職業、英雄。趣味、幼馴染を護ること。   作:杜甫kuresu

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4%ぐらいの人が何だか聞き覚えのある名前が出てきますが、特に関連性はないです。

後、出来に不安が残っている。どうなんでしょうね…………。


革命記念日

「Set――――――」

 

 風に攫われるような詠唱と共に、青白いハルバードらしきものが手に握られた。粒子を放つその柄は透けており、彼女の真っ直ぐとした赤い瞳とはためく銀髪を映し出す。その姿の”革命の聖女”らしい様にアールゴーンも少しだけ目を見開いた。

 

 戦場は急勾配の山地帯。昔の土砂崩れでむき出しになった黄土色を見るに、リーチの暴力に彼は敵わないだろうか。

 アールゴーンが静かに剣を取り出す。鈍く輝きも放たない黒ずんだあまりの巨大な剣、両手で扱う所を彼は右手で構えていた。

 身長を鑑みてもおかしい。

 

「随分大柄な得物だな。峰打ちで済ませたかったが、難しいかもしれない」

”それは光栄だね。ただ――――――”

 

 アールゴーンが僅かに姿勢を下げるなり、弾頭のように真っ直ぐと走り出す。

 思わず少女が回していたハルバードで振り下ろされた大剣を受け止める、凄まじい膂力だ。少女は目を見開く。

 

「重い…………ッ!」

”あ、そう言えば君聖女だよね。じゃあいっか”

 

 軽い一言と共に剣を離すと、弾かれた勢いで後ろに跳ねる。

 

 途端に剣と左手が黒い靄を帯び始めていく。剣は靄に覆われ一回りも二回りも刃先を長くしていき、地につけていた左手がゆっくりと地面を砕いた。まるで別人のように身体に纏われていく黒に、少女が目を剥いて舌打ちする。

 

「何故人間が深淵を操れる…………!? それは魔物の根源、人間が生半可に震える力ではないはずだ」

”へー、何かそんな事をヴィンストラムも言ってたね。まあ僕は扱えるよ、そういうルールらしい”

 

 けろりとした顔からは想像のつかない、引きずるような無気力な飛びかかりが少女を襲う。

 上から下に落ちてきた大剣は先程とも比べ物にならない重み、たまらず少女が彼を蹴りながらハルバードを斜めにいなす。

 このままでは折れると判断したのだろう。

 

 蹴られた勢いに不自然なくらいクルクルと回ったアールゴーンがハルバードを掴む。

 

”武器を無力化すれば所詮は女性だ”

 

 左の人差し指がハルバードに触れた瞬間、凄まじい炎にでも包まれたようにハルバードの柄が「消えていく」。

 粒子が瞬き、まるで灰になっていく如く消えるハルバードに少女が怖気だつ。

 

「何だと…………ッ!」

”深淵は聖女の無属性に滅法強い。君自身の身体を穢せるほど強い属性じゃないけどね”

 

 軽い調子で説明しながら左手でハルバードを霧でも掻き消すようになぞると、そのまま跡形もなく消えてしまった。

 

 アールゴーンは浮いた身体を不自然に地面に叩きつけると、肩から地面にぶつかった身体がみるみる内に正常な立ち姿へとぐねぐねと戻っていく。

 それはとても”英雄”の動きではない。まるで死人がゆっくりと起き上がっていくような漫然とした恐怖が滲み出す。

 

 少女が取り出した長剣で彼の剣を弾きに掛かるが、力の入ってなさ気なその右腕はまるで動かせない。

 

”無駄だ。そんなヤワな武器じゃないよ”

 

 手首を捻るだけで少女の長剣を弾き返す、どころか手から放り投げさせてしまう。

 勝ち目がないと見たのか、急いで下がりながら長い詠唱を始めるが、それもアールゴーンはぬらりと距離を離さず詰め寄る。

 

 伸びた左手に思わず少女が目を瞑った。

 

”よいしょ、身体強化も無力化。君はもうただの美少女だ、これで降参する?”

