リリカルなのは アナザーダークネス 紫天と夜天の交わるとき 作:観測者と語り部
灼熱と極寒の二つの顔を持つ世界は今、夜が訪れていた。美しい月や星が輝くなかで、砂漠と荒野の大地は生物の熱と体力を 瞬時に奪う恐ろしい極寒地獄と化している。あの後、無事に帰還したアスカは、事の詳細を聞きつけたシュテルによって、映像通信越しからレヴィ、ナハトと共に説教されるという憂き目にあってしまう。
何でも尋問していた管理局員から、最近、無人世界で派手に暴れまわる魔導師がいるという情報を聞き出し、気になって通信してきたらしく。苦笑いするレヴィとナハトから無理やり聞き出したらしい。管理局員を殺しかけたことによって、退くに退けない状況を作りだしかけたことと、ばれない様に細心の注意を払って尋問してきたことを台無しにされてしまい、ブチ切れたシュテルは、アスカ達を映像越しからでもわかる重圧と共にOHANASIした。
隣で巻き添えを食らったディアーチェが泣きながら気絶していたのが、印象的だったとアスカは思う。
シュテル達の行ってきたことは尋問という名の質問。要するに困ったふりをして"親切な管理局員"から情報を聞き出すという事をしていたらしい。断片的な情報をつなぎ合わせて、シュテルが推理するという何とも手間の掛かることをしていた。
今から管理局に敵対行動をとると、追われることとなってしまい、動くに動けない状況を作りだすことになってしまう。警戒され対策も取られると、少数による奇襲が出来なくなる。
というのがシュテルの表向きの理由。
実際は、世界情勢や管理局の状況を聞き出して、どこが安全か判断した後に、ディアーチェ達を説得して復讐をやめさせ、静かに平和に暮らそうなんてシュテルは考えていた。言い出しても、復讐に燃えるディアーチェ、レヴィ、ナハトに反対されるのは、出発前の態度で分かり切っていたから、頃合いを見て説得するつもりだったのだが……シュテルの秘密主義が仇となったようだ。
管理局と敵対してしまったことで、追われることとなってしまう。シュテルの心境は如何なモノだろうか……
レヴィ、アスカ、ナハトに、これ以上余計な真似をするなと念を押して、シュテルは通信を切った。訓練は充分だし、力もつけてきたようだから、今後は管理局の追手が来る前に合流してほしいとの事だった。
◇ ◇ ◇
外の世界は吹雪のような砂塵が吹き荒れ、拠点にしている洞窟内も寒い。アスカが洞窟に張った結界に炎熱変換された魔力を流し込み、ナハトが流された魔力を制御することで洞窟内に即席のエアコンを作り、三人で暖を取っていた。
今日の実戦訓練と局員との戦闘で、少なからず消耗した身体による転移魔法は難しい。今日は一日休んで、次の日にシュテル達のところへ転移する予定だ。
「こんな時はアスカちゃんの魔法って便利だよね。火は応用できる事がたくさんあるもの」
少しでも皆で暖を取ろうと狼形態に変身していたナハトが呟く。もっとも、彼女のモフモフした毛皮は現在レヴィに独占されていたが。レヴィはすやすやと呼吸を乱さず、安らかな寝息をたてて眠っている。
「それを言うならナハトの結界や拘束魔法だって応用が効くじゃない。ようは発想とその場に適した魔法の使い方次第よ」
ナハトの呟きに答えたアスカは、反対側の平らにした岩で寝そべりながら不満顔でレヴィを見ていた。生前、犬好きだったアスカがモフモフに興味を示さない訳がない。しかし、柔らかくて暖かいモフモフは瞬時にレヴィによって占領されてしまい、仕方なく義姉として我慢していた。
(いつか、あのモフモフをアタシも独占してやるんだから!)
