リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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〇六頁  憎しみに囚われたら終わりよ そして、英雄の息子は手掛かりを掴む

「……お兄さん? 今なんて言ったの?」

 

 時空管理局自然保護隊。

 管理世界、管理外世界の時空密猟犯から自然を守り、密猟犯を武装隊と協力して捕え、時には傷ついた生物を、凶暴な原生生物であっても保護、手当てをする部署。

 そこに所属する小隊の隊長を務めるグリーン・ピースは困惑した表情で、水色の髪をツインテールにしている少女の顔を見た。

 

(なんて、恐ろしく冷たい表情をしているんだ……)

 

 水色の髪の少女……レヴィの瞳を見てグリーンはそう感じ、背筋が凍りついたように固まり、冷や汗を掻いている。情けないが、恐怖で微かに身体も震えていた。

 冷たいなんて、生易しい瞳ではなかった。その闇に包まれたような瞳からは、生気というモノが感じられず、光を映すどころか、光を飲み込んでしまいそうなほど暗かった。

 最近、ある管理外世界で原生生物が魔法によって傷つけられている。乱獲の疑いがあるかもしれないと、通報を受けてきてみれば、とんでもない存在と遭遇したようだ。

 本能が、密猟者や次元犯罪者と相対して鍛えられた勘が警鐘を鳴らしている。

 

"こいつらはやばい、早く逃げなければ殺される"と

 

 そういった類の勘がグリーンの脳内で警告を発しているのだ。 

 

 背後にいる三人の部下たちに、相手に見えないよう背中に手を隠して、ハンドサインを送り、指示を出す。

 

 "いつでも動けるように準備を怠るな"

 

 そのサインを見た部下たちも、緊張した様子で密かに身構えていた。

 手には一般局員に支給されたストレージデバイス持っているが、相手を威嚇しないようにカード状の待機形態をとらせている。しかし、それは失敗だったのかもしれない。

 彼女たちは、自分たちが手加減して勝てる相手ではないだろう。

 むしろ、全力で抵抗して逃げ延びなければならない相手だ。たかが、子供と侮ることをしてはいけない。

 グリーンを含めた局員たち全員に、そう思わせるほどの威圧感と圧迫感を、目の前にいる二人の少女は解き放っているのだから。

 

「ふふふ、クスクス、何を言ってるのかな? レヴィちゃん? さっき名乗ってくれたじゃない?」

 

 レヴィの隣にいる、蒼色の長いウェーブの掛かった髪と狼の耳と尻尾を持つ少女が楽しそうに呟いた。

 その少女、ナハトの瞳も同様に冷たい。むしろ、こちらの方が段違いに強いかもしれない。

 グリーンはナハトの瞳に見覚えがあった。あれは、憎悪に満ちた瞳だ。

 かつて、グリーンが密猟者を捕らえた時、憎むように彼を見ていた犯罪者と同じ瞳。

 この少女たちは、その何倍も強い憎悪と背筋が凍るほどの殺意を秘めていたのだ。

 ナハトが、先ほどの楽しそうな声とは別人のように、怒りと憎しみに満ちた怒声で叫んだ。

 

「こいつら、私達を殺した時空管理局の仲間だよッ!!」

 

「なら、どうするのか分かってるよねぇ、ナハト?」

 

「決まってるよレヴィちゃん。あらん限りの苦痛と恐怖を与えてから……殺してやるッ!!」

 

「ちょっと、アンタ達! 待ちなさいッ!」

 

「ッ、総員、デバイスを展開して防御しろ!!」

 

 叫びと共にナハトは凄まじい勢いでグリーンの横にいた管理局員に飛び掛かった。

 アスカが制止の声をあげるも、彼女の耳には届いてないようだ。勢いが止まることはない。

 隊長の声を受けて、デバイスを戦闘形態に移行させようとする局員だが、彼は飛び掛かってきたナハトが繰り出す、流れるような回し蹴りを避けることが出来なかった。

 

「ガっ……」

 

 硬い靴に覆われた足の爪先が、局員の側頭部にクリーンヒットすると、バランスを崩して倒れ込んだ。彼は脳震盪を起こしたのか、砂漠の大地に横たわり、そのまま動かなかった。

 胸は上下しているので、恐らくは生きているだろうが……

 そのまま、着地したナハトは繋げるように、デバイスであるシャッテンの爪をグリーンに向けて振り下ろす。

 

