リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

49 / 84
●幕間7 時にアースラ、そして月村邸の別荘にて

 先の事件にて、なのはとフェイトは魔力ダメージによるノックアウトで撃墜され、衰弱したように弱った身体をベッドの上で休ませていた。命に別状はないが身体が気怠い感じで上手く動かせない。動けるようになるまでは医者から絶対安静を宣告された。

 現在のアースラにはそんな人がたくさんいる。言ってしまえばアースラチームの武装隊は壊滅状態に陥っているのであった。マテリアルと自称する少女達。そのなかでも主と思われるディアーチェと名乗った存在によって、多くの武装局員は戦闘不能。指揮官であるクロノの的確な指示で局員の半数が撤退に成功したが、無傷では済まなかった。大規模な広域魔法を前にして回避は無意味。局員の誰もが少なからず魔力ダメージを受けている。

 追撃するにも戦力は足りず、いろいろと準備する必要があった。設備の整った本局で人員を入れ替えるなり、なのは達の治療をするなり、やることは山積みで大忙し。次の出撃に備えて広域殲滅魔法の対策も施さねばならない。

 だから、その間にもやるべきことは少しでも進めておく必要があった。具体的には捕らえた守護騎士と、最重要人物であるアスカ・フランメフォーゲルの尋問である。

 

◇ ◇ ◇

 

 なのはとフェイトは入院している個室から、クロノが尋問している光景を空間モニターを通して見せて貰っていた。とても沈痛な面持ちをしながら二人は話を聞く。だって、アスカの語る話は悲しい事ばかりだったから。特になのはとフェイトにとっては耳を塞ぎたくなるような、信じられない話ばかり。

 これは、そんな尋問の光景を映した一部である。

 

『これから事情聴取を始める。此方の質問を正直に答えて欲しい。答えたくなければ黙秘してくれても構わない』

 

『そうね、答えられることなら何でも答えるわ。そちらの手の内にあの子がいる以上、アタシも迂闊には動けないし、こっちにも事情があるから協力させてもらう』

 

『協力に感謝する。それと、君の仲間である八神セイ。いや、君たちの愛称はシュテル・ザ・デストラクターだったか。彼女は重要参考人のひとりだ。此方としても丁重に扱わせてもらっている。心配しなくていい。もっとも話を聞きたくても、聞ける状態ではないから、療養を優先させてもらっている』

 

『それについては感謝します』

 

 ここで、アスカがクロノに対し頭を下げている。

 

『では、始めようか。改めて聞くが君の名前は?』

 

『マテリアルとしてはアスカ・フランメフォーゲル。生前の名前は『アリサ』・バニングスよ』

 

『どっちで呼べばいい?』

 

『お好きにと言いたいけど、ややこしいからアスカで構わないわ』

 

『じゃあ、アスカ。君達は何のために行動している?』

 

『そうね。主な目的は貴方たち時空管理局に対する復讐……だった』

 

『……シュテルと対峙した時にも聞いたな。復讐する理由は?』

 

『アタシを含めた大勢の人間が管理局の人間に殺されたから。海鳴市にある大学病院を知っていますか? そこに居る全ての人間が皆殺しです。アタシ達はそれが赦せない。もっとも、アタシとしては復讐は本意ではありません。それは保護していただいたシュテルも同様です。でも、心情としては赦せないとも思っています。今でも』

 

 ここでアスカは苦々しく顔を歪めて答え、聞いていたクロノも顔をしかめている。しばしの沈黙のあと聴取が再開。

 

『殺した相手が時空管理局だというのは確かなのか?』

 

『間違いないと……思います。アタシも管理局に詳しいわけではありませんが、此方の世界の守護騎士が彼らの事を管理局と。それと貴方たちの装備には見覚えがあります。彼らも同じような格好をしていました。後は杖ではなく剣や槍を持った騎士のような人もいた気がします。少なくともアタシの中にある記憶ではそうです』

 

『そうか、良く分かった。君達は武力によって、その、殺されたのか?』

 

『いえ、アタシも詳しくは知りません。ただ、笑えますよ? 気が付いたら死んでるんです。お喋りする皆の喉が渇いたと思って、病院の一階受付にある自販機でジュースを買いに行ったら、寒さを感じて、そのまま』

 

『すまないが、笑えない冗談だ。寒いというのは?』

 

『その日は地球でいうクリスマス・イブでした。12月の冬の季節。日本ではとても寒くなる季節です。だから、温かいホットココアとか買ったんですけど、いきなり手にしていた飲み物が氷みたいに冷たくなって、驚いて手を離しました。そこから急に体が冷たくなって、寒さで震えて動けなくなって、倒れたんです。辛うじて見渡せる周囲の人たちも倒れていました。そこからは意識がありません。あと……死ぬ前に部屋中に霜が張っていた気がします』

 

『その証言だと前述する管理局の姿を見る前に亡くなったように聞こえるが、彼らを本当に見たのか?』

 

