私は指揮官が好きだ   作:佐賀茂

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連番ついてますが、完全一話完結なのでどこから読んでも大丈夫です。




 私は、指揮官が好きだ。

 この感情が芽生えた切欠は、今でもはっきりと覚えている。

 

 

 指揮官と初めて出会った場所は、私が製造されて配属された先だった。何てことはない、誰にでもあり得る様な平々凡々な出会いだった。

 私が配属された支部というのは、言ってしまえば最前線だった。常に鉄血人形との戦闘を強いられ、一つ地区を奪えば皆で喜びを分かち合い、一つ地区を奪われれば怒り、悲しみ、そして奮起する。そんな場所に私は新戦力候補の一人として配属された。

 この支部には二人の指揮官が在籍していた。ひとりは如何にも老練といった風格を持ち、鍛え上げられた肉体よりも顔の皺や髭が目立ってくるような、そんな年齢だった。もうひとりは若手も若手、血気盛んで無鉄砲、しかし周囲に配慮が出来ないほどは愚鈍ではない、跳ねっかえりの小坊主。年老いた指揮官が、若き指揮官を指して言う通りの人物だった。

 私は製造されて直ぐにこの支部に配属となったから、他の支部や人物を知らなかった、というのは確かにあると思う。けれども何にせよ、私にとってはこの支部が全てだったし、この支部で働く指揮官や同僚、先輩となる戦術人形たちが全てだった。

 

 配属されてしばらく、私は前線に出ることはなかった。来る日も来る日も訓練、調整、訓練、調整。ここは最前線であるからして、生半な錬度では足手まといにしかならない、とは老練な指揮官のお言葉だった。その言葉は正しいと思っていたし、また私もいちいち指示に反発するようなタイプでもなかったから、素直に受け入れた。

 何より、その言葉が実態を持って常日頃この支部を襲っていた。

 私が配属されるまで、そしてされてからも戦術人形の部隊は頻繁に出撃を繰り返していたが、出て行ったときよりも帰ってくる人数が少ない、なんてことはざらにあった。帰ってこなかった人形たちは様々だった。名前しか知らず、おそらくどこかで顔は合わせていたんだろうな程度の者から、つい昨日、訓練の助言を受けて少し仲良くなれたかな、と思っていた人が次の日には帰らぬ人になっていたりした。

 ただ、幸か不幸か私はまだ配属されて日が浅かった故、擬似感情モジュールが大きく揺さぶられることはなかった。帰ってこなかった人形たちの末路を夜を通して悲しめるほど、私はその他大勢と親睦を深められていなかったし、ほとんどの支部所属の人間、人形からすれば私もその他大勢の一人だった。

 

 訓練を繰り返していたある日、私と他数人の同僚たちに出撃命令が下った。作戦内容としては、前線で戦線を維持している部隊への補給、場合によっては撤退支援というものだった。直接戦火に曝される可能性は低くはなかったが、かといって何時までも実戦に出ないままでは配属された意味がない。ここは最前線であるからして、初めての任務がこのような形になることに疑問は抱かなかった。

 

 仲間とともに前線に到達した時、状況は思っていた以上に悪かった。どうやらこちらの指揮官が想定していたよりも多数の鉄血人形が居たらしく、また敵の増援に横槍を入れられた形となったため、戦線が瓦解しかけていた。任務は物資補給からすぐさま撤退支援へと切り替わった。

 戦っていた部隊の中でも特に損傷の酷い者を先に退かせて、実戦経験が無いとは言え弾薬も配給も十分、損傷もない私たちの部隊が傷ついた者たちのカバーに回り、徐々に戦線を下げていった。

 

 半ばしどろもどろになりながら、ともすれば混乱という名のエラーを吐き出しそうな電脳をどうにか黙らせ、任務を遂行していた時、そう遠くない位置にいた鉄血人形の一団と目があった、気がした。そのまま視線を下げれば、鉄血人形の銃口がこちらへ向こうとしていた。周りの味方は気付いていない。いや、敵の一団に気が付いてはいるが、その銃口が早くもこちらを捉えていることには気付けなかった。それくらい現場は混乱していたし、冷静に周囲に気を配れるほど私たちは経験を積んでいなかったし、詰まるところたまたまだった。運が良かったとも悪かったとも言える。

