リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇自分に成れなかった少女

 シュテル達が戦う戦場をやや遠く離れた上空。そこでレヴィはフェイトを静かにたたずんで待っていた。

 別にレヴィがフェイトを叩き落としたわけでも、バインドで足止めした訳でもない。純粋な速度、爆発的なレヴィの加速力と圧倒的な最高速がフェイトを上回り、つい引き離してしまったのだ。気が付いたら後ろにいたフェイトが居なかったので、最初は騙されたのかと驚いたのは内緒のレヴィである。

 もう少し配慮すれば良かったかと、ちょっとだけ後悔。キミなら追従できると言った自分が恥ずかしい。

 差が付いた原因は『力』のマテリアルとして覚醒したおかげもあるが、生前、魔法の使い方が全開過ぎたのも理由のひとつ。魔法を力任せに運用してはアルフを困らせていたレヴィ。この点で『アリシア』とフェイトの成長の方向性が決まった。

 飛んでいた時にチラリと見たフェイトの飛行魔法はレヴィよりもずっと上手くて丁寧だった。恐らくだが、速度の面でレヴィが圧倒的に勝るが、機動性はフェイトの方が上回るだろうとレヴィは考える。

 こっちが神速の一撃で叩き潰す隼なら、向こうは風のように舞って戦う燕といったところか。

 面白い。おもしろいぞフェイト・テスタロッサとレヴィは不敵に嗤う。できれば、速度と機動性どちらが有利で強いのか、優劣を競ってみたいところだが、あいにくと時間がない。援護に駆け付けるためにも、問答後は即座に墜ちてもらう。

 

「ようやく追いついたか。待ってたよ、フェイト」

 

「はぁ、はぁ、ごめんね……? ふぅ……レヴィはとっても速いんだ。ちょっとだけ驚いたかな」

 

「ふふん、スピードとパワーはボクのアイデンティティさ。これだけは絶対に負けたくないんだ」

 

「そっか、でも次は負けないよ?」

 

「次があるならね。勝てるかどうかはキミしだいさ」

 

 追いついたフェイトに振り向きながら、務めて冷静に、無邪気で天心爛漫の笑みを浮かべて話しかけるレヴィ、その笑みにあてられて、照れながらも、純粋無垢で可愛げな、花が咲いたような笑顔を浮かべるフェイト。

 互いの得意分野で話が盛り上がる二人。もしも、レヴィが感じる不快の理由さえなければ、二人は敵味方の立場も忘れて、姉妹のように語り合い、気持ちを分かち合うのに、それができない。

 どこまでもすれ違う二人の想いは、交わることなく、平行線のまま過ぎ去っていく。

 未だにフェイトを見て苛立つ心の理由が分からず、無理やり感情を抑え込んでいたレヴィは大好きなバトルのことを考えて気を紛らわしていたが、その訳もはっきりしそうだ。

 目の前に本人がいて、周囲に誰もいない状況。二人っきりならば、アリシアという存在から発生した忌まわしき業も、禁忌の話にも触れられるから。

 

「あ、あの。私、フェイト・テスタロッサっていいます。あなたとたくさん話したいことがあるんです。レヴィがどうしてアリシアと名乗ったのか分からないけれど、もしかして私のおね……」

 

「キミはっ――」

 

 王さま達の前では明るく快活に話しまくるレヴィと違って、フェイトは誰かと会話するのが苦手なのか、慣れてないのか分からない。恥ずかしさと戸惑いで声が震えながらも、頑張ってレヴィに話しかけているのだけは分かる。

 その好意的に接して来るフェイトの態度を心地よく感じ、自分も元気よく返事したいと思う。それを拒絶するように、わざとらしく怒ったような、強くはっきりとした声音で制する。それがレヴィはどこか苦しかった。思わず顔を伏せる。

 レヴィらしくないと、アスカならはっきりと告げるだろう。心の中で親友に注意される自分を想像する。

 けど、心は押し殺そう。感情を潰そう。今は冷酷でも真実に、触れてほしくない過去に向き合うとき。

 

「う……ご、ごめんね。その、うっとおしかったかな……あ、レヴィが先に話したかった……?」

 

