リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇幕間2 作戦会議の筈が

 夜、なのはにせがまれて一緒に風呂に入り、互いに抱き合うようにして眠りに付いたディアーチェは、夢を見る事無く精神を紫天の書の内部へと送り込んだ。今後の行動を起こすための作戦会議をしようと、書に還元されている欠片の少女たちに会いに行くためである。

 なのはに抱きつかれてのぼせてしまったディアーチェは結局、何も行動を起こせぬままのんびりと過ごしていたわけだが、感情を揺れ動かし、不自然なほどの動揺を誘った出来事が二つあったのだ。

 

 ひとつは日本語で高月ゆかりと書かれた封筒を桃子から渡された事。この世界に知り合いはおらず、誰が送ってきたのか疑問に思う中で、封筒を丁寧に切り裂いたディアーチェは中身を見た。この時、周囲に誰もおらず一人で空き部屋に居たことを良かったと思えるほどだった。それほどまでにディアーチェが驚きを隠せなかった。一目瞭然と言えるほどに。

 中身は写真だった。映っていたのは、この世界の自分自身。八神はやてに見守られて眠るシュテルの姿。

 最初に見た時は心の底から安堵を抱いた。主の為に、管理局に邪魔をされないようにと、身を挺して庇ってくれたシュテルに感謝を。そして、シュテルが望み、独断で決行したとはいえ、友を一人残して危険な目に遭わせた自分自身に、罪悪感を抱いていたのだ。あのまま行方がわからず、シュテルの帰還を待つ日々が続いていたら、苦悩しすぎて眠れないほど追いつめられるところだった。

 だが、疑問にも思う。

 どうして無事だったのなら連絡のひとつも寄越さないのか? 八神家に偶然潜入できて、守護騎士に察知されないように念話を使わない為とも考えたが、躯体を維持するための魔力供給ラインを断っているのが解せない。紫天の書と自分たちの"繋がり"。消滅の危険性を犯してまでリンクを遮断している理由はさっぱりだ。

 それに、写真のシュテルは見るからにボロボロの状態。防護服ではなく、はやてのお下がりであろうパジャマを着せられ、捲られた袖や呼吸を楽にしようと開けられた胸元から覗く包帯が、彼女の容体を端的に伝えていたから良く分かる。

 その答えは写真の裏に書かれたメッセージが教えてくれた。

 記憶喪失。八神家に保護され、はやて自身に魔力を供給されて躯体を維持。現在、意識不明の様子。これを信じるかはキミ次第だ。

 半信半疑だが、メッセージの内容を信じるならばシュテルは連絡を取らないのではなく。取れないという状態だった。一応、辻褄は合う。それでも、警戒をせざるを得ないし、疑えばきりがないくらいに怪しいメッセージだった。正確には送り主なのだが。

 何故、ディアーチェが高町ゆかりと名乗っていることを知っているのか、そして、シュテルの転移した場所を知っているのか。疑問は尽きないが、いずれにしろ何者かに監視されていることは確かだった。今のところ正体は不明で敵なのか味方なのかはっきりしない相手。

 その対策も含めて、シュテルをどうするのか決めなければならなかった。

 

 もう一つはビデオメール。高町なのはの部屋で一緒に見た。正確には見せてもらった映像。

 これには正直、戦慄と焦りを抱くには充分すぎる内容だったのである。映っていたのはフェイト・テスタロッサ。高町なのはの親友にして、レヴィの同位体。あなど同一人物だから当然だが、ディアーチェにとっても親近感を覚える少女。ぜひとも友達になりたいものだ。管理局の委託魔導師でなければ。

 フェイトが局員だと知ってディアーチェは世界の差異に唖然とした。何故ならば、シュテルとレヴィは局員とあまり接点を持たなかったのだ。ジュエルシード事件をシュテル達とレヴィ達で協力して解決したと聞いていたから。当時のはやてとも局員でなければこそ争わずに、仲良くなれた。

 しかし、この世界では敵対する時空管理局の一員。フェイトが友達なら必然的になのはも局員の一員か、それに関わっているとみて間違いない。ここまではいい。やりようはいくらでもあったし、誤魔化しきる自信もあった。問題なのはフェイトの語った内容。

 裁判が無事に終わって自由の身になる事。裁判中にロストロギア絡みの緊急の事件が起きて対処に向かったこと。そこで、自分とよく似た少女や、前にビデオメールで紹介してもらった、なのはの親友のアリサとすずかに瓜二つの女の子と出会ったこと。