『ああ、言い忘れていましたがアタシには二つの記憶があります。アタシが守護騎士と同じように魔法生命体だと言う事は?』

 

『キミを身体検査した時の結果報告で聞き及んでいる。過去にシュテルも証言しているから間違いないだろう』

 

『アタシは守護騎士のシグナムを元にして創られたみたいです。たぶん、アタシとは別にシグナムの記憶があるんだと思います』

 

 ここで、クロノ執務官は空間モニターからデータを呼び出して確認している。

 

『確かに、その可能性はあるな。キミの言葉を一応だが信じよう。ところで疑問なんだが、管理局は遺失物の封印に対してなるべく民間人を巻き込まないように配慮する。管理外世界であってもだ。偽装した避難勧告などは出されなかったのか?』

 

『そんなものないです。むしろ病院にいた人を逃がす素振りすらありませんでした。積極的に口封じに動いていたかもしれません。管理局にも裏の部分はあると思いますが? 聞いている限りではとても大きな組織みたいですから、秘密の部隊でも動いたんじゃないですか?』

 

『そのような部隊は存在しないと言っておこう。仮に存在したとしても、次元航行部隊がそれを許さない筈だ。闇の書事件ほどの大きな事件は早々ないから、僕らのような艦船の部隊が動いただろう?』

 

『いえ、時空管理局と出会ったのはその時が初めてなんです』

 

『そんな馬鹿な…いや……そういえば、シュテルは僕と初めて会ったようなそぶりを見せたな。疑問なんだが、キミ達の世界でジュエルシード事件は起きているか?』

 

『ええ。でも事件を解決したのは、『なのは』、『アリシア』、『ユーノ』の三人で、他の魔導師なんていませんでした。バニングス家と月村家も捜索に協力したので良く知っています』

 

『並行世界……タイムパラドックスの可能性か……事件の詳細を聞かせて貰っても?』

 

『いいですよ……ただ……』

 

『なんだ?』

 

『この話は、なのはにとって辛い話になるかもしれません。アタシとクロノさんの会話。あの子の事だから、今も聞いていますよね?』

 

『ああ、その通りだ。本人が強く望んでいた。キミ達の事情を知りたいと。少し待て、確認する…………聞かせて欲しい、そうだ』

 

『分かりました。申し訳ないですけど、長くなります。それと、『なのは』から聞いた話なので、全て知っている訳ではありません。そうですね、どこから説明したものか。まず、この世界と分かる範囲での違いを――』

 

 ここから先はアスカの口から世界の相違点が説明されている。それは家族構成と家庭環境の違いが主で、アスカ以外の個人的な過去にはあまり触れなかった。知られたくない友人の過去を配慮してのことだろう。そこから徐々にシュテル本人から聞いたというジュエルシード事件の出来る限りの詳細が語られた。

 

 もっとも、時の庭園で『なのは』がみた『アリシア』の秘密は語られなかった。それは、『なのは』本人が自分だけで抱え込もうと決めた秘密だったから。アスカにも教えていないのだが、語る本人は知る由もない。

 

『これがアタシ達の世界におけるジュエルシード事件の顛末です。他に聞きたいことはありますか?』

 

『今のところはない。協力に感謝する。辛い話をさせてすまなかった。そろそろ休憩にしよう。キミも喋り疲れただろう?』

 

『いえ、お構いなく。アタシは平気ですから』

 

『続きは後日聞こうと思う。そうだな、ジュエルシード事件の、その後。闇の書事件の始まりと終わりまでを聞きたい。話を纏めておいてほしい。もちろん黙秘したいなら無理には聞かない』

 

『分かりました。あの、アタシは独房入りで構いません。でも、シュテルだけは、なのは達の傍に居させてくれませんか。できればなのはの家族の傍に』

 

『難しいお願いだが、艦長と相談して検討しておく。他には?』

 

『それだけです。ご配慮感謝します』

 

◇ ◇ ◇

 

 なのははベットの上で横たわりながら空間モニターを閉じた。彼女の視線の先にはベットにもたれ掛るようにして八神セイが、いや、不破『なのは』が眠っている。

 保護した当初から泣き崩れたまま、動こうとしない彼女は局員に連れられる形でアースラに乗船した。今は泣き疲れて眠っているようだが、目が覚めれば悲しい表情をしたまま膝を抱えて蹲るだろう。

 その髪を、暗い栗色の髪をなのはは優しく撫でた。なのはの髪の毛は母である桃子に似ているが、『なのは』の髪の毛はどちらかといえば父の士郎に似ている。髪の感触もちょっとした違いがあって、それだけで自分とはまるで別人のように見える。けれど、彼女は正真正銘、高町なのはと同一の存在だった。

