リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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最新話じゃなくて、補完の話。
相変わらず汚い文章と王様のテーマでお送りします。


○闇統べる王

「うぬらの持つ闇の書は、我ら紫天に集いし欠片が頂いていく!」

 

 守護騎士に対して放ったディアーチェの宣言とともに、十字杖、エルシニアクロイツから魔力の奔流が迸り、シグナムを打ち倒さんと振るわれた。

 振るわれた杖から膨大な魔力が砲撃の術式に変換され、ディアーチェの魔力光を反映した黒紫の輝きが瞬く。

 シグナムに迫りくる光はアロンダイトと呼ばれる砲撃魔法。着弾した瞬間に爆風が吹き荒れ、砲撃と爆発による二重のダメージを与える。シュテルの砲撃が防御魔法の貫通力に優れるのならば、こちらは防御ごと粉砕するような一撃。

 いかに、シグナムの防御に優れた甲冑であろうとまともに受ければ撃墜は必須だった。

 

「ッ……!!」

 

 シグナムは慌てて真横にかっ跳ぶようにして交わす。砲撃がシグナムのいた場所を通り過ぎて、付近のビル群を崩落させた。余波だけでシグナムの甲冑が削れる。直撃していないのにも関わらず、この威力。いつものように無駄なく最小限の動きで、最大限の攻撃を。そんな方法で避けて、反撃に移っていたら終わっていた。背中から冷や汗が流れ、背筋が凍る。

 

 この主に似た少女……感じられる圧倒的な重圧感に違わない能力を秘めている。油断したらやられる……

 だが、相手は一人。そこに勝機があった。

 

「てりゃああああぁぁぁ」

 

 ディアーチェの背後からヴィータがグラーフアイゼンのロケットブースターを噴射させて突っ込んでくる。完全なる奇襲だ。相手は砲撃の硬直で一瞬だけ動けない。だが、その一瞬こそが決定的な打撃を与える隙になる。

 獲った。そうシグナムは確信した。破砕鎚から繰り出される一撃の破壊力は、シグナムの奥義である紫電一閃すら上回る。ましてや噴射機構による爆発的な加速が加わっているのだ。並大抵の魔導師なら必殺する一撃。シールドを張ろうが防御ごと粉砕する打撃力。ヴィータの十八番だ。

 だからこそ、次の結果には驚きを隠せない。

 

「うおりゃぁ!! なっ……」

「油断も隙もないな……鉄槌の騎士。闇に、沈めぃ!!」

 

 未だ背後を向けるディアーチェに勢いよく振り降ろさせるグラーフアイゼンの鉄槌。

 だが、半身を振り向かせたディアーチェが、ヴィータに向けて十字杖を掲げ、いとも簡単にシールドで防いでしまった。グラーフアイゼンの尖った先端が黒紫の光の壁を打ち破らんと唸るが、うんともすんとも言わない。

 展開したシールドと攻撃するデバイスの間で眩い火花が飛び散る中、もう片方のディアーチェの手がシールド越しにヴィータに向けられた。

 拙いと思った瞬間よりも早くシグナムは動き出している。ヴィータの攻撃が防がれた時点で次の一手を本能的に繰り出していた。

 

「飛龍・一閃っ!!」

 

 足元に淡い紫色の幾学模様の魔法陣。三角形となって回転するベルカ式の魔法陣。カートリッジを一発使用して空になった薬莢を排出する。自身の魔力を爆発的に高める。太く分厚い鞘にシグナムのデバイスを収めると、収めた剣を掲げた体勢で一気に抜刀する。振り降ろす。

 炎を纏った剣が、鉄線で結ばれた無数の刃に分かれて伸びる。蛇腹剣と呼ばれる遠距離攻撃可能な特殊な形態。炎の爆砕音と共に迸る炎剣の刃は、ディアーチェに食らいつかんと空を疾走して駆け抜ける。

 それと同時にディアーチェの手のひらから発生した暗黒球がヴィータを呑み込まんとするが。

 

「させません」

 

 旅の鏡で転移してきたシャマルが、ヴィータの背後から現れると同時に。彼女を抱え込んで消えた。一瞬で安全な後方に転移したのだ。

 

「縛れ。鋼の軛!」

 