 そこからは不思議と、電脳の焦りはなくなった。全ての時間が停止し、止まった時の中で自分だけが動いているかのような錯覚の元、今思い返しても乱れなく、最短のコースでもって射撃態勢を整えていたと思う。照準を合わせ、一呼吸置く間もなく、私は引き金にかかった指に力を入れた。

 

 初めて訓練の的以外を照準に収めて撃った銃声は、いやに大きく聞こえた。

 射出された弾丸はそのまま予想通りの軌跡を描き、鉄血人形の群れに吸い込まれていった。その時何故か私は着弾後のダメージを確認せずに、照準を次に切り替えていた。多分、人間で言うゾーンのようなものに入っていたのでは、と今になって思う。戦術人形がそんなテンションや気分でコンディションが大幅に変わるなど眉唾ものではあるが、その当時はそうでないと説明がつかないくらい、私は調子が良かったのだ。

 

 結果として、任務は無事完了した。落伍者を一人も出すことなく、全員が全員撤退に成功していた。記念すべき初出撃であったはずだが、何度思い出してみても当時のスコアは私の電脳記録にない。何発弾を撃ち、何発当たり、何匹の鉄血人形を仕留めたのか、凡その目処は付くが、はっきりとした記憶は残っていなかった。

 

「よくやった! よくやってくれた!! お前はうちの支部が誇る新戦力だ!!」

 

 支部に帰還した私を迎えてくれたのは、若き指揮官の両手離しの賞賛だった。耳が痛くなるような大声とともに、肩をばしばしと叩かれた記憶が、その痛みとともに今でもはっきりと思い出せる。その後ろでは老練な指揮官が腕を組み無言を貫いていたが、その瞳が柔らかい光を帯びていたことも、よく覚えている。

 

 今思い返してもはっきりと分かるが、指揮官に淡い想いを抱いたのはこの時からだと確信を持って言えた。私は配属されてから今まで、ずっと訓練を繰り返し、結果を報告し、アドバイスを受け、また訓練の日々を送っていた。多分、必要とされていたし、期待もされていたと思う。だけれど、それを面と向かって言われたことは今までに一度もなかった。

 

 私は、私の力を認めてもらえた。それだけなのに、たまらなく嬉しかった。

 おめでたい奴だと、単純な奴だと、聞く人が聞けばそう言うのだろう。だが、そんな外野の声に何の意味があろうか。重要なのは私を認めてもらった事実であり、そして私が抱いた感情だった。

 

 そんなある種劇的な初仕事を終えた後、私は順調に力を伸ばしていった。若き指揮官も、今まではその他大勢として接せられていた対応が、徐々にではあるが明らかに変わってきていた。明確に、私という個人を見るようになっていった。それが私の力が目当てだったのか、それも含んで私自身を見ていたのか、その時は分からなかったし、どちらでもいいとさえ思っていた。

 指揮官が、私を認めてくれた指揮官が、私を見てくれている。その事実だけで十分だった。

 

「鉄血どもの大きな動きが観測された。恐らく目的はこの支部だろう。今までとは比較にならない規模の防衛戦が予測される。各員の奮戦に期待している」

 

 しばらく経ったある日、老練な指揮官からそのようなお達しを受けた。私がこの支部に配属されてから、結構な時間が過ぎ去っていた。

 今この支部の主だった戦力として数えられているのは、着任当時から見知った顔が約6割、新たに配属された私の後輩と言っていい人形が約4割といった塩梅だった。当時の顔ぶれからすげ変わった理由は様々ではあったが、一番多いのはやはり被撃破による喪失だった。極一部が転属していったり、はたまた戦術人形を引退していったりはあったが、私は変わらずこの支部に居た。その頃には私の力も知れ渡っていて、聞いた話では私の引き抜き……ヘッドハントの声もあったようだった。ただ、私は自分が一番力を振るえる場所はここだと思っていたし、また若き指揮官から離れるつもりもなかったため、その話が直接耳に入っていたとしても結果は変わらなかったと思う。

