黒猫氏の異界滞在記 作:〈黒ウィズ二次を飽きるほど読む夢〉
*5/29 色々書き換えてたのを間違えて前ので上書きしてたみたいなので、改稿しました。中途半端なのをお出しして申し訳ない。
今回めっちゃ長いです。想定の2倍でした。えぇ……
あと一人称二人称三人称が全部出てきます。読みづらいことこの上ないですね。
更にルビで共鳴中の表現を試行錯誤してます。これは実験的な感じなので駄目そうだったら教えて頂きたいです。
あ、時系列は響命クロスディライブ3のプロローグあたりです。
うっかり共鳴クロスディライブ
地表が結晶で覆われた異界──つまるところクラックハンド隊のみんながいる異界。そこへ君が飛ばされたのは、これで都合3回目だ。
幸いなことにデイブレイクの引き起こした事件の後は概ね平和が続いていたらしく、君はエニィとクランのお世話係に任命された。この異界に限らず、戦力として必要とされがちな君だが、その必要がないというのは喜ばしいことだ。
最初はオールドワン関連の事件の真っ只中、二度目はスラムでクランに出会い、いずれも大きな事件の渦中に放り出されてきた君は、3度目にして訪れたこの数日間の平和を存分に満喫していた。
基本はエニィやクランと買い物に行ったり遊んだり昼寝したりだが、ときにはウィジェッタに異界の友人の話をしたり、グリットから仕事の愚痴を聞かされたり。
「逆に不安になるくらい平和にゃ……」
最近はエニィの耳攻撃から逃れるためにミスティハイドやレリッシュと行動するようになったウィズは、そうこぼした。
すでにここに来て5日目の夜だが、エニィが出張らなくてはならないような事件は一つも起きていない。一応駆けつけはしても、到着する前に解決されているようなことが殆どだ。
気持ちはわかるが平和なのはいいことだ、と呑気に構える君。ウィズはそれに不満を覚えたらしく、てしてしと前脚で君を叩く。
「何か起きないとクエス=アリアスに帰れないんじゃないかにゃ?」
そうかもね、と君は答えた。それでも君は、この生活を変えるつもりはあまりない。どうせこの後なにか起きるんだろうと悟りを開いているが故の、今を楽しもうという刹那主義的な考えだ。
「それもそうにゃ。どうせいつか巻き込まれるなら、平和なうちは楽しんだ方がお得にゃ」
事件に巻き込まれて、みんなと解決すれば帰る。その流れはきっと変わらないだろう。
エニィもクランもこの時代に馴染んでいるみたいだし、自分の出る幕は戦闘くらいではなかろうか。ちょっとだけ寂しく思いつつも、君はそう考えていた。
……エニィは悩みを抱えていた。
ソファに沈み込んで唸っている姿は、これまでに誰も見たことがないものだ。
帰ってきたときにはいたっていつも通りで、病気や怪我ではないことは定例のレゾネイター*1の調査のついでで判明している。ということは精神面が不調であると推測されるのだが、実際のところはエニィ本人にしかわからない。
ただ、医者でもある*2ミスティハイドはこの事態をさほど悪いようには思っていなかった。
元々は人間味が感じられないほどに希薄だったエニィの感情は、様々な経験と共に色付いてきている。この状況は、悩むことができるまでに成長した証だ、と言い換えることもできるのだ。
だからミスティハイドは、いつでも手を差し出せる場所から見守ることにした。ほどほどの距離に控えているのも、忍者らしくていいじゃないかと嘯きながら。
まぁ、黙っていても過保護な「家族」が我慢できずに動き出すのを知っていた、というのもあるのだが。
……予想されていた通りに、我慢できなかったグリットはソファから動かない愛娘*3に、慎重に声をかけた。
「どうしたエニィ? 何かあったのか?」
「……んー」
「おーい、エニィ? ……おーい?」
肯定とも否定ともとれない曖昧な返事を返しはしたが、エニィがソファから浮上することはなかった。何かあればすぐに話してくれていた娘のその態度に、グリットは打ちひしがれる。
そろそろ子離れの準備をさせたほうがいいのかもしれない。ミスティハイドは脳内のメモ帳に親バカ矯正、と書き込んだ。
「悩みがあるなら相談に乗るぞ。私にできることがあるなら手伝うし。取り敢えず起きなよ」