 そして、シグナムの奥義を確実に叩き込むため。ザフィーラの拘束魔法がさく裂する。

 ディアーチェが何かをする間もなく。彼女の周囲に現れた蒼白のベルカ式魔法陣から無数の軛が飛び出して、それは幾重にも重なり合い王を閉じ込める檻と化す。

 長年、闇の書の守護騎士として戦ってきたヴォルケンリッターならではの息の合った連係だった。ディアーチェは為す術もなく炎を纏った飛龍の顎に呑み込まれていく。

 轟音と眩い閃光が辺りを照らした。魔力の爆発で起きた煙がディアーチェを覆い隠す。

 

(手ごたえはあった。あったはずだ)

 

 シグナムはレヴァンティンの刃を手元に引き寄せながら、警戒を緩めない。

 飛龍一閃は並みの魔導師なら防いでも、防御の上から一撃で墜とせる威力だ。まして、直撃ともあればなおさら無事ではいまい。だというのに、この言い知れぬ不安は何だろうか。胸の鼓動が早くなるほどの焦燥感。あの少女からは、何か、圧倒的なものを感じて仕方がない。

 この程度で終わるような容易い相手ではないと、長年養ってきた戦士の勘がシグナムに告げている。ヴィータも、シャマルも、ザフィーラも構えを解かぬまま、油断なく煙の晴れない場所を見つめていた。

 

 果たして現れたのは無傷のディアーチェだった。埃でも払うかのように防護服の袖を手で払うと、口元を釣り上げて不敵に微笑んだ。

 

「惜しかったな? だが、半ば覚醒した紫天の書、もとい闇の書の主の前では生半可な攻撃など通じん」 

「闇の書の主、だと……」

 

 ディアーチェの告げる単語に聞き捨てならないものが含まれていて、シグナムは明らかに狼狽えていた。驚愕を隠せないと言った様子。

 やはりそうなのだろうか。一目見た時から、彼女は似すぎているのだ。守護騎士たちにとって大切な存在である八神はやてと、あまりにも。姿が瓜二つとかそんな問題ではない。雰囲気、時折見せる仕草、表情に至るまで彼女は、はやてとそっくり……いや、同じなのだ。

 それに闇の書の主とはいったいどういうことだろう。確かに彼女から感じる強大な魔力の波動はシグナムの知っているものと似ている。闇の書とはやての魔力を合わせれば同じようになるのだろうか。だけど、それはありえないことだ。それでは闇の書が二つ、闇の書の主が二人存在することになる。

 

 シグナムだけではなく、ヴィータも、普段は冷静なシャマルとザフィーラでさえ、ディアーチェの存在に戸惑いを隠せない。どうしても彼女を相手に全力を行使することなど出来なかった。現にシグナムとヴィータは最大最強魔法を使っていないし、ザフィーラの鋼の軛も全力で放ってなどいない、どこかで手加減してしまう。

 

 それを察しているのかは知らないが、ディアーチェは笑みを隠すと腕を静かに振るった。何かあるのかと警戒する守護騎士たち。

 果たして現れたのはディアーチェの全周囲を覆う防壁だった。普段は不可視化されて見えないであろう防御魔法は、限りなく薄い紫色の膜を張っている。

 

「これこそが我を守る"物理魔力の複合四層防御"今は訳があってナハトに譲り、一層しか展開できぬ。だが、貴様らの攻撃を防ぐには充分すぎる代物よ」

(これは……)

 

 守護騎士の参謀であり、補助型の騎士でもあるシャマルは、見せられた魔法を分析して悔しげに歯噛みする。確かにあの魔法、通常攻撃ではどうやっても破壊できない。破るにはシグナムのファルケンか、ヴィータのギガントシュラーク級の破壊力が高い魔法でなければ無理だ。

 それを繰り出すにはどうしても隙ができる。その隙を見逃すディアーチェではないだろう。繰り出そうとすれば確実に致命的な一手で妨害を加えてくるに違いない。喰らえば一撃で落ちるような攻撃を、だ。

 仮に先のような連撃を何度も加え、展開している防壁にダメージを蓄積させて破壊する方法もあるだろうが、そんなことをすれば此方の体力が先に尽きてしまう。何とか状況を打開する一手を見つけなければならない。

 

