流星のロックマン Arrange The Original 2.5 ~ツカサ外伝~ 作:悲傷
どれくらいその姿勢でいただろう。ツカサはゴミの山に預けていた体を起こすと、スターキャリアーを取り出した。
「ジェミニ、スバルくんに電話をして」
スターキャリアーの中にいる白いジェミニが、ブラウズ画面を開いてスバルに連絡を入れた。数回のコールの後に、ブラウズ画面にロックマンが映った。倒れていた。体中怪我だらけだ。そんな彼を踏みつけているジェミニ・スパークBの姿があった。
「ハハハ、どうしたよツカサ……なんだその格好? まあいいか。それよりなんで電話をかけてきた。ロックマンが痛めつけられているところを特等席で見たくなったのか?」
そんなわけないだろう。スバルに電話をしたのは、ジェミニを見つけたら話をさせてほしいとお願いするためだ。
「今俺たちはどこにいると思う? お前の両親が乗った飛行機の電脳だ。人質をとったら、ロックマンのやつ子犬みてえに大人しくなってな。甚振るのにも飽きて……」
「どうでもいい」
自分でも驚くほど座った声だった。満面の笑みだったジェミニは、水を差されたような顔になった。
「なんだと?」
「どうでもいいと言った」
「て、てめえ分かってんのか!」
ジェミニが画面に近付いてくる。乱暴に手を伸ばしたかと思うと、景色が横に動いた。ブラウズ画面を掴んで動かしたのだろう。
「あれが見えるだろ。この飛行機の電脳だ! あれを少しでも傷つけたらこの飛行機は墜落する。お前の両親も、関係のない地球人もだ」
また画面を動かした。倒れているロックマンが映る。
「俺の機嫌を少しでも損ねてみろ。この飛行機なんざ木っ端みじんに……」
「好きにすればいい」
言葉を失うジェミニの目を、ツカサは真っすぐに見た。
「な、何言ってるのか分かってんのか! お前、死ぬんだぞ。てめえのせいで……」
「ああ、そうだよ。僕が弱かったからこんなことになった。結果は受け止める」
「は……?」
「それと、もしそうしたら追い詰められるのは君だよ。人質がいなくなったら……」
ツカサは倒れているロックマンを見た。スバルとウォーロックと目が合う。2人の力強い瞳に頷いた。
歯を食いしばり、口をへの字にしているジェミニ。そんな奴、もうツカサの眼中には無かった。
「ヒカル、聞こえるかい?」
当然返事は無い。聞こえていないかもしれない。それでも今できることはこれだけだ。
「ごめん」
頭を下げた。顔に着いたゴミが少しだけ足元に落ちた。
「僕が悪かったよ。僕は君に酷い事を言った。卑怯者だったよ」
ジェミニが後ずさりをした。謝罪している地球人を前にしてだ。
「ヒカル、やっと気づいたんだ。君が……君が僕を守ってくれていたことに」
考えれば簡単なことだった。
「僕は、両親が憎かったんだ。両親がゴミ捨て場に僕を捨てたって聞いて……なんで愛してくれなかったんだって……憎くって、憎くって……自分が壊れてしまいそうなほどに……」
覚えている。ヒカルが生まれたときのことは。あの時のツカサは憎しみのあまりに、頭が割れそうなほどの痛みを伴っていた。
「だから、君が守ってくれたんだ。僕の代わりに憎しみを抱いてくれたから」
きっとそれは生存本能だったのだろう。ヒカルを産みだすことで、ツカサは心綺麗にいられたのだから。
ジェミニに変化が起きたのはその時だった。ビクリと左手が動く。慌てて右手で押さえつけた。
「な、なんだよおい……」
そう言っている彼が一番分かっているのだろう。ウォーロックが代わりに説明した。
「ヒカルが反応しているみてえだな。ツカサ、お前の言葉は確かに届いてるみてえだぜ」
笑いかけてくる彼に微笑み返す。
「ヒカル……今まで、君を嫌っていてごめん。君こそが僕を救って、守ってくれていたヒーローだったのに……」
ツカサを虐める連中は、皆ヒカルが殴ってくれた。道徳的に見れば良い事ではないだろう。それでもツカサを救う行為だった。ツカサは自分のしたことではないと目を背け、傍観して殴られた人たちを哀れんでいた。そんなお優しい自分が可愛かったのだ。これを卑怯者と言わず何というのだろう。
「でも、もう大丈夫だから」
ジェミニの左腕がだんだんと持ち上がっていく。ジェミニが何かを必死に喚いているようだが、ツカサには聞こえていなかった。
「ヒカル……両親への復讐も、もうやらなくていい。僕は背負っていくから」
ツカサは左手を前に出した。
「だから……戻ってきてくれ」
ジェミニの左手が完全に持ち上がった。ブラウズ画面に映っているツカサへと伸びていく。
「ヒカル、僕と生きてくれ!」
2人の手がブラウズ画面越しに触れあった。
◇
ツカサは黒い世界に進み出た。目の前にはヒカルが座っていた。いや、黄色い電流のロープで全身を縛られていた。
