私は、指揮官が好きだ。
多分この気持ちは、誰にも明かすことはないと思う。
初めて彼と出会ったのは、私が製造されて配属された先の支部だった。配属されてすぐに分かったことだけれど、この支部は非常に大きくて、所属している戦術人形の数だけで優に三桁を超えていた。業務を行う自律人形や他の人間も含めると、それこそ総勢が何人なのか、一戦術人形では把握するのが不可能なくらいだった。私が配属された時も、同期となる新人が10人近く居たのだからその規模は推して知るべしだ。
そんな大型支部を預かっている指揮官は、なんとたった一人だけのようだった。司令室に初めて足を運んでその説明を受けた時は、流石に少々の驚きが勝った。件の指揮官は若くもなく、かといって年老いているわけでもなく。正しく修練と経験を積んだ、百戦錬磨。または、手練手管。そんな表現が相応しい、立派な人だと、初対面の時から感じるほどだった。
彼は驚くことに、膨大とも言える戦術人形の一人ひとりをしっかりと把握していた。無論、全員と常にコミュニケーションをとるのは物理的に不可能だ。どう頑張っても時間が足りない。その代わり、彼は複数人の後方幕僚や業務支援用の自律人形を上手く使い、訓練から実戦、後方支援に至るまで全ての報告と業務ルーチンをシステム化していた。極限にまで効率を追い求めた、それでいて機械的なだけではないシステム。これを生み出した指揮官も凄いし、それ以上に百体を超える戦術人形を把握している指揮官の手際の良さに舌を巻いた。
今思い返してみれば、最初から彼への印象は良かったのだと思う。私自身がそういう効率を求めるタイプの擬似感情モジュールを持っていたから、彼のやり方と私のやり方がマッチしているとも言えた。
当然と言えば当然だが、そんな指揮官に淡い想いを抱く戦術人形は多かった。私は当時新参だったけれど、それでも指揮官を見る目が違う同僚や先輩たちは沢山居たし、中にはとても分かりやすい形で色香を使おうとしたり、過剰なスキンシップに臨む者も居た。
それ自体は否定するものでもなかった。私たちは基本的に使役される立場だから、当たり前に上手く使ってくれる人を好む。物として扱われたいわけじゃないけれど、無下にせず効率的に上手く使ってくれるならそれも悪くないなとは思っている。けれど、彼はただ機械的に私たちを処理するだけでなく、時間が許す限り常に距離を縮めようと努めてくれていた。
「お? 今日はいつもと違うんだな。戦術人形にもやっぱり気まぐれってのはあるのか?」
ある日、食堂で昼食の時間にたまたま鉢合わせた際の一言だった。
私は基本的に食べるメニューが同じだ。戦術人形の中にはこだわりを持っている者も居るし、味にうるさいものも居るが、私は特に気にするタイプでもなかった。勿論不味いよりは美味しい方がいいけれど、極論動くためのエネルギーが確保出来ればよかったから、そこまで頓着はしていない。その日は本当にたまたま時間もあったし食堂が比較的空いていたという様々な事情もあって、ついメニューの端から端まで目を通してしまい普段と違う一品を頼んでいた。
それを見つけた指揮官の言葉がこれである。この人実は人間じゃなくて人形じゃないのか、あるいは電脳に挿げ替えているのか、そうじゃなければチップでも埋め込んでいるんじゃないかと疑ったのはこの時が初めてだった。
ただでさえ大所帯であるこの支部で、一介の戦術人形、それも新人に毛が生えた程度の若手である私の、普段食堂で頼むメニューを覚えていなければこんな言葉は出てこない。流石におかしいんじゃないの、とネガティブな感想も少し湧いて出たが、それ以上にちゃんと一人ひとり見ているんだな、という実感が湧いたのもこの時だったように思う。なんだかんだで直接話をする機会というのはあまり無かったから、その時は「たまには」と至極短い応答だけで終えてしまったのが少し悔やまれる。どうせなら相席でもすればよかったのに、と当時の私を叱咤しそうにもなるが、過ぎた時は戻らない。次のチャンスを待つべきだろう。