 そして、自分と同じように魔法の力に憧れて、力及ばず誰も救えなかった女の子なのだ。一歩間違えれば自分も同じ道を辿っていたかもしれない。

 いや、同じだなんておこがましい。何故ならば高町なのはの家庭環境は幸せだから。なのはは家族から愛され充分に甘やかされている。でも、不破なのはは家族から厳しく躾けられ、まともな会話もない程にぎこちない家庭環境だったらしい。少なくともアスカの話を聞いて判断するならそうだ。

 何よりも、なのはの大好きなお母さんが亡くなっていることは耳を疑ったくらいだ。それ程の衝撃をなのはは受けた。思わずアスカに聞こえないと分かっていても、空間モニターに向けて「嘘、だよね……?」と問い掛けてしまうくらいに。

 複雑な家庭環境。まともに愛してもらえない毎日。厳しい稽古。どこか虚ろで、未来への展望はなく、なりたい職業の課題で悩むどころか、生きる意味すら分からない。自分よりも不幸で可哀想だなんて、あからさまに哀れむつもりもないが。それでも胸が痛くなる『なのは』の過去。

 あげくの果てに、『なのは』は時空管理局によって殺されてしまうなんて、そんな結末はあんまりすぎだと。なのはは自分の事のように泣き叫びだしたいくらいだった。

 

「なのは……」

「フェイトちゃん……」

 

 対面のベッドで横たわるフェイトの悲しそうな声を受けて、なのはもフェイトと同じ気持ちで悲しくなる。

 何も、不破『なのは』だけが不幸だったわけではない。フェイト・テスタロッサの同位体である『アリシア』・テスタロッサも、悲劇の運命を辿ったその一人だ。

 まるで必然のような運命(さだめ)を回避するために。この世界においても、フェイトはジュエルシードを集めた。そうすれば母が笑ってくれると信じて、記憶にあるような優しい家族に戻れると信じて行動した。それでも運命は覆らなかったのだ。プレシアは自らを蝕む病に追いつめられ、最終的に虚数空間の底に消えた。

 

 それは向こうの世界も同じこと。ううん、もっと酷いかもしれない。この世界と違い『なのは』と『アリシア』は対立せずに、互いに手取り合い、助け合ってきた。それどころか魔法の力を秘密にせず、友達の助力を受けることすら惜しまなかった。だというのに結果は変わらない。運命を変えることは出来なかったのだ。

 

 なのはは眠る『なのは』の頭を、もう一度撫でた。こうしてあげることで、せめて眠っている間だけでも苦しまなくて済むように。ユーノの話では、彼女の身体に何らかの制約が施されており、それが彼女を苦しめているらしい。時折、目覚めては何処かに行こうとして、その度に『なのは』は苦しむのだ。正直、見ていられなかった。

 そんな彼女をアスカは頼み込んできた。誇り高い彼女が床に頭を擦りつけるんじゃないかってくらい土下座して、『なのは』を、なのはの家族に会わせてやって欲しいと。その意味を、なのはは先の話で理解できてしまった。

 家族の温もりも知らず。母である桃子の作る美味しいお菓子の味も知らない。もう一人の『なのは』。そんな彼女を癒すならば絶好の機会だろう。なのはも、『なのは』にたくさんの愛情を与えたい。支えてあげたい。不思議とそう思える。彼女に自分の家族を取られるんじゃないかって恐れはない。何と言うか、そう、妹が出来た感じなのかもしれない。

 

「ん……」

 

 『なのは』が目をさまし、瞼をゆっくりと開いた。眠たげな表情で視線を彷徨わせて、自分が撫でられていることに気が付くと、闇色に染まる瞳でなのはを見つめる。

 

「おはよう。どう、良く眠れた?」

「…………」

「うぅ、無視されたの……」

 

 きょとんした様子でじっとなのはを見つめ続ける少女は、自分と瓜二つの存在に案じられても無反応だった。いや、少しだけ首を傾げているところを見ると、自分と同じ顔が目の前にあることに疑問を抱いているのだろうか。少なくとも嫌悪や拒絶といった感情はないように見える。レヴィのように自分と同じ存在を憎んでいる訳ではないようだ。

 やがて、『なのは』はきょろきょろと首を彷徨わせて、驚いたように固まった。その視線の先には対面のベットで、少女を見守っていたフェイトがいる。

 

「ど、どうかしたのかな? わたしの顔に何かついてる?」

「…………」

 

 フェイトが興味を向けられたことに戸惑いながらも、恐る恐る声を掛ける。『なのは』はなのはと比べると雰囲気も全然違っていて、どう接して良いのか、フェイトは分からないのだ。それでも、なけなしの勇気を振り絞って語りかける。

 しかし、それは届くことはなかった。『なのは』は虚ろで心ここに非ずといった様子だった。

 やがて、『なのは』が泣きそうな表情をした。瞳を潤わせて今にも涙をこぼしそうな表情で。「な、泣かないでっ」と慌てるフェイトや、「わっ!? どうかしたの」と驚くなのはをよそに。

 

「ごめん、なさい」

「えっ?」

 

