リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

74 / 84
復讐者のレクイエム 不破なのはの日記 後編

 ○月×日

 今日はとても不思議な出会いがありました。

 八神はやてという名前の、同い年くらいの女の子です。

 

 すずかとアリシアの付き添いで、風芽丘の図書館に来ていた時に出会い、高いところにある本を取ってあげたのが切っ掛けでした。

 

 少しだけお話ししましたが、とても良い子でした。特に学校生活には興味津々で、自分も通ってみたいと憧れを口にしているのが印象的でした。でも……

 

 最後に会った、はやての家族という人。

 あの人は本当に人間なのでしょうか……何処か普通の人とは違う気配がするような。

 

 気のせいだといいのですが。

 

 帰りに、すずかとアリシアに相談。アリサにも電話して、はやてという子と、一度皆で会ってみる事になりました。

 珍しくわたしが気にする子ということで、ちょっと気になるみたいです。

 

 ○月×日

 図書館で、いつもの四人で談笑していたら、再びはやてと出会う事ができました。

 本人は、わたし以外の見知らぬ子たちに戸惑って、話しかけるのを遠慮していたみたいですが、こちらから話しかけることで打ち解けることができました。まあ、友達の友達は友達というやつです。

 

 特にアリサとアリシアは社交的で、誰とでも打ち解けるような性格をしているので、初対面でも平気な様子。それをきっかけにすずかも打ち解けて、あっという間に友達になってしまいました。

 

 意外と、はやては大人しい印象の割に、お喋りが好きみたいで。特にすずかとは好きな本のことで話題が盛り上がり、意気投合した様子。アリサとアリシアも家の事とか、お互い普段は何してるのかとか、いろんな話をしていて。

 

 わたしは、それを隣で聞いている。いわゆる聞き役に徹していました。

 話すの、苦手ですから。

 

 はやてとの会話を聞いていて思うのは、彼女に不思議な包容力があるという事でしょうか。

 

 わたしたち四人の中で、アリシアが一番会話の距離が近く、親しい相手なら抱きついたりすることも珍しくありません。だから、はやてにも後ろからぎゅうって抱きしめて、親愛の気持ちを行動で示していました。

 

 はやては、それに対して、「もうアリシアちゃんは仕方ないなぁ。とっても甘えんぼさんや」って優しく受け止めて。

 

 アリシアが車椅子のことで、質問して。それをアリサがちょっと怒ったように叱ると、それを優しく仲裁して、嗜めて。

 

 すずかとは違ったベクトルで優しいというか。例えるならそう……

 

 まるで、お母さんみたいな――

 

 

 

 わたしは何を書いているんでしょう。らしくありませんね。

 

 わたしに人に甘える資格なんてないのに。

 

 アリシアを傷つけて、助けられなかったわたしに……

 

 

 

 

 追伸

 今度、はやての家にお邪魔する約束をしました。

 はやての家にリムジンで、送り迎えもしたので、家の場所も判明しています。

 生憎、家族の方は留守にしているみたいでしたが、今度紹介してくれるそうです。

 

 なんでも、外国からはやてをお見舞いに来てくれた、遠い親戚の方だとか。

 この時点で何だか怪しさ満点なのですが、警戒くらいはしておきましょう。

 

 虐待されている様子もなさそうですし、杞憂だといいのですが……

 

 

 ○月×日

 

 何を書けばいいんでしょう。

 たくさん、書くことがありすぎて迷っています。

 本当に、たくさん。たくさん。

 

 今日は本当に素敵なことがありました。

 

 その、はやての家に遊びに行って、一日中遊んだんです。

 トランプをしたり、億万長者のボードゲームで遊んだり。あと流行のゲームで遊んでいるのを眺めたり。

 

 楽しむつもりはありませんでした。

 心の何処かで、わたしに日常を楽しむ資格なんてないんだって思っている自分がいたから。

 

 でも、はやてがお風呂場で、全部受け止めてくれました。

 

 わたしが誰も傷つかないよう。傷つけないように隠していた心を。負の感情を。溜め込んでいた想いを受け止めて、癒してくれた。

 一緒に笑ってくれるって。泣いてくれるって。逃げてもいいから無理しないでって。本当に自分のことのように心配してくれて。

 