 それにしても、目の前の相手は闇の書の主に似すぎている。心優しい"はやて"に似ている。歴代の主が覚醒した姿に似ている。それがどうにもやり辛い。尊大な態度をしているくせに、どこか泣きそうな表情で攻撃を仕掛けてくるのもやり辛い。

 

「故に貴様らでは絶対に勝てぬのだ。な。だから、大人しく闇の書を渡すのだ。そうすれば手荒な真似はしないと誓おう」

 

 最後通告でも告げるかのようにディアーチェは守護騎士に降伏を促す。

 そう、こうして降伏勧告してくるのもそう。まるで、守護騎士である自分たちとは戦いたくないとでも言っているかのようで。でも、それでも自分たちは決めたのだ。誓ったのだ。

 

(わり)いけど――」

 

 ディアーチェの言葉を遮ったのはヴィータ。彼女は振り払った鉄槌をゆっくりと肩に担ぎなおすとと苦しげに吐きだすかのように言葉を紡ぐ。戦いになると苛烈な彼女にしては珍しく、何処か迷っているかのようだった。

 

「……悪い、けどさ、闇の書ははやてを救うために必要なんだ。あんたの目的が何なのか知らないけど、渡すわけにはいかねぇ」

 

 ヴィータが代弁してくれたが、それは守護騎士全員の総意。

 彼女たちは決意したのだ。あの日、あのビルの屋上で。はやてを救うためならば、殺し以外は何でもすると。たくさんの人々を苦しめて、はやての意思に背き、力を振るっては蒐集してきたのだ。今更、止まるわけにはいかないし、道半ばで犠牲を無駄にするなどあってはならなかった。

 こんな所で立ち止まるわけにはいかない。今も闇の書の呪いで苦しみ続けるはやてを救うのだ。それから、彼女に全部打ち明けて、いっぱい叱られて、また家族皆で平和に暮らす為に。

 

「そうか……」

 

 ディアーチェは悲しげに目を伏せた。

 自分に隠し事をしてまで蒐集をして、主である『はやて』を救おうとした守護騎士たち。彼女たちがどんな想いで蒐集を続けて、どれほどの覚悟を秘めていたのか。ディアーチェは紫天の書の主として覚醒しても。ついぞ知ることは出来なかった事だ。

 ただ、王に分かることは、この騎士たちは絶対に意志を曲げず、退かないということだ。はやての願いでもない限り覆すことは出来ない。圧倒的な力に屈することもないだろう。文字通り最後まで意志を貫き通す。それこそ、病院の屋上で多勢に無勢の戦いを挑んだ時のように。

 

 そして、自分は八神はやてじゃないから。本当の家族じゃないから。だから、彼女たちを止めることは出来そうもなかった。もちろん、ここが並行世界だと知った時に、説得も考えたが無駄だと結論付けた。だって、あの日まで本当に幸せだったのだ。仮に別世界から、自分によく似た存在が現れて、このまま蒐集を続けても、主は死んでしまうと告げられてもきっと止まらない。

 

 仮に守護騎士と自分の立場が逆だとしたら、ディアーチェ(八神はやて)守護騎士(かぞく)を助けるために何でも縋っただろうから。それを否定されたとしても、大切な人の命が掛かっているなら、信じることは出来ないだろうと自分でも思ったから。

 たとえ、どんなに儚い希望だったとしても、それに縋っただろうから。だから……彼女たちは止められない。

 

 ディアーチェは一筋の涙を流すと、揺らぐ己の心を強い決意で固めた。流した涙の意味は、騎士達がどれほど、自分を想ってくれていたのかを、知っての喜びか。それとも説得が上手くいかずに、彼女たちを傷つけることなってしまう悲しみの涙なのか。

 ただ、もはや躊躇はしない。あらゆる意味で。

 

「うぬらでは、八神はやてを救うことは出来ん。やり方が間違っているからな」

「何を……言っているのだ?」

「なんだよ、どういうことだよそれ!」

 

 ディアーチェの告げたことに、シグナムは彼女の言わんとしていることに首を傾げる。

 ヴィータはやり方を否定されたことに、彼女の態度に言い知れぬ不安を覚えた。

 シャマルとザフィーラはどういうことなのかと黙って推理する。ディアーチェのやり方を間違えたという意味を。

 