 『なのは』はフェイトに向けて涙声ではっきりと謝った。

 フェイトは何故自分が謝られたのか、理由も分からず混乱する。

 

「あの時、助けてあげられなくて、ごめん、なさい……」

 

 でも、そんなのお構いなしに、『なのは』の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。

 どうして彼女が謝っているのかフェイトには分からないが。少なくとも『なのは』にとっては大事な事で。きっと、誰にも言えないような辛い事を抱え込んでいるのは確かで。彼女がとても苦しんでいることを、二人の心優しい少女は察した。

 

「なのは」

「うん、フェイトちゃん。まかせて」

 

 だから、ベットから動けないフェイトの代わりに。慰めるようになのはが彼女を抱きしめた。幼い子供をあやす姉のような仕草で優しく優しく。

 それを『なのは』は為すがままに受け入れているのだった。

 

◇ ◇ ◇

 

  マテリアルは自分たちを捕らえようと迫ってくる管理局を返り討ちにした。その上で捕捉、追撃されないように転移して、海鳴市の街から去って行った訳だが。辺境世界に逃げずに、無人になっている月村家の別荘に潜んでいる状況だった。

 別に潜伏する場所が、長期休暇に使われる住み心地の良い別荘でなければ嫌だったという訳ではない。抱え込まなければならない厄介な荷物が居た為に、地球に潜伏し続けるという危険な手段を選ばなければならなかったのだ。

 八神はやて。未だ闇の書の呪いに蝕まれ続け、しかも魔導師として覚醒をしていない、ひ弱な子供のままの存在。危険な辺境で、そんな足手まといを抱えて潜伏するのはリスクが高すぎた。だから環境の良い別荘に留まっているのだ。

 マテリアルと違って、人間であるはやては食事も睡眠も必要とする。万が一、彼女を死なせようものなら計画は水泡に帰すだろう。誰も救われない滅びの道を一直線である。八神はやての身に内包した、ディアーチェが失いしプログラムの断片。それが全てを救う鍵になる。

 だから、ことが上手くいかずに王が苛立ちを募らせるのも無理はなかった。不愉快な存在が、かつての自分自身が傍に居ると言う事も拍車をかけた。海鳴市から離れているとはいえ、迂闊に魔法を使おうものなら捕捉される。故に慎重でなければならないのも苛立ちを増幅させる要因である。

 

「ええい、忌々しいッ!」

「ひっ……」

 

 ディアーチェが別荘にあるリビングのソファでふんぞり返って、悪態をつく。その様子にはやてが思わずびくりと肩を震わせてしまうのも無理はない。ディアーチェは、はやてに対してだけは容赦がない。機嫌を損ねれば詰め寄って来て、間近で怒りの籠もった視線を向けて来るから。もっとも、その度にナハトがディアーチェを咎めるのだが。はやてとしては恐ろしい事に変わりがない。誰かに、本格的な悪意を向けられるなど初めての経験故に。

 

 ディアーチェが苛立つ理由はひとつ。上手くいっていないからだ。

 

 闇の書に潜む呪いともいえるバグに立ち向かうためには、どうしても大規模な儀式の準備がいる。かといって地球でそれを行う訳にも行かず、わざわざ巻き込まないように、遠く離れた無人世界を選んで準備していた。

 だが、管理局の目を掻い潜って辺境世界を行ったり来たりするのは手間が掛かるのだ。儀式の準備と、それを隠蔽するための結界の維持も馬鹿にならない徒労を要する。辺境世界に居座ることが出来ればいいのだが、儀式の準備中は無防備でナハトの護衛がいる。

 かといって八神はやての監視を怠れば、何をしでかすか分からない。誰かに連絡でもされようものなら、今までの苦労が徒労に終わってしまう。それだけは避けねばならなかった。

 人手が足りないのだ。シュテルは記憶喪失で、これ以上負担を掛けない為に海鳴市に置いてきた。レヴィはトラウマを刺激され、心身を自失してしまって書の中で休んでいる。アスカは自分たちと道を違えて、管理局に投降した。アスカなりの考えがあるんだろうが、此方側に居て欲しいと思ったのも事実。彼女は此方の不利になるような事はしないので、裏切りではないだろうが。どこか釈然としない。

 故に、定期的に別荘に帰って来ては、はやてを監視し、場合によっては何もさせないように脅す。その度にナハトが窘めるといった行動が続いている。儀式の準備が終わるまでこんな状況が続くと思うと気が滅入るデイアーチェだった。

 

 ディアーチェは自分自身が大っ嫌いだ。その現身である八神はやてはもっと嫌いだ。まるで、あの頃のように、のうのうと生きていた自分自身を見ているようで吐き気がする。

 あの頃は何も知らなかった。家族が出来て、友達が出来て、楽しい日々を無知のまま過ごしていた。家族と友人が、その裏で自分を救おうと必死になっていたことも知らずに。そして知らなかったからこそ、悲劇が起きてしまったのだと思うと、ディアーチェは己を赦すことが出来そうになかった。だから大っ嫌いだ。自分も、同じ罪を背負う八神はやても。