 それが嬉しかった。

 

 あんなにいっぱい酷い事を言ったのに、全然嫌わないでいてくれて。むしろ心配されてしまって。だから、久々にあんなに泣いてしまいました。

 わたしの心は穏やかでした。こんな気持ちになったのは久々です。些細な楽しいことでも笑ってしまうくらいに。

 

 今だからこそ書きますが、本当は辛かったんです。

 不破の鍛錬の日々も、無機質な日常も。

 

 でも、家族が離れ離れになるのが嫌だから、本当は優しい父と、いつでも優しい兄が、わたしの事で争ってしまうのが怖かったから。だから、ずっと我慢していました。

 

 不安な日々も。明日が分からない未来も。自分の事も。周りのことも。心のどこかで目を逸らして生きている自分がいたんです。

 

 アリサもすずかも、わたしのことを心配してくれました。アリシアの天真爛漫さは、わたしの心を子供心に戻してくれました。ユーノさんは、いつでもわたしとアリシアを支えてくれました。でも、そんな優しい皆に、わたしの負の感情を吐き出してしまったら、今の関係が壊れてしまいそうで怖かった。怖くて、たまらなくて。その優しい心を傷つけたくなくて。だから、溜め込んで嫌なことも悲しいことも全部我慢して。

 

 ずっと耐えて。耐えて。耐えてきた。

 

 でも、それがいけなかったのかもしれません。

 

 はやてに優しくしてもらったこと。抱きしめてくれたことは素直に嬉しいです。でも、そのおかげで彼女を傷つけたこともまた事実。あとで謝っておかないといけませんね。

 

 それとシャマルさん達は良い人でした。出自は明かせないようですが、とても遠くから来た人たちで、わたしと同じくはやてに救われた人たちでした。そして、血は繋がっていなくても本当の家族のように、はやてを愛しているのだと。今日、一緒に過ごしてみて分かったので一安心です。

 

 それから、今日は父に。おとーさんに頭を撫でてもらいました、久しぶりにお帰りって言ってくれて。家族がまた、少しでも歩み寄れるんだって嬉しくなって。その時のわたしはきっと笑っていたと思います。

 

 だから、今日はとてもいい日です。

 

 わたしも、もう少しだけ頑張ってみようと思います。抱えてしまった罪を拭うには、まだまだ時間が掛かりそうですが。それでも少しずつ前へ進んでみたいと思います。

 

 たとえ、この手が血で赤く染まっているのだとしても。

 

 こんなわたしでも、誰かを救えるかもしれないと。もう一度信じて。

 

 ○月×日

 今日から夏休みです。

 アリシアがとてもはしゃいでいます。

 

 夏休みの宿題とは別に、アリシア専用の課題も出されているので、ちゃんと勉強しましょうって注意しておきました。わたしも手伝いますから。一緒に頑張りましょう。それに、アリサばかりに負担を掛けるわけにもいきませんし。

 

 あれからも八神家との交流は続き、はやての家族の方ともだいぶ打ち解けてきました。

 

 わたしはシャマルさんと特に仲がいいです。その、鍛練でよく怪我をするので、お医者さんの彼女に色々と、お世話になっています。彼女のおかげで痛む身体もだいぶ楽になりました。とても感謝しています。湖の騎士としては、その身体で鍛錬しすぎるのは止めたいそうです。

 

 だから、兄は幼いころから御神流を修めています。姉も七歳くらいの頃から同じ鍛錬を始めています。わたしなんて遅いくらいですよって言ったら呆れられてしまいました。でも、性分なのでやめられないんです。どんなに辛くても。

 

 今は鍛錬も頑張りたいと思っていますから。鍛錬しないと落ち着きませんし、これも日課です。

 

 他には、アリシアとヴィータさんの馬が合うみたいで、とても仲良くなっていました。お昼の唐揚げとか、おかずを奪い合うくらいには元気いっぱいです。まあ、はやての料理は美味しいので気持ちはわかります。シャマルさんの料理は……調味料を間違えなければきっと美味しいです。前の時は普通にできたのに、なんで失敗する時があるんでしょうね。

 

 それで、交流を続けるうちに夏休みにやりたい事の話になって、皆で海に行くことになりました。

 

