リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき   作:観測者と語り部

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act1 いつも一緒にいてくれてありがとう『アルフ』

 それは、とてもとても小さなころの記憶。

 

「ねえ、リニス。この子、だいじょうぶなの?」

「そうですね。たぶん、安心して眠ってしまったのだと思います。使い魔の契約で疲れているでしょうから。今はそっとしてあげましょう」

「さあ、『アリシア』。貴女も、もう寝る時間です。今日は皆で一緒に眠りましょうか」

「うんっ!!」

 

 それは、ずっと傍に居て欲しいと約束した女の子と。自分の事を一生懸命世話してくれた。育ての親との出会いの記憶。

 

「あははははっ―――」

「お~い、『アルフ』。待ってようっ!! 置いてかないで~~~!!」

「あんまり遠くに行ったらダメですからね~~~!!」

 

 それは、いつも元気いっぱいだった。大好きなご主人様との記憶。あたしの前ではいつも笑っていて。一緒に、アルトセイムの草原を駆け回ったりすることが大好きで。だけど、ひとりになると寂しそうに笑う女の子。

 

「ボクのせいでアルフは小っちゃいままだけど。身体の調子が良くなったら、ちゃんと大人になれるってリニスが言ってた」

「だから、心配しないで」

「ん~~、えへへ。『アリシア』。大好き~~」

 

 だから、起きているときは、ずっと傍にいるよう寄り添ってた。あまり彼女のリンカーコアに負担を掛けたくなくて、無意識に眠っているときも多かったけれど。それでも、ずっとずっと傍にいる約束を果たすために、大好きなご主人様の傍にいた。

 

「アルフ。こっち、こっち」

「ここで眠ってる子は、ボクの妹なんだ。今はまだ目を覚ましてないけど」

「起きたら一緒に遊ぶんだ」

 

「その為にも母さんの病気を治して、迷子になったリニスを探しにいかないとね」

「もちろん、バルディッシュも一緒」

 

「ボク、頑張るね。それから大きくなったら一緒に遊ぼう」

「それまでは悪いけど、いい子で留守番しててね」

「大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」

 

 でも、そんな平和な日々も唐突に終わりを告げて。『アリシア』は何処かに旅に出るようになった。相棒の戦斧と共に、たったひとりで何処かに出かけていく。あたしは追いかけて行きたかったけど、小さな身体のままでは足手まといになる。だから、また眠ることにした。

 

「紹介するね。こっちに居るのがなのは。初めて出来たわたしの友達なんだぁ。えへへぇ、すごいでょ~~?」

「安眠している手前、申し訳ありません。私は不破なのはと申します。以後お見知りおきを」

 

 それから、いつの間にか『アリシア』に友達ができた。

 

「あんたは今日からアリシア・T・バニングス。アタシの大切な友達で、妹」

「今日から、よろしくね」

 

 次に目覚めた時には、新しい家族になったバニングスの家で、平和な日々を過ごすことになって。

 

「今日もアルフはいい子ですね」

「わんっ!!」

 

 専属の世話係であるメイドの人は、いつも毛並を整えてくれてブラッシングもしてくれる。毎日出される食事は美味しくて、一緒に暮らしている犬たちと仲良く、競い合うように食べたりもした。暇なときは、お屋敷の子犬たちと一緒に遊んだりもした。

 

「アルフ。アルフ。お稽古終わったよ~~。一緒に遊ぼう!!」

「こらっ、稽古のドレス着たまま遊ぶな。ちゃんと着替えなさい~~!!」

「やばい。着替えるの忘れてた。アリサ姉ちゃん怒ってるっ!!」

 

 そして、大好きなご主人様は、よく笑うようになってくれて。毎日が大変そうだけど、とても楽しそうだった。ちょっと痩せているのが心配だったけど、ここに来てからは見る見る健康的になっていって。顔色もとてもよくなった。

 

 ちゃんとご飯も食べているようで、一安心だ。ここにいれば『アリシア』も元気でいてくれる。もう、寂しい思いをする必要はないんだ。

 

「みんな、散歩に行ってくるね」

「あたしも不安だから一緒に行くわ。迷子になられたら大変だもの」

「ええ~~、大丈夫だよ?」

「……昨日迷子になって、大騒ぎになったばかりでしょうが。まあ、お屋敷がとても広いから仕方ないけど。別に、アリシアが心配な訳じゃ……いや、心配だわ」

「えへへ、心配してくれてありがとう。『アリサ』」

「アタシはアンタのお姉ちゃんで友達だもん。当然よ」

 

