【完結】相死相愛ラプソディア 〜Mad dependence〜   作:ユウマ@

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相死相愛ラプソディア 後編

「良かった、ずっと探してたのよ。トリフネで怪我をしてから、ずっと」

「探してたって……?」

 

 

ゆっくりと、蓮子は歩み寄ってくる。呼応して、私は少しずつ蓮子から距離をとっていく。不意に、蓮子の顔が歪んだ。

 

 

「何で離れるの?何か変なとこでもある?」

「変って…貴女、その格好…それに、何で刃物なんて」

 

 

私が言うと、蓮子は思い出したように手の刃物を見つめて、軽く振ってみせた。

何か、液体が壁に飛ぶのが見えた。

 

 

「これは…仕方なかったのよ。誰も、誰もメリーがどこに居るか教えてくれなかったから」

「皆、メリーの事を話してくれないの。いくら聞いても答えてくれないのよ。…私は、メリーさえ居ればいいのに!」

 

「れ、蓮子……」

 

 

俯いたままぼそぼそと話す蓮子の様子に更に後ずさる。それを見た蓮子は軽く目を見開いて、それから急に無表情になった。

 

 

 

「なのにメリーは、なんで私から離れるの…?私達、2人で1つの秘封倶楽部でしょう?それなのに……

 

 

 

 

 

貴女も、私から離れていくの!?」

 

 

 

 

叫びと同時に、地を蹴る音がした。咄嗟に姿勢を低くしてしゃがみこんだ私の真横を、鈍い光が掠めていった。

 

 

「ひっ…!」

「なら、どんな手を使ってでも、私達は1つになるのよッ!」

 

 

 

叫びながら、蓮子は腕を振り回す。這うようにしてどうにか入り口付近まで来た所で、扉に向けて刃が飛んできた。ガラス扉にヒビが入り刃物は私の目の前に突き立てられた。

 

 

 

「逃げないでよ…大丈夫、私もすぐ行くから、ね」

 

 

振り向けば蓮子は、いつも通りの笑顔を私に向けていて。それがどうしようもなく、おぞましく感じられて。

 

 

 

私は咄嗟に突き立てられた刃物を抜き、蓮子に切っ先を向けていた。

 

 

 

 

「メリー…?」

「……」

 

 

呼吸が荒く、浅くなる。刃を向けられているというのに蓮子はまるで自覚が無いのか、間の抜けた顔をしている。だがそれも、すぐに私の意図を理解したのか険しい顔になる。だが私も、もう止まる訳にはいかない。

 

 

 

 

「蓮子…ここで事件を起こしたのは貴女でしょう?それに今の貴女は、とても正常とは思えない…。だから、私は…貴女を止めるわ。同じ、秘封倶楽部の一員としてね」

 

 

蓮子の顔が更に歪んでいく。親の仇でも見るかの様なその視線に、無意識に半歩後ずさる。

 

その刹那、蓮子は猛然と地を蹴った。

 

瞬く間に距離が縮まる。

 

 

私が反応するよりも先に、蓮子の手が私の首にまわされる。そのまま、尋常では無い力で、首が締め上げられる。

 

 

 

「…ッ」

 

 

急速に視界がぼやけていく。身体からも力が抜け、手の刃物を取り落としそうになる。

それを、全身の力を振り絞って抗って。私は蓮子に心の中で謝ると、

 

 

ぼやける視界の中、私の目の前の人影に刃を振り落とした。

 

 

 

「あ、ぐっ…メ、リィ……!」

 

 

 

 

首を締めていた手が離れる。急な解放に尻餅をつきながら声の方向を見ると、

 

 

 

 

肩口から腕までを深く切り裂かれ血を流し、呆然と立ち尽くす蓮子の姿があった。

足は震えて目の焦点はあっておらず、それでもなお、手は腕に刺さった刃に向かっている。

 

力任せに刃を引き抜く。反動でいくらか血が飛び散るが、まるで気にしていない様に蓮子は私に向けて一歩踏み出しーー

 

 

 

 