 はやては海に行ったことがないそうですので、その希望を叶える形ですね。

 

 その途中で、アリサが海外旅行とかプライベートビーチなどを提案し、はやてが却下しました。費用はアリサの私財で全部出すとまで言いましたが、あまりの豪華さにはやてが委縮してしまい辞退した形です。わたしも、いくら掛かるんだろうと眩暈がしました。ちょっと手が震えます。

 

 そしたら、今度はすずかが、じゃあわたしが費用の半分を負担するから、それでいいよねと提案してきましたが。そういう問題じゃありません。普通の人は自家用ジェットとか、プライベートビーチとかありません。海の近くにある別荘とかで過ごさないんです。わたし達にはまだ早すぎます。絶対にお金のこととかで、気にしてしまいます。

 

 なので、はやてと一緒に普通のでお願いしますと頭下げました。

 

 安全面を考えるのなら、プライベートビーチのほうが良いに決まってますが、そこは守護騎士と名乗る皆さんにお願いします。下手な警備よりは安全でしょうし。

 

 引率はすずかの姉の忍さんと、わたしの兄にお願いすることにしました。

 海に行く日が楽しみです。

 

 

 ○月×日

 海水浴はとても楽しい思い出になりました。

 

 砂浜に着いた途端、アリシアが待ちきれずに駆け出して、熱くなった砂に返り討ちにされました。裸足で直に触れたものですから、相当熱かったと思います。そのまま転げまわりそうだったので、急いで抱きかかえて皆の所に連れて行きました。まずは日焼け止めを塗らないといけませんので。

 

 はしゃぐ妹を抑えて、一生懸命お世話をするアリサは、とても良いお姉ちゃんをしてくれていると思います。まるで、本当の姉妹みたいです。

 

 兄がビーチパラソルやレジャーシートなどの準備をして、シグナムさんがそれを手伝ってくれています。その間に忍さんは「おもしろアイテム~~」と言いながら巨大な水鉄砲を用意していましたが、見なかったことにしました。

 

 はやては、シャマルさんに抱えられて初めて見る海の景色に目を輝かせていました。その顔は本当に嬉しそうで、それを見ただけでも誘った甲斐があるというものです。わたしも久しぶりに海水浴に来ましたが、心なしか胸が弾んでいる気がしていました。楽しんでいる皆を見るのが好きで、それを遠目から眺めているだけでも幸せな気分になれてしまいます。

 

 そうしてすべての準備を終えたら、忍さんの掛け声とともに海辺に、わたしたちは一斉に海辺に駈け出して。

 

 水かけで楽しんだり、魔改造水鉄砲でアリシアをいじめた忍さんに、ちょっとお灸を据えたり。恭也号と名犬ザッフィー号が背中に子供たちを乗せて競争したりもしました。

 

 スイカ割りは純粋なアリシアとヴィータが皆の掛け声を素直に信じすぎて、すごい事になっていたのを遠目から眺めました。

 

 けれど、兄とシグナムさんはどちらが武人として素早くスイカを切れるのか勝負する事になり、わたしは付き添いでスイカを投げる仕事を手伝ったので、あまり見ることができませんでした。衆目の好奇の視線が恥ずかしかったです。

 

 ですが、二人そろって木刀でスイカを綺麗に叩き切ると、周囲から歓声が上がってちょっと誇らしかったです。勝負は引き分けですが、兄は剣士として尊敬できるすごい人ですし。それに真っ向勝負できるシグナムさんもすごい人です。そこを間近で見れたわたしはちょっと役得かもしれません。

 

 その後は、何故かバーベキューで使う松○牛と安物のお肉を掛けて勝負する催し物が行われました。

 

 ビーチフラッグではアリシアが圧倒的なスピードで砂浜を駆け抜けていきました。わたしも本気で勝負したのですが、瞬発力に勝るアリシアに勝てませんでした。わたしと良い勝負をするすずかですら追いつけないのは純粋にすごいことです。でも、ちょっぴり悔しいです。

 

 そしたら、見学していたはやての号令で、どこからともなく名犬ザッフィーが現れて、すべてを抜き去っていきました。ええと、それってありですか。と忍さんを見たら面白いからオッケーと両手で大きな丸を作っていました。