「ネイチャーラヴ! シールド展開!!」

 

「ちっ、しぶといなぁっ」

 

 グリーンも黙ってやられるわけにはいかないと、腕輪型の専用ストレージデバイス『ネイチャーラヴ』を掲げ、緑色のミッドチルダ式シールドを展開して攻撃を防いだ。魔力の圧縮されたデバイスの爪と、円形の形をした緑色のシールドがせめぎ合い、拮抗したように魔力の光を散らす。

 

「お前たち、私が足止めするから、その隙に逃げて本局に増援要請を……」

 

「残念、ボクから逃げられると思ったのかい?」

 

 グリーンは、せめてやられる前に状況を打開する為、また、全員が助かる可能性を掴み取る為に、後ろにいるであろう部下の二人に命令を下すが……聞こえてきたのはレヴィの声だった。

 後ろを振り向くと、いつの間にか移動したのか、レヴィは後ろにいた二人の局員に回り込んでおり、部下二人の胸から両手を生やしていた。その手には、光り輝くリンカーコア……恐らく部下の二人から抜き取ったのだ。

 

(馬鹿な……いつの間に移動したというのだ? さっきまで、ナハトと呼ばれた女の子の隣にいたはずなのに……)

 

「へぇ……私に襲われていても、考え事ができるなんて、ずいぶんと余裕なんだね? 局員さん?」

 

 レヴィの瞬間移動のような芸当に、グリーンが驚愕していると、ナハトが挑発しながら両手の爪を突き立てようと、さらに力を込めた。緑色のシールドに十指の爪がどんどん食い込んでくる。このままでは、グリーンのシールドは紙のように引き裂かれてしまう。

 かといって、このまま膠着状態が続けば、部下の命はないだろう。グリーンは何もできない状況に歯噛みする。強く、強く。こんなことで、自分を慕ってくれている部下の命をグリーンは死なせたくなかった。

 

(諦めるな……まだ、まだ、手は残されているはずだ……)

 

 考える。グリーンは必死で考える。マルチタスクを展開して状況を打開する方法を。

 

 防ぐのが手一杯の状況において、武力で相手を鎮圧することは不可能に近い。ならば武力以外の方法で、状況を打開するしか手は残されていないだろう。両手は塞がり、足は動かせず、デバイスもグリーンのサポートに必死で救援信号を出すことが出来そうにない。

 

 他に何かないだろうか? 口を動かすことが出来る。言葉を発することが出来る。

 そして、相手に言葉が通じるというのならば手は一つだ。交渉によって生還する道を掴み取る。

 全員が、いや、贅沢は言わない。せめて、部下の命だけでも助かるのならば御の字だ。

 グリーンは眼前に迫るシャッテンの禍々しい爪を、ナハトを強く見据える。

 

(部下たちを死なせはしない……!)

 

 その様子に、ナハトは訝しげに眉を潜めた。

 何故、グリーンと名乗った局員は追いつめられている状況で、恐怖に顔を歪ませない? 自分が助かろうと保身に走り、逃げ出そうとしないのか? その瞳は絶対に諦めはしないと、強い光を宿していて、思わずシュテルの顔が脳裏に浮かんだ。

 グリーンの絶対に諦めようとしない姿は、親友が必死になって戦う姿とダブって、ナハトはとても不愉快な気持ちになる。心の内で嫌悪する。

 

(なんなの、この人、どうして諦めようとしないのかな? あぁ、イライラする。不愉快だよ。)

 

 ナハトが顔を歪ませて、嫌悪を隠そうともしない姿を見ながら、グリーンは静かにはっきりとした口調で声を掛けた。相手をなるべく刺激しないよう。かつ、弱みを見せないような、そんな声だ。

 

「提案だ。聞いてほしいことがある。君たちにとっても悪い話ではない」

 

「どういうつもり……?」

 

 不利な状況下で交渉を持ちかけてくるグリーンの意図が読めず、ナハトは不機嫌そうな顔で、首を傾げた。

 この男はいったい何が言いたいのだろうか?

