窓から差し込まれる光が眩しくて。
「…ん……うぅ……」
それでも起きたくない、まだ寝てたい、その欲に忠実に、寝返りをうって二度寝をしようと。
いつもの様に兄の腕を掴んで、もう一度寝ようと。
だが、何度も掴もうとする手は空振りをするだけ。
またベットから落ちたのか?
寝ぼけた頭で考え、兄の姿を確認すべく、嫌々目を開けて。
そこに、いるべき者はいなかった。
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一人の少女がおぼつかない足取りで歩く。
ステファニー・ドーラ。
赤い髪に青い瞳をした高貴な少女。
のはずだが、眼下のクマと足取りから見てとれる疲労が本来の気品を奪って。
片手にトランプを持って不審な笑みを浮かべふらふらと王の寝室へ向かう。
「白、起きてますわよね!朝ですわよ!」
ドンドンと扉を蹴って。
だが、扉は簡単に開いて。
「あれ…起きてたんですの!?」
起きていた事に驚き部屋を覗き込むが、そこにいたのは。
「にぃ…にぃ……どこ…しろ、が……わるかった…か、ら……でて、きてぇ…」
膝を抱えて震え、涙を流す白。
「え、ちょ、どうしたんですの!?」
その変わり果てたありさまに先程までの事は忘れ、トランプを捨てて駆け寄る。
ステフが何かを叫ぶ。
その声が白には届かなかった。
ただひたすら。
「にぃ……にぃ……出てきて……ひとりに、しないでぇ……」
その呟きにステフは。
「あ、あの、にぃって誰ですの?
その人を連れてくればいいんですの?」
ようやく白の耳に届いた言葉に。
ステフは何を言っているのだろう。
自分の兄など、一人しかいないだろう。
そんなことを考え、ケータイのアドレス帳を開く、が。
「…う、そ…」
白のケータイに登録されている番号なんて兄一人だ。
なのに、どうして。
どうして、ケータイには『登録者0』と表示されてるのだろうか。
「…なん、で……どうして……うそ…うそ…」
元々白い肌から更に血の気が引いて。
ステフが必死に叫ぶがそんな声などもはや無いに等しかった。
白は猛然とケータイのメール履歴、ゲームアカウント、画像フォルダ、開けるものを全て開いて──一切兄の痕跡は無かった。
「うそ……ぜったい…うそ…!」
慌ててケータイで、日付を確認する白。
21日。
兄が自分と王座でゲームしていたのは、19日。
白が、瞬時に映像記憶で遡って、携帯ゲーム機、タブPC、ケータイで見た複数の端末の表示が全て、19を指していたことを確認する。間違いなく、19日だった。
だが、ならば20日。
つまり昨日、自分は何をしていた?
ない。
記憶が一切、ないのだ。
五年前読んだ本を、記憶だけで逆から読める白の記憶が。
まるで、丸一日を寝て過ごしたように、一切記憶がないのだ。
兄が、隣にいない。
ケータイのアドレス帳にも入っていない。
メールも履歴も形跡の一切が残っていない。
兄を証明する根拠が、なにもない。
状況を整理した白。
ここから導き出される可能性は、三つだけだった。
可能性1
なんらかの力が兄の"存在"をこの世から消したか。
可能性2
自分が、ついに"狂った"か。
可能性3
あるいははじめから狂っていて"今正気に戻った"か。
だが、その可能性のどれが正解であろうと、白にとって、目の前が暗くなっていくのを堪えるに値する答えではない。
予想される、だが、決して聞きたくない故に。
ここまで、口にせずにいた名前を。
最後の希望を込めて、ステフに、問う。
「ステ、フ…にぃ……『空』、は…どこ…?」
だが、かくして返された答えは、予想通り。
決して聞きたくなかった、答えだった。
「空?名前、ですわよね。誰ですの?」
ああ、願わくば、これが、たちの悪い夢でありますように。
眼を覚ましたら、いつも通り隣で兄が寝ていて、ただ一言、『おはよう』と言ってくれるように。
ただ、それだけを願いながら。
目の前が暗くなる感覚に身をゆだね、白は意識を手放した。
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「どう、ですの?」
