リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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守護騎士の戦い

 守護騎士たちの蒐集行為は順調と言っていい。これといった妨害は存在せず、管理局の魔導師に捕捉されることも少なかった。癒しと補助が本領である湖の騎士シャマルがバックアップにいるとはいえ、拍子抜けするくらいだ。こうなるとわざと見逃されている気さえしてくるが……そこで、シグナムは考えるのをやめた。

 

 都合がいいことに変わりはない。このまま万事順調にいけば、クリスマスという行事には間に合うだろう。なのはからレイジングハートを介して伝えられた行事は、少しばかり概要を見た程度だが、主がとても楽しみにしていることだけは分かる。何とか足の病や命の危険を悩ませず、穏やかに日々を過ごさせてあげたい。

 

 烈火の将の眼前に広がる巨大な赤竜の姿。主はやてが語ってくれた本の中に登場するような、おとぎ話のドラゴンがいた。

 

 その顎から繰り出される一撃は、大の大人を簡単に丸呑みできてしまいそうだ。する鋭く生え揃った牙は、騎士甲冑を簡単に噛み砕いてしまうだろう。吐き出される灼熱のブレスは、丸焼きどころか灰燼も残させないほどの威力があり。事実、背後の山一つを消し飛ばしてしまった。

 

 油断すれば命はない。そして、自らの躯体消滅させれば、再生に使う魔力で(はやて)に余計な負担を掛けてしまう。それは彼女の命を削る行為に等しい。故にシグナムに油断はなく、効率よく全力に最速を持って相手を叩き潰すのみである。

 

「レヴァンティン」

『Explosion.』

 

 刀剣型デバイス、レヴァンティンの形態が一つ、剣と鞘を基準としたシュベルトフォルム。その鞘に納められた刃の付け根に組み込まれしカートリッジシステム。

 

 単純な可変機構を備えたシステムが稼働し、金属の低音が静かに響く。排熱の煙とともに一発の魔力薬莢が勢いよく排出され、シグナムの纏う魔力は爆発的な勢いで高められていく。それに危機感を抱いたのか、赤竜は耳をつんざく様な咆哮を挙げて、シグナムを排除しようと爪を振りかぶるが遅い。

 

 大樹のような腕から繰り出される一撃も、周辺の木々や岩をも薙ぎ倒す尻尾の一撃も、嵐のごとき強風を生み出す翼の猛威すらシグナムには届かない。

 

 全てを避け、必殺を誇る一撃一撃をいなし、無意味な攻撃に変えながら、遂には赤竜の頭目掛けて上空から急降下。

 

「紫電一閃!」

 

 その勢いのままに炎熱を纏いし刃を鞘から繰り出し、巨大な赤竜の頭蓋を叩き割る。相手は苦悶の叫びをあげることもなく、大顎から大量の血反吐を撒き散らして大地に落下。地響きを立てながら、その巨体を大地に横たえた。

 

 あらゆる力を一点に収束させ、さらには抜刀術まで用いた必殺の一撃だ。外せば隙も大きいが、こと対大型生物相手には効率が良い。シグナムの見事な剣技と相まって相手は苦痛を感じる事もなく即死だっただろう。

 

 未だに炎を纏っているレヴァンティンの刀身を一振りすると、炎は熱の残滓を辺りに振りまいて消える。そのまま静かに納刀。シグナムはしばし黙祷を捧げた。

 

「許せとは言わぬ。しかし、これも主とそのご友人の平穏な未来のため。お前の死を無駄にはしない」

『Ja. 』

「闇の書、蒐集」

 

 また一つ、シグナムの罪が増えた。もう何度目とも分からぬ、リンカーコアを持った現地生物の蒐集。すでに命を奪った数は数えきれないが、闇の書のページを完成させるには、まだまだ足りない。

 

 一応、現地の凶悪生物を優先的に狩ってはいるのだが、だからと言って魔力をたくさん持っているとも限らないのだ。最悪一ページも埋まらないことがある。相手はタフで、強靭で、生命力も桁外れに高く。全力で、一瞬の油断もなく掛らないとと容易に狩れはしない。

 

 こうなると人間の魔導師の方が効率が良い。だが、それをするにはリスクも伴う。数多の次元世界を管理、統括する時空管理局。次元世界の法的機関が黙ってはいない。

 

 烏合の衆に後れを取るヴォルケンリッターではないが、一騎当千の力も数の前では押し切られる事も理解している。本格的に出張られては、些か面倒なことになるだろう。

 

(申し訳なくあるが、不破の提案も考慮のうちに入れなければならんか)