 もう一人のご主人様になった『アリサ』はとても面倒見がよくて、よく『アリシア』の世話を焼いてくれた。寂しくないように気を配ったり、不安なことがないように色んなことに手を回したり。分からないことがあったらよく教えてくれたり、言い聞かせてくれたりしてくれる。とても優しくて、頼りになる。勝気で姉御肌な人。

 

「アルフも、何か困ったことがあったら、あたしに言うのよ?」

(大丈夫だよ。だって、お腹がすかないし、ごはんもおいしいし、寂しくないもん。アリサの事も大好き!!)

「……う~ん、やっぱり何言ってるのか分からないわね」

「アルフはね。アリサの事が大好きだって」

「うひゃあっ!! って、いつの間に木の上にいるのよ!?」

「えっと、そこに木があったから?」

「理由になってない!!」

 

 『アリシア』と『アリサ』はとても仲良しで。あたしも、そんな二人と一緒にいることが好きで。毎日がとても楽しくて。幸せで。すごく、嬉しかった。

 

 だけど……

 

「……死んじゃった。あんなに元気いっぱいだったアリサお姉ちゃんが、死んで。あ、ああ! 死んで、もう動かない。朝だぞ、起きなさいよ、ねぼすけとか。アンタね~~てっ怒ってもくれない。こんなのってない!」

 

「アルフは幼い頃からずっと一緒にいてくれた大事な家族でっ……ずっと一緒にいようねって約束したのに、なのに……どうして………」

 

 とても、悲しいことがあって。突然の別れに何もできなくて。傍にいたいのにあたしの体は……もう、動かない。

 

 ねえ……泣かないで。

 

 どうか、笑っていて。

 

 あたしが、ずっとそばにいるから……

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 12月に入り、クリスマスも近くなった頃。ディアーチェによって半数近くが戦闘不能にされたアースラチームは再び動き出した。行方をくらませたマテリアル達と、連れ去られた八神はやての行方を追うためだ。

 

 そんな時に、急に複数の反応が現れた。それも闇の書に酷似した反応で、それに対処するために動き出すことになった。

 

 海鳴の上空。かつてジュエルシード事件の時にフェイトが滞在していたマンションのある立派な街並み。遠見市とも呼ばれる場所は、静寂に満ちている。

 

 クリスマスも近いというのに人々の喧騒すら聞こえてこない。それもその筈、管理局が街に被害を及ぼさないようにするために、結界を張ったから。

 

 闇の書に酷似した反応は、街の複数の箇所にわたって広がったり、消えたりしており、調査のためにいくつかのチームに分かれて展開している。

 

 ジュエルシード事件の罪滅ぼしのために嘱託魔導師となったフェイトとアルフも、そのチームの一つだった。

 

「フェイト。ここら一帯が不思議な魔力反応があった場所だよ」

「うん、分かってる。アルフ、気を付けて行こう」

「フェイトはアタシが守る。変な奴がいたらぶっ飛ばしてやるっ!」

「えっと、まずはちゃんとお話ししないとだめだよ?」

 

 バリアジャケットを展開し、黒衣のマントと金糸の髪を風にはためかせながら、フェイトは街の上空で警戒する。

 

 闇の書と似たような反応ということで、誰かが攻撃してくる可能性があるかもしれない。ヴォルケンリッターの面々は捕縛されたが、強大な力を持つディアーチェやナハトは潜伏したままだ。

 

 これが、逃亡を続ける彼女たちの用意した策だとしたら、管理局に対して容赦のない攻撃が始まるだろう。

 

 彼女たちはそれだけのことをされて。それ以上の悲しみと憎しみを抱えてしまっているから。管理局に対して何をするのか分からない。

 

 フェイトはアスカの話を聞いて。向こうの世界の自分たちの境遇を思って。今でも涙を流してしまいそうになるし。彼女たちの事を思えば思うほど、優しい心も張り裂けそうだった。辛くて。痛くて。悲しい気持ちになってしまう。

 

(いけない。しっかりしなきゃ)

 

 思わず首を振る。もしも、ディアーチェやナハトが現れたら。向こうの世界の自分自身ともいえるレヴィが現れたら。フェイトは立ち向かえるんだろうか。もしも、復讐の続きをしようとしているなら止めないといけないのに。

