リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき 作:観測者と語り部
アリサが一階の待合室にジュースを買いに行った頃。守護騎士全員が異変に気が付いた。
そこで咄嗟に主はやてに言い訳し、病室を飛び出して異変の中心である屋上に向かったのが先のこと。それから何らかの儀式魔法が展開されるのと、なのはから念話で何が起きているのかという問いかけが来たのは同時だった。
立て続けに通信妨害。転移妨害。広域封鎖結界の展開され、瞬く間に相手を封じ込めるための魔法が発動し、なのはとの連絡も途絶えてしまう。最後の会話はアリシアが何かに気が付いて病室を飛び出したという焦った声が聞こえただけだった。
だが、シグナム達にそれらを対処している余裕はない。何故なら目の前には守護騎士にとって最悪の相手が存在していたから。
「時空管理局だと……」
シグナムの呟き。レヴァンティン片手に騎士甲冑を纏った彼女の前には、大勢の管理局員が待ち構えていた。まるで最初から屋上で待ち伏せしていたかのように。空から一定の距離をとって病院を囲んでいる。その背後には強制封鎖結界の魔力の壁が展開されていた。
少なく見積もっても百人以上はいるだろうか。恐らく結界の外にはもっと大勢の局員が待ち構えている。対してこちらはシグナム、ヴィータ、シャマルの三人だけだ。ザフィーラも向っているだろうが、それでも四人。まさに多勢に無勢だった。
そしてシグナムの視線の先。病院屋上の中心では初老の男性がデバイスを構えて魔法を展開している。恐らく病院で起きている異変は奴の仕業だろうと、シグナムは当たりを付けた。既に一階から魔法による氷結が始まっており、氷による浸食が徐々に上に向かっているのを、屋上に来る前に確認したから間違いない。
その隣には術者を守るよう猫の使い魔が二人備えており、前衛には白銀の甲冑に全身を包んだ騎士。後衛に若草色の髪をした男性局員が控えていた。
病室では口にしなかったが、恐らくアリサは死んだ。それについて行った使い魔のアルフも。先の念話でアリシアが飛び出していったのはそれが理由だろう。
このままだと残された子供たちの身も危ない。そうなる前に命を賭してでも脱出口を作る必要があった。たとえこの身に変えても。
「いったい何時から我らのことがばれていた。」
「分からない。少なくとも私の探知魔法には一度も引っかかってなかったわ」
「どうだっていいよ。そんなこと……」
訝しげながらも、構えをとるシグナムとシャマルに対し、先に前に出たのはヴィータだった。顔を俯かせ、愛機の鉄槌を引きずりながら幽鬼のように前に進む。その頬には涙が伝い、床に滴が零れていく。
「なんでだよ……」
彼女は慟哭に満ちていた。
「はやては、こんなアタシ等を家族として迎え入れてくれて。いつも作ってくれるご飯は美味しくて。それを見て、いつも嬉しそうに笑ってくれてんだ」
その口から零れていくのは、今まで過ごした楽しかった思い出の数々で。
「そんなはやてに友達ができて。どいつもこいつもお人好しばっかの良い奴で。知り合ったばっかのアタシ等を色んなところに連れてってくれて……」
「特にアリシアって奴はいつもアタシに突っかかってきて。美味しいご飯を横取りするムカツク奴で、でも一緒にいて悪い気はしなかった。アイツは……アタシに出来た初めての親友だったんだ」
「そんなアイツは、いつも姉ちゃんのアリサに引っ付いててさ。お姉ちゃん、お姉ちゃんって嬉しそうに笑うんだ。人間関係なんて良く分かんねぇアタシにも分かるくらい、姉ちゃんのことが大好きだったんだ。本当の家族みたいに笑ってたんだよ……なのに」
