黒猫氏の異界滞在記 作:〈黒ウィズ二次を飽きるほど読む夢〉
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覇膝戦線:ルドヴィカの場合
「誰よりも強くなりたかった」
リヴェータ達を救い出すまでは、君とルドヴィカで話すことが多かった。一旦は距離を置かれそうになったこともあったが、何だかんだで仲良くやれている自負はある。そしてそれは、救出に成功した今も変わらない。
「誰のために、とは聞くな。人は誰しも心に支えがある」
珍しく、二人で話がしたいとわざわざ招かれ、雑談をして。そんな中で君にポツリと打ち明けられた、ルドヴィカが力を求める理由。聞かなくても、誰を想っているのかなんて簡単に想像がつく。
「私にはその者の名を口にする資格がないのだ」
君は、その誰かさんがどう思っているのかも知っていた。だからこそ、君はその自虐をはっきりと否定できた。
「何故だ? 私はあの子から全てを奪って……」
資格があるか決めるのは、ルドヴィカじゃなくてその人だろう。揺れる目を覗き込み、君は続けた。
「だったら尚更、私が許される道理などないだろう」
君の脳裏に浮かぶ少女は、もう未来を見据えている。ルドヴィカだって、憎むとか恨むとかは一発ぶん殴ればもういいと、そう言われたはずだ。
「……それで納得できるはずがない」
それはルドヴィカがじゃないか、と言った君に、ルドヴィカは目を伏せて答えた。
「そうだな。そんな償いでは、私は自分を許せない」
もう自分を許してあげてもいいだろう。そんな言葉を君がかけても、きっと届かないだろう。だから君は代わりに、償いが終わったらどうしたいか尋ねる。せめて、その先にに希望を持っていて欲しかった。
質問の理解に戸惑うように瞬きをしたルドヴィカは、緩やかに首を振った。
「正直考えたこともなかったな、そんな事は。何をしたいか、か……」
君の予想通り、ルドヴィカは償うことに全てを懸けていた。このままでは、そのまま燃え尽きてしまいそうな予感がする。
考え込んでしまったルドヴィカに、本当にやりたいことはないのかと君は改めて尋ねた。誰かのこうするところを見たいとかでも、平和に観光をしたいでも、何でもいい。
「それならば……。あの子が幸せをつかむ瞬間が見たい。私が奪ってしまったものだから、な」
込められた躊躇いと自嘲を意図的に無視した君は、幸せをつかむって結婚とかかな、と口にした。
「あの子の結婚式か……。私でも出席はさせてもらえるのだろうか」
間違いなく呼ばれるはずだ。そして、ルドヴィカは号泣するに違いない。冗談めかしてそう言ったものの、多分現実になったら本当に泣くんだろうなぁ、と君は思った。
「全く。あの子が人生を任せられる相手が見つかってどうして泣くと……相手?」
幸せな光景を想像していた笑顔から一転、君に錆び付いた蝶番のような動きで向き直ったルドヴィカの表情は、無だった。
「なぁ、魔法使い。その相手って誰だ?」
うっかりジミーとでも冗談を飛ばそうものなら、悲惨なことになる。そう君に確信させるだけの圧があった。
特にそういう話は聞かないと君は無難に返答し、むしろどんな人なら付き合えるんだろうね、と苦笑した。
「私としては、あの子を守れるような強さを持っていてほしいな。後は……きっと信じられる相手に飢えているだろうから、あの子が心から信頼できる人であってほしい。私が言えることでもないがな」
中々に厳しい条件だね、と君は苦笑いしたままルドヴィカを見た。リヴェータを守れる力がある人という時点でそう多くはないのに、更に信頼を勝ち取れというのだ。
あまり人を信頼しないようにしてきた、と本人から聞いている君には、それをクリアする男性は存在しないのではないかと疑問が浮かぶ。とはいえ、今はいなくてもこれからは現れるかもしれない。リヴェータは変わることができたのだから。
厳しい条件だという君の言葉に、条件を挙げていた当人であるにも関わらずルドヴィカは頷いた。
「そうかもな。まぁ、私がそんな人と結ばれてほしいと思っているだけで、本人がどう思っているかは知らん。あの子はもう、自分で決めて進んでいけるだろうしな」
そもそもリヴェータに結婚願望があるのかもわからない。話の前提が崩れて、会話が一瞬止まった。
「まぁ、あの子がどんな道を歩むにせよ、だ」
真剣な顔つきをしていたルドヴィカは、そこでふっと頬を緩める。その穏やかな微笑みは、戦士になる前のルドヴィカが浮かべていた表情のような気がした。
「いつまでも見守っている。それが、私にできることの全てだ」
それはきっと、できることであると同時に、これからもしたいことのはずだから。
やりたいこと、見つかったね。君は目を細めてそう言った。
特別に何かを変えるでもなく、ただ見守ること。それがルドヴィカの望みらしい。もっと欲張っていいとも思うが、今はやっと見つけたものを噛み締めてもらうことにした。
「そうか。これが私の願い、か。……存外近くにあるものだな」
何かを確かめるようにゆっくりと目を閉じて、ルドヴィカはそう呟いた。
「今までの私も、間違いではなかったのだろうな。いや、間違ったことも無駄ではなかった、と言うべきか。ずっと迷ってきたが、今ならそう思える」
やがて開いた蒼眼には焦りも迷いもなく、君は安堵した。きっともう大丈夫だろう。
