リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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●海開き

 夏の風物詩と言えば色々あるだろう。夏祭り、海開き、バーベキュー、山登り、泳ぎから飛び込み、魚釣りから虫取りと。数えればきりがない程の遊びが思い浮かぶはずだ。

 

 その中で、なのは達は海鳴市近くの海岸に遊びに来ていた。いつものメンバーに加えて、八神家が総出で加わる大所帯。その後も交流を続けて、はやてが海を見たことがないと聞きつけたアリサの手回しで急遽、海に遊びに行くことが決まった。

 

 当初はバニングス家のプライベートビーチに飛行機で飛んで行こうとする計画だったのだが。アリサの自費でバニングス家を総動員。しかも、出費は全てアリサ持ちである。庶民のはやてが引け目を感じるのも無理はなく。慌てて阻止したのは言うまでもない。ならば、すずかも協力すると笑顔で提案したのだが、これも却下。財閥の令嬢二人組は金銭感覚が大いにずれていると理解したはやてだった。

 

 見かねたなのはは、兄に頼んで近場の海水浴場に連れて行って貰えるよう折衷案を出す。さすがに父に頼むには、まだまだぎこちなく。それに彼は足を怪我している身。車の運転など造作もないだろうが、あまり負担を掛ける訳にもいかない。

 

 そんな夏休みの終わりごろに迎えた思い出づくり。引率は恭也と忍の二人によって行われ、レンタカーのワゴンに本格的な海グッズの数々を仕込んで出発。付いた頃には太陽が真上で照りつける真昼頃になっていた。当然、砂浜も熱したフライパンのように熱々である。興味津々に裸足で駆けだそうとしたアリシアを即座に撃退する灼熱は想像に難くない。そして、水飛沫と清涼感を漂わせる海の波が、夏の暑さを和らげるように満ちては引いていく。

 

「うわぁぁぁ~~、これが海かぁ。生で見るのは、ほんまに初めてや」

 

 はやては瞳を輝かせて広大な海の景色に見惚れていた。世話係のシャマルに景色が一望できる場所まで連れて来てもらい、遠目から海を眺めるだけ。足の不自由な少女が海に直接触れて遊ぶのは危ないから。それぐらいしか出来ない。けれど、それだけで充分だった。

 

 初めて経験する未知の世界。それはテレビや本で知る知識よりもずっと素晴らしく輝いて見える。それだけでも来た甲斐があったというものだ。

 

 ちなみに車椅子は砂に足を取られるため留守番である。余分な荷物として車に置いてきた。だから、シャマルとシグナムが交代で。場合によっては引率の恭也と忍が面倒を見る。小柄で華奢な身体をお姫様抱っこで連れ回して貰うのだ。そんな、はやての水着姿はワンピースタイプの白。スク水にスカートが付けたされた姿を想像すればだいたいあっている。

 

「こらっ、待ちなさい! すぐに済むわよ」

「やだ、やだ~~! すぐに遊びに行きたい! 海に飛び込みたい!」

「アンタ、まだ泳げないでしょうがっ! ええい、大人しくせんか~~!」

 

 はやての眼下では色々と準備が行われている。休む人の為にレジャーシートを展開。恭也の指示に従ってシグナムがパラソルを設置。車から持ち出した備品を眺めては、これから行う数多の遊びを思い浮かべ、子供のように嬉しそうに笑う忍。そして子供たちはパラソルのに日陰で日焼け止めを丹念に塗りこんでいた。

 

 ワゴンの中で、それぞれの水着に着替え。バスタオルで隠していた水着姿を露わにした少女達。しかし、繊細で綺麗な肌を強烈な日差しに焼かれては堪らない。特に財閥のお嬢様たちは至高のブランド品である。嫁ぎに行く娘が、小麦色に肌を日焼けさせるなど言語道断。最高級の日焼け止めを各種用意して万全に挑む体制だった。此処ばかりは後継ぎのアリサ、すずかも自分の立場を弁えているからこそ妥協しない。

 

 しかし、その重要性を理解していないアリシアは本能の赴くままにはしゃごうとするので、姉のアリサが苦労している訳である。暴れるアリシアに馬乗りになり、露出した肌から水着に隠れた部分まで、彼女は日焼け止めを塗りこんでいく。