「まだ、恩返しも全然出来てねぇんだ。海や夏祭りに連れてってくれて、はやてのためにクリスマスを企画してくれて。それから今度は着付けして一緒に初詣でに行くわよって張り切ってた。だから、今度の誕生日は、アイツと一緒にプレゼント用意して驚かせてやろうぜって、考えてたのに。なのに……」
だからこそ、顔を上げたヴィータの表情は。
「テメェ等……絶対に許さねえッ!! アタシが全員この手でぶちのめしてやる!!」
激しい怒りと憎しみに染まっていた。
「アイゼン!」
『Jawohl!』
「待て、ヴィータ――」
「テートリヒシュラーク!!」
シグナムの制止を聞かず、紅き衣を翻しながら、突撃するヴィータ。たった一歩の踏込だけであっという間に封印術を展開する男の元まで距離を詰め、ありったけの殺意を込めて振り下ろした。
「ズィルバー。カートリッジロード」
「うおりゃぁあああっ――!!」
「弾け、白銀の盾よ!」
しかし、それを許さなかったのが銀色の騎士。凛々しい声と共に魔方陣を展開すると、前面に強固なシールドを展開して、ヴィータの渾身の一撃を防いでしまう。
突進の勢いまで威力に乗せた鉄槌を防がれたヴィータは吹き飛ばされ、地面に転がって片足を付いた。そのまま立ち上がると、忌々しそうに白銀の騎士を睨み付ける。
「某の名はマルタ・シュヴァリエ。ベルカ戦争から続く由緒正しきシュヴァリエ家のベルカの騎士だった」
「ふざけんなっ! こうやって無差別に関係ない人間を巻き込んで、大規模封印術を行使する奴が騎士を名を語るのかよっ!」
淡々と言葉を紡ぐマルタと名乗った女性に、ヴィータが怒りに満ちた声で叫ぶが、彼女はまったく動じない。
「元より民間人を巻き込むのは承知の上。全ては永きに渡る闇の書の因縁を断ち切るため。これはその為の必要な犠牲だ」
「己の正義の為なら管理局は民間人でさえ虐殺するというのか?」
ヴィータを庇って前に出たシグナムの問いに、マルタは静かに頷いた。
「いかにも。そして、これから行われるのは、そのために必要な行程。封印の儀式の為の幕開けだ」
そして右手の剣を振り上げると。
「闇の書の悪夢は今日で終わる。終わらせる。すべてが凍てつき。永久、動かぬ氷に閉ざされて」
「虚空の彼方に沈めっ」
それを振り下ろした。
瞬間、病院を囲んでいた局員たちが四方八方から守護騎士に向けて魔力弾を撃ち放つ。ひとつひとつは大したことのない威力でも、それが無数ともなれば話は別。魔力ダメージが蓄積すれば、動くこともままならなくなり、致命的な一撃を受ける隙となる。
「くそっ、卑怯な! アイゼン!」
『Panzerhindernis――!』
ヴィータがシャマルとシグナムを庇うように、全方位防御壁を展開。向かってくる魔力弾すべてを防ぐが、徐々に防御壁に罅が入り始める。さらに髪の長い猫の使い魔が、砲撃魔法で此方を狙っていた。
「ッ――このままでは脱出も叶わん。せめて封印術か結界の片方だけでも止める。術の中心を担っているあの男を狙うぞ」
「それじゃあ、シャマルがっ」
「分かったわ。二人とも援護するから振り返らずに進んで」
焦りを含んだシグナムの判断に、ヴィータが異を唱えるも、その事に誰よりも納得したのはシャマルだった。ヴィータが防御を解けば、戦闘が不得意なシャマルは弾幕の雨に晒されることになる。それを理解した上での発言。ヴィータは歯ぎしりしながら頷いた。
誰もが理解していた。ここまで強固な布陣を敷かれた上に、距離をとっての集中砲火。おまけに術者の中心には手練れが四人。一対一では最強を誇るベルカ式の弱点を突くように多対一の戦闘を強いられている。
恐らく全員が無事に主の元に帰れない。
「合図で突っ込む。遅れんなよシグナム」
「無論だ。私を誰だと思っている?」
「……後はお願い。はやてちゃんを、皆をよろしくね」
「今だっ!!」