 

 フェイトは母親の指示に従って前の事件で、ジュエルシードを集め。最終的には虚数の底に落ちかけた。眠り続けるアリシアと、それに寄り添い続けた母のプレシアが、虚数空間に落ちていく様を見ながら。空しく手を伸ばした。

 

 フェイトはなのはとクロノによって助けられたものの。もしも、止まらなかったら。きっとフェイトも母親と一緒に虚数の底に落ちていたかもしれない。

 

 ディアーチェ達も同じように行き着く果てまで行ってしまったら。待っているのは破滅かもしれないのだ。そうなる前に、フェイトは手を差し伸べたい。あの日、なのはやクロノがそうしてくれたように。

 

 アスカとも約束した。マテリアルの皆を絶対に助けるんだって。

 

 そして、できればレヴィの本当の『なまえ』も呼んであげたい。あの日、なのはがフェイトのなまえを呼んでくれたように。会って、友達になりたい。もう一度、みんなでやり直したい。

 

 世界はこんな筈じゃないことばっかりで。悲しいこともたくさんあるけれど。楽しいこともちゃんとあるんだよって伝えて。明るい未来を一緒に歩いていきたい。

 

 それがフェイトの今の戦う理由で。まっすぐな気持ちだった。バルディッシュも新しくなって、カートリッジシステムを搭載し、バルディッシュ・アサルトになっている。体調は万全。あとは、フェイトの気持ち次第だ。

 

「フェイト。あそこ」

「どうしたの?」

「ほら、あの公園に誰かいる」

 

 上空でアルフが指を指す。そこに目を向けると、確かに人影が動いているようだった。ここからでは遠すぎて判別できないが、小さな子供のようにも見える。

 

 管理局の展開している隔離結界は、対象を作り出した位相空間に文字通り隔離する。よほどの事がない限り一般人は巻き込まれない筈だった。ならば、公園にいる人影は、サーチャーに反応のあった闇の書に関わる人物かもしれない。魔力反応もそれに酷似している。

 

「行ってみようアルフ。まずは話し合いと、任意同行の確認をして。それからどうするか決めよう」

「フェイト。気を付けて行こう。何があるか分かったもんじゃない」

「うん、気を付けるよ」

 

 フェイトとアルフはゆっくりと、その人影を逃がさないよう注意しながら、公園の近くに降り立った。相手を警戒させないようにゆっくりと近づいて行って。

 

「こちらは時空管理局嘱託魔導師のフェイト・テスタロッサです。あの、よければ――」

 

 そして固まった。

 どこかで見たような少女。いや、可愛らしい幼女が居たからだ。

 

「あれ、あれ?」

 

 混乱しつつもフェイトは隣を見上げる。よし、アルフはちゃんとそこにいる。もう一度、前を見る。小さな『アルフ』がいる。

 

「アルフがふたりいる? えっと……アルフ?」

「あ、あたしにも分かんないよ。でも、確かにあたしとそっくりというか。小さくて、まるで昔のあたしみたいというか」

「ありぇ、ふたりともだぁれ~~?」

 

 混乱する主従に、公園のブランコに座って揺れていた小さな『アルフ』が声を掛けてきた。その顔はとても無邪気で、なんだか嬉しそうだ。橙色の尻尾も嬉しそうに揺れているというか、ぶんぶんと上下に振れている。

 

「小っちゃいアルフ。舌っ足らず……なんだか、かわいい」

「あ、あんまりジロジロみないどくれよ。いくら違う自分だとしても、なんか恥ずかしくなっちまう」

「でも、とっても可愛いよ?」

 

 そんな小さな『アルフ』の姿にフェイトは魅了され、アルフはとても恥ずかしそうにしていた。

 

「あっ――!」

 

 小さな『アルフ』は橙色の尻尾と獣耳を無邪気に動かしながら、ブランコを飛び下りると、幼子がするように全力で駆け寄ってきた。そしてフェイトにタックルするみたいに飛びついてきて、その幼い体でぎゅうっと、しがみついてくる。

 

「『アリシア』。『アリシア』だ。ねぇねぇ、どこ行ってたの?」

「それに、お姉さんはだぁれ? なんだかとっても大きいね。わたしに似てりゅ?」

 