 拒絶されたのかと思ったのか、或いは強い声で話を制されたことに驚いたのか、フェイトは花が萎れるように元気をなくしてしまう。

 謝らないでほしいとレヴィは心の中で呟く。悲しそうな、捨てられた子犬のような表情をするフェイトを見ていると、こっちが罪悪感で潰れそうだ。

 なんというか、フェイトはやりずらいとレヴィは感じた。強く接することも出来ず、拒絶するのも悪い気分になるのだ。レヴィにしては珍しく憂いの表情を浮かべる。

 歯ぎしりしながら、頭を強く振って苦心を溜め息と共に吐きだしたレヴィは、血反吐を吐くように質問する。レヴィが経験して、フェイトが経験しなかった禁断の過去の一端を触れて、自ら心を傷つける。

 

「キミは、シリアルナンバーはいくつ?」

 

「……えっ?」

 

 フェイトはレヴィの言っている言葉の意味が分からず、呆気にとられたように、きょとんとした。

 レヴィは、シュテルの動揺と封印事件よりも前の暦という事実から、この世界が別世界であることを思いだし、フェイトが真実を知らないのだと察して説明することにした。

 

「シリアルナンバーは、ボクらが『アリシア』として何番目に生まれたかを意味する番号。ちなみにボクは十二番。キミは?」

 

「ッ……あ、う」

 

「その様子だと、真実は知らないようだね。ううん、アリシアの名を知ってるってことは、少なくとも自分が何の為に生み出されたのかは知ってるのかな?」

 

 でも、知らなくても良いことを教えたか、悪いことしたなぁ。ごめんねフェイト。さっきのは忘れて。そう告げるレヴィの言葉がフェイトの耳には入らない。

 フェイトの受けた衝撃は想像以上のものだ。紅い瞳が揺らいで、身体を震わせているのが何よりの証拠。母の死から立ち直っていないのに、告げられた真実は、よりいっそうフェイトを追いつめるのに充分すぎる。

 知らなかった。いや、フェイトは自分のようにアリシアとして生み出された少女が複数いるなんて考えたこともなかった。だとすると、目の前の女の子はフェイトにとって本当の意味で姉妹だと悟る。そして、自分の知らない真実を知っていることが、ショックだった。

 母であるプレシアから偽物だと、人形だと告げられて壊れかけたのに。それ以上の真実を知っているレヴィはもっとつらかっただろう。レヴィを想うと泣きそうになるフェイトだった。

 同時に気になることが増えた。レヴィが十二番目だというのなら、他の姉妹はどうしているのか? 今までどうやって過ごしてきたのか? 何でフェイトと会えなかったのか? どうして髪の色が違うのとか? いろいろと疑問が浮かんでは消えていく。

 

 一方で自分を想って泣きそうになっているとは知らずに、レヴィはフェイトが辛い真実を知って泣きそうになっていると勘違いした。確かに半分は合っているのだが。どこまでもすれ違っていく二人である。

 実は失敗作を含めれば十二番どころではないのだが、フェイトの様子を見る限りでは、言わないで良かったと安堵するレヴィ。

 でも、このままでは申し訳ないので、バツが悪そう、頬をかいて。あさっての方向を向いたレヴィは、一応、フォローすることにした。

 本当なら言わない方が良いのかもしれないが、どうにも、このままじゃ居心地が悪い。どうせばれるのは、遅いか、早いかの違いでしかないんだし、と言い訳しながらレヴィは爆弾発言をフェイトに告げる。

 

「ま、まあ。気にすることはないよフェイト。ボクとキミの世界は違う、いわゆる並行世界だから、君の辿った歴史において、他の姉妹は生み出されずに、キミだけが生まれたのかもしれないし、ね?」

 

「え、う、うん。そう、なのかな? あれ? え?」

 

 フェイト思考停止。

 あまりにも脳の許容限界を超えるような事実を言われたせいで理解が追い付かないのだ。後からレヴィの驚愕的な発言に気が付くかもしれないが、今は良く分からないといった風に、オロオロしている。

 やがて、頭を押さえて、何かを振り払うかのように、二、三回、首を振ると、好奇心旺盛のキラキラ輝いた瞳をレヴィに向ける。

 