 

「だいたい、唯でさえ肌が弱いんだから。日焼けなんてしたら地獄を見るわよ!? アタシ、日焼けしたことないけど。あとお母様に二人そろって怒られる!」

「恭也~~。解説よろしく」

「そうだな。まず、全身に熱さと痛みを伴う。ものすごくヒリヒリするだろう。それとお風呂に入るたびに激痛が走るぞ。身体も真っ赤になって、雪のように白い肌が痛々しくなるのは嫌だろう?」

 

 アリサの妹を心配する声は、しかし肝心なところで説得力がない。だから忍が人差し指を立てながら恭也に解説を頼み、経験者である恭也がアリシアに言い聞かせる。それでも、あまり効果はなさそうだ。まあ、暴れるアリシアに無理矢理にでも日焼け対策させるアリサである。それがアリサの姉としての責任なのだ。

 

 ちなみに得意げな顔をしてる忍姉さん。彼女も一応、お嬢様なので日焼け未経験である。たとえ普段ははっちゃけていて、寡黙で婚約者な恭也を振り回し。月村家の防犯対策(過剰)を魔改造するマッドな人だとしても令嬢の一人なのだ。やる時はやる人とは、この人の為にある言葉だろう。たぶん。

 

「あまり見ないでくださいね、すずか。恥ずかしいですから」

「そんな事ないよ。なのちゃんの身体。鍛えられてて、カッコいいから。それに……なのちゃんこそ、優しくしてね」

「……最近、忍さんに似てきました?」

「き、気のせいだよ?」

 

 そこから少し離れた場所では、なのはの身体に丹念に日焼け止めを塗るすずかの姿。自らの身体を恥じるように肩を抱くなのはに対して、妙に艶っぽく応えるすずか。そんな彼女に、忍の影響を見た婚約者の妹だった。忍のエロスというか、セックスアピールは半端じゃないのだ。今も露出度の高い水着を着て、通りかかる男性の視線を釘づけにしていた。

 

 そりゃ、もう紐である。見事なVラインを描いた赤のヒモ。ちょっと横にずれただけで隠れた山の先端が見えそうだ。これも鈍感な恋人の恭也を振り向かせるためだと思うと、彼女の涙ぐましい努力に同情を禁じずにはいられない。そして、それに動じない恭也は枯れている。ヤル時はヤル男だが、日常における恋人の気遣いも覚えて欲しい所。主に、清楚なお嬢様から小悪魔エロス系お嬢様に変化しようとしてるすずかの為にも。なのはは切に願う。

 

 小話ではあるが、水着を買いに行った際。シグナムに着せる水着がビキニではなく、紐になりそうだったとか何だとか。原因は言うまでもなく主はやてであり、羞恥に顔を染めたシグナムが遠回しに遠慮したのは言うまでもない。それでも胸元を強調するビキニは譲らなかったらしく、本当に彼女の姿は眼福である。

 

◇ ◇ ◇

 

「さてと、みんな! 用意はいいかしら?」

「「「「おお~~!!」」」」

 

 忍の掛け声で、準備体操を終えた少女達が一斉に頷いた。恭也とシグナムの活躍により砂浜の一角に立派な休憩所も設置され、あとは心置きなく遊びまくるだけ。日が沈みかけ、夕焼けが海をオレンジ色に染め上げるまで、思う存分。楽しい時間を満喫しまくれ!

 

「それじゃあ、総員! 海に向かって突撃~~!!」

「うおりゃ~~!!」

「負けないもんねっ」

 

 そして忍が振り上げた腕を降ろすと同時に、二人の少女が真っ先に砂浜を駆け抜けた。一人は赤毛の長い髪を二つに結った少女ヴィータ。はやてと同じワンピースタイプの水着を着用し、トレードマークの赤色で良く目立つ。そしてスカート部分はフリルのようになっていて、とても可愛らしい。

 