 

 ビーチバレーではすずかと一緒になったので優勝させていただきました。二人一組のバレーでは、身体能力以上にチームワークが試されますから。おかげ様で学校では組ませてはいけないという暗黙の了解が作られるほどですけど。大人げなかったでしょうか。

 

 意外といえば急遽チームを組むことになったアリサと謎の助っ人さんですね。筋骨隆々な褐色肌のお兄さんだったのですが、アリサのサポートを受けてすさまじいパワーでスパイクを決めてくる強敵でした。巷では天才少女と言われるアリサですが、運動神経も抜群のスポーツ万能少女でもあるので、敵に回すと厄介です。危うく負けてしまうところでした。

 

 後で助っ人さんの正体が、普段は狼の姿をしているザフィーラさんだと知って、とても驚いたのは内緒です。

 

 そうして海遊びも終わりを迎え、最後に夕日に照らされた砂浜で、はやてと一緒に砂の城を作りました。アリサ達も手伝ってくれて、おまけに波に負けないように立派な城壁を守護騎士の皆さんが作ってくれて。

 

 結局、城壁は波に負けてしまいましたけど。砂の城と一緒に、皆で夕日に照らされて写真を撮ったのは良い思い出です。今度、忍さんが写真を焼き増ししてくれるそうなので、海の思い出とともに、たくさんの写真をアルバムに飾ろうと思います。

 

 きっと素敵な思い出になります。

 

 だから、いつかこんな風に崩れ去ってしまうなんて悲しいことを言わないでください。

 

 はやてが悲しそうな顔をすると、わたしも胸が苦しくなります。友達が泣いているのを、困っているのを見ると、放っておけなくなります。何とかして助けてあげたいと、そう、思います。

 

 今度、一緒に夏祭りに行きましょう。きっと、今以上に楽しいですから。

 

 ○月×日

 最近はアリシアと一緒に日々を過ごしています。

 

 アリサが家の用事で、アリシアの面倒を見てあげられないときは、わたしが代わりに付き添っています。わたしは毎日の鍛錬以外はやる事がなくて暇だったりしますので。夏休みの宿題も7月中には終わらせてしまいました。

 

 ですが、アリシアは初めての夏休みではしゃいでしまい。夏休みの宿題や、授業の遅れを取り戻す課題が終わっていません。ちょっとずつ終わらせているそうなのですが、飽きると違うことをやりだすので、こうして一緒にお勉強したりもします。

 

 アリシアは数学の才能があるのか、計算が早いです。わたしも苦戦するような問題をすらすらと解いてしまいます。ですが、漢字や社会の問題が苦手のようで。ここは丸暗記と文字の練習をひたすらこなしてもらうしかありません。あとは分かりやすい覚え方ですね。

 

 何というか、わたしも人のことを言えないのですけど。アリシアはとても寂しがり屋です。だから、一人で勉強するのが苦手みたいで、こうして一緒に問題を解いていると嬉しそうに笑いながら、取り組んでくれます。わたしも数学で分からないところは、アリシアが教えてくれるので助かっていますし。

 

 分からない問題を解説するたびに褒められるのは、その、照れますけど。

 

 それが終わったら、一緒にはやての家におじゃましています。アリシアは、はやての家にくると気ままにごろごろしたり、ヴィータと一緒に遊んでいることが多いです。バニングスの家では礼儀作法に厳しいので、気を抜けるときはリラックスしたいんでしょうね。だから、アリサも息抜きに、こうしてアリシアを出掛けさせているのでしょうし。

 

 でも、慣れない環境で一生懸命頑張っているアリシアはすごいと思います。

 

 わたしは最近、はやての家で、シャマルさんと一緒に料理を習うことが多いです。授業で将来の夢について考えるように言われたとき、そういえば鍛錬と真面目くらいしか取り柄がないと気づきまして。こうして色々と挑戦する日々です。

 

 シャマルさんは、普段はしっかりしているのですけど。何でもないところでうっかりを発動させるので、ちょっと心配です。真面目な時は大丈夫なんですけど、ふとした時に気を抜いたりすると大変なことになります。主に調味料的な意味で。

 