 

「あの……」

「ちっ、小鴉は空気を読むことも出来んのか――なんだ?」

「もう、ええやろ? お願いやから家族の元に帰して欲しいんよ。きっと、皆心配しとる」

「ならん。貴様は重要な鍵、だ。それに、どうせ帰った所で誰もおるまいよ。貴様の愛する家族は罪を犯した。貴様に黙って人や動物を襲い、蒐集をしていたのだ。今頃は管理局に捕らえられているだろうよ」

「嘘や! みんながそんなことする筈あらへん。だって……だって、ちゃんとシグナムは、あの月夜に約束してくれてっ」

 

 ディアーチェの何処か他人事のように淡々と語る真実。それに、はやては自分でも驚くぐらい語気を荒げて反論した。

 だって、自分とそっくりな恐ろしい存在は、家族がはやてとの約束を蔑ろにしたと決めつけているのだ。シグナム達のことを何にも分かってないような口調で、彼らが約束を破るような存在だと侮辱した。はやてを裏切っていると決めつけた。

 それは、はやてにとって赦せないことだ。自分を馬鹿にするのは構わないが、家族を馬鹿にするヤツは許さない。

 だけど、それは、ディアーチェの逆鱗に触れるには充分すぎた。彼女は何も知らない少女ではなく、八神はやてをもっとも理解できる半身のような存在。無論、シグナムとの約束の事も覚えている。ディアーチェも同じことをしたから。そしてシグナム達がどんな想いで自分を助けようとしたことも知っている。

 

 だから、燃え盛る激情に身を任せて激昂してしまうのも無理はなかった。

 

「――ッ、何も……何も知らない小娘が……」

「な、なんや……」

「知ったような口をほざくでないわっ!!」

「ひっ、あっ……」

 

 自分でも抑えきれないような怒りを爆発させて、蔑みの言葉を口にしながら。ディアーチェははやてに掴みかかった。車椅子に乗っていた少女の服の襟を掴んで、片手で持ち上げるとソファの上に叩きつけて抑え込む。

 

「かはっ……」

 

 いくら衝撃が柔らかいソファに吸収されたといはいえ、小柄なはやてに駆け巡った衝撃と痛みは並みならぬものがあった。堪えきれずにはやては咳き込む。抵抗しようにも足が麻痺した身体では上手く力が出せない。上半身の力で抵抗するには無理があった。

 

 そんなことお構いなしに、ディアーチェははやての頭を押さえ付けて、苛立ちのまま叫ぶ。

 

「貴様にッ! 何が分かるというのだッ! 運命を受け入れ、迫りくる破滅に抗おうとせず、全てを諦観して! つかの間の幸せに溺れていた貴様に!」

 

「うっ……」

 

「守護騎士の皆がどんな気持ちで蒐集を行っていたか分かるか? 『なのは』ちゃんや『アリシア』ちゃんが、心配かけないように普段は笑っていてくれて、疲れも見せようとせずに頑張っていた気持ちが分かるか?」

 

「わたしが、真実を知った時……シグナムに嘘だよねって問いかけて。約束したやんかって、問い詰めた時。シグナムがどんな表情をしていたか分かるかぁ……」

 

「貴様は、ええよ。何も知らなくて、幸せや。でも、知らないことがどれだけの人を不幸にしてしまったか。分かる……か?」

 

「分かる筈がない。だって、貴様は、何も知らないんやから……」

 

 はやての頬を冷たい涙の滴が伝い落ちた。それははやて自身が流したものではない。身体の上に圧し掛かっているディアーチェの瞳から零れ落ちたものだった。

 

 あの凍てつくような恐ろしい闇に染まった瞳から、明らかに感情のこもった涙があふれ出ている。

 

 ディアーチェの流す涙に込められた想い。悔しくて、辛くて、悲しくて、どうしようもない感情がまじりあい、それが涙に凝縮されている。心が悲鳴をあげて抑えきれない感情が涙となって零れ落ちる。表情はくしゃくしゃに歪んでいて、目の前の自分と瓜二つの存在がどうしようもなく苦しんでいることに、はやては気が付いて。

 

「っ……」

 

 だから、はやては言葉を失うしかなかった。

 

「そうや……わたしのせいで……」

 

 ディアーチェの瞳が揺れる。既に焦点は定まっておらず、はやてを見てすらいない。どこか遠い場所を見ているよう。

 

「わたしが……わたしが知ろうとしなかったから……皆に嫌われることを恐れて、隠し事に踏み込もうとしなかったから……だから、あんなことに。わたしのせいで。わたしが、わたしが、あっ、うあ、ああああっ! あああああああああぁぁぁ!!」

 

 そして、ディアーチェは湧き上がる激情にも似た感情を抑えきれずに錯乱する。

 後悔と自責の念は己自身を責めたて、心がバラバラになりそうな程、苦しくて辛くて。

 だから、ディアーチェはそれを言葉にして吐きだしながら、両手で頭をかき乱して泣き叫ぶしかなくて。

 