 情報がまだ規制されているのか映像や画像を見せなかったが、提示されたら一発でアウトだった。この時ほどディアーチェが肝を冷やした瞬間はない。間違いなく闇色の瞳を見て、なのはは関連性に気が付くだろう。

 

 だが、悪い事態は止まることを知らなかった。この世界ではフェイトがジュエルシード事件を起こした犯人の一人として裁判をしていた。その裁判が無事に終わったフェイトは、なんと、アースラチームのメンバーと共に地球近辺に潜伏したであろうロストロギアを追うらしい。間違いなく紫天の書のことだ。

 まだ、準備に時間が掛かるので具体的な期間は決まってないらしい。そのあいだ、件のロストロギアを無限書庫で調べるそうだ。

 なのは会えるのは嬉しいけど、無茶しないで大人しくしててほしいと語るフェイトに、隣に座る少女は素直に頷いていて、片やディアーチェは目がテンになっていた。なのはは、ディアーチェがフェイトの言っている内容が理解できないと思っていたようだ。

 本当のところは、ディアーチェがそんなこと気にならないくらい放心していただけだが。

 しかも、闇の書なるロストロギアが活動してる可能性があるとも教えてくれて、なんでも、魔導師を狙うそうだから、なのはも気を付けてと心配そうにフェイトは言う。この段階でディアーチェは酷い頭痛に悩まされていて、なのはに心配される程、顔色が優れない状態。

 ああ、闇の書の呪いは順調に進行してるのか、管理局もくるんだ。ハハ、うん、やばいね。非常にピンチだね。と現実逃避してしまうほど、知らずのうちに推移した状況は最悪だったのである。

 こうして、安息に過ごせるタイムリミットが設定されたディアーチェは、二つの案件をどうするのか仲間と相談し合うために、紫天の書に精神を送り込んだのである。

 

◇ ◇ ◇

 

「なんぞ……これは……」

 

 ディアーチェが唖然と呟いてしまう程に、夢の海鳴市における私立聖祥付属大学小学校の近辺は酷い有様だった。一言でいえば廃墟と化していた。ユーリの存在が近くにいるので、闇の書の闇が何かしたわけではなさそうだが、来て早々この状況では、頭を抱えてしまうのも無理はない。

 校舎は半壊していて、周囲の家々、道路に至るまで火の海だ。燃え盛る炎の音と、害はないが感じる熱波が凄まじい。時折、聞こえてくる轟雷と爆炎の響きが木霊しては消えていく。どうやら犯人はアスカとレヴィ。何らかの理由で争っているようだ。

 青白い閃光と、遅れて聞こえる雷鳴。再び、ディアーチェの目の前で天から降る雷が大地を砕き、地を熱で焼く。レヴィが落雷でも落したのだろう。その凄まじさと威力から、わりと本気で殺しにかかっているようだ。反撃と言わんばかりに炎の濁流が空を呑み込まんばかりの勢いで、まるで津波のように空間一帯を埋め尽くした。対するアスカも全力なのだろう。前に見た時よりもアスカの実力が上がっている。喜んでいいのか、悲しむべきなのか。ディアーチェには分からなかった。

 赤い閃光と水色の閃光は互いに幾度も交差し合いながら、時折、流星のような線を空に引いた。射撃魔法を遠目から見た風景だ。そして、思い出したように距離をとって大規模魔法をぶつけ合うと、再び空戦格闘に移行していく。

 

「あ、ディアちゃんだ。おかえり」

 

「ホントです。ディアーチェなのです。会えて嬉しいのです」

 

 巻き込まれないように結界を張って、その中でのんびりと想像した弁当を広げて頬張っていたナハトとユーリ。すんげぇ落ち着いた様子。呑気に手を振っている。

 ディアーチェも、溜め息を吐きながら結界の内部に入ると、敷かれているレジャーシートの上に座り込んだ。

 

「うぬら、いったい何がどうなっておるのだ? 我に分かりやすく説明しておくれ」

 

「じゃあ、私が教えてあげるね」

 

 呆れたように説明を求める王の問い掛けに答えたのはナハト。彼女は困ったように微笑みながら、死闘染みた決闘に至る過程を説明してくれた。

 事の発端は体感時間にして昨日の夜からだとナハトは語る。ディアーチェの命令で書の中に還元され、姿を隠しながら傷を癒していた三人の少女達。だが、当然と言うべきなのか、レヴィはシュテルが行方不明という事態に居ても立ってもいられず、探しに行こうと暴れ出したらしい。

