私は、指揮官が嫌いだ。
初めて出会ったその日から、この感情は変わっていない。
新設される支部への配属となった私と、そしてその支部に着任した指揮官と司令室で挨拶を交わしたのが、初めての出会いだった。
中肉中背の、良くも悪くも普通といった顔付き。見るからに強面でもなければ、机にかじりついて書類と睨めっこしているのがお似合い、と言うほどでもない、正に何処にでも居るような普通の人。最初に抱いた感情はそんなものだった。ろくにセットされていない、中途半端に伸びた白金に近い金髪に僅かながらの不精さを感じたものの、たったそれだけで悪印象を即座に持つ程でもなかった。
見た目の第一印象は、可もなく不可もなく。いくら民間軍事企業と言えど、全員が全員正規軍や傭兵のような人ではないだろうな、くらいには思っていたし、大きな街を少しぶらつけばいくらでも目に入りそうな人であっても、まあ指揮官には色々なタイプが居るんだろう程度だった。
「ワオ、最新の戦術人形ってのは美人さんなんだねえ。どうだい、ここは一つ親睦を深めるために皆でお茶でも」
彼に対する印象を決定付けたのは、対面した直後に投じられた彼の台詞を聞いてからだった。ふざけるな、と一蹴したくもなったが、仮にも彼は私の上司に当たる人物である。出会っていきなり暴言を叩き付けるほど私は世間知らずでも我侭でもなかった。その代わり、努めて無視をして静かに退室する手段を取ったのだが、今でも私は悪くないと思っている。
見た目ではない。内面の部分がどうしようもなくだらしなかった。
同時期に配属となった人形は私以外にも数人居るが、皆恐らく似たり寄ったりの感情を抱いたのだと思う。少なくとも、あの出会いで好意的な印象を持つのはほぼ不可能だとまで感じていた。事実、そこまでの嫌悪感までは持たないながらも「凄い人だったね」だとか「退屈はしなさそうかなあ」とか、発せられる言葉とはまた違った後ろ向きな感想が同僚からも漏れ出ていた程度には。
それから私たちはこの新しい支部での生活を始めたのだが、やはり、というか、指揮官たる彼は勤務態度や意欲に少々、場合によっては少しでは見過ごせない問題が見受けられるように思えた。
物資や訓練状況、部隊の報告書など、凡そ指揮官決裁が必要な書類についてはミスを連発。ちょっとした見間違いで済む軽度のものから、軽々しく通していいはずはない、ともすれば支部の運営に大きな傷痕を残しかねない大きな誤りまで、枚挙に暇が無い程だった。無論、指揮官業というのは私たち戦術人形から見ても激務であり、その業務量、負荷、捌く仕事の数を考えれば多少のミスは仕方が無いのだろうが、それにしたって目に余るものだった。
戦闘指揮は半ば投げやり。能力が無いわけではないと思うけれど、細部の指揮は小隊長任せだったり、そもそもの作戦概要からしてざっくりし過ぎて皆が理解出来なかったり、ちょっとしたイレギュラーの発生で大いに慌てたり。運も味方した結果か大きな失敗こそなかったものの、終始完璧に近い運びで遂行できた作戦の方が少なかったように思う。ただ、散々な目に遭いながらも、それでもオリジナルのロストだけは起こさなかったところは唯一評価してもいいかもしれない。それ以外の結果に目を瞑れば、だが。
私生活は言わずもがな。指揮官の朝は早いというのにほぼ毎日遅刻するわ、きちんと制服を着こなしていたのは着任の挨拶をした初日だけで必ず何処か着崩しているわ、業務時間中、何度も抜け出して煙草をふかしていたり食堂に忍び込んでいつもより早い食事にありつこうとするわ、言い始めればキリがなかった。
中でも酷かったのは、私も含めた戦術人形への、過剰とも言えるスキンシップだった。