 対照的に金色の髪をポニーテールに結ったアリシアはセパレートタイプの水着だ。こちらは対照的に水色を基準としていて、胸元の部分と腰の部分で上下に分かれているタイプ。白い水玉が無数に描かれ、スカート部分はトレードマークのリボンが目立つ。何よりも腰回りを覆うフリルが水色に透けているのが特徴だ。透明度が高く、太ももの素肌が見えてしまう。もちろん大事な部分はしっかりと覆われているので安心してほしい。

 

 広い遊び場を駆けまわりたくてしょうがないわんこのように、二人の少女は砂浜を駆けた。駆け抜けようとした。

 

「熱い! あっつい! うわぁぁぁ、はやて~~!!」

「あちい! やっぱりむりむり! こんなの無理だ~~」

 

 しかし、夏の日差しを受けた砂浜の熱。それは地獄の熱さである。慣れていない者や初めて経験する者には耐えられない。突っ立っていれば素足が焼かれてしまう。

 

 だから、ヴィータとアリシアは溜まらず休憩所のレジャーシートの上に退散した。

 

「うわぁ、ほんまに熱いなぁ。この砂でお肉が焼けそうや」

「ほんっとに、アタシの妹はバカなんだから。さっきと同じこと繰り返して、少しは学習しなさいよ……ほら、ビーチサンダル履きなさい」

 

 泣きそうになりながら、しがみ付くヴィータを優しくよしよしと抱きしめるはやて。彼女は片手をヴィータの背中に回しながら、レジャーシートの外に広がる砂浜から一握りの砂を掴んで手放す。本当に掴んで居られないくらい熱い。これはヴィータも逃げ出す訳である。

 

 そして片手を腰に当てて、頭を押さえながら呆れを隠さないのはアリサ。レジャーシートの上で転がる自分の義妹の姿を見て、姉の彼女は苦労を滲ませていた。

 

 そんな彼女の水着は目立つことこの上ない。

 

 アリシアと同じタイプの水着なのだが、デザインが派手なのだ。それは、まごうこと無きアメリカンスピリッツの証であり、五十の州を表した星条旗を、そのままプリントしたデザイン。彼女がアメリカ人のハーフだと示す証。ブラの部分も星条旗なら、可愛らしいお尻を強調するパンツも星条旗。USA! USA!

 

「という訳で、お二人方も二の舞には為らないよう。気を付けて下さい」

「心得た」

「ええ。ヴィータちゃんの犠牲は無駄にしないわ」

「あたし、死んでねえからっ!?」

 

 なのはの忠告を受けてしっかりと頷くのは、八神家の保護者組でもあるシグナムとシャマル。そろって胸元を強調するかのように、ビキニタイプの水着を着せられた二人の胸は眼福である。繰り返そう眼福である。

 

 シグナムの水着は髪の色と合わせるように、扇情的なピンク色であり、忍ほどではないが男たちの視線を釘づけにしている。海水浴に来ていたカップルの男性が、相方の女性に怒られる位。それくらい魅力的なのだ。上乳を強調するデザイン。胸の谷間は深く大きく、母性に溢れている。顔を埋めれば優しく包んでしまいそうな程に。それは、はやてだけに赦された特権である。

 

 シャマルの水着はシグナムと比べると清楚で御淑やかだ。本人の気質を示すかのように白のカラーリングを施されたシンプルなデザイン。しかし、胸の中心で結ばれた紐と腰の両側で結ばれた紐は、少しだけ引っ張ってみたくなる衝動に駆られそうである。本人の気付かないうちに解いてしまえば、エッチなハプニングもあるよ。うん、きっと初心な反応をしながら、解けたビキニの胸元を隠し、波にさらわれたパンツの所為で海から出られなくなるだろう。

 

 良い子の皆は真似しないように。

 

 そして、なのはの水着。それは王道の中でも王道のスクール水着である。幼女から少女に為るまでの間のみ、着ることを赦されたアイテム。胸元に白のワッペンが張り付けられ、ひらがなで、なのはと刻まれた文字。でも、彼女の名前はひらがな。あまり意味はない。

 

