未確認生物から女の子を守った結果―― 作:対魔忍佐々木小次郎
目を覚ます。
目を覚ますってことは、覚める目があるってことだ。
目、あるいは意識。覚めるのなら夢かもしれない。あるいは熱か。
夢。あたたかい夢を見ていた。
降ってわいた大きな問題を、勇気と希望の詰まった冒険で乗り越えて、誰もが笑顔になれる結末をつかみ取る。
子供の寝物語にちょうどいい、そんなおとぎ話。
それが現実のものじゃないと思い知ったのはいつだったか。
誰かの悲鳴と自分の荒い吐息に、ハッピーエンドの旋律はかき乱される。人々が生きるのは夢の世界ではなく、現実なのだ。
だから、
目を覚ます。
目を覚ますってことは、何かを終わらせるってことだ。
意識を引き戻す。夢を中断する。それがどんなに幸せな夢であっても。
思わず笑ってしまう──そんなとこまで、
目覚めて最初に、俺は
反射的に伸ばした右手。視界に入ったモノが何なのかを理解するまでもなかった。
謝罪と、後悔と、絶望と、悲哀と、そういうのを何もかもまぜこぜにして煮詰めたような。
俺が世界で一番見たくない代物。
伸ばした右手は本来、涙を拭うためのモノだった。
刹那があった。女の子が横たわっているという事実を認識した。
次の刹那があった。彼女の頭を大きな足が踏みつけていることを理解した。
その次の刹那があった。泣いている少女めがけて刃が振りかぶられていることを確認した。
感情が沸騰する。雑念だけが揮発して、拭いがたい激情が身体のあちこちに流れていく。
例えば右手。伸ばした右手が、肘関節から指先まで熱を持つ。
許せない。許せない。誰かが泣いていて、その涙に手が届かないなんてこと、あってたまるか。
何も出来ず膝を抱えて洟を垂らして泣きじゃくる少年の背中が見えた。
それを引き裂くようにして。
伸長し、高質化した
狼狽する男の声。
少女が微かに顔を上げた。
俺は寝かされていたカプセルから飛び出すと、両者の間に割って入った。
背中越しに感じる息づかい、生きている証拠の熱、そして存在そのもの。
何よりも愛おしいそれを、今は正面から見れないのが残念で仕方ない。
だからこの苛立ちは、眼前の下手人にぶつけるしかないのだ。
「──俺の大切な人を泣かすなよクソ野郎」
「きさ、ま……何の猿まねだ、それは。何故我々と同じ力を行使している……ッ!」
「知らん。なんか出来た」
「答えろォッ!」
俺は真剣に答えたつもりだったが、どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
少女が逃げてと叫んだ。俺はそれを聞きながら、腰をすっと落とした。
大鎌が振るわれる。
実のところ、鎌というのは本来農作用の道具だ。おそらくこいつらの星にも、農作業の概念があるのだろう。
人類にとって、武具としての鎌の性能は極めて低い。刃を当てるのが難しすぎる上、
魚の切り身を包丁で切ろうとすれば分かるが、引き切るというのは恐ろしいほど上手くいかない。大抵は力に任せて押して切った方が早いほどだ。
だから余裕ぶっこいてたんだが──
「うおおぁっ!?」
咄嗟に横へ転がり退く。
首があった箇所を死の紅い線が横切っていった。
俺の見間違いじゃなければ──
「硬くする、だけじゃないのか……!」
素早く起き上がる。
瞬時に部屋を見渡した。眼前の宇宙人──三人目だし宇宙人Cでいいか、そいつと、少女と、俺。あとは死体が一つ。
壁に表示されたモニターは、カプセルから投影されていた。俺の修繕作業を表示していたらしい。
人体図と、紅く表示された箇所──数えるのも馬鹿らしい。言われなくても分かる、あれは本来俺が欠損していた箇所だ。人間として失ってはいけない箇所をいくつも失っている。
なるほどつまり、
右腕を見た。未だ人間の手ではなく、鋼の刃と化しているそれ。
イメージしたら変わる。どこまで変えられるのか──単純な変質だけでは足りない。もっと、もっと自分を異物に変えてみせろ。
じゃなきゃ、救えない。
「シィィ──!」
宇宙人Cが鋭い吐息と共に再度鎌を振りかざす。人間で言うハイキック。違うところは斬撃性能抜群なとこ。
だがその時にはもう、装填は終わっている。
肉ごと表皮が裂け、骨が本来あるはずの空間をむき出しにする。
しかしそこに白いカルシウム構成体はなく、黒光りする銃口がいっぱいに敷き詰められていた。
ぎょっと顔色を変える宇宙人C。だがもう攻撃動作は止められない。
「レーザーまでたどり着けて無くて悪いが──実弾銃も痛いだろ?」
一度変質させたモノをさらに変質させる、というとこまではいかないが。
組み合わせれば問題ない。筋繊維で銃口を編み込み、骨を弾頭に、神経を炸裂火薬に。
轟音が重なると同時、反動に俺の身体が吹っ飛ばされる。背中から壁にぶつかり、酸素が絞り出された。
「う、ぇっ」
痛みが集中力を切らす。両膝がかぱりと開いている──気持ち悪い。気持ち悪いな何だこれ!
