流星のロックマン Arrange The Original 2.5 ~ツカサ外伝~ 作:悲傷
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「なんだよそれ!」
ツカサの話を聞いて、スバルは机を叩いた。別に怒られているわけではないのに、ツカサはビクリと肩をすくめた。
「それ……保母さんはいつ話を聞いたの?」
「今日、だって……僕たちが海に行ってる時に……」
保母さんから話を聞いた後、ツカサはスバルの家を訪ねた。もう夜だということは分かっているのだが、どうしても誰かに聞いてもらいたかったのだ。思い浮かんだ相手はスバルだけだった。
スバルは吐息荒く座り直した。隣ではスターキャリアーから出てきたウォーロックが浮遊している。
「……で、もし仲を取り戻せるのなら、コダマタウンに住んでも良いって言ってるの?」
「……うん」
ツカサを10年以上も放っておいた両親からの配慮なのだろう。住み慣れた町で、友人とこれからもいられるようにと。
「……ねえ、どうしたい?」
「え、どうしたいって……?」
「ツカサくんはどうしたいの?」
この問いにツカサは迷った。いや答えられなかった。頭の中が真っ白になるのだ。何も考えられない。何も浮かばない。
「……急いで答えを出さなくていいよ」
「え?」
ツカサが顔を上げると、スバルは一転して明るい声をあげた。
「今のツカサくんはさ、疲れてるんだよ」
「……そう、かな?」
「そうだよ。だって、今日海に行ったばかりなんだから」
言われてみればそうだった。
「疲れているときに考えても仕方ないよ。一晩寝てから考えても良いんじゃないかな?」
「でも、両親が来るのは明日だよ?」
「来るまでに考えたら良いよ。来てもらったけれど、やっぱり会わないって言うのも手だと思うよ」
それはさすがに悪い事なのではないだろうか。という疑問が浮かんだ。だが、今考えても仕方ないというスバルの意見は正しい気がした。
「そうだね。今日は帰って寝ることにするよ」
「それが良いよ」
「じゃあ、僕はこれで」
ツカサはスバルに礼を言うと部屋を後にした。階段まで来て気づいた。「夜遅くにごめん」と言うのを忘れていた。流石にこの時間に押しかけて、詫びの一言も無いのは悪いだろう。戻って部屋をノックしようとした。
「スバル、これで良いのか?」
ウォーロックの声が聞こえた。話の間一言もしゃべらなかった彼が、スバルに何を尋ねているのだろう。耳を澄ました。
「……どうしようもないよ……これは、ツカサくんと両親の問題だから……」
ツカサはノックしようとしていた手を遠ざけた。
「僕は、ツカサくんの両親が許せない。だからもう二度と近づくなって言ってやりたい。けれど、両親とどういう関係になるのかは、ツカサくんが決めることだから」
「まあ、当然だな」
ツカサはドアから一歩後ろに下がった。2人の言う通りだ。スターキャリアーと共に、ポケットから抜き取った物を見る。
赤い押し花だ。これはスバルが摘んできてくれた花だ。ドリームアイランドにある、名前も無い花畑……ツカサの最も好きな場所で、スバルを裏切った最も忌み嫌う場所……。いつかそこでスバルのブラザーに……それが彼の夢だ。
そう、夢だ。
「夢は……叶わないから夢……なのかな……」
スターキャリアーを手に持ったまま、ツカサは一階へと降りて行った。
◇
ツカサは真っ暗なところにいた。ああ、夢だなとすぐに理解した。こういう場所には何度も来たことがある。それに記憶が正しければ、今は自室で眠っているはずだ。
周囲を見渡すと、やはりいた。小さいころのツカサがいる。その周りには意地悪そうな顔をした子供たち。この世界で何度も繰り返し見た光景だ。
「お願いだ。やめてくれ……」
いつも呟く。だが止まらない。子供たちは小さいころのツカサの周りに集まり、叩いてくる。親無し。捨てられた。いらない存在。子供たちは思いつく限りの言葉でツカサを虐めてくる。
そこに大人が駆け寄ってきた。虐めている子供たちを後ろに下がらせて、蹲っていたツカサを蹴飛ばした。私の子供に近づくな。親がいない子供はロクな大人にならない。こんな子に関わってはいけない。低くても知性がある分、その言葉は子供たちの物よりも暴力的だ。