ヴィータの叫びとともに、展開されていた防御壁が粉々に砕け散った。それと共に放たれる猫の使い魔の砲撃魔法。全員が散開して避けるも、機先を削がれた形となる。そこに降り注ぐ魔力弾の集中砲火。
「うぉおおおおおっ!」
「これ以上好きにはさせねぇぇぇ!!」
シグナムとヴィータはそれに意を返さず突撃した。パンツァーガイストで全身に魔力の鎧を身に纏い、パンツァーシルトによる魔力の盾で攻撃を防ぐ。ミットチルダ式の脆弱な攻撃など無駄だと言わんばかりに。事実、二人は掠り傷すら追ってない。だが、これは後先考えずに魔力の消費を度外視した形であり、短期決戦に持ち込まなければ勝機はない。
「風よ、二人を導いて!」
それを支えるのは湖の騎士シャマルとクラールヴィントによる援護。広域にジャミングを展開し、周囲を取り囲む局員たちのデバイスに干渉して、演算処理を狂わせた。少しでもシグナムとヴィータの所に攻撃が行かないようにするために。さらには二人の周囲の風を操って、直撃する攻撃まで逸らして見せた。
だが、代償は大きい。無数に降り注ぐ攻撃を何とか凌ぎつつ、支援を継続しなければならない。次第にシャマルの騎士服を魔力弾が貫き、徐々にボロボロになっていく。
シャマルの右腕に直撃した魔力弾が骨を砕いた。頬にかすった弾のせいで肉が裂け血が噴き出す。更に迫る魔力の弾幕。それを何とか避ける。避け続けて、少しでも長く支援を継続する。時には風を操って向かってくる魔力弾を防ぎ、逸らす。
痛みに顔はしかめても、声は一言も漏らさない。叫びこみそうになる自分をシャマルは抑え込む。自分の悲鳴を聞いて突撃していく二人の気を逸らさないように。
その姿は宛ら踊っているかのように見えただろう。周囲に赤い血を撒き散らしながら、死の舞踏を踏む踊り子そのもの。
(あぁ……はやてちゃん、ごめんなさい。シャマルは……もう、料理のお手伝い…できそう、に……)
それも長くは続かず、己の躯体に力すら込められなくなったシャマルは膝をつく。そこを狙ったかのように無数の魔力弾が降り注ぎ、鈍い音を響かせながらシャマルは、自ら流した血だまりに倒れ伏す。それっきり動かなくなる。
己の身を挺した時間稼ぎ。それは功をなし、シグナムとヴィータは術者の近くまで接近することに成功する。この距離なら周囲を囲む局員は誤射を恐れて援護できない。後は元凶を殺せばすべてが終わる。しかし、それを阻むのは四人の手練れ。
あらゆる攻撃を防ぐことに長けた『銀鉄の騎士』の異名を持つマルタ・シュヴァリエ。接近戦と遠距離戦という対極の得意分野を最高のコンビネーションで補う双子の使い魔リーゼロッテとリーゼアリア。そして術者と護衛をサポートする召喚士のグリーン・ピース。
全部で四人存在する守護騎士用に集められた対守護騎士用のチーム編成だというのは一目で分かった。
対してこちらは既に二人。まともに戦って勝ち目はない。だから、先陣を貫くヴィータは奇策を使用する。
「アイゼンゲホイル!」
音と強烈な閃光を発する瞬間的なスタン効果を及した空間攻撃。至近での目くらましで相手が怯んでいる隙に、術を行使している男を倒す。
筈だった……
「無駄だよ。守護騎士」
「かはっ――」
そんな姑息な術など効かない言わんばかりに、腹に蹴りを入れたリーゼロッテの姿がヴィータの目の前にある。
何てことはない教官すら務めたこともある双子の使い魔は、守護騎士の魔法を研究して対策済みだということだ。無論、この場にいる他の局員と騎士たちも。
「チェーンバインド!」
「ブレイズキャノン!!」
ヴィータの行き足が止まる。そこを狙ってグリーンの召喚した鎖が鉄槌の騎士の四肢を拘束。リーゼロッテの砲撃魔法が、すかさずそこを狙ってくる。
「ヴィータっ!」
「アタシにかまうなっ! いけぇ!!」