けれど、そこまでだった。全身は急速に力を失い、くずおれる様にこちらに倒れ込んでくる。

 

 

私は咄嗟に、蓮子を抱き留めようと腕を伸ばす。そのまま飛び込んできた蓮子を支えようと立ち上がった所で。

 

 

 

 

蓮子が、足を踏みしめる音が聞こえた。

 

 

 

 

ついで、脇腹に熱。呆然と見下ろせば、蓮子の刃は深々と、私を貫いていた。

 

 

 

全身から力が抜け、立っていられなくなる。そのまま、今度こそ刃を落とした蓮子ともつれこむ様にして冷たい床に倒れこむ。

 

 

 

 

「ああ、メリー…これで、わたしだけの、メリーに……」

 

 

 

恍惚とした様に呟く、そんな声を最後に。私の意識は、闇へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼▼▼

 

「……」

「蓮子…体調、どう?」

「……」

「大学も、すっかりいつも通りよ。貴女が居ないと、秘封倶楽部の活動が出来ない事以外にはね」

 

 

 

 

真っ白な病室。あまりにも無機質な部屋に置かれたベッドに眠る蓮子に向けて、私は話しかける。目覚める気配は、無い。

 

 

 

 

 

 

あの後、私達は突入した警察に発見されて搬送され、2人とも一命をとりとめる事が出来た。

だが私は数日入院を余儀なくされ、蓮子に至っては発見されて以降、1度も目覚めずに昏睡状態のままになってしまった。

 

 

警察の事情聴取まがいの時に聞いた話では、蓮子は数日前…ちょうど私がサナトリウムに隔離された時期に、精神科にかかっていたと言う。

 

 

 

 

依存症の様なもの、だったと言う。

 

 

何については言うまでもなく、私だと。私が隔離され、連絡の手段が途絶え、蓮子は激しく動揺した。

そのまま日数が経過し、急速に心を病んでいった。不思議なことに、発達した現代の医療をもってしても根本的な治療法が分からず、経過を見ている途中での、今回の1件だと。

 

 

原因など、分かりきっている。

あの日、私達がトリフネに行ってしまったから。たった一度、未知への興味に手を伸ばしただけで、私達はぼろぼろになってしまった。

 

そして今、私が蓮子に対面している、最後の人間だ。これ以降、蓮子の病室に誰かが訪れる事はないと、宣告がされた。

 

 

治療の為に、サナトリウムへと隔離する。それが、蓮子を救う為の唯一の方法として、下された結論だった。

 

 

移されるのは、明日。私がこの病室を出れば、それ以降蓮子が完治しサナトリウムから出てくるまで、存在が表に出る事は無い。

 

 

 

けれど。私には、何処か予感がしたのだ。このまま、蓮子が目覚める事は無い、と。

もちろん、根拠など微塵もない。普段の私なら、蓮子の完治を祈って病室を出ていた事だろう。

 

 

 

私はそっと、手に持った鞄を置き、中から1つの包装を取り出す。

包装を剥がして中から出てきたのは、あの日蓮子に刺された刃物。

 

 

 

きっと、私は。いや、私も蓮子も、既に狂ってしまったのだろう。未知への興味で己の身を滅ぼした、愚か者なのだろう。

 

 

けれど、それでも。このまま、蓮子の存在がサナトリウムへと消えてしまうのは、耐えられなくて。

ベッドに歩み寄り、蓮子の髪をそっと撫でる。そこにはあの日恐怖を抱いた表情は微塵も感じられない。もしかしたら、今の私が、そんな顔をしているのかもしれないけれど。

 

 

かき抱くように、蓮子の身体を抱き寄せる。その身体は熱を帯びていて、安らぎを覚えるほどに温かだった。

 

 

 

 

 

「大丈夫よ、れんこ…私達は2人で1つの秘封倶楽部だから、ね?」

 

 

「だからまた、すぐに…会いましょう?」

 

 

 

 

 

 

私はそっと、目を伏せて。

 

 

 

 

 

眠る最愛の人に、静かに、刃を突き立てた。

 


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