「うん……」
クランが心配そうに声をかけて、それでようやくエニィはソファから起き出した。しかし、それでもまだ口を開かない。
「あー、私たちには話しづらいことか? だったらウィズとか魔法使いとかに……」
……と、そこで。エニィの身体がビクリと跳ねた。なるほど、魔法使いという単語にに反応を示した、と。微笑ましい話になりそうだと予感して、良識ある大人たちはこっそり部屋から退出し始めた。
グリットは部屋に残ろうとしたが、レリッシュに促されて渋々と出ていく。クランは、エニィの隣に座ることにした。
「魔法使いに何かされたのか、エニィ?」
「うぅん、違う。うん、ちゃんと話した方がいい、かな。えっとね……」
観念したのか、エニィがたどたどしくも語り始めたそれは、純粋かつどうしようもないことで。
「魔法使いは、うーんと、なんて言えばいいのかな……。外側に、いようとしてるから? それが……わからないけど、何か嫌」
クランにも、身に覚えのあることだった。
ここ数日を思い返せば、何を買うにも、何を話すにも、一緒に楽しんでいるのは本当だってのはわかる。ちょっとズルい判断方法だけど、共鳴*4した感情で嘘はつけない。
ただ、ふとした瞬間。例えば私が楽しそうにすると、会話の輪からそっと出ていく。そして、ちょっと離れたところで、嬉しそうに笑うんだよ。
クランが/エニィが。
で楽しく暮らせているみたいでよかったって。
最初は、正直戸惑った。気遣われているのは嬉しかったけど、でもなんでわざわざ遠ざかっていくのかわからなかったから。
それから数日かけて、段々理由を察せるようになってきたら、腹が立った。
魔法使いにとって、自分自身はいつか居なくなる異物でしかない。だから、同じく異物になり得た私たちがそうでなくなったことを喜ぶし、いつか居なくなる人間との関わりよりも一緒に生きていく相手との関わりを優先させようとする。
……私はそんなこと、望んでないのに──!
怒りのままに立ち上がった私は、同時に立ち上がった私にぶつかった。
「あ、悪い。エニィ」
謝ったら、一気に頭が冷えた。思考の共鳴も、多分そのタイミングで切れたと思う。
「大丈夫。だけど、やっぱりこうなっちゃった……」
「共鳴、してたのか」
心で燻っていただけのモヤモヤが、同じ思いと共鳴して増幅されて、我慢できないほどの激情になる。今起きたのは、多分そういうことだ。
ゆっくり息を吸って吐いて、思考がクリアなことを確かめる。私の脳は機械じゃないと、そう言い聞かせて精神を守ってきた時期の名残だけど、他の場面でも結構役に立つ。
うん、大丈夫だ。
「それじゃ、私からみんなに話せばいいか? エニィからだとまた共鳴しちゃうだろうし」
「うん、お願い。……魔法使いには、内緒で」
「そうだな、そうするよ」
さっきの共鳴で伝わっていないかが不安だけど……。繋がった感覚はなかったから、心配しなくてもいいかな。
そんなこんなでその後はちょっとした準備をして、その翌日。私とグリットはエニィを送り出した。正直言って、うまくいくとはあんまり思えない作戦だけど、エニィは乗り気だったからいいのかな。
猫耳を着けて楽しげに歩いていくエニィをぼんやりと見つめていると、グリットが声をかけてきた。
「クランは一緒に行かなくてよかったのか?」
「私は後でいいや。二人で行くと流石に負担がすごそうだし。だったらエニィが行くべきだと思うよ」
「あぁ、後でクランも行くのは確定してるんだな……」
呆れた声に、当り前だと笑って返して部屋を出た。
今日は何をしようかな。エニィと離れて過ごすのは久しぶりで、ちょっぴり複雑だけど。
「あ、ミスティハイド、忍者飯講座*5なんてやってるのか……。うんまぁ、行ってみようかな」
頼れる仲間がたくさん増えた。だから、今日を楽しむことだってできる……はず。
「おはようございます。猫です」
君の部屋に、猫を自称するエニィがやってきた。ぺこりと下げた頭には、以前買った猫耳が揺れている。君にはさっぱり意味がわからなかったが、追い返すわけにも行かない。ひとまず部屋に通した。
