職業、英雄。趣味、幼馴染を護ること。   作:杜甫kuresu

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気が向いたので投稿します。

そう言えばこれはダークファンタジーです。
皆さん身構えてください、警告タグを回収しますよ?

この話でランキングを見てきた人は蹴落とされるのか、案外ついてくるのか。ハーメルン観察の一環としても楽しみではあります。


凶兆

「アル~、俺を開放しろ~…………」

 

 とんでもない外れ仕事じゃないんか、これ。

 ヨセフカに付き合えと言われたのはまあ良かったんだが、この人全部の家を虱潰しに回るつもりみたいなんですけど。

 

 今やっと六軒目が終わったところ。思わず溜息が出る。

 

「しまったな、しんどいぞ…………」

「休みますか?」

「お願いします…………」

 

 道端の柵に情けなくへたり込む、ヨセフカの方は全然余裕そうなので何だか恥ずかしくなってきた次第。

 

 そよかぜが甲冑の隙間を吹き抜ける。いい風だ、湿りすぎず乾きすぎず。野っ原も悪くない、森も有る。遠くから聞こえる羊の鳴き声も温かい。

 良い村だと思う、まさか旅に出て外を見回す日が来るとはガキの頃は思ってなかったが。

 

「ヨセフカさん、すんませんね。アルの奴ならきっとへばらないとは思うんですけども」

「お気になさらず。私も少し焦りすぎていたかもしれません、回る速度を少し落としますね」

「うーん、断り難いな。正直なところ」

 

 そうでしょうね、と手に持っていたらしき籠からショートブレッドを俺に寄越してくる。

 昼飯は食ったよな…………うん、食った。間違いない、ちょっと迷ったけど今はもう確信有るから大丈夫、俺はまだ痴呆にゃあなってねえぞ。

 

 気を遣われたか。まあ女一人で彷徨かせるぐらいなら甲冑着て威圧してるほうが全然良いから。

 

「お気遣いどうも」

「まだしばらく引っ張り回すことになりそうなので、これくらいは。水分は足りていますか?」

「あーそれは大丈夫。常に多すぎるくらい持ってくことにしてる」

 

 兜を外す、いやこれ着けたまま飯食ってたアル君は頭がオカシイんだと俺は思ってるぜ。

 ってか今後外していこうかな。よく考えたら何で俺は鎧着っぱなしなんだ、兜ぐらいええやろ兜ぐらい。

 

 美人の手作りショートブレッド(なんだろうか)という最強の言語を水と一緒に噛みしめる。うま、え、ショートブレッドって作る人によって味違うの?

 

「うま、かなり美味いんだけど」

「…………」

 

 何だか呆けたみたいにこっちをじーっと見てくる。幾ら俺でもそりゃ緊張するんだが…………。

 

 あんまり凝視されるんでつい顔をまじまじと見てしまうが、本当に整った顔をしてる。ヴァール嬢も大概美人ちゃんではあるが、アレはまだあどけない。この人のは「美しい」が似合う。

 形でも整えたのかってぐらい長く緩やかに弧を描く睫毛に、青空でも閉じ込めたような蒼くて大きな瞳。肌が陶磁それそのものみたいに白いもんだから、くっきりとした目鼻立ちもよく映える。

 

 つい口の方に視線を寄せてしまったので流石に辞めた。下品だな、下品。

 俺が顔を逸らしたのでようやく我に返る。

 

「何? 俺に見惚れた?」

「…………い、いえ。そういう訳では」

 

 アレー? いや気のせいだな、そりゃそうだろ。

 

 そういやこの人既婚者なのかな? 聞くが速いぜ。

 

「そういえばヨセフカさんって、既婚者なの?」

「――――――――はい?」

「いやだから、既婚者なの?」

「違いますが、しかし結婚願望が有るか無いかと聞かれれば断然有ると答えるでしょう」

 

 え、何でそんな凄い勢いで断言したの。怖いんだけど。というか結婚願望とか俺聞いてない…………。

 