「――ディアちゃん! 落ち着いてっ!!」

 

 自分でも抑えきれなくなって、暴れ出しそうになるのを、異変に気が付いて台所から駆け付けたナハトが抑え込む。

 ナハトは、すぐにディアーチェに駆け寄ると、圧し掛かっているはやてから引き剥がし、抱きしめてあやす様に背中を撫でた。ディアーチェがナハトにしがみ付いて、苦しみを吐きだすように爪を背中に喰いこませてきても、ナハトは嫌な顔せずに受け止めた。

 

 シュテルに絶対命令権を施して別れてからというもの、ディアーチェは情緒不安定になっていて、普段の落ち着きは何処にも見られなくなった。

 せっかく高町家で過ごして、笑顔を見せるようになってきたのに。前よりももっと追いつめられた表情をするようになってしまった。マテリアルが生まれたころよりも酷い有様だ。せっかく作った食事は喉を通らず。ディアーチェは眠れない日々が続いている。

 

 きっとどうしようもなく不安なのだ。自らの選択が。その結果が。この少女は己の判断が本当に正しいのかと自信が持てないでいる。自分の過ちで大勢の人を亡くならせてしまったと思い込んでいる故に。

 ナハトには、せめてこうしてディアーチェをあやす事しか出来ない。彼女の苦しみが和らぐように少しでも優しく抱きしめて、温もりを感じさせる以外、出来ない。それがナハトは悔しい。

 

 シュテルならもっと上手にはやてを慰める。レヴィなら明るい言葉でディアーチェを和ませる。アスカなら、きっと力強く励まして立ち直らせる。

 

 それでも、こうすることで少しでもディアーチェが落ち着くなら、ナハトがためらう理由はなかった。悔しいと思う自分の感情は二の次にする。

 

「ほら、だいじょうぶだよ。ディアちゃんの傍にはわたしがいる。だから、落ち着いて、ね?」

「あああぁ! うぅ、ッ~~~~! ッ~~~~~!!」

 

 しばらくそうしていると、少しだけ感情が落ち着いてきたのか。ディアーチェは嗚咽を抑え込んだ。抱きしめるナハトに素直に甘えて、顔を埋めて離そうとしない。

 この様子なら、しばらくすれば泣き疲れて腕の中で眠り始めるだろう。

 そんなディアーチェの頭を撫でて、髪を梳きながら。ナハトはソファの上で放心したように固まる八神はやてに顔を向ける。

 

「ごめんね、はやてちゃん。怖がらせちゃったよね?」

「あっ、いえ、その……」

「もうすぐ鍋が出来るから。そうしたらご飯にしよう? あまり料理はしたことないから、はやてちゃんのお気に召すか分からないけどね」

 

 浮かべる表情は、いつもの誰かを安心させるような微笑み。ただでさえ、軟禁して不自由な思いをさせているというのに。これ以上怯えさせてしまうのも可哀想だと感じているから。

 ディアーチェが鬱憤をぶつけた分だけ、ナハトがフォローする。臣下として当然の行い。

 それに、個人的にはやての事は嫌いではない。当然だ。並行世界の存在で、厳密には違うとはいえ、彼女もナハトの好きなはやてに変わりはない。図書館で出会った大切な親友だから。

 

「ディアちゃん。ご飯はどうする?」

「……ふるふる」

「そっか、でも食べたくなったら、いつでも言ってね。ディアちゃんの分もちゃんと残しておくから」

「…………こく」

 

 このはやても、こっちの『はやて』も早く幸せになれる未来が訪れますように。そう、彼女は願っている。

 そして、みんなで手を取り合って笑うのだ。

 それから、あの幸せだった日々の続きを、そうすれば。

 

(心から笑わなくなった『はやて』ちゃんも、きっと笑ってくれるよね)

 

 ナハトは願っている。いつか、皆で過ごした愛おしい日常を取り戻せることを。

 

◇ ◇ ◇

 

 こたつの上に鍋がある。

 コンロを使ってぐつぐつと煮込まれた。具材とスープの美味しそうな香りを漂わせる土鍋だ。

 ディアーチェが休んで居る間に、ナハトがせっせと調理を行い、出来上がった料理。お嬢様育ちで、あまり料理を経験したことのない彼女にしては上手に出来た力作。あの尊く愛おしい日常の記憶を思い出して作った一品。

 冬の寒さに負けないよう身体を温めて欲しいと願って作られた料理。一番に食べて欲しい王様は泣き疲れて、部屋で一足先に眠ってしまったが、それでも八神はやてに食べて貰うだけで作った甲斐があったというものだ。

 

「いっ、いただきます」

「はい、どうぞ召し上がってね」

 

