マクギリス「成る程、では私から彼に言っておこう」
(もしこれで彼に長い長い休暇を与えれば異世界オルガが終わり異世界マッキーが始まる…そうなれば、俺の勝ちだ!)
いい天気だなあ。
予報で曇りって聞いてたけど、外れて良かった。
ローファーがアスファルトを軽く踏む。新しい靴はまだ少し違和感が残ってるけど…しだいに慣れるはず。
三月までと同じ通学路を歩くんだけど…同じじゃあない。なにか世界が違ったみたいだ(もちろんいい意味で!)。
住宅街を抜けると大通りに出る。少し歩いて駅前へ。バス停でバスを待つ…と、これが高校「初日」の通学路。
(ちょっとしたら親が入学祝いで『マウンテンバイク』を買ってくれるらしい!だからバス通学は数日だけだと思う。)
四月の頭にしては例年より暖かいんじゃあないか?でも学ランを脱ぎたいって程でもないし…ベストな気温。
駅のロータリーまで来た。平日の朝ということもあって多いのはスーツ姿の人や学生服の人…あ!あのでかい人は先輩かなあ。挨拶しなくっちゃあな。でも噴水にしゃがみ込んでなにやってるんだろう?
ぼくの名前は(まー覚えてもらう必要はないですけど)広瀬康一…一五さい。
今日から高校生。期待と不安で胸がいっぱいです。
ロータリーのバス停に向かう。円形のロータリーなのでぐるっと回らなくっちゃあいけない。この時間はタクシーもよく止まるなあ。
一台、タクシーが止まった。
ドアが開いて出てきたのは…で、でかい!二メートルはあるんじゃあないか⁉︎…大男だった。
黒を混ぜたような濃い赤(えんじ色、っていうんだっけ)のスーツを着てる。浅黒い肌に色素の薄い眼…外国のひとかな。
その足どりはおぼつかない。荷物をトランクから出す運転手も心配そうに見ている。なんだか気分悪そうだなあ…
と、そのスーツの男に気を取られていた…前から歩いてくる人に気がつかなかった。
ドシィン!
「うわっ!」人にぶつかってしまった。手が鞄から離れる。
こけた時とかはすごく時間が遅く感じる…今だってそうだ。スローになる時間の中、ぼくは目の端で鞄がパカっと開くのを捉えた。中身がバラバラと落ちるのも。
つぎに考えたのは自分の身のことだった。尻餅をつくのは必至。
痛いだろうなあ…かたく目をつむる。
…ト、と両足がアスファルトを踏んだ。
?
恐る恐る目を開ける。鞄はぼくの手の中…しかも中身もこぼれちゃあいない!
「あれェ〜…? おかしいな…今ぶつかって転んだと思ったのに…」
キョロキョロとあたりを見回しても鞄の中身らしきものはない…たしかに出て行くのは見たんだけど。
「よそ見しててすまなかったな」
声がした方に顔を上げる。
目の前に立っていたのはこれまた大男。で、でけぇ!一九〇以上はあるぞ!
白のジャケットに白のズボン。帽子を目深に被って…そこから覗く鋭い目に知性を感じる。なんか…カッコイイ!
