放浪   作:Nataku118

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2.希望

かつて、この地には二人の指導者がいた。

その叡智を用い、人間を導いた八意思兼神(やごころおもいかねのかみ)

怪奇なる妖術を振るい、妖怪の志を一つにした吸血鬼。

人間と妖怪、二つの陣営が衝突するのにそう時間はかからなかった。

人妖大戦は事実上、人間の勝利で終わった。しかし、それは虚しい勝利であった。

大地は死に、川は汚染され、限られた物資のほとんどを消費した。

復興の兆しも見えぬまま、幻想郷は…文字通り凍り付いた。

 

人妖大戦の引き金とも呼べる二人の指導者はもういない。忽然と姿を消したのだ。

こうなることを予期していたかのように。

 

 

 

 

 

霜に包まれた木片を集め火を灯し、小さな穴倉で暖を取る。

これは少女にとって日常であり、どんな時よりも孤独を実感する瞬間でもある。

初めはそれを苦痛と感じていた。だが、今となっては数少ない心休まる時間。

凍結した世界から目を逸らし、自分だけの小さな世界に浸ることができる。

炎が消えるその時までは―――

 

 

 

吹雪が止んだ。だからといって寒さが収まるわけでもないが、見通しが良くなる。

少女は半ば凍り付いた身体に鞭を打ち穴倉から外に出る。

辰の刻の初刻だというのに、辺りは薄暗い。四季が消えてからどれくらいの時間が経ったのか、正確に覚えている者はいないだろう。

寝ても覚めても、そこにあるのは凍てつく冬。終わることなく繰り返される冬であった。

いつかは春が訪れる。そんな希望を抱いて人々は生きている。

彼女も例に漏れず、いつかは陽光が全てを融解し、山々が新緑に包まれると信じていた。

実際、浮遊粉塵はいつか大空からその姿を消すだろう。しかし、それが齎す影響が良い影響だけとは限らない。

長期に亘って徹底的に破壊された三酸素(オゾン)の層は遮光の役目を放棄することとなる。

少女を含む、ほぼ全ての人類はそれを知らない。知る必要もないのだ。

 

少女は毎日、憑りつかれたように幻想郷中を放浪していた。いや…この場合、放浪という表現には語弊があるかもしれない。

目的が無いわけではない。ただ、当てが無いのだ。

彼女は姿を眩ませた二人の指導者の行方を追っていた。隔離された空間と言えども幻想郷は広い。

未だ何の手掛かりも得られていない。出会った人も妖怪も、口を揃えて死んだのだと言う。

だが、そんなことは有り得ないと彼女は知っている。指導者の一人、思兼は彼女同様、不死なのだ。

死のうにも死ねぬ不死身の怪物。例えその身が滅びようとも無から有へと変化(へんげ)する。

 

 

 

その日、少女はかつて紅魔館と呼ばれていた洋館を訪れた。

正門は完全に破壊され、庭は面影も残っていなかった。手入れされていない館は壁の色が落ち、薄い橙色に見える。足元に散らばる瓦礫と氷塊を避けつつ、建物に近づく。

寒さで張り付いた大扉を軽く熱してから押し開けた。館内も荒れ果てている。爆弾か何かで吹き飛ばされた階段。剥き出しになった鉄骨。そして飛散した肉塊。

ここは妖怪陣営の主導者の住処で、大戦時に何度も襲撃を受けている。その際、主人が襲撃者を返り討ちにしたのだろう。

 

「いつ来ても、気味が悪いな」

 

館は窓が少なく、夜眼がきく彼女でも灯りがなければほとんど見えない。

また、各所に硝子(ガラス)が散らばっており、靴を履いていても油断はできない。

少女は迷うことなく進み、長い階段を下っていった。

その先には広い空間、魔女の書斎がある。散乱した本を踏まぬよう、慣れた動きで避けていく。

魔術の本や外の世界の歴史の本には目もくれず歩き進み、金属製の扉の前までやってきた。

 

「今日こそ開けてやる」

 

少女は扉の取っ手を力一杯引っ張った。

しかし、みしみしと音を立てるだけで一向に開かない。

もし彼女に魔術の心得があったのなら、苦労せずに開けられただろう。

その扉は術者の死後も機能し続ける魔法の扉で、効力が弱まった今ならば素人の魔法使いでも容易に開けることができる。

炎の熱で溶かし空けようと考えたこともあったが、周囲の本棚に引火する可能性を考慮して実行できずにいた。

性懲りもなく取っ手を掴み、思いっきり引っ張る。

だが、やはりビクともしない。手のひらから腕にかけて一筋の水滴が流れた。

手を放そうとしたが、張り付いて放れない。溶けた霜が再び凍ってしまったようだ。

無理に剥がせば表皮が持っていかれるので、取っ手を熱し、霜を溶かした。

 

「……周囲に引火させずこの扉を融解することができるか否か」

 

少女は躊躇いを捨て、賭けに出ることにした。

右手を扉の中央に押し当てる。急激に発火しないよう、少しずつ手のひらの温度を上げる。

もしこの扉が純鉄製なら約千五百度まで熱する必要がある。そのためには高熱の炎を出さねばならない、それも手のひらほどの。

 

数分後、およそ千五百度という所まで加熱することに成功した。扉は赤みを帯びてはいるものの、溶けるというところまではいかない。

どうやら鉄製の扉ではないらしい。何か別の金属で出来ている。

 

「変形はしたし、及第点だな」

 

扉は湾曲し、左右に少しだけ隙間が出来た。少女は扉が冷えるのを待ってから、中を覗き見た。

指先に小さな炎を灯し、内部を照らす。ごく一般的な本棚に、作業机。

これといって目新しい物は見えなかった。期待していただけに、少女は肩を落とした。

念のためにと、再び扉を熱し、変形させる。人一人がギリギリ通れる隙間を作り、身を屈めて通り抜けた。

足を踏み入れることで何かが起きるかもしれないと思い少し警戒したが、特に何も起きなかった。

魔女の書斎と比較するとこじんまりとした部屋。腕を組み、注意深く辺りを見回すと作業机の上に手記のようなものが置いてあるのが見えた。

作業机の前に立ち、それを手に取る。他の本と同様、霜に包まれている。

襟巻きの先端で優しく霜を払い、張り付いたページを一枚捲ってみた。

そこには滲んだ文字で以下のようなことが書かれていた。

 

『私は彼女を信頼していない。きっと彼女も私を信頼していない。だがそれでも構わない。利害の一致、私達の関係はそれだけで良い。それ以上のものは必要ない。人間共に復讐し、記憶に残るあの瞬間(とき)に戻れるのなら……犠牲は厭わない。同胞の血がいくら流れようと構わない。直に幻想郷は滅びるのだから。いや、"私達"が滅ぼすのだ。』

 

そこまで読んで、手記を閉じた。

 

「これは……あの吸血鬼の手記か…?」

 

少女は興奮していた。未だかつてないほどの発見に。失踪との関係性は分からないが、大きな収穫だと。

手記を懐にしまい、彼女は意気揚々とその場を後にした―――

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