リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき 作:観測者と語り部
神様。
わたしは嘘を付いています。
わたしは赦されざる罪を犯したことがあります。
わたしは……どうすればいいのでしょう?
一言つけ加えるのならば、全てを受け入れて抱きしめてくれるあの子の事が大好きです。
だから、どうか。
せめて、あの子だけは幸せな結末を。
あの子は、わたしのように母親を奪われ、父親すらも……
アリシアもお母さんを失い、彼女自身も相当苦しみました。
わたしも、多くの咎と悲しみを背負い、ようやく少しずつですが、前を向いているのです。
だから、どうか……
これ以上、あの子を傷つけないで。
◇ ◇ ◇
はやてが倒れたその日から、守護騎士たちは蒐集を始め、自ら傷つきながらも裏では激闘を繰り広げていた中で。なのははしばらく入院することになったはやての面倒を良く見ていた。
もちろん、アリサ姉妹やすずかもできるだけ見舞いに来るが、彼女たちは大財閥の娘だから習い事も多く、来れない日も多々あった。それでも残り少ない自由時間を削って親身になってくれている。守護騎士の面々も毎日見舞いに来て、はやてが寂しくない様に図ってくれる。
だが、なのはだけは違った。彼女はよく通うどころか毎日見舞いに訪れるようになった。学校の帰りには必ず訪れ、仲直りし始めた父親とよく相談して、稽古の時間も少しばかり融通してもらってすらいた。もちろん不破の武術鍛錬で手を抜いたことは一度もないし、士郎もその気は毛頭ない。
休日の日も時間と折り合いをつけて、見舞いに訪れた。時には兄に相談して、見舞いの品は何が良いのか聞いたりもした。恭也が心配して、その子の容体はそんなに悪いのかい? と聞かれたこともあったが。どれくらい悪いのか、なのはは見当も付かないので、正直に分からないと言っておいた。隠し事のことは抜きにして。
そんななのはの献身に、はやては喜びもあったが、戸惑いのほうが大きかったかもしれない。或いは申し訳ない気持ちもあっただろう。自分のせいで友達に迷惑をかけていると。
それを察したアリサが軽い拳骨をかましたのは言うまでもない。曰く人の好意はちゃんと受け取るべきだそうだ。
もっとも、アリサやすずかも、なのはを心配しているのは事実。大切な人のために無茶するのは、先のジュエルシード事件で身に染みているから。そこは少しも妥協しない。万が一体調を悪くしたりしたら、簀巻きにしてでも休ませる用意がある。
最後にアリシアだけは、持ち前の明るい性格で場を和ませてくれていた。誰もがはやての病気で不安にならないのは彼女のおかげが大きい。やれ、義姉が隣にいるのにも関わらず。はやての前で稽古がつまらない、もっと遊びたいと愚痴を漏らしては、なんですってと、おしおきされていた。
はやてと一緒に絵本を読み、時にはヴィータと遊びたいとせがんで一緒にゲートボールの約束をするくらいに仲が良く。友達というよりは可愛い妹という扱いをされていたかもしれない。
そんな訳で、なのはは今日も欠かさず、はやての見舞いに訪れていた。
季節は秋。運動会や文化祭が始まり、豊穣の恵みが訪れるとともに、寒い冬が訪れようとする季節の変わり目。
「なんやごめんなぁ。毎日見舞いに来てくれて」
「このやり取りも何度目でしょう。わたしが好きでしていることですので、お気に為さらず」
「あはは……なのはちゃんの、その言葉も何度聞いたか分からへんなぁ」
