の速度から、こちらの実力をある程度予測する。それくらいことはしていそうだ。

 ジャミングを解こうとしないのは、転移を隠し続ける以外に、待ち構えるための準備をしていると見ていい。まったく、厄介な相手だとクロノは気を引き締めるしかない。

 過去の守護騎士と同じように残虐な相手なら、死を覚悟しなけらばならないのだから。

 

「……すみません、艦長。目標をロストしました。せいぜい転移先の周辺と方向を割り出すくらいしかできません」

 

 エイミィが申し訳なさそうにリンディ艦長に謝罪するが、むしろ流石だとクロノは褒めたいくらいだ。

 あの状況で見逃したかもしれない転移反応を捕捉しただけでなく、ある程度の場所と方向を絞ったというのなら、優秀だろう。間違いなくエイミィとオペレーターチームは一流。

 リンディもそれが分っているのか咎めるようなことはせずに、やんわりと微笑んだ。

 

「いいえ、むしろよくやりましたエイミィ通信主任。貴女のおかげで手掛かりのひとつを掴めたのです。少し胸を張って誇りなさい。データは保存して解析は後回し。今は結界内に捕縛した四人の魔導師の身柄を拘束することを優先します。貴女は捕捉と魔法の解析、突入部隊のサポートを」

 

「――はい! 艦長!!」

 

 下がってしまったエイミィの気力を持ち直させ、自信をつけさせて次の指示を出すリンディ。クロノは流石というべきか人の使い方がうまいと感じた。人員の指示の仕方を熟知している。こんなふうに部下の体調を気にしつつ、状況を判断、的確な指示を出すことは、クロノにはできない芸当だ。年季が違うんだろう。

 リンディは続いてクロノを見やった。どうやら、突入の指示が下るようだ。

 

「クロノ執務官。貴方は嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサ。民間協力者のユーノ・スクライアとアルフを連れて突入。周囲の安全が確認できしだい、武装局員を順次投入します。気を付けて。熱くなり過ぎちゃだめよクロノ。交渉の余地があるなら穏便に、抵抗するならば知り合いに似ているとしても容赦なく徹底的にやりなさい」

 

「はい、かあさ――艦長」

 

 まったく、母であるリンディの指示が的確過ぎて怖いくらいだ。ついでに釘を刺されるなんて。クロノは苦笑する。

 転移による降下作戦は危険を伴う。待ち構える敵陣に向けて突入すると強烈な迎撃を受けるからだ。初期の突入に実力や経験が低い者を含めるとあっけなく落ちる。最悪、殉職する危険がある。

 だから、強力なエースが。少数精鋭部隊が降下ポイントを制圧し、周囲の安全を確保した後に転移させた方が犠牲は少ない。

 この場合、エースというのはクロノとフェイトの両名。魔導師ランクAA以上の二人なら負けることはまずないからだ。フェイトは戦闘経験が豊富でも、実戦経験に乏しく、判断力も場数を踏んでいないから注意が必要だが、そこはクロノが補えばいい。

 ユーノとアルフは二人のサポート。補助能力や防御力も高いので、防戦に徹すれば早々に堕ちることはない。

 

 最後の言葉は闇の書の因縁に対してだろう。確定したわけではないが、可能性が高い以上、闇の書に関係するのは確実。

 分かっているとクロノは改めて考えを見つめ直す。クロノが行うべきは復讐ではない、11年前のハラオウン家の悲劇。そして、闇の書によって犠牲になってきた者達の悲しみの連鎖を終わらせる一人の局員としての義務なのだ。決して私怨で闇の書事件を解決してはならない。絶対に。

 心の迷いを取り払ってくれた母親の言葉に感謝しながら、クロノは転移の準備を始めた。鬼が出るか蛇が出るか。それは、ジャミングによって隠されている結界の中に行かなければ分からないだろう。

 

◇ ◇ ◇

 

 クロノの隣で転移装置の場所に立ちすくみ、準備を整えているフェイトは緊張していた。心で深くつながっている使い魔のアルフが、そんなフェイトの身を案じで励ましてくれるが、どうにも身体が強張ってしまうのだ。アルフには悪いが。

 これから確保しようとしているロストロギアは第一級封印指定のロストロギア。通称は闇の書。なんでも魔力を喰らい、力を蓄え、完成した暁には世界ひとつをあっけなく滅ぼしてしまうという恐ろしい危険物のようだ。クロノから、そう説明された。

 まあ、そんなことはどうでもいいのだ。ジュエルシードをなのはと取り合い、封印してきたフェイトにとってロストロギアの危険性は嫌という程理解している。これから突入すれば闘いだって始まるだろう。それにも慣れた。