君に貸し出されているアセンシブ社の仮眠室*6は、ほぼ寝るためだけの部屋ゆえベッド以外にとにかく物がない。自然、君はベッドに腰掛けた。エニィにも座るように促したが、座るでもなく、じっと君を見つめている。挨拶た以外には何も話さないのが不気味だ。
……ウィズが出かけていて三角が不足している*7のが原因だろうか? 三角不足で荒れているのか、と君は尋ねた。
「ふしゃー!」
違うらしい。
ウィズはウィジェッタとお喋りをするらしく不在、君は自室で待機を命じられていた中での訪問。ちょっと様子がおかしいが、いつものように遊びに来たのだろうと推測し、今日は何をしようかと君はエニィに声をかけた。
「……にゃあ」
どことなく不満げに聞こえる鳴き声? が返ってきたが、あいにく君は猫語を訳することはできない。ウィズについてはあちらが人間の言葉で話しているからノーカンだ。
何を求められているのかまったくわからず、ただただ困惑している君にしびれを切らしたのか、エニィは実力行使に打って出た。
「にゃー!」
ごろん、と君に飛び込んできたエニィは、そのまま太ももに頭を乗せ、満足げな笑顔を浮かべた。要するにエニィをベッドで膝枕をしているわけだが、これが目的だったのだろうか。
暫くの間、太ももに顔を埋めたり、腹に顔を擦り付けたりと膝枕を満喫していたエニィだったが、やがてされるがままの君に不満げな視線を向けてきた。
「猫が甘えてきたら、撫でたりするんじゃないの……?」
突然普通にしゃべり始めたことに驚愕しながらも、君はようやく事情を察した。ヒントなんてなくとも、最初から答えは示されていたのだ。
……そう、エニィは猫になりたがっているのだろう。
以前からウィズに耳だけでなく関心を抱いていたエニィは、とうとう自らが猫に近づくことで三角の自給自足を試みるに至ったに違いない。
つまり、君が今すべきは、エニィを猫可愛がりすることだ。ようやくの納得を経て、君は目の前のクリーム色をした頭に手を伸ばした。
「魔法使いがどうしてるかって? まぁ、今頃は部屋でエニィを撫で回してるんじゃない?」
「にゃっ!? どういうことにゃ、ウィジェッタ! 詳しく説明するにゃ!」
下準備は終わったから正直な予想を話したら、思った以上の面白い反応が返ってきた。目の前にいるウィズを足止めするのが、今日のあたしの役割だ。まぁ、部屋からは出られないだろうから、そろそろネタばらししてもいいかなってことで。
「詳しくも何も、あたしがウィズを引き留める、その間にエニィが魔法使いの猫になる。単純かつ有効、とってもスマートな作戦じゃない?」
「ちょっと待つにゃ! エニィが? 猫になる? さっき撫で回すって? ……にゃ……」
何を想像したかは聞かないが、あわあわと視線を泳がせ、駆けつけようと走り出すウィズ。
まずい。何をするかは伏せておくつもりだったのに。……とはいったものの、この混乱ぶりなら大丈夫かな。
駆け出した理由は弟子想いなのかそれ以外なのかに大した興味はないが、エニィの成長の邪魔をさせるわけにもいかない。こっそりとディライブ*8しておいたそれを、横目で確認し……。
あたしは、手元の紐を引っ張った。
「ふぎゃ!? にゃにゃ、暗いにゃ!?」
「猫かごって言うらしいわね、それ。まさか役に立つ日が来るとは思ってなかったけど」
たまたま発掘したブログ*9から再現したはいいものの、インテリア以外の用途がなかったこのかご。人間以外の生物がいなくなって久しいこんな世界で、猫を捕まえるためだけの装置が役に立つ機会が巡ってきた──。
「──最っ高ね!」
「私は最低の気分にゃ! 早く出すにゃ!」
「はいはい。ごめんごめん」
まったく、マニアってのは皆こうにゃ……と地味に傷つく言葉で突き刺してくるウィズに謝って、かごの前面を上げた。ぶつくさと文句を言いながら出てきたウィズに、もうちょいお話しましょ、と持ちかける。
「まぁ、いいにゃ。よく考えたら、あの二人で何か起きるほうがありえないにゃ」
思惑通りに冷静さを取り戻したウィズ。猫になるとうっかり漏らしてしまったところを問い詰められたらちょっとまずかったけど、こうなればこっちのものだ。
「それで? 異界*10の話でもすればいいのかにゃ? うちの弟子に色々聞いてるらしいけど」