 

 不破なのは、アリシア・T・バニングスの両名が持つ魔力は膨大だ。将来的には守護騎士ですら上回りかねない魔力総量を持つだろう。魔法の才能も稀に見るほど恵まれている。

 

 アリシアはリンカーコアの持病を持つ故に、蒐集は対象外になるが、なのははその限りではない。彼女を収集すれば闇の書のページも数十ページは稼げるだろう。本当に、どうしようもなくなった時の最後の手段である。

 

「お~い、シグナム~~!」

 

 聞こえてきたヴィータの呼びかけに振り向けば、こちらに向かってくる幼い騎士の姿が見えた。紅いドレスに、帽子にお気に入りのぬいぐるみを取り入れたヴィータの姿だ。確かのろいうさぎといったか。シグナムには少し理解できない可愛さがあるらしい。うむ、分からん。

 

 今回、守護騎士は手分けしてある世界の魔法生物狩りを行っていた。ヴィータはシャマルと共に、シグナムとは別の場所で蒐集をしていた筈だが、何かあったのだろうか。それにしては、顔が喜びに満ちていて。

 

 そこで、シグナムはクリスマスに関することだろうと合点が行った。確か、なのはから話を合わせるために、全員に対して概要が送られてきたのだったか。それを見て、ヴィータは早くもはしゃいでいるのだろう。

 

 主はやての命は我々に掛かっているのだぞ、と少しは咎めたくなる気持ちもあるが、無理もないだろうとも思う。かく言う自分もクリスマスを楽しみにしているのだから。

 

「ヴィータ」

「分かってるよ」

 

 だから、注意の意味を含めて名を呼ぶと、ヴィータは真面目な顔で頷いた。

 

「でも、休憩の合間に話をするくらいならいいだろ」

「それも、そうか。焦っては事を仕損じる。肝に銘じておこう」

「おう、絶対はやてを助けるって誓ったんだ。万にひとつも間違いは許されねぇ」

 

 人を殺さないこと。無暗に傷つけたりしないこと。自分たちが大けがするような無茶はしないこと。細心な立ち回りで、大胆な行動もそこそこに、蒐集を行う。気を付けることはいくつもあるが、以前の蒐集行為に比べれば気は楽かもしれない。

 

 自分たちの勝手な都合で、相手を傷つけることに罪悪感はあるが、それでも無差別に相手を殺すことよりはマシだ。ベルカの戦乱期はもっと酷かったから。

 

 復讐のために闇の書の力を求め、その復讐のために闇の書の力を求めるなんていう、復讐の延々巡りまであったくらいだ。今の時代は恵まれているとも言っていい。

 

 だからと言って、自分たちが赦されようとは思っていない。最悪、はやてを救った後は自分たちの消滅すら考えていた。

 

「それにしても、クリスマスって面白そうだな! ケーキに、ローストチキンに、光り輝くツリー。それにサンタクロースっていうおじさんが、プレゼントを配ってくれるらしいし」

「あまりはしゃぐなよ。主役は主はやてなのだから」

 

 それでも明るい未来の話を語れるのは、自分たちが心の底からソレを望んでいるからだろう。目指すべきは最高の未来。(はやて)の大好きなハッピーエンドだ。

 

「分かってるよ。そういや、なのはがプレゼントを用意しておけって言ってたけどどうすんだ。アタシら、はやてに養って貰ってる身だから金なんて持ってねぇぞ」

「大丈夫だ。こんな時もあろうかと、道場で剣術の師範役をしていた講師代がある。それでプレゼントを用意しよう」

「おまっ、いつの間にそんな事をしてたんだ」

「なに、幼い主に養われるのもアレなのでな。何か出来ることはないかと、密かに探していた時に、自分に合う仕事を見付けただけだ」

 

 シグナムが語る衝撃の真実にヴィータは本当に驚いた様子で、目を見開いていた。この家事の手伝いや近所付き合いが得意そうではない、根っからの武人気質な家族が、そんな事をしているようには思えなかったからだ。家では、いつもテレビか新聞眺めて、偶に将棋を指したりする程度の姿しか見せていなかったから。

 

 稼いだ金額は十万ちょっと。ほんの一か月程度の短い時間であり、闇の書の蒐集のため、急にやめる事を言い出したシグナム。そんな彼女に用事が済んだら、また来てくれという言葉とともに、道場主が快く渡してくれたお給料。

 

 正規の雇用ではなく、しがないお手伝い程度の間柄でしかない。そんな大金は受け取れないと、辞退していたシグナムの説得して、深く問わずに送り出してくれた道場主。彼には感謝の念も堪えない。用事がすんだら、改めてお礼を言いに伺いたいものだ。