 真相は、ただのスクール水着である。胸元に白のワッペンなど存在しない。経費の無駄を嫌った彼女が、学校指定の水着を選んだだけなのだ。この事に嘆いたのは、言うまでもなくアリサとすずかの二人。そして忍姉さんである。女の子なのに、ファッションのひとつである水着に興味を示さないのは虚しさを通り越して悲しい。彼女が女の子らしさを取り戻すのは、アリサとすずかに掛かっているのである。

 

 もっとも、なのはの心情としては身体の生傷を隠したいのが本音。以前は肌を晒すのを嫌って、海やプールに行くのを遠慮していた分。今回の海遊びに参加したのは大きな進歩と言えよう。これも、はやてのおかげである。

 

「ああ、脱いだビーチサンダルは俺と忍で見張っているからな。子供達も、海が始めて組も、気にせず海辺で遊んでいいぞ。ただし、沖合にはいかない事。油断してると波にさらわれる。注意するんだぞ」

 

 ボクサータイプの水着だけを身に付け、引き締まった身体を見せつける恭也が優しく注意する。その身体は、なのは以上に傷だらけであり、彼が護る為にどれほど壮絶な戦いを繰り広げてきたのかを。それを示す証である。そして、ただならぬ武人だと見抜いたシグナムが、興味深そうに恭也を見ていた。

 

 その傍らには守護獣ザフィーラこと名犬ザッフィーである。狼形態の彼は、はやてを寂しがらせないように傍に居るのが役目。そして、万が一に救助犬としても活躍する予定だ。何せ守護騎士の中で泳ぎが一番得意らしい。ちなみに仔犬のアルフはお留守番である。

 

「わたしは、はやてちゃんの傍に居るね。一緒に遊ぼう」

「うん、よろしくなぁ。すずかちゃん」

 

 そして、レジャーシートに座り込んでいるはやてに、屈みこんで優しそうに笑うのがすずかである。彼女は一人では海遊びも儘ならない八神はやてに気を使って、一緒に遊ぶつもりだった。思いっ切りはっちゃけるのは姉の忍の役割だ。

 

 すずかの水着はAライン呼ばれる、ワンピースをそのまま水着用に仕立て上げたデザインである。肌にあまり密着はせず、防水加工された布がひらひらと風に舞う。その色は可愛らしい水色だが、小さな花の模様が愛らしさを、さらに強調している。忍のような色気では勝負しない、彼女の控えめな性格が表れた水着。保護欲を掻き立てられるのは水着の所為なのか。本人の無自覚な魔性の微笑みなのか。真相は定かではない。

 

「一通り水遊びした後は、定番のスイカ割りに、かき氷。砂浜で遊べるグッズもたくさん用意してきたからね。思う存分遊んじゃいなさい!」

 

 忍の掛け声を聞きながら、それぞれの水着を手にした少女たちは海へと駆けていく。もう二度と砂浜に足を噛みつかれない為に、その足にビーチサンダルを履きながら。今度こそ、涼しげな風を運ぶ、母なる海に到達した。

 

「シャマル、ちょっと屈んでくれへんかな。海に触ってみたいんよ」

「分かりました。はやてちゃん」

 

 まずは、シャマルに抱えられたはやてが、波に浚われぬようしっかりと身体を支えられながら、満ち引きをする波に触れる。濡れて柔らかくなった砂に手を付き、冷たい水が彼女の腕を何度も呑み込んだ。

 

「おお~~、ほんまに凄いなぁ! 腕が波に引っ張られてしまいそうや!」

 

 お風呂場でする水遊びとは違った感覚。砂と一緒に波に引きずり込まれそうになる腕の感触。全てがはやてにとっては未知であり、感動を与えるには充分すぎる経験だった。夏の熱い日差しも相まって、自分が海遊びをしている気分をちゃんと味わえている。

 

「シャマル。主はやてをしっかりと支えるのだぞ。ダメそうなら私が変わろう」

「もう、シグナム。私はそんなヘマなんてしません!」

 

 その様子を背後で仁王立ちして見守るシグナムが、世話をするシャマルに忠告した。足の不自由な少女が波に浚われれば、どうなるのか考えたくもない。それを心配しての事だった。もっとも、正座するように屈んで、しっかりと腕の中の少女を抱えているシャマルは不満そうである。