 

「君たちの目的は、リンカーコアの魔力の蒐集に違いないだろうか?」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定とみなして話を進めるよ? 部下の魔導師ランクはDランク、私の魔導師ランクはBランクだ。部下を三人蒐集するより、私一人を蒐集する方が効率がいい。管理局にも通報させないと部下に誓わせる。だから、大切な部下の命だけは助けてやってほしい。

 このまま、私達を皆殺しにすれば、管理局は本腰をいれて、君たちを捕まえようとするだろう。皆殺しは考え直してくれ。頼む」

 

(ふふ、そういう事なんだ……)

 

 ナハトはグリーンの考えを聞いて、得心が言ったと言わんばかりに頷いた。その顔には残虐な笑みが浮かんでおり、イライラしていた気分も一瞬で吹き飛んでしまった。

 この男の弱点、諦めない姿の理由、苦痛と絶望に歪ませる方法、その全てに納得がいく。

 簡単だ。目の前で部下の命を奪ってやればいい。かつて、マテリアルズを封印したグレアム一派がそうしたように。

そうすれば、グリーンの心は簡単に壊れるだろう。

 

「だってさ、ナハト。どうするの? もう、こいつ等から魔力を蒐集してるけど、死なないように止めるなら、いまのうちだよ?」

 

 レヴィが無邪気な声で、ナハトに尋ねた。

 つまり、局員の殺生権はナハトが握っているという事だ。

 だが、答えなんて最初から決まっているようなものだ。初めから管理局員を生かすつもりはない。

 ナハトが、慈愛に満ちた表情で、その口から残虐な言葉を解き放つ。

 

「ふふ、レヴィちゃん? 構わないから死ぬまで蒐集しちゃっていいよ」

 

「オッケー、ナハト。ほぉら、どんどん吸い尽くされちゃうぞ~~!」

 

「ぐああああああっ!!」

 

「いやだ……死に…たくな…い…」

 

 ナハトの声を受けて、レヴィは嬉しそうに蒐集行為を加速させた。

 二人の局員は魔力が吸われると共に、身体が衰弱していく苦しみを味わい、苦悶の声をあげる。

 

「よっ、よせっ! 頼むこの通りだ!! 部下の命は助けてくれ、そしたら何でもいう事を聞くッ!!」

 

「五月蠅(うるさ)い……聞きたくない!!」

 

「がはッ……」

 

 部下が殺されようとしている光景に、グリーンは慌て、哀願するように制止の声を吐きだす。

 けれど、防ぐことしかできない状況で、集中力を乱したせいなのか、拮抗していた防御と攻めのぶつかり合いは、瞬く間に崩れ去り、緑のシールドはガラスが砕け散るような音と共に粉々になって消えた。ナハトの、シャッテンの爪がグリーンの胸を引き裂き、肉を抉る。鮮血が舞う。

 

「ッぁ―――」

 

 そのまま、グリーンを押し倒すとナハトは馬乗りになって、爪の付いたデバイスで彼の両肩をきつく握る。子供とは思えないほどの力で握られた肩に爪が食い込んで、血が滲むように噴き出した。

 圧縮された魔力打撃の前に、攻撃力の前にバリアジャケットの防御力が追い付いていないのだ。

 グリーンのチカラではナハトの攻撃を防ぐことが出来ず、ただ、ひたすらになぶられ続けるしかない。

 襲い来るであろう痛みに目をつむるグリーンだが、ナハトから返ってきたのは、暴虐による痛みではなく、声だ……悲痛に満ちた悲しい叫び声だ。

 

 グリーンの頬に、涙の粒が滴り落ちた。

 

「お前たち時空管理局だって、そうやって……私から、私達から大切なモノを奪っていったくせにッ!! 自分たちは報いを受けないなんて卑怯だよッ!!! だから、大切なモノを奪われた苦しみを……お前たちも味わってよ! 

 そしたら……そしたらさ……? 殺され、奪われ、絶望のどん底に突き落とされた……私達の嘆きと苦しみも少しは理解できるよね……? 闇の書事件の苦しみを……理解できるよね……?」

 

「ま…て、何のことだ……?」

 

 血反吐を吐きださんばかりのナハトの叫びは、少しずつ尻すぼみになり、弱々しい声に変わる。

 彼女は、いつの間にか涙を流していて、自分でも気づかないうちに、大粒の涙が瞳からこぼれおちていた。それを見て、グリーンは傷の痛みを堪えながらも、呆気にとられたような表情(かお)をするしかない。

 なにより、自分たちは闇の書事件に民間人が巻き込まれた話を知らない……。

 11年前の事件は管理局員だけが犠牲になったのでは、なかったのか?