 突然の食い気味にちょっとばかり困りながらショートブレッドを齧っていると、ヨセフカがわざとらしい感じで視線と話題をそらす。

 

「そう言えばバハクさんはどうしてこの旅に?」

「成り行きですね。アイツがヴァール嬢を攫ってきた時に賄賂で情報漏えいをした馬鹿なんで」

「元々騎士を?」

 

 騎士というか、拾われて剣を取った感じだった。

 どうやら捨て子だったらしくて、エミリアル家は実質親みたいなものでもある。見張りにしてもらったのはつい最近だったが、甲冑を着て剣をぶん回してやろうと思ったのは割と小さい頃からの話。

 

 俺はあの人達に沢山愛情を貰ったが、横に居たヴァールは貰ってなかった。俺とヴァールは同い年だったから、尚更その違いが目についた。

 実の子供のような赤の他人と、バケモノ扱いの実の子供。あの人達はきっと悪い人じゃなかったが、憤らないわけがない。少なくとも、そんな常識を植え付けた教会は好きじゃない。

 

「そうだな。でも、アイツが俺に金を払ってでもヴァール嬢を攫おうとしたってのを見た時に、俺はピンと来ちまったらしく」

「多分俺は怖気づいてて、アイツは何を擲ってでも救おうとした。俺よりも遠くて、俺よりも知らないくせに、他人行儀な癖に全部賭けちゃった馬鹿」

 

 それはもう、俺には光明以外の何者でもなかったんだよ。おそらく。

 

 あの温くて幸せな環境に浸ることは、そう悪いことじゃない。分かってる、目を瞑った皆が皆悪いなんて思わないし、思えないし、俺に責める権利はない。

 だからアイツは自分が全部請け負った。ただの平民で終わる幸福を捨ててでも、他人の女に本気だ。

 

 眩しい。眩しすぎた、今もずっと。

 

「俺も本当はそうしたかったんですよ。だからアイツが正面切ってくれて、じゃあ俺もやってやるかという心持ちと言うか――――――――アイツはヴァール嬢の王子様で、俺にとっては夜道を照らす月光かもしれない」

「言い方は臭いんですけどね。でも、それくらいにはあの時、あの瞬間に受け取った金貨は重くて、眩しいくらいの輝きを放ってた」

 

 だから、俺は出来る限り手助けをしたい。

 

 俺は助けられなかった。だけどアイツは、やってくれたから。アイツは自分をそんな風に本気では思わないが、少なくともバハクという情けない奴の中では”英雄”なんだ。

 別に偉くなろうってわけでも、徳を積もうってわけでもない。ただ、ちょっぴりでも英雄の手を貸せたら、男としては夢溢れる話だなと、それくらいのもん。

 

 急に気恥ずかしくなったので笑って誤魔化す。

 

「実は俺、その時貰った金貨置いてきたんですよ。育ての親に仇なすようなことしたから、そんな金は受け取るべきじゃないし、あの人達に申し訳が立たないから」

「でもアイツ、それを聞いてもこう言ったんです」

”そうか。じゃあバハクの分も計算に入れないとね”

 

 真面目に驚いた。俺だったら「後先を考えろ」とか「義理立てしてる場合か」とか「いまさら遅い」とか言うと思う。

 アイツは何も言わずに、俺の感情の先走った行動を聞き入れた。呆れただけと言えるが、アイツの物言いは俺に対する侮りも何もなかったと思う。

 

「だっからアイツには敵わないんですよね、年下なのに」

「…………後悔はないですか?」

 

 ヨセフカがぼそりと尋ねる。

 

「無い、これからもしない」

 

 それだけは胸を張って言える。

 

 俺の返答を聞いたヨセフカは満足したのか、今までの鉄面皮からは想像もつかない柔らかい笑顔を零す。

 正直どきりとさせられたが、アチラは依頼人。俺も理性は働くので口説こうとはならない、というか普段も思わない。可能性自体低い。

 