 その言葉にフェイトとアルフは、驚いたように固まる。心臓が激しく鼓動を打ち始め、指先が緊張したように動かなくなる。

 

 つい先ほどまで、向こうの世界の悲しい話を聞いたばかり。なら、その正体も自然と察しが付いてしまう。フェイトのことを『アリシア』と呼ぶアルフなど一人しか心当たりがないのだから。

 

「この子……」

「向こうの世界の、あたし……?」

 

 まるで幻影魔法でも見せられている気分だった。

 

 何故なら、アスカの話によればマテリアルとなった少女たちだけじゃなく、病院にいた人々も全員が氷漬けにされて。痛みもなく寒さとともに眠らされてしまったのだから。直接的な言い方をするなら死んでしまった者たちで。

 

 今はもう、ここにいる筈のない存在だった。

 

 それとも、マテリアルのように生まれ変わったのだろうか。フェイト達の頭の中を疑問が駆け抜けていく。

 

 でも、抱きしめてくる幼い身体は、すごく温かくて柔らかい感触がした。とても幽霊だとか、幻だとかそんな風には思えなかった。

 

「……どうしたの?」

「あのね。ちょっと、お姉さんとお話ししようか」

「『アリシア』? お姉さん?」

「――違うよ。わたしはフェイト・テスタロッサ。『アリシア』とは……そうだね。姉妹みたいなものかな」

「うぅ~~~???」

 

 フェイトはしゃがみ込んで、幼い『アルフ』と視線を合わせながらそう言う。

 

 小さな『アルフ』は、フェイトの言葉に疑問符をたくさん浮かべて、首を傾げていたし。激しく動いていたお耳と尻尾も、垂れ下がって。よく分かんないよって感情表現をしていたけれど。

 

 しだいに、納得したのか。どうでもよくなったのか。花が咲いたような明るい笑顔を浮かべた。

 

「『アルフ』、へいととお話しするっ!!」

「……ありがとう。いい子だね」

 

 そんな元気いっぱいで、幼い彼女をフェイトは強く抱きしめる。その心の内側は決して穏やかではなくて。この子のことを想えば想うほど、悲しくて心が張り裂けそうになる。だって、こんなにも明るく笑っている『アルフ』は、本当に楽しそうで、幸せなんだったと理解できてしまうから。

 

 だからこそ、それを理不尽に奪われてしまった事を思うと。本当にやるせなかったのだから。

 

(フェイト……)

 

 そんなご主人様の心を、使い魔として心のつながりで理解しているアルフは、悲しそうに俯いた。無邪気に尻尾と獣耳を激しく揺り動かす幼い『アルフ』とは対照的に、その獣耳と大きな尻尾は垂れ下がり続けていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

「あのねあのね。それでね。『アリサ』がね。がお~~ってライオンみたいに怒るの」

「ふふふ、そうなんだ」

「でね、『アリシア』がわたしを抱えて、うわぁぁぁってお庭で逃げ回って。お屋敷で、お仕事してた黒い犬の友達も、ご主人様と新しい遊びだ~~って一緒に駆け回ってれて。いっぱい、いっぱい遊んでくれるの」

「なんだか、とっても楽しそうだね」

「うん! 楽しい! 毎日毎日とっても!!」

 

 フェイトは幼い『アルフ』を膝の上に乗せて、公園のベンチの上で話を聞いていた。隣には神妙な顔つきをしたアルフが、腕を組んで立ちながら周囲を警戒している。

 

 幼い『アルフ』の話を要約するとこうだ。

 

 いつの間にか知らない場所で目が覚めて。気づいたら空の上にいたこと。『アリシア』や『リニス』を探して、不思議な空間に覆われた街をさ迷い歩いていたこと。疲れて、公園で休んでいたこと。心細くて、寂しくて。泣きそうになっていたら。目の前にへいとと、自分によく似た大きなお姉さんが現れたこと。

 

 記憶がところどころ曖昧だったけれど、幼い『アルフ』が自分の最期を覚えていなかったのは幸いだったかもしれない。けれど、覚えている記憶の時系列はバラバラで。アルトセイムで『アリシア』や『リニス』と過ごした記憶はあるのに。『プレシア』の事を覚えていなかったり。時の庭園やバニングスのお屋敷の場所を忘れていて。帰る場所を知っているのに、帰れなかったりとチグハグだ。

 