「あのね、あのね、レヴィに聞きたいことがあるんだ!」

 

「はっ? あれ、えっ? ……うん、どんと来い! このボクが応えられる範囲で答えてあげるとも!!」

 

 どうやら、処理限界を超えた情報を一時的に忘れて、レヴィを質問攻めする方向にシフトしたらしい。

 豹変ともいえるようなフェイトの態度に若干怯みながらも、レヴィは先の罪悪感からか、フェイトの存在に苛立っていた疑問も感じる心も忘れる。頼りになるお姉さんだぞ、とでも言うように胸を叩いて存在をアピール。

 つかの間の平和が訪れた。

 

 そこからは、質問するフェイトと応じるレヴィの微笑ましい会話だけだ。

 

「レヴィって、何処から来たの?」

 

「う~んとね? 近くて遠い世界の時の庭園」

 

「そうなんだ。髪の色が水色なのはどうして? 染めたのかな?」

 

「ああ、これね? 元々、ボクってフェイトと同じような金髪だったんだけど、生まれ変わったら水色になってた。いいかい、フェイト? 水色のモノに悪いモノはないんだぞ~~」

 

「へぇ~~。初めて知ったよ。レヴィって物知りなんだね。尊敬しちゃうな」

 

「えっへん!」

 

「ええと、レヴィが十二番目なら他の姉妹はどうしてるの?」

 

「ッ! え~と、お星さまになった、て言えば、分かるかな?」

 

「あっ……ごめんなさい…………」

 

「気にしないで。姉さんたちはボクの中で生きてるから」

 

「…………そっか。いままで、どうやって過ごしてたのかな?」

 

「サバイバル!! みんなで野宿するのは楽しいんだよ」

 

「お泊り会。してみたいな。でも、蒐集とか、管理局の人に迷惑かけちゃだめだよ」

 

「むぅ~~!! フェイトは知らないだろうけど、ボクらにとって魔力はご飯みたいなものだよ? 蒐集をやめたらお腹すく。それに、アイツらなんて嫌いだもん。死んで当然さ。それだけのことをボクらにしたんだから。ふんっ!!」

 

「そっか。でも、悪いことしたり、他人に迷惑かけちゃだめってリニスが言ってたよ。知ってる? 私とアルフのお姉さんで、魔法の師匠なんだ」

 

「ぁ……ふ……? ああ、リニスのことはよく覚えてる。って、リニスがそう言ってたの!? や、やだやだ!! ど、どうしよう……ボク、おしりぺんぺんされる……」

 

「……レヴィ、も?」

 

「……うん、痛いよね。アレ」

 

「……わたしも分かるよ。泣いても許してもらえなかった」

 

「思い出したら震えが、ガクガク、ブルブル」

 

「だ、だいじょうぶだよ? リニス……もう、いないから……」

 

「あ……こっちでも……か。ちょっとごめん。リニスのために祈らせて」

 

「うん、いいよ」

 

 身振り手振りを交え、ときに笑ったり泣きそうになったりして、そうやって微笑ましい会話を続けられたら、どれほど良かっただろうか。

 それとも、二人の関係が崩れるのは運命とでも言うのか?

 元が同じ存在であるだけに意気投合していた二人の会話は、ある質問がきっかけであっけなく崩れ去ることになる。

 

「ところで、フェイトってさ。プロジェクトF.A.T.Eから取った文字を名乗ってるんでしょ? 確かにアリシアの名前を名乗るのは自分じゃなくなるような気がして嫌だけどさ。だからってプロジェクトの名称を偽名として名乗るのもどうかと思うな~~」

 

「え、あ、え?」

 

 いきなり自分の名前について話題を転換してきたレヴィに付いていけなくて混乱するフェイト。う~んと唸りながら、彼女がフェイトの名前を偽名だと思い込んでいる、そう理解すると、なるほどと納得した。