デートやお茶会へのお誘いなんて朝飯前、任務中だというのにやれ可愛いだ綺麗だと無駄に無線を占領する。珍しく快勝すれば、皆に労いの言葉を掛けた後、食事のお誘いも忘れないところなんか、その抜け目の無さをほんの少しだけでも普段から発揮して頂きたいものだと何度も頭を抱えた。
ただ、良くも悪くも口だけが達者だったのは不幸中の幸いとでも言うのだろうか。幾ら見目麗しいとも言える戦術人形が相手でも、直接手を出さなかったことは褒めてやってもいい。普段は飄々としているくせに、肝心なところで根性なしだという評価も下せることには下せるが、まあ私としては人として、そして上に立つ者として最後の一線は守ってもらわないと困る程度の認識だった。そもそも最終ラインまで人間の尊厳を後退させるような振る舞いを改めて欲しかったのだが。
というような、褒めるところが逆に見つからないくらい酷い指揮官ではあったが、憎らしいことに、私はそんな彼に一度だけ窘められたことがある。
それはある任務を遂行している時だった。目的は指定エリアに蔓延る鉄血人形の排除というシンプルなもの。相変わらず「配置は各々ここら辺で。後は適当に壊しまわってれば何とかなるでしょ」なんていうアバウト極まりない作戦指示を受けて現場に到着した私たちは、いつまで経ってもマシにならない指揮官の言動に苦笑いを交わしながら作戦を開始した。
作戦そのものは順調に推移していた。訓練についても大まかな方針だけ定めてろくに成果を確認していない指揮官に業を煮やし、独自に訓練スケジュールを考案、実行していた私たちの錬度は自分たちでも意外なほどとんとん拍子で上がって行った。小規模なエリアの制圧任務程度であれば、指揮官の細やかな指示を受けるまでも無く遂行出来る程度には。
目に見える脅威が目に見える速度で減少して行き、作戦もそろそろお終いかと思っていた矢先。鉄血人形の増援がそう遠くない位置に確認された。
『うわー、マジかあ。とりあえず撤退しよっか。今回の任務にあいつらは含まれちゃいないし、必要なら後でまた上から指示が下りるでしょ』
増援を確認した指揮官が選択したのは撤退だった。
当時小隊長を務めていた私は作戦の継続、そして増援の殲滅を選択した。
戦術人形は指揮官の命令に逆らえない。それは事実だ。だけど、指揮官がその時発した言葉は命令ではなかった。言うなれば推奨だとか提言だとかそういう部類の言葉で、その言葉は私への強制力を持ち得なかった。そして、自身が部隊長であったために、私の下に付いていた他の子たちも私の意見に賛同した。
『ちょいちょいちょーい!! 何やってんの!?』
撤退せずに敵増援との距離を詰め始めた私たちに対して、彼はまず驚愕の声をあげ、その後に疑問の声をあげた。
勝てる状況だった。私たちの錬度、敵増援の規模、位置関係。どれをとっても負ける要素が見当たらなかった。勿論、油断なんてなかったし、きっちりと仕留めてみせる自信もあった。
結果として、作戦は成功した。でも、私の部隊は敗走した。
要因は単純だった。私の部隊に居た戦術人形の半数ほどが、弾切れを起こしたからだ。敵増援の規模は予測通りだったし、強さも予測通りだった。普通にかち合えば、天変地異が起こるか完全に油断し切っていない限りはほぼ100%勝てる相手だった。そして、私も私の部隊員たちも、油断はしていなかった。
慢心していた。
後にも先にも、普段のだらしなさが鳴りを潜め、他の部隊へ逐一指示を出し、驚くほどの速度で鉄血人形への包囲殲滅を完遂させていく様を見たのはあの時の一回だけだった。
交戦中に突如弾切れを起こし、決して小さくない損傷を負いながら後退し、寸でのところで他の部隊に助けられて帰投した私たちは、メンテナンス装置で傷を癒した後に司令室へと召集された。