「そうねー」
魔法使いの話も参考になるが、別の視点を入れることで更にクオリティが上がる。『サモナーズアリーナ』は今のところで進捗率6割くらい、まだ煮詰められるはず。
「まずはこの若菜って娘の話、魔法使い以外からももうちょっと詳しく聞いておきたいんだけど」
「若菜かにゃ? あの子はカードゲームが強くて姉がエニグマなだけの普通の子ってのが私の見立てにゃ」
ふむふむ、と頷いて仮想画面*11にメモをとる。面白いエピソードは魔法使いから、大まかな人間性はウィズから聞くとバランスが取れた再現ができるのかもしれない。
これは作業が捗りそう、と喜んだあたしに、ウィズから追加の情報が投げつけられた。
「というか姉がにゃー。世界のために戦ったってのでうちの弟子を同類認定してにゃー。距離が近いんだにゃ。世話焼きだってのもあるけど、それだけじゃないと私は睨んでるにゃ。がちじゃないときはダラダラ派だって聞いたにゃ。私達がいるときだけ取り繕ってるにゃ、あれは」
聞きたいことは色々増えてしまったけど、つつくのは面倒そうな話題だ。次の話に逃げる。
「んじゃ次は……」
と、そこで。頭に、そっと触れられたような感覚が走った。勢いよく振り向いても、誰もいない。
「どうかしたにゃ?」
「いや、なんか……。まぁ、気のせいよね?」
ウィズに妙なものを見る視線を向けられたけど、気を取り直して話を再開。
「えっと、次はアマ……っ!」
ゆっくりと、撫でられている。これでわかった。この感触は本物だ。恐らくエニィのレゾネイターによる共鳴で、撫でられてるエニィの感覚が流れ込んできているのだろう。となると計画は順調に進んでいるらしい。
それはともかくとして。
触れられるのは苦手なんですけど! インドア派に身体接触はNG! なんか髪が乱れる(乱れない)し、ぞわぞわするし……。
……暖かいし、落ち着くし、心地よくて幸せな……。
「だーっ!」
「にゃっ!?」
エニィの思考に割って入られてる!
何とかして共鳴を防ごうと試みるが、効果はない。ウィズが怯えているが、弁解は後ってことで、ごめん。というかウィズは共鳴してないのね。
必死に抗ってはみても、共鳴でエニィの幸福感も一緒に伝わってくるせいで、撫でられることへの抵抗感が薄れていく。
……なんか撫でるのうまくない? 気のせい?
「インドア派の誇りが……」
「いったいどうしたにゃ……」
もはや抵抗する気力を失い、与えられるがままに感触を受け止めた。
エニィとの共鳴を遮るものがなくなって、やがて同一になっていく──。
優しく頭を撫でられ、頬を撫でられ、顎を擦られ。それに目を細めて、緩みきった笑顔で見上げると、穏やかな微笑みが視界に入った。あなたも、楽しんでくれてるんだよね、きっと。そうだったら、いいな。
頭をぐりぐりと押しつけると、くすぐったいと身をよじられ、ちょっと強めの撫で方に変わる。このくらいがちょうどいい……かな。
なんだかとても眠くなってきた。猫は寝子、よく眠るのが語源だったりするらしい。……
『「おやすみ」』
安心からか、脱力しきった声が
「ウィジェッタ、起きるにゃ!」
耳元で叫ばれ、流石に目が覚めた。せっかく心地よく眠っていたのに、と文句を言おうとして……思い出してしまった。
口から叫びが漏れそうなのを、机に突っ伏して抑えつける。あれはエニィの思考であるのと同時に、同一化したあたしの思考でもある。……共鳴は、重なり合う思考がないと起こらない。
それが意味するところは……考えないでおこう。うん。
「熱心なのはいいけど、あんなふうに気絶するまで作業してちゃ駄目にゃ。休眠はしっかり取るにゃ」
幸いにしてウィズは作業の疲れで寝落ちたと勘違いしているらしい。あははー、と乾いた笑顔で誤魔化して、忠告どおり眠るから、とウィズを解放した。
時計*12を見ると、30分ほど寝てしまっていたらしい。どうにも顔が火照っているが、電源が点けっぱなしだった端末*13のせいだろう。きっと。
君は、膝で眠ってしまったエニィに途方に暮れていた。膝からおろして起こしてしまうのは忍びないが、そのままでは何もできないのだ。
