職業、英雄。趣味、幼馴染を護ること。   作:杜甫kuresu

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お久しぶりです、リメイクを諦めたのでひっそりと設定集は亡き者にしました。どうせ誰も覚えてないですよねという体で行くので宜しくおねがいします。

今回からは”竜血”編。文字数はいつもより圧倒的に少ない。というかやろうと思えば何処まででも書けるんですけど、書く意味がなかったので。


”竜血”
夜道


「軍が押し寄せていると聞いたが…………まあ予想通り、貴方が来たか。十三番」

 

 流れる白髮が風にたなびく、まるで旗のような後ろ姿がじぃと遠くの人影を見つめていた。

 芝も生えぬ荒野の彼方で軍が待つ。弓を、剣を、馬を、そして戦斧を。リリィ・フォン・アリアンデルの下に集った叛逆者達は尽くがこの場に揃い、そしてたった一人の大男に構えている。

 

 その姿は真っ赤に染まり、また長身。嵌めた手袋までもが真っ赤な血染め姿のジェントリは、黒く蠢く髪の奥から凝固したような紅い瞳で彼女を捉えたまま。

 武器はなく、また隠している様子もない。唇だけが音をなぞる。

 

”久しぶりだな、リリィ・フォン・アリアンデル。まあ随分と物々しいじゃないか”

 

 遠く遥か彼方、彼らは音のない会話を続けていく。

 

「ファニーボーン。空白の十三番、掃除ばかりで貴方も大変だな」

”そうかもしれんな”

 

 ニヤリと男が嗤う、見えていないはずの軍がたじろいだ。

 

”だが掃除屋も悪くはない、貴様のような殺し甲斐のあるものばかりだからだぞ?”

 

 瞬間、リリィが思い切り粒子を放つ戦斧を投げつける。

 驚くほど真っ直ぐと、それはまるで流星のよう。軍が驚きに声を上げる最中、それはとうとう遥か遠くの男の脳天目掛けて飛びかかる。

 まるで砂を崩すように綺麗に頭をかち割りながら戦斧が深々と突き刺さった。

 

 凄まじい血を撒き散らしながら男が後ろにゆっくりと仰け反っていく、誰かが小さく

 

「やったか!?」

 

 等と呟いた。

 リリィはすぐさま手を上げて号令。

 

「まだだ、あれはそんなものでは死なない――――――構えろ!」

 

 声が響くのは少し遅すぎた。

 男の巨躯が忽然と目の前から姿を消す。散った血も残らず、戦斧だって何処にもない。点のような遠くとは言え真っ赤で目立つ男であった、動けば誰かが声を上げる。

 

 どよめく群にリリィが振り向いた瞬間、兵士が一様に彼女の後ろに目を釘付けにしていく。

 

「…………五人、十五年程前に居たか」

「――――――――何だと?」

 

 瞬間に振り下ろされた戦斧に彼女が目を見開きながらすんで躱す。

 覆い尽くすような真っ赤なシルエット、どす黒くまた紅い瞳だけがぎらぎらと輝いた。戦斧を軽々と持ち上げ、身体に巻いた布切れは不自然にはためく。

 

 頭に空いているはずの穴など、何処にもない。

 それどころか血の一滴たりとも。

 

「今、貴様が殺した数だ。流石聖女と言っておこう、並大抵の膂力ではないらしい」

 

 にやり。

 裂けんばかりに開いた口から覗くのは、まるで傷つけるためだけに有るような鋭すぎる歯の数々。到底人が持つそれとは程遠い。

 

「改めて。ガラドゥサ正教会第三の使徒、聖女リリィ・フォン・アリアンデル」

「貴公を”脅威”と認識、ファニーボーン・ペアデッツ・インカーヘアレント。聖書原典二千五百六十二頁、十三番の使徒の天命に従い抹殺を開始する」

「皇帝特権受領済み、教会目録の抵触は無し、罪状は死刑相当確認完了、第十特権までを承認――――――――」

 

 戦斧を軽い手付きで投げると、凄まじい速度で陣の中央を突っ切っていく。巻き込まれた何十人もが悲鳴も上げずに血溜まりに沈んでいった。

 

 リリィに見えた男の姿は漆黒。昼のよく晴れた空の最中、男だけがまるで塗り間違えられように黒く光を通さない。邪悪、善良、そういう問題ですら無い。

 誰もが信じる太陽ですら其れの中身は明かせなかった。

 