安堵と共に眠気が襲ってきて、君は欠伸を漏らした。随分長い間話し込んでしまったようで、気づけば外はもう真っ暗だった。もうとっくにいつもの君の就寝時間を過ぎているだろう。
「もうこんな時間か。すまない、すっかり付き合わせてしまったな」
ルドヴィカが心配でついつい余計な口を挟んでしまっただけ、と君は首を横に振った。
「心配? 私がか?」
あのままだとルドヴィカがいつか空っぽになっちゃいそうで、とお節介な想像を素直に話す。そうなる前に誰かが何とかするだろうとは思ったが、それでも動かずにはいられなかった。
「……いや、魔法使いが話してくれて助かった。お前でなければ、こうも正直に自分の未来を考えることもなかっただろう。それに、歩んでいる道がきっと正しいと思えたのもお前と出した結論だからだ」
それは買い被りすぎだと口に出そうとして、君は気づいた。リヴェータは信頼できる相手に飢えていると先程言っていたが、むしろルドヴィカの方が深刻なのではないだろうか。
グランファランクスに、ルドヴィカを気遣える団員はいたのだろうか。故郷を滅ぼす引き金を引いた罪悪感に苛まれ、それでもリヴェータが折れてしまわないように、立ちはだかる壁を演じていたルドヴィカを。
いや、違う。気遣った結果が今なのだろう。君はかぶりを振った。グランファランクスの面々は、ルドヴィカの覚悟を尊重しているからこそ何も言わなかったのではないだろうか。
ただ、いつでも気を張り詰めるような環境でそれを吐き出す相手もいない、それでは壊れてしまうかもしれない。
だから君は、辛かったらいつでも言ってと、いつかと変わらず冷たい手を握ってそう言って、愚痴を聞くぐらいしか出来ないけど、と苦笑した。
手を握られ狼狽していたルドヴィカは、そんな君の言葉に目を見開いた。
「自分で辛いと思うことはなかったはずなんだがな……。罪滅ぼしのためだ、弱音は許されないと思っていた」
覚悟を汚してしまう余計なお世話だったかな、と君は反省したが、制止された。
「いや、違う。……その、嬉しいんだ。お前にそう言ってもらえて、本当に。他の面々にはとても言えないが」
やはり、心のどこかに溜め込んできたものはあるらしい。辛いとか苦しいとか、他の皆には言えなくても、自分には吐き出してもいいんだよ。再度気遣う君に、ルドヴィカは小さく首を横に振った。
「本当にお前は……。いや、止めておく。これ以上甘えてしまっては、多分取り返しがつかなくなる」
甘えることも許さないなんて自分に厳しい人だな、と君は見当違いの感想を抱いた。ともかく、これでやることも無くなったので、君は疲れと眠気で重い体を動かし、お休みと言い残して寝床へと帰ろうとする。
「待ってくれ、魔法使い」
呼び止められて君は振り向いたが、まぶたが重い。
「その、礼をだな……しようと思ったのだが」
隣に座るように身ぶりで誘導され、君は寝台に腰かけた。煮え切らない言葉に疑問が生じるが、黙って聞く。
「私は、こういう時どうしたら良いのか分からないのだ」
別に自分が好きでやったことだから、そんなに気にしなくても、と夢現ながら反応した君に、ルドヴィカは自らの膝を叩いて示した。
「できることは膝を枕にしてお前を癒してやることくらいだ。来い」
誘われるままに君は頭を下ろしていき、やがて膝枕の体勢となった。固いのに柔らかく、温かい。支離滅裂な思考と共に、このまま寝てしまいそうだと呟いた。
「あぁ、それでいい」
閉じていく視界の中で、優しげな光を携えこちらを覗く蒼い眼と目が合って──眠気を振り払った。流石におかしいだろう。体を起こそうとした君は、しかし簡単に押さえ込まれた。
「私なりの礼の形なのだが、駄目か?」
そう言われては断れないと自らに言い訳をして、君は再び目を閉じた。やがてそのまま、眠りに落ちていく。
(熟睡できなかったことに感謝する日が来るとはな)
膝枕をしながら寝ようがなんだろうが、睡眠の質が低いことには慣れきっていた。あの日以来、まともに眠れた試しは無い。
しかし、今日は。
(ゆっくり寝られそうな気がするな。こんな姿勢だが、温かい。なら、隣で眠ることができたら……あぁ、不味いな)
自身の思考に苦笑して、寝顔から視線を動かし天井を見上げる。伝わってくる温もりに、正直に言えば依存しかけていた。日頃から側にいられるリヴェータに嫉妬を覚えてしまうほど、だ。
(こちらに拐ってしまったら、あの子はどんな顔をするんだろうな)
今度こそ完全に仲違いすることになるだろう。リヴェータにとっても大切な存在であることはわかっている。
(それでも、それでもだ)
かつて敵だった自分にすら寄り添う、底無しのお人好し。この温もりは、どうしようもない孤独を抱える者にとっては強い薬物のようなものだ。
あの怪物ですら魅了してしまったのがいい例だろう。時間をかけて話していれば、あのギンガ・カノンですら絆してしまうのでは、とすら思えてくる。
(……そろそろ私も眠るか)
あまり遅くまで起きているわけにもいかない。少しばかり惜しむ気持ちを抑えて上体を動かし、なんとか眠れる体勢を作った。寝台の縁にもたれる窮屈な姿勢だが、気分は悪くない。
「……お休み」
安らかな寝顔にそう呟いて目を閉じた、その直後。
「ルドヴィカ~? 入るわ、よ……」
考えうる限り最悪の展開が起きた。
そのうちUG異界の既存の部分を短編に書き換えようと思っています。長編だとごちゃっとしてきたので……。