「そう言える貴方なら」

「例え夜道を照らす月にはなれずとも、道標の星にはなれる。私はそう思いますよ」

 

 悔しい話だが、慰みにはなった。だから俺は英雄にはなれないんだよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

”うーん、やっぱり大きすぎない家が良いね”

「そうね、後日当たり」

 

 それは言えてる。何か家の中がジメジメしちゃったら嫌だし。

 中世の建築技術だとそもそもあまりリクエストが出来ないことが僕の頭からはすっぽり抜けていた。いい加減現代人の感性は捨ててしまいたいけど、だからといってすぐポイーっと出来る年月の蓄積じゃないのが困りもの。

 

 ランタンを灯して馬車内で夕食。ヨセフカは料理が得意なようだ、後交渉も得意だから食料を貰ってきてた。

 彼女と結婚する人。凄く楽そう…………いやそういう理由で結婚しちゃダメだけどさ。

 そうでもないのかな? 僕が居た頃にはそういう結婚もありだったっけ? まあいっか。

 

「お二方はなーに新婚生活の計画立ててんすかね…………クタクタだぜ、ヨセフカの健脚には驚いたよ」

「性分柄、こうならざるを得なかったので。というより、バハクさんの方が驚きです…………何故鎧を着てあの長時間」

「気合です」

「気合ですか」

 

 それはしょうがないですね、なんて言ってランタンを見つめるヨセフカの口元は少し緩んでいた。

 

――おいおい待て待て待て待て。

 思わずヴァールを引っ張り寄せて耳打ちしてしまう。明らかに彼女の顔は不機嫌で、僕に今すぐ酷いことを言い出しそうだった。

 

「な、何よ!?」

”あの二人、何かいい雰囲気じゃないか? あんな仲良さそうだったっけ?”

「知らないわよ、好きにさせてあげれば?」

”いやでも何か首突っ込みたいと言うか”

「アル…………貴方、呆れるくらい野次馬根性に満ち溢れてるわね…………」

 

 呆れるくらいとは何だ呆れるくらいとは。僕だって一端の人間やってるんだ、人の恋愛事情に首を突っ込みたくなる程度の魔が差して然るべきだろ。

 

 残念そうな人みたいな目で僕を見てくるヴァールに関して全く納得がいかない。

 いやアレは変でしょ。まず「さん」って、彼女「様」付けだったよね?

 

「もう良い? 私興味ないから、アルも辞めてあげなさい。人の関係性なんてそれぞれよ、余計な手出しをしてはいけないわ」

”うっ…………分かりました”

「分かればよろしい」

 

 時々育ちの良さをアピールしてきやがって…………ど正論じゃないか、くそ。

 

「そう言えばアルよ、ここに人攫いが出るって知ってたか?」

”うわー、物騒だねー”

「え、それ私怖いんだけど。ダメそうだったらアルを投げて逃げていい?」

”別にいいけど、僕が死ねばともかく、生きてれば攫われないでしょ”

「お前さん方、何でそんな堂々と惚気られるの…………?」

 

 は? のろける? 何言ってるんだろ。特大ブーメラン投げないでもらえますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”見えない日は索敵範囲も伸ばさないとね…………”

 

 夜中、今宵は新月。ランタンがないと何も見えない帳の天下、僕は村の中をジャカジャカと歩いている。

 いつもなら夜目を利かせて馬車近くで留まっておく所だけど、新月となると視界の悪さは中々のものだ。バハクとコンビで今日は徹夜、彼は馬車近くの臨時対応担当。

 

 正直ここらへんで警戒するのは変な感じもあるが、野盗やら何やらは夜が主戦場。彼らもそれなりに生きているから行為を何から何まで否定はしないけど、ヴァールに手を出されたらぶっちゃけ手が滑って殺すと思う。

 

 腰にかけたランタンがカタカタと鎧とぶつかる。ヨセフカから貰った携帯用らしいんだけど、これどうやって光を出してるんだろ、気になる…………。

 

”ちょっと開けても良いのかな…………あーでも開けちゃいけないって”

「おや? こんな夜中にどなたかな?」

 

 じょ、女性の声!?