「そして、最後に体調のほうはどうですかと聞くのがお決まりの文句です」
「もちろん、バッチのグーやで」
患者着を着込んで、ベッドに横たわるはやての隣。その椅子の上で、なのはが持ってきた見舞いの品を丁寧に扱っている。とりあえず、はやてのサムズアップには微笑みで返しておいた。手は果物を切り分けるので忙しい。
すでに花瓶の花は入れ替えたし、水も新鮮なものを汲んできた。付け加えるなら主治医の石田先生や看護師たちとはしっかり顔馴染みと化している。石田先生は、はやてが遠い親戚の家族に続いて、親身になってくれる友達が出来たことを、自分のことのように喜んでいた。
彼女にとっても、はやては患者以上に大事な妹のような存在なのだから。
「でも、なのはちゃん。あんまり無理しちゃあかんでぇ。アリサやすずかちゃんに聞いたよ。お家の武術のお稽古、すごく大変なんやろ?」
「大丈夫です。拳骨を受けたくらいで、涙目になるアリシアと違って、そんなに軟ではありませんから」
「アリシアちゃん可愛ええよな。うちの妹に欲しいくらいや。ヴィータとも仲良いし」
「今ではアリサのお気に入りですから難しいかと。ちなみに犬も一匹ついてきますので、あしからずです」
「確かアルフって名前の子やったな。祭りのときにも一緒に来てた橙色の子犬の」
「ええ、主人には顔を涎で台無しにするくらい嘗め回します。もちろんアリサも例外なく」
「うちのザフィーラとも仲良くなれるかな?」
「主人に危害を加えない人なら、誰とでも仲良くなるような子なので、大丈夫だと思います」
「抱っこしてみたいなぁ。入院中じゃなければ、すぐに会いに行けるのに。これじゃお出かけもできへん」
「でも、検査入院のようなものなのでしょう? 安静にしてれば大丈夫ですよ。すぐに……良くなりますから」
そこで、少しだけはやての顔が曇ったのを、なのはは見逃さなかった。
拙い。今の会話の中で悪いことを言ってしまっただろうか……いかんせん自分はコミュニケーション不足というか、話をするのが苦手なので、どうして駄目だったのかすぐに判断することができない。こんな時アリサだったら、うまいことフォローを。
そうだ。フォローだ。何か別の会話を仕掛けて、話題をそらす。でも、何を話せばよいのかわからない。朝と夕方の鍛錬のこと。学校のこと。最近のこと。天気やニュースの話? だめだ。どうすれば良いのかちっとも、それで喜んでくれるかどうか分からなくて不安になる。
はやては笑顔のままだが、それはあたりまえ。この子は誰かの前で泣いたり、悲しんだり、怒ったりすることは殆どない。というか、なのはは見たことがない。足の病のことだって何となく察しているだろうに。この子は不安になる素振りすら、少しも見せはしないのだ。
強い子だ。少なくともなのはよりはずっと……だけど、それは無理をしているからで、いつかは破綻してしまうということを、なのは知っている。自身がそうだったから。
でも、それで彼女の不安に触れて、心を苦しめてしまっては意味がない。だから、なのははその事に関して何も言い出せなかった。
自分の役目は、はやての傍にいて、世話をして、彼女を支えること、励ますこと。それが大好きな
それが、はやてを蝕む病に対して何もできない自分ができる精いっぱいのこと。
そんな、なのはにはやては静かに問いかけた。笑顔のまま、優しく。だけど、ちょっと不安げな。そんな感じの表情で。
「なあ、なのはちゃん。何かわたしに隠し事とか、あらへん?」
「それは……」
