「ねぇ、君」
「はい、何でしょうか〇〇さん」
「君は何でそんならしくない絵を描くんだネ?」
「なんとなくですかね……ゴ〇〇さんがらしくない風景画を描いていたので、俺もそれに倣って」
「そうか」
「ところで〇〇さんは何でここに?」
「いや何美術会を開くのに君の絵を使おうと思ってネ」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「あぁ、〇〇〇〇〇〇君のはとても良いからね」
…
……
「……夢か」
目を覚ましてみると、さっきまでいたあの人はいない。あるのは昨日まで描きかけの月と木々、という何処にでもありそうな風景画。
俺はどうやら眠ってしまっていたらしい。
しかも、座りながら。慌てて絵の具を方を見る。よかった何もついていない。
「それにしても懐かしい夢を見たなぁ」
夢に思いを馳せる事なんて今までなかったが、こんな懐かしい事を見てしまっては馳せずにいられない。あの日の事を、あの島での、あの人達との思い出なら特に。
「また会えるかな」
あの人達の消息は分からないが、おそらく今でも普通にあそこで絵を描いているのだろう。そして、それなりに楽しい人生でも過ごしているに違いない。
「さて、絵でも描くか」
視線を描きかけの絵に移す。一応、絵の具で塗る方には既に移行していて、塗り残しは残り数少ない。今直ぐにでもやれば今日中には完成する。
とは言え、この作品は正直…………。
しかし、そんな思考を妨げるかのようにコンコンという音が聞こえてくる。どうやら、誰かがドアをノックしているらしい。
「誰だ?こんな御行儀良いお客さんを俺は知らないぞ」
俺はそんな言葉を口にしてから、ドアを開けてみる。
「悪かったわね、御行儀が良くて」
そこにいたのは、普段のあの赤くて長い髪の毛をポニーテールにし、白色のワンピースを着ているココがいた。
「いやいや、別に。俺としては寧ろそっちの方が嬉しいよ」
そんな軽口を述べて、ココを中へと入れる。
ココはふん、と言うと、どかっとさっきまで俺が座っていた椅子を占領する。俺はしょうがなく来客用の椅子に座る。
「それにしても珍しいな、仕事熱心なお前がここに来るなんて。普段なら、『あんたん家に行くぐらいなら新しい服の設計をした方がまし』とでも言っていたのに」
「それはあんたん家がこんな電車使って、さらに徒歩で40分も歩く距離にあるのだから、しょうがないでしょう?というか……」
ココは横において置いた俺の風景画に視線を移す。
「……へぇ、あんた風景画、描くんだ。意外ね。普段はキラキラした物とか、人とか、後そんなに人を落ち着かせない題材ばかり用いるのに」
「ん?描けないわけじゃないけど、やっぱりそっちの方が良いかな。風景画なんて久々に描いてみたけど、やっぱりなんか気に食わない」
「そう?綺麗だと思うけど」
そう言って、彼女は絵を取り上げると、それをまじまじと見る。
「空に浮かぶ月が木々の真ん中の何も無い、ただ闇の中である地上を照らしている……あんたらしからぬ随分とロマンチックな絵じゃない」
「ココがどう言おうと俺は気に食わない。不慣れな奴が作った駄作。それも上手い奴なら一分で思いついて三分で描けそうな作品だ」
「そこまで卑下しなくてもいいとは思うけど……」
ココは絵を元に戻すと、「喉が渇いたから何か飲み物を頂戴」と言った。
俺は取りあえず冷蔵庫から適当にお茶を取り出して、それをコップに注いで渡す。ココに渡したのはその辺に売っていた百円のものだったが、文句いわず彼女はお茶を一口飲んだ。
「ここらで雑談は終わりましょうかね。私がこんなところに来たから分かっていると思うけど。あなたにちゃんとした依頼をしに来たのよ」