 

 ゆっくりと目を開くと、そっと肩を握っていただけのアールゴーンに彼女は立ち尽くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「是非とも! 私に協力してはもらえないだろうか!」

 

 熱弁するリリィにシチューを渡すと、眼を丸くして両手で受け取った。仕草は口調に比べて凄く女の子っぽくて、何だか芝居じみてるなあとさっきからずっと感じていたりする。

 

 白髪赤目、俗にいう聖女に属する女の子。どうやら『あの英雄の付き添いが聖女』とかそんな情報に熱が入って、自分の率いる革命軍への熱烈なお誘いをしに来たそうだ。

 最初は性分を噂で聞いていたから僕を力ずくで引っ張りたかったみたいだけど、まあご覧の通り彼女は諦めた。僕の勝ちだったからね、何だったら晒し首にして王様からお金を貰えなくもない。しないけど。

 

 バハクが呆れたように笑う。

 

「やめとけよ聖女様。前も言ったが、アルはヴァールしか目に見えてない盲目変態野郎。アンタが例え色仕掛けをしたってコイツは動かねえよ」

 

 あのねバハク、僕がまるでヴァールが居なければすぐ女の子に手を出す不埒者みたいに言わないでもらえるかな。

 

「すぐ手を出される男じゃん」

 

 知らないよ。君の思い込みだろ。

 

 どうやら革命軍は置いてきたらしい。というか部下の皆さんは止めたのに勝手に来たそうだ、お転婆極まるリーダーっていうのは実在するのか。普通崩壊するんじゃないのそういうの…………。

 ああ、でもバランスかな。周りの人が先導できる彼女を方向修正するなら、あるいはそういう組織も成立しうるのか。リーダーだけがリーダーの役割を果たせばいいってものでもないし。

 

 というか色仕掛けされたら知らないよ、僕されたこと無いしね。

 

「えっ。アル? それホント?」

 

 いやだってされたこと無いし…………断言とか無理だし…………。

 

 明らかに失望したような顔で口が開いたままになるヴァール。君は僕を何だと思ってるんだ、僕はあくまで一般男性でしかも独身なんだけど。あんまり酔ったりしたら事も起きるかもとはなるでしょ。

 

 そんな事よりリリィ。

 

「ああ。何だ?」

 

 君、何で革命なんかおっ始めたのさ。

 

 僕の質問が予想外だと言わんばかりにリリィが固まる。他の三人も動向を見守ると言うか、何とも言えないバツの悪い顔をしていた。

 彼女が何事をか成さん、という心意気なのは分かる。きっと遅かれ早かれ、何か変な大事を起こす性格なのかもしれない。

 ただ…………。

 

「何故、か――――――――単純に聖女の扱いがあんまりだと思ったから。それでは駄目か」

 

 ああ、駄目だね。

 

「ちょっとアル、らしくないわよ! 人にとやかく首を突っ込まないんじゃないの?」

 

 いやだって変なんだよね。リリィ、確か君は元々教会に祭り上げた聖処女の類だ、生まれも中央付近。

 はっきり言って叛逆しようっていうのが変なんだ。あの時見た君は確かに尊ばれていた、一体何が悲しくてアレを投げ捨ててまで武器に手をかける?

 

――しかもあろうことか、彼女と来たら革命を起こすらしい。

 僕は興味があった。ヴァールではない”聖女”に。

 

「…………アールゴーン、貴方は革命軍の合言葉を知っているか」

 

 ごめんよ、全く知らない。君の顔は覚えてるよ、一度戦ったね。

 

 僕は俗世にあんまり興味が無いからなあ。もちろん危ない場所とかは気をつけたいけど、一応竜ぐらいなら何とか倒せるようになったぐらいだから、あんまり過度に怖がっても仕方ないし。

 リリィが構わない、と小さく微笑む。整った顔つきだ、並の男なら――――――というかバハクがボーっとしてるね。

 