「血を流せ、涙を枯らせ、喉を張り裂け。私は恐怖、俺は憎悪、我は絶望、さあ幾らでも鉄屑を突き立てるが良い。敵は此処で、脳天は明白、貴様らの手には武器まで握られているじゃないか」

「後は死に行く刹那まで艱難辛苦を踏破するのみ。見せてみろ、世界が積み重ねた”人間”を――――――ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、お嬢さん。道を尋ねても構わないかな?」

 

 彼が腰を低くしながら問いかける。まだあどけなさの抜けない美しい白髪の少女、顔まで覆い尽くさんばかりの布切れの隙間からでも美しさは見て取れた。

 肩を叩かれた少女はびくりとしながら彼の顔を見ると、目を合わせるなり少しだけ目を伏し目がちにする。

 

「ああ、私かしら。ごめんなさい、ちょっと待ってくださる?」

「構わないが、私は何か無礼をしてしまっただろうか。如何せん決まり事には疎くてな、粗相をしていなければよいのだが」

 

 恭しく胸に手を当てる男の手は真紅。巻かれたローブも赤色で、随分な使い古しようだが価値は感じる。履いたブーツも安物ではなかろう、少女も身分柄覚えは有った。

 

 ただ、それが特筆もない街中、夜に話し掛ける男の服装でないことも知っていた。

 彼の金の瞳に溜息をつくと、少し意を決したように見つめ返す。彼女の瞳も真紅だ。

 

 男が少しだけ目を妙に光らせた錯覚、彼女がぱちくりと瞬きをする頃には怪しい光は消えていた。

 

「少し背が高くてびっくりしてしまっただけ、今はアルも居ないから……」

「連れがいたのか」

 

 ふむ、と顎に手を当てる仕草は何処と無く子供のよう。ころころと変わる印象に少女は目を回す。

 

「辺りに貴族は居ないはず。貴方も来訪者、そういう事になるが」

「そ、そうね。だから手伝いは出来るかもしれないけど、役に立てるとは保証できないわ」

「いえいえ」

 

 気持ちだけで十分だ、と言わんばかりに手をふる。とても大きい、元々大柄に過ぎる男ではあったが彼女はその異常さを再認識する。

 普通ではありえない体躯だ。

 

 少女の僅かな疑惑を他所に男が笑顔で彼女の手を取る。

 

「でしたら貴方の付き添いも共に探すとしよう」

 

 意外な申し出に少女がおたおたと断る。

 

「そ、それは申し訳ないわ。貴方も道に迷っているのでしょう?」

「何、旅をしていると世は流れに逆らわぬが吉と悟るもの。出会いも縁、何よりも私に幸運が流れ込んでくるなどという事もあり得る」

 

 旅の話をされるとそれは否定できない、と少女が困った表情になる。経験が皆無と言う訳でもなかった。

 答えあぐねている少女を置いて男が大笑いをしながら大通りを歩き始める。

 

「道に迷っているのに返事まで迷っている暇もないだろう、別段対価を取ろうと言っているのでもない。お互い小さな目的地までの縁ということで」

 

 

 

 

 

「ふーむ、さっぱりだ。この街は実に広い、首都からの距離を思えば素晴らしい発展を遂げている」

「アルは何処行ったのよ…………置いていかないって言ったくせに」

 

 拗ねる少女を放置して彼は一人景色を見ながら感心していた。

 此処はいわゆる流通を軸とした自由都市、名前をダムブルク。ヨセフカの組んだシステムに続いた、簡単に言えば”後追い”の成功例。

 

 プロトタイプは尽く越えられる定めにあり、それを示す証明そのものがこの都市の圧巻の景色に直結する。

 立ち並ぶ民家、近くに望む港、夜も更けるに消えない灯り。たった一つの月明かりのもとで、この都市は眠ること無く拍動を続けていた。

 

 彼は口笛を鳴らすと、不満そうに眉をひそめていた少女に尋ねる。

 

「そう言えば名前を聞いていなかったか、差支えがなければ」

「大体私を護るのがやりたいことって言うならもっとこう、構っても――――――――」

 

 ぶつくさと居もしない男に不満を顕にする姿に、少しだけ笑いながら問い直す。

 

「名前を、聞いてもよろしいかね?」

「――――――あっ!? ご、ごめんなさい」

 

 慌てた様子で畏まる。

 彼としては別に面白いので構わないのだが、それはそれで愛らしいと思ったのか多くは言わない。

 

「私はヴァール・エミリアル。もしかすれば覚えがあるかもしれないけれど」

 