そんな彼は、作戦時にも極めて合理的かつ冷静だった。立てた作戦、戦闘行動中の指示などは基本に忠実で堅実なものが多かった。ただ、その精度と速度が群を抜いていた。私はこの指揮官の作戦指示しか知らないけれど、それでもこれ以上は早々ないだろう、と思える程度には完成されていた。直接戦場に赴いていないはずなのに、まるでその場に居るかのような適切な指示。そして戦場全てを見渡しているのではないかと錯覚するほどに、鉄血製力のアンブッシュや釣り野伏せにはまるで引っ掛からない。基本を極めればここまで化けるのか、と、真正面からの快進撃を続けながら感嘆したことも数知れない。
非の打ち所のない指揮官の下で働くようになってから、幸運なことに私は戦闘の機会には比較的恵まれていた。義体の性能が良かったからなのか、私の兵装を気に入ったからなのかは分からない。それでも私は戦術人形として生まれた以上、戦えることは嬉しかったし、数多居る戦術人形の中で私を起用してくれたことも素直に喜ばしいことだった。
そして極めて優秀な指示の下、順調に作戦を成功させていった私たちは、その錬度も比例してとんとん拍子で上がっていった。
再三となるが、こうまで大所帯であると当然、日々消費する資源も馬鹿にならない。それでも本部はこの支部の重要性、そして指揮官の有能性を分かっているからか、この支部への支援は惜しまなかったように思えた。日々大量とも言える物資が到達しては、それらを効率的かつ大量に消費し、消費した物資量にまるで呼応するかのように戦果を残していく。そうして支配地域を拡大すれば人類が手にする資源は増えるし、そして更にそれらを拡大するためにこの支部に大量の資源が届く。その繰り返しだった。
ただ、そんな完璧とも言える指揮官だが、一つだけ腑に落ちないことがあった。誓約の証。いわゆる戦術人形の所有権の書き換えが出来る権利を、彼は誰にも行使していなかった。無論、モノ自体は存在していたし、彼が所有していることも皆知っていた。それも一つだけでなく、本部からの支援物資に紛れて複数の証が今この支部に存在していることも。
欲しがっている人形はそれこそ沢山居たが、だからといってそれが使われない現状に不満を漏らす人形は居なかった。効率を求める彼のことだから、きっと特定の戦術人形に誓約という形で差をつけてしまうのは良くない、とでも考えているのだろう。それ以上に、私より歴の長い先輩たちも数多居る中で、直接的なアタックをした人形が一人も居ないとは考えにくい。もし彼がそれを是とする人間ならば、とっくに誰かと誓約をしていても何らおかしくなかったし、そもそも未だしていないこの状態がある種異常とも言えた。
直接訊いたわけではないが、彼はきっとこの先誰とも誓約はしないのだろう、という妙な確信があった。真の意味で、彼は私たちを皆平等に見てくれている。各々に長所短所、得手不得手があるということを理解した上で、その長所を活かすように使ってくれる。私個人としてはそれで満足していた。そして、それ以上を無為に求めるようなバグった人形は幸か不幸かこの支部には居なかった。多分、そんな子が一人でも居たらこの支部はきっと阿鼻叫喚の事態に陥っていたと思う。それくらい彼は人気だったし、また彼を中心として奇妙な連帯感もあった。
抜け駆けはしない、させない。そもそも抜け駆けしようとしても意味が無い。彼を一撃で振り向かせるパワーがなければその力はそっくりそのまま自分に跳ね返ってくる。私たちは別に不仲という訳ではなかったし、いい意味で皆がお互いに丁度良い距離感を保っていた。