 

”ひゃいぃぃ!?”

 

 ヤバイ、ヨセフカ!? 違うんだ僕はちょっと好奇心が湧いただけで決して開けようとしたとかじゃなくて外から覗けばからくりがちょっとくらい分かるかなあとかそんな感じのことを!?

 

――と思ったけど、声を掛けてきた女性はヴァールでもヨセフカでもない。

 ヴァールより少し背が高いくらいの、腰まで有る銀髪の映える女性。銀髪がよく今どき生きていられると感心するけれど、ランタンに灯された瞳の色は蒼色。変わった風体だ。

 

 しかし、僕が珍しく本気で「綺麗だ」とも感じる。

 

 

 

 警戒するべきだ。僕は他人の美醜を客観的に判断することはあっても、僕の感性自体に響いてきたことが有るのはヴァールだけだった筈。

 言葉に言い表せないが、ちょっとおかしい。「綺麗過ぎる」。

 

「驚かせてしまったようだな、すまない」

 

 ヨセフカのものよりは安価そうなケープを纏っていて、また服装もゆったりとしたものだ。

 割に喋り口調は何だか男とも女ともつかない。不思議な雰囲気というか、変わってる? でも僕は変わってるとは思わなかった。

 

”ああ、いえ。貴女は?”

「私はヴィンストラム。占いを生業にしてるんだが…………私の家は訪ねてくれなかったのか?」

”…………貴女、変なことを言いますね”

 

 ヴィンストラムの穏やかそうな表情に、僅かに凄みが混じった。

 でもおかしいじゃないか。ねえ?

 

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「………………」

 

 今さらりと言われて流すところだったよ、この人。なんて言えば良いのかな、理屈抜きで言葉を信用させてくる暴力的な魅力がある。本当に複雑で説明は難しいけど、顔に騙されるともまた違う。

 

 ただ今のはおかしかった。僕の顔をランタンで照らして尚、今日一日中大抵のところを歩いて回った僕が分からないのも変だ、甲冑姿の男なんて特徴は一度聞けば忘れない。此処に占い師が居るなんてのも初耳。

 何より、「家に限れば」全部回った。留守という所もなかった。

 

”誰ですか、貴女”

「…………ふぅ、あっさりと見抜かれたか」

 

 表情が別人かというくらい切り替わる。柔和な感じは変わらないけど、女性っぽさが薄い。

 打って変わって肩を竦めだす。

 

「ああ、失礼。別に騙そうとした訳ではない。ただ…………まあどうして遭遇したのか、具体的に喋ると警戒されると思った」

”今ので超警戒しました”

「大正解だ。アールゴーン」

 

 名前を知ってる?

 

”会ったこと有る? 僕が綺麗なんて感じる人間、簡単に忘れることはないんだけど…………”

「綺麗? 私がか?」

”うん。普通に、この世のものじゃないぐらいのものだと思うよ。僕は基本的に人の顔で対応を変えよう、なんて全く思わないけど、貴女はちょっと危なかった”

「えっと、その…………面映いな。率直に言うと、ああ。嬉しいよ、有難う」

 

 頬をかいてにへらとするヴィンストラム。うわ、何というか、凄い破壊力だ! 危険だ!