 

「そういうことだよ……お前たち、時空管理局もボクたちの悲しみを知ればいいッ!!」

 

 ナハトの涙と悲しむ顔を見て、激情に火が付いたのか、怒りに顔を歪ませたレヴィは、蒐集行為を一気に加速させようと力を込めようとする。

 その時、あまりに早く状況が推移していた為、動くに動けなかったアスカが、ハッとした様子で慌てて動く。

 自分でも信じられない勢いで、跳び蹴りをくりだして、レヴィを吹き飛ばしていた。

 そのまま、ナハトに早足で近づくと、手首にスナップを聞かせて頬をビンタする。

 乾いた音が周囲に響き、静寂が場を支配した。

 ナハトは自分が何をされたのか信じられず、どうして、といった顔でアスカを茫然と見つめる。

 

 アスカの顔は……怖いくらいに歪んでいて、長い付き合いであるナハトは、彼女が本気で怒っているのが分かった。おふざけに対して怒った時ではなく、大切なモノを傷つけられた時に見せる怒りだ。

 

「なんで……」

 

「いきなり、何するんだよッ! アスカァァッ! そいつらに味方するって言うのか!!」

 

 アスカの裏切りとも言える行動に、ナハトは困惑して、頭が、思考がグチャグチャになってしまうくらい混乱する。レヴィも、いや、レヴィは慕っていた人から裏切られた経験あったから、激昂して怒り狂い、アスカに斬りかかってしまいそうなほど、頭に血が上っていた。

 手にしたバルニフィカスがスライサーモード(バルディッシュのハーケンフォームと同じ)水色の光刃が鎌のように展開しており、握りしめる手にも青筋が浮かんでいて、レヴィがどれくらい怒り狂っているのか、その心情を分かりやすく表している。

 しかし、二人の困惑や怒りはアスカの叫びによって吹き飛ばされることになる。

 

「アンタ達、いい加減にしなさい! それとも何!?、ディアーチェを殺人者にしたい訳っ! 違うでしょっ!」

 

「そっ、それは……」

 

「そんな……ぼっ、ボクは、そんなつもりなんて……」

 

 アスカの言葉を聞き、頭に冷水をぶっ掛けられたように脳が冷えていくのを感じるレヴィとナハト。自分たちが殺人を犯せば、何もしていないディアーチェに罪が及ぶのは当然である。下の者の責任は主が取らなくてはいけないのだから。ディアーチェは復讐をするとは言っていたが、皆殺しにしてやるとは言っていなかったことも、アスカの言葉に説得力を生み出し、二人を抑止する事に拍車をかけた。

 

 アスカは戸惑う二人を説得するために、話をまくし立てる。こんなくだらないことで、二人の親友を殺人者にさせない為にも、絶対に言いくるめる必要があった。きっと、シュテルもディアーチェも、二人が取り返しのつかない罪を犯すことを望んではいないはずだから。

 

「ええ、そうよね。アタシ達の目的は、冤罪を晴らして、封印に関わった人たちを贖罪させる復讐が目的であって、こんな殺人じゃないわ。管理局員のすべてが敵じゃない」

 

「………そう、なのかな」

 

「――納得がいかないけれど、今回はアスカに免じて矛を収める……こいつらが何かしたわけじゃないし……納得できないけど」

 

「きっとそうに違いないし、無理やりにでも納得させないさい。この選択でアンタ達を後悔させないわ。親友であるアタシが誓う。さあ、この場の収拾はアタシに任せて二人とも先に帰った、帰った」

 

 反論すら許さないといったアスカの意見に、二人はしぶしぶ従うと、戦意と憎しみを静めた。しかし、レヴィは飛び去る前に、倒れているグリーン近寄ると、凄みを利かせた低い声で言う。

 

「アスカに何かしてみろ。そしたらボクはお前らを許さない。必ず見つけ出してバラバラにして殺してやるッ!!」

 

「レヴィッ!!」

 

「ふん、ボクはアスカが心配なだけやいっ。これくらい釘を刺しておかないと管理局の連中は何をするか分からないしね。まあ、これだけ痛みつけたんだから何もできないと思うけど、無事で帰ってきて、できるだけ早く」

 

「ッ……わかったわよ」

 

 追いつめた相手を、さらに脅しつけるレヴィにアスカは非難の声をあげるが、レヴィの言動からアスカをとても心配していることが伝わって、それ以上は言えなかった。弱っている管理局員を尻目に、レヴィは、うっすらと涙を流して困ったように立ち尽くすナハトの手を引くと、空に浮かび上がる。