 

 でも、心配なのだ。シグナムも足首辺りまで海に浸かっているが、想像していたよりも波は身体を強く引っ張ってくる。屈んで膝から腰まで波に浸かっているシャマルを見ると、少しばかり心配にもなろうというものだ。

 

「ぐっ、何だ!?」

 

 そんな、シグナムの全身に降りかかる水飛沫。ひときわ大きな波が打ち付けたのではない。明らかに何者かが、シグナムに向けて水を掛けまくっている。それは近くにいたシャマルとはやてにも被害を及ぼしていた。

 

「辛気臭い顔してんじゃねえよ、シグナム。せっかく海に来たんだから、あたしらも楽しむべきだ」

「だからと言って、主はやてまで巻き込む奴が……」

 

 それはヴィータだった。守護騎士としての役割を一時的に忘れた少女は、童心に返って遊ぶ気満々である。その事に苦言を呈そうとしたシグナムだが、それはヴィータに対する思わぬ反撃よって中断された。

 

「あはははっ! ヴィータ、お返しや!!」

「あっ、はやて~~!! やったな~~!?」

 

 はやてからの精一杯の反撃。シャマルにしがみ付きながら、腕を必死に動かしてヴィータに水を掛けまくる。対するヴィータもシャマル諸共、はやてに水を掛けまくった。両手で振りかける水飛沫は何度もはやて達に降りかかる。

 

「ふふ、わたしも手伝うね。はやてちゃん」

「ありがと、すずかちゃん。ほらほら、シグナムも見てないで反撃や」

「あっ、はい。主はやて」

「ちょっ、三対一なんてずりぃぞ、はやて!?」

「なら、アタシも加勢するわよ!!」

 

 そこに加わるすずかとアリサ。それぞれ、はやてとヴィータの側に付いた少女たちも、互いに笑い合いながら盛大な水かけ紛争に発展した。夏の日差しを和らげるように降りかかる、冷たい水の掛け合いはとても気持ちが良くて。誰かが止めなければいつまでも続きそうな遊び。

 

 そんな遊びに横やりが入るのは当然の事だった。

 

「ぶはっ、ぺっぺっ。くそぅ、しょっぱいな」

「誰よ、アタシ達の顔目掛けて水を掛けたヤツ!」

「へっへっ~ん。油断する方が悪いんだもんねえ」

 

 それは悪戯っ子な笑みを浮かべたアリシアだった。こんな楽しそうな遊びを始めといて、彼女が興味を抱かない訳がないのだ。そして、最初のターゲットは当然、慣れ親しんだ姉のアリサと。何かと互いにライバル意識を持つヴィータである。

 

「あっ、テメェ……やりやがったな~~!!」

「いい度胸してるじゃないアリシア。覚悟は出来てるんでしょうね」

 

 すぐさまアリシアに向けて二人分の水飛沫が襲う。全身に降りかかる冷たい水の滴に、アリシアはキャッキャッと喜んで、嬉しそうだった。

 

「ナイスや! アリシアちゃん。これで挟み撃ちやな。者ども、であえ、であえ~~!!」

「はっ、この期を逃す我々ではない」

「ごめんね? アリサちゃん。ヴィータちゃん」

「ええい、卑怯すぎるわよ! 正々堂々と戦いなさい」

 

 だが、油断してはいけない。ここぞとばかりに、チームはやてが奇襲攻撃を加えたからだ。奇しくも挟撃という思わぬ形になって、アリサは苦々しそうに叫びながら、チームはやてに反撃を行う。その背後ではヴィータがアリシアに善戦を繰り広げていた。

 

 そして油断してはいけないという言葉は、この場にいる全ての人間に当てはまるのである。遊びにおいて、壮絶愉快犯な彼女が何もしない訳ないのだから。

 

「ふべらっ!?」

「はっ……?」

 

 チームアリサの背後で奇襲を攻撃を仕掛けていたアリシアがぶっ飛んだのだ。文字通りぶっ飛んだのである。あまりの事態にヴィータは唖然とするしかなかった。まさにポカン、である。それもその筈、アリシアの背後から襲いかかった水流が、彼女を前のめりに倒したのだ。あまりの光景に信じられないのも無理はない。