 王様はそれを待つことなく畳み掛ける。それは、守護騎士を衝撃の渦に叩き落とすための真実。経験から基づく絶対的な真実。

 

「ねぇ、どうしてわたしに黙って蒐集したん……おかげで……たくさんの無関係な人を巻き添えにしたんよ……?」

「っ……主はやて!?」

「そんな、はやて?」

「……はやて、ちゃん?」

「我が主……!?」

 

 彼女が八神はやてと繋がりを持つという、その疑惑を確信に変える口調で語りかけたディアーチェ。

 その瞬間、ヴォルケンリッターにはディアーチェの姿が、自分達の大好きな、はやてに重なって見えた。

 悲しんでいる。主はやてを悲しませてしまっている。約束を破ってまで彼女を救おうとしたことが、結果的に彼女を苦しめ涙を流させている。でも、あのまま放置していれば、呪いと言う病に苦しんで、彼女を死に至らしめる末路が待ち受けていた。

 どうすればいいのか分からない。何が正しくて、何が間違っているのか分からなくて守護騎士たちは動揺する。

 そして、その絶対的な隙を見逃すディアーチェではない。

 

 ヴォルケンリッターの中心地点に瞬間移動する。その手に生成されているのは黒い球体。禍々しいまでに魔力を凝縮させた究極魔法。そのうちのひとつ。それを彼女はキーワードと共に解放する。戦いを制するための一撃を。

 

「闇に呑まれて、絶望に沈むがいい。デアボリックエミッション・アビス!」

 

 叫びと共に、ディアーチェを中心として急速に広がる暗黒球は、瞬く間に四人の騎士を呑み込むだけにとどまらず、オフィス街のビル群すら闇に沈めて尚有り余るような攻撃範囲を持っていた。回避することなど不可能に近い。

 

 ディアーチェの得意とする広域殲滅魔法。その魔法の威力たるや一撃必殺。防ぐことすら叶わないだろう。

 何故ならばデアボリックエミッション・アビスと呼ばれた魔法の効果は吸収。範囲内に存在する空間の魔力を、術者が任意で己の物とすることができる。

 ましてや、守護騎士は魔法生命体だ。身体を構成して、動かすための魔力を奪われてはひとたまりもない。

 

 かのデアボリックエミッションの術式を書き換えて、ディアーチェ自らが作成したオリジナル魔法のひとつだった。元は管理局の奴らに。アイツ等に蒐集される苦しみを味合わせようとして。憎悪がくすぶっていた頃に編み出した奥義。だが、今では王の胸に虚しくて哀しい感情が広がるばかりでどうでも良い事。それに未完成だった。どうしても対象の人物を指定して蒐集する域にまで昇華出来なかったのだ。

 

 結局、周囲の魔力を無差別に吸収して、己の魔力を回復させる手段に成り下がったが、対守護騎士用としては充分すぎる魔法だった。

 

 守護騎士が墜ちていく。その姿を見ながらディアーチェは涙を拭うと、彼女たちが怪我しないように魔法で落下速度を緩めてやった。八神家を守護する邪魔者は消えた。あとは潜入しているナハトが上手くやってくれれば、闇の書が己の手の内に収まる。そうすれば計画を次の段階に進められる。

 自分のせいで失われてしまった管制人格を、この手に取り戻し。シュテル達から聞いたリヴィエという存在を探り、話を聞き。闇の書の闇を如何にかする方法を見つけ出す。

 最悪、ディアーチェが二つの闇を抱えて虚数空間にでも墜ちてしまえばいい。マテリアル達は守護騎士のように独立したプログラムだし、ディアーチェがいなくても生きていける。闇の書を完全に封印することはできないだろうが、皆が生きていられる時間を稼ぐには充分だろう。

 

「この感じは……あやつか」

 

 その時、ディアーチェが急速に接近する巨大な魔力反応を捉えた。感覚からしてシュテルにとても似た魔力反応は、高町なのはのモノで相違ないだろう。不意を突いた一撃で、魔力ダメージによるノックアウトを防いだばかりか、足止めを任せたアスカを突破してきたらしい。もう一つの魔力は知らないが、恐らくなのはの仲間であろうことは間違いない。

 

「ふふ、ふははは!」

 