頭を振って、意識を研ぎ澄ます。イメージすればブレードが逆再生みたいに柔らかくなり肌色を取り戻して、元の腕に戻った。服の袖だけは消えたままだ。さらに両膝の
壁に手を突き、頭を振りながら立ち上がる。
「……ッ! 今のうちに、逃げて……!」
叫びに顔を上げた。未だ起き上がれていない少女。
そして銃撃が直撃して、俺とは真反対に吹っ飛んで壁にめりこんでいる宇宙人C──待て、待て、あの至近距離で銃撃を受けてなんで身体がそのままなんだよッ!?
「この、塵芥の分際でェッ……!」
「弱ってるから効いただけよ! 先端兵器ならともかく、なんで実弾なんて選んだわけ!?」
イメージしやすかったからだよ馬鹿野郎……!
宇宙人Cは背中を壁に埋めながらも、鬼のような形相でこちらを睨んでいる。
もう一回攻撃を──と考えたとき、此方に近づく足音が聞こえた。
「……! ああくそっ!」
「え!? ちょ、ちょっとッ!?」
少女の傍まで駆け寄ると、その両手を引いて無理矢理立たせる。
「走るぞ! なんか安全っぽい部屋あったらそこまで案内よろしく!」
「だ、だからァッ、逃げなさいって──」
「逃がさん、逃がさないぞお前らァッ──」
的外れな心配の声と、死ぬほど不本意な呪詛の声。
どちらも無視して、俺は彼女の手を引いて部屋を飛び出した。
「ここ!」
途中で彼女を背負い、廊下を疾走し続けること──どれぐらいだ、体感時間がバグってて分からん。
とにかく彼女が叫んだ扉の前で急ブレーキをかけた。
ドア傍のタッチパネルに少女が手を伸ばすと、ぷしゅーと音を立てて白い扉が左右へ分かれる。
慌てて中に飛び込めば、すぐさまドアは閉じた。
「…………ッ」
息を殺して、その時を待つ。
心臓の音がうるさい。背負ったままの少女も口をつぐんでいる。
俺たちを追ってきた足音が近づき、迫り、ゼロ距離になって──
──そのまま、ドアの前を通過していった。
「…………」
「…………」
十秒ほど耳を澄ませる。戻ってくる気配はない。
「ッハッッハ、ハァ…………」
弛緩のあまり、膝から崩れ落ちた。その時ついでに少女が顔から床に落ちてべしゃりと音が響いたが、俺は聞かなかったことにした。
「イタタ……もうちょっと丁寧に下ろしなさいよ……」
「あー……悪かった」
もぞもぞと座り込む姿勢に移った彼女の隣で、俺は脱力の余り、床に横になって全身をうんと伸ばした。
「リラックスしてるとこ悪いけど……何で、逃げなかったのよ」
「逃げられるわけないだろ。ここ、空中。おれ、人間。とべない。おちる。オワリ」
自然の摂理だろ? と問えば、御姫様はどうやら言い返せなかったらしく、ピッとそっぽを向いてしまった。
その間、部屋を見渡す。物置にでも突っ込んだのかと思いきや、意外なほどに整理された──というか物のない部屋だった。
壁の一面がほとんどガラス張りになっていて、空を眺めることが出来る。ガラスっていうか、俺の知らない素材なんだろうけど。
その窓に面する形で、長机状の機材が壁の隅から隅まで並んでいた。典型的な管制室──映画とかでよく出てくるな、こういうの。
寝転んだまましげしげと観察していると、背後から姫様が声をかけてきた。
「……なら、ここからどうするの」
「どうするって、もうここまで首を突っ込んだんだ。なんとかするしかないだろ──というか、なんでお姫様なのに狙われてんの? つーかロリ属性とか持ってたっけ?」
俺が問うと、彼女は逡巡するような溜めをみせてから、滔々と語り始めた。
身体の半分を俺に移植したこと。だから力が出ないこと。最初に迎えてくれた宇宙人たちは自分の生存をちゃんと喜んでいたこと。船長──宇宙人Cはそうではなかったこと。部下を殺して、さらに姫様と俺まで手にかけようとしたこと。
「……おい、それって」
「したいんでしょうね、本来はする理由のない戦争を」
嫌な話だ。本当に、嫌な話だ。
つまり惑星二つを巻き込んだ、とんでもない大法螺吹き野郎がいやがる。
「お前んトコの人たちからすれば、これは
「そ。くだらない虚偽にまみれた報復ね」
「事実を知ってる俺たちからすれば、それはな」
ただ、虚偽であったり、大義でない理由であったり、というのは戦争においてつきものだ。
「お前も知ってるだろ。この地球で起きた、過去最悪の
「今回は、そんなことにはさせないわ」
宣言は力強かった。
そうだ。俺たちで、この現状を打破しなければならない。
俺たちの手で、このくだらない茶番を終わらせなければならない。
冷たい静謐の中で、俺たちは視線を交わし、頷いた。
…………ん? 静謐?