勘の鋭い子だ。恐らく守護騎士が、影で何かをしていると勘付いている。もっとも家族のことは親身になる子だし、無条件に信頼するくらい純真な子だ。
シグナム達がはやてに黙って蒐集行為をしているとは気付いていないし、考えもしないだろう。出なければ、こんな態度で済ます筈がない。もっと取り乱し、自分が止めなければ必死になり、最悪見たこともない怒りの感情を露わにするかもしれない。
落ち着け、落ち着け。
なのはは久々に跳ね上がる自らの心拍数を抑え込もうとした。表面上は冷静で、外面では一ミリも表情を変えない鉄仮面だが、内心では焦りと驚きでいっぱいである。
ポンコツになるときは、本当にポンコツでダメダメになる。とは、大好きな友達を観察して、異常がないか心配しているすずかの談である。
「えっと、気分を悪くしたなら謝るよ。でも、その、シグナム達とよく話してるって聞くから。あの子たちが迷惑掛けとらんか心配で、それを黙ってるんじゃないかって。わたしがしっかりせんとあかんのに、見てのとおり体この様や。あの子たちにご飯も作ってやらなきゃあかんのに」
ちゃんとご飯食べてるかなぁ。と心配するはやて。それに、ええ、大丈夫です。シャマルが料理をしようとして皆が慌てだして、結局出前を頼むくらいには。と嘘をつくなのは。
はやては笑っていた。心の底から笑顔を浮かべていた。それなら、はやく退院して、皆に美味しいご飯を食べさせてあげんとなぁ。なのはちゃんも一緒に、アリサちゃんも、すずかちゃんも、アリシアちゃんにもご馳走や。また皆でご飯食べて、どこかにお出かけしようなぁって。嬉しそうに笑う。
なのはは心が痛かった。自分は本当のことを知っている。こんなに優しい少女に嘘をついて、騙して。心配かけないようにして。その後で、守護騎士たちと口裏を合わせるのだ。今日はこんな事を話しました。はやては元気そうですって。
きっとシャマルは慌てだすだろう。私の料理は不味くはないです!ど、独創的な味なんです!と。それを、他の守護騎士たちが茶化すのだ。そんな事態になったら、確かに不破のいう通りにするだろう。早く蒐集を終えて、主を迎えに行かねばならないなって。
自分は嘘を吐いている。自分は罪を犯している。自分の手は赤く染まっている。それから。それから。
「……なのはちゃん?」
「いえ……なんでも、ありません」
ん~~怪しいなぁと唸り、次いで、でも無理に聞き出すわけにはいかへんし、と小声で呟くはやての言葉を、なのははしっかりと聞いている。武人として鍛えられている彼女は資力も耳も良いから。
そして、なのはが真剣に見つめているのに気が付いたはやては、意を決したように自身の想いを告げた。
「前に、なのはちゃんが初めて家に来て、弱音を聞かせてくれた時があったやろ?やっぱり、そん時みたいに、わたしも心の内を暴露しなきゃ、本心を明かしてくれへんのかなぁ」
「いえ、そんなことは……」
しかし、説得力のないなのはの言葉であるし、はやては悩みっぱなしのままだ。おかげで、はやては続いて、確かと呟き。なのはが叫んだ言葉を繰り返していた。
車椅子で一人っきりで生活するのは確かに大変でしょう……家族が居なくて独りぼっちで寂しかったのも、貴女のような子供には辛い話でしょう……でも、そんな不幸自慢みたいな境遇で、わたしに同情するくらいなら……わたしに触れるんじゃないッ!!
分かる筈がないんです!! だって、貴女は罪を犯したことがないでしょう!? 人として赦されざる行いを犯したことがないでしょう!? そんな貴女にわたしの苦しみを理解できる筈がないっ――!!