 まったく難儀なものだとディアーチェは不敵に笑う。同時に苦笑も隠せなかった。

 少しとはいえ一緒に過ごした仲だ。高町なのはの性格は良く分かる。お人好しの高町夫妻に似て心優しく、気遣いができて、何よりも頑固だった。一度こうと決めたら決して退こうとしない心の持ち主だ。

 もう関わるなという意味を込めて魔法で攻撃したのに。酷いことをしたのに。逃げるように高町家を去ったというのに、こうしてディアーチェを探して向かってきている。知らない振りをしてくれれば、それで良かったのに。あのまま寝ていてくれれば、それで良かったのに。

 まったく、厄介で、馬鹿な奴だとディアーチェは笑う。変なところで無理やりに関わってこようとするのは、シュテルにとてもよく似ている。自分に見過ごせないことは決して放っておけない。本当にお人好しで、バカな女の子だ。

 そんな二人がディアーチェは好きだった。シュテルの優しさに救われた。なのはの優しさに癒された。あの日、叫んでしまった心の叫びを受け止めて、必死になって手を伸ばしてくれた女の子に、ディアーチェはとても感謝している。

 

 そして巻き込んでしまったことを申し訳なく思う自分に嫌気がさす。どの口で贖罪の言葉をほざくというのか。自分のせいで親友を死なせてしまったことに変わりはない。彼女(マテリアル)たちから家族を奪い。未来を奪い。平和で暖かな日々を奪ったのは自分なのだ。

 この罪は決して消えはしないだろう。自分は決して許されることはないだろう。出なければ封印に巻き込んで死なせてしまった人々に申し訳が立たないではないか。

 

 他のマテリアルがいたなら、ディアーチェは悪くないと言うだろうが。元が心優しかった『はやて』であるディアーチェは、決して自分を許そうとはしていなかった。だから今でも、悪夢にうなされて苦しんでいる。あの日の夢に、あの日の悪夢に囚われたまま苦しんでいる。闇の中で幾百年も過ごした間にも、彼女を苦しめ続けている。

 

 やがて、両足の踵から桃色の輝く天使の翼を広げ、光の羽を舞い散らしながら、高町なのはがディアーチェの前に降り立った。結界に包まれた街の空で向かい合う二人は、何事も喋ることなく、時間だけが経過していく。

 

 そして、沈黙したまま、なのはの方が意を決して口を開いた。

 

「やっと見つけた。ゆかりちゃん。ううん、ディアーチェちゃん」

「………」

「それとも……『はやて』ちゃんって、呼んだほうがいいのかな?」

「………………」

 

 なのはの問いかけ。まずは相手をきちんと名前で呼んで、それから話をしようとする。しかし、彼女が名乗った名前も、教えられた名前も偽名でしかなく。アスカに教えてもらった彼女の"本当の名前"も、呼んでもいいものか。その声には迷いがあった。

 

 ディアーチェは答えない。ただ、何事かを考えるかのように虚空を見つめるだけ。その視線の先にはユーノに一か所に集められ、拘束された上で治療を受ける守護騎士の姿があったが、ビルに遮られて直接見ることは叶わない。ただ、魔力の動きだけで相手の動きを把握しているだけ。或いはなのはと何を話すべきなのか迷っているのかも知れなかった。

 

 やがて、ディアーチェが意を決したように口を開く。

 

「なのは」

「うん……」

「その名で我を呼ぶな――」

 

 それはどうしようもない程の拒絶の言葉だった。

 思わずなのはは息を呑む。嫌われたわけじゃない、怒られたわけじゃない、ただやめてほしいという拒絶の言葉。

 そこに含まれた感情どうしようもなく悲しかった。悲しく感じてしまった。

 

 彼女の本当の名前なのに。親からもらった大切な名前なのに。きっと大切にしていたであろうそれを、子である彼女自身が否定してしまうことが、どうしようもなく悲しかった。

 

「我はその名が嫌いだ。その名は臆病で、あまりにも愚かで、忌々しい自分の、弱かった頃の我の過去を思い出させる。今の我はロード・ディアーチェ。闇総べる王! 臣下より貰ったこの名こそが、我の名よ。だから、その名で呼ぶことは許さん。二度と口にするな」