 確かにフェイトの名前は事情を知っている者からすれば、母親から与えられた大切な名前だと気が付けないかもしれない。適当にプロジェクトの名称から付けただけだから。

 それでも、フェイトにとっては大好きな母親から与えられた宝物。決して偽名なんかじゃない。

 そのことを伝えようと、ボクがカッコいい名前を考えてあげよう。実はレヴィって名前、王さまがくれたんだ。もうボクはアリシアの代用品なんかじゃない。とマシンガンのように話し続けるレヴィを手で待ってと制した。

 ちょっとだけ不満そうな顔をして膨れるレヴィを可愛いと思いながら、フェイトは本当のことを告げるべく意を決して口を開く。

 これが、レヴィとフェイトの成り立ちを隔てる最大の違いだとも知らずに。

 

「違うよレヴィ。私のなまえは母さんがくれたんだ。たとえプロジェクト名から付けられた名前だとしても、母さんが与えてくれた大切な名前だから、レヴィの気持ちは嬉しいけど、わたしに新しい名前はいらないよ。ごめんね?」

 

「ッ――!!」

 

 フェイトから告げられた、名付け親が母親のプレシアだという真実。

 レヴィがそれを知った瞬間に彼女の全身を駆け巡った衝撃は計り知れないものだった。息をするのも忘れるくらいの衝撃。身体が硬直して、気力を失くしたようにうなだれ、うつむく。

 同時にレヴィの心から湧き上がるのは怒り、憎しみ、渇望、嫉妬、悲しみ、慟哭。いろんな感情が、混ざり合ってひとつの激情へと変わる。

 気が付けばレヴィは涙を流していた。一筋流しただけにとどまらず、嘆きの滴が溢れて溢れて止まらない。自分の意志では止められない。

 分かってしまった。どうしてこんなにもフェイトという存在に苛立つのか、心のどこかで拒絶している自分がいたのか、その理由を理解してしまった。

 フェイトが持っていたからだ。レヴィが本当に欲しかったものを持っていて、自分は持っていないという事実が許せない。

 

「――どうして……!!」

 

『サー、ご注意を!』

 

「レヴィ? な、くっ――!!」

 

 自分でも知らずの内にレヴィは手にしたバルニフィカスを振り上げて、フェイトに振り降ろしていた。

 スラッシャーモードで展開されたデバイスから大鎌の形をした水色の魔力刃が吹き出し、フェイトを切り裂かんと迫る。それを、バルディッシュの警告を受けてギリギリで防いだフェイト。

 両手でしっかりとバルディッシュを支え、長い柄の真ん中でバルニフィカスを受けとめたおかげで、凶刃はフェイトの鼻先で止まっていた。力が拮抗しているのか、鍔迫り合いになったデバイスを握る手が震える。

 だが、眼前に迫る刃をフェイトは見ていない。むしろ、その先にあるレヴィの泣き顔に困惑していて、それどころではなかった。

 どうしてレヴィが泣いているのか、フェイトには分からない。自分の言葉で彼女を傷つけたのは、なんとなく理解できる。でも、なにが彼女を苦しめた?

 それを、フェイトはレヴィ自身の魂の慟哭で知ることになる。

 

「――どうしてキミなんだ! なんで、ボクじゃないの! ボクだって……ボクだって名前が欲しかった! 『アリシア』なんて名前じゃなくて、ちゃんとした名前が! 母さんにボクを見てほしかったのに……だから、頑張ってきたのに、なんでキミなんだよ!! どうしてボクじゃない!?」

 

 ああ、そうか。だからレヴィは私に敵意を抱いていたのか。フェイトは、心の中で納得しながら、遠くなった意識で自分が鍔迫り合いに負けて、袈裟懸けに切られていく痛みを鈍くなった感覚で感じる。

 細かなところで違っていても、レヴィは自分自身と限りなく同一の存在。フェイトは嫌悪ではなく、同情と共感を抱いてしまった。それが、フェイトから急速に戦意を損失させ、あっけなくレヴィに切り裂かれて墜ちるという結末をもたらす。空から落下する。

 だってしょうがないじゃないか。もし、ちょっとでも運命が違っていたら、フェイトだってレヴィと同じ未来を辿っていたかもしれないから。そう思うとフェイトはレヴィと戦うなんてできなかった。

