怜子は取調室に居た。
「捜査一課の谷口です。この度は逮捕にご協力頂き、ありがとうございます」
谷口の言葉に、怜子はお辞儀をした。
「あ、これ」
怜子はボストンバッグからテープレコーダーを出すと、カセットテープを抜いた。
「何か役に立てばと思って、会話を録音しました」
谷口の前に、テープを置いた。
「……スゴいですね。大変助かります。大切にお預かりしますので」
谷口は、怜子の妙案に感服しながら、脂で黄ばんだ指でテープを持った。
「ええ、どうぞ」
「では、まず、どうして恐喝されたのか、経緯を伺いましょうか」
「はい。……十年前の《多摩川の土手殺人事件》が発端です」
谷口は目を丸くした。自分が担当した事件だった。
「私は、東野さんの頭を石で殴りました」
「えっ!」
「殺意を持って殴りました。だから、東野さんの遺体が発見されたニュースを知った時、私が殺したんだと思いました。
ところが、新聞には、数ヶ所に殴られた跡があると書いてありました。でも、私は一回しか殴っていません。
つまり、私が殴った後に別の誰かが殴って殺したことになります。それが、逮捕された魚谷という男の人だと思っていました。
ところが、十年後の昨日、先ほどの逮捕された男が、私の犯行を知っていると脅してきて、十万円を要求されました。未遂とは言え、東野さんを殺そうとしたのは事実です。
でも、一度お金をやれば、一生強請ってくるだろうと思いました。脅しに怯えて暮らすよりは、夫や娘に迷惑を掛けるけど、出頭して何もかも話した方が楽になると思い、警察に電話しました」
「……なるほど。賢明な選択だったと思います。ところで、どうして東野を殺そうとしたんですか」
「もう、二十年も前のことですが、私が小学校五年の時、……友達が殺されました」
「えっ!」
「いつも一緒に帰っていましたが、あの日は掃除当番だったので、友達を待たせるのは悪いと思って、先に帰るように言いました。……言わなければよかった。一緒に帰ればよかった」
怜子は当時を思い出し、体を震わせた。
「……掃除が終わると急いで帰りました。途中、いつも二人で通る、通学路から少し離れた小道の草むらに、見覚えのあるランドセルの女の子が俯せで倒れていました。目を閉じた横顔を見た瞬間、妙ちゃん!と叫び、肩を揺すりました。
だけど、目を開けなかった。泣きながら何度も何度も名前を呼びました。捲れたギャザースカートからは、太股まで下りた白い下着が覗いていました。
私は下着を上げてお尻を隠してやると、ランドセルから飛び出たハーモニカや筆箱を戻してやりました。
ふと、足下を見ると、泥がついた定期券がありました。泥を指で拭うと、そこには“東野聖児”と名前がありました。この男が犯人かもしれないと思い、その定期券を自分のランドセルに入れました。
そして、走って家に帰ると、母に妙子のことを話しました。しかし、定期券のことは言いませんでした。私一人で復讐をしようと思ったからです。
でも、それから間もなくして、父の転勤で上京した私は、復讐することができませんでした。
そんな時、私が勤める会社に東野聖児が応募してきたんです。妙子の仇を取りたくて、殺すつもりで東野の後頭部を石で殴りました……」
「……経緯はよく分かりました。その、たえちゃんのことが好きだったんですね」
「はい、大好きでした」
怜子は笑みを浮かべて谷口を見た。
「たえちゃんはきっと、天国であなたに感謝していると思います」
「刑事さん……」
怜子は両手で顔を覆うと、嗚咽を漏らした。
「ご主人とお嬢さんが心配してますよ、早く帰ってあげなさい」
「えっ?」
何らかの刑罰が科されるのを覚悟していた怜子は、予期せぬ谷口の言葉に驚いた。