 

 まさか、こんな所で役に立つとは思っていなかったが。

 

 ヴィータから受け取ったシャマル謹製のカートリッジの弾丸を受け取りながら、懐かしそうな顔でシグナムは、そう語った。

 

「そんじゃあ、とっとと終わらせて帰らねえとな。はやての見舞いにも行かなきゃなんねぇ」

「ああ、そうだな」

「クリスマスプレゼントは何を送れば良いんだろうな。はやての好きな本とかか?」

「アリサ嬢に電話で聞いてみたらどうだ。あの子は頼れるし、頭もいい。お前の親友のアリシア嬢とも会えるし、偶には怪しまれない程度に遊びに行って来い」

「う、うっせー! アイツとはそんなんじゃねぇし。こ、好敵手。ライバルだよ。ライバル!」

「ふっ。なら、そう言うことにしておこう」

 

 彼女たちの目の前に広がるのは、凶暴な魔法生物の群れだ。ワイバーン、ドラゴン、そういったお伽話の生物が、久しぶりの獲物を食ってやろうと立ち塞がっている。

 

「グラーフアイゼン!」

『Ja.』

「レヴァンティン!」

『Jawohl.』

「うおりゃあああ――」

「うおおおおおお――」

 

 それらを蹴散らし、蒐集し、今日も無事に主のもとへ帰るために。守護騎士たちは次元世界の何処かで戦いを続ける。幸せな日常、主の、そして自分たちの望んだ平穏で、穏やかな日々を勝ち取るために。

 

 彼女たちを、監視している存在がいるとも知らずに。

 

「闇の書の蒐集。始まったか」

「マルタ……自分たちのしている事は、本当に正しいのか?」

 

 大規模な機器を使い、支援魔導師の遥か認知の外から、妨害を物ともせずに監視する存在。時空管理局。

 

 "正式"に設立された対闇の書対策部隊は、静かにその主と守護騎士たちを監視していた。主となる少女が闇の書とともにあった数年前からずっと。

 

 その中にいる一人の男性局員と、教会のカソックを身に着けた女性。緑の髪と、銀色の長い髪が特徴的で、年は同じくらいだが。男性は瞳に戸惑いを、女性の方は瞳に確かな憎しみを宿していた。

 

「グリーン。忘れたわけではないだろう? 某の母上と父上。そして、そなたの母上と父上は、11年前の闇の書事件に巻き込まれ、アルカンシェルの光とともに消えたことを」

「分かっている! だけど、相手はまだ幼い子供じゃないか! 他に方法を探すべきで……」

 

 グリーンと呼ばれた男性が、苦悩した表情で訴えかけるが、騎士の女性。マルタ・シュヴァリエは動じない。あるのは、どこか空っぽな、感情を失ったかのような声と、闇の書に対する因縁だけ。少女に対する配慮は、既に存在しなかった。そんなものは、決行すると決めて、部隊に配属された時から捨てたから。

 

「某たちの親は、婚約を控えた挨拶に訪れた折の矢先だった。某は今でも、父上と母上の別れ際の笑顔を昨日の事のように思い出せる。それだけじゃなく、本局には多くの家族や、その子供もいた。今更何を躊躇う必要がある?」

「だけど……」

「放っておけば、闇の書は復活し、あの星に住む人も生き物も喰らいつくすだろう。そうなる前に、何百年も続く過去の因縁を終わらせるために。某たちは決意を固めている」

 

 そこで、マルタはグリーンの顔を見つめた。悲しみを宿し、生きる気力を失ったかのような瞳。だけど、一筋の光は闇の書を捉えて離さない。不動の意思を宿した。覚悟を決めた者の瞳が、そこにはある。

 

「もはや止まれんのだ。ここに居る者の多くが、闇の書によって家族や友人、恋人を失った局員と騎士たち。故に某たちは止まれん。いかに相手に大切な者がいようと、過去の罪を悔いていようと、もはや遅いのだ」

「マルタ……」

「そなたの優しい気持ちも分かる。そなたが憂いていることも。故にそなたが、手を染める必要はない。その為に某は此処にいる」

 

 運命はめぐり、さらなる因果を巻き込んで、ひとつの結末に収束する。対守護騎士用のベルカの騎士。教会より騎士が派遣されるのも、必然であった。

 

 どうしようもないほど理不尽な運命は、静かに動き出す。来たるべき日に、全ての因果を終わらせるために。

 




忘れたころにやってくるグリーン・ピース。

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