拘束されたまま砲撃の直撃を受けるヴィータを追い抜き、迫ってきたリーゼロッテの鋭い体術をいなして、シグナムは術者の元まで差し迫ると、レヴァンティンを振りぬいた。
「穿空牙!」
攻撃速度を重視した魔力の斬撃を飛ばす。隙だらけの術者を殺傷するには十分な威力を秘めた一撃。
「――アイギス」
その眼前に立ち塞がるのは銀鉄の騎士マルタ。彼女は全身を甲冑で身に纏い、顔すら兜で覆い隠しながらも、鋭い殺気をシグナムに向けてくる。そして、掲げた銀色の盾から発せられた障壁で攻撃を防いでしまった。
「紫電、一閃っ!」
ならば、お前から斬り捨てるのみと。鞘に刃を収めた状態でカートリッジをロード。最速の斬撃を誇る抜刀で防ぐ隙も与えないまま、相手を地に沈めようと、炎を纏ったレヴァンティンを振るう。
「っ……」
マルタは危なげながらもそれを盾で往なした。凄まじい威力だったのか盾に罅が入り、熱を魔力で遮断しきれず、表面が融解する。だが、態勢を崩しながらも、片手剣に魔力を込めて斬撃を振るう。
「邪魔をするな!」
「くっ……」
シグナムはそれを防がない。振るわれる瞬間にマルタに蹴りを入れて相手を吹き飛す。あまりに強烈な蹴りに呻き声を漏らすマルタ。しかし、完全に体制を崩した彼女を支えたのは、グリーンの召喚した鎖だった。それで倒れそうになった体を持ち直す。
「シュワルベフリーゲン!」
「かはっ!?」
「マルタ!」
それを阻止し、止めを刺したのはシグナムの背後から顔ほどもある鉄球を放ったヴィータ。拘束を無理やり引き千切り、渾身の一撃を放ったのだ。それと同時に止めの一撃が周囲から無数に殺到し、鈍い音を辺りに響かせる。しかしシグナムは止まらない。この瞬間に援護が来ることを彼女は直感で気が付いていた。長年共に戦ってきた信頼がそこにはある。ヴィータの犠牲を無駄にはしない。
マルタの顔面に鉄球が直撃し、顔を覆っていた兜が粉々に粉砕され、体を支えていた魔法の鎖すら砕いて後方に吹き飛ばす。それでも気絶せずに何とか立ち上がろうとすほど、彼女は執念じみていた。そこに憎しみと揺るぎない決意がある。すぐに剣を片手にシグナムの元まで迫ってくる。
だが、そんな奴など眼中になかった。シグナムの狙いはただ一人。この病院を地獄に叩き落とした張本人である術者のみ。
背後からシグナムを飛び越えるように迫るリーゼロッテ。術者を守ろうと彼のそばに駆け寄るリーゼアリア。立ち塞がるならば全員纏めて斬り捨てるのみ。そして、この距離はシグナムの距離だ。
「レヴァンティン!」
『Explosion』
カートリッジを再びロード。レヴァンティンが再び炎を纏い、屋上の床が踏み砕けるほどの踏込を行う。それと共にレヴァンティンを大上段から振り下ろすだけで全てが終わる。封印術を行使する術者は発動中の術によって防御ができない状態。たとえ二、三歩離れていようと援護がなければ斬撃の余波だけで殺せる。
「紫電――、一閃っ!」
「ホイールプロテクション」
屋上の一部が崩壊するほどの斬撃を放ち。前が見えなくなるほどの煙が巻き起こるが、シグナムは構わず前に飛び込む。その顔に浮かぶのは焦り。渾身の一撃が咄嗟に防がれたのを確認し、次こそ確実に止めを刺すための強襲を試みる。
「ダブルブラストッ!」
瞬間、シグナムは背後へと吹き飛ばされていた。一瞬だけ見えた青白い砲撃魔法の光を、咄嗟に鞘を振って発生させたシールドで防ぎ、直撃だけは免れた。だが、甲冑の一部が崩壊するほどのダメージを受けてしまう。相手を見やれば双子の猫の使い魔が、術者を守るように立ち塞がり、揃ってに両手を向けていた。
リーゼロッテとリーゼアリアはコンビネーションを得意とする使い魔。互いの位置を確認して転移し合うのは造作もない。そうやって入れ替わり立ち代わりながら、優位な状況を作って攻撃する。シグナムの斬撃をアリアが防ぎ、転移してきたロッテが反撃を行う。攻防一体の見事なコンビネーション。代償にアリアは火傷を負わされ、腕の辺りの防護服を吹っ飛ばされたが戦闘に支障はない。