 

「なに、やることは同じだ! 俺も気合入れて指揮するからな! 頼んだぞ!」

 

 良くも悪くも昔から変わらない、溌剌とした声が響いた。相変わらずだなあ、と心の中で思うと同時、いつものように頼られている自分が誇らしく、少し恥ずかしくもあり。その声とともに投げ掛けられた視線がこちらに向いていることに気付くと、後者の感情がより一層強まっていった。

 

 通達のあった日の午後。忌まわしき鉄血の群れがその姿を現した。

 事前に言われていた通り、その規模は今までにない程だった。群れ、というか山がそのまま動いているような、そんな錯覚を抱いてしまうほどには。でも、そんな緊迫した状況下にあって、私は不安を覚えなかった。別に自分の力を過信していたわけでも、慢心していたわけでもなかった。いつも通り彼が指揮をして、部隊が動けば、勝てる。私の冷静な部分がそう判断していた。

 

 すぐさま部隊が編成され、迎撃のために出撃することとなった。この支部には今、私より錬度の高い人形も居れば錬度の低い人形も居るが、周囲を見渡す限り、同僚たちの顔にそこまでの不安はなかったようにも思えた。皆私と同じだった。勿論これは戦争なので、確実とは誰も言えないし言わなかったが、誰しもが冷静な部分で何とか勝てると踏んでいた。

 

 

 そこまで考えていたところで、私の電脳記録は一旦途切れた。

 

『おい! 聞こえるか! 返事をしろ! おい!!』

 

 ふと我に返ると、けたたましい程の大音量で無線が響いていた。初出撃から後、常に傍にあったあの人の声だった。応答を返さなければ、と思い至ったと同時、声が出せないことに気付いた。自身の異常に対して慌てるとともに、どこか冷静な部分が分析していた。

 左腕は肩先から吹っ飛んでいて、内部機構がその顔を存分にひけらかしていた。人工血液が止め処なく流れ落ち、止まる見込みもなかった。

 両の足に意識を向ければ、左足は足首から、右足は太ももから先が無くなっていて、こちらも夥しい量の液体が乾いた地面に小さくない池を作っていた。

 唯一目立った損傷のない右腕には、自身の写し身と言える愛銃があった。

 

 状況は、それが全てだった。

 

『頼む……! 返事をしてくれ……!!』

 

 愛らしい、煩いほどの大声が、物凄い勢いで萎んでいくのが分かった。

 そして、彼は私の力だけではなく、それも含めてちゃんと私を見ていてくれたのだと分かった。あの時はどちらでもいいと思っていたけれど、今はそれがまたたまらなく嬉しく感じられた。

 

『エンフィールド……!』

 

 全ての感情を綯い交ぜにしたような、搾り出したような声で、彼は私の名を呼んだ。彼を安心させるために搾り出そうとした私の声は、終ぞ発せられることはなかった。

 

 

 私は、指揮官が好きだ。

 この感情が芽生えた切欠は、今でもはっきりと覚えている。

 でも、今となってはその気持ちを声に出して伝えられなくなってしまったことに、少しばかりの悲しみと、大きな憤りを感じていた。もし、もしも私の我侭が叶うのならば、最期にただ一言、彼にこの気持ちを伝えたかったのだが、どうやらそれは、たとえこの世に神が存在していたとしても無理な話のようだった。

 

 であれば、せめて。せめて、彼がこの窮地を脱し、これからもその生を紡いでくれればと願う。私は今まで、彼の力になってきた自負がある。でも、誠に残念ながら、これから先で彼の力になることは叶わない。それでも、最期まで彼のことを想うくらいは許してほしい。

 

 

 どうか、生きて、幸せに。

 

 私は、指揮官が好きだ。




悲しい話はむずかしい。

いい息抜きが出来たなーと感じますので、ちょいちょいこういうのにも手を出しつつメインの方も進めて行ければと思います。
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