 おまけに自分がどうしてここにいるのか分からず。時折、頭が酷く痛くなったり、身体が寒くなっていったりと、不安になることもたくさんあったらしい。彼女が現れてからどれくらいの時間が経過したのか分からないが。それでも、立て続けにそういう症状が現れているとなると、フェイトとしてはどうしても放っておけなくて。何とかしてあげたいと思ってしまう。

 

 だって、目の前の小さな女の子は『アルフ』なのだ。群れからはぐれてしまって、ひとりぼっちで。今にも死んでしまいそうに弱っていく小さな狼をどうにか助けてあげたくて。リニスに使い魔の契約の呪文と魔法を教えてもらって。ずっとずっと傍にいる約束をした『アルフ』なのだ。

 

 世界は違くても、残されたフェイトの家族であることに変わりはなくて。だからこそ、無邪気に笑いがらも、時々苦しんだ表情を見せる小さな女の子を、どうにかして助けてあげたくて。フェイトは悩んでいた。

 

 そんなご主人様の苦悩を察しているアルフも、同じように悩んでいる。どうすればいいんだろうと。

 

 どうすれば、この子にとって救いになるのだろうと。

 

「それで、お屋敷のみんなはとっても優しくて。『にゃのは』も『すずか』も優しくしてくれ、て……」

「っ―――大丈夫!?」

「しっかりするんだ。おチビちゃん!!」

 

 急に自分を抱きしめて、蹲ってしまった幼い『アルフ』を見て、アルフは思いっきり歯噛みする。

 

「寒い……寒い……」

 

 小さな『アルフ』はときどき思い出したように寒がったり、泣き出したりする。そして、それが収まると何事もなかったかのように笑うのだ。フェイトとアルフを心配させないようにと、涙の痕を隠して、一生懸命に、元気いっぱいに笑うのだ。

 

 フェイトも、アルフも、発作のように襲ってくる寒さや頭痛をどうにかしようと。治癒魔法を掛けたりしてみたが何の効果もない。存在を維持する魔力が足りないのかと思ったがそれも違う。

 

 せいぜい、できるのは。幼い『アルフ』が寂しくないよう、不安にならないよう、フェイトが抱きしめてあげること。そしてアルフが力強く、その小さな手を握っててあげることだけ。そんな事しかしてあげられない。

 

「くっそう、どうすればいいんだい」

「はぁ……はぁ……『ありしあ』……どこ?」

「しっかり! わたし、ここにいるからね! 『アルフ』の傍にいるから!!」

 

 発作を起こした幼い『アルフ』は目の焦点が合ってないのか、握られてない方の手を震わせながら、虚空に向けて小さな手を伸ばす。まるで、そこに誰かがいるのではないかと幻でも見ているみたいに。

 

 荒い息を吐きながら苦しんでいる。そんな幼い『アルフ』を支えながら、フェイトは一生懸命声を掛けるけれど。意識が朦朧としている幼い『アルフ』には、あまり届いていないようで。

 

 アースラに通信しようにも、何故か通信状態が悪く音信不通で。助けを求めようにもどうすればいいのか分からない。誰か、頼れる誰かを探してみても、この症状が何とかできるとは思えなかった。少なくとも魔法で治療とか、医療技術で治せるとかそういう類ではない。

 

 まるで、過去の記憶を再生しているかのような現象に。フェイトとアルフはどうすることもできなくて。フェイトは幼い『アルフ』を膝枕で寝かせながら、泣きそうな顔で発作が治まるのを待つしかなくて。

 

「――泣かないで」

 

 そんな時に、声が聞こえた。

 

 小さくて、か細い声。

 

 でも、誰かを慰めるような、とてもとても優しい声。

 

「――ねえ……泣かないで……」

「――どうか、笑っていて……」

 

 いつの間にか、幼い『アルフ』がフェイトを見ていた。フェイトに優しく、儚げに笑いかけていて。その、小さな手をフェイトに伸ばして、涙で濡れた頬を拭った。そこで、初めてフェイトは自分が泣いていたことに気が付いた。

 

「――あたしが、ずっとそばにいるから……」

「――『アリシア』の傍に、いるから……」

「――ふぇいとの、傍に、いるから……」

 

 その言葉でフェイトは声にならない悲鳴を抑えながら、俯いた。泣き叫びそうになる自分がいた。この子はこんな時でも、『アリシア』を想ってくれている。フェイトを想ってくれている。

 