「……うん、分かった。ディアーチェちゃん」

 

 だから、なのはは素直に頷いた。

 頷いたうえで、次に進むための言葉を紡ぐ。

 

 どうしてこんな事をするのか。いったいディアーチェは何をしようとしているのか。自分に手伝えることはあるのか。

 そして彼女が間違っているのなら全力で止めるために、高町なのはは言葉を紡ぐ。かつて自身がフェイトにそうしたように。

 

「アスカちゃんから色々聞いたよ。闇の書のこと。あなたたちのこと。そして管理局の人に、殺されちゃったことも………でも」

 

 だから、そうして歩み寄ってくるなのはの姿に、ディアーチェは内心で笑うしかなかった。蔑むでも、嘲るでもなく。ただ、微笑ましいようなくすぐったい様な、そんな笑みだ。

 

 彼女の優しさは知っているつもりだ。だって他ならぬシュテルと同じような存在だから。彼女に良くしてもらったように、ここ二週間でなのはにも良くしてもらった。その光景は記憶に新しく、昨日のことのように思い出せる。お節介で、困っている人を放っておけないような優しい女の子。人の寂しさを、悲しみを黙って見ていることなど出来はしないだろう。

 

 恐らくディアーチェの瞳の奥に秘められた感情には気付いていた。それでも積極的に関わってこなかったのは、自分から話してくれるのを待っていたからか。

 

 拒絶しなかったらどこまでもついてきそうだ。気持ちとしては嬉しいが、彼女を"加害者"として巻き込むつもりはない。できれば"被害者"として眠っていてほしかった。そうすれば、彼女に万が一が降りかかる可能性もなくなる。管理局に追われるのは自分たちだけで充分だ。

 

 もしかしたら闇の書に呑み込まれて消えてしまう危険だってあるのだから。

 

 だからこそ、ディアーチェは敵として彼女に接する。どのみち、管理局が迫っている以上、悠長にしている時間はない。向かってくる敵は全て蹴散らし、目的を達するために行動する。ナハトが待っているのだ。捕まっているだろうアスカも拾ってやらねばならないし、フェイトとやらを足止めしているレヴィの安否も気がかりだった。セイと名乗っているらしいシュテルのことも心配だった。

 

「でも、クロノくんやリンディさんはそんなことしないから。闇の書のことも、あなた達のことも、ちゃんと話し合って相談し合えば、きっといい方法だって見つかるの」

「ふん、管理局の人間のことなど信用できぬわ。貴様は当事者でないからそんなことをぬかせるのだ。あの時、味わった苦痛と絶望。忘れることなど出来るものか」

「お願いディアーチェ、話を聞いて!」

「――いいや、話は終わりよ。ぴーちく、ぱーちく(さえず)るような煩い小鳥は、ここで落として地に這い蹲らせてくれる!」

 

 言うが早いか、ディアーチェはエルシニアクロイツに向けて振り下ろす。空から闇色の剣(ドゥームブリンガー)が降り注ぎ、なのはに襲い掛かってくる。

 

「この、分からず屋!!」

 

 それを彼女は難なくかわし、追撃で放った誘導弾(エルシニアダガー)をフィールド魔法で防ぎながら後退。薄桃色の光の羽を撒き散らしながら、自らの相棒たるレイジングハートを構え。

 

「ディバイン――」

『Buster』

「シュート!!」

 

 桃色の極光(ディバインバスター)をディアーチェに向けて解き放つ。

 高速で迫りくる光の濁流は、直撃すれば下手な相手を一撃で落としかねない必殺砲だ。

 だが、ディアーチェは不敵に笑うと、避けるそぶりも見せずに、抱えていた紫天の書を静かに掲げた。

 

 桃色に輝く閃光が、ページを開いた魔導書に直撃し、爆風をまき散らす。あっという間の出来事。

 

「囀るな下郎。そこに跪け」

「っ、バインド!?」

 

 そう、高町なのははあっと言う間に拘束されていた。

 ディバインバスターから次の一手に繋げようと動くも、四肢を拘束した闇色の拘束輪(バインド)はなのはを捕えて離さない。

 顔を上げればディアーチェの砲撃魔法(アロンダイト)が迫りくるのが見えた。

 

「レイジングハート、お願い!」

「all right.」

 