 しまいには、何かを感じ取ったのか"『なのは』が助けを呼んでる気がする! わたし行かなきゃ!!"と叫んで強引にでも顕現(けんげん)しようとしたらしい。だから、新たなトラブルの予感がしたアスカは、待ったと言ってレヴィの前に立ちふさがった。

 最初は説得しようとしたらしく、ディアーチェがどうして紫天の書に自分たちを還元させたのか? シュテルを探しに行くデメリットなどを、分かりやすく説明する。それでも、納得がいかないのか、待つことを我慢できないのか、レヴィはアスカを押しのけてまで行こうとしたようだ。

 ここに来てアスカはブチ切れた。こっちは精神的に不安定なレヴィの身を案じて、しかも、アスカだって大切な『なのは』の心配をしていない訳がない。むしろ、レヴィと同じ気持ちだった。でも、そうしたらシュテルの行為が全部無駄になってしまう。それだけは絶対に許せない。

 なのに、レヴィときたら、そんなこと関係ないとでも言わんばかりの態度。親友を一途に想う気持ちは誰にも負けないだろう。けれど、いささか身勝手すぎた。

 少し頭を冷やす意味と足止めを兼ねて昨日からアスカは戦い続け、レヴィも邪魔をするなら容赦しないと戦斧を振るう。二人の壮絶な喧嘩が勃発した。

 

 ディアーチェがのぼせた時にナハトが看病に選ばれたのは、そういった理由があったからだった。適任なのではなく、ナハトしか手が空いていないから。

 朝食の時に感覚共有で仲良く元気そうにしていたのも、ディアーチェに事の次第をばれない為の演技、嘘。戦い続けているうちにヒートアップした両者は、しだいに、王にばれたら拙いと理解したが故の行動。冷静さも一応はあったようだ。

 王の予期せぬ来訪で、気遣いが全部無駄になったが。

 

「あやつら……」

 

 事情を聴いたディアーチェは呆れと痛いほどの悲しみを抱いた。

 前に殺し合ったときに伝えた想いを忘れて、再び死闘に興じるとはいい度胸。色々と抱え込んで悩んでいる自分を心配してくれているのは分かるが、せめて相談のひとつくらいはあっても良かったではないか。自分はそんなにも頼りないだろうかと落ち込む。

 このままにしておくわけにもいかず、力ずくで止めようとエルシニアクロイツを取り出すディアーチェ。広域殲滅型大規模魔法のひとつ。ジャガーノートを詠唱なしで解き放とうとするが、杖を握る手を誰かに掴まれた。顔をあげれば静かに首を振るナハトがいた。

 

「何故止める? 前にもいったであろう、万が一にでも躯体に致命的な損傷をおよぼすと。そうなれば……」

 

「知ってるよ。だから、私やユーリも最初は止めようとしたけど、やめた。だって」

 

 久しぶりの姉妹喧嘩だもん。という言葉にディアーチェは首を傾げた。

 えっ? 誰と誰が姉妹? いや、この場合は二人だけ。レヴィとアスカが!!?

 驚愕の真実に、雷鳴にも似た衝撃が止まない。背後で雷が落ちたような効果音が響いた気がした。実際にレヴィが稲妻を落しているので、あながち幻聴でもないが。とにかく、ディアーチェは驚愕していた

 

「我はそんなこと知らんぞ!? というか、あの二人、血の繋がった姉妹!? 似てないやんか、髪の色だって微妙に違うし、性格も、あれ、ええっ!?」

 

「どうどう、落ち着いてディアちゃん。正確には義理の姉妹。少しの間だけど、『アリサ』ちゃんと『アリシア』ちゃんは姉と妹の関係だった」

 

「ナハト。それ、馬を止める時の言葉ですよ」

 

 慌てふためくディアーチェを落ち着かせるように、両手でまあまあと仕草をするナハト。

 ユーリの鋭いツッコミで、"わたしは馬と同じ扱いなんかい!"と本来なら叫ぶ王様が、叫ばない。そのくらいの動揺。激震。

 説明してくれるな? そういう視線を送るディアーチェに、ナハトは静かに頷いた。

 

「詳しくは知らないけど、春先の、『なのは』ちゃんが魔法に関わっていた事件。それが終わった時、『なのは』ちゃんが一人の女の子を連れてきたの」

 