 

 でも顔だって生来のものとはいえ良し悪しは、それこそよくもわるくも有るわけで。恵まれない人を殊更とやかくいうのは論外にしても、美しい人を美しいということに損はないと思うんだよね。

 今馬車の方から殺気立った視線を感じた気がするけど何でだろ。

 

”それで? あまり貴女は警戒する程でもなさそうだけど、要件は聞かせてもらう”

「いや、まあ私も旅をする身でな。私も手を貸すし、君にも手を貸してもらうことがあるかもしれない。だから、まあ顔合わせとしてついてこさせてもらっただけだ」

 

 嘘はついてない。でも、何だろう。

 この人からは”何も見えない”。危険か安全かっていつもある程度は分かるんだけど、というかまあ人間って見た目で判断しちゃうと思うんだけど、この人は判断そのものを放棄してしまう。

 判定不明じゃなくて、判定が行われないという感じ。

 

 多分悪い人じゃない。僕個人の経験則だけど。

 それにそれくらいの口約束、するだけならタダというものだ。

 

”口約束で良ければ。都合もあるしね”

「そうか、それは結構。ではお近づきの印と言っては何だが、これを君に」

 

 手を出せと目配せされるので、手を出すと渡されたのは…………指輪?

 中央に透明な宝石が嵌められた指輪。簡素なデザインで、あんまり捻りがない。ただ、宝石の透明度が尋常ではなくてとても綺麗なものだ。

 

…………貴重品なんじゃないか、これ? 受け取れないよ!?

 

”た、高そうなものは受け取れないよ! 僕は旅人だ、あっさり壊しちゃうかもしれないし!?”

「…………ははははっ! 成る程、そう来たか! 意外と愉快な人だな、ふふっ」

 

 いや真面目な話ですけど!?

 

 相当僕の発言で気が抜けたようで、お腹と口を押さえてかなりの勢いで笑いを堪えている。

 でもさ、せっかくもらった貴重品をあっさり壊しちゃっても申し訳無くない…………? 個人的には換金した、とか言ったほうがマシだよ?

 

 多分相当困惑したので、笑いが収まるなりヴィンストラムがいやいやと手で制する。

 

「それは嵌めた人間の属性を滲ませる宝石だ」

”属性?”

「そう、人間に限らず、あらゆる生命には定まった方向性とも言える属性がある。君にもあるはずだ…………そして、それを制御する手助けもしてくれるだろう」

 

 不思議なことを言う人だ。しかし真偽は嵌めれば分かる話でもある。

 

 試しに手甲を外して、左手の中指を通す。

 嵌めた瞬間、といえば良いんだろうか。透明だった指輪が墨でもたらしたように黒く滲んだかと思うと、淀んだ霧のような黒が宝石を覆い尽くして、とうとう真っ黒になる。

 

”こ、これが僕の属性だって? 随分どす黒いね”

「生来の属性が君の全てを表せる訳ではないよ。胡散臭いと言わず、身につけておいてくれると」

 

 い、いや別に胡散臭いとは言わないけどさ。僕こんな真っ黒な属性だったんだ、変なの…………。

 

 まあでも転生者って魂の属性とか滅茶苦茶なのはありがちな話だし、特別驚くほどでもないのかもしれない。

 ふんふんと頷いて手甲を嵌める、一応聞いてみたが手甲の内側にしていても傷はつかない程度の硬度らしい。良いね。

 

”有難う、ヴィンストラム。範囲は限られるけれど、困ったなら相談するだけはして欲しい”

「ああ。ではまた、アールゴーン」

 

 通り過ぎていくヴィンストラムに同じく、僕もルート通りに歩き直しだしたが

 

「そうか…………私は綺麗、なのか。ふふっ」

 

 とかいう声が後ろの遠くの方から聞こえたので何だこの可愛い人はとしばらく唸っていた。クソッ、序盤の飄々とした感じに騙された!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アールゴーンという男を、ご存知ですか?」

 

 声を聴くだけでアールゴーンはクラクラとした、彼女とすれ違って少し後のことになる。

 真後ろから響いた声は、音としては綺麗な音なのだが、何故か不快な妙な声。思わず振り向くと更に異様さに呑まれる。

 

 立っていた中肉中背の女は、最初、真っ黒なローブを全身に纏っていると思っていた。フードから僅かに覗く唇は蠱惑的で、ヴィンストラムに勝らずとも中々のものなのではないかと他人行儀に予想する。