心の中で強い決意を抱きながら、アスカは身体を起こした。やはり、硬い岩の上で寝るのは辛かったらしく背中をさすっている。生前がお嬢様だっただけに、こういった野宿は慣れていないのだろう。
そんな、アスカの様子を見て、何度目になるか分からない提案をナハトはアスカに言う。
「やっぱりアスカちゃんも反対側においでよ。気持ち良くて暖かいよ?」
ナハトの提案と共に獣耳は嬉しそうにピョコピョコ動き、尻尾は誘惑するようにパタパタと上下した。
「いぬみみ……しっぽ……モフモフ………ハッ!」
するとナニカに魅了されたように両腕をゾンビのように上げ、瞳はトロンと揺れ、口を惚けたように開けながらナハトに近寄るアスカ。しかし、半分ほど近寄った所で正気に戻り、元の場所に戻った。首を左右に強く振り、気合いを入れ直すアスカの様子にナハトは苦笑するしかなかった。
(さっきから、さり気なくチャームアイで魅力してるんだけど、アスカちゃん、凄い精神力だよね。すぐに正気に戻っちゃうんだもん。そんなにレヴィちゃんが大切なんだね…すごいなぁ―――)
何度、提案しても我慢して耐えようとするアスカに、ナハトは強硬手段として軽く魅力しているのだが、すぐに正気に戻ってしまう。もう、そんなやり取りが何度も行われていた。
(ぜったい!ぜったいに屈しないんだから!あのモフモフは私の手で独占するまで触らないんだから!)
もっとも、ナハトの感心や思惑とは裏腹にアスカにとって魅了された自覚はない。ただ、自身の誘惑を押さえ込み、必死に耐えているだけだ。もし、アスカの心の内がレヴィの為ではなく、自身の欲望との戦いだと知ったらナハトがどう思うのか、それを知る者はいない。
「今日の戦い……どうして、アスカちゃんは私達を止めたの? ディアちゃんの為だって言って止めたけど、あれは嘘だよね? どうして、アスカちゃんは管理局が憎くないの?」
ふいにナハトが、アスカに対して静かに問いかけた。復讐しないことを裏切りとは言わない。責めるつもりもない。ただ、自分たちを殺した存在である管理局を憎もうとしないアスカが、管理局をどう思ってるのか純粋に気になるのだ。
アスカは、しばらく考え込むように、顎に手を当ててう~んと唸っていたが、一息ついて頷くと、ナハトの質問に答えてくれた。
「質問に質問で返すのは良くないんだけど、ナハトはアタシが見ず知らずの人を、管理局とは関係のない人を手に掛けようとしたら、どうする?」
「えっ…? それは、たぶん親友として間違ってたことをしたら、私は止めると思うよ」
「なんだ。なら、ナハトの中で答えなんて出てるじゃない。アタシもそれと同じよ。親友に罪を犯してほしくなかっただけよ」
「あっ……」
アスカの言葉に、言われて気が付いたかのように、紅い目を見開くナハト。どうして、そんな簡単なことに気が付かなかったんだろうと、ナハトは心底身震いした。親友に間違ったことをしてほしくない。それは、当然の考えだ。
でも、あの時のナハトの頭のなかは真っ白で何も考えられなかったのだ。ただ、管理局員が憎いと言うだけで、殺してしまいたいくらい憎かった。ナハトは管理局が確かに憎い。大っ嫌いだ。でも、管理局員だからといって無差別に殺しまくるほど残虐なわけでもない。
(私はやっぱり、化け物なのかな……普通の人とは違う、夜の一族と呼ばれる種族だから)
昔さんざん悩んでいたナハトの命題ともいえる悩み。それを、思い出してナハト深く、深く苦悩した。
それに気づいているのか、いないのか分からないが、アスカは言葉を続ける。自分が管理局を深く恨まない理由についてだ。
「そうね、恨まない理由なんて簡単だわ。私はあの時、一瞬で氷付けにされたみたいだから、あの日の情景を良く覚えていないから、かな? 笑えるわよね。皆の為に自動販売機に暖かいジュースを買いに行って、氷付けよ?」
どこか、おかしそうに言うアスカの声を聞いても、その言葉の意味する内容を思えば、笑う事なんてできない。ナハトは、あの時、夜の一族としての尋常ではない生命力と、強靭な意志によって氷結魔法に少しのあいだ抗った。ナハトは地獄絵図の光景をその目に焼き付けていいるのだ。
だから、アスカを含めた被害者のことを思うと笑う事なんて、出来なくて。ただ、ただ、苦悩に満ちたように瞼を伏せた。それは、封印事件の被害者を想う祈りでもあるのだろう。
(うぅっ、マズったみたいね……)
ちょっとしたジョークというか、自分は気にしてないから、ナハトも思いつめなくてもいいよ。と、遠回しに伝えただけだったのだが、逆効果だったようだ。沈黙したナハトの様子を見て、そう悟ったアスカは気まずい雰囲気を察して片手で目を覆う。
こういう時はどうすれば良いのか、アスカは考える。自分は素直じゃないところがあって、いわゆる、ツンデレとか言うヤツらしい。非常に不本意だが。でも、素直に言えなくて、言葉を濁したり遠回しに伝えようとして失敗したことは何度か経験がある。ならば、どうすれば良いのだろうか?