 お肉の下ごしらえに白砂糖と塩を間違えるとは、甘い生姜焼きなんて初めて食べました。

 

 

 ○月×日

 アリシアがカブトムシを捕まえてきました。

 

 今日もはやての家で料理を学んだりしながら、思い思いに過ごしていました。そしたら麦わら帽子を被って虫取り網を手にしたアリシアが、ザフィーラとヴィータを伴って何処かに出かけていきました。そして夕方ごろになって帰ってきてみれば、何故か捕まえてきたカブトムシを渡されました。

 

 カブトムシは、わたしのデニムサロペット(肩紐付のジーパンみたいな素材でできた服です)の上に止まっています。意外と力が強いのか、腕に乗せると爪が素肌に食い込んで痛いです。今は肩あたりまで上ってきて、何故かわたしの顔を目指しています。

 

 ある程度、上ってきたら捕まえてお腹のあたりひっつけるの繰り返しです。本当にどうしてこうなったんでしょう。

 

 何でも昨日テレビでやっていた夏の特集に憧れて、虫取りに出かけたとかなんとか。

 

 あと、遊んでいた神社の森で狐の久遠と名乗る女の子と遊んだそうです。それから、ぎんがと雪虎と名付けられた人懐っこい猫と追いかけっこしたり、一緒に森を探検したりしたそうで。それで、カブトムシも一緒に探してくれて、夏の思い出として捕まえたんだそうです。

 

 とりあえず、カブトムシは夜になったら、そっと元の場所に戻しておきました。あと、捕まえたおわびに、木の幹に砂糖水を塗っておきました。アリシアも捕まえたかっただけで、ペットとして飼うつもりはなかったので、これでよかったのでしょう。

 

 帰りに虎模様の猫たちに懐かれてしまったのですが、八束神社には猫さんがたくさん住み着いているんでしょうか?

 

 

 ○月×日

 夏休みも終わりが近づいてきています。

 

 夏祭りの日が近づくにつれて、アリシアとヴィータが子供らしく浮かれていました。わたしも楽しみなのか、無意識にそわそわしているみたいで。アリサやはやてに指摘されると、ちょっと恥ずかしくて照れてしまいます。

 

 最近はわたしも、笑えるようになってきた気がします。アリサとすずかが献身的に支えてくれて、ユーノさんとアリシアは魔法のことで不思議な出会いをして、それから友達になって助け合って。

 

 アリシアのお母さん。プレシアさんと悲しい別れがあって……

 

 そして、はやてと出会って、彼女の優しさに受け止めてもらって、心の何処かで救われていて。

 

 こうして毎日を楽しそうに生きているはやての家族とアリシアの笑顔を見たり。夏祭りが近づいて浮かれている皆さんを見ると、わたしも幸せそうな気分になってしまいます。

 

 わたしも夏祭りが本当に楽しみです。

 

 ○月×日

 今日はアリシアとヴィータに連れられて近所のおじいちゃん、おばあちゃんと一緒にゲートボールの交流会に参加することになりました。ようやく時間がとれるようになったアリサとすずかも参加してくれて。はやて達は近くのベンチで見学している形になりました。

 

 ゲートボール。これが中々奥が深くて難しい競技でした。ハンマーを振る力が強すぎれば、転がっていくボールは明後日の方向に飛んでいきます。逆に力が弱すぎるとゲートまでの転がる距離が足りなくて、相手との差が開いてしまいます。ボールをゲートに通すには繊細な力加減と、狙った方向にボールを打つコントロール力が試されます。

 

 いつの間にかゲートボール仲間になっていたアリシアとヴィータはおじいちゃん、おばあちゃん達の期待の新人エースです。当然のように二つのチームに分かれて、競い合う二人は仲のいいライバル同士。それを皆で微笑ましそうに見守っていました。

 

 自分のボールが転がる途中で、相手のボールにあたった場合。スパークと呼ばれる"はじき"で相手のボールを明後日の方向に飛ばす事ができます。当然のようにヴィータはアリシアのボールをはじいてしまいました。ゲートから遠ざかるアリシアのボール。それを見るとアリシアが悔しそうにします。

 