 しかし違和感が消えない。何だろう、この見た目の認識は何かが欠けているらしいのだ。

 

 とりあえず返事。

 

”ああ、はい。僕です”

「そうか――――――お前か」

 

 刹那、女の手が不自然な程に伸びながら彼を掴もうと向かってくる。

 正確には伸びたのだろうか、それは彼には分からない。けれどローブから伸びた手は毛むくじゃらで、大きくて、何より獣臭い。咄嗟にバックステップを取りながら肩に掛けていた剣を構え直す。

 

”何だ、お前”

「我らが主の命により、貴様が奪った聖女。返してもらうぞ」

 

 女の声はやはり不快。

 気づけば腕は消え、目の前には自分より一回りは小さい女。

 

 けれど動きは異様、地面を抉るような勢いで踏み出してくるなり一瞬で目と鼻の先。アールゴーンは反射的に剣を両手持ちにし、横にして浴びせるように叩きにかかる。

 

”どうなっても知らないからな!”

「…………くすっ」

 

――何で笑うんだ!?

 ランタンが地面に落ちる、返答は現実で返された。

 

 また『獣の腕』だ。今度はしっかりと女のローブの左袖から、太く、灰色の毛だらけで、殺意を剥き出しにした爪のある大きな腕が出ている。

 アールゴーンの剣を片手で受け止めるどころか、彼の腕力ではピクリとも剣が動かせない。こちらは両手だと言うのに。

 

 驚く間もなく剣とは逆側から脚が飛んでくるが、手立てはない。打って変わって細身の白い素足が彼の脇を抉る。

 

”ぐっ…………!?”

 

――重い!? 女の力じゃないぞ、コレ!

 肋骨から響く振動を全身で感じ取りつつ、ふっとばされる勢いに任せて飛び上がって体制を整える。

 

――ちょっと待てよ?

 ようやく違和感の正体に気づく。

 ローブだ。ローブは真っ黒じゃない。

 

 単に『夥しい量の字で埋め尽くされている』だけだ。

 

”クソッ、マトモな女じゃなさそうだな!”

「そうね。私、『選ばれてる』から」

 

 何を言っているのか分からないままに戦闘が続く。

 

 村の中央で剣を振るうことは出来ない。一応「人攫いが出る」との件で夜回りをしている人間は居たが、彼らを頼るにはコレは危険過ぎる。

 防戦一方、体捌きも力も圧倒的な女にアールゴーンは下がりながら立地のいい場所を探していくしか無い。

 

”なんて馬鹿力だ! どんな魔改造されたらこうなるってんだい!”

「むしろ、何故私に殺されてくれないのかが不思議なくらいですよ」

 

 実際そうだな、とアールゴーン自身も自嘲気味に笑った。

 

 一軒目を通り過ぎ、

 二軒目を通り過ぎ、

 三軒目を通り過ぎ、

 さて、森の中。

 

 アールゴーンの体力も限界は近づいている。あまりの膂力に気が抜けないのだ。

 

「早く死んでください、次が控えているのだから」

 

 フードを突き破って鹿のような、けれど歪にねじれ曲がった大きな角が出る。

 

 目を見開くと距離が刹那に詰められ、鋭く上から振り上げられる左腕。剣では重く53追いつかない、咄嗟に出たのはがら空きの左手だ。

 一瞬で肉が裂かれる。鎧はどうした、いや引き裂かれた。あの爪は金属すら無視したらしい。

 あまりの理不尽さに声も出ない中、肉を抉った爪がそのまま彼を左腕から持ち上げていく。

 

”っつ…………!”

「大丈夫、すぐ楽にしてあげる」

 

 凄まじい痛みだ、肉を抉られているだけでは説明がつかない。

 撒き散る血を俯瞰しながら苦渋の表情を浮かべていると、血を浴びた女がみるみる内に体躯を膨らませていることに気がついた。

 

――まだ変身するのか畜生め!

