私は、指揮官が好きだ。
この気持ちは今後一生、変わることはないだろう。
私と指揮官との初めての出会いは、普通の戦術人形とは少々経路の異なる経緯であった。なんせ、初めて出会ったその時指揮官は指揮官ではなく、戦術人形に教育を施す教官の立場であったからだ。そんな指揮官に教えを乞う立場であったのが私たち。そして、彼の教育を最初に受けたのも私たちだった。
私たち、と言う通り、彼の教練を受けたのは私一人ではなかった。同僚が幾人か居たのだが、彼女たちとは短い期間ではあるがこの世に生み出されてから常に行動を共にしてきたから、一緒に訓練を受けることに何の疑問も持っていなかった。
とは言っても、最初から戦うことを宿命付けられた私たち戦術人形に対し、人間の教官が戦いのイロハを教える、ということに若干の違和感も感じた。ただ、戦術人形ひいては自律人形というものは基本的に人間の命令に従うよう出来ている。違和感はあったものの何も不満を感じていたわけではない故、敢えて意見具申を申し立てる程の気持ちは湧かなかった。
彼の第一印象は、なんだかとっつきにくそうな人というものだった。
初めて出会ったその日、私たちを見る目に少しながらネガティブな感情が混じっていたのは直ぐに分かった。別に彼の表情に顕著に現れていたという訳ではないが、自身に向けられる視線というのは向けている者が思う以上に敏感に感じ取れてしまうものである。
ただ、それはあくまで私が殊更敏感に感じ取れただけであって、普通に見る分にはその表情に変化はない。だからこそ、とっつきにくそうだなという印象を真っ先に抱いた。私はそんなに経験豊かな人形ではないが、それでも初対面で感情を表に出さない人間を好意的に見るのは難しい。それは周りの同僚も同じだったようで、言葉と表情には出していないものの、これからどう接していけばいいのか掴みかねているような雰囲気を醸し出していた。
「とりあえず、俺はお前たちのことを何も知らない。自己紹介でもしてもらおうか」
数瞬の沈黙の後、件の彼が口を開く。相変わらず感情を感じさせない顔と声ではあるが、今それを言っても仕方がない。確かに私たちと彼は今日が初対面であるし、これから教育を行う人員の人となりを知っておきたいというのは無理からぬ要望だ。教官となる彼が求めるのであれば、自己紹介くらいはするべきであろう。
各々が簡潔な自己紹介を述べた後、再びしばらくの沈黙が場を支配する。あまりいい印象は抱かれていないな、程度の推察は出来ても、実際に今彼が何を考えているのかまでは流石に分からない。表情が全く動かないことも相俟って、あの場はお世辞にも良い雰囲気の静寂とは言えなかったように思う。
そんな空気を気にせず、教官となる彼は淡々と幾つかの質問を重ねる。私たちが持つのはアサルトライフルだが、それ以外の武器や銃器を扱えるのか、私たちは現時点で果たしてどれくらいの戦闘能力を持つのか、など。
前者については扱えないこともない、という風な返事を私がしたと記憶している。ただ、後者の質問については正直自分でも予測が付かないというのが素直な所感だった。自身の取り扱う銃器についてはそのスペックから取り扱い方まで完璧に刻まれているものの、私たちには肝心の実戦経験がない。負けるつもりは毛頭ないが、果たしてどれだけ強いのか、というのははっきり言って掴みかねる問題でもあった。
ただ、その質問に対しては隣の同僚が些か強い言葉を口にしたものだから、挨拶も程ほどに早速訓練に入ってしまったのは今思えば失態だったように思う。いくら自身にその知識があったとしても、それを活かせる経験がなければ意味が無い。その事実を当時の私たちは知り得なかったし、結果みっともない姿を彼に見せてしまうこととなってしまった。
一方で、確かに得られるものもあった。教官となった彼はその立場通り、私たちが基本的な経験も積んでいないと見るや否や、すぐさま射撃体勢をはじめとした基本事項からじっくりと教えてくれるようになった。良い意味で自尊心を砕かれたのはきっと私だけではなかったと思う。実際に彼の言う通りに銃を扱えば驚くほど軽く正確に的を射れたものだから、あの時の感動は今でも鮮明に思い出せる。
これが、戦術人形としての正しい進み方なんだと、何も知らないはずの人間の教官が教えてくれたのだ。彼への第一印象は瞬く間に書き換えられ、我ながら単純な構造をしているなあと心の中で苦笑いをしながらも、頼れる教官への信頼度が上がったのは否定出来なかった。
それからは、彼から本当に色々なことを学んだ。キルハウスと呼ばれる訓練施設でペイント弾を使った模擬戦も数えるのが億劫なくらい繰り返したし、かと思えば一転会議室のようなところで一日中戦術講義を受ける日もあった。今まで銃そのもののことしか頭になかったから、その力を活かすための技術がこれほど沢山あるのかと、感動と驚愕の入り混じった感情を覚えたのも今では懐かしい感覚だ。