 大好きな母さんに見て貰えないという絶望。フェイトは経験したことがなくて、レヴィは経験してしまった悲劇。互いの立場が逆だったら憎んでいたのはフェイトだ。自分なら相手を躊躇わずに、憎しみに任せて斬るだろう。だから、斬らせた。

 それで、レヴィの激情が収まるなら、それでいいと思った。

 

 あまりにも呆気なく斬られて墜ちたフェイトを、レヴィは憎悪に満ちた瞳で見ている。顔の表情が怒りで歪む。

 抵抗しないのが許せない。母親から貰った名前を持っていることが許せない。斬られた瞬間に泣かないでとでもいうように、慈愛に満ちた表情でレヴィを見て、両手を抱きしめるように広げていたのが許せない。許せない、許せない、許せない!!

 フェイトという存在が起こす行動、仕草、表情、何もかもが苛立つ。レヴィはフェイトが妬ましくて憎い。

 手にしたバルディッシュが落下する瞬間にフローターフィールドを展開して、衝撃を和らげたようだ。軽い打撲で済んだらしい。

 それでも、起き上がって戦おうとも、逃げようともしない。レヴィをじっと見つめて、諦めたように佇んでいる。

 どうやら無抵抗のまま、されるがままに、なぶり殺しにされたいらしい。今のレヴィの前に立つとどうなるのか、身を持って味わったくせに、抵抗すらしないのか。

 なら、フェイトの望むままにしてやると、レヴィは躊躇なく片手をフェイトに向けて、短距離砲撃魔法の雷神爆光破を放とうとする。フェイトのサンダースマッシャーと同系統でいて、格段に破壊力が上の魔法だ。

 ただでさえ、装甲の薄いフェイトが防ぎもせずにまともに受ければ、しばらく立ち上がれまい。胸から腹にかけての部分が損傷しているならなおさら。

 もしかすると無意識に殺傷設定で魔法を放って、殺してしまうかもしれない。今のレヴィは暴走したナハトのように見境がないのだ。自分で自分を抑えることができそうにない。

 

「フゥゥ! フゥゥゥゥ!! あああああああ!!」

 

 荒い吐息を吐きだしながらレヴィは叫んで魔法を……放てなかった。

 展開した水色の魔法陣をかき消すと、頭を押さえて、何かを振り払うかのように上半身を振る。

 撃てなかった理由は単純。理性を取り戻したわけでも、シュテルの言葉が反芻されたわけでもない。いや、それらも確かに原因のひとつかもしれない。

 でも、決定的だったのは、フェイトの隣に立つ少女の存在。フェイトの前に立ち。両手を広げて撃たせまいと立ちふさがる少女たち。

 フェイトやレヴィと瓜二つの金色の髪に紅い瞳を持った、レヴィだけに見える複数の少女の幻影。

 少女たちはレヴィに微笑んで、首を振る。いけないことをする妹を諭す姉のように、静かに首を振る。

 

「なんで……なんで、ソイツを庇うんだよ、『アリシア』姉さん。姉さんたちが、どうして……」

 

 レヴィが最大の禁忌を犯して殺めてしまった少女達。その幻影を見たとあっては、レヴィの怒りも悲しみを行き場を失くしたかのように消え去るしかない。

 もう、フェイトのことなんて、どうでも良くなっていた。

 立ちふさがるのであれば、斬り捨てよう。それ以上の雷光でもって撃ち砕こう。でも、何もしないのであれば興味はない。

 すっかり、意気消沈した気分になって、どこか疲れたような顔つきをしたレヴィは、シュテル達を援護するべく去っていく。空を駆け抜けていく。

 後に残された少女とデバイスは、しばらく動こうともしなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「ごめんね、バルディッシュ。無理をさせちゃったね……」

 

『ノープロブレム。サー』

 

 斬られた部分から、どこか熱を持った痛みを感じつつ、フェイトは自身を助けるために頑張った愛機に謝る。バルディッシュは淡々と当たり前のように呟いて、コアを明滅させるだけで、他は何も言わなかった。