 確かに有った、男の瞳が刹那に鋭い炎を明滅させる。

 途端にヴァールの体中がぞわぞわと毛を逆立てていくような気色悪い感覚、言うまでもなく男のせいだろう。彼女の視界に映る男の”色”が妙なのだ。

 

 ヴァールは昔から多くの人間から”感情”を端とする様々な色が零れているような、そんな物が見える。怒り、悲しみ、憎悪、感謝、憂鬱、落胆、時に絶望にさえ色を見出してきた。

 

 では男が放った色は何だったのか。

 結論から言えば、無数。それは無数としか形容できない。グラデーションのように男は絶え間なく色を変化し、複数放ち、何より其れには欠片たりとも統一性が見いだせない。

 今まで男の色は正常だった。感情がはっきりと読み取れたし、言動に嘘を含んでいなかったのも経験則で見えている。

 

 だからこそ気味が悪い。

 アールゴーン・ラドヴィルクに滲んでいた黒ですらない、鮮やかと言えば聞こえは良いが正しくは混沌。

 何もかもが乱暴に混ぜられた滅茶苦茶な姿。

 

「成程、貴様がな」

 

 言葉遣いが別人のように重々しい、聞くだけで彼女の身体まで重くなりそうな言い知れぬ圧が掛かる。にたりと張り裂けるような口から覗く歯は異様に鋭く、どちらかと言うなら牙に近い。

 

 咄嗟に逃げようとする足が竦む、まるで身も心もその一瞥だけで支配されてしまったようだ。

 男のローブの裏側で何かが蠢いたように見えた。

 

「くくくくっ…………ヴァール・エミリアル。エミリアル家長女、被検体番号四十、アールゴーン・ラドヴィルクの誘拐により行方不明。教会ですら手を焼く狂犬の飼い主が貴様だと?」

 

 呑み込みそうになる言葉を無理やり吐き出す。背筋を伸ばし、目をしっかと合わせ、はきはきと。

 逃げることなど許さない。

 

 彼は戦う。ならば彼女は逃げないことでしか、彼の横に立つに相応しい返礼は出来ないから。

 

「私の大事な人を狂犬だなんて、貴方言ってくれるじゃない。でも大半は事実よ、私がヴァール・エミリアル――――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”――――――そして僕がアールゴーン・ラドヴィルクだ”

”誰だよ、お前”

 

 ちっ、今のを避けるか。あの夜以来のとんでもない化物を教会は持ってきたみたいだ。

 深く突き刺さった剣を引き抜く、飛びかかったせいか思ったよりも土に塗れてしまった。しかし僕が少し目を離したスキに面白いことになってるじゃないか。

 

 真っ赤な大男が耐えきれんとばかりにゲラゲラ笑い出す。

 

「来たか、オレが探していた”人間”! 深淵纏い!」

”黙れ。随分お喋りなやつみたいだ、どうせだから名前ぐらい名乗っていけよ”

 

 くそっ、強がってはいるけど何なんだコイツ。危険なのかどうか判別すら出来ない、今までこんなヤツ見たこともないぞ。

 

 雰囲気も異様だ、あの刺客の時の比じゃない。そもそもコイツは何だ、”何人居る”?

 コイツだけじゃない、周りからも異常な量の視線がして気持ち悪い。しかも不躾だ、偶々町の人間が見てるなんてこと無いはず、此処は外れの山だぞ。

 

 嫌な汗が止まらない、男がゆらりと動く。

 

「名前、名前か! そうだな、人間は何にでも名前が欲しい生き物だった。失敬、オレは疎くてな、そういうものはきっちりとしなければなるまいよ、はははっ…………!」

 

 深い深い溜め息が男から漏れた、僅かに白く色づく息遣いが並々ならぬ熱気を帯びているのが分かる。

 

「ファニーボーン。ファニーボーン・ペアデッツ・インカーヘアレントだ、好きに呼ぶが良い。時によっては長い付き合いだぞ? アールゴーン・ラドヴィルク」

”そんな訳無いだろ、死ね”

 

 すかさず叩き込む、単調な踏み込みの横ぶり。

 けれど速度だけなら最速。しっかりと捉えた質量の暴力が木偶を横に真っ二つに裂く。ボトリと落ちる上半身に、下半身がグラグラとしながら付き添うように倒れ込んだ。

 

 夥しい出血にヴァールが正気を取り戻してしまったらしく、小さな悲鳴を上げて目に涙を浮かべる。

 目を逸らせば良いのに。

 

”見る必要ないよ、君は悪くない”

