一話に収まりきらなかった。
―intro―
箒が中学生になり早三年。小さな子の成長は早いというが、やはりその通りだった。めきめきと剣の頭角を表し、私の与える技術を自分の物にしていった。
それと同時に、やはり私は何十年と歳を重ねた所で剣を合わせることでしか心を通い合わせられない、人として落伍者であると再認識させられる。
でもそれで良いのだ。私が人の道から離れていくに連れて、箒は人として強くなる。
だから、彼女に害なすものは……
―14―
「えぇ、分かりました。貴方達の不手際では無いので療養してください。ここは相手の方が何枚も上手だったのでしょう」
白夜の通信相手は日本政府の役人、より細かく言えば箒専属のボディーガードだ。今日行われた剣道の全国大会に付いていった彼らから届いた、
帰って来た箒のために用意していた晩御飯の準備を取りやめ、外へ飛び出す。数年前なら荒事用に真剣を所持していたのだが、今はない。仕方がないと先程まで使用していた包丁を片手に持つ。
「おや」
相手側の主犯は分かっている。さらに、相手方の思考については
移動中、非通知で連絡が届いた。
『当たりは付いてるの?』
「ある程度にはですが」
『そう、なら情報はいらないか』
「それはまた別です。確実なものがあれば救出が早くなります」
『あっそ』
通話は切れ、その代わりにある一箇所が白夜の元に届いた。
―15―
日は暮れた。灯りのない森の中を己の視力と聴力、そして嗅覚に頼り下手人の元へと駆けていく。
パン、と唐突に発砲音がする。そして続け様に2回、別の方向から同じ音が鳴る。音が白夜の元に届いた時には既に弾丸は白夜を撃ち抜いている筈だった。
「私にそんな玩具は通用しないと、以前貴方達が言っていたはずですが」
だが白夜は生きている。微かな木々の揺れを聞き、火薬の匂いを嗅いでからはすぐに回避行動を取れるよう身構えていた。それに今更この様なレベルの攻撃など、あってないようなものだ。
回避ついでに飛び乗った枝の上で、軽く思考する。
しかしそれでも受け取れる情報があった。自分の情報を知らない、もしくは知らされていない新兵か雑兵。つまりこの任務自体はそれほど大きな役割を持つものではない。
上層部がここに直接やって来ている可能性は低い。
「先に進めば自ずと分かるでしょう」
マズルフラッシュが3つ見えた場所へ強襲をかけ、包丁で首を斬り落とす。
「あーあ、だっから辞めとけって言ったのよアタシは。こんなんじゃ沢山人が居るたってこいつは倒せないってね」
ハスキーな声が聞こえた。その声が聞こえるまで気配も、匂いも感じとることは無かった。小枝を踏み折りながら、近づいてくる女性の姿が見えた。
「はぁい。会うのは初めてだね? 実はアナタと会うのを楽しみにしてたんだよアタシ」
暗い中でも
その手に持っているモノを除いたら。
武器と思われるそれは、巨大な鋏のようなものだった。文房具用の鋏を何倍にも巨大化した、人と大差ない大きさを持っている。
そして大きさだけでなく、刃の形がよく知られているものと異なっていた。二枚の刃は水平に設けられておらず、洗濯挟みの様に、否ピンセットの様に向かい合って設けられていた。まるで、挟んだ部分を両側から貫くように薄く鋭い刃がある。
「よろしくね『
その武器の名は「ハサミ」。鋏の様に物体を切断するでもなく、挟みの様に物体を握り持つためでもない。身体の一部を確実に穿くための武器。
ハサミを大きく開く。
「そんな時間はないのですが」
しかしそう簡単に逃してはくれないだろう。なにせ『
「『
「私はただの白夜。箒を救うために、命をいただきます!」
―16―
名乗りの後、赤兎はハサミを目一杯広げ白夜へと距離を詰める。ハサミの特徴は攻撃出来る範囲が身体の一点であると言う事。
その点に気を付け攻撃を回避する。
「避けないでよ!」
「怪我をしたくないですからね」
「こんなの喰らったら、怪我どころじゃすまないはずんだけどっ!」
カチン、カチン。
空振りに終わり、刃と刃がぶつかる音が響く。
「ちっ」
やり辛い。手持ちが包丁でなく、刀であれば距離を詰め接近戦に持っていける。しかし包丁の間合いに詰める段階で、こちらが潰される。
