久しぶりの夜の外出。外は暗く、唯一の光である月も太陽ほど地上を照らしてはいない。控えめなその光を俺は少し好きだ。もちろん、派手な物も好きだ。しかし、ここまで影を作り出す光もそうはないし、何より俺の絵で使われる闇の部分を作っているのは月であるからだ。
それにしても夜風が気持ちいい。
「おいおい、見とれるのは月じゃなくて俺だろう?」
「寝言は寝て言え。そして、お前は運転に集中しろ」
「厳しいねぇ」
軽口をたたいて、あいつは前を向く。俺も景色の方を見ず、前へと視線を戻す。もう、あの考えがあまり浮かばなくなった。
俺は今、デリンジャーが捕われている例の建物へこいつの車で向かっている。まだ新しいレッドのスポーツカーに乗る運転手は俺の顧客であるアントニウス。彼が今回の助っ人だ。彼も実はココの顧客でデリンジャーとは見知った仲だとか。意外な関係性というものの一端をなんだか知った気がする。
「それより、お前大丈夫なのか?」
「何がだ?」
「今回の事だよ。アジトを調べてみたら、とんでもない事が分かったぞ」
「とんでもない事?」
おうむ返しをする俺にいつにもまして真剣味をおびた声で言う。
「今回のお前の試合相手は武装組織『13』だぞ。コンテニューなんて出来そうにない」
いつも通りの軽口をたたいているが、本気で俺を心配してくれているのは声音で分かった。
『
「コンテニューが出来ていないのは俺でも分かるさ。でもそれでもやるしかない」
「それは何故だ?」
ふっとアントニウスの質問を鼻で笑った。そんなの決まっている。
「デリンジャーが二度と俺の家の方向に足を向けて眠れないようにするためさ」
「なんだそれ」
あはは、と運転手は笑った。同乗者である俺も笑った。
こんな滑稽な戯れ言を言うときなんて、恐らくもう二度と無いことを星にでも祈ろう。俺はそう思って、心の中で形だけでもお祈りした。
…
「ここが目的地だ」
アントニウスは車を止めると、右の方向に指を指す。そこには森林に囲まれて全貌を隠しているアジトがあった。しかし、幾らか分かることもある。
形は四角形で、正方形が幾らか連なってできていて、建物は色的に言うと白色。そして、極めつけに一階しかない平屋だという事だろう。大きさは間近にあるため、分からない。ただ、個人的に思うことがこの建物はどちらかと言えば秘密基地の性質を持っている研究所ということだ。決して小さくは無く、何かを研究したりアジトとするのには最適、がそこにある何かを隠さねばならなく、その秘め事は建物一つを無いものとしてしなければならないほどの物。
恐らく、隠さねばならない物いや、者は……
「じゃあ、俺は行くよ。もしもの時は頼んだぞ相棒」
「誰が相棒だ、むしろ俺に何かあったら助けろよ従者」
そんな軽口をたたいて俺は敵のアジトへと向かった。
…
森を歩くこと五分。かなり近いところに止めてもらったお陰で遭難等で時間を食ったりすることなく、アジトの入口へと辿りつけれた。この先には見渡したところ罠やフェンスといった障害物は無い。
俺は堂々と中に入ることにしてみる事にした。変に勘繰って、あれこれ考えたり探ったりしても良いのだが、その際にトラップがあったら、それでこそ無駄な事。もし仮にこの先に何かあるのなら、それは俺にとって終わりになることは必須だろう。
しかし、俺の予想が正しければ……
一歩一歩確実に地に足を踏み締めて行く。じわり、と何かが俺を急いてくる。しかし、俺のペースは変わらない。背中からじわりと汗が出てくる。それでもペースは変わらない。段々人事のように達観になって行く。懸命に主観的へと舵を切ろうとする。
そして、歩ききった。予想通り罠の類は仕掛けられていなかった。
だが、次の問題が俺を待っていた。中は外への光をあまり受け付けていないらしく、真っ暗闇になっていたのだ。俺は仕方なく、ココに事前に渡されていた懐中電灯を使うことにした。
楕円を描く光を頼りに先へと進んでみる。
まず目を引いたのは、壁には傷や剥がれている個所がないこと。どうやら建てられたばかりらしい。
次にこの建物は中々入り組んでいる構造をしていること。さっきから、部屋がかなりあり、その部屋毎に206や八四という漢数字や数字が書かれた標札がある。恐らく、外から来る敵に対しての備えなのだろう。このようにしておく事で、簡単には部屋の中身が知れ渡らないようにしているのだ。そして、廊下を迷宮にして敵に位置をばらされないようにしている。
(これは中々にまずい物だ。傭兵集団だから、と軽く思っていたが……俺は気付かないうちに踏み入れてはいけない領域に足を踏み入れたのかもしれない)
だが、今引き換えしても元の木阿弥。俺の出来る最良の手段はデリンジャーを救うこと、これ一つだ。
そう思い、改めて前を確認すると暗い中から右手に曲がり角があることが分かった。俺はこの先かもしれないと思い曲がり角を曲がろうとした。
その時だった。一瞬、何処から殺気を感じた。並の殺気じゃない、酷く冷淡な、まるで狩りをする猟師のようなもの。
(一体、何処から……)
周りを少し見渡しても、やはり何も……いや、違う!