 では、どうして緊張しているのか。

 答えは簡単だった。映像に映っていた自分と瓜二つの女の子にどう話しかければいいのか分からなくて緊張しているのだ。

 聞きたいことがたくさんある。何処から来たのか、自分との関係は? 他の子はどうしてなのはの友人のアリサやすずかと似ているのか? どうして、そんなに悲しい瞳をしているのか。なんで、管理局員を襲っているのか。質問が頭のなかでぐるぐる回り巡る。

 集中しなければいけないのは分かっているが、どうしても緊張する。人見知りの激しいフェイトは、どうにも他人と接することになれていない。親しげに話せるのはアルフ、なのは、ユーノ、クロノ。次いでエイミィとリンディ艦長くらいだ。

 悪いことをしているなら止めてあげたい。分からないで悪いことをしたなら導いてあげたい。助けが必要なら、なのはのように手を差し伸べたい。いろんな考えが思い浮かんで、フェイトはボーっとしていた。

 そんな姿を見かねたのか、クロノは転移前にフェイトと話すことにした。突入前に上の空では危険すぎる。場合によっては後続に回さなくてはならない。

 

「大丈夫かフェイト? どうにも緊張しているようだが?」

 

「う、ううん。だ、大丈夫だよクロノ? わたしは、緊張なんて、全然してないよ?」

 

 本人はそう言っているが、他者から見れば明らかに緊張しているだろう。そう突っ込みたいクロノだが抑える。本人が心配させまいと頑張っているのに、わざわざ指摘するのもなんだか悪い。それに、言えば言う程、意固地になるような気がした。なのはと同じくらい、フェイトも頑固者だというのは前の事件、PT事件の経験からはっきりしていることだ。

 せめて突入前くらいの心構えを指摘するだけにクロノはとどめる。そうなれば聡いフェイトは気持ちを切り替えるだろう。

 

「フェイト。強行突入というのは危険な仕事だ。毎回、何人もの局員が犠牲になってしまう。それこそ、僕以上のプロでも。君がそんな態度だとなおさら怪我をする危険がある。もし、怪我をすればなのはや、アルフが悲しむ。もちろん、僕やユーノ。リンディ艦長やエイミィもだ」

 

「……そうだね。ちょっと、どうかしてたみたい。ありがとうクロノ」

 

「気にするな」

 

 こういう素直なところは本当に良い子だ。素直すぎて悪い人に騙されてしまいそうで怖いが、そんな事はクロノやリンディ達が許さない。

 決意を改め、心と思考をを戦闘に集中させたフェイトは、いつものどおりの彼女だった。もう大丈夫だろう。

 転移の準備が整う。第一陣は戦闘能力の高いクロノとフェイト。相手が待ち構えて迎撃してきたとしても対処できる。次いでユーノとアルフが参戦して敵を打ち破る予定だ。

 そして、状況の安定。つまり敵を追いつめたか、膠着状態に持ち込んだら武装局員たちが突入する。どんなに強大な相手でもエースとの戦闘中に横やりを入れられると、あっけなく追いつめられるものだ。基本的に戦闘は数の暴力なのだから。

 稀にその法則を覆す者がいるのが魔法の世界だが、心配はいらない。それを含めて対処するために送られるのがクロノ率いる先発隊なのだから。投入しても無駄ならば、戦力は温存すると判断すればいい。

 

「クロノ、フェイト気を付けるんだよ」

 

「僕たちもすぐに駆けつけるから」

 

 ユーノとアルフが転移装置の前で二人を励ましてくれる。それに微笑みで、或いは心配するなというジェスチャーで応えながらクロノとフェイトは戦場へと転移していく。

 運命が交差しようとしている。辿るべきはずだった未来が変わろうとしている。それが何をもたらすのか。破滅か、それとも……今は誰にも分からない。

 

◇ ◇ ◇

 

 目標付近の近く。その上空に転移を終えたクロノとフェイトは、すぐに身構え体制を整える。どこからでも砲撃や射撃魔法。あるいはバインドによる捕縛や設置系の罠が仕掛けられていても対応できるように。

 けれど、一向に迎撃される様子はない。拍子抜けだが気は抜かない。ジャミングが強くて相手の魔力を探知できないのだ。まだ、奇襲される可能性は残っている。油断すれば即座に墜ちる。

 その時、異変が起きた。広域に展開されたジャミングが解除されていく。肌に纏わりつく感覚が薄れていき、周囲の気配が辿れるようになる。どういう事だろうか? クロノとフェイトは顔を見合わせ、そして驚愕に包まれた。

 新たに結界が展開されたのだ。捕縛する対象を逃がさないように展開されたこちら側の強壮捕縛結界。その内側にぴったりと張り巡らすかのように未知の結界が空間を包んでいる。

 やられた。こんな使い方は初めてだと二人は歯噛みするしかない。向こうもこちらの結界で出れないが、此方も向こうの結界で出られない。それどころか後続のユーノとアルフ。武装局員たちが増援として駆け付けることはできないだろう。相手の結界を解除しない限り。