こんなところとは何か。そんな反論をしようと思ったが、面倒くさくなりそうなため、一先ず飲み込むことにした。そして、それ以前にひっかかる事が一つ。
「俺は何時からお前の依頼を受け付けてくれる気の優しいところになったんだ」
「ん?そんなところじゃなかったの?」
可愛らしく首を傾げてこちらに反問する。畜生、そんな顔されると、ちょっと困る。だが、外見が子供だからって俺は動じない。
そんな事が通じるのは精々、重度のロリコンぐらいなものだ。
「違うからな。俺は芸術家で、探偵でも傭兵でもなんでもない。依頼はせめてそこらへんでやれよ」
「へぇ、それじゃあ、これを見ても?」
ココはスマホをポケットから取り出すと、手慣れた手つきで操作する。そして、俺にあるものを見せた。それは一本の動画。
「ん、これって……」
その動画の中央に映っていたのは数日前まで元気に大笑いしていたデリンジャーが椅子に縛りつけられているところだった。彼は俺が見ているのに気づいたのか、真正面から満面な笑みをたたえて
『捕まっちった♪』
と、間抜けな声を出している。が、本人のテンションとは裏腹に彼のいる部屋は中々、物騒な所であるのは直ぐに見て取れた。部屋は比較的綺麗ではあるが、所々うっすらと血液の染みが付いている個所が幾つかあり、左右の壁には家具の代わりに拷問具。そして、彼の座っている椅子は鉄製。ジャラジャラ、という音がするのは彼の手首等が鎖によって拘束されている事が分かる。
まるで映画にでもありそうな光景。デリンジャーも分かっているとはずだ。こういうシーンにいるということは自分が危機的状況だという事を。
ココは一旦、動画をストップさせようと指を停止場面に伸ばす。しかし、うまい具合に停止ボタンを押せずにいる。デリンジャーはその間、特に何もせずただ縛り付けられている。ココは何回か経てようやく動画を停止させた。
「つまり、そういうことよ」
「なるほど、大体分かった」
目頭を押さえてしまう。やっぱり、デリンジャーと関わるとろくな事が一つとしてない。もう二度と関わりたくないレベルだ。
ココは大きくため息をつく。どうやら、彼女も俺と同じ思考には至っていたらしい。
「まぁ……あれよ。あの手のかかる馬鹿を助けに行ってあげて。一応、あれでも私の客だし、あいつなんだかんだでかなりのお得意様だからね」
「まぁ、流石のココ様でも顧客がいなければ飢えて死にますもんね」
「それはあんたもでしょう。三流画家」
わ〜お、かなりの辛辣な言葉を投げられたぞ、俺。一応、画家の廻り者なのに。
「とにかく、あんたはデリンジャーを助けに行きなさい!いい?」
思いっきり襟を力強く自身の方へと引っ張る。ココの碧眼に白い肌がよく見え、鼻と鼻はもう少しでくっつきそうになる距離。ココが子供の姿でなければ心臓の鼓動は激しくなったことだろう。
どちらにしろ、これは応じなければいけないようだ。ならば、せめて最後の抵抗をするまで。
「でも生憎、俺は虫のいい人間じゃないからな。流石に報酬無しでは動けんよ」
「もちろん、そんなこと知っているわよ」
嫌な笑顔をこちらに向ける。察しが良いという程でもない俺でも分かる。
積んだな、と。
「報酬はデリンジャーの口座から百万引き抜いてくるから、それで金はなんとかする。後、暫くはデザインの仕事や厄介事の相談は無しで。どう?」
得意げな顔で報酬についてを語るココ。彼女はやると言ったことはめげずにやる奴だ。今語った報酬は全てこちら側に与えられるだろう。
「まぁ、安心して。ちゃんと助っ人は呼んであるから」
話はどうやら俺が受ける前提で進められていく。俺がこの面倒事を受ける前提で。
そして、この時の俺は知らなかっただろう。このことが切っ掛けとなり、身近で色々な事が起きることを。