(逆転の発想よ。アスカ! 失敗したら逆の事をすれば、成功する……んだけど……)
逆転の発想に従って、失敗したことと逆の事を行う。それは、アスカが素直になるという事で、でも、素直になるのが恥ずかしいから、ツンデレになってしまうのだ。そう簡単に性格が矯正できたら誰だって苦労しない。
「ナ、ナハ、なっ、すず、じゃなくて、なななっ……」
素直に自分の想いを伝えようとすると、うまく舌が回らなくなって、言葉が出てこない。頬はヒクヒクと痙攣して、口も思うように動かせなくなる。ナハトは目を閉じていて見えないが、今のアスカはしどろもどろになって、とっても面白いことになっているのだ。考える人のポーズになったり、がっくりと肩を落としてうなだれたり、かと思えば、立ち上がって両手で頭を抱え、腰がねじれんばかりに唸ってみたり。
そして、ついに……
「うがああああぁぁぁぁぁッ!!!!」
(ビクッ!)
アスカはいろいろと天元突破して吹っ切れた。
ナハトが、その洞窟を揺るがさんばかりの魂の叫びに驚き、身体をビクつかせ、何が起きたのかと慌てて目を開ければ、目の前には狼の身体をした自分の顔をがっちりと掴んで離さないアスカの手。そして、触れ合ってしまいそうなほどまで近づけられたアスカの顔が、ナハトの瞳に映り込んだ。
アスカは荒い息を吐きながら、ナハトの瞳を見つめて目を離さない。その姿から彼女が何かを決心したのだとは分かるが、突拍子がなさ過ぎて何が何だか分からないナハトだった。
「あ、アスカさん……?」
思わず敬語で話しかけてしまうナハト。そのくらい彼女の頭のなかは混乱しているのだろう。
アスカは、アスカでナハトを見つめたまま、荒い呼吸を繰り返しているだけだ。
ここは、あれだ。わざととんでもないボケをかまし、強烈なツッコミをさせることで意識を正常に戻すしかない。
そう思いたったナハトは、口からとんでもない内容を連想させる言葉のオンパレードを発した。
「そうして見つめあう二人は禁断の恋に落ちた。そう、百合のように可憐で、でも、どこか歪で背徳的な恋。二人は隣で眠る少女にばれないよう、夜な夜な身体を重ね合い、互いに愛を深め合い、日頃の悲しみを埋めあうことで――」
「そんな訳あるかぁぁぁぁッ!!」
「あっ、戻ったね」
あまりに破廉恥な内容に、いろいろと吹っ切れていたアスカも突っ込まざるを得なかったようだ。常識人はツッコミの体現者。その性質上、ぶっ飛んだ発言に突っ込まざるを得ない苦労人なのだろう。
無理矢理に精神的な労力を使わされたアスカは、肩で息をしながら呼吸を整える。そして、心身が落ち着いた頃になって、静かにナハトを見つめた。その瞳に宿した強い決意は、ナハトが息を呑んでしまうくらいに充分だった。凛々しい姿と気高い瞳は、たとえ同性でも魅了されてしまうナニカを宿している。
「アスカ……ちゃん」
「いいナハト? 一度しか伝えないから良く聞くのよ? アタシは変なところで恥ずかしがり屋で素直じゃないから、言葉を止めるなんて気遣いはしない。一気に言い切るから。アンタに伝えるから」
「う、うん……」
アスカの決意を受けたナハトは息を呑み、圧倒されながらも頷いた。
アスカは一度、深く深く深呼吸をすると、伝えたい思いを素直に、言葉を途中で止めることなく、吐きだした。
「シュテルもナハトも、いいえ、ディアーチェやレヴィもそうね。アンタ達って、そろいもそろって隠し事が多すぎんのよッ!! 暗い過去だとか悩み事抱えてるとか、アタシはそんな事、アンタ達のコト知ってるようで全然知らないわ。だって、みんな相談なんてしてくれないものね。そりゃあ、アタシが聞こうとしないのが悪いし、無理に聞きだそうだなんて思ってもいないけどさ。ちょっと、くらい……親友として相談してくれても、頼ってくれてもいいじゃないッ!! なによ! アタシってそんな頼りないわけ。それとも心配かけたくないんだったら余計なお世話ね。むしろ、アンタ達の方がアタシに心配かけてるし、ああもうっ! 素直に伝えられないってもどかしいわ。だいたい、辛いことや悲しいことを復讐なんてまどろっこしい事で他人にぶつけるなんてナンセンスだわっ!