 

【ジャ、マァ…………ッ!】

 

 おかしな濁った音に耳を塞ぎたくなるが、そのまま彼は凄まじい勢いで放り投げられていく。

 凄まじい空を切る感触に死の前触れ。思わず目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また血の匂いか……………………血ってやつは、何時の時代も妙な魅力があるらしい」

 

 男の声。思わず目を見開いた。

 とても大柄な男が僕の背中を左手で受け止めている。多少靴は地面を抉った跡はあるが、その佇まいは何ら押し負けた様子のそれではない。

 牧師の格好に、時代錯誤な帽子。酷いくせ毛の灰色の髪の奥には、両目を包帯で覆った男の顔。この暗さでははっきりと確認は出来なかったけれど、おそらく壮年の男だ。僕より背も高く、体格も良い。

 

 僕の方にちょいちょい、と手招きをする。

 

”…………へ?”

「武器を寄越せ、武器。俺は墓の見回りをしていたものでな、生憎武器になりそうなものはない」

 

 墓地?

 

 思わず見回すと、確かに寂れた墓石の群れが僅かに見える。開けた平地が森のなかに広がっているようで、少し不揃いだったり地面がゆらゆらとした線を描いてはいるが、墓地であることに違いない。

 森の奥にこんな所があるのも驚きだが、それよりも剣をひったくられたことに言葉を失う。

 

”ちょっと待った! 貴方どんな人かは存じ上げないが、向かってくるのはマトモな人間じゃ――――――”

「五月蝿いボウズだ、安心しろ。これでも昔は色々してたんだよ」

 

 木を崩し向かってくる音に戦々恐々としていたのに、男と来たら僕の剣を片手でぶんぶんと振り回している。

 

 いや。ちょっと待て。

 少しずつ素振りの音が変わってきてないか。

 少しずつだけど風を切る音が、風を引き摺るような長いものに変わっているような――――――。

 答えが出る前に件の追手がやってくる。

 

 男がニヤリとした。

 

「いい武器じゃないか、鍛えてくれた奴には感謝することだ。余計なものもなく、また無骨で強力。お前の体躯も考慮してあるぞ、羨ましいものだ」

 

 獣だ。とうとう全身が膨らみ、左腕ばかりの大きな名称不明の獣に成り果てている。眼は血走って何処を向いているのか分からず、身体からは故も分からない獣の悪臭。長い灰の毛並みがすべて蠢いていて、ひと目見ただけで「殺すしか無い」事がわかってしまった。

 

【ド、ケ…………■■■ッ!】

「は? 何言ってるんだアレ、人間でもないが。ボウズはあんなのを相手してたのか?」

”い、いや…………どんどん変な形になっていってた。多分――――――”

 

 言葉の前に、低空から飛びかかってくる。

 目前まで来た一瞬を捉えるには、その大きさは6メートルですまない。脚を屈めて前傾姿勢だったから低く見えていたが、実際はもっと大きなもの。

 

”一番やばい! 逃げるんだ!”

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そらよ――――――――っとぉっ!」

 

 飛んできた爪に、彼は綺麗に姿勢を整えると思い切り背中に付けた剣を前に振り下ろし、左腕の指と指の間に剣を突き立てる形のまま抗戦する。

 そのまま獣の手が、手首が、二の腕が、腕が裂かれていく。

 

 黒ずんだ夥しい血が僕たちに降り注ぐ中、獣が声にならない悲鳴をあげる。男は黙って剣を振り抜くと、とうとう二の腕までがボロリと皮を剥かれた果物のように地面に引きずられていく。

 

【■■■■■■ッ!?】

「人攫いってのはアイツかもなぁ、ハッハッハッ!」

 

 血塗れでケタケタ笑う男の格好は、よく見れば牧師のそれだった。牧師であるらしき予想をしたことを思い出す。

 