 ですが、アリシアも負けていません。自分の打順が回ってくると、ボールとゲートを見比べて、頭の中で必要な打撃力やボールの転がる距離を計算して打っているようで。アリシアは一発でゲートにボールを通してヴィータに追いついていきます。

 

 あっと言う間に追いつくと、得意げな顔をして悔しそうにするヴィータを見るのですけど。ヴィータはヴィータで容赦なく邪魔をして、ボールをスパークではじいてしまいます。同じチームのおじいちゃん、おばあちゃんはあんまり二人の邪魔をしないので、必然的に決着が付くのは長引きそうでした。あれではあがりまで遠そうです。

 

 わたし達と言えば、ゲートボール初心者なのでおじいちゃん、おばあちゃんに打ち方を教えてもらって。地面に書いた数字の上に、上手にボールを止めるという遊びえ押しました。マス目の中に数字が書いてあって、ダーツのように真ん中に止めると5点。端っこは1点や2点です。決められた打数でより多くの点数を取ったほうが勝ちという単純な遊び。

 

 最初はわたしと、アリサと、すずかの三人で。途中からは、はやてやシャマルさん、シグナムさんを加えた皆で遊びました。車椅子の上からだと打つのが大変ですけど、それでも数少ないはやてが参加できる球技だったので、彼女は嬉しそうに笑っていました。

 

 その後も皆で楽しく遊んでその日は終わりました。特に誰とでも仲良くなれるアリシアと、常連のヴィータは本当のお孫さんのように可愛がってもらっているようで何よりです。

 

 はやての家に帰ったあとは夕飯を一緒にごちそうになって、いつの間にかアリサとシグナムが将棋で盛り上がるくらいに仲良くなっていました。アリサはああ見えて盤上遊戯が得意なので、皆の中では負けなしの存在ですね。わたしも本気になった彼女に一度も勝てたことがありません。

 

 彼女は自称ゲームマスターの忍さんが認めるくらいには強いです。アリシアが負けて泣き出しそうなほどに悔しがっていたので、あとで慰めてあげました。今頃はヴィータも同じように、はやてに慰められているのでしょうか。

 

 二人は悔しがり屋さんなので、しばらく将棋とチェスにはまりそうですね。わたしもアリシアに教えられるように少し勉強しておきましょう。まあ、バニングスのお屋敷で、アリシアがアリサに何度も挑んでいるかもしれませんが。その時はその時です。

 

 アリシア、意外とチェスとか強くなりそうな気がしますね。

 

 ○月×日

 アリシアと守護騎士の皆さんが戦隊を組んでしまいました。なんでしょうね。世の雲に隠れしヒーロー戦隊ヴォルケンジャーズって。赤がリーダーでヴィータ。桃色がシグナムさん。翠色がシャマルさん。それに藍色がザフィーラさんです。黄色はアリシアでした。趣味は近所のおじいさんとおばあさんの人助け。何故か専用の戦隊ポーズと決め台詞まで考え出して、妙に皆さん乗っています。バリアジャケット姿になれば、本物のヒーローみたいに見えます。

 

 それを見たはやては笑いを堪えきれないのか、お腹を押さえて蹲っています。笑いすぎて苦しそうです。普段とのギャップがかなり激しかったみたいで。熱血なシグナムとか、饒舌に決め台詞を喋るザフィーラとか。あまりにも唐突すぎるサプライズに腹筋をやられてしまったようです。

 

 まあ、これはあれですね。日曜日の戦隊ものに影響されてしまったみたいです。でも、人助けはいいことなので、しばらく付き合うことにしました。ちなみにわたしは助っ人枠でブラックです。いえ、戦隊もののヒーローは五人がちょうどいい数らしいので。

 

 今度、それぞれの色のマフラーを編んでもらうことになりました。赤いマフラーは正義の証とか。何とか。

 

 遊びに来たアリサも妙にノリノリで、ヒーローを裏で支えるお嬢様役になったりしています。すずかだけはちょっと遠慮気味です。たぶん忍さんにばれたら、碌なことにならないからでしょうね。絶対に悪乗りするにきまってます。悪の女科学者として、何かしらの発明品をぶつけてきそうなのが何とも。

 

 でも、それはそれで楽しそうですね。

 

 

 ○月×日

 今日は楽しみにしていた夏祭りの日です。

 