 

「いこう、ナハト」

 

「でも、アスカちゃんが……」

 

「ここはアスカに任せよう。アスカが責任もって収拾付けるって言い出したんだからね。まあ、管理局の人間が何人死のうとボクの知ったことじゃないけど……王様が本意でないなら、ボクは手を下せない……」

 

 どこか、モノ悲しげに呟くレヴィ。管理局員を平気で屠ってしまいそうな意志を見せる彼女は、どんな想いを心に抱いているのか、アスカにもナハトにも分からない。しかし、憂いに満ちた表情は、きっと殺人を逃避しているだろう。

 親友が罪を犯さずに済んで安堵のため息を吐いたアスカは、飛び去る二人のマテリアルを見送ると、未だ意識のあるグリーンに振り向いた。

 

「さて、アタシが面倒を見ると言ったからには、責任を持って故郷に帰してあげる。もっとも、魔法には疎くて、治癒魔法も得意じゃないから、覚悟しといてね?」

 

(……一難去って、また一難か?)

 

 明るい、いたずらっ子のような笑顔を見せるアスカが呟いた不安な言葉に、グリーンは引きつった笑みを返すことしかできなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

「しかし、君は他の二人とは違って、ずいぶんと雰囲気が違うな」

 

「アスカ」

 

「はっ?」

 

「アタシの事はアスカって呼びなさい、グリーンさん?」

 

 アスカのお世辞にも上手いとは言えない治癒魔法を受けながら、グリーンは疑問に思ったことを口にする。

 それに対するアスカの返答は、答えにはなっていなかった。ただ、グリーンに君とか、お前じゃなくて、名前で呼んでほしいというお願いだった。

 出会ったばかりの、見ず知らずの人間に。しかも、敵対関係にある相手に親しげに名前を呼ばせることに、グリーンはアスカの性格が何となくわかったような気がした。

 

「了解した。アスカ」

 

「そうそう、そんな感じね。別にアタシが特別ってわけじゃないけど、あの子たちは管理局にちょっと、ね」

 

「管理局に恨みを抱いている、か?」

 

「そう、あんまり深くは詮索しないでほしいわ。ここであったことも、出来れば他言無用にしてほしいけど……」

 

「わかった。自分からは、君たちに関する質問に対して答えないことを誓おう」

 

「まあ、無理よね……って、ええ!!?」

 

 敵対する組織である管理局員に素性を知られまいと、話をはぐらかしつつ、無理難題なお願いを言ってみたアスカはグリーンの答えに驚いて、治癒魔法を掛けるために、患部に当てていた手に力を込めてしまった。傷口から痛みが走り、グリーンの顔が歪む。

 

「ちょっ……いでででででッ!!」

 

「わあッ、ごめんなさいグリーンさん」

 

「大丈夫、大丈夫さ……ははっ……」

 

 慌てて傷口から手を離すと、焦ったように謝るアスカ。それに、苦笑いを返しながらも、鋭い痛みに悶絶しているグリーンの姿は、何というか哀れだった。この男、人が良すぎるというか、色々と仕事を引き受けて損をするような人間なのかもしれない。

 

「いいの? 犯罪者を匿うなんて、どの治安組織でも許されないわよ?」

 

 アスカは、優しく、労わるような手つきでグリーンの傷を治癒しながら、彼の考える意図を問いかける。子供とはいえ、マテリアルズがしたことは公務執行妨害、そして、罪のない人間を殺しかけたのだ。管理局としては次元犯罪者として、すぐにでも捕えなければならないのに、それを匿うような真似をしてよいのか。

 

 別に、自分たちとしては都合が良いし、願ってもないことなのだ。騙されていると考えなければデメリットなど、ないに等しい。アスカの言葉は純粋にグリーンの身を案じての事だった。もし、真実が知れ渡ったとき、彼の社会的立場はどうなるのか? 考えただけでも不安なのだろう。

 

 グリーンはアスカの質問に笑って答える。

 誰にでも好かれそうな、好青年の微笑みだった。

 

「アスカのおかげで、私と部下は命を長らえさせることができた。言わば、君は命の恩人みたいなものさ。これぐらい、お安い御用。もっとも、庇い立てできるのにも限度があるけどね。」

 

「構わないわ。今すぐ管理局の増援が来ないなら、別世界に逃げれるもの」

 