「……ちょっと待て、攻撃がやんだな」
「当然よ。私がどこかにいるって、分かったんだから……私を始末するのが先。他は全部後回しに決まってるわ」
ぐえぇ、と情けない声が漏れた。
他のことにかかりっきりでいてくれたら良かったんだが。
「じゃあさ、俺たちが見つからずに一生かくれんぼし続けたらどうよ」
「一生未確認の飛行船が浮いてるけど、どう思う?」
「観光名所になると思う」
「同意できるのが悔しいわね……」
姫様はぐぬぬとうなり、それから気を取り直すように咳払いした。
「……状況を整理するわよ。私は体力が回復すれば、ある程度は戦えると思う。でも継続しての戦闘は無理ね」
「俺は多少戦える──けど、根本的に、この力への理解度が低すぎるな。だってあり得ないし」
質量保存の法則なんてクソ食らえ、みたいな能力だ。
右手と両膝を見て、彼女はそれから悲しそうに俺の顔へ目を向けた。
「なんでそれが……いえ、理由は分かってるのよ。だけど……」
「……お前の肉体を移植されたから、だよな?」
大体の予想はつく。
俺が告げると、彼女は静かに頷いた。
「……ごめんなさい。もう、既に、人間とは呼べない身体になってしまったわ」
「……まあ、いいさ」
軽く受け流そうとして、自分でも声が震えていたな、と思った。
ごまかすように笑みを浮かべるが、うまく表情を作れない。もしかして頬の筋繊維も俺の物じゃないのだろうか──そこまで考えて、頭を振った。
「別にいい。今は便利な力だからな」
「……そうね。でも、銃を咄嗟に作ったのはすごいわね。アレどうやったの?」
空気を切り替えようと、二人して話題を逸らす。
問いに対して、俺は両膝をパンパンと叩いた。
「こう、骨とか筋肉とかを削って射出した」
「えぇ……? うわあ……」
「うわあって何だようわあって! 必死だったんだからしょーがないだろ!?」
「あのねえ……そこまでする必要があったの?」
「あった。お前が泣いてただろ。心臓を弾丸にしても良かったぐらいだ」
俺が断言すると、少女は言葉に詰まった。
言葉に詰まったというか、絶句していて、それからそろそろと横を向いた。耳まで紅くなっていた。
……いや、俺、何言ってんだろう。自覚した途端急激に頬が熱くなった。良かった、ちゃんと人間の頬っぽいことになってる。そうじゃねえんだけど! そうじゃねえんだけどさ!