名前を呼んだり幸せそうな寝顔をつついて、極力優しく起こそうと試みる。
「えへへ……」
……駄目だった。へにゃりとした笑みを浮かべるものの、起きる様子はない。もうそろそろ昼食を食べたいんだけどな、と君は悩んだ。
と、そこで。扉をノックされ、クランの声が聞こえた。
『おーい、魔法使い! 入っていいか?』
鍵とかはかかってないから好きに入って、と君が答えると、それじゃ入るぞ、と何やら皿を持ったクランがやってきた。
「まだお昼済ませてないよな?」
質問に君が頷くと、クランはほっと息をついて、皿に盛られた何かを手渡してきた。
「はい、おにぎり。一緒に食べようって思ってさ。いっぱい持ってきたんだ」
手渡されたおにぎりはちょっと歪な三角で、ほんのり温かい。ついでに白くもない。この異界での食事というのは既製品をディライブしたものがほとんどで、そうしたものは均一な形になるはず。もしかして、と君は尋ねた。
「うっ……よく気づくな。うん、私が作ったんだよ。ミスティハイドがやってみろって言うからさ。嫌だったら、適当に別のものをディライブしてくれても……」
そんなことはしないと、クランの不安を打ち消すように君は、おにぎりに齧りついた。
雑穀米特有の複雑な風味は、君にとっては懐かしいものだ。いつも金欠気味の気分屋*14では毎食雑穀米だったし、出会ってすぐの弱小神だった頃のミコト*15の社でもそれは同じだった。
白米でないのはミスティハイドの忍者ゆえのこだわりらしい。栄養豊富だとか何とか。
「ど、どうだ……?」
……不安げに見つめてくるクランに美味しいと伝えるために、笑ってサムズアップするとクランは、はにかむような笑顔を浮かべた。
「……お腹空いた」
匂いにつられたのか、エニィも起きてきた。いや、もしかして狸寝入りしていたのでは? ……君は疑惑の眼差しを向けるが、エニィは素知らぬ顔でおにぎりを頬張った。
「これはね……いい三角」
もぐもぐと食べ進めるエニィを、クランは嬉しそうに眺めている。実に和やかな空間だ。
……いや、おかしい。そういえばなぜクランは、膝で眠るエニィを見ても何も言ってこなかったのか。君は今更ながら気づいた。
「いや、お前の猫なんだから別に不思議じゃないし。……あれ、もしかしてエニィから何も聞いてないのか? いやでも、撫でてたよな?」
猫になりたいと言うのは聞いたけど、と君は答えた。
「肝心のところが何も伝わってないじゃん、エニィ?」
「喋るのはね、まだ初心者*16だから」
「理由になってないぞ」
視線を逸らして誤魔化すエニィは、何やら君に伝えたいことがあったらしい。
それは後で聞くとして、食事を終えた君はクランに感謝を述べた。わざわざ持ってきてくれてありがとう。中身も様々で、飽きずに美味しく食べることができた、と。
「礼ならミスティハイドに言えって。食材の準備とかは全部やってくれたから。私は最後に握って持ってきただけだ」
ミスティハイドにも後でお礼は言うけど、今はクランに言ってるんだから、と礼は素直に受け取るべきと君は諭した。
「うぅ……。わかったわかった、わかったから! どういたしまして!」
「愛情たっぷり、こもってた。……美味しいのはね、それが理由、かな」
「そんなにこめてない! ……ってか、話を逸らそうとしてるだろ、エニィ!」
「…………それじゃ、またね」
ひらひらと手を振って、部屋から脱出しようとするエニィ。その背中に、頰を引き攣らせたクランが言葉を投げかける。……なぜか右手に猫耳をディライブして。
「はーん、どっか行くなら行けばいいんじゃないか。別に、私がやっても同じことだし……な!」
「あ……。それは、ま、待って!」
事情がわからず傍観していた君に、突然猫耳をつけたクランが飛びついてくる。不意打ちを受け止めきれずベッドに倒れ込んだ君に覆い被さって、クランは囁いた。
「なぁ、私を──お前のペットにしてくれ」
…………ちょっと待ってほしい、君はそう思った。
さて、君は上に乗っているクランを押し退けて身体を起こし、「あっ、ちょっ!」ひとまず質問することにした。場合によってはグリットか師匠にお説教をお願いするかもしれない。
まず……ペット?