「…………そういう問題じゃないわ。私がアルにさせてることなんだから」

”強情だなあ…………でも”

 

 

 

 

 

”おたく、死んでないよね”

「ハハハハハッ! バレてしまったか」

 

 当然のように断面から集まるようにぴったりとくっついてしまうと、服ごと身体が再生してしまう。

 思わず下がるが下半身からしなるように起き上がった上半身に追いつかれる。

 

 剣を後ろに突き刺して軸にしながら更に後ろに跳ねて逃走、意外というか全く追っては来ない。

 

”大体今のもお前は避けれた筈だ、目がしっかり僕の剣を見ていた。何を考えてる”

「貴様らの涙ぐましい信頼関係と覚悟に敬服していただけだとも、いや嘘ではない。私はくだらぬ嘘などつきはしない、アールゴーン。貴様がどれだけ疑わしく思おうと、確かに私はそんな理由で命を”一つ”捨てたに過ぎない」

 

 中々訳の分からないやつだ。僕のメタ的思考が確かなら、コイツの命とやらは潰しがきくジャンクフードか何かの感覚で在庫管理をされているようだが。

 ニタリとした笑顔を崩さないまま、赤く光った鋭い目つきを此方にぶつけてくる。

 

「そうだ、潰しがきくとも。深淵と聞いて察しはついていたが、お前はやはり”あちら側”なのか」

”おい、お前何者だ。何で当たり前のように心を読んで、そんな事まで知ってる”

 

 コイツ、僕が転生者だと明らかに認識してる。言い回しでご丁寧に気まで遣いやがって、どういう事だ。

 

 属性過多にも程がある。一人称も安定していないし僕の呼び方もてんでバラバラ、黙って切られてみたかと思えば僕を捕まえようとしてくるし。

 支離滅裂そのものだ、何がしたい。

 というより、正確には何を思ってそんな事をしているんだ。このファニーボーンってやつは。

 

「何を思ってるわけでもない。私の目的は”人間”に従い、”人間”に殺されること。そしてお前達はこの場で殺すには惜しいと認識しただけに過ぎない」

「受けた命はヴァール・エミリアルの確保――――――――だったが」

 

 瞬きする間にファニーボーンの手に溢れんばかりの金貨が握られる。

 

「気が変わった。金なら有る、私を旅に連れて行け」

”――――――――は?”

 

 いや分からんのか、分からんよなあ。まあそうだ、人間なんてそんなものだ。常識は私の前では忘れておけ。

 

 そんなまた妙に長い言い回しを使いながらケタケタ笑っていたかと思うと、瞬きする頃には目の前で僕に金貨を握らせていた。思わず飛び退いて斬り殺す所だ。

 牙を剥き出しにしつつも、先程より気持ちばかり柔らかい笑み。子供のようと言えば聞こえは良いが、さっきの言動ではまるで信用ならない。

 

「何だ、金と力では連れて行くには足りないとでも?」

”え? あ、いや別にそうではなく。本気で言ってる?”

「だからオレはつまらない嘘はつかんよ。信用ならないと言うなら距離を取らせても構わない、今ここで何度斬っても結構。教会を敵に回した不届き者共の旅を見せろ、興味深い」

 

 やっぱり教会の人間は変人ばっかりなんだろうか。

 ヴァールと顔を見合わせても溜息しか出ないし、本当に十数回斬っても抵抗しない。というか何であれば僕の太刀筋に文句をつけてきた、確かに最近力任せで精彩に欠ける自覚は有るけどもお前に言われたくはないよ。

 

 結局追い返そうにも殺そうにもお手上げ状態、呆れた顔で僕達は馬車に居る二人を納得させる言い訳にうなり始めた。




凄く細かい話をすると、この世界で一般に読まれる聖書は2000ページもありません。
というのも原典の聖書は色々と一般人に流せないエピソードや内容が詰め込まれていて、だいぶページを削減された経緯が有るんですね。
ですのでファニーボーンの「第十三の使徒」の役割は誰も知りません、私も知りません。
都合がいいので考えてません、ご自由にどうぞ。

言うまでもないですがモデルはアーカード。実は毎回人物も性格もモデルが有るので、まあ今更パロディでとやかく騒ぐことはないと思います。
というか厳密には「二次創作をしようかと思ったものの、自分で書くと大体別人だからそれっぽい設定で動かせる場所を設けよう」というのが私の一次創作なのでまあどうしようもないです。

誰が好きですか?

  • アールゴーン
  • ヴァール
  • バハク
  • ヨセフカ
  • ヴィンストラム

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