 何処かぎこちない様子で手を合わせて、食事の前の作法を済ませた八神はやては、恐る恐るといった様子で箸を手にする。

 動かない足はこたつの中に入っているが、感覚は残っていて。その足に妙に障り心地の良い尻尾が当たっている。ナハトのお尻から生えた尻尾が上下に動いて、はやての足をわざとくすぐっているかのようだ。目の前で穏やかに微笑む少女に、そんなつもりはないんだろうけど。

 なんというか微妙に居心地が悪いのだ。平和な生活を乱されて、詳しいわけも知らされずに強引に誘拐され、家族である守護騎士には合わせて貰えない。そんな犯人など嫌って当然なのに、どこか憎めない。それは犯人が自分と同じ姿をした少女で、付き人は友達になってくれて、親しくしてくれた月村すずかに似ているせいだろう。

 まだ、軟禁されて二日程度の日にちしか経っていない。にもかかわらず会話を交えれば交える程、ナハトと呼ばれた女の子は月村すずかと比べても違和感ない位同じで、だから少しでも心を許している自分がいることを。はやては感じていた。

 ディアーチェはあからさまに自分を憎んでいる。というよりも嫌悪しているのだろうか。はやてが声を掛ければ途端に不機嫌になり、まともな会話さえままならない。今日は彼女の逆鱗に触れてしまう有り様。

 家族である守護騎士がどうしているか。どうして自分を誘拐などしたのか。アリサちゃんとすずかちゃんは無事なのか。そしてナハト達は一体なんなのか。聞きたいことは山の様にあれど、上手く聞きだせていないのが、はやての現状だった。

 

「あの、聞いてもええんかな」

「なぁに?」

 

 でも、もしかしたら、心優しいナハトなら或いは。そう思って恐る恐る声を掛けてみれば、ナハトははやてに応じてくれた。少なくともディアーチェのように無視したり、不機嫌になったりしないようだ。

 

「どうして、わたしなんか誘拐したん? おまけに沢山に人に迷惑かけてまで」

「はやてちゃんを助ける為」

 

 鍋に煮込まれている惣菜を摘んで、小皿に移していた手をはやては思わず止める。

 即答だった。ナハトの声に一切の戸惑いも、迷いまない。ただありのままの事実を淡々と述べるように。ナハト達は八神はやてを救うためだけに、警察のような組織から追われるような真似をしたのだという。

 ナハトの顔を見詰めてみれば、真紅に染まった瞳に並みならぬ覚悟が秘められていて、はやては思わず息を呑んだ。なんの力もない自分でも気迫みたいなものが感じ取れるくらい、彼女の意志は堅い。まるで鉄のように。

 だけど、それもすぐに霧散した。ナハトは表情を柔らかくして一度だけ微笑むと、上半身だけしか動かせないはやてを気遣って、鍋の隅っこにある取れない具材を小皿に移し、飲み物の少なくなったコップにお茶を注ぐ。

 彩の少なかった小皿は、惣菜、牛肉、豆腐、えのきと色鮮やかで豪華になって、はやては思わず恐縮する。この少女はどこまでもはやてという人物に対して気遣う姿勢を崩さないから。

 いくら、知り合って、、すぐに友達になってくれた月村すずかと同一人物らしいとはいえ。どう接して良いのか分からずに苦笑いを浮かべるはやてだった。

 相手は自分を誘拐した存在で。だけど、はやてに優しく接し続けてくれている女の子。そんな彼女の抱えている事情に踏み込んでもいいのだろうか?

 

 そうして迷っている間に、ナハトが声を掛けてきた。

 

「むかし、こうやって鍋を囲んだときがあったの。わたしと、『アリサ』ちゃんと、『アリシア』ちゃんと、『なの』ちゃん。そして、今はディアーチェって呼んでる『はやて』ちゃんと、八神家の皆で。あの頃は……楽しかったなぁ」

 

 それはどちらかといえば、独り言のような呟きだったのかもしれない。まるで遠い昔を懐かしむような瞳で、ナハトは思いで話に花を咲かせる。そして、はやてはそれに乗っかることにした。

 心の底から気を許したわけではない。でも、この少女のことを知りたいとはやては思った。初めて友達になってくれた月村すずかによく似た少女。気にならない訳がなかった。

 

「一昨日(おととい)にした鍋パーティーみたいにかな? 結局、潜入してたナハトちゃんが台無しにしたけど」

「あはは……ごめんね? 本当は楽しませてあげたかったけど、わたし達にも時間がなかったからしょうがなく。あれは、わたし達が最初から仕込んだことだから。最初からはやてちゃんを誘拐するために」

「ほんまにびっくりしたで? 守護騎士の皆は急に居なくなるし、アリサちゃんが連れてきた狼さんが、いきなり光り輝いたと思うと、すずかちゃんに似た女の子になったんやから」

「本当にごめんなさい。でも、ああするしか、はやてちゃんを比較的無傷で奪う方法が思いつかなかったから。はやてちゃんの周りには常に、守護騎士の誰かが付いてる。その人たちと本気で戦ったら、どちらも無事で済まない。何とか引き離して、その隙にわたしが誘拐するしかなかった。はやてちゃん達の楽しみを台無しにしたくはなかったけど……」