王の寝室の扉の前でステフがジブリールに尋ねる。
ジブリールもまた、ため息をついて。
「なにも。私の入室を拒まれ何も出来ない状態でございますね」
「…相変わらず、『空』と言い続けるだけ、ですの?」
「えぇ、そちらは?」
「城内スタッフに手当たり次第聞いて見ましたが皆答えは同じ…」
「空なる人物は知らない、エルキアの王はマスター一人、でございますか」
「えぇ、その通りですわ」
「…順当に考えれば、マスターの記憶が書き換えられた事になるのでございますが…」
「それじゃあ、白が負けたって事ですの?」
「…はい」
酷い違和感があった。
突然、『空』なる正体不明の人物を呼び続け、茫然自失になった白。
状況そのものがまるで意味不明ではあったが、それ以上の違和感に、二人は閉口する。
その会話が聞こえていたのか。
扉の下からすーっと、薄い板が差し出される。
「…これって、確か…」
「マスターの、タブPCというものでございますね」
それを拾い上げ二人で画面を覗き。
「これは…アz…ではなく、マスターの元の世界の言語ですね。
『質問』と書かれています」
ぽこっ、と新しいメッセージが。
「なるほど。筆談ならぬ"チャット会話"がお望み、でございましょうか」
主が持ち込んだ異世界の膨大な知識。
その全てを把握するにはまだ至っていないが、その意図は汲み取れた。
「今度はなんて書いてありますの?」
「『1、ステフに惚れろと要求した人物は?』」
「白、じゃないですの?」
「私は分かりませんが…。
えっと、これはどう返信すれば…」
操作方法が分からないジブリールに、すぐさま、ぽこっという音が。
「なるほど、口頭でよいと。
『2、十一歳の同性が、惚れろと要求した?』と書かれていますが」
「え、えぇ・・・だ、だから変態だ鬼畜だって散々言ってるじゃないですの・・・」
口を引きつらせながら答えるのと、更なるメッセージが届くのは同時。
「『3、どうやって負けたか、詳細に』だそうでございます」
白の状態を考え、安易な答えは出来ないステフ。
出来るだけ詳細に思い出そうと、額に指を当てて必死に思い出す。
「えーっと、ジャンケンでしたわ。
私を挑発して、心理戦で、あいこ狙いの。
でも重要だったのは"要求内容"のほうで、具体性のない条件をあいこで求められましたわ。それでペテン師呼ばわりした私に。
でも問答無用で『惚れろ』と言われましたわ」
ステフが言い終わると同時、次のメッセージが届く。
「『4、自分のものになれ、ではなく何故"惚れろ"と要求されたか』と」
「貢がせるためですわ。
あとでミスだったと気づいて悶えてましたわ。白が」
そして、またすぐにメッセージが届く。
「『5、ジブリールと対戦した人物の名は?』と」
「えーっと、白ですわね」
「それは、私も同じように記憶してございます」
そこで、メッセージが止まる。
静寂が流れるなか、そういえば、と口を開いたステフが。
「アズリールさんはどうしてるんですの?」
「分かりません。
気がつけばいなくなっておりました」
「もう、こんな大変な時に何をしてるんでしょう!」
「いえ、アズが私に何も言わずにどこか行くなんてありませんでしたが…」
だけど、今回は何も言われてなかった。
何故居ないのだろう。
ジブリールはそう考える。
その時、ジブリールの腰辺りからひらひらと小さい一枚の紙が。
「何故紙が…?」
そんな疑問を口に出して拾い読み上げる。
「『うちはやる事があるから図書館に居るにゃ。
もし、君達でダメだったらうちを呼ぶにゃ』…と」
「…それって!」
そこに書かれた意味をステフも気づいて。
「マスター、アズを連れて来ます!
少し時間を下さい!」
それだけ言い残しジブリールは消えた。
そしてステフが持っているタブPCから。
ぽこっ。
『任せた』
ふと思ったんですけどジブリールとアズリールってどっちが身長高いんでしょうかね。
ジブリールが167cmってのは知ってるんですがアズリールは分からない。
自分の中ではアズリール164cmって感じ。
妹より背の低い姉って何か…いいじゃん。