「この街の地図を見ていたんでな…一つ訪ねたいんだが」
「?」
「この街で『東方』という姓の家を知らないか?」
聞いたことないなあ…悪いけど。
「ちょっと知りません…」
「成る程…じゃあ住所ではどうかな」
そう言って男は懐から黒い手帳をだした。細長いタイプの手帳…に、名前も書いてある。
『空条承太郎』
「定禅寺の…」と、手帳と見比べようと思ったのだろう。地図も掲げるように持った。
と、そこへ声をかけてくる男がひとり。
「すまねぇ…その地図、ちょっと見せてくれねぇか」
近づいてきたのはさっきの外国人だった。帽子の男…『空条承太郎』さんは怪訝な顔をして
「あぁ…少しならいいぜ」と男に地図を傾ける。
こうしてみると承太郎さんの方がほんのすこし低いのか…ぼくの身長は低いほうだから見上げると…首が痛くなってきそうだ。
「…ここだな…『杜王グランドホテル』…良し!サンキューな!恩に着る!」
そう言って男はロータリーの奥へ小走りに去っていった。
あまりにも一瞬だったから、ぼくも承太郎さんもぼうっとその外国人を見ることしかできなかった。そういえば外国人なのに日本語に違和感がなかったなあ。
「…さて、なんか邪魔が入ったが…定禅寺、だ。定禅寺一の六」
「ああ、その住所なら」知ってる。定禅寺なら確か…
ぼくはすぐ目の前を指差し、
「そこのバス停からバスが出てますよ」と伝える。
「そうか、ありがとう」
その時、ひときわ大きな声がぼくたちの耳に入った。
「一体なんのつもりじゃ!あぁ〜ンッ⁉︎」
なんだろう。振り向いて見ると噴水の周りを三人の学ランが取り囲んでいる。
よく見ると真ん中に人がいるらしい。さっきから噴水のそばにいた人だ!リーゼントが目を惹く。
「何って…ここの亀が冬眠から覚めたみたいで…見てたんです」
飄々とそんなことを言う。あんまり検討はずれの答えを出したら取り返しのつかないことになりそうだ…取り囲む三人の表情も険しくなる。
「爬虫類ってちょっと苦手で…その怖さ克服しようかなあ〜って…」
「そんなこと聞いてんじゃあねぇ!」「立てボケ!」
あああ。言わんこっちゃない。
リーゼントの人はゆっくりと立ち上がって三人を眺めている。そこには何か木陰で休むライオンのような怖いような優しいような不思議な圧迫感があった。
何より身長が高い。
「ほほぉ…一年坊にしちゃタッパあるっちゃあ…」一年生だったのか!じゃあおんなじ年…先輩だと思ってた。
長めの学ランにダボっとしたスラックス。ボンタン、っていうのかな。前を開いた学ランから覗くのは黄色いシャツ。それにリーゼントの髪型も合わさって…いわゆる『不良』の形を成している。
三人のうちの一人、リーダー格だろうか、がその亀を掴んでリーゼントのほうへ突き出し、「そンなカッコする前にまずは…ワシらに挨拶がいるんじゃああ〜ッ!」と叫ぶ。
「ち、ちょっと…怖いッスよおー」
と引きつった笑いを口元に浮かべる。その顔にイラッと来たのだろう。
「ウダラ、何ニヤついてんがァーッ!」
パン、と平手でリーダー格がリーゼントの頬を弾いた。
平手を受けたリーゼント、怒るでもなく痛がるでもなくただ、「すいません、知りませんでした」と腰を折った。
「フン、知りませんでしただァ〜?てめーもこの亀の様にしてやろうかッ!コラーーッ!」
リーダー格が持っていた亀を高く掲げる。どこかへ投げつける気だ。
腕を振り下ろす。数秒後の亀の無残な姿を想像してぼくは戦慄した。
しかし、亀は無事であった。振り下ろそうとしたリーダー格の腕が、固定されて動かない。
「おい、何やってんだ」
掴んでいたのはロータリーの奥に行ったはずの外国人だった!どうやら騒ぎを見かねてやってきたらしい。
「ああン…チッ」
三人は流石に二メートルを越す外国人に突っかかる勇気はなかったらしい。腕を振りほどいて、おい行くぞ、とリーダー格が2人に目を配せ、亀を噴水に落として歩き出した。小声で
「こンの…変な前髪しやがって」と捨て台詞を吐いて。
変な前髪…たしかに謎の角みたいになってるなあ、とぼくは素直に思う。捨て台詞が男の耳に入ったのか、
「変な前髪?てめーらだってそこのリーゼントだってかわらねーじゃねーか」と悪態をぼやいた。
その時、リーゼントの人の眉間にシワが走った。
その形相はさっきとはまるで別人。その変化にぼくは、(おそらく見てた承太郎さんも)何かやばい、と直感的に感じた。
ゆっくりと外国人の方へ首を回し、口を開く。
「あんた、今おれのこの頭のことなんつった!」
名前で呼んであげて康一くん