とは言うものの、そんな中でも小さな欲というのはどうしても沸いてくるわけで。少しでも彼によく見られたい、少しでも重用されたいと、自然と訓練に力が入ってしまうのはある意味で仕方が無いこととも言えた。努力は嫌いじゃなかったし、訓練一つとっても高度にマニュアル化されていたおかげで、今の自分に何が足りないのか、どうすればより伸ばすことが出来るのかを容易く知れたのも大きい。生憎私の表情筋はあまり柔軟なつくりをしていなかったようで、そういう内面を知られることは終ぞなかったけれど。
「お前を本日付で第七部隊隊長に命じる。今後ともよろしく頼む」
平穏とは程遠い、けれど充実した日々を送っていたある日。私が新人として配属されてから随分と時が経ち、中堅から少し上、錬度で言えば上から数えた方が早くなってしばらく。珍しく一人呼び出された私を待っていたのは、彼からの昇進辞令だった。
部隊長。この支部でその肩書きが持つ意味は重い。総勢百人を超える中で、全体の一割にも満たない人形しか授かれない栄誉。戦場で残した戦果は勿論、彼のことだ、それ以外も当然見ているに決まっている。
嬉しかった。今までの彼を見ていたからこそ、その評価に忖度も贔屓も何もないことが分かっていた。純粋に、私の力が認められた気がして、彼にちゃんと見てもらえている気がして。
命じられたのは第七部隊の隊長だから、頂点はまだ遠い。彼の率いる第一部隊、第二部隊はそれこそ精鋭だ。今の私ではとても太刀打ち出来るレベルじゃない。けれど、私は別に焦るタイプでも背伸びするタイプでもない。今、一歩進んだ。それで十分だ。まだまだ時間はかかるが、いずれ上位にも食い込んでやろうじゃないか。そして、もっと強くなって、もっと彼に認められて、もっと距離を近付けて。
私の中で、無意識ながら小さな欲が少しだけ大きくなった瞬間だった。
「おっ、初めて見る顔だな。なんだ、いい表情も出来るじゃないか、Vector」
いけない。私の死にかけた表情筋が珍しく仕事をしてしまった。今、自分がどんな顔をしてしまっているのかは残念ながら分からない。ここに鏡はないし、彼に訊くわけにもいかないから。
その後は至極簡単な引継ぎ事項の確認などを行い、普段通りに司令室を後にした。つもりなのだが、普段通りに出来ていたかどうかはちょっと自信がない。直ぐに再度眠りについてしまった顔に手を当ててみれば、ほんのりと熱を感じるようも思えた。
さて、確か今日はこの後射撃訓練の予定だったか。こんな辞令を頂いたとあってはより一層訓練に身が入るというものだ。
私は、指揮官が好きだ。
多分この気持ちは、誰にも明かすことはないと思う。
言ってしまえば、この支部にはライバルが多い。そして、意中の彼はそれらを意に介さないタイプだ。ならば、この感情をむやみやたらに発露してしまってもあまり意味が無い。何より私はそんな人形でもないし。
だから、言葉ではなく行動で。過程ではなく結果で。彼に私を示そうと思う。そうすればきっと、この気持ちを明かさずとも自然と距離は近付いていく。
誓約の証が欲しくない、といえば嘘になる。でも、それを今願ってもきっと届かない。であれば今の私に出来ることをやるだけだ。そしてその出来ることというのは、いたずらに愛を囀ることではない。
この支部きってのダークホースに、私はなってやる。だから、この気持ちは誰にも明かさない。誰にも明かさないからこそ、意味がある。大穴をあけるために、今日も私は自分の気持ちを秘匿するのだ。いつものように。
でも。誰にも明かさないけれども。誰にも明かさないからこそ、この気持ちは私だけのものだ。だから、今一時それを胸中に燃やすことくらいは許して欲しい。それが私の決意なのだから。
私は、指揮官が好きだ。
2019/6/25 匿名解除。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。
そろそろネタが切れてきたので正体を明かしました。こちらは非常にのんびりとした更新になるかと思いますが、他の拙作ともども、今後とものんべんだらりとお付き合い頂ければと存じます。