段取りを決めるとその足で銀行に行った。そして、スーパーで食材を買って帰宅した。
夕食を済ませると、居間でテレビを観ている加那に嘘を吐いた。
「小学校の時の友達が亡くなっちゃたの。明日、富山に行ってくるから」
「えっ?あした、お母さんいないの?」
「大切な友達だったの。お母さんの一番大切な友達だったの。だから、明日は合鍵を忘れないで持ってて」
「……うん」
「帰りが遅くなるかもしれないから、明日の晩ごはん、作って冷蔵庫に入れとくから」
「うん」
「明日の夜には、お父さん出張から帰ってくるから」
「うん」
「お留守番できる?」
「うん、できる」
「誰が来ても、ドア開けちゃ駄目よ。分かった?」
「うん、わかった」
「加那!」
怜子は加那を抱き締めると、嗚咽を漏らした。
「……お母さん、泣いてるの?」
「……加那が心配だから」
「だいじょうぶ。いい子にしてるから」
そう言って微笑む加那の顔を、怜子は涙で霞んだ眸で見詰めた。
翌日、ボストンバッグに、ある物を入れると受話器を持った。そして、プッシュホンのボタンを三回押した。
そこに行くと昨日と同じ光景があった。下りてくる怜子に一瞥すると、男は腰を下ろしたままで、顔を戻した。
「金は持ってきましたか?」
怜子を見上げた。
「ええ。ここにあります」
「では、頂きましょうか」
男が手を伸ばした。
「その前に、一つだけ教えてください。どうして、私の名前や電話番号を知ってたんですか?」
「聡明なあなたでも解けなかったか?ま、座れや」
男は七面倒に言葉を吐いた。
怜子は少し離れて腰を下ろした。
「あの日、俺は東野に会いに、〈角田建設〉に行った」
怜子が働いていた会社だ。
「仕事が決まったと言う東野から金を借りようと思って。行く途中、逃げるように土手を必死に走る長い髪の女が見えた」
(私のことだ……)
「何かあったのかと辺りを見回すと、男が倒れていた。目を凝らすと東野だった。近寄って、どうした?と声を掛けたが返事が無かった。……死んでた」
(?……死んでた?嘘だ)
「殺したのは、さっきの走ってた女だと直感した。つまり、あんただ」
男が鋭い視線を向けた。怜子は目を逸らした。
「どうして、あんただと分かったと思う?」
「……さあ」
「東野が言ってたんだよ、電話で。会社にタイプの女が居る。事務をしている中西怜子だと」
(!……)
「髪の長い、可愛い子だと。それでピーンときた。脅しの材料にしようと、後日会社に行ったら、あんたは辞めてた。新しい事務員に少しばかりの金をやって、あんたの履歴書のコピーを入手した。
本籍地を見て、びっくりしたね。俺達と同じ富山だった。それも、住所はあの事件があった場所だ。歳もあの少女と同年代だし、もしかしたら、友達とか同級生だと思った。
そして、拾った定期券で、少女を殺したのは、東野聖児だと勘違いした。あの定期券は、俺が東野に借りていた物だ。定期券を落としたのに気付いたのは、駅に着いた時だった。
もしかして、現場に落としたかもしれないと思ったが、今更、戻れない。仕方なく諦めた。それを拾ったあんたが東野を殺した。だろ?復讐か?」
周りに誰も居ないのをいいことに、男は捲し立てていた。
(妙子を殺したのはこの男!……そして、東野聖児を殺したのもこの男!)
怜子は怒りに身を震わせながら、顔を強張らせていた。
「こうやって、あんたに会うのに十年もかかった。と言うのも、別の恐喝や窃盗でムショを出たり入ったりしてたもんでね。
出所後、〈角田建設〉の社長の奥さんに、あんたの田舎の友人だと言って、住所と電話番号を聞き出したって訳だ。さて、この辺でいいだろ。そろそろ、金を頂こうか」
男が手を差し出した。
怜子は徐にショルダーバッグを開けると、白い封筒を出した。
男が怜子の手からそれを奪った瞬間、複数の足音が近づいてきた。怜子は急いでその場から逃げると、男に振り返った。
「恐喝で現行犯逮捕する!」
数人の警官が男を包囲し、一人が手錠を掛けた。
「チクショー!ハメやがったな!」
男が怜子に向かって声を荒らげた。
「どうして、妙子を殺したの?大切な友達だったのよ。妙子を返してーっ!」
怜子は連行される男の背中に叫んだ。
犬を連れた老爺が、土手から怜子を見下ろしていた。