そんな、今聞くと聞くに堪えない恥ずかしい台詞を。
「あの、なんというか。ごめんなさい。あと、一字一句の間違いもなく。あの時のことを繰り返すのは、やめて……」
下さい……。などという言葉は尻すぼみになって消えた。あまりの恥ずかしさに、なのはは俯くしかない。あの時の自分は、とんでもない事を口にしたと思う。あまりにも酷く、自分勝手な言葉。もしかすると、はやてに受け入れられず。酷いこと言わんといてっ、と泣き叫び。そのまま喧嘩したまま、絶交すらありえたかもしれないのだ。
はやては気にせんといて。と優しく呟き。次に友達の悩みを聞けて嬉しかった。わたしなんかで友達の助けに為れて良かったと語る。
それから、こう続けた。
「あはは、ほんなら、お返しにちょっとだけ。ほんのちょっとだけ弱音吐いてもいいかなぁって」
「ッ……いいですよ。わたしで良ければ」
ああ、そうか。全て、この状況に持っていくための前振りか。となのはは理解した。きっと、友達が何か隠し事をしているのに気が付いていて。でも、語ってくれそうにないなら、己の弱さを打ち明けて。互いに親身になってから、隠し事を聞き出そうという魂胆なのだ。
本当に自分は不器用だ。はやてに余計な心配を掛けている。それに、やっぱりお喋りは苦手で。そういうところは父の士郎とそっくりなんだなと実感した。親子揃って本当に不器用でどうしようもない。
「わたしな、本当は足の病のことが怖い。な~んて、なっ……?」
そうして、己の弱音を明かし始めたはやてだったのだが、そこで彼女は異変に気が付いた。
手が震えていた。ベッドから上半身を起き上がらせて、布団の上に置かれた手が。はやても動揺しているのか、信じられないといった表情で、己の手を見つめている。
あれ、あれ?と呟いて、自らをごまかして。強がってみても手の震えが収まることはなくて。きっと本人からすれば冗談のつもりだったのだろう。わざと弱音を打ち明けて、実はそんなことなくて、わたしは平気だとでも言うつもりだったのだろう。
でも、本当の心は、彼女自身の本音は違った。心の内に溜め込み、隠していた弱さを表すかのように、身体は正直で。生まれて九年という短い時間のさなか、人生の大半を己の病と向き合ってきた少女の苦悩はとても大きくて。見ていられなくて。
だから、なのははその手を優しく握って、包んであげる。一緒にお風呂に入ったときは、助けてもらった側だった。今度は自分がはやてを助けてあげる番なのだ。
「わたし、ほんとは、怖い……」
「ええ、分かっています」
しだいに手だけじゃなくて、身体全体が震え始めて。だから、なのはは靴を脱いで、はやてのベットに潜り込んだ。潜り込んで彼女の身体を抱きしめた。
分かる。分かってしまう。どうしようもない時、自らの死やトラウマと向き合って、恐怖で震えが収まらなくなることは良く分かる。
なのはもそうだったから。雨の日がトラウマで、事件が起きた直後は全然眠れなくて、一日中布団の中で震え続けて。それから誰か安心できる人が傍にいないと、錯乱してしまうくらい酷かったから。怯えるはやての気持ちが痛いほどに理解できた。
死と向き合い、死に掛けることは本当に怖い。それが一瞬ではなく、徐々に迫ってくるのだから尚更。
でも、それは幸せだからだ。生きることに喜びを感じていて、日常の中で大切なものを見つけて、それを尊いと思えるくらい大事にしているからだ。
はやてはきっと幸せを感じている。そして、それを喪うことを酷く恐れている。だから、死ぬのが怖くなって、諦めていた人生を、もっと続けていたいと願ったのだろう。
それはきっと、とても良いことで。だからこそ、守護騎士たちも、自分たちも彼女を護りたい。助けてあげたいのだ。
この心優しい少女が理不尽な運命に振り回されて、不幸になってしまわないように。
「わたし、本当は死にたくない……死にたくないよ!」
「大丈夫、大丈夫です……」
それは、一人の少女の心の叫び。絶望と闘い続ける少女の嘆き。
「なのはちゃん、わたしもっと生きていたい! せっかく守護騎士の皆と、家族と会えて。一人ぼっちじゃなくなって! 一生懸命作った料理を美味しく食べてくれる人がいて、朝起きたらおはようって、出かけ帰りにおかえりって言ってくれる人がいる……夜は寂しさと怖さを感じなくなって、おやすみって言ってくれる人がいる……」