「管理局には、凶暴な原生生物に襲われた所を善良な魔導師に救われたと報告しておく。それで、時間が稼げるはずだ」

 

 どこまでも、協力的な態度を見せるグリーン。本当なら相手の態度を疑って掛かるべきなのだろうが、アスカはバニングス家の当主として、人の上に立つ為の帝王学を少なからず学んでいる。多くの使用人とも接してきた経験もあり、自分の人を見る目はあるつもりだ。この青年は嘘を吐いているような眼をしていない。どこまでもまっすぐで、自信に満ち溢れた瞳でアスカを見つめている。

 

 なら、信じてみようとアスカは思う。

 

「感謝するわね。それと、傷つけて、暴力を振るってしまって、ごめんなさい……」

 

「気にするな、アスカ。傷も癒やして貰ったし、後は自分でなんとかできそうだ。ほら、行った行った」

 

 少しだけ距離をとって丁寧なお辞儀をしながら謝るアスカに、グリーンは自分の事は気にするなと、言葉だけでなく、手振りも交えて伝える。アスカはもう一度だけ感謝の意を示すと、振り返らずに砂漠の空を飛び去って行った。

 その姿を見送りながら、グリーンはゆっくりと立ち上がる。まずは、救援要請と部下の応急処置を済ませなければならないだろう。しかし、頭からはナハトとレヴィの、怒りと悲しみに歪んだ姿がこびりついて離れなかった。

 

(いったい、自分たち時空管理局は何をしたのだろうか……人々の平和を守る組織が、幼い子供をあんなに追いつめるなんて信じられん……闇の書に関係あるのか……?)

 

 しばらくは、自らと部下の処遇や、彼女たちの事で悩みそうだと、ため息しか出ない状況に肩を竦めたグリーンだった。

 

◇ ◇ ◇

 

 数日後、時空管理局の本局においてプレシア・テスタロッサ事件の裁判を行っていたクロノ達は、フェイトに時空管理局員襲撃容疑の疑いが掛けられていることを知らされ、彼女の無実を証明するために、無断外出や魔法行使を一切していない記録を提出する手続きを行っていた。

 

 その後は、事件を調査している部隊から情報提供や詳細などを知らされ、クロノは無人世界における魔力蒐集事件の顛末(てんまつ)を知ることになる。

 

 魔力の蒐集を行うようなロストロギアは珍しくもない。だが、それが生き物を対象として魔力を無差別に蒐集し、守護騎士と呼ばれる人型のプログラムが行ったのなら話は違う。間違いなく、闇の書と呼ばれるロストロギアが関わっている。だから、クロノは蒐集された被害者であるグリーンと言う男の尋問をすることにした。

 

 そう、尋問だ。被害にあった自然保護隊の中で彼だけが黙秘を貫いており、事の顛末(てんまつ)を話そうとしないのだ。被害にあった局員は気絶や死ぬような目にあったせいで、記憶が混乱しているのか、内容がはっきりとしない。蒐集されたのが理由で、犯人は守護騎士かもしれないと局員たちは答えただけだ。おかげで、犯人の姿がどのような人間なのか見当が付かず、追跡が出来ない状況だった。

 

 まして、供述している意見の食い違いも大きい。局員たちは違法魔導師に蒐集された。襲われたと答えている。しかし、隊長であるグリーンは凶暴な原生生物に襲われたと答えており、最初はどちらを信用するべきなのか迷っている状況だった。可能性としては前者の方が高いが、原生生物に魔力を蒐集されたとも限らない。ましてや、現地は砂漠であり、熱さによって幻覚を見ていたのでは、という事も考えられていた。

 

 いまでは、調査が進んだことで違法魔導師に襲われたと断定している。他の局員のデバイスが、犯人の荒い画像をデバイスに収めていて、そこから似た人物であるフェイトに容疑者の疑いが掛かったのである。詳細な画像や記録はグリーンのデバイス『ネイチャー・ラヴ』が記録しているのだが、主人に似て義理堅いのか、情報を公開しない。無理に引き出そうとすると、AI諸共、データを抹消する勢いなので強硬策もとれないのだ。

 

おかげで、初動が遅れたのは致命的だ。

 