そんなに悲しい事や辛い事、怒りや憎しみをぶつけたいなら、親友であるアタシにぶつけなさいよ! いくらでもアタシは受け止めてあげるわ。抱きしめて、胸を貸して泣かせてあげてもいい。アタシはアンタ達の事が大好きだから。初めてできた親友で、大切で、かけがえのない宝物だから。失いたくなんてないッ! もし、間違えそうになったらアタシが身体を張って止めてあげる。たとえ、どんなに暗い過去を抱えていても、どんなに違う存在なったり、姿が変わったりしてもアタシは受け止めるわ! だから、みんなアタシを頼りなさいッ!!!」
それは、一人の少女の叫び、心から魂から叫ぶ慟哭。親友として、対等な存在として、大切な四人の親友の力になりたいという純粋な想いだった。気が付けば、その場にいた全員が圧倒されていた。想いを告げられたナハトも、寝たふりをして盗み聞きしていたレヴィも、いつの間にか通信モニターを開いて、固まったように動かないディアーチェも。喋ったアスカですら性根が尽きたように動かない。
ただ、ディアーチェと一緒に聞いてしまったシュテルだけが、意地の悪そうにニヤニヤしている。
「ほう、これはこれは……ちゃんと眠れているかどうか心配して通信を開いたつもりだったのですが、偶然にも良いことを聞いてしまいました」
ピシリと、固まっていた空気が動き出す。アスカは錆びついたブリキ人形のように、首をギギギと動かすと、いつの間にか開かれていた通信モニターに映るシュテルに顔を向けた。身体中から冷や汗が流れる。もしかして、聞かれてしまったのだろうか、そう考えるアスカ。
「シュテル……いつから、そこに……?」
「そうですね、ナハトの"そうして見つめ合う"……」
「アスカっ!」
シュテルの言葉をレヴィが遮った。あと、シュテルの映るモニターも顔で遮った。彼女は満面の笑みを浮かべて、瞳を輝かせると、いきなり、アスカに飛び掛かるように抱きつく。アスカも条件反射で抱きとめたが、茫然自失といった様子で気にしてはいなかった。
「アスカはそんなにボクの事を想ってくれていたんだね。ボクは超うれしいぞ~~!」
「もしかして、聞いてた………?」
「はい、一度しか伝えない、一気に言い切るからと言われましたので。一字一句間違いなく聞きました。なんなら私がもう一度、アスカの言葉を言ってあげましょうか?」
レヴィの言葉が右から左へと通り過ぎながら、アスカはシュテルの言葉を聞いていた。
"そうして見つめ合う"の部分から一字一句間違いなく聞いていて、一字一句間違いなく記憶している。という事は、シュテルはアスカの長ったるしくて恥ずかしいセリフを全部聞いていたのだ。記憶に刻みつけてしまうくらいに。
しかも、アスカのセリフをもう一度言うとか、それは、なんていう公開処刑だろうか。
「ホアーーーーーっ!」
それを理解した瞬間、アスカの中で何かが吹っ切れたようで、頭を抱えながら、ゆでだこの様に顔を真っ赤に染めて奇声を発する。レヴィをしがみ付けたまま、洞窟内を走り回り始めた。どうやら、思考がオーバーフローして何も考えられなくなったようだ。
炎熱変換された魔力が顔から吹き出して、本当の意味で顔から火が出ている。
「あははははっ! すごいよアスカ。顔から火が出せるなんてピエロみたい!!」
「うが~~~!! 穴があったら入りたい! 今のアタシを見るな~~~!!」
「ふむ、これは方針を考え直す必要がありますね。とりあえず場が落ち着いてから意見交換するべきですか。そう思いません、ディアーチェ?」
「………」
「そんなに嬉しかったんですかディアーチェ? 身体が感動に打ち震えてますよ?」
もはや、混沌と化した状況の中でナハトは静かに目を閉じる。アスカの言葉は、不思議と暖かくて心地よい。悩んでいた自分が馬鹿みたいに思えるくらいに。思い返せばアスカはナハトに色んなものをくれた。太陽のように輝く明るいアスカという親友。楽しい学校生活。家族旅行の楽しい思い出。
どこか、暗いだけだった自分に月のような輝きを与えてくれたのはアスカなのだ。