「と、とにかく! もうやらない方が良いわよそんなの! 私が譲った肉体を消費してるってことじゃない! とんでもない無駄遣いなんだから!」
「あー……補填とかってできねえのかな」
実際普段より足が軽いなとは思っていた。
これやっぱ物理的に軽くなってんだな。よく走れたわ。
「補填……再生能力を十全に使えるなら、ある程度の欠損なら自力で修復可能ね。私たちの星、好戦的だから、ほら……」
「ああ……環境に合わせてそういう風に進化してきたのね」
お姫様は頷いた。
俺は苦笑して、ふと立ち上がる。廊下に足音がないのを確認してから、反対側の壁に歩み寄った。
「補填……なんかこう、取り込めねえかなあ」
「え?」
「いや、モノは試しじゃん」
言うや否や、俺は右手をハンマー状に変えると、壁に思いっきりぶつけた。蜘蛛の巣のようにヒビが広がり、壁面がパラパラと床に落ちた。
「ちょッ……何してんの?」
「……人体実験的な」
「は?」
床に落ちた壁の破片を両手ですくい上げる。感じたことのないさわり心地だ。金属の一種なのだろうか。あるいは樹脂かもしれない。
だけど──今の俺にとって、これはポテチだ。コンソメ味かな。見た目的には木工用ボンド味だけど──例えが最悪だった。サワークリームをたっぷりつけたコンソメ味だ。
「サワークリーム……サワークリーム……サワークリーム……」
「ちょ、ちょっとまさか」
「サワークリームッッ!!」
両手から一気に、壁の破片を口の中に流し込む。
ばりぼりばりぼりばりぼり。
「うぇぇぇ……」
「あったりまえでしょ!?」
床を這いずるようにして近づいてきた姫様が、俺の背中をドンドンと叩いた。
「ほら、ぺってしなさい! ぺっ!」
「ちょっ、まっ、たたかないで」
身体の内側に衝撃が通って、思わずごっくんと一気に飲み下してしまった。
「ごぼっ」
吐き気がすごい! 両手で口を覆い、うずくまる。食堂をせり上がってくるのを感じる。異物感がすごい。
呻き声を上げながらしばし耐え、壁の欠片がゆっくり下へ降りていくのを待って……途中で、不意に、気分が悪くなくなった。
「……うん?」
「……へ?」
顔を上げる。あっけにとられる姫様の顔が目に入る。
俺はそれから、自分の身体をゆっくり触った。おなかを撫でて、そのまま足へと手を伸ばす。両膝が熱を持っているのが分かる。
──欠落していた部分を、別の何かが、ゆっくりと補填している。
「……成功したっぽい」
「な、ァッ──!?」
姫様は素っ頓狂な声を上げて、俺の両膝に飛びついた。
「嘘、嘘、嘘──自分の身体でないものを書き換えたの!? 王族にも出来ないわよそんなの!? セーヴァリウスの賢者ですら起こせなかった奇跡……! なんで出来るのよ!?」
「し、知らん知らん知らん! こう……お前の宇宙人パワーと俺の地球人パワーがイイ感じに合体して……みたいな?」
「みたいな? じゃ済まないわよこんなのッ!?」
どうでも良いけどこの姿勢すごくやばい。座り込む俺の両膝に彼女は顔を近づけてぶつぶつ何か呟いていて、俺はまたを開いた状態で。
そわそわと落ち着きなく部屋を見渡していると、やっと彼女は俺の下半身から離れてくれた。
顎に指を当てて、ふむと真剣な表情で息を漏らす。考察に必死なようだ。
「こんなタイミングでエロいこと考えてんじゃないわよ」
「バレてるゥ!」
死なせてくれ……
そのまま三角座りに移行してしくしく泣いていると、姫様は嘆息してから、俺に両手を差し出した。
「……?」
「だっこ」
「現実逃避はやめろ」
「現実と戦うためよ。まだ自力じゃ立ち上がれないの、管制機器まで運んでちょうだい」
「あぁ……」
確かにこいつ、姿格好は幼女そのものだし、立てないなら椅子にも座れないわな。
仕方なく抱き上げてやる。生命の熱を感じて、安堵の息が漏れる。
そのままオペレーター用であろう椅子に乗せてやると、彼女は難しそうな表情で機械を弄り始めた。
傍で見守りながら、管制用という機械を見渡す。ボタンだけでなくランプや何かしらの数値を表示するインジゲーターも並んでいる。
どれ一つとして光は灯していないが、電源が落ちているのだろうか。
「ここは通信ルームなの。敵からの電信を受信したり、味方同士で連絡を取り合ったりするための場所ね」
「ほーん……待て。なんで誰もいねえんだ」
待て。待て──おかしいだろ。
「おい、あり得るのか」
「本当ならあり得ないわ」
通信ルームには誰もいない。
もちろん多種多様なチャンネルを介して、地球からメッセージは送られているだろう。最初から殲滅目的ならそれを遮断するのはおかしいことじゃない。
だが味方との通信すらしていない、これはおかしい。
つまり──
「情報の隠蔽ね。この船、今この瞬間に限っては、空飛ぶ牢獄ってことよ……だからここを選んだの」