 

「ふっふっふっ、この忍さん特製水鉄砲が火を噴く時が来たようね」

 

 よろよろと起き上がるアリシアの背後からゆっくりと近寄る女性。それは魅惑の紐姿を隠すように、白い上着を着た忍であった。もちろん下半身は際どい水着姿であり、雪のように美しい足のラインが際立っている。魅惑のお尻もくっきりと強調されていた。

 

 ただし、その美しさは片腕に抱えられた得物さえなければの話である。

 

 彼女は銃火器と見間違えそうな玩具を抱えており、銃身には巨大な細長い水のタンクが括り付けられていた。それは、いわゆる水鉄砲という奴なのだが、何処からどう見ても鉄砲ではない。もはや対戦車ライフルの域に達していた。

 

「元は防犯グッズ用に拳銃サイズの水鉄砲を改造しただけのシロモノなんだけど、それだと一回きりなのよね。だから、忍さん。今回は連射できるように大型バージョンを作ってきました」

 

 そう言って笑いながら、忍は容赦なく魔改造水鉄砲の照準を向ける。

 

「そんなもの、あたしに向けんなっ、ぶほっ」

「ちょっ、忍さん。アタシまで……」

「問答無用よ。アリサちゃん」

「へぶしっ!?」

 

 次々と犠牲になっていく子供達。水鉄砲から発射される水は、もはや放水と言っても良いレベルである。その強烈な水圧に耐えられず、ヴィータとアリサは海に素っ転ばされた。さすがに追い打ちをかけるほど非道ではないが、立ち上がれば再び襲い掛かってくるのは明白だった。

 

「あかん、あんなもので撃たれたらおしまいや」

「もうっ、おねえちゃ~~ん!」

 

 ものすげえ、清々しい笑みを浮かべながらはやて達に照準を向けてくる忍。水鉄砲の威力に戦慄したはやては、危機感を覚え。すずかは、姉の暴挙とも言える暴走に抗議じみた叫びで訴える。しかし、忍は容赦という言葉を知らない。繰り返すが、やる時はやる人である。

 

「主はやて、私の後ろに。すずかも私の後ろに隠れろ」

「ふふっ、シグナムさんに耐えられるかしら? さっきは出力を絞って発射したけど、威力はまだまだ上がるわよ」

「私は、これでも守護騎士なのでな。主とご友人に降りかかる火の粉は払わねばならん」

 

 そこに立ち塞がるは烈火の将シグナム。優れた武人である彼女は子供達を背中に隠し、果敢にも武装したマッドサイエンティストに挑もうとしていた。せめて護身用に棒状の物があれば、水流と言えど切り払って見せるのだが。無いものは仕方がない。シグナムは徒手空拳で挑むべく身構えた。

 

 対する忍も水鉄砲の捻りを調節して、放水の威力を上げる。威力が上がる分、水の残量も減ってしまうが、ここは海である。無限に近い水によっていくらでも補給可能。シグナムのような大人を転ばすことが出来れば、防犯対策の試作品としてもばっちりである。要は実戦テスト。

 

 そうして、忍が笑みを深め。グリップを掴んだ指をトリガーに掛けて、握りこもうとしたとき。

 

「うわ~~ん! なのは~~!!」

 

 アリシアが割とマジ泣きしそうな勢いで逃げ出した。その先に居るのはゆっくりと忍に近づいてくるなのはだ。

 

「遅れました。アリシア、どうかしたのですか?」

「なのは、アイツが。忍って奴がいじめるっ!」

「分かりました。仇を取ってあげますから、離れていてください」

 

 なのはは縋りつく勢いで、抱き付いてきた少女を優しく受け止める。そして、よしよしと頭を撫でて慰めると再び忍との距離を詰めた。

 

「あら、なのはちゃん。この私と素手で戦うつもりなの?」

「忍さんはちょっとやりすぎました。ですから、少しばかり制裁を受けて貰おうかと」

「水を掛けるくらいじゃ、私はやめないわよ。集中砲火を受けても気にもならないわ」

「ええ、ですから。少しばかり本気をだそうと思いまして」

 