 それを防ぐために右手のバインドを解き、咄嗟にシールドを展開して砲撃を防ぐ。砲撃と爆発による二重ダメージがシールドの効果を減衰させるも、何とか凌ぐことに成功する。だが、煙が晴れた先には至近まで迫るディアーチェの不敵に満ちた顔と、伸ばされた彼女の左手の掌。魔法による高速突撃だと気付いた時にはもう遅かった。

 

「あっ……」

「ダインスレイヴ」

 

 ディアーチェの左指が、なのはのシールドを溶かすように喰い込み、直後割れるようにしてシールドは霧散する。

 なのはとディアーチェを遮る壁はなくなり、拘束されたまま無防備な姿を晒すなのは。続くようにディアーチェはなのはの襟首を片手で掴んで持ち上げると、たった一言こう呟く。

 

ペインメイカー(我が闇に包まれて墜ちろ)

 

 それだけでなのはの小さな体は闇色の球体に包まれ、魔力による爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる。白い防護服(バリアジャケット)は見るも無残に砕け散って、内側の黒いインナーを曝け出していた。咄嗟にレイジングハートが最終防衛機構(リアクターパージ)を行い、バリアジャケットを自ら爆発させてダメージを相殺したのだろう。

 

 それでも、魔力ダメージによるノックダウンで、なのはの意識を奪うには十分すぎる威力だった。

 

「なのはっ!」

 

 守護騎士たちを一ヶ所に集めて治療を行っていたユーノが、墜ちていくなのはの体を受け止める。そして、地面に激突する前にビルの間を補助魔法による網(ホールディングネット)で覆い、ユーノとなのはの身体を受け止めさせた。

 

「よし、何とか受け止められた、って……」

 

 自身の魔力光(薄緑色の優しい光)に包まれながら、ユーノが安堵して顔を上げれば。

 

ハウリングスフィア(恐怖に怯え、地に這いつくばり)

 

 そこには自身の周囲に無数の小さな発射体(暗黒球)を展開して、腕を振り上げたディアーチェの姿があって。

 

「ちょっ、待っ――」

ナイトメア(闇に沈め)

 

 慌ててなのはと自分を守るように、全周囲防護魔法(強力なプロテクション)を展開するのと、ディアーチェが腕を振り下ろすのはほぼ同時。いや、ディアーチェが少し遅いくらいだろうか。

 無数の高速暗黒砲撃魔法が緑色に光り輝く防護壁に連続して着弾し、ユーノとなのはを追い詰める。とどめに十字杖を振り下ろして特大魔力隕石(インフェルノ)を喰らわせてやれば、硬い防御魔法が砕け散る音とともに、ユーノとなのはは地にひれ伏した。

 

「ほう、噂にたがわぬ少年ということか。誉めてやろう」

 

 連続砲撃魔法と広域破壊魔法で、着弾点が見えないほどの煙が晴れてみれば、満身創痍で立つユーノの姿。そして背後には倒れ伏したままのなのはの姿があった。恐らくユーノは全魔力(フルドライブ)でシールドを展開して、なのはを攻撃から守り切ったのだろう。

 

 もちろん、そうすることもディアーチェの予測の範囲内。追撃の手を緩めなければ、いくらでも攻撃の嵐を加えることができた。極大砲撃魔法(エクスカリバー)で、周辺のビル街を消し飛ばすこともできるし、遠距離魔力爆撃(ジャガーノート)で街そのものを瓦礫の山に変えることもできた。

 

 それをしなかったのは偏に二人の無力化を優先したから。手心を加えたとも言えた。これが管理局の武装局員や聖王教会の騎士団であれば話は別だったかもしれない。だが、相手は別人とはいえ、親友とその友達に瓜二つの少年少女だ。ディアーチェの邪魔さえしなければ、彼女らをどうこうするつもりはなかった。

 

 力尽きて気絶し、地面に倒れ伏そうとする護り手の少年。それをディアーチェは魔法で保護し、ゆっくりと寝かせた。下手に頭でも打って怪我してしまわないように。

 

「ふぅ……」

 

 それが終わればディアーチェはゆっくりと溜息を吐く。

 久々の力の行使。それは、この身体で堪えるには些か無理があったかと、思う。

 