恐らくシュテルだって感謝しているだろう。彼女も暗い日常に縛られていた。笑うようになったのはアスカと出会ってからだ。
彼女は、いつの間にか自分たちを救ってくれている。
その事が嬉しくて、ナハトは密かに涙を流しながら、感謝の言葉を口にした。
「ありがとう……『アリサ』」
もっとも、混沌と化して喧騒に包まれた中で、ナハトの呟いたか細い声は届くことはなかった。しかし、いずれはアスカがそうしてくれたように、ナハトも自分の想いを打ち明けることを決心する。
いつか、伝えなければならないこと。大切な親友は全てを受け入れてくれると言ったのだから。自分も勇気を出して伝えなければならない。
今はまだ、拒絶されることの恐怖の方が強い。一歩踏み出す決心がつかない。
それでも、近い未来……必ず。
◇ ◇ ◇
「さて、落ち着いたところで、アスカにならって私達も自分の想いを打ち明けた方が良いかと。皆(みな)が本当の所、どうしたいのか、何がしたいのか。もう一度考え直してください」
アリサの爆弾発言によって、混沌と化した洞窟内の騒動は、時間が経つことでようやく落ち着きを取り戻した。恥ずかしさに身悶えしていたアスカは、まだ顔を紅く染めたまま恥ずかしがって正座しているし、ストレートな好意に弱いという意外な弱点を持ったディアーチェも、バツが悪そうにあらぬ方向を見つめたまま動かない。それでも、話を聞いてはいるようで静かに頷いている。
レヴィは再びはしゃいだことで、さらに眠くなったのか、こっくりこっくりと首が上下している。何度も顔をブンブンと横に振ったり、目を擦ったりして眠気を覚まし、シュテルの話を一生懸命に聞こうと頑張っていた。それを、どこか微笑ましく見ている蒼い狼の姿をしたナハトは、座り込んだレヴィの背もたれになっていて、彼女がいつ寝てしまっても大丈夫なように気遣いを見せていた。
その様子を見てシュテルは話を打ち切ることにした。皆が大事な話をちゃんと聞いているのは分かっている。しかし、この話題は急ぐ必要もないのだ。むしろ、じっくりと考えて答えを出した方が良いだろう。そう考えたからこそ、シュテルは時間を掛けることを選択した。
「ですが、皆(みな)も疲れていることでしょうし、合流するまでの間……そうですね、地球に出発するまでの間には答えを出しておいてください………なんですか? レヴィ?」
話はそれで終わりだと通信を切ろうとしたシュテルを遮ったのはレヴィだった。レヴィは眠たげな瞳でシュテルを見詰めながらも、しっかりとした意志を秘めて右手を上げていた。ボクは意見を述べたいとでもいうように。
それを察したシュテルは真剣な様子でレヴィの顔を見詰め返す。
「ボクはね……みんなの願いを、叶えることが、望みなんだ……シュテルは…何を望む、の?」
もうすでに半分くらい意識が眠っているのだろう。言葉がなんども途切れて紡がれる。それでも、彼女ははっきりと最後まで言い切った。それに応えるシュテルの返事は即答だった。まるで、最初から答えなど決まっているかのように、強く意志で、けれど、優しげな口調でレヴィに答える。
「私の望みは、マテリアルズの皆で静かに平和で暮らすこと。復讐など、これっぽっちも望んでいません。理由は私の過去にあるのですが、それは追々(おいおい)語るとしましょう」
シュテルの言葉を聞いてもレヴィは動揺することも否定することもなかった。ただ、そうなんだとでも言うように受け入れている。むしろ、ディアーチェとナハトが何かを噛み締めるような表情をしていた。恐らくこの二人の考えていることは違うだろうが……。思いつめているのは間違いなかった。
シュテルは私の番だとでも言うように、レヴィに言葉を返した。
「レヴィ。みんなの望みを叶えることが、アナタの望みと言いましたが、それは違います。ただ、周りに流されているだけです。私はアナタにも本当の望みが、願いがあると知っていますよ? それを自分自身の力で見つけてみてください」
「………」
それは、親友に対しても容赦のないような意見だったが、レヴィを本当に思えばこそ紡がれたシュテルの想いだ。けれど、レヴィは何の意見も返さなかった。よく見ると、静かな寝息を立てている。どうやら眠ってしまったようだ。