もしかしたら言葉の定義が違う可能性もある。ここは異界なのだ。ということで君は確認から始めることにした
「ペット。犬とか猫とかの動物の家族のことだろ? え、違うのか?」
君の思うペットと差はほとんどなかった。では……ペットにしてくれというのが何かしらの慣用句なのだろうか?
「そのままの意味だけど」
???
ペットになりたい……ということだろうか。君には理解できない思考だ。魔界でのトラウマ*17は、重い。
なぜペットになりたいのか、君は素直に尋ねた。真っ当な理由でなかったらどうしようか悩むが、聞かないことには始まらない。
「エニィ、私が言っちゃうぞ? いいのか?」
「……ちゃんと私が、言う。うん、聞いてね」
エニィが言えなかったことがこれだったのだろうか。確かに、ペットにしてほしいというのは言いづらいな……と君はひとりでに納得した。
「おウィズは……あなたと仲がいい、よね」
君は頷いた。師弟仲はかなりいい方だと自負している。それがどう繋がるのか。
「おウィズには、遠慮とか、全然してないから。だったら……。だったら、私があなたのペットになればね、遠ざかろうとなんて、しなくなるかなって……」
ちょっと待って、と。君は話を遮った。
まず、ウィズはペットじゃなくて師匠だ。
「うん、知ってる。でも、師匠にしてはね、遠慮がないと思う」
それは君では否定できない。
それなりに長い旅を続けてきたため、尊敬できない面も見えてきてしまうものだ。食い意地が張ってるところとか。
なんて考え事をしていた隙に、エニィが歩み寄ってくる。座るならどこでもいいはずなのに、君の方へ。
「それにね。師匠であの距離なら……」
ふわりと、抱きつくように君の膝に座ったエニィが、至近距離から見上げてきた。視線が、透き通った瞳に吸い寄せられる。
「
ちょっと押されたらキスしてしまいそうな距離。クランが息を呑む音が聞こえたが、君の視線は変わらず動かせない。
人間をペットには普通しないよ。苦し紛れに、君は反論を試みた。
「飼っていた犬が人間になって恩返しに来るとか、昔はよくあったらしいぞ。そういう資料がいっぱいあったし」
「一番古いのはね、鶴……なんだって*18。ミスティハイドが言ってた」
エニィが喋ると、吐息があたる。潰された反論に何か言おうとして、しかし君の現在の乱れた思考では、何も浮かばない。
この話を続けるのは無理だということで、君は何とか次の話題に逃げる。
遠ざかろうとしている……だったか。それは一体……?
君にとっては身に覚えがないことだ。だというのに、それを口に出した瞬間、エニィはがっちりと君の脇腹をロックする。
話題転換ついでにエニィを引き剥がそうという君の作戦は、計画倒れに終った。無理やり引き剥がしたら、エニィが背中から床に落ちてしまう。
更に、ただでさえ心臓に悪い近距離が、また近づいてしまった。もう目の前の顔しか見えない。仮にウィズやらグリットやらが部屋に入ってきたら言い逃れはできないような、そんな距離だ。
ちょっと離れない? 君は提案するが、あっさりと顔を横に振られてしまう。別段ぶんぶんと振ったわけでもないその動きでさえ、髪が当たるのではないかと思うほどの距離なのだが。
「あなたはね、異界の人。それはわかってる」
そうだね、と答えることもできない。真剣で、必死な目に、動けない。
「いつかは、元の世界に帰る。それもね、わかってる」
当たり前のことだが、改めて口に出されると、それを君は寂しく思った。
そう、いつかはお別れしなきゃいけないし、また会えるかなんてわからない。
──
ちゃんと共鳴した。そうだよね。
でも、
だから、きっともう。
「
だから。だったら。
やはり君は、寂しいと思った。
そんな役割とか、必要だとか考えないで。仲間でも友達でも、飼い主でもいいから、側にいて。
共鳴が切れた。がっちりと君をホールドしていたはずのエニィの手は、いつの間にか弱々しく君のローブの袖を掴んでいる。
「違う、違うよ、私は……。そう言いたいんじゃなくて……。何で? うまく、共鳴できない……」
今にも泣いてしまいそうなエニィを、君はそっと抱きしめた。大丈夫。ちゃんと伝わってるから。震えが強くなる背中をゆっくり撫でて、君はクランに声をかけた。
…………?