「私は今、これから何かを変えようなどと思っていない。それはこの体制を築いた先人への無礼でも有る、彼らが悪意か善意かはともかく、築き上げたものへの冒涜だ」

「ただし、私は付いてきてくれるものにはこれだけは忠告している。『我らが屍を積み上げるのは、何時か誰かの足がかりとせんが故』と」

 

 重々しい言葉だね、君は見えもしない未来のための捨て石になろうというわけか。

 

「そうだな、重々しい。重々しいから、私は誰にも強要したくはない」

「ただ、貴方は。アールゴーン・ラドヴィルクの力は欲しかった。無理を申し出てすまなかった…………」

 

 別に良いよ。君はその時最善を成したんだ、結果を見て責めることじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日程、彼女を連れて本拠地に戻る旅をした。

 どうやら彼女は僕らが偶々近くを通りかかったから来たとかではなくて、ある程度腹を括って会いに来たらしい。そこまでしてどうして僕らの協力を仰ぐのか、と尋ねると

 

「私達はただ死ぬだけではならない。その抗いが、後世で恐れられてこそ価値を持つ」

 

 と言っていた。僕を買い被り過ぎだと思うんだけどな、人殺しは慣れてないし。

 

 ちなみに勧誘は何度かされた。

 

「やはり貴方の力が必要だ」

”欲しいならヴァールに聞いて。ヴァールが生活環境に不満がなければいいよ”

「私はアルが即答しなかった時点で却下かしら」

 

「いっそのことヴァール嬢だけでも!」

”いや意味ないんじゃないのそれ”

「私はアルに一生つきまとって養わせるって決めてるから。ごめんなさい」

「貴方達の関係性がイマイチわからないぞ…………!?」

 

「で、では貴方が欲しいものは何だ! 保証しよう!」

”軍に入れとか強要されない自由。やりたいことしかしないよ”

「リリィさん、アルにその条件持ち出すのはその時点で負けよ? だって彼は王国の待遇抜群な専属の兵士になることも不自由そうだからって理由で却下したもの」

「何だか侮辱したようで申し訳ない…………」

”いや怒ってはないけどね。嫌なだけ”

「断固としているな」

 

 まあ全部断った。

 

 彼女は一見、生き急ぎすぎた女の子だったのだけれど、よくよく話を聞くと何だかそれも違うようだった。

 初めて会った夜の言葉は殆ど一貫していて、彼女は自分の革命が何ら世界を動かすなんて思っては居ないらしい。隣国の軍備援助を受けているなんて黒い噂もビンゴで、受け取っていることは否定しなかった。

 

 というより、彼女からは聖女らしからぬ人物像が浮き彫りになる。

 

「誰もしないことをするのだから、手は汚れる。今後誰かが声を上げる手助けとなるには、私が例えどれほどどす黒く染まってでもやり通す覚悟が必要だろう」

 

 そんな事も言っていた。彼女は本当に、自分の先にある道しか見えていないようで。

 立派な人柄だなあと他人行儀には感じる、人の上に立つには十分なのかもしれない。少し若いからだろうか、やっぱり何となく焦ってるような感じもするけど。

 昔も焦ってた。あの時は義憤にかられていた、かな。

 

 しかし意外な話だが政治にも疎いことはなく、軍略も全くというわけでもない。商売も、まあ珍しくヨセフカと話題が合ったりして。

 

 

 

 

 

 

 

「現在の貨幣は信用がなくて、だからそもそも交換が盛んではない。隣国ではもう辺境の民草も貨幣に馴染んだと聞くが、違いは何だと思う?」

「断言は出来ませんが、気候は人間の動向を左右します。リリィ様の仰っているのは恐らく東、東は寒く厳しい土地です。貨幣を用いて取引を円滑にしようと考えるのは自然かと、この国が良くも悪くも平和であるという証左でしょう」

 

 うわっ、また難しい話だ! 僕は経済のカチコチの冬将軍到来中みたいな話は苦手なんだ、大学時代を思い出す!