それでも話はしっかりと聞いていたようで、右手がピースサインを取っていて、顔もうっすらと笑っていた。任せてよシュテルとでも言うように。
「さて、そろそろお開きにするとしましょう。無理に答えを出さずとも良いですから、今日はゆっくり休んでください」
それだけ告げると、シュテルは通信を閉じた。
◇ ◇ ◇
「ふわぁ、アタシも眠くなってきた……恥ずかしい思いもしたことだし、一眠りして忘れよう。ナハトも寝るわよね?」
「………」
「ナハト~~?」
アスカが立ち上がって身体をほぐすように伸びをすると、口から大きな欠伸が出てしまい、思わず手で隠した。レヴィほど眠いわけでもないし、夜更かしにも慣れているアスカだが、疲れ切った身体は睡眠を欲しているようだ。
寝る前にナハトに声を掛けるが、彼女は瞼を閉じたまま返事をしなかった。眠っているのかとアスカは考えたが、それにしては静かすぎる。たぶん、寝たふりだろうとアスカは判断した。
「はぁ~~、アタシのせいなのか、シュテルのせいなのか、どちらかは知らないけど、あんまり思いつめんな。一人でで、うだうだ悩むのって結構疲れるわよ」
ため息を吐きながらナハトに近寄ると、かる~くナハトの額をデコピンする。すると、ナハトは観念したように目を開けて、アスカを見上げた。その紅い瞳は何処か寂しげだ。
「やっぱり……アスカちゃんには、分かっちゃうんだね」
「当たり前じゃない。アタシ達は何年親友をやってると思ってんのよ」
バレたことへの悲しみと気が付いてもらえる嬉しさを含んだ声音で呟くナハトに、アスカは勝ち気に笑いながら、腰に両手を当てて、誇らしげに胸を張る。随分と偉そうな態度だったが、不快な気分はせず、むしろ似合いすぎて可愛らしいくらいだ。ニカッと笑う姿が様になっている。
「別にアタシは、アンタが思い詰める『想い』を無理に聞こうなんてしないわよ」
「んっ……」
ナハトの傍にしゃがんで、彼女の頭をなでながら優しく包み込むように語りかけるアスカ。ふわふわで、さらさらの蒼い毛並みを撫でられて、ナハトは気持ちよさそうに眼を細めた。狼形態であるかぎり、犬の扱いになれたアスカには敵いそうにない。
「でも、これだけは覚えておいてほしいわ。アタシはナハトが、『すずか』が想いを打ち明けてくれるのを待ってる。どんなにツライ過去でも、恐れられるようなことでも、嫌われることでもね。アタシは何もかも受け入れる覚悟と意志があるから。他人から見ればちっぽけでも、ね」
「うん―――」
「さぁて、アタシも、アンタのもふもふに包まれて寝るわよ~~! レヴィなんかに独占なんてさせないんだから!」
シリアスな雰囲気をぶっ飛ばしてしまうような明るい声ではしゃぎながら、アスカはナハトの暖かな毛並みに包まれている身体に抱きついた。反対側ではレヴィが、ナハトを枕にして気持ちが良さそうに眠っており、ある意味川の字のような状況だ。
そのことがおかしくて、ナハトはクスクスと笑うしかなかった。どんなに暗くても、暖かい日差しのようなに照らしてくれるアスカがいる。自分を包み込んでくれる大切な友達。シュテル、レヴィ、ディアーチェがいる。だから、暗い過去にも立ち向かえる勇気が湧いてくる。
それに今日は気分が良い。いつもは儚げな自分でも、勢いに任せて伝えることができそうだ。ナハトはそう思った。
「ねえ、『アリサ』ちゃん」
「なによ、『すずか』」
「今日はありがとう。大好きだよ『アリサ』ちゃん」
「な、なななっ! べ、別にアンタの為じゃないわよ……アタシが気に食わないから……むぅっ」
「ふふ、そういうことにしていくね。おやすみ……」
「まあ、いいか。おやすみ。良い夢をみましょ……」
いつかは、彼女たちを、さらなる試練が襲いかかり、荒波に揉まれてしまうかもしれない。どうしようもない悲劇に嘆くのかもしれない。
それでも、この瞬間だけは安らかなひと時を。
穏やかに眠る三人の少女たちに安息を。
いつか、本当の幸せが訪れると信じて。
今日は終わりをつげ、明日が訪れる。
明けない夜はないのだから。