「……自分たちは仲間かって? 何言ってんだよ、当たり前だろ!」
…………。
「友達かってお前……。友達じゃないって言ったら流石に怒るぞ。私でもさ」
………………?
「明日? ああ、勿論。思いっ切り色んなところに連れ回すから、覚悟しとけよな! ……一緒にだぞ? 絶対だぞ?」
それは……楽しみだ。君が呟いた言葉で、エニィは顔を上げた。やっぱり笑っていてほしいな、と君は思った。
「そうだな、だから……。うん。友達かどうか不安なら、やっぱり今日からペットでいいんだよ。友達より近い関係だろ、家族なんだし。なぁ、エニィ」
「にゃ」
まだペットになるのを諦めさせたわけではなかった。それにようやく気づいた君は、止める間もなく再びクランに飛びつかれた。手を離したエニィも、同様に抱きついてくる。
後ろにクラン、前からエニィ。二人にべったりとくっつかれ、君は苦笑いした。説得は、別の誰かに頼もう。一緒に怒られるのも友達っぽいかな、とポジティブ思考で諦めて。
……あたしは、アセンシブ社の廊下を歩いていた。二人──エニィとクランが撫で回されている感覚を、共鳴で叩きつけられ続けて、1時間ほど前に解放されたところ。
二人分の感覚の共鳴というのは強烈だった。多幸感に包まれ、温まりが気持ちよくて、自分が撫でられたらどうなっちゃうんだろうとか……。情報の強度が増すというのは、それだけ詳細に感覚が伝わってくるということだから。
「いや、違うから。インドア派に撫でられ願望とかないから。作業の邪魔だって注意しに行くだけ」
なーんて、口では否定しているけど、芽生えた欲望は抑えられないのがマニアの性。結局、今だって会いに動いてるわけだし。
目的地についてしまった。ここから先はバックアップから復元なんてない一本勝負。深呼吸して、扉を開けた。
「ハロー、魔法使い。今いい? ……って、お取り込み中ね」
エニィとクランが、魔法使いにもたれるようにして眠っていた。エニィは午前も昼寝していた気がするけど、共鳴を短いスパンで何度も使ったら疲れちゃうか。
心持ち小声で話しかけると、困ったような笑顔が返ってきた。そして、ベッドにちゃんと寝かせてあげたいから手伝ってくれないか、と提案される。
これはチャンスだ。
「本来インドア派に肉体労働させようなんて絶対拒否だけど……。後であたしの要件に付き合ってくれるなら吝かではないって感じで。どう?」
文句なしって顔になったので、お手伝いしてあげましょう。使えるガジェットも特にないから、素直にエニィを逆側にゆっくり倒す。そしてそのまま転がしていけば一丁上がり。
クランは抱き上げられて運ばれていた。そのままエニィの横にそっと寝かせられている。二人とも幸せいっぱい、といった感じの寝顔で、多分うまくやったんだろうなー、と思う。
ありがとう、とお礼を言われたけど、交換条件を確認してからの方がいいんじゃないの? ここじゃないとこで騙されたりしてない? まぁ今回は、別にそれでもいいけど。
「それじゃ、交換条件ってことで……。あっちに移動しましょっか」
指差したのは、隣の仮眠室。誰も使っていないのは来たときに確認していたので、社員証をかざせばスムーズに入室できた。
隣に座るように促し、猫耳をディライブ……しようにも、データがないことに今更気づいた。
「えっ? あっ? あれ? あれ? あれ!?」
エニィもクランも当然のように持ってたから確認し忘れたけど、普通は猫耳なんざ持ってないって! 買ってなければそりゃ持ってないわ! え、どうしよう。二人が作った猫ムーブメントに乗ることができない!