 近くに浮かんでいた紫天の書を掴み取った左腕が震えていた。いつの間にか防護服(デアボリカ)の袖を上から抑えるように、真紅の革紐が展開され、何かを抑え込むように強張っているのだ。

 

 腕に巻きつく真紅の革紐は、魔力で出来た拘束具だった。ディアーチェの内側から溢れ出ようとする闇の書の闇を抑え込むためのものだった。

 

「我も、もう時間が無いのかもしれぬな……」

 

 憎しみに駆られて、力の行使を全力で行えば、四肢にも拘束具が展開され、終いには頬の辺りまで覆うのだろう。そうなった時、自分が正気を保ったままでいられるかどうか自信はなかった。

 

 かつてシュテルは自分の両手が血に染まっているといった。だが、それはディアーチェだって同じなのだ。数でいうならディアーチェの方がずっと多くの人を死なせているし、そして何よりも罪深い存在だった。

 

 何故ならディアーチェは闇の書の主だからだ。闇の書の化身といっていい存在だからだ。闇の書の罪は、ディアーチェの罪であり、たとえ紫天の書になったとしてもそれは変わらない。歴代の主が重ねてきた罪を、ディアーチェは最後の闇の書の主となったことで背負っているのだから。

 

 それから、ディアーチェは倒れ伏したなのはの傍に降り立つと、小さな少女の体を抱き上げた。

 

「なのは、許せとは言わぬ……ただ」

 

 そして、彼女の体を倒れたユーノの傍まで運ぶと、二人が戦闘の余波で怪我しないように防護魔法で包み込む。

 

「シュテルを頼む。この街は、この世界は、あの娘にとって理想の世界だから」

 

 倒れて気を失ったなのはを抱きしめながら、ディアーチェは呟く。うっすらと涙を流しながら謝り、シュテルのことを頼むという。あの優しい母親だった桃子に合わせてやってほしいと。ここはシュテルにとって、どれほど待ち望んだ世界だろうかと。心の奥底で、あれほど恋い焦がれた"家族"がここには居る。本当は優しかった父も、姉もちゃんといる。

 

 ディアーチェは周囲に無数の魔力を感じていた。ディアーチェを中心にして囲むように展開するそれから、懐かしくも忌まわしい気配がしていて。だから、ディアーチェは先ほどから溢れ出す憎しみを抑えきれそうになかった。

 

 管理局の局員が近くまで来ている。それはこの街の景色と相まって、あの時の光景を思い起こさせる。

 

 彼女の流した涙が、なのはや守護騎士に対する涙なのか、それとも"あの日"の悲しみの涙なのかは分からない。ただ、分かるのは心の奥底から溢れ出る憎しみが、彼女の理性を徐々に奪い、激しい怒りに震わせるということだけだった。

 

 憎い。憎い。憎い。全てが憎くてたまらない。世界が憎くて……違う、全てを奪った奴らが憎い。他は関係ない。関係ないッ―――

 

 そうだ、闇を抑え込んでいるユーリの声が聞こえなくなるほどに憎い。だから、ディアーチェは禁断の言葉を口にする。

 

Nacht Wal(闇の書の闇よ)

 

 右腕に真紅の革紐が巻き付き、その上に右腕を覆うほどの槍射砲(パイルバンカー)が装着される。

 

Einsatz!!(我に力をっ)!!」

 

 そして闇統べる王は空を飛翔する。憎き敵をすべて打ち砕くために。

 

 しかし、それは闇の書の闇による浸食が加速することを意味していた。




Qリメイクはどうしましたか?

A時間がないので、突き進むことにしました。我慢できないともいう。もう、矛盾も文章の汚さも気にしない。

手始めに二章の補完からスタートします。これと、あと一つ。それから辛い続きをスタートしなきゃ。あのシーン書けるだろうか……

王様の簡単なスペック。
管制人格のすべての機能。常時○○状態。
ユーリの無限魔力の一部。
闇の書の闇という名の防衛プログラムの機能の一部。
物理魔力の複合四層防御を一層(接近戦と弾幕砲撃無効)ゲーム的に言えばユーリのスーパーアーマーが一回。全盛期はそれが四回分。掴み無効。


時空管理局もといクロノ君には頑張って欲しいところ。

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