「ヒカル! これ、ジェミニの仕業だね……」
歩み寄って、ヒカルの顔色を窺う。目は虚ろでなにも見てはいない。だが左手だけは前に伸ばしている。その手に触れる。
「ごめん。君をこんな風にしてしまって……」
ロープに手を伸ばした。電流が激痛となって走る。構わずに強く握って力任せに引きちぎった。その手に剣が突き刺さる。
「止めろ!」
黄色い電気の塊のような体に、黒い仮面……ジェミニだ。エレキソードでツカサの手を切りつけたのだ。
「させるかよ。ツカサ、お前も思い直せ。このまま俺に力と体を任せるんだ」
痛みもジェミニも無視して、ロープをちぎっていく。
「楽になれるぞ! もう何も考えなくていい、悩むことも悲しむこともねえ。お前らの怒りにままに俺が暴れてやる!」
ツカサの手は止まらない。こうしている間に、ヒカルの拘束が解けていく。
「止めろ……止めろ! 止めろーーー!!」
ツカサの腕が一刀両断される。だが切り離されることなく繋がり、何事も無かったかのように作業を続ける。
「ふざけんな! あと少しだったんだ! あと少しで、俺はロックマンを倒し、体を手に入れて、完全体になって、地球とFM星の王になるはずだったんだ! それが、お前に……お前なんかに!!」
ジェミニががむしゃらに剣を振ってくる。ツカサの首が斬られ、胴を割かれ、頭のてっぺんから二つに斬られ、細切りにまでされた。それでもツカサは止まらない。
「なんでだ! なんでだ!?」
今度はジェミニが現実から目を逸らす番だった。ここは精神の世界。どれだけの言葉が立ちはだかろうとも、どれだけの暴力が襲いかかろうとも、それは何の障害にもなりはしない。
今のツカサを阻めるものは、何も無いのだ。
「止めろ! 俺は……俺は!!」
ジェミニが剣を振るったのは何度目だろう。ツカサの顔の側を硬い物が通過した。ヒカルの拳だった。それはツカサの後ろにいたジェミニの仮面を砕き、体を消し飛ばした。
「……ヒカル」
消えていくジェミニに目を向けることもなく、ツカサはヒカルを抱き起した。だが無理そうだ。ヒカルは膝から崩れてツカサにもたれかかった。
「ヒカル……」
「……悪い、動けねえや」
ヒカルの呼吸が荒い。ジェミニに拘束されている間に精神力のほとんどを削られたらしい。
「本当に……ごめん」
「かまわねえよ。それが俺が生まれた理由なんだからな」
「……うん。君なんていらないなんて言って、ごめん」
「……ああ。そっちもあったか」
ヒカルはヘッと笑って見せた。だがもう目は開いていない。ツカサはその頬に触れる。
「ヒカル、一つに戻ろう」
ヒカルは少しだけ目を開いた。
「良いのか? 俺を受け入れると、今までのお前ではいられなくなるぞ」
「さっきの僕を見ただろう。僕はもう、そんなことを恐れたりなんかしない」
「……そうだな」
ヒカルが笑みを浮かべた。とても寂しそうに。
「俺なんていなくても、お前はやっていけそうだな」
「違うよ!」
今までに聞いたことのないツカサの大声。ヒカルは閉じかけていた目を丸く見開いた。
「ヒカル、君は僕と一つになるんだ。僕と一緒に、ずっと生きていくんだ」
「だって……」というツカサの目に、涙が浮かんだ。
「君は僕なんだから……」
そしてやっと、やっとヒカルが笑った。柔らかくて暖かくて、少年のような物だった。
「ああ……」
ツカサが左手をかざす。ヒカルの左手がゆっくりと持ち上がり、触れる。
ヒカルの左目から一筋の涙が流れた。
◇
「ツカサくん!」
声に気づいてゆっくりと目を開ける。
「……スバル……くん」
ツカサが力なく口を開いた。
「……ここは……」
「ゴミ捨て場だよ」
ああ、そうか。何を言っているのだろう。
「スバルくん、汚いよ?」
「構わないよ」
汚物まみれのツカサを抱えてしまったせいで、スバルの服も汚れていた。申し訳なく思って立ち上がろうとする。
「あ……」
力が入らずに転んでしまった。ゴミの中に埋もれてしまう。
「大丈夫?」
スバルが手をさしだした。手を伸ばそうとして、やめた。
「ありがとう。でもいいよ。一人で立てるから」
ツカサは足を確かめた。ズボンも靴も汚水を吸って重くなっている。その足で地面を踏んだ。何か細長い物が手についている。構わずにゴミを押して上半身を起こす。ここまできたらもう簡単だ。腰を据えて、体を起こして、二本の足で立ち上がった。
「転んでも、また立ち上がればいい。そうでしょ?」
「もちろん」
頷きあうと、ツカサは歩き出した。
「まだ、終わってない。行くところがある……ついてきてくれるかな?」
「良いよ。一緒に行こう」
スバルと頷きあって、ツカサは歩き出した。そして気づいたように、左目の涙をぬぐった。