 天気も良くて、夕暮れの空にはあまり雲もありません。これなら雨が降る心配もなさそうですし、花火もよく見えそうです。外から和太鼓や笛の音が聞こえてきて、人々の喧騒がここまで届いてきそうなほど賑やかです。

 

 わたしは今、浴衣に着替えています。何でも母が幼いころに使っていた浴衣を仕立て直してくれたみたいで、ちゃんとわたしの背丈に合わせて作られています。夜空の布地に桜色の花びら模様が描かれた可愛らしい浴衣です。父はそっとこれを差し出して、何も言わずに縁側まで戻って行ってしまいましたが、気持ちは何となく伝わりました。

 

 ……もしも、もしも、おかーさんが無事だったら。昔みたいに優しかったおとーさんと、おねーちゃんで手を繋いで祭りまで行って。それをおにーちゃんがやさしく見守ってくれる。そんな家族みんなで仲良く過ごす光景があったのかな。

 

 …………らしくありませんね。

 

 そろそろ夏祭りに出かけようと思います。この日記の続きは帰ってきてから書きましょう。

 

 幸いにも八神家全員分の浴衣はアリサが用意してくれましたし、他の皆も今頃は同じように浴衣に着替えている頃です。少し早いですが、先に行って会場の下見をしながら、皆を待ちたいと思います。

 

 皆の浴衣姿が楽しみですね。それから日記の続きも。

 

 きっと海に行った日みたいに楽しい夏の思い出でいっぱいになります。

 

 ○月×日

 

 

 

 

 

 

 ○月×日

 何を書いたらいいのか分からない。

 

 神様はどうしてこんなにも残酷なんでしょうか。

 

 アリシアに続いて、はやてまで………

 

 〇月×日

 

 

 

 

 

 ○月×日

 ようやく気持ちの整理が、付いたかも、しれません。

 

 はやての足の麻痺は原因不明の先天性のもの。だけど、実際は違う。

 

 闇の書と呼ばれる魔導書の呪い。主に絶大な力をもたらす代わりに、一定期間蒐集しないと主を蝕んでいく機能がある。まるで、完成を急かすかのように。シグナムさんから説明されたときは耳を疑いましたが、真実なようです。

 

 そして、シグナムさん達が闇の書によって生み出された守護騎士。いわゆる闇の書の防衛プログラムなのだと説明された時も耳を疑いました。だって、人と同じように笑って、人と同じように悲しんで。毎日を一生懸命過ごしている彼らが人間じゃないなんて………話を聞いたときは、そう、思いました。

 

 けれど、今では彼女たちのことよりも、はやての事のほうが大事でした。もはや闇の書の呪いの進行は一刻の猶予もなく、放っておけばはやての命を蝕むまで止まらない。これを止めるために、シグナムさん達は自ら手を汚すことを選び、はやての為に日々を戦い続けている。毎日、傷ついた身体で帰ってきては、シャマルさんの治療を受けて、何事もなくはやての家に帰っていく。そして、はやてに心配かけないようにどんなに辛くても、苦しくても笑っている。

 

 わたしは……わたしはシグナムさんの話を聞いて。何かできるなら手伝おうとしました。でも、他ならぬシグナムさんに止められました。いわく、主はやての帰る場所を守っていてほしいのだと。秘密を共有する者として、はやての傍にいて支えてあげてほしいと。

 

 わたしは彼女たちの覚悟を無駄にできません。

 

 だから、家族のことを心配するはやてに真実を語らないまま過ごしています。できる限りはやての傍にいて、学校の帰りもはやてのお見舞いに行って。なるべく一緒に過ごすようにしています。彼女が寂しくないように。せめて、ヴォルケンリッターと呼ばれた大切なはやての家族たちの代わりに、少しでも一緒にいられるように。

 

 嘘を吐くのが苦しくないといえば嘘になります。けれど、わたしはそれ以上に大切な人を失ってしまうことのほうが怖い。母を失って。父も、姉もかつての面影を無くしてしまいました。優しかった家族はバラバラになってしまって。親しい人の死はそれくらい。ひとり、ひとりの人生を狂わせてしまうくらいに影響を与えてしまいのだと。わたしは知っています。

 