 非殺傷設定で斬られたのか、フェイトは斬られた傷口から痺れていた。四肢も影響を受けたのか思うように動かない。しばらくすれば回復するだろうが……

 フェイトは自身に問う。レヴィという女の子を追いかけて、自分は戦うことができるのか? 管理局の委託魔導師として、あの子を犯罪者として捕まえることができるのか? 答えは否だ。

 無理なのだ。どうしても、名を貰えなかったレヴィという少女の気持ちを考えると、戦う気力がわかない。

 落ち着いた今ならレヴィの話してくれた言葉を理解できる。なんとなく紫天の書の少女たちの正体も、レヴィが誰なのかも分かってしまった。

 

「戦える……わけ、ないよね。だって、並行世界の自分と友達なんだから……」

 

 シュテルはなのはで、アスカはアリサ、ナハトはすずか、レヴィは自分。グリーン・ピースから得た情報と、レヴィの言葉から、そう考えて間違いない。

 そして、何らかの理由で殺されて、この世界に蘇ってしまったのだろう。あの時、クロノの言葉で驚いていたのは、世界の違いに気づいたからだろうか?

 恐らく、クロノは彼女たちの正体に気が付いたうえで、戦っている。一人の局員として使命と責務をまっとうしようとしているのだろう。自分には無理だとフェイトは落ち込む。

 ただでさえ、親友と瓜二つの姿をしているのに、彼女たちの境遇の一端を知ったとあっては、とてもじゃないが刃を向けて傷つけるなんてできない。

 どこまでも優しすぎるフェイトだからこそ、戦えないのだった。これが、なのはなら違うのだろうが、フェイトは親友のように強くないから無理だ。

 そんな、主に声を掛けたのは、愛機であるバルディッシュ。彼は諭すように普段の寡黙っぷりからは想像できないくらい、饒舌に語りかけた。

 

『サー、あなたの戦う理由を思い出してください』

 

「戦う、りゆう……?」

 

『そうです、サー。あなたは高町なのはのように、誰かを助けるために戦うのではないのですか?』

 

 バルディッシュの言葉にハッとして目を見開くフェイト。そうだ。自分は誰かを助けたいと誓ったではないか。自分を救ってくれた恩人で、親友である高町なのはのように、誰かを救うのではないのか。

 バルディッシュは、さらに話を続けた。

 

『サー。高町なのはは誰かの涙を止めるために戦っていました。そして、あなたの涙を止めた。救ってくれた。

 いま、あなたの目の前に四人の泣いている少女たちがいます。思い出してください、あなたと御友人に瓜二つの少女たちの瞳を、表情を。誰もが泣いていました。苦しみに耐えるように悲しんでいました。

 あなたが高町なのはのように戦うというのであれば、泣いている彼女たちの涙を止めてあげること。戦う理由は、それで充分ではありませんか?』

 

 思い出せフェイト。四人の少女たちが浮かべた悲しみを。

 悩んで、苦しんで、泣き叫ぶ子もいたではないか。レヴィがまさに、泣いて苦しんでいた。どうしようもない絶望に嘆いていた。

 なら、自分にできることは、彼女たちを救う事ではないのか? なのはが絶望していたフェイトを救ってくれたように、自分もどうしようもできない彼女たちの力になって助けるべきではないのか?

 復讐を止められないというのであれば、代わりに憎しみを受け止めてあげる。なにか力が足りないというのであれば、喜んで力を貸そう。

 迷うなフェイト・テスタロッサ。お前の力は誰かを救うための力だ。その力でレヴィ達を助けるまで、倒れるな。そう自分に言い聞かせてフェイトは、バルディッシュを支えに立ち上がる。

 

「バルディッシュ。私、どうかしてたみたいだ。きっと、これからも迷うかもしれない。戸惑うかもしれない。それでも、お前は私と共に駆け抜けてくれるか? 私を支えてくれる?」

 

『Yes sir.』

 

「ありがとう、バルディッシュ。レヴィが加勢したら、クロノは苦戦するだろうから助勢に行こう。まずは、あの子たちを捕まえて復讐するのを止めてあげないと」

 

 そうして、決意を新たにフェイト・テスタロッサは空を疾走して駆け抜けた。

 自分も誰かを助けるために、再び金の閃光は往く。

 

 


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