 

 とはいえヨセフカは無趣味と言うか、あんまり楽しそうに物事をしないので殊更に指摘はしたくない。こういう商売の話をしてるときの彼女はキラキラしてるから微笑ましくもあるというか、まあ止めたらバハクに殺されかねないと言うか。お前もう付き合えよ…………。

 

 ヴァールと顔を見合わせると、どうやら心持ちは同じらしい。おかしくて笑ってしまった。

 

「おや、アールゴーン。何かおかしな事でも?」

 

 いいや、何も。

 

 楽しそうなのでそっとしておこうかと思ったのに、僕の顔を見るなりリリィの方から僕に突っかかってくる。

 

「何だ、何がおかしいんだ。言ってくれないと私は分からない、一応ついてくるものが居るものでな。笑いものというわけにも行かないんだ、頼む」

 

 いや、そういう事じゃないんだけどさ。

 

 全く的はずれな生真面目さを発揮し始めたリリィに思わず苦笑が強くなってくる、心なしか頬も赤いような気がする。

 やっぱり最初から思っていたけど、彼女は本来ただちょっと頭の良い、普通の女の子なんだろう。大義名分も事実では有るだろうけど、単純に恥ずかしかったりとかしてるのかもしれない。

 

「一体どういう事なんだ…………意地の悪い人だな」

 

 うわ、シュンってした。今シュンってした、悪女だ。誰だいこんな危険な娘を聖女を呼ばわりした馬鹿は、余裕で小悪魔だと思うんだけど。

 

 とか言ってはみるものの実は言うほどだったりするわけだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は驚くほど綺麗な三日月だ。あの日の夜とは違って見張りは交代制、横でバハクはぐーすか寝ていた。

 自分で言うと痛々しいが、僕は運動神経含め身体機能は軒並み高水準だ。五感も例外ではなくて、聞こえてくる環境音に紛れた足音ぐらいは馬車の中でも聞こえてくる。

 

 最初は自分でもこれはどうだろうかと思っていたけど、一度本当に気づけた経験からもう馬車の中で座り込むことにしている。立つのは辛い。

 漠然と最近の、少しだけ騒がしい日々を思い出しながら月を見る。

 

 彼女は大体、僕の結論で言うと普通の女の子だった。

 強がっては見せているし、実際強くなったけれど。人並みにお嫁さんになんてなりたがっていたし、趣味は料理と菜園だった。怒るし、笑うし、何とも普通の感情豊かな女の子という感じ。

 でも、革命軍の隊長だ。生憎身体だけは立派だから僕は勝てたけど、並の兵士で彼女に勝つことは不可能だ。鎧を着てあの速度で動くの自体結構異常だし、状況判断も悪くない。

 あの後何度か打ち合ったけど、深淵縛りしたらぶっちゃけ勝てない。

 

 リリィ曰く

 

『貴方のような兵が居ると敵の士気を削ぐのはさぞ楽だろうな…………やはり惜しい』

 

 との事だ。士気を削ぐ? そんな事に使い道有るんだろうか、僕。

 

 今更士気を削ぐという妙な使いみちに思いを馳せて月にぼんやりと焦点を合わせていると、馬車の奥からゴソゴソと音がして思わず振り向く。

 月明かりでも分かる白髪、リリィだ。

 

「失礼、眠れないものでな」

 

 まあそうだろうね。こんな落ち着かない馬車の中じゃ寝られないだろうさ。

 

 もぞもぞと毛布を引っ剥がしてこちらまでやってくると、徐に三角ずわりをして月をボーッと眺め始めた。横顔は何だか唯一女の子らしいハーフアップの大きな黒リボンばかり目立ってしまって、まあ何とも僕は感傷的なやつだなと笑えてくる。

 さて、聖女様は何を喋りだすのやら。

 

「…………私は怪我をしたものは放っておけない性格だった、”聖女”と宣われた時代からそう。これが偽善とは分かるが、私は偽善を捨てられない」

 

 そうだったね、君はそこらの擦り傷にでも奇蹟を行使する良い人だった。

 