だがやりようもある。先程から攻撃のインターバルが長い。恐らく人間大の武器のため、刃の開閉に時間がかかるのは、仕方ないと考えられる。
「では行きましょう」
言霊で自分を鼓舞し、接近する。
「カチン、カチン。穿ってあげる!」
言葉通り、ハサミが開き閉じる。ハサミで穿きやすい脚を狙った攻撃を後ろに軽く跳ぶことで躱し、その隙を突き左側からさらに距離を縮める。
逆手に持った包丁で、首を切り落とす―――
落とそうとして気がつく。
ハサミの刃を繋ぐネジが外され、2つの刃に分解されていた。
「なにっ」
「アハッ!」
その内の一本を横薙ぎに振るう。回避は困難。だが、防御は可能。刀と違い、刃のついた先端以外はピンセットの様に面になっている。
赤兎が片手で持てている事から、質量的にも、膂力的にも受け止められる威力であると推測し、両手を交差させ受けの体制を整える。
「飛んじゃえっ!」
言葉通り白夜は吹き飛んだ。細身の体からは想像すらできない威力によって、計算されたかの様に木々の隙間を縫って三十メートル程飛ばされる。赤兎の嬉しそうな顔が小さくなっていく。
「これはまぁ。随分とやられました」
飛ばされた先の木の幹を踏みしめる事で、倒木と交換で速度を零にした。そのまま着陸し、防御した両腕の様子を確認する。
軽量武器による攻撃と思って油断していた、甘く見ていた。しかし腕に伝わった衝撃は莫大で、両腕は完全に折れていた。
これは完璧に予想外であった。なにせここまでの威力を出せる
「まだ生きてるよね? まだまだ満足してないんだよ、アタシ。だからもっと遊んでよ!」
カチカチのハサミを動かし、先程の人懐っこい笑みは消えどこか狂気を感じられる笑みを浮かべてやって来た。
やはりそうだ。目の前の少女の膂力で、あれ程のインパクトを放つ事のできる質量の物体を持つなど到底不可能なのだ。どこかにソレを可能にするピースがある。
そしてそれは白夜が離反してから、プロジェクトに追加されたものか。それとも最初から白夜には隠匿されていたものか。
「えぇ、もちろん。貴女に殺される最後なんて、私の望んだ最期ではありませんから。それにまだやらなくてはならない事があります」
「なに? あの女のこと?」
体感温度が急激に下がった気がした。笑みが更に深くなる。
「昔からアナタと仲が良かったらしいものね。それでもあの女にアナタは殺せない。対立すらファッションでしょ? その時になったら、どうせ殺してもらえないわよ」
「誰と勘違いしているのですか? 私に最期をもたらすのは、これから助ける子ですよ」
「ハァ⁉ どうしてあんな小娘がそんな名誉あることに選ばれるの! どれだけ強くなったって、それは
まるで威嚇する様に、ガチンガチンとハサミを鳴らす。顔の表情は無くなり、見開いた目で白夜を見つめる。
「貴女達はそんな事を生まれた訳ではないでしょう。こんな私よりも他の事に命を使うために生まれたはず」
「いつの話をしているの。ただアナタを殺す、それが目的なのアタシたちの」
「嗚呼なるほど。あんな抽象的な目的ではなく、私自身をそこに置くことで、妄執盲信でより達成しやすくするつもりですね」
いやはや、これは面倒になった。自分が狙われる危機感、箒が置かれている状況よりもまずそれを思う。個人的に敵対する勢力が増えた、ソレらが所属する組織ではないのが僥倖か。
その組織は箒を狙っているので、あまり意味はなかったりするのだが。
「まだ聞きたいことがありますが、それは戦いの中で聞くとしましょう」
両腕は折れた。だがそれがどうした。痛覚は無くし、腕も時間が経てば治る。ならば今することはただ一つ。
「貴女をここで倒しましょう。どうやらこの戦闘は避けられないものらしいので」
―16 White night ―
「しかし解せませんね」
カチンと合わされたハサミの上に飛び乗り、ハサミを足場とし蹴りを放つ。赤兎はバク転の要領で回避する。ハサミによって打ち出される前に飛び上がり、着地地点に踵落としを合わせる。
バク転を繰り返すことで、距離を取られ攻撃は外れる。
激しい攻防の繰り返しに、血が肉が魂がより激しく
「女性型にこれ程の膂力、身のこなしが宿るなど絶対に起こりえないのですが」
分離されたハサミによる猛攻を躱しながら独りごちる。そもそも最高スペックとなる事も稀であり、そんな検体をこんな前哨戦にもならない闘いに出てくる事を是とするはずが無い。