 恐らく、というか確実に、それが『アリシア』・テスタロッサだったのだろう。

 ふむふむと頷くディアーチェに、ナハトの説明は続く。

 

「それで、事情を教えて貰えなかったけど、『アリシア』ちゃんは天涯孤独の身で、行き場がなかったんだって。だけど、『なのは』ちゃんの家で引き取ろうにも、不破家はあんな状態でしょ? 断念せざるを得なかった『なのは』ちゃんは、子供を養える財力を持った二つの財閥に頼った」

 

 二つの財閥とはバニングス家と月村家のことだ。この二つの家は、友達になる前からディアーチェも知っている。

 海鳴市において有名すぎるくらいの名家。月村家は海鳴市に関わりが深く、バニングス家はいくつもの大企業を抱えていて、CMにも家名を見かけるくらいだ。なんでも、出資している株主だとか、なんだとか。

 なるほど、それぐらい大金持ちなら、子供を養子にして養うこともできるだろう。

 

「あの時はね、とっても驚いたかな。あの無愛相であまり人を頼ることをしなかった『なのは』ちゃんが、泣きそうな顔で、安くないお詫びの品まで携えて頭を下げるんだもの。お姉ちゃん。土下座しそうになる『なのは』ちゃんを必死に止めてたっけ」

 

 でも、月村家は事情があって、引き取ることができなかったと、残念そうにナハトは語った。少し違えば『アリシア』はアリシア・テスタロッサ・月村になっていたかもしれない。妹、できたのにね。と引き取ること自体には、満更でもなさそうな様子のナハトだった。

 忍も、非情に申し訳なそうだったという。妹の友達、しかも、恋人の恭也の妹でもある『なのは』は、忍にとっても実の妹のようなものだ。力になれない自分を悔やんでいたそうだ。まあ、最終手段として、本気で迎え入れることはできたらしい。条件付きで。

 困り果ててしまった『なのは』と、どうすればいいのか分からないと言った様子で、『なのは』にすがりつく『アリシア』。当時の『アリシア』は『すずか』から見ても、弱々しくて、どこか消えてしまいそうな女の子だった。

 何とか力になってあげたいと、『すずか』が『アリサ』に連絡して事情を説明すると、ものの数分で彼女は月村家を訪れた。

 申し訳なさそうに、『アリサ』に頼み込む『なのは』を彼女は一喝すると、差し出されたお詫びの品を受け取って、その品の値段の二倍くらいの金額を返した。

 受け取らないのは無粋だから、貰う。だけど、子供が変な気を使うんじゃないわよ。素直に大人を頼りなさいとは『アリサ』談。

 あれよこれよと言う間に、『なのは』と『アリシア』を乗ってきたリムジンに乗せ、バニングス家に連れ去ると、客間に二人を残して父親と母親に事情を説明。普段、わがままを言わない娘の頼み込み。次期当主として責任をもって面倒をみるという凛とした態度。そして、『アリシア』の出自や過去を聞かないでほしいという娘の優しさ。それに、親は折れた。この時ほど、アリサが漢らしいと思ったことはない、とは『なのは』談。

 次の日。『アリシア』はアリシア・テスタロッサ・バニングスとなっていた。

 

「というわけで、アスカちゃんとレヴィちゃんは義理の姉妹なんだよ」

 

「は、初耳だ」

 

「しょうがないよ。ディアちゃんと知り合って間もなかったから。レヴィちゃん、堅苦しいお嬢様生活とか、上流階級のマナーとか、色んな勉強が耐えられなくて家出を何度も繰り返してたし。自分はバニングス家に相応しくないって、家名を名乗らなかったもの。アスカちゃんとも他人の前では仲のいい友達で居たかったみたい」

 

「まあ、ディアーチェが心配するのも無理ないです。けど、あの二人はちゃんと手加減して戦ってます。かなり本気でもありますけど。それに収拾が付かないようでしたら、力ずくで止めれないいのです。私はそうすることにしました」

 

「むっ……ぬぅ、致し方あるまい。五分だ。五分で決着が付かなければ、我は止めるぞ。大事な話があるのだ」

 

「大事な話ってなぁに? ディアちゃん」

 

「シュテルの居場所がわかった。そして、なのはは管理局と知り合いだった。その対策をいかにするかの話し合いだ」

 

「……」

 

「そうですか、無事でよかったです」

 

 シュテルが見つかったというのに、ディアーチェの浮かべる表情は暗く、あまり優れない。それでも、ユーリはにこやかに微笑み、シュテルの無事に安堵していた。今は生きていてくれたことを喜びたかったのだろう。

 片や、ナハトは俯いて押し黙ってしまった。ディアーチェとユーリは顔を見合わせると、そっとナハトの傍から離れていく。きっと見られて欲しくないだろうから。

 

――よかった。生きてて良かったよぅ……!!