 聖女というやつはとても都合がいい概念だ。国の言い分としては、白髪赤目は聖女とバケモノの因子を持つものの二種類で、大抵バケモノだとか。

 お上の方々は見分けられるから、正しい聖女を見つけられる。何いってんだって感じだけど、まあ中世ライクだから仕方ない。

 

 彼女はそのうちの、『正しい方』と言われていたのを覚えている。過剰なほど持ち上げられていて、むしろ気味悪かった。

 

「だが傲慢だろうさ」

 

 言い切るその手は震えていた。

 

「結果として、治せもしない難病の子を引き連れた母親が来た」

 

 そう言って痛ましく目を閉じた。

 

「腕がないから仕事が出来ないと嘆く男が来た」

 

 消えた声に膝に顔を埋めた。

 

「絵を描きたいから盲目を治したいという女性が来た」

 

 消え入りそうな心細い言葉に、唇を噛み締めていた。

 

「誰一人治せなかった」

 

 まるで己自身を呪うように吐き捨てた。閉じられた瞳は僅かに滴っていたような気がする。

 言葉を挟む気はまるで起きなかった、それが不干渉の姿勢だったのかと言われると僕は答えかねる。

 

 ただ…………どうあれ、彼女はそんな呪詛をこの月夜でしか吐き出せないのは間違いないだろう。

 

「何の意味もなかった。私は目の前にいる不幸を掻き消して、私の居る世界に平穏を齎しただけだ。何も、何一つ世界は解決しない、私は無力だということを忘れていた」

 

 それは違うけどね。

 

 僕の言葉に何だか憐れみの視線でも向けられたような、「どうせ笑っているんだろう」とでも言わんばかりに涙混じりの乾いた笑いが返された。

 本当にそうは思わない。それは彼女にとって無意味だったというのは簡単だけど、でもさ。

 

 君が擦り傷に向けた慈愛は本物だろ? それを否定するのは、救った人間に無礼だと思うけど。

 

「分かっている、分かっているとも。悲劇の主役気取りは馬鹿なのは分かっている。だが、思うことを誰が否定できる? 私は何らおかしなことは言っていない、『誰もを救えたら、誰もが幸せだろうに』と願うことは全く以ておかしなことではないはずだ」

 

 おかしくはない。それを言い出せば僕だっておかしい、誰かの幸せしか願えない時点で歪んでるんだ。

 其処で諦めなかった時点でおかしいみたいなものじゃないか。

 

 僕は数年と言わない旅の中で、ひしひしと自分がやっていることが自己満足の延長線だと学んだ。

 誰かの幸せだとか、他人の不幸の帳消しとかを目指すの自体がちょっと変わってる。そしてそれって大抵どうにもならない、だから普通は諦める。

 

 でも、誰だって思うものだ。

 

「全ては救えない。だが、救う手立てになるならばどうだ? 海を割る預言者にはなれずとも、連なる大河を渡る橋になることは出来る」

「私の死の後千年、いや万年と愚かな魔女と語られても、その行いに光を見出すものはきっと居るはずだ。私が一人であがくより、人の風評の方が時に一個人を動かせる」

 

 何とも悲しい言いぐさだ、口には出さないけどそう感じた。

 彼女はきっと、幾ら何を救おうとも満足しない。何かをするたび捨てた側をじーっと見つめて、ああ何とかならないか。そんな事を唸る。

 

 ただ唸るだけならただの偽善者だが、そこが彼女の聖女たる所以なのだろう。

 出来るだけ、それを消し去るために死ぬつもりらしい。

 

 リリィ・フォン・アリアンデルは戦う聖処女と言うに相応しい人物だ。

 正しく、強く、そして折れない。傷を負う事があろうと民のために進み、その奇蹟を我が国に還す清らかな聖女である。それは以前から変わらない、人のために進む性格だ。

 優しいし、強い。僕も一度見逃された身だからそれは分かる。

 

 それが仇となった。教会は彼女を聖女として完成させ、軍用兵器にしたかったんだろうが。

 彼女は今や、国より歪んだ意識で歩いている。兵器のAIはとっくに独り歩きしてしまったんだ。

 