 宣言するなり、なのはは身構えた。

 

 まさか、この距離で如何にかするつもりなのだろうかと、忍は疑問に思う。彼我の距離は八メートル。遠距離攻撃ができる忍が有利であり、どう考えてもなのはの攻撃手段は皆無。後に待つのは一方的な蹂躙である。なのに、あの少女は身構えている。考えられるのは、忍の一撃を避けて距離を詰めてくるという事か。

 

 面白い、と愉快犯たる忍は笑った。アリシアと同じ悪戯っ子な笑みを浮かべて笑った。これだから悪役に徹するのは面白いのだ。本当は恭也が出張ってくると予想していたが、予定変更。まずは目の前の小さな正義の味方を撃ち倒す。

 

「いくわよ! なのはちゃん」

 

 気合の叫びと共にトリガーを引く。発射される強烈な水流が、なのは目掛けて襲い掛かる。その全ての光景が、忍にはゆっくりと見えた。一族の人を凌駕する反射神経によって、引き起こされた情景。その中をなのはがゆっくりと動く。いや、身を低くした?

 

 一見すれば、それは最小限の動きで回避したように見れる。だけど、違う。あれは避けたのではなく構えのひとつだ。彼女は構えと共に忍の攻撃を避けただけ。なら、次に接近してくる。

 

 忍は、そう考えて。次の瞬間にはそれが過ちだと知った。

 

「なっ、あっ……」

 

 反転する景色。浮かび上がる情景は青空と白い雲。眩しい太陽の日差し。続いて自分が海に叩きつけられる感触。

 

 何てことはない。なのは、あの距離からモーゼのように海を切っただけに過ぎないのだと。頭の何処かで忍は理解していた。

 

(水斬り……恭也が、行っていた武術の鍛錬のひとつ、なのね)

 

 全身を脱力させた状態から、ゆっくりと加速し、インパクトの瞬間に膨大な力を一点に集中させて蹴り上げた。そしたら忍の所まで浅い海が、水飛沫を数メートルあげて割れただけ。その衝撃に巻き込まれて忍ぶっ倒されただけなのだ。但し、少しばかり魔法で身体能力を強化するというズルもしているが。

 

「なのちゃんすご~い!」

「あはは、海の天然シャワーやな!!」

 

 子供たちは天然のシャワーに大はしゃぎである。ただ、忍だけが海を静かに漂っていた。あまりの威力にちょっと起き上がれそうにない。

 

「忍、あまり羽目を外しすぎるなよ? ほらっ」

「あっ、ありがと……恭也」

 

 だから、見かねた旦那(仮)の恭也が手を差し伸べて来て。忍は愛する男性の逞しい姿に頬を染めながらも、助け起こして貰う。

 

 その鍛えられた身体も、誰かを護る為に付いた傷跡も、誰かを気遣う優しさも全部好きだ。忍は恭也の全てを愛している。ある事が切っ掛けで自分の秘密を打ち明けて、それを彼は受け入れてくれて。それから気になっていた気持ちが、好意から純愛に変わるまで時間は掛からなかった。

 

「それとな、忍……」

「ん、どうしたの。恭也?」

「はみ出ているんだ。その……胸が」

「えっ、きゃあ!? 恭也のエッチ!! 凝視しないでよ、もう!!」

 

 どこか気まずそうにしながらも、ヒモのような水着の紐がずれていることを指摘され。慌てて肩まで海に浸かる忍。愛しの彼を惹き付けるためとはいえ、いざとなるとやっぱり恥ずかしい忍であった。彼女は頬を染めながらも海の中で水着の位置を直す。

 

 そして苦笑を隠せない恭也。初心な反応を見せないのは、もはや慣れてしまっているからだろうか。それとも愛しい人の姿が微笑ましいからだろうか。

 

 何だかんだで仲睦まじい二人だった。

 




ホントは海水浴まで行きたがったが、パワーダウン。
次回まで待ってね。後二話くらい海遊びだ。

いずれ文章全体を修正するけど。
この後書きみたいな。
○で改行する方が。

見やすいかな?

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