勿論、私たちはそれらの知識や技術を一心不乱に学んだ。彼への悪印象が薄れていたというのは確かにあるが、それ以上に彼から齎される知識や技術を一つ吸収すれば一つ強くなれる。それが大いなる実感を伴って成果に現れていたから、学ぶことが楽しくて仕方がなかった。
必死に覚えようと頑張った結果、座学のために用意された全ての資料を僅か二日で平らげてしまった時は、流石の彼もその表情が僅かに揺れていたように思えた。ああ、同僚たちが次の資料はないのかと急かしてしまっている。きっと彼女たちにも分かっているだろうに、一度火が付いた欲求というのは中々静まってくれないのだろう。私にもその自覚はあったから、無理難題を押し付けようとする自分の口を制御するのに大変だったのも今ではいい思い出だ。
「申し訳ない。俺のミスだ。君たちのことを見誤っていた」
とか思っていたら、突然彼が誤ってきたのにはある意味肝を抜かれた。どうやら私たちの吸収速度というものを見誤っていたとのことで、これ以上の資料は現状用意出来ないこと、そしていい意味でも悪い意味でも予定していた訓練スケジュールに変更を来たさざるを得ない状況になってしまったということを、深々と頭を下げて謝罪されてしまったのだ。
今度はこの事態にこちら側が慌てる結果となってしまった。彼は何も悪くない。むしろ自分の教育が間違っていなかったんだと誇ってくれてもいいくらいなのに、頑なに彼は謝罪の言葉を口にしていた。ただ、繰り返すが彼にはこの程度で謝られる道理などない。むしろ教えてもらっているこちらが感謝するべきだとすら思っている。なので素直にそれを口にすれば、今度はすまんなと、ばつが悪そうな声をあげるばかりであった。
どうにかその場を落ち着かせた彼は、早速座学の成果を見せてもらおうと思考を切り替えたようで、再びキルハウスへの訓練へとその舵を切った。
訓練初日こそめっためたにやられてしまっていたが、座学で様々な戦略、戦術を学んだ私たちはついにその日、教官に黒星を付けることが出来た。当時はそれはもう本当に嬉しくて、がらにもなく大喜びしてしまった記憶がある。あ、駄目だ、今思い返してもあれはちょっと恥ずかしい。
彼は、強かった。戦術教官としての知識や技術は勿論のこと、単騎での戦闘能力に於いても、少なくとも私から見て非は感じられない程だった。上から目線になってしまうが、本当に基本を徹底してその精度を上げ、更にそこに幅広い思考力と瞬時の判断力が備わっているものだから、特にキルハウスのような狭い範囲での少数戦ではその引き出しの多さに何度舌を巻いたか分からない。
そんな彼から勝ちをもぎ取れたことは掛け値なしに嬉しかったし、それだけ自身の成長を実感できた。ただ、同僚の中でも彼に黒星をつけるのが一番遅かったのが私、というのは少し悔しくもあったが。
それからは一対一の模擬戦だけでなく、教官や同僚とチームを組んでの模擬戦などもやりながら着実に私たちは地力を付けていった。まだ彼の教練を受け始めて一週間少々が経過した程度ではあったが、既に私たちの実力は他の戦術人形に比べて頭一つどころか二つも三つも抜けており、当時のG&Kが所有する戦力の中ではほぼ最高峰にまで上り詰めていた。
そんな私たちに対し、彼は何時までも屋内戦では訓練の内容が頭打ちになると感じたのか。充実した日々を繰り返し、いつの間にか訓練の日程も折り返しに入った頃合、彼は次の訓練場所をいつものキルハウスではなく屋外の廃墟に設定した。
何でも、今回はいわゆる追跡戦と呼ばれるものをやるようで、私たちを含めた同僚がチームを組み、教官を追いかけて捕縛する訓練らしい。その内容に加えて携行出来る弾数の制限やヒットの制限――教官を生け捕りにする訓練のため、頭部または胸部に弾丸が命中すれば自動的に失敗――などを盛り込まれ、今までの訓練に比べるとかなり難易度が跳ね上がっているように感じた。
ただ、その説明を聞いた私もそうだが、同僚の誰もが尻込みしてはいなかった。むしろ、今までにない高難易度の訓練を施してもらえると、やる気に満ち満ちていたように感じる。
内容の提示が終わった段階で教官から質問はあるかと投げ掛けられたが、こちらからは特にない。きっと、教官はあの性格だから出来ることは何でもやる。そこに卑怯なんて言葉はないのだ。キルハウスでの訓練でそれは嫌と言うほど学ばされた。
なので、こちらも使えるものは全て使う。持ち出した副兵装を気取られないよう確認し、あわせて宿舎に待機させてあるダミー人形も呼び寄せておく。やり過ぎでは、と思われるかもしれないが、逆に言えば如何にチームを組んだとて、あの教官を出し抜くにはこれくらいはやっておかないと厳しい。射撃技術もそうだが、機動力という点で彼は正しく抜きん出ていた。私たちは射撃の訓練や遭遇戦の訓練こそ積んできたが、追跡や隠密といったものは教えられていない。そのディスアドバンテージを考えれば、持ち得るものは全て使わなければとても対等の舞台に立てない。それくらいの差は感じていた。