「今は間違いと蔑まれても、時が経てば人の目は変わる。私の行いに続く者も、私の行いに励起される者もきっと居る」

「私は成す為に死ぬのではなく、成す者の為に死ぬ事になるんだろうな」

 

 僕は笑えなかった。

 何でだろう、かけ離れた彼女の歪みが僕の何処かにも居るような気がした。応援はしないし、優しくなんてしないし、憐れんだりもしない。

 

 多分君、遠い人にそういう事言いたかったんじゃない? 全部とは言わないけどさ、多分辛いんだよ。

 

「かもしれないな…………貴方はこういう憤りはないのか? ヴァール嬢も狙われている身なのだろう?」

 

 うーん? いや別に?

 僕、別に彼女を秘匿してたエミリアル家にも全然怒ってないんだよね。

 

 何気ない返事をしたつもりだけど、リリィは少し驚いたように目を丸くする。表情豊かとは言え、いつもは凛々しい意志の据わった目をしているからちょっとギャップみたいなものは有った。

 不思議そうに尋ねてくる。

 

「アレだけ大切にしている彼女を迫害した家を?」

 

 うん。だって彼らはそういう常識で育って、だから皆を守るためにやってただけに見えるし。人に害をなすって風評も有るから軽蔑するのもまあおかしくはないし、どちらかと言えば二食きっちり寄越してるのが温情まみれだろうね。

 

 貴族とか、中央に近いとか、とにかくフォーマルに近づくほど聖女への偏見はきつくて、微分積分レベルでしか聖女の認識が通じない辺境の村とは話が変わってくる。

 正直貴族としては手ぬるい扱いだし、彼らが僕を気にかけた目に嘘はなかった。

 

 彼らは彼らなりに、誰かの為に一生懸命だったはずだから。僕は見ていられないから勝手にもらってきたけど、僕が正しいわけでも彼らが間違ってるわけでもないというのが僕の意見だ。

 

 多分、ヴァールも同じことを言うよ。

 

「貴方にとって善悪という価値観はないと?」

 

 無いね。皆いろいろ考えてるし、結果論で語るのも無粋だ。例え人を害そうとも、時の価値観で左右される善悪二元論で判断する気はない。

 

 僕はあくまで”僕が助けたいから”助けただけだ。正義は騙らない。

 

「…………救われた彼女からすれば、その言いぐさは悲しいだろうな」

 

 そうかい?

 

 僕は君だって同じくらい、今ついてきてくれている人を粗末にしていると思うな。

 

「そうか?」

 

 そうだよ。君についてくる人は君の生き方を信じるくらい、君に傷がつかない事を願ってる人じゃないのかなあ。そうじゃないかもしれないけどね。

 

「…………貴方は。自分のことが分からないんだな」

 

 え?

 

「有難う。もう少し、仲間との接し方は考えてみることにしよう」

 

 答えを聞く前に、彼女はまた眠りについてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあアルちゃん、知ってるかい? あの革命軍の聖女が死んだって話」

 

 ええっと、リリィ・フォン・アリアンデル?

 

「そうそう」

 

 酒場の店主は豪快に笑った。

 横ではバハクがまた度の強い酒に酔っ払って一発芸を始めて、ヨセフカは揺れながら付き合っている。ヴァールは僕に寄りかかって酔い潰れた、彼女は酒に弱くてすぐ酔っ払って寝てしまう。

 

 リリィか、数ヶ月前かな。会ったこと有るよ。その前にも一度ね。

 

「へえ、英雄があの聖女さんと? 性格は合わなそうだな」

 

 そうでもなかったかな。

 

 酒を飲み干してもう一杯、バハクの聞くに堪えない奇声は酔いで掻き消したい限りだ。

 どうやら周りに乗せられてヨセフカと踊るらしい。ヨセフカは踊り方なんて勿論知らないからまごまごしている、バハクが千鳥足で手を引きながらもたもたと踊り始めた。

 