 

 その場で蹲って顔を伏せたナハトは珍しく泣きじゃくった。朝食の場でも、王の看病の時も平気そうな様子を見せていて、裏では不安でいっぱいだったのだ。再び友達を失ってしまったかと思うと怖くてたまらなかったに違いない。

 友に心配かけまいと気丈に振る舞って、気遣いを続けてきた夜の守護者は少しだけ弱みを見せるのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 迫りくる雷光の化身。閃光のごとき戦斧の一撃。めまぐるしく動き回る空戦の中で、アスカはレヴィの一撃を的確に捉え、あえて受け止めていた。

 アスカのデバイス、紅火丸は刀型で打ち合う事よりも、攻撃を受け流すことを前提にしている。アスカ自身も決して防御力や技量も高いわけではないので、本来なら回避に専念しなければならない。言ってしまえば慣れない無駄な動きをしていた。

 真正面からぶつかり合って、想いを受けとめたい思ったから。友達としてではなく、姉として妹のたまった鬱憤や不安を晴らしてあげたいと思ったから。

 

 本来ならば実力差という点で、天と地ほどの差がある二人。それが互角以上の戦いを行えるのは、アスカ自身の実力が上がったという点もあるだろう。しかし、大部分は紫天の書の内部で展開された特性によるところが大きい。

 "想いを力に変える"ユーリがアスカにアドバイスとして説明してくれたことだ。精神世界における"力"とは意志であり、すなわち想いである。つまり、抱いた本心が大きければ大きいほど、強さとなって具現化する。

 紫天の書はある程度、精神世界を模しているので、書の闇に心を浸食された時も、これを覚えておけば役に立つと彼女は言っていた。

 とにかく、二人が互角に戦えているのは、その想いが同じくらいに大きいという事だ。レヴィはシュテルに対する想いが。アスカはレヴィに対する想いが。両者ともに負けないくらい、優劣を付けれないほど同等で大切なことだから。

 

 金属と金属がぶつかりあう甲高い音。重い手応え。鍔迫り合いでアスカの刀を握る手が震える。デバイス越しにレヴィを見やれば、彼女は涙を流していてひどい顔だ。嗚咽を漏らして、癇癪を起した妹のような友達。あとでハンカチで拭いてあげなきゃな~なんて考えながら、何度となく繰り返される罵倒を聞く。受け止める。

 

「『アリサ』のばかばかばか! 『なのは』が心配じゃないの!? ずっと一緒にいたんだよね、大事な友達なんでしょ!? だったら、なんで助けにいかないのさっ! どうして、わたしの邪魔ばっかりするの!? わたしなんて、心配でいてもたってもいられないのに、なんでへいきなの!?」

 

「バッカじゃないの!? アタシが『なのは』を心配してんのは当然じゃない。でもね、アイツはアタシ達の為に身を挺してくれた。管理局に追われないように頑張ってくれた。相変わらず何の相談もなしに勝手な行動するのは気に喰わないけど、その頑張りを無駄にすんのは耐えられないのよ。アンタみたいにね!! 偶にはお姉ちゃんのいう事を聞いて、大人しくしてなさい!!」

 

 叫ぶレヴィをキッと睨み返しながら、アスカも負けじと反論する。この子だってきっと心のどこかで分かっている。ただ、依存するくらいに甘えた相手が、いつも隣にいた大切な存在を失って、どうしていいか分からないんだろう。

 アスカの役目はそんな子を止めることだ。その為の抑制のマテリアル。誰かが間違えたり、迷って暴れたりしたら止めるためのストッパー。自ら望んだ役割。

 

「なにさ! こういう都合のいい時だけ姉面して!!」

 

「姉として、妹の心配をするのは当然でしょうがっ!! だいたい、アンタ。そんな泣き顔晒して、心に不安を抱えたまま『なのは』を探しに行くつもり!?」

 

「ッ……!! うるさい! うるさい! うるさいっ!! このまま邪魔をするって言うんなら、力ずくで叩き切るまでだよ!!!!」

 