疑惑から確信へと変わった。俺は咄嗟に左へと避けようとした。しかし、遅かった。
一発の銃弾からこちら目掛けて放たれた。しかも、それが一発ではなく二発三発と続く。速さを所々で変えながらじぐざぐに曲がって銃弾を避けようと奮闘を試みる。壁に当たりながらの逃避行。何回か壁に当たりながらだったが、幸いにも服に傷が何箇所か付いただけで済んだ。だが、追撃は終わらなかった。
角を曲がってすぐ側の空いている部屋に入り、出方を窺うことにする。ごくりと大きな生唾を飲み込む。少し経って、さっきまで聞こえなかった自分ではないもう一つの足音がする。足取りは軽いが、用心深い性格なようでこちらの出方を窺っているようだ。
「ごきげんよう、腕利きの傭兵さん。悪あがきはよして出てきなさい。今なら軽く済むわ」
落ち着いた女性の声が辺りに響く。恐らく、彼女こそが俺を撃った相手だろう。だとしたら、チャンスだ。さっきまで隠れていた狙撃手が表に出てきている彼女をここで倒すしかない。そうしなければ後々を考えるときつい。
俺は意を決し、ピストルのリボルバーに弾丸を入れて相手を待つ。作戦としてはシンプル。狙撃手が探索している不意をついて背後から、若しくは正面から二発三発撃って相手の腕か足にでも軽傷程度でもやって怯ませ、その隙に銃を取って無力化、可能ならデリンジャーの監禁場所等を喋らせる。
(後は来るのを待つのみ)
そう思い、狙撃手がこちらに来るのを部屋でじっと待伏せる。相手は仮にも慎重でかつ相当のやり手。たとえ、少しでも音でも出せば即刻終わり。この作戦は失敗し、俺は何されるか分かったもんじゃない。分かることは精々、ろくな目に合わないことぐらいだ。
息が詰まる。俺は今、完全に虚無に成りきれているのだろうか。その一つが頭を悩ます。
そんな俺とは裏腹に狙撃手は探索をやめない。そして、声もしない。いないと悟ったのだろうか。
(だとしたら、チャンスだ!)
そう思い、足音がこちらに来るのを待った。正面攻撃の奇襲への選択を選んだ俺は相手が扉の前に来るのを待った。そして、時は来た。
(今だ!)
そう思い、足に力を入れて部屋を出ようとしたその時。
「え?」
発砲音と同時に右足に痛みが走った。見てみると右足の脛から血が出ていた。どうやら銃弾が脛に当たったらしい。だが、一体どうやって……。
俺はこの時、二つ大きなミスをしていた。俺は目の前にある傷に夢中になって気づいていなかったが、そもそも相手は何故俺のいる所に正確に当てる事が出来たのか、そして相手がこちらに向かって歩いていることを忘れていた。
「動かないで」
カチャという音が後ろから聞こえてきた。後ろの方を振り返ると、そこには白銀の髪をを持つエメラルド色の目をした少女がいた。彼女は首の周りに廻り者の証拠である花びらが舞っていた。