「だよなあ……」
しばし弄った後、姫様は諦めたように背もたれに身体を預けた。
「駄目ね。マザールームから機能を落とされてるわ」
「マザールーム?」
「船を動かす心臓炉を管理したり、砲撃手たちに指示を出したり……ここを外部のための管制室って呼ぶなら、そこはこの船のための管制室よ。恐らく艦長の手下で占められてるんでしょうけど」
「そこに行けば、母星と連絡が取れるんだよな」
「敵がわんさかいなければ、ハッピーエンドね」
二人して肩をすくめた。姫様は外見のせいで、一周回ってサマになっていた。
となると、取れる手は限られる。
「二人、最初は仲間がいたんだよな。他は?」
「いるかもしれない。でも誰が手下なのかは分からないわ」
「街頭アンケートを取ってみたらどうだ?」
「ナイスアイディアね。脳味噌も壁で補填したの?」
これは却下か。
「船の外への脱出は?」
「発着口までたどり着けたら……でも脱出できたところで、この船を掌握されている以上、戦争を止められないわ」
「……地球の方からメッセージを出すんだ。お前の映像と一緒に」
「ホログラムに惑わされるな、姫様の誇りを踏みにじるような真似、決して看過するな──こんなところかしら」
「感動的なスピーチだな。士気も爆上がり間違いなし。艦長様に進言してみないか?」
「昇進は約束されたようなものね」
実際、結論は一つしか無かった。
そこに至るのがあまりにも、あまりにも嫌で──二人して不毛なジョークを飛ばし合っていた。
「……マザールーム」
「そうなるわね……」
先ほど現実的でないと斬り捨てた案が、最も現実的なのだ。
俺は管制機器に腰を預けて、顔を手で覆う。
「他……他には何もないんですかお姫様……」
「……この船をなんとかするしかないのよ。船から母星に連絡を飛ばすか、あるいは……船を叩き落としちゃうか。そうすれば別働隊も来るはず……」
「あーそっちがいい! 俺そっちの方がいいなあ! なんか自爆ボタンとかない!?」
「あるわよ」
時が止まった。
俺はブリキのようにぎこちない動きで、姫様に顔を向ける。
「……艦長室にあるわよ。機密保持のための自爆ボタンが」
「……その、艦長室っていうのは」
「マザールームとは別よ」
見えた。
見えてきたじゃん。一筋の光明。
「あとは、かくれんぼを継続って言うのもアリね。さっきも言ったけど、これはあくまで艦隊の指揮を執る大型母艦。場合によっては他の船団がやってくるかもしれない。そこまで耐えしのいで、船を飛び出してそっちに移るのもいいわ。まあ、後詰めの部隊があの男の手中に墜ちていなければいいんだけど」
「一気に選択肢が増えてきたな……」
マザールームへの突撃。
艦長室への突撃。
他の船を待って、そこに突撃。
突撃しかねえ。選択肢、根本的には増えてねえわこれ。
「……だけど、少なくとも、何もしないわけにはいかないな」
「ええ。王族の血を継ぐ者として、このような行いを許すわけにはいきません」
意図せずだろうか。
彼女は口調も表情も、『お姫様』のそれだった。
その顔を見て思い出す。
俺にもかつては、守るべきプライドがあったこと。今こうして、あの時みたいに、現実いっぱいで絶望盛りだくさんの冒険活劇に挑んでいること。
思わず笑い出しそうになる。
ああなるほど。俺はこのために
「よし──俺も覚悟を決める」
両頬を張って、俺は姫様に向き直った。
「残念なことに、一人だけだが──君の騎士がここにいる。俺は君の騎士として戦う。君の剣になって、君の盾になって、君のために戦おう」
「…………ッ!?」
決意表明をすると、彼女はあっけにとられたような顔で俺を見た。
それからゆるゆると、首筋から額のてっぺんまで朱が上っていって──がばりと、管制機器に顔を伏せた。
「ふい、うち……ッ! 反則……!」
「……は?」
肩をわなわなと震わせて、お姫様は必死に自分の顔を隠していた。
何やってんだこいつ──俺も何言ってんだろう。恥ずかしいことを言ってから自覚するの、本当にやめたいな……
俺は管制機器に腰を預けて、手を顔を覆った。
もう本当に変なテンションで物を言うのはやめよう──そう誓った、
刹那。
【EMERGENCY】
「……ッ!?」
二人して飛び退く。外を映し出していた窓が変質し、画面となって文字を写している。
いや──読めない。読めないはずの文字だが、意味合いが分かるんだ。言葉だって理解していた。
疑問が一瞬だけ浮上して、すぐに打ち消す。だって見るからにこっちのほうがやばい。
「これ、は」
「始まったのよ……!」
何が、と問う前に、姫様は拳を握り、歯を食いしばって唸った。
「地球からの反撃……
「────ッ!」
驚愕と困惑が混ざり合う瞬間。
船が爆音とともに、大きく揺れた。