それはずっと隠していたはやての本心。誰にも打ち明けたことのない弱さ。
「なのはちゃん達とも会えて、初めての友達ができて。一緒に遊びに出かけて、夢だった海にも夏祭りにも行けた。なのに、なんでや! どうしてこんな幸せな時に発作が起きるん!? わたし、なんも悪いことしてへんよ。ただ、一生懸命生きているだけなのに。この足は動いてくれなくて。足の麻痺は進んで行って、何も感じる事はないのに。胸は締め付けられるように痛くて、苦しくて……」
言っていることは段々と支離滅裂になってきて、自分でも何を言っているのか、はやてはきっと分かっていないだろう。彼女の顔は涙にぬれて、悲しみと怯えに染まっていて。だから、なのはは自分の胸に彼女を抱いた。
はやてが、なのはの身体を抱きしめ返してきて。離れたくないというように互いの足は絡み付いて。それから、なのはの心臓の音を聞くように、はやては身を寄せた。鼓動の音を、命の音を聞くことで自分は生きているんだと実感するように。
「わたし、死にたくない……もっと、みんなと一緒にいたい……」
そうして、泣き疲れて、はやては眠ってしまって。
「大丈夫です。わたし達がきっと何とかしますから。大丈夫」
なのははそこで、一人静かに呟く。眠りについたはやての頭を撫でて、背中を安心させるように擦る。かつて兄がそうしてくれた事を、自分も彼女にしてあげたいから。
この後、様子を見に来た石田先生に心配され、特別にはやてと一緒に病院で寝泊まりすることになった。家族にも事情を説明して、説得も石田先生が便宜を図ってくれた。何というか、申し訳ない気持ちでいっぱいだが、よかったと思う。はやてをあまり一人にしておけない。明日は学校が休みだったのも幸いした。
個室のベットに二人で潜り込み、一緒にいろんなことをお話しして。はやての好きな本を読み聞かせてもらって。二人分用意された病院食を、はやての頼みであ~んと食べさせ合ってみたり。そういうことをしている内に、あっという間に消灯時間になってしまった。
「はやて、まだ起きていますか?」
「なあに、なのはちゃん? まだ、起きとるよ?」
そうして、後は眠りにつき、明日の朝日を迎えるだけとなり。
「その、隠し事のことは……」
「ああ、そのこと? もうええよ。シグナムたちに黙っとるよう言われたんやろ?」
「はい」
「家族が何しとるんか、気にはなる。でも、無理に聞き出すような真似はしたくない。どうしても喋れないんなら、それでええ。わたしは、皆を信じてるから」
「…………」
しばらくの沈黙の後。
なのはは、せめて自らの秘密を打ち明けることにした。
それは、はやてに嘘をついている自分なりの罪滅ぼしだったのかもしれない。或いは誰かに聞いて欲しかっただけのかもしれない。誰にも、それこそアリサにも、すずかにも打ち明けたことのない、家族だけが知る不破なのはの秘密を。
人として赦されざる行いをした自らの罪を。
「……はやて、聞いてくれますか?」
「うん、わたしで良ければ」
「前に、わたしは赦されざる罪を犯したと言ったでしょう?」
「うん、ずいぶん……そのことで苦しんで。ずっと抱え込んでたんよね」
「はい、わたしは随分小さなころに、この手で……」
――人を、殺したことがあります。
それを打ち明けた時、しばしの沈黙が訪れた。はやても、なのはも何も喋ろうとせず、布擦れの音がやけに大きく聞こえる。背中合わせで、互いの顔が見えなくて不安になる。
なのはは急に居心地が悪くなった。やっぱり打ち明けるべきではなかったかもしれない。常識的に考えて、友人が殺人を犯していると知ったら、怯え怖がり、軽蔑するのが当たり前だ。それとも怒って、叱りつけるだろうか。或いはなのはを見放すか。
ただ、どんなことをされても、なのははそれを受け入れるつもりだ。自分はそれだけの事をした。状況が、状況とはいえ、仕方がなかったで済まされる問題ではない。殺しは殺しで、罪は罪なのだ。なのはの手が赤く染まっていることに変わりはないのだから。
しばらくして、はやてが口を開く。
「ねえ、なのはちゃん」
「はい」
「ちょっと、こっち向いてくれる?」