最高クラスのスペックの者は須らく軟禁され、己の意思で外出など出来やしない。
「なぁに、さっきから。そんなに気になっちゃってるの、アタシの力の正体が」
「もちろん。私が離れてから何があったのか、そして貴女が今手にしている力は人間が扱っていいものか興味があります」
「そっか、そっか。興味を持ってくれるのね、アタシにアタシたちに」
ニマニマと顔が蕩ける。
おそらく彼女にインプットされたのは、私からの興味、関心、敵意――つまるところ私の心を向かせること。それに成功すれば心が大きく昂るのであろう。
『まだ箒ちゃんの元につかないの?』
「そうイライラしないでくださいよ。敵の正体と目的からして箒が傷をつけられることは、万が一にも無いでしょう。これはただの様子見ですので。現に貴女も足止めを食らっているから現場にこれないのでしょう?」
『……絶対に安全なんだよね』
「それは勿論」
『それじゃ信じる』
「任せてください」
通信は切られる。深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。赤兎の先程までのご機嫌な様子は、私が他の人と会話をする事でまた崩れてしまった。
これは戦いの中でまた盛り上がらせ、聞くしかあるまい。
「ではこちらから参りましょう」
零歩で地を踏み、一歩で地を蹴り、二歩で懐へ潜り込む。三歩で足を踏み抜く。
「もぅ、そんな急に激しくなったら困っちゃうよアタシ」
遂に本気を出した私に向けて、満面の笑みを浮かべながら身体を反らし私の手刀から逃れる。
「とか言いつつも余裕そうですね」
「まだまだ行けるよ。だってこうしてる間は、アナタはアタシしか見ないでしょ。それだけでもう嬉しいの、アタシ」
「はっ。では速度を上げていきましょう。どうやら貴女と手合わせをすればするほど、種も自ずと分かりそうですので」
無事な方の脚で牽制され、私は後ろに下がる。その隙を逃さず追撃を仕掛けてくる。どうやら私同様に痛覚は遮断できるらしい。
しかしそれだけでは終わらないらしい。もう片方の脚、つまり私が踏み抜き壊した脚で追撃を掛けてくる。使えるなら使うのか、それとも
「楽しい、楽しい、愉しい!」
ハサミを両手それぞれに持ち、回転させ莫大な遠心力でこちらを狙う。しゃがむ事で悠々と躱すことが出来たが、その威力は絶大で背後の木はバサリと折られる。
「アハハハハ!」
「異常なまでの膂力。設計にない痛覚遮断と瞬時回復。それが貴女が得た力か!」
「そうだよ。愛される為に、殺す為に得た力。アタシが! アタシたちが!」
「どうやって理論上不可能な事を成し遂げたのか考えてましたが、その考え方がよろしくなかったのですね」
もしかして、そういう可能性が0.1%以下でもあったのではないか。戦闘をしながら記憶を辿り、考えていたが0%であると改めて認識した。
では零を零では無くするためにどうするか。
他所から持ってくればいいのである。
「何をその身に宿したのですか」
「コレだよ」
そう言って彼女は服を捲り、腹部を見せる。傷一つない肌にただ一点、紅黒く鈍く光っている。
「ISコア。と言っても、ダミーなんだけど」
ISを動かく為に必要不可欠と言われているコア。ISの製作者である篠ノ之束によってのみ創られ、有限のものである。
それを奴等はダミーという形ながら創り出した。そして、ISを動かすに足らんと知るとすぐにその方針を変えたのだろう。既存のプロジェクトに組み込む事で、目の前の彼女の様にチカラを得る事に成功した。
「凄いんだコレ。付ける前と付けた後だと全然体の動きが違うの。それに使えば使うほど馴染むの、体に。今ならアナタを殺せそう」
「はぁ」
心が
「その目何?」
「正直言ってがっかりです。そんな短絡的で面白みの無い結果だったとは」
反省しなくてはならない。自分の好奇心を優先させ、箒の救出を後回しにしてしまった。その結果がこれだ。笑えない。
「ここで貴女を倒します。殺しはしません」
「やだ、やだやだやだやだ」
先までの威勢は消え、子供のように泣きじゃくる。そこまで、私という存在は彼女の中で大きいものにさせられていた。洗脳の結果であろう。
私は一つ確信した。
次こそ原作前終了。