 

 そう語るナハトはとても申し訳なさそうで、悲しそうだった。

 いつもそうだと、はやては思う。ディアーチェとナハトはずっと悲しそうな表情をしたまま日々を過ごしている。確かにナハトは微笑むときがある。でも、心の底から笑ったことなど一度もない。ヴィータのようにすごく嬉しそうな表情をすることがないのだ。

 

「あの、鍋パーティーを邪魔したことを気にしてるなら謝らんでもええよ。その、確かに楽しかったことを邪魔されたのは悲しいけど。せやけど、そのことでナハトちゃん達が悲しそうな顔をするのも、見ていて辛いんよ」

「うん、ごめんね……」

「でも、他にも何か……あったんか? よければ話して欲しいんや。わたし、ナハトちゃん達のことが気になるから」

「…………」

「そして、教えて欲しいんや。ディアーチェの言う、わたしの罪が何なのか。わたしが知らなかった守護騎士のみんなの隠し事。あなた達が知ってる範囲で良いから。教えて欲しい」

 

 はやては、踏み込むべきかどうか悩んだが、勇気を持って核心に至る部分に触れてみることにした。

 自分は知らなければならない。はやてにそっくりなディアーチェは、しきりに何も知らない小娘がと罵る。貴様の無知が罪だったと糾弾する。何も知らないことが罪で、大きな悲劇を呼び込んでしまったのだと。

 だったら、はやてはそれを知るべきなのだ。何があったのか知って、どうするべきなのか考える。今からでも遅くはないはずだから。

 

 それに、ディアーチェの言葉に思うところがなかった訳ではない。

 

 確かに最近の守護騎士の皆は何か隠し事をしていた。家族なら秘密のひとつやふたつくらいあるだろうと、あえて聞こうとしなかったが本音は違う。

 はやては嫌われることを恐れていたのだ。隠し事に踏み込んだら取り返しのつかないことになるような気がして。初めて手にした暖かい家族の日常を失ってしまうと恐れて。適当な理由で自分を無理やり納得させていただけだ。

 

 でも、今日のディアーチェの言葉で、はやての心は揺らいだ。家族の事で疑問に思うきっかけを与えた。

 確かに、自分自身が死を受け入れている節を見せるたび、シグナム達は苦しそうな表情をしていた気がする。それがどれほど彼女達を追い詰めていたのか、自分は気にしていなかった。だって、あまりにも幸せすぎたから。

 

 だけど、家族の幸せな生活から引き剥がされたことで、はやては真実に向き合う覚悟が決まったのかもしれない。

 この自分や友達と瓜二つの少女たちにさらわれて。彼女達の抱える苦しみに触れて。はやては少なくとも知りたいと思ってしまった。

 だから、後は止まる事を知らずに突き進むだけだ。秘められた真実を知る為に。

 そうすれば、はやては何をすべきなのか方針を定めることが出来るから。

 

「…………」

 

 ナハトは黙したまま語ろうとせず、淡々と鍋に煮込まれた野菜や肉を口に運んでは咀嚼している。

 それでも、はやては根気強く待ち続けた。真剣な表情をして、ナハトから視線を逸らさずに見つめ続けた。

 

「んぐ――ぷはぁ」

 

 やがて、コップのジュースを飲み干したナハトは、大きく息を吐きだすと、にこやかに笑う。

 

「うん、はやてちゃんの覚悟は生半可じゃないみたいだね」

「もう何も知らないのは嫌なんや。何も知らないまま、周りに振り回されるのはもっと嫌や。わたしは知りたい」

「でも、知ってどうするの?」

「それは、まだ分からへんけど……」

 

 ん~~、と声を出しながら、ナハトは唇に指をあてて首を傾げる。

 その紅い瞳だけが、はやてを品定めするように見つめていた。まるで、一瞬の変化も見逃さないと言わんばかりに。

 それでも満足したのか、彼女は小さく頷いた。

 

「まあ、及第点といった所かな? 未来を定める意志は足りない。でも、簡単には折れない覚悟がある」

「じゃあ――」

 

 教えくれるのか。と自由に動かせる上体を机に乗り出さんばかりの勢いで、はやてはナハトを見た。だけど、ナハトはその出鼻を挫くかのように問いかける。

 

「最後に聞くけど……本当に良いの? 聞いていて楽しい話じゃないよ? あとで後悔しても、わたしは責任をもてないくらいに……」

 

 それは最後通告。残酷な真実を知ってはやてが必要以上に苦しまない為のナハトなりの優しさ。

 

「それでも、わたしは聞きたいんよ――!」

 

 そして、その優しさに感謝しながらも、八神はやては自らの意志で押し開いた。

 五人の少女達を悲劇に突き落とした残酷な運命の扉を。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。