なのはが言われたとおりにすると、はやても此方を見ていて、互いに向き合う形になって。
夜目がよく利くなのはには、はやての表情が良く見えた。優しい微笑みを浮かべている。あの時と、前に八神家を訪れて、一緒にお風呂に入った時と同じ慈愛に満ちた表情で。だから、なのはは安心してしまう。はやてに、今は亡きお母さんの温もりを感じているからかもしれない。
強張っていた身体から力が抜け、不安で揺れていた瞳は、少し落ち着きを取り戻す。覚悟しているからと言って、嫌われるのに慣れているわけではないし、怖いものは怖いのだから。
「なのはちゃんが嘘を吐くような子じゃないっていうのは分かる。たぶん、人を殺したっていうことも本当だと思う」
「……はい」
「でも、好き好んで暴力を振るいたい訳じゃないやろ。なのはちゃんの事だから、仕方なくそうしたんとちゃう?」
なのはは静かに頷いた。しかし、何度も言うが罪は罪なのだ。あの日のことが、トラウマなのが、その証。なのはを人殺しと責め立てる悪夢はずっと終わらない。終わったことなど一度もない。
「なのはちゃんはきっと真面目さんやから、その事でずっと悩んで、苦しんできたんやな」
はやての小さな手が、なのはの背中を優しく摩ってくれた。今までよく頑張ったね。よく耐えたねと。まるで、いい子いい子されているみたいで恥ずかしいが、不思議と悪い気がしないのは何でだろう。相手がはやてだからだろうか。
「守護騎士の皆も、特にヴィータはその事でとても苦しんでたんよ。アタシはいっぱい人を傷つけてきたんだって。でも、はやてと出会って、もうそんな事しなくて済むって。あの子たち、ず~と昔から戦ってたみたいで、きっと色んなことを抱えてるんだと思う」
「そりゃ、なのはちゃんの秘密を知ってびっくりしたけど。昔は昔。今は今や。大切なんは、これからをどう過ごしていくかだと、わたしは思う。だから、わたしは守護騎士と過ごす日々を精一杯生きていたい。一日、一日を大事にしていきたい。もちろん、なのはちゃん達との日々も」
はやてに抱きしめられて、はやての鼓動が聞こえる。眠る前だからか、触れ合う身体の体温が熱いくらい暖かい。居心地の良い、この雰囲気をずっと感じていたいと思わせるくらい。それくらい、はやては優しくて、包容力がある。
守護騎士たちが護りたいのもわかる気がする。きっと、なのはのように彼女たちも受け入れてもらったのだ。そうして、毎日を彼女と過ごして、その日々が愛おしくて、尊くて。だから、彼らは今もどこかで戦っている。大切な
そして、それを悟られないよう、幸せな日々を彼女に過ごしてもらうのが自分の役目。本当は死にたくなくて、もっと生きていたいと願った女の子を、不安にさせないのが自分の役目。
「はやて」
「なあに、なのはちゃん」
「クリスマスの日を、楽しみにしていてください」
「あっ、もしかして守護騎士の皆は、わたしに内緒でプレゼントの準備とかしてるん?」
「ええ、でも、皆には内緒にしていてくださいね。はやてを驚かせたいようですから」
「うん! 約束する。あれ……? でも、黙っといてって言われてたんは、もしかして……」
「だから、内緒です……わたしが口を滑らせてしまっただけです」
「うわっ! ごめんな! せっかく、サプライズ用意してくれてるのに……えっと、今日のことは聞かなかったことにする! 寝て、忘れて、おしまいや」
じゃあ、おやすみ~~という、はやての声に応えて、なのはも眠りに付くことにした。
彼女は、今日、優しい嘘を付いた。誰かを貶めるためのものではなく、誰かを為を想っての嘘。
でも、心がこんなに痛いのはどうしてだろう。はやてから、たくさんのモノを貰っているのに、自分は何一つ返せていないような感覚に陥りそうだ。
せめて、全てが露呈した時は、自分も守護騎士のみんなと一緒に頭を下げよう。誠心誠意の土下座を畳の上でずっとしていてもいい。アリサから拳骨も受けるし、すずかにも優しく咎められよう。それから、いっぱい、いっぱい恩を返そう。はやてや皆に楽しい思いをしてもらうのだ。
それから、それから、それから――
さようなら、リィンフォース(劇場版)
あのシーンのピアノを聴きながら、書いている私は外道であろう。
理不尽な運命を押し付ける作者を存分に恨むがいい……
あと、もうすぐなのだから……