オペレーターにあるまじき失念に、焦りと動揺で、今から注文しようと端末をいじる手が縺れる縺れる。
そんなあたしを見かねたのか、ぽふりと頭に手を置かれた。嫌悪感は…………全くない。
「撫でてほしいなんて、言ってないんだけど?」
……何となく悔しいから、そう憎まれ口を叩いてみると、あっさりと手は下ろされてしまった。
手が離れた瞬間、あっ、とか何とか、今日び恋愛ゲーでも聞かないような声が漏れそうになって、慌てて口を塞ぐ。なんか、これも乙女ゲー感ある動作じゃない?
いや今はそんなこと気にしてる場合じゃなくって。
「止めろ、とも言ってないわよ?」
…………ツンデレか何かかな?
さっきのと合わせて、ちょっと自分の口から出たとは思えない言葉に内心で悶絶する。
それでも、こわごわとした撫でが再開されると、そんなことはどうでも良くなってしまった。共鳴で押し付けられた心地よさを超えてくるのは予想外にもほどがあるんじゃない?
肩に頭を預けて、全体重をかけていく。猫っぽく膝で撫でられるのもいいが、こういうのも中々どうして悪くないかも。
すっかり慣れた手付きで撫でてくるこいつと、やっと緊張が抜けてもたれられるようになったあたし。ふにゃふにゃと、全身が弛緩していく気がする。
身体接触が嫌だったはずの私がこうして受け入れられるのは、なぜか。撫でられる感触と幸福感が共鳴で同時に与えられることで、その二つが紐付けられたってことだと思う。
でも多分、それだけじゃ共鳴の心地よさを超えられない。安心感とか信頼感とか、元々持っていた好印象がそういうのと合わさることで、上乗せされているんだ。
──つまり、元々好きだったのでは?
そこまで思考が行き着くと、あたしは跳ね起きた。いや、流石にそれは違うから。違うって!
……いや、それを必死に否定しても今は好きだってことに変わりないのでは? 冷静な部分のあたしが囁いた。喧しいわ。
「こんくらいでお終いってことでじゃあまたね」
一息で言い終えると、逃げるように駆け出した。ぽかんとしたまま残されるのは不憫かもだけど、役得にそんくらいの代償はあっていいんじゃない?
──それからと言うものの、君の部屋にはこれまで以上にエニィやクランが入り浸るようになり、ウィジェッタは、こっそり連絡してきて、君の他に誰もいない時間を狙って度々訪ねてくるようになった。
ペット云々の話は、いつの間にか無くなった。君が、ちゃんと離れないようにと心がけた結果だろうか。ただ、度々撫でるのを要求されるようにはなった。
君の心境も確かに変わっていて。こんな平和が続いてほしいと、心の片隅で願うようになっていた。いつかは帰るかもしれないけど、今を、少しでも長く、と。
──そんな平和な時も、それから一週間ほど経ったある日、突然に終わった。他ならぬ、アセンシブ社の手によって。
生活リズムが変わって深夜しか書けなくなりました。私です。
今回詰め込みまくってるのは取捨選択する頭が無いからですね。やばいです。誤字脱字ありそうなので見かけたらお願いします。
魔法使いがめんどくさいムーブをかましてるのでちょっと解説。
いつかは帰るから、自分なんかよりもっとこれから一緒にいる人たちと仲良くしてね。という思考なのは説明どおり、それで仲良くできてるな、って判断した結果、橋渡しもいらないし自分の役割なくないか、ってなってるのが今回の元凶です。
それに対して役割がどうとかじゃないって言おうとして伝えたエニィと、友人だし仲間だろって言えるクランはヒーロー。魔法使いは攻略対象だった……?
来月はいよいよ異界間交流のお話の予定です。では。
本文中の特殊文字を使った演出について
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もっと使ってほしい
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このくらいなら使ってもいい
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そんなに使ってほしくない
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完全に無くしてほしい