あとは数の暴力でもってシグナムを射撃で封殺すればいい。かつて数に勝るミッドチルダ式がベルカ式を圧倒したように。そして、二度目の接近のチャンスは与えないし、そうなる前に確実に殺せるだろう。先の一撃は間違いなく致命傷であり、シグナムは全力戦闘を行えないほど支障を来している。
だが、シグナムとて唯で終わる訳ではない。
床に背中を打ち付けられ、転げまわりながら、屋上の隅まで吹き飛ばされたシグナム。だが、その闘志は微塵も尽きることはなく。次の手を既に整えていた。手にしているのは剣ではなく弓。ボーゲンフォーム。放たれる矢は結界やバリアを完全破壊できるほどの威力を秘めたシグナムの最強の一撃。シュツルムファルケン。
自身の躯体を消滅させる勢いで魔力を練り上げ、瞬時に矢を生成する。ありったけの魔力を込めたそれは、シグナム生涯の中でも最高の威力を誇るだろう。それを構えて狙いを付けるまで数秒も掛かっていない。立ち上がり、敵を見据える烈火の将の瞳は鋭かった。
それに咄嗟に反応できたのは、歴戦の経験と長年の勘。そして野生動物すら上回る俊敏性を備えたリーゼ姉妹のみ。
あの攻撃は防げない。ならばと先制攻撃を行い、相手の出鼻を挫いて、狙いを逸らさせる。
「スティンガースナイプ!」
「翔けよ、隼!」
「ミラージュッ、アサルトォォォォ」
矢を放つ瞬間、アリアの放った青白い閃光が膝を砕く、シグナムの体勢が僅かに崩れる。だが、その誤差は致命的。術者もろとも結界を破壊しようとしたシグナムの試みは、矢が術者の脇に逸れるという結果となって終わった。
火の鳥となって駆けた隼は、無残にも結界の壁に衝突して大爆発を起こす。凄まじい熱量と衝撃波が周囲にいた局員を巻き込み、その命を奪っていった。
遅れてやってくるロッテの必殺の一撃がシグナムを屋上から蹴り落とし、甲冑が完全に砕けて無防備となった状態に、追い打ちの弾幕が襲い掛かる。そして、勢いよく地面に叩き落とされた騎士は、凄まじい衝撃と遅れてやってきた弾幕の嵐によって止めを刺された。
後に残ったのは人に見せられない無残な姿。それでもシグナムの表情は最後に笑っていた。
何故なら、たとえ攻撃が外れても、最後の希望を繋ぐ二段構えを取り、その成功を確信していたから。
「てぉああああ――!!」
突如鳴り響く爆音と甲高い崩壊音。結界の一部を砕き、修復される寸前に突撃してきたのは守護獣ザフィーラ。魂を震わせるような雄たけびをあげ、凄まじい勢いで上空から封印術の中心に迫る。
その身体は既にボロボロだった。主と友人たちを喜ばせようと一生懸命準備して、着なれぬサンタの格好から小さなプレゼントまで用意。そのまま病院まで向かっていた彼を襲ったのは、外で待ち構えていた局員と聖王教会に所属する騎士たち。そして己を閉じ込める内と外の二重結界。
シグナム達は知らなかったが、結界は二段構えであり、病院周辺を覆う封鎖結界を突破しても、別の結界が覆っていた状態だったのだ。全ては事を隠密かつ確実に済ませるための時空管理局の作戦の内。離れて行動していたザフィーラすら監視され、病院付近に近づいた瞬間、二つ目の結界が彼を閉じ込めた。闇の書の関係者を一人足りとて逃がさぬようにする為に。
その後に待っていたのは一騎当千とは名ばかりの、多勢に無勢による一方的な戦闘。戦闘態勢をとったザフィーラを魔法による射撃と砲撃が襲い、空を飛ぼうとすれば撃ち落とされ、接近戦を挑めば多数の騎士たちの剣が、槍が、鎚が、矢が、拳が彼を襲った。