 にしても貴方はリリィを悪く言わないんだね。エセ聖女、とか悪魔とか世間じゃ散々な風評みたいだけど。

 

「言わねえよ、うちの倅が昔転んで出来た擦り傷をあのお嬢さんは治してくれたらしい。それが嘘だなんて思えねえからな、なんか事情があんだろうさ」

 

 ふーん。貴方は義理堅い人なんだね。

 

 踊りが段々手慣れてきていた。心なしかヨセフカの顔が緩んでいる、何だかんだと馬鹿騒ぎにも後ろからついてきて楽しむ人だ。こういう時は楽しんでもらえると僕も安心する。

 明後日の方向を見ていると、店主が頭を掻きながら苦笑い。

 

「いやあ、それはねえよ。周りに言われたらおうそうだなって言っちまう。ただよぉ――――――――」

 

 ただ?

 

「聖女さんは半年前には隣国の支援を打ち切られていたらしいぜ? 何で戦ったんだろうな、負けるって分かってたのによ」

「俺はあのお嬢さんは眩しいと思ったから、ちょっぴり分からないのが引っ掛かんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”我らが屍を積み上げるのは、何時か誰かの足がかりとせんが故”

 

 そんな所じゃない?

 

「兄ちゃん物知りだなあ、それ確か革命軍の――――――」

 

 違うよ。

 

 アレは、リリィ・フォン・アリアンデルの合言葉だ。

 おじさん、彼女は頑張ったんだよ。この言葉を言い続けて、巻き添えにすることにもきっと苦しんだんじゃないかな。僕が言ったから。

 

 でもね、だとしてもだ。

 

”彼女は罪深いにしても、清らかな聖女だった。それは保証するよ”

 

 店主は泣くほどではなかったけど、潤んだ瞳をパチクリさせて

 

「…………俺以外にもそう信じてくれる人がいるんだな」

 

 と呟いていた。

 

 信じてなんかいない。僕にとっては、彼女が聖女たる言動を見せた立派な人物だっただけだ。

 僕は駄目だ。誰かに踏まれる死体になる前に、守りたいものが有る。僕はまだ死ぬにはやりたいことが山程出てきそうだから、彼女に続いてあげることは出来ない。

 

 気づけばバハクとヨセフカは愉快そうに踊っている。周りで囃し立てていた連中も、あんまりヨセフカがきれいに踊るから黙りこくってしまったようだ。僕も少し見惚れた、酔い過ぎかな。

 

 おじさん。

 

「何だよ、しんみりしてんのに」

 

 これからも出てくるよ。彼女の掲げた旗は、歴史にずっと残るんだ。

 例え第二第三のリリィ・フォン・アリアンデルが斃れようと、きっと正義は立ち上がるだろうし、土の下の彼女は迷う誰かを救っていく。

 

 心配なんか要らないさ。

 彼女の革命はまだ、始まったばかりなんだから。




ではアールゴーン伝説のお話ですね。伏せておきます、そこそこネタバレなので。
「自称魔法使いなんだけど大変手に余る弟子もどきに困っている」の第四話、「忘却のヴァール」で取り扱っています。読んだ後の貴方の感情に一切の責任を取れません。終わり。

リリィ・フォン・アリアンデル。見た目はドルフロのIWS2000を想像しています。ミニスカではないし鎧も着てるだろうけど…………イメージですから…………。


これは大真面目な話ですが、私は人の感想よりも数字を信じてるタイプなので、低くても高くても率直な評価とかお気に入りの数が増えたほうが実は嬉しいです。
感想は軽視してないのですが、どうにも数字のような圧倒的な現実に寄りかかってしまうタチらしいので。
とか言いながら感想が全く無いのも寂しいものだなあとかとも思ったので、結局全部欲しいですね。当たり前か…………世界とは悲劇なのか。

誰が好きですか?

  • アールゴーン
  • ヴァール
  • バハク
  • ヨセフカ
  • ヴィンストラム

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