「上等よ。やれるもんなら、やってみなさい」

 

 もう、我慢の限界なんだろう。レヴィはバルニフィカスのブレイバーモード、水色に光り輝く雷剣を大きく振りかぶってアスカを叩き切らんとする。

 それに対してアスカは紅火丸を鞘に納めると、雷剣を受けとめるかのように両腕を広げて身構えた。レヴィが予想外の事態に目を見開いて、動揺しているのがよく分かる。闇色に染まる感情を映さないような瞳が揺れていた。

 てっきり、アスカも最大最強の一撃で立ち向かってくると思い込んでいただけに、受けた衝撃は計り知れないものがあったのだろう。デバイスを握る手が震えていて、躊躇している。

 

「ほ、本気だから……手加減なんてしないんだからっ、下手したら死んじゃうかもしれないんだからっ!!」

 

「なに? 力ずくで叩き切るんじゃないの? それとも、アンタの『なのは』を想う気持ちは、その程度!? ハッ、笑わせんじゃないわよ! そんなんで誰が救えるっていうのよ!!」

 

「う、う、ボクは、わたしは、わたしは……うわああああああああああ!!!!」

 

 しかし、そんな戸惑いもアスカの安い挑発と共に吹き飛ばされ、自暴自棄になったレヴィは凄まじい速度で空を駆ける。紫電が迸る雷光の太刀をアスカめがけて横一文字に振るい、吹き飛ばす。立ちふさがる親友を薙ぎ払った少女は、失った星の欠片を取り戻す旅に出る。そのはずだった。

 レヴィの必殺剣は寸でのところで留められ、アスカを斬ること無く、水色の刃を消失させていく。

 

「できない……できないよ」

 

「馬鹿ね。アンタ達の想いを受けとめるって、洞窟で泊まった時に言ったじゃないの。遠慮する事なんてないじゃない」

 

「だって、そんなことしたら、『アリサ』死んじゃう!! そんなのやだぁ!! やだよぅ!!」

 

「…………」

 

「『なのは』がいなくなっちゃって……お姉ちゃんまでいなくなったら、ボク……うわあぁぁぁぁん!! もう、どうすればいいのか分かんないよぅ……!!」

 

 アスカは両手で目を擦りながら、泣き叫ぶレヴィを静かに抱きしめるしかなかった。

 社交界デビューの礼儀作法。淑女のたしなみとか言うダンス。慣れない異国の言葉、日本語の勉強。自由に遊ぶことができず、予定に縛られた日々。

 何もかもがうまくいかなくて、癇癪を起しては叱られる。その度に『アリシア』は『アリサ』に泣きついた。ちょうど、こんなふうに。

 だから、アスカも昔みたいに妹のサラサラの髪を梳くようにして、頭を撫でてあげる。

 ぎゅっと抱きしめる。安心させるように。ひとりじゃないよと温もりが伝わるように、強く、強く。後はいつものように勇気づけてやればいい。元気が出る言葉をたくさん掛けよう。

 

「……ごめんね。辛かったよね。病院の時も、なのはを執務官から護るときもアタシは役に立たなかった。ダメなお姉ちゃんで……ごめんね」

 

 けれど、励ましの言葉を口にするはずだったのに、意に反して贖罪の言葉ばかりが吐きだされる。あの、いつも強気で勝ちな女の子であるアスカが弱音を吐いていた。

 きっと、レヴィの感情にあてられたせいだ。決してアスカは泣いてなんかいないし、頬を流れる滴は、激しい運動をした後の汗に違いない。

 

「お姉ちゃん、『なのは』に会いたい……でも、何処にもいないんだ……どっか行っちゃった……!!」

 

「アタシだって会いたい! ホントは不安でたまんないわよ! だけど、待たなきゃだめなのよ。それが、アイツとの約束なんだから……うあああああ!!」

 

「ひっぐ、えっぐ、ぁあああああ!!」

 

 壮絶なぶつかり合いを繰り広げた親友でもある姉妹は、抱きしめあいながら泣き叫んだ。

 仲間を失って、みんな不安でたまらないのは同じだったのだから。夢の海鳴市も、少女たちの心情を表すかのように雨が降り注ぐ。

 余談だが、シュテルが生きていたという報告を聞いたアスカのグーパンが、ディアーチェを地に沈めることになる。いわく、そういう大事なことは真っ先に伝えるべきだそうな。

 もっともである。

 

 


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