 アリシアもプレシアさんを失って、一部の記憶を改ざんしてしまうくらいに傷つきました。

 

 はやてを失ってしまったら、守護騎士の皆はきっと生きる気力を無くしてしまうでしょう。せっかく親しい友達になったアリシアやアリサ、すずかもきっとたくさん悲しんで、いっぱい涙を流してしまう。それが容易に想像できてしまう。

 

 わたしも、きっと泣き続けて、どうしようもなく胸が苦しくなって。今もそんな結末を認めたくないと心が泣き叫んでいる。

 

 そうなるくらいなら、たとえ誰かを傷つけることになっても、大切な人を守りたいと思うのは間違っているのでしょうか。もう二度と失いたくないと足掻くのは間違っているのでしょうか? わたしは、わたしはどうすればいいんでしょう……

 

 誰か、誰か助けてください……

 

 神様。どうか、はやてを奪わないでください。あの子の幸せを奪わないでください。

 

 ようやく、わたしたちは心の底から笑えるようになったんです。アリシアも元気になって、守護騎士の皆さんも海鳴の町に馴染んできて。父も何処か変わろうとしている。

 

 わたしも、誰も助けることができなかったジュエルシードの事件から、ようやく立ち直れて。これから平穏で穏やかな日々を皆で送っていくのだと、そう思っていたのに。

 

 はやてだって、今度は秋の紅葉を皆で見たり、クリスマスを皆で過ごすのが楽しみだって、あんなに喜んでいたんです。

 

 だから、だから、どうか………

 

 神様……

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 はやてが死にたくないと言うなら、わたしは……

 

 わたしも、覚悟を決めます。

 

 もう一度、魔法少女として立ち上がろう。

 誰かを守れるかもしれないと信じた。この力で。

 

 しばらく日記は書けそうにありませんね。

 

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 

 

 

 ○月×日

 

  

 

 ○月×日

 今日はみんなが、楽しみにしていたクリスマスです。おいしいもの食べて、プレゼントを貰って、サンタさんに会おうと頑張る日。はやてとアリシアがとても楽しみにしていたので、サプライズするこちらとしても張り切ってしまいます。

 

 蒐集のほうも間に合いそうでよかったです。守護騎士の皆さんが張り切ったおかげで、結局わたしが手伝うことはありませんでした。というよりも、この手を血で汚すことを止められました。

 

 その分、はやてが寂しくないように毎日お見舞いに行ったので、いまでは家族同然みたいな仲の良さです。わたしと、アリシアとアリサ。それにすずかの四人。いつまでもずっと一緒です。シグナムさん達も戻ってくれば、ようやく元の平和な日常を取り戻せます。

 

 

 お父さん。そして、天国にいるであろうお母さん。私は、なのはは今日も元気です。

 今は、少しだけ毎日が楽しく。けれど、友達のことで一抹の不安があります。

 でも、それさえ乗り越えればきっと楽しい日々が待っている。

 

 わたしは、そう信じている。

 

 将来の夢はわかりませんが、このままだと碌な事にならないのは目に見えています。

 いっそのこと、パティシエだったという母と同じ道を目指すのもありかもしれません。

 喫茶店を開きたかったという亡き母の夢をついで、素敵な旦那さんと一緒に過ごすなんて。

 

 きっと素敵な夢物語でしょうね。

 帰ったら、いろいろと考えてみたいと思います。

 

 まずは、家族と少しでも触れ合って、それからお母さんのことを少しでも聞ければいい。

 私があまり知らない。お母さんのことを、たくさん聞けたらいいな。

 

 疎遠になっている姉とも、一緒に過ごせるようになれば幸いです。

 ううん、嬉しいのかな?

 

 お父さんが、一緒にやり直そうって言ってくれて。ちょっと信じられないけど。

 でも、夢じゃないんだって思います。

 

 もしも、幼いころのように家族みんなで過ごせたら。優しい日々を過ごせたら。

 それはきっと幸せなことなんだって思うから。

 

 でも、今日は皆で楽しみにしていたクリスマスなので。

 続きは帰ってきてから書こうと思います。

 

 それでは、行ってきます。

 

 かしこ。

 

 

 

 

 

 この先のページは涙で濡れたまま、何も書かれていない。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。