「……よくやった。強くなったな」
追跡戦訓練の結果は、私たちの完勝に終わった。副兵装を持ち出していた点もそうだが、ダミー人形という存在がかなり大きかったように思う。教官は私たちが「一人」であるとずっと思い込んでいたようで、一方でこれは私たちの想定外でもあった。彼のことだからきっとダミー人形のことくらい知っていると思っていたのだが、どうやら今日実物を目にして初めて知ったことらしい。流石にちょっと卑怯だったかな、という気持ちは過ぎるが、それを口にまでは出さない。彼だってそれを口にしていないのだから、わざわざこちらから突くこともないだろう。
ただ、ダミー人形の力を借りたとは言え、正直言って完璧に近い勝ち方をしてしまったものだから、思いも寄らぬ賞賛とサプライズを受けたのは驚きだった。彼はその言葉と同時、ガシガシと乱暴に私の頭を撫でてきたのだ。突然のことにすっかり思考停止してしまった私は、ばつが悪そうに顔を背けることしか出来なかった。当時の感触と光景は、今でも不十分ながらしっかりと記憶に残っている。今思えばもっと素直になっていればよかったかなとも思うが、同僚も居た手前それも難しかった。あの時の最適解は何だったのか、その答えは未だ得られていない。
きっと、教官のことをはっきりと意識したのはあの時が初めてだったように思う。それまでも訓練を行う最中、決して悪い印象は持っていなかったが、明確に感情の区切りがついたのはきっとあの時だろう。けれど、残念ながらそれは私だけではなかったようで。最後まで撫でられなかった同僚の一人が意を決して声を上げたところで、胸中ちょっと複雑な気持ちを抱いてはしまったが。
追跡戦訓練を終えてから、私たちは本当に様々な形式で訓練を重ねた。そのどれもが新鮮で新たな学びになったから、教官は本当に優秀だったのだと思う。よくもまあこれだけ訓練のバリエーションを用意できるものだと感嘆すら覚えた。
でも、そんな楽しい日々も、間もなく終わりを迎える。
教官はあくまで私たちを鍛え上げるために外部から呼び寄せている人だったから、ずっと私たちと一緒に居るわけにはいかない。明確な期日が存在していた。
そういえば、結局教官が何処の誰かというのは分からず仕舞いであった。質問したこともあるが、黙秘権を発動されてしまい已む無く迷宮入りとなっていたのである。ただ、訓練最後の日、同僚のリーダー格が無理やり教官を夜のおしゃべりに付き合わせることに成功したから、そこで色々とプライベートのことは聞かせてもらった。特定の相手が居ないという値千金の情報を入手出来ただけでも当時は十分だった。随分と長い時間付き合わせてしまったので、翌日の彼は少々調子が悪そうではあったのだが。
「本時刻をもって、君たちの教育訓練課程を終了する。ご苦労だった」
最後の日。初めて顔を合わせた日と同じ立ち位置、同じ構成。彼の横に立つG&Kの強面の社長から、にべもなく告げられた訓練終了の宣告に、一抹の寂しさを感じずには居られなかった。
これで、彼との接点はなくなる。なくなってしまう。けれど、悲愴に沈むだけというわけにはいかない。彼は強い。これからも生き続けるだろう。そして、私たちも強くなった。彼と同様、私たちも生き続ける。であれば、いずれまたどこかで交わることもあるはずだ。
「敬礼!!」
隣に立つリーダー格の同僚が、今まで聞いたこともないような声量で命令を下す。ほんの一瞬驚きの感情が勝ったものの、私たちはすぐさま彼女の号令に従い構えを取る。きっと、彼女にも大いに思うところがあるのだろう。だが、それを今口にしたとてどうしようもない。だからこその、気合の入った最後の礼。
私たちの敬礼に対し、彼は数瞬置いて静かに、けれど綺麗な答礼を返してくれた。
これで、私たちと教官の繋がりは、終わり。私たちはきっとこの後、どこかに配属されて新しい任務を遂行していくのだろう。
私は、指揮官が好きだ。
この気持ちは今後一生、変わることはないだろう。
きっと、人生で初めて出会い、それなりの時間を共にした男性だという要素もあるのだと思う。けれど、仮にそれを差し引いて考えてみても、やはり私は彼のことが好きなのだ。
何故、教官として私たちを導いてくれた人を今、指揮官と呼んでいるのか。何故、指揮官と呼べる立場に彼が就いたのか。その話はちょっと長くなり過ぎるし、あまりいい思い出もないから、出来れば勘弁して欲しい。
ま、いずれ話せる時が来たら話してやるさ。その時までお預けだ。許してくれよ、恋する乙女には一つや二つ、そう簡単に語れない事情ってのもあるもんだ。
「姉さん、行きましょう。指揮官が呼んでいますよ」
「ああ、悪いなM4。すぐに行く」
私は、指揮官が好きだ。
多分、分かる人には分かるし、分からない人にはさっぱり分からないと思います。
分かる人にだけ分かればいいや精神で書いているので、分からない人にはごめんなさい。