 何なんだこの人、何で平然と対応できる。

 腕を裂かれて苦痛にのたうち回る獣が、顔から地面に突っ込むとそのまま急カーブする。大口を開けてこちらを食い千切る気が満々だ。

 

 牧師が構え直した。

 

「おいボウズ、覚えとけ」

 

 やって来た獣に対して、牧師は剣を逆に構える。

 獣とぶつかる。

 

「大きなものと対峙する時に力比べは辞めろ。馬鹿犬じゃないんだ、俺達は」

 

 そのまま剣で牙ごと「受け流してしまう」。

 弾かれた獣が今度こそ立ち上がり、飛び上がり、こちらの真上までやってくる。

 

 急いで走りながら逃げるが、牧師は片手から光るダガーのようなものを取り出すなり獣の目に投げつける。

 

「後は急所を狙え。狙えない時は流せ、この剣は良い。受けることも考えてあるからこんなに分厚いし――――――――」

 

 眼にどうやらダガーが刺さったようで、目を抑えて呻き声を上げる獣。牧師が軽いステップでバランスを崩した獣のすぐ側に佇む。

 

「そして、砕く想定だから」

 

 そのまま右腕を伸ばしきられる前に、牧師の大振りな一撃が首を捉える。

 確かに「砕き落とした」。勢いよく飛んだ首が墓地周りを跳ね回り、墓石を噛み砕きながらまだ動き回る。身体はもう動いていなかったが、アレでも今の僕では危険に違いなかった。

 

 牧師がふぅ、と一息つくと、軽い動作で剣を真っ直ぐと槍のように投げる。力のこもってなさ気な動きに反して鋭く、真っ直ぐ飛んでいった剣が、暴れまわる獣の頭を正確に撃ち抜く。

 

「重い。巧く使えるようになれよ、ボウズ。才能だけだと、武器の正しい持ち味は引き出せないだろうからな」

 

 ゆったりと歩いていった牧師が剣を引き抜き、まだピクリと動いた獣の後頭部にもう一度刺す。

 

 抜くなり剣の血を払って、僕の方に放り投げてきた。

 思わず問いかける。

 

”あ、貴方は…………?”

「あ?――――――そういやボウズ、俺の持ち場にだけは来てなかったらしいな」

 

 成る程なぁ、とニヤリとして僕の前に立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の名前はガルガンチュア。牧師をやっている」

「まあ来い、手当をしてやる」

 

 ニヤリと笑った牧師の包帯の奥。

 両目が赤く光っていたような気がした。




今回出てきた女、作中で語る予定はないのでテキストを貼り付けます。
アールゴーン伝説については次回。後書きが長いのが個人的に気になるので、長くなりすぎない配慮です。ご理解ください。もう長いんですけどね!

【聖者の獣】
聖女の人工的作成、その途上に発見された”失敗作”。
聖女は生得の魔力属性が無であり、教会は深淵がそれに近いと断定。人に注ぎ込む研究をした。深淵とは魔物に近い属性であり、即ち其れは魔物の血を注ぎ込むこと。
真偽不明な魔術知識で「清められた」血を注ぎ込まれたある信徒は、とうとう発狂し、魔物へと変貌した。
人の姿を失えども彼女は教会を信じる。教会の嘯く「選ばれし者」だと錯覚する。しかし手は血塗れで、体は獣臭く、一体誰が「聖者」などと思っただろう。ただ振り回されたばかりの哀れな獣である。



ちなみに正当CPでも逆CPでも同じコマに居ないマイナーCPでも大丈夫です。
というか友人曰く「公式の供給が強すぎる」らしく、シチュをボロボロ零します。これを書いている最中はアルヴァーではなくアルヴィンの話を友人としていました。
掛け算を指定してくれれば感想でも吐き出します。ただしアールゴーンxヨセフカとバハクxヴァールだけは宗教上の理由で無理です。逆でも駄目です。

誰が好きですか?

  • アールゴーン
  • ヴァール
  • バハク
  • ヨセフカ
  • ヴィンストラム
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