流石に今回は自身の慢心と基本的事項の確認不足が招いた事態なので、怒られることは覚悟していたし、自分が馬鹿をやってしまった自覚もあった。ただ、そんな意気消沈した私たちを呼び出した件の彼ときたら、司令室に集まった私たちを見るなり開口一番「君たちの綺麗な身体が修復不可能にでもなったらどうするの」などという戯言を放った。
そうじゃない。今この人が発するべき言葉はそうじゃない。当時の私は沈んでいた気持ちが別の感情で一気に昂ぶり、声を荒げたと記憶している。
私たちは戦うために生まれた人形だ。損傷など当たり前だ。そして、戦う人形が戦いの場で選択を誤ったのなら、それをしっかりと分からせるべきだ。なのに、彼が発するのは怒りでもなく落胆でもなく、心配であった。違う。そうじゃない。自身が犯した過ちが招いた結果であるのに、私の電脳はそんな感情で一杯だった。
あの時は今思い返してみても、醜い言い争いをしたものだと思う。作戦を遂行出来なかった不甲斐無さと、肝心なところで足を引っ張った罪悪感と、予想外の言葉を投げ掛けられた混乱と、様々な感情が綯い交ぜになった故の爆発だった。
それからの私は、あの時以上の醜態など晒してなるものかと躍起になって、今まで以上に訓練や自己研鑽に励んだ。私たちの身体にしか興味を示さないだらしない指揮官になんか、今まで以上に頼る気なんか起きなかった。全部一人でやる、なんて大それたことは流石に考えなかったし、そこまで自身を過大評価もしていないが、まだまだ未熟だということは嫌になるほど感じた。
指揮官はそんな私に、特に何も言わなかった。より正確に言えば、いつも通りちょっかいを出そうとして、いつも通り書類仕事でミスをして、いつも通り仕事をサボろうとして、いつも通りだらしなかった。任務中、極稀に、今回は普段より少しだけ真面目な声だなと感じることはあったけれど、概ねいつも通りだった。
そうやって日々を過ごしていたら、いつの間にかこの支部で一番錬度の高い人形は私になっていた。「やったじゃん」と褒めているのかどうなのか分からない言葉を指揮官から頂いたりしたが、そこに特別な感情は抱かなかった。周りの人形よりも努力していた自負はあるし、彼も私という戦力を惜しみなく戦場に投入していたから、訓練と実戦の密度は誰よりも高かったと思う。
でも、配属された当時は新人だった私が支部一番の主力になるまで、決して短くない時間が経過しているはずなのだが、彼は悪い意味で変わらなかった。
「おっ、今日も綺麗だねえ。不変の美を祝ってどうだい、この後お茶でも」
ほら、やっぱり変わってない。
廊下を歩く私を遠目に確認した指揮官が、いつも通りだらしのない、言い様によっては人懐こい笑みを浮かべながら近付いてくる。こうした彼の無駄なスキンシップの回数は、その数が三桁を超える頃に数えるのを辞めた。どうせ何度言っても治らないのだろうし、こういうのを不治の病とでも言うのだろう。努めて無視するに限るというものだ。
「あちゃー、フられた。今日もつれないねえ、ワルサー」
曖昧な苦笑いと呟きを背に受けながら、私は毎日の日課である射撃訓練のため、その足を射撃訓練場へと向ける。彼に構っている時間など無いのだ。あのニヤついた顔は確かにはらわたが煮えくり返るほどムカつくが、あんなだらしのない人間の足を引っ張る事態などそれ以上に御免だった。
私は、指揮官が嫌いだ。
初めて出会ったその日から、この感情は変わっていない。
どうせこの感情は今後私が活動を終えるまで変わらないだろうし、指揮官の性格だって絶対に変わらないだろう。だから、無駄な望みを持ったりはしない。まあ、見知った人間が死ぬ、というのはそれがたとえ嫌いな人間であっても、出来れば御免被りたい。私は戦うために生まれた人形ではあるが、それくらいの慈悲は持っているつもりだ。だから、私は今日も訓練に励む。
私は、指揮官が嫌いだ。
今回は分かりやすかったかもしれない。