 また、先手を打たれた。ジャミングを解いたのは結界を維持するためのリソースに魔力を割いたのだ。これで向こうは四人。此方は二人。数的不利は明らか。

 だが、気落ちしている暇はない。状況を打開するための策を考え、実行に移さなければ。もしだめならば、アースラチームが外部から結界を解除、或いは破壊してくれるのを待つしかない。時間を掛ければ後続が控えるクロノ側が有利なのだから。

 

「クロノ、どうする?」

 

「いったん地上に降りよう。まずは身を隠して相手の出方をうかがうんだ。相手が張った結界の影響でアースラと連絡はつかない。サポートは望めないと考えていい。だから、僕から離れるなよフェイト。孤立した時は連携が重要なんだから」

 

「うん……背中は任せて」

 

「頼りにしてる」

 

 そうしてクロノ達は地上に降り立つ。この世界は緑豊かな無人世界のようで周囲一帯が大草原のようだ。匍匐していれば草むらに身を隠すことができる。

 サーチャーによる探索や魔力による感知をされれば見つかるのは時間の問題だが、何もしないよりはマシだ。まず、状況が分からないときは下手に動かないほうが良い。

 それでも、相手はさらにクロノ達の予想の上をいっていた。正確には意表を突いてきたと言うべきか。

 

「ようこそ時空管理局のみなさん。歓迎しましょう。盛大に」

 

「やい、時空管理局。隠れてないで出てこい、出てこないとボクが周囲一帯をバルニフィカスの超刀でぶったぎる!!」

 

「レヴィ、抑えてください。ここは私に任せて。管理局に所属する魔導師に告ぐ。私達は交渉の席に付く用意があります。無駄な争いをしたくなければ出てくる事です」

 

 クロノ達の相手であるマテリアルの少女たちは、時空管理局と交渉しようとしていたのだから。

 グリーン一派を襲った相手とは思えない行動だった。管理局員に対して憎悪と憤怒を持って襲いかかってきたものだから、今度も戦う事になるだろうとアースラ側は予測していたのだが。

 しかし、話し合う余地があるとすれば応じるべきだろう。奇襲するならレヴィと名乗る少女の言うように大規模魔法で辺り一帯を吹き飛ばせばよかったのだから。向こうは奇襲のアドバンテージを自ら潰した。つまり交渉につくというのは嘘ではない可能性が高い。

 

「ふむ、信じるに値しないというのならば、此方は誠意を見せます。私は武器を捨てました。ベルカの言葉に和平の使者は槍を持たないというモノがあります。これでも、嘘だと疑いますか!?」

 

「ちょ、シュテるん本気!?」

 

「本気と書いて、マジです」

 

 クロノは草原から頭を出して、声のした方向を眺める。立っていたのは四人の少女。

 後ろに控えているのは、なのはがフェイトに送ってきたビデオメールに映っている。二人の友人。アリサとすずかという少女にそっくりだ。グリーンのデバイス、ネイチャーラヴに映っていた映像の犯人と特徴がぴったり一致する。

 なのはによく似た姿の少女はバリアジャケットの色が白と正反対の黒色で、髪型が違う女の子だ。デバイスをフェイトによく似た少女に渡して、両手を上げて進んできた。

 これで交渉したいという話は本当のようだと確信する。嘘だとしても対応しきる自信がクロノにはある。万が一の為にフェイトを伏せたままにさせ、此方ができる精一杯の誠意としてデバイスを待機状態で近づくのが正しい判断だろう。

 

「フェイトはこのまま伏せていろ。交渉には僕が行こう。何かあったら助けてくれ」

 

「でも……」

 

「心配するな。向こうは憎しみや敵意といった感情を抱いているようだが、戦闘する気配は感じ取れない。交渉に付くというのは嘘ではない可能性が高い。それに、話し合いで穏便に事を済ませられるなら、そうしたほうが良いに決まっている」

 

 フェイトを安心させるように、彼女の頭を優しくなでたクロノは静かに立ち上がる。

 なのはによく似た少女と、アリサによく似た少女から観察するような視線が向けられ、レヴィとすずかによく似た少女から憎しみと敵意の含まれた視線が向けられるのを感じながら、クロノは交渉に応じる旨を伝えるべく喋りかけた。

 

「時空管理局、本局執務官のクロノ・ハラオウンだ。そちらの要求に応じて交渉の席に付く」

 

「いいでしょう。私は三人の仲間を後ろに控えさせます。貴方も前に出て一人で応じてください」

 

「……分かった」

 

 どうやら、フェイトの存在は初めからばれているようだ。しかし、ブラフである可能性も考えられる。

 クロノはフェイトを伏させたまま、なのはによく似た少女。シュテルに歩み寄って交渉の席に付くのだった。

 


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