襲ってくる相手をすれ違いざまに殴り倒したのも一人や二人ではないが、それを上回る数攻撃のよってザフィーラの肉体は消滅寸前である。それでも耐えたのは盾の守護獣というヴォルケンリッター随一の防御力を誇る彼だからこそ。そして内側に展開された結界の一部が崩れた瞬間、目にも止まらぬ速さでザフィーラはそこに飛び込んだ。主はやてを、その友人たちを、仲間を放っておくことなど出来なかった。
シグナムが最後の最後で繋いだ突破口。命を賭した捨て身の一撃を阻む者はいない。シュツルムファルケンの一撃で周囲の武装局員は墜ち、アリアとロッテも無理をした反動ですぐには動けない。それでも術者を護ろうとしているが、ザフィーラの方が圧倒的に早い。かろうじて攻撃を防げる位置にいるのはマルタだけだが、既にボロボロである。そして周囲を囲む武装局員たちの並み居る攻撃はザフィーラの前では無意味。彼の突進を阻むには至らなかった。
だからこそマルタの決断は早く、自分の身を犠牲にすることに何の躊躇いもない。ザフィーラの進路上に己の身を割り込ませ、その身を以て盾とする。銀鉄は彼女の鉄壁を称えた二つ名。最後は騎士甲冑による防御を持って守護対象を護り通す。何人たりとも触れさせはしない。だが。
「させ、ん……!」
「邪魔だっ!! 牙獣走破ーーー!!」
ザフィーラはそれをあっけなく打ち砕いた。魔力による推進力に、重力加速を加えた蹴りの一撃。銀色に輝く甲冑は、金属がひしゃげ砕け散るような凄まじい音を立てて粉砕される。それどころか肉が裂け、骨が砕け散るような音まで響かせていた。強靭な筋肉に隠された心臓すら潰し、衝撃が背中まで突き抜けるほどの一撃。それを食らいサッカーボールのように滑稽に地面を跳ね転がるマルタ。勿論、即死だった。痛みすら感じなかった。死んだことにすら気が付いていないだろう。
ザフィーラは、勢いのまま二撃目を封印術を行使する術者に向けて放とうとする。だが、彼にできたのはそこまでだった。
封印術を行使する男を中心に魔法陣が展開され、そこから飛び出した翡翠の鎖がザフィーラを拘束したからだ。万が一、防御陣を突破された時のためにグリーンが用意した布石。対象が指定した場所を踏むことで発動する強力な拘束魔法。一説ではアルザスの竜すら拘束して見せたとある。元自然保護隊に所属していた彼が、一日に一回しか発動できない文字通りの切り札。
「ぐっ、うおおおおぉぉぉ!!」
ザフィーラはこれを引き千切ろうとしたが、魔法の鎖はあまりにも頑丈だった。発動させるために予め準備が必要になるが、そのぶん構造は複雑で、術式を簡単に破壊されないようプログラムが組んである。おまけに拘束対象に重力を付与するので、今のザフィーラは身体が鉄塊のように重く感じることだろう。これで簡単には動けない。
そこに殺到した数名の聖王教会の騎士が、それぞれの得物をザフィーラに突き刺す。傷口から血があふれ、咆哮を発する喉から血反吐を吐き出す。それでもザフィーラは抗うことを辞めなかった。力を失い膝をついても、気力を振り絞って立ち上がろうとする。顔をあげ、親の仇でも見るかのように相手を威圧するのをやめない。
そして、彼にできたのはそこまでだった。
目の前に憎しみとも悲しみとも付かぬ酷い顔をした若草色の髪を持った男。グリーン・ピース。蒼き獣を見下ろす彼の手には、婚約者でもあった騎士が愛用する銀の剣が握られていて。
(主はやて、力及ばず――)
それが拘束されたザフィーラの脳天目掛けて叩き下ろされる瞬間が、彼が最後に見た光景だった。
守護騎士退場。そしてマルタさんが予定外の戦死を遂げる。君の死ぬ場面はここではなくて、なのはに首を食い千切られて恋人に看取られる予定だったのに。ザフィーラが劇場版仕様だから。
やっぱりAsはグレアムさんとリーゼ姉妹がいないと。仮面の男が二人出てきたときの絶望感よ……
次は……あの子だ。