黒猫氏の異界滞在記 作:〈黒ウィズ二次を飽きるほど読む夢〉
特に覇眼5の深化ボイスは是非とも皆さん見るか聞くかして頂きたいですね。ルドヴィカさんかわいいって思う日が来るとは思わなんだ。
9月16日:サブタイトル変更
「そーいえばさ」
ソフィの説明に曖昧に頷いたリルムは、とにかく近くにいればいいということは理解したようだ。君と肩が触れ合う……どころか、腕と腕が完全に密着するほど傍にきた。
そして動揺する君をよそに、ふと思い出したように切り出した。
「黒猫のひとは好きなだけここに居れるようになったんだよね?」
そうだね、と君は頷く。密着に関してはまぁいいやと放り捨てた。
「どれくらいいるの? 一週間で帰るーとか言い出したら檻に入れるしかなくなっちゃうけど」
あんまりにもあんまりな言葉とは裏腹に、こちらを見上げる不安げな表情を見て、一年程過ごそうかと思っていることを伝えた。途端に輝く顔を見て、ただの自分の願望だから変わるかもしれないけど、と君は苦笑して釘を刺した。
「ううん、それでもいいよ」
実際はどうかわからないと伝えたにも関わらず、リルムは真剣な声でそう言った。
「もし……。うん、もし、黒猫のひとがほんとに一週間で帰らなきゃいけなくなってもさ、私なら──」
何やら覚悟を決めた顔のリルムに、そのときはちゃんと挨拶していくから、と冗談めかして被せるように君は言う。
その先を言わせてはいけないと、君の直感が告げていた。
「むー」
真面目な話の腰を折られ、リルムは頬を膨らませた。何か拗ねているような、見たことがない表情だ。そんな顔でじっと見られていたたまれなくなり、君はついリルムの膨らんだ頬をつついた。
ぷすーと漏れた息が当たってこそばゆい。
拗ねた顔と気の抜けた音のちぐはぐさに、たまらず君は吹き出した。そんな君に釣られるように、リルムも一つため息をつき膨れっ面を笑顔に変えた。
「あ、黒猫のひと明日から泊まる場所とか決まってる?」
唐突な話題転換に面食らったが、いつもはこんな感じだなと思い出す。
君は決まってないと答え、そして気づいた。この世界での君は、何一つ、それこそ宿に泊まるお金ですら持っていないのだ。
今までは数日もすれば戻ることがわかっていたため、事件解決のお礼としてエリスやソフィの世話になることにそこまで罪悪感は感じなかった。しかし、一年間甘えっぱなしというのはいくらなんでも申し訳ない。
どうしようか、と二人して考え込む。
「うーん……私が泊まってる宿、一緒に泊まる? 仕事探しながらさ」
いや流石にそれは……。
「黒猫さん」
後ろから声がかかり、君は振り向いた。一旦アパートに戻っていたソフィだ。何やら見覚えのあるような気がする書類を持っている。
「お仕事の話、良ければなんだけど……魔道士協会に入ってみない?」
その手があった、と君は手を打つ。
今までエリスやイーニアから何度も(強引な)勧誘を受けたが、いつ戻されるかわからないために断っていた。しかし、歪みを止めた今、もう断る理由もない。
これでお金の問題は解決し、残すは宿の問題だけだ。最悪返済のあてはあるから借金して宿を借りることもできるが。
「ダメだよ黒猫のひと! 借金はね……怖いんだよ!」
やけに実感の籠った声色に、もしかして経験者なのかと思わず君は問いかけた。
「ううん、エリスさんが言ってた!」
エリス……。
そうなると誰かに泊めてもらえるよう頼むのがいいだろうか。女の子に家に泊めてと頼むとは中々にハードルの高い話だと、今日はエリスの家に泊まるはずの君は思い悩む。
考えて考えて、アリエッタの家(遊園地)ならホテルぐらいついているのではと君は閃いた。
「アリエッタちゃんのお家に、宿泊施設はついてないよ?」
一瞬で案が消えてしまった。
それにしても、アリエッタは研究室で寝泊まりしているのだろうか? それとも家で野宿……? それは家とは呼べないのでは?