 犯人を庇うことは局員にとって重い罪である。グリーンは降格処分、三か月間の無料奉仕、半年間の減給が決定しており、このまま黙秘を貫くのなら最悪、時空管理局から除名される勢いだ。それは、マズいと。優秀な局員であり、真面目で仕事もできる彼を手放したくないと、彼の上司がレティ提督に泣きついたらしく。裁判がほとんど終わって暇なクロノにお鉢が回ってきたのだ。

 

 優秀な執務官で、グリーンよりも年下。闇の書の被害者でもあるクロノなら、彼も何か話すかもしれないという寸法なのだろう。クロノもそれを承諾した。

 

「失礼する。時空管理局本局執務官クロノ・ハラオウンだ」

 

「時空管理局自然保護隊のグリーン・ピースであります」

 

 尋問室のドアがスライドしてクロノが入室すると、グリーンは椅子から立ち上がって見事な敬礼をして挨拶し、クロノも答礼を返す。そのまま、お互いに椅子に座り、机を挟んで対峙した。

 

「さて……無駄だとは思うが念のため聞く。グリーン。君は事件の内容について話すつもりはないか? このままでは、君の立場はますます不利になるだけだ」

 

「そうですね。そろそろ頃合いでしょうし、自分は犯人に充分、義理を果たしました。話しますよ。事件の詳細を」

 

「そうか、話すつもりはないか、待て、話すのか……?」

 

 何だか、どこかで似たようなやり取りと同じことを繰り広げる二人。クロノは、いままで頑なに黙秘を貫いていたグリーンの急な態度の変化に、驚きを隠しきれず、目を見開いていた。 その様子をおかしそうに見つめながら、グリーンは事件の内容を全て供述し、デバイスに記録されていた情報も公開した。

 

◇ ◇ ◇

 

「それで、手の空いているアースラチームが、彼女たちを追いかけることになったんだ。闇の書事件の疑いもあるから、念のためにアルカンシェルも搭載したうえで出撃。はぁ、また休暇が返上かぁ」

 

「仕方ないさ。それが、僕ら時空管理局の仕事だ」

 

 目の前で改装作業を受けているアースラの姿を見ながらぼやいたエイミィに、クロノは苦笑しながら返事をした。あの後、グリーンから事の詳細を聞いたクロノや事件担当者は、事件の性質から闇の書事件の疑いがあり、そうでなくても、瓜二つの人間を模倣した人物が犯人という事で、他人をコピーするようなロストロギアが関わっていると判断した。少数の違法魔導師を捕まえる案件から、ロストロギア対策へと事件の全貌が切り替わったことで、大規模部隊が動員されることになり、手の空いているアースラチームが事件を引き継ぐことになった。

 

「それにしても、知り合いに瓜二つの子供が犯人だなんて気が滅入りそうだよ……」

 

「そのことについてなんだが、グリーンが気になることを話していたな」

 

「気になること?」

 

「ああ、月村すずかによく似た少女が、闇の書事件に巻き込まれて、管理局員に殺されたと叫んでいたらしいんだ」

 

「えっ……でも、前の闇の書事件が起きたのって11年前だよね。その時の犠牲者に、民間人はいなかったはずだけど……」

 

 エイミィが信じられないといった顔をする。前の闇の書事件は蒐集活動を行う前の闇の書を確保したが、移送中に防衛プログラムが暴走。一人の管理局員。クロノ・ハラオウンの父親、クライド・ハラオウンを犠牲に終結したはずであり、公式記録では民間人が犠牲になったという記録はない。

 

 クロノもエイミィの発言に頷いた。

 

「ああ、だから、この事件は予想以上に複雑なのかもしれない。まずは、現地に赴いて魔力の痕跡から転移先を洗い出す作業になる。すまないが、君たちにも協力してもらうぞ」

 

 そこで、クロノが後ろを振り向いて現れた人物に言う。

 

「もちろんさ。フェイトの姿を真似て、フェイトに迷惑を掛けるようなヤツなんて、アタシがぶっ飛ばしてやるよ」

 

「これ以上、なのは達の世界に迷惑はかけられないからね。サポートは僕に任てよクロノ」

 

「うん、私も画像に映っていた子たちが気になるから協力するよ。どうして、あんなに悲しい目をしているのか、理由を聞いて助けてあげたいから。なのはが、そうしてくれたように。今度は私が誰かを助ける番だから」

 

 アルフ、ユーノ・スクライア、フェイト・テスタロッサ。新生アースラチームが紫天の書のマテリアルを追いかけるために動き出す。

 事態はより混迷を極めていく。


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