「好きで捨てられたんじゃない……」
聞こえていないと分かっていても、ツカサは呟いた。
愚かな大人は、もう近づくなとツカサを再度蹴飛ばした。
「止めてくれ……」
それ以上はいけない。それ以上やると……あいつが出てくるのだ。
大人に蹴られた小さなツカサが、ゆっくりと立ち上がる。もう一度蹴飛ばそうとした大人の足を払いのけ、思いっきり押し倒した。倒れた大人に馬乗りになり、手に持っていた石で顔を殴りつけた。大人の悲鳴が上がり、虐めていた子供たちが縮こまる。大人が血を流して悶えているのを他所に、小さなツカサ……いや、ヒカルは子供たちに襲い掛かった。
「止めてくれ……」
そこまですることは無いじゃないか。確かに、彼らがやったことは酷い事だ。それでも、ヒカルがそこまでして良い理由は無い。
ツカサは駆けだした。泣き叫んでいる子供に、なおも拳を振り下ろそうとしているヒカルの左手を取る。
「もう止めてくれ、ヒカル……」
ヒカルが振り返る。それは、今の自分と同じ年頃になったヒカルに代わっていた。
「ヒカル、君が暴力を振るって良い理由なんてない。もうやめてくれ」
ヒカルは何も答えない。ただツカサを見ているだけだ。このまましばらくしたら、この世界はいつの間にか消えている。それがいつもの結末だった。
だが二人の世界に割って入ってくる声があった。
「ククククク、止めてくれだってよヒカル」
ヒカルの背後に黄色い塊が生まれた。ツカサは目を疑った。こいつをツカサは知っている。忘れたい、けれど忘れてはならない存在。
「ジェミニ!?」
黄色い塊に黒い仮面が浮かんだ。
「御名答。雷神のジェミニ様だ。お前らの中から蘇ったぜ」
雷神のジェミニ。ツカサのスターキャリアーにいる白いジェミニの元となった存在だ。
かつて地球に侵略してきたFM星人の一人……いや、その首謀者だ。実際に侵攻を決定したのはFM星王ことケフェウスだが、彼に戯言を吹き込み、疑心暗鬼に陥らせ、甘言で裏から操っていたのは、この男だ。
悪事はそれだけにとどまらず。地球に来てからはツカサに憑りつき、ヒカルと意気投合して共に多くの事件を引き起こしていた。
ツカサの何よりの汚点は、彼とヒカルに惑わされて、スバルを裏切ってしまったことだ。
そのジェミニが目の前にいた。
「なんでお前が……」
「残留電波って知ってるか? 俺は確かに死んだが、お前の体内にデータとして残っている。お前が生きている限り、復活するんだよ。何度でもな」
「そ、そんな……嘘……」
「嘘じゃねえよ。お前が電波変換できていたのもそれが理由だ」
ジェミニの力が体内に残っていたことはツカサも知っている。だがこの凶暴な人格まで残っているとは思わなかった。白いジェミニが生まれたことから、人格は消えたと思っていたからだ。
「なんで今になって……」
「分からねえか?」
「……両親?」
「なんだ、やっぱり分かってるじゃねえか。お前が大きく動揺してくれたおかげでな、お前の体内の奥深くから出てこられたってわけだ」
悔しさで自分を殴りつけたくなった。
「ったく、苦労したんだぜ。お前ら二人分の精神があるからよ、複雑に絡み合っていてほとんど身動きが取れなくて、地獄みてえだったぜ」
「そのまま永遠に出て来なかったら良かったのに……」
「だからこそ、お前のおかげだぜツカサ」
ジェミニはスッとヒカルの側に移動した。
「聞けヒカル。お前の願い、俺なら叶えてやれる」
ずっと黙って2人を見守っていたヒカルが、ジェミニの方を見た。
「止めろヒカル! そんな奴の言葉に耳を貸すんじゃない!」
だがヒカルはジェミニから目を離さなかった。
「ツカサが協力しない以上、地球人の体は手に入らねえが……お前の精神とだけ電波変換することはできる」
ヒカルの眉がピクリと動いた。口がゆっくりと開く。
「そんなことができるのか?」
「力は大きく落ちちまうがな。だが、電脳に入って中から操作することに支障はねえ。俺もこんなところからは、さっさとおさらばしたいんだ。自由になろうぜ?」
そんなことされてたまるものか。ツカサはいまだに掴んでいたヒカルの左手を引っ張った。
「やめろヒカル!」
ヒカルがようやくツカサの方を見た。数秒間見つめ合った後、ヒカルはジェミニの方を見た。ヒカルの手が、ツカサの手を振り払った。そのままジェミニに手をさし伸ばした。