疑問がいくつも浮かぶが、アリエッタならどうとでもできるだろうと気づき、君は考えるのをやめた。
どうしようかと再び考え始めた君を、眠気が襲ってくる。欠伸をしつつ、そういえばもう日付が変わって結構経つなと、いろいろと疲れが出てきた頭が思い出す。
「明日のことは明日の自分にブットバッシャーでいいじゃん黒猫のひとー。帰って寝よ?」
そんな適当な……。口ではそう言いつつも、君の足は既にアパートに向いている。
「体は正直だなってやつだね!」
そういえばソフィが持ってきたのは何の書類だったのだろうか。リルムの何かおかしな発言をスルーしつつ、君は疑問を口にした。
「説明は明日でいい? 黒猫さんにとって大切なことだと思うから、目が覚めてる時に聞いてほしいな」
成る程と頷きアパートに入っていく。廊下で見覚えのある檻を片付けているイーニアとミツボシとすれ違ったが、眠気で面倒になった君はおやすみとだけ言っておく。
アパートの勝手知ったるエリスの部屋に入った。が、明かりは消えており、レナやエリスはまだ戻っていないのがわかる。取り敢えず君は、敷かれたままの布団に背中のアリエッタを下ろそうとした。
……がっしり掴まれ、離れてくれそうにない。
仕方がないので軽く揺さぶる。……むしろしがみつく力が強くなった。強引に腕を引き剥がそうにも、膂力の差で歯が立たない。擽ってみるも、身はよじらせても力が緩むことはなかった。
君はため息をつき、背中の小さな怪獣ごと布団に入った。何か忘れている気がしたが、まだ肌寒いこの時期、背中から伝わる温かさで意識がすぐに溶けていく……。
『……我、忘れられてる?』
翌朝、誰かに揺さぶられて君は目を覚ました。
「おっはよー! 黒猫のひと!」
朝から元気なアリエッタだ。目を擦りつつ君は挨拶を返した。窓からは朝焼けが見えるような時間だ。こんな時間から何かあったっけ、と考える。
「今日はお花見でしょ? 早く行かないと場所がなくなっちゃう!」
そうだったと君は慌てて起き出す。この異界でも花見というのは人気の行事らしく、良い場所はすぐ埋まってしまうそうだ。ローブを手で払いつつ、アリエッタはもう支度できたのかと聞いてみる。
「ばっちり! 農家の朝は早い!」
余計に急がねばとカードから桶を取り出し、水の魔法で顔を洗う。
「おぉ? 黒猫のひとも魔道空間使えるのかー。やるなー。いや、んー微妙に違う?」
テーブルを見ると、二人分の朝食が残されていた。皆は先に出発したようだ。自分の朝食を申し訳なくも急いで掻き込みつつ、朝食を待たせてしまったことをアリエッタに謝る。
「わたしはもう食べたよ? あっちはまだ寝てる誰かのぶん」
そう言われて振り向くが、誰かが布団のなかにいる様子はない。そもそも君が寝ていた布団以外は、君が起きたときには既に畳まれていたはずだ。
誰もいないと口に出そうとして、何やら畳まれた布団から生えている水色の髪を見つけた。リルムだ。
近寄ってみると、畳まれた布団と壁の間に挟まって器用に眠っているのがわかる。なぜ布団を敷かずにそんな風に寝ているのだろうか。
君は取り敢えず、耳元で名前を呼んでみた。
「うへへ……」
幸せそうな寝言が漏れたが、起きそうにない。今度は肩を揺さぶってみる。
「……んん」
ぼんやりと目を開けたリルムに、君はおはようと挨拶した。
「……おはよー……黒猫のひとー」
今にも二度寝しそうな様子に、顔でも洗ってきたらどうかと君は提案する。
「んー」
ふらふらと起き上がったリルムだが、どうにも足取りが危なっかしくて仕方がない。
どうにか君の肩を貸して顔を洗ってもらった。そこまでは良かったが、それで目が冴えるわけでもなかったのか、リルムは再び眠りに落ちた。横から全体重を預けられ、すっ転びそうになる。
「黒猫のひとー! そろそろ出れるー?」
箒を取りに外に出ていたアリエッタの呼び声に返事をしつつ、立ったまま寝たリルムを背負い、君はひとまず外に出た。
「黒猫のひとって飛べなかったよね?」
君は頷いた。浮いたり吹き飛んだりはできる君だが、長距離の飛行は未だにできない。
「じゃ、私の箒に一緒に乗ってこっか!」
アリエッタの提案に君は頷きかけて、止まった。いつかの記憶が甦る。……アリエッタの運転は荒いのだ。非常に。
「わっはっは! だいじょうぶだいじょうぶ! 早く行かないと!」
ぐいぐいと腕を引っ張られ、君は諦めてせめて安全運転で、とだけ言い含めて、ひとまずリルムを箒に乗せた。そして君自身も跨がろうとし──
『……おーい、我だ。抜いてくれ』
道端に突き刺さってテンションの低いエターナル・ロアを見つけた。なぜそこに刺さっているのだろうか。ひとまず引っこ抜いておく。
『すまんな、恩に着るぞ……なぜ怪獣娘に渡すんだ!? おい、黒猫のあっ』