 かつて、幼いころにした約束を、こんな時でも叶えようとしてくれる。

 

 母さんに見てもらえなくて、ひとりぼっち寂しくて。リニスに励まされながら過ごしていた自分が。無意識に、寂しくないように、ずっと傍にいることを願って契約した。その約束を、最期の瞬間まで果たそうとしてくれている。

 

「あんた、ばかだよぅ……」

「こんなときくらい、苦しくて、悲しくて、辛いよって」

「そう言ってくれても、いいじゃないのさ――」

「―――ごめん……ごめんね……」

 

 そんな、もうひとりの自分の姿を見て。アルフは幼子のように泣いた。フェイトももう涙を堪えきれなかった。せめて、せめて『アリシア』にだけでも。レヴィとなって今も生きている本当のご主人様に会わせてあげたい。

 

 でも、その身体は生きているように温かいままなのに。寒さに苦しんでいる幼い『アルフ』は今にも消えてしまいそうで。その姿もだんだん薄くなっているような気がして。もう、あまり時間がないのだと、そう、理解するには充分で。

 

 なら、自分にできることは。せめて、フェイトにできることは……

 

「……っ、バルディッシュ!」

「YesSir」

「終わらせてあげよう……『アルフ』の悪い夢を」

「今度は、迷子にならないように……」

「幸せの、夢を見て……いつまでも、笑っていられるように」

 

 声を震わせながらフェイトはそう呟く。

 

 待機状態のバルディッシュを展開して、黒い戦斧が形となってフェイトの手に広がる。足元に広がる閃光を放つ魔法陣。黄色のミッドチルダ式魔方陣が、フェイトを中心にして幼い『アルフ』を包み込む。

 

「アルカス・クルタス・エイギアス――」

 

 そして、フェイトは小さな『アルフ』を膝の上で寝かせながら、バルデッシュを横に掲げて静かに呪文を唱えていく。

 

「疾風なりし天神、今、導きのもと――」

 

 小さな『アルフ』の身体を優しい閃光の光が包み込んでいく、暖かな輝き。それに包まれても、『アルフ』はフェイトを見上げ続けていて。その幼い表情からは信じられないほど優しく笑っていて。

 

「『アルフ』の、悲しい、夢を……」

 

 そして、フェイトのか細くて消えそうな……今にも泣きそうな声とともに。

 

「どうか、終わらせてあげて」

 

 眩いほどの光が、フェイトと二人のアルフ(『アルフ』)を。辺りを包み込んだ。

 

――ずっと一緒にいるって約束、まもれなくてごめんね。

 

――大丈夫。今度はひとりじゃないから。ちゃんと一緒に、アルフと一緒に歩んでいけるから。

 

――それに、こんな私にも友達ができたんだよ。

 

――だから大丈夫。あの子もきっと大丈夫。

 

――ちゃんと私と同じように歩んでいける。迷っているのなら手を伸ばす。支えてあげる。わたしがちゃんと手を引っ張るから。

 

――だから、安心して。もう、眠っていいんだよ。今度は優しい夢が見れるように。

 

――……良かった。

 

――あのね……

 

――泣いてる『アリシア』を、みんなを助けてあげて。

 

――ありがとう、フェイト。

 

――助けてくれて、ありがとう。

 

――がんばれ、もうひとりのあたし。

 

――ばいばい、ね?

 

 全ての閃光が輝きを放ち終わったとき。フェイトの膝の上には誰もいなかった。

 

 確かな温もりと、確かな感触だけが。幼い『アルフ』がそこにいたのだと伝えてくれていて。

 

 フェイトはアルフに抱きしめられて、その胸の中に蹲りながら。小さくすすり泣いた。『アルフ』と『アリシア』の最期を思って泣いた。

 

 どうか、次こそはちゃんと幸せになれますように。

 

「フェイト。大丈夫かい?」

「うん。いこうアルフ」

「きっと同じように苦しんで悲しんでいる人がたくさんいるかもしれない」

「だから、終わらせてあげよう。『アリシア』たちの、悪い夢を」

 

 フェイトとアルフは結界に包まれた空間を飛び去っていく。今度こそ悲しい結末で終わらせないために。こんな筈じゃなかった未来を迎えてしまった。もうひとりの自分たちを助けるために。

 

 優しい金の閃光は、再び空を駆けていく。その優しさで誰かを助けるために。

 


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