明朝、俺はココの家を出た。
夜空もいまだ健在な時間帯、流石に人もあまり出歩いていない。静かな静かな空間。
風景画が得意な画家ならキャンパスを出してスケッチでもしていそうだ。
まぁ、そんな趣味を俺は残念ながら持っていない。全く残念。
取りあえず、ふぁ〜、と呑気なあくびをしてみる。
もちろん、それをしたからと言っても特には何も起きない。ただ、また眠くなるだけだ。
ふと前の交差点の角から四十代ぐらいの男性が通る。会社帰りなのか疲れたような顔をして、通りすぎて行く。
お互い仕事終わりの帰宅道中。俺は少し彼に同情の視線を向けた。
(さて、角を曲がって……近くの駅で電車に乗って)
その時、後ろの方から不吉な音が聞こえた。
それは、生きているものを斬る音に似ていた……いや、そうだった。
この時、俺は後ろで何が起きたかを察した。
俺は素早く左の方へと大きく前転した。
すると、俺がさっきまでいた位置に一本の槍が平行に出てくる。
後ろの方を見ると、そこにはさっきのサラリーマンの上半身と、そうさせた張本人がいた。
張本人の目は赤く、日本で昔、戦をするときに着用されていた鎧と兜を着ている。また、顔はよくみえないが、その表情が笑っているのが分かる。
そして、そいつの首周りから廻り者の証である花びらが出ていた。
「へぇ〜、お前よく避けたな。俺の一突きを避けたのはお前が初めてだわ」
ハハハッ、と大声で笑うそいつはまた槍を構える。槍は鮮血による鈍い朱色と本来あった銀色の輝きが近くの電灯から照らし出される。
そして、三秒もしない間にこちらとの距離を詰めて、こちらに振り上げる。俺はとっさにそれを屈んで、交わすがそれを相手は予想していた。いや、狙っていた。
即座に相手は槍を突く構えにして、こちらに斬りつけてくる。
俺は避けるよりも反撃した方がいいとおもい、常備していたピストルを相手に向かって発砲する。
思いも寄らなかったのか相手は構えを解いて後退する。
俺はその隙をついて立ち上がり、ピストルを向ける。
「へぇ〜、あんたやるねぇ。俺のこの槍を避けるなんて」
「死にたくはないからね俺は。君がここで勝手に自殺するなら、俺は構いはしないんだけど」
「言うねぇ」
ニヤッと笑みを浮かべると、相手はまた槍の構えをとる。こちらもピストルの引き金に手をかける。
「だけど、死ぬのはお前だぜ」
その言葉の次の瞬間、相手の姿が急にふっと消えた。
すぐに360度確認する。しかし、何処にもいない。
俺はこの時、気づいた。
何故、相手は物音も立てずに、人を殺すことが出来たのか。死体の崩れ落ちる音しかしなかったのかを。
そして、その疑問はすぐに解けた。
答えは簡単。
相手の才能が自分の存在を一時的に消すというものだからだ。
だとしたら、相手は次にどんな行動をとるのか……俺は察した。俺がもし、その才能を使えれたら、俺はどの方面で敵を攻撃するか?背後か?しかし、それは相手を油断させている時にやるのならいいが、そうじゃないと、背後は常に警戒されるから背後をとっても意味がない。
とするとーー!
俺は正面を向き、ピストルの引き金をーー
ダァン
「え?」
口から勝手に出てくるその言葉。
だが、それは相手がそこにはいなかったとか、首が胴体から気がつかない内に離れていた、とかそういう事ではない。
もっと予想外だ。
それはーー
相手の廻り者が俺ではない誰かの銃弾を受けてこちらに倒れてきたのだ。
そして、その後ろには複数人の軍服を着た男性達がいる。
しかし、ピストルと思われる物を持っているのは一番前にいる男のみ。それ以外は持っていない。
男は後ろにいる者達に合図を送る。それを受け、後ろの者達の一人がその場に落ちていた輪廻の枝を手に取る。男の死体は回収をしない。
というか、消えてきている。
これは廻り者特有の物で彼らの死体は残らない。残るものは彼らが廻り者としてなるときに使う輪廻の枝のみ。
それ以外は何も残らない。
彼らはそれを知っている。
則ち、もうすでに彼らは何人かの廻り者を殺したことがあるのだ。そして、輪廻の枝をいくつかその手で……
「大丈夫ですか?」
いつの間に近寄ってきた彼らの一人が俺に言ってきた。
どうやら、俺が廻り者だという事に気づいていないらしい。心配してくれた。
「大丈夫です」
「そうですか。なら良かった」
そう言うと、彼らはすぐにその場から姿を消した。
どうやら、俺があの廻り者と戦っていたのは特にどうとも思われていないらしい。
取りあえずの危機は去った。
そう思うと、体にどっと疲れが押し寄せてきた。よほど緊張していたのだろう。
「早く帰って寝るか」
誰もいない世界の中で俺はそう呟き、駅へと向かった。
・服部 半蔵 (相手の廻り者の名前)
・偉人
・身長 184cm
・体重 77kg
・見た目 甲冑で全身が見えない
・時代 戦国時代
・ 徳川家康に仕えた三河の家臣。一般的に知られているのは二代目の正成。彼は作中にも出てきた通り、槍の名手でその強さから『鬼半蔵』と呼ばれた。よく彼を時代劇や小説等で忍者として出てくるが、それはフィクションである。実際は先ほど話した槍を奮い、敵兵と戦う武士であった。とは言え、何も忍者と関わりがないかといえばそうではない。
彼の父は伊賀で忍者をやっており、家康はその縁を使って彼は半蔵に伊賀忍の頭領にさせ、江戸城にある半蔵門を守らせた。
恐らく、今日の半蔵像はこれにより生まれたのだろう。
・才能
槍の使い方がうまくなり、また忠義を尽くすに値する人間に誠意を持って仕える。
『幻想の伊賀忍』
一定時間内(自分でいつでも解くことができる)に対象の人物から自分の存在を消す。ただ、これは自分が使うと決めた人にしか通用せず、もし他の人達にも才能を使おうと思ったら一旦リセットしなければならない。