君は杖を持って飛べるか聞こうとしただけなのだが、アリエッタの魔道空間にしまわれてしまった。そんなつもりではなかったが、エターナル・ロアの恨み声が木霊した。とんだ冤罪である。
「杖はなー。バランス悪いからなー。先端だけ重いし。向こうで出してやろう」
「ふわぁ……いま杖の人いた?」
叫び声に起きたリルムがあくび混じりに聞いてくるが、そんなものは居なかったと答えておく。どうせ向こうで出されるし、今のリルムに飛行は不可能だろう。
「そっかー。いなかったかー……すぅ」
リルムは再び眠りについたようで、君は探されもしない杖に少しだけ同情した。
いよいよ出発ということで、君はぶん回される覚悟を決めた。せめて眠っているリルムを落とすようなことはすまいと、前に乗せたリルムに腕を回して箒を掴む。
……眠っているはずのリルムがビクリと跳ねた。
「じゃあ……しゅっぱーつ!」
君の予想をいい意味で裏切り、箒は滑らかに離陸した。そのまま看板を潜り抜け、緩やかに加速し、町を抜ける。両手を離しても落ちないほどに、箒は安定した飛行を続けていた。
草原を遥か眼下に、心地よい風が君の頬を撫でる。
「驚いた? 驚いた?」
期待した声で聞いてくるアリエッタに、君は素直に驚いたことを伝えた。三人乗せているにも関わらず、以前とは安定感が段違いだ。
「わはは! 練習した!」
……アリエッタが、練習を? どういった風の吹き回しなのかと思わず君は口走った。
「前に黒猫のひと乗せたとき、二度と乗りたくないって言われたのがなー。わりとショックでなー」
そんなこともあったなと君は回想する。あれは初めて会ったときで──
「一年ぐらい前だっけ?」
もう一年近く経っているのかという驚きと、まだ知り合って一年しか経っていないのか、という真逆の驚きが重なる。
信頼も絆も間違いなくあるのに、この異界なら赤の他人でも知っていることを知らない。面白い関係を続けてきたものだと、君はしみじみ思い返す。
けれども、これからは皆をもっと知って、自分をもっと知ってもらって、もっと仲良くなれる。そういう時間が、今の君にはある。
「また一緒に飛びたいなって思ってたからね! 今は叶っていーい気分だ」
これからはいつでも付き合えるよ、と思わず君は口にした。ほんと!? と嬉しそうな声に笑顔になりつつ、君は空を仰ぎ見る。
青く澄んだ空に穏やかな風、絶好のお花見日和だ。
やがてポツポツと淡い色の花が見え始めたあたりで、箒は高度を落とし始めた。ここからでもわかるほど大きな森が、お花見兼バーベキュー会場だろうか。そろそろ着きそうだということで、君はリルムを改めて起こすことにした。
「……おはよう!」
あっという間に目覚めた。先ほどとの差に、君は訝しげな視線を向け、腕を離した。
「まーまー気にしない、気にしない」
離した腕を掴まれ、再びリルムを抱き締める形にされる。君の抗議にも、どこ吹く風といった表情だ。……と思ったが、頬が少し赤らんでいる上に軽く震えているのが、君の腕に伝わってくる。
いつもの袖無しの服のまま連れ出してしまっていたことに君は今更気づいた。その格好では寒くて当然だろう。
寒いなら寒いって言ってくれればいいのにと、君は着ているローブを脱いでリルムに被せる。脱いだ瞬間から襲い来る想像以上の冷気に、君は身震いした。
「お? んー。まーこれもこれで中々……」
リルムのよくわからない呟きに構う暇もなく、君は慌ててもう一着上着を取り出して羽織る。分厚い生地が冷気を遮断し、一息吐いた。
「とうちゃーく!」
そうこうしているうちに、目的地についたようだ。
暴風を撒き散らすこともなく止まる箒から降りて、地面に立つ。桜に囲まれた広場の入り口で、君は思わず感嘆のため息をついた。
そのままぼんやりと見惚れていた君の手を、二人が握る。
「黒猫のひとー? 行こ?」
顔を覗き込まれて、そのままアリエッタとリルムとに手を引かれる。広場の向こうでこちらに手を振るレナやエリス、その足元では師匠が花びらを追いかけて遊んでいた。
楽しくなりそうだと期待に胸を膨らませて、君は一歩踏み出した。
リルムのしゃべり方が全然わからんのです。なんかアリエッタっぽくなったりレナっぽくなったり……。
これでUG異界のお話に一区切り、次からは別の異界のお話に移ろうと思います。とはいえ、まだ途中なのでこちらもちょこちょこ進めていくとは思いますが……。
『リルム』……実は名家のお嬢な大魔道士。家の慣習である百人組手の旅をしているが、しょっちゅうカウントを忘れて終わりは見えない。狭い隙間がないと眠れないタイプ。異界移動経験者で、その異界ではアイドルをしていた。
『エターナル・ロア』……災厄の魔杖。リルムの実家に封印されていたが、旅立ちにあたり持ち出された。貴重な常識人かつツッコミ役。