「ジェミニ、お前の力を貸せ」
「おう、任せておけ」
ヒカルの手がジェミニに触れようとする。ツカサはなりふり構わずにジェミニにつかみ掛かった。ジェミニをヒカルから遠ざけようとする。だがびくともしない。ツカサがどれだけ動かそうとしても、ジェミニはその場から少したりとも動かない。
「な、なんで……?」
「ククク、ここは精神の世界だ。意志の強さがそのまま強さになる。つまり、てめえはこの程度だってことだ」
ジェミニが雷撃を放った。ツカサは大きく吹き飛ばされて転がった。
「ま……待、て……」
起き上がろうとしても体が動かない。これがツカサの意志の弱さだと、世界全体が笑っているようだった。動けずにいるツカサが最後に見たのは、ヒカルの手がジェミニに触れるところだった。
◇
「止めろーーー!!」
ガバリとツカサは身を起こした。
「ハァ、ハァ……ハァ……」
全身から滝のような汗を流しながら、ツカサは周囲を窺った。幸い部屋の中は薄明るい。時間帯は明朝と言うところだろう。ここは自分の部屋だ。孤児院に設けられた自分の部屋だ。小さいが布団を敷けるスペースはある。その布団が目に入った。いつの間にか這い出て、タンスの側にまで来ていたらしい。
ようやく自分が持っている物に気づいた。スターキャリアーだ。寝る前には、タンスの上にいつも置いておくのだ。中では白いジェミニが不安そうにこちらを見ている。
「……あ!?」
胸を抑えた。いない。いないのだ。
「ヒカル……」
ヒカルがいない。自分の中にいたヒカルがいなくなっていた。
「夢じゃない!?」
慌てて立ち上がって、スターキャリアーを掲げた。
「電波変換 双葉ツカサ オン・エア!!」
いつもの合言葉を叫んだ。だが何の変化も無い。白い光が出て来てツカサを包み込むはずなのに、何も起きない。
「やっぱり……」
先ほどのは夢ではなかった。ヒカルはジェミニと電波変換をして、出て行ってしまったのだ。
「ヒカル……あ! ジェミニ、スバルくんに電話!」
スターキャリアーの中で白いジェミニが慌ててブラウズ画面を開いた。ヒカルとジェミニはスバルとウォーロックを恨んでいる。もしかしたら、襲われているかもしれない。
コール音が何度もなる。お願いだ。無事でいてくれ。心臓が張り裂けそうなほどに鳴り響いている。無限のように長い十数秒の後に、ブラウズ画面にスバルが映った。
「どうしたの、ツカサくん?」
寝ぼけた顔をしたスバルがいた。後ろではウォーロックが欠伸をしながら頭を押さえている。どうやらスターキャリアーの中で寝ていたウォーロックが目を覚まし、スバルを起こしたらしい。
「ス、スバルくん。大変なんだ!」
「大変?」
スバルはまだ眠そうな目を細くした。ツカサの鬼気迫った雰囲気には気づいたらしい。
「あ、あのヒカルが……ジェミニが……」
「ジェミニ!?」
スバルが叫ぶと、後ろにいるウォーロックが目を見開いた。
「どういうこと!?」
「あ、えっと……あの……ヒカルとジェミニが……その」
スバルが尋ねてくるが、ツカサは焦って言葉が出てこない。何から説明をすればいいのか。
だがここはウォーロックがまとめた。
「スバル、詳しい話は後だ。電波変換して外に出るぞ。あいつらのことだ。何か事件を起こしているはずだ!」
「わ、分かった! ツカサくん、後でね」
「う、うん……」
電話が切られた。ツカサは胸に溜まっていた空気と焦りを盛大に吐き出した。すると手足が震えてきた。力が入らずに膝をつき、倒れそうになって手で体を支えた。白いジェミニが慌てて外に飛び出して来た。
「だ、大丈夫だよ」
心配そうなジェミニの頭を撫でてあげる。
「ち、力が抜けただけだから……」
とりあえずスバルは無事だった。それどころか、もう全てが大丈夫だ。ジェミニは言っていた。力が落ちると。ならば今のヒカルとジェミニはスバルとウォーロックの敵ではない。あの二人に任せておけば、ヒカルとジェミニはすぐに捕まるだろう。
そう、もう安心していいのだ。それなのに胸から熱が込み上げてくる。それは目へと移動して、熱い滴を滴らせた。
「情けない……」
力の入らない手で、床を叩いた。
「僕は、何もできないのか……」