未確認生物から女の子を守った結果――   作:対魔忍佐々木小次郎

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第八話

 ここは一体どこなのか。

 姫様が口にしかけた言葉の続きは何だったのか。

 そんな疑問に答えを出す暇もなく、眼前に広がる世界は存分にその猛威を振るう。

 

「ッ──あァああああっっ‼︎」

「えっ⁉︎」

 

 気づけたのは、反応できたのは、本当に紙一重だった。

 咄嗟に全身をバネへと変え、がむしゃらに跳躍する。

 半ばかち上げるようにして姫様を掻っ攫い、そのまま数十メートルも吹っ飛んだところで重力に負けて地面に突っ込んでいく。

 

「けほっけほっ、ちょっといきなり何を──」

「まだ来るぞ!」

 

 困惑している姫様に説明するだけの余裕もない。

 地面と同化し、恐ろしい速度で再び迫る()()との間に壁を創り出す。

 ぶつかって止まる──なんて期待は儚く砕け散り、馬鹿でかい図体に見合わない機動力であっさりと避けられてしまったが。

 

「ぐ、あ……っ!」

 

 迫り来る魔手を避けきれず、左脚を僅かに掠める。

 その勢いに反して、撫でつけられるような()()()とした感触。過ぎ去った後に傷はなく、奇妙な脱力感だけが仄かに疼いている。

 

「大丈夫⁉︎」

「ああ……今のところは」

 

 とりあえず、動くのに支障があるほどじゃない。何度も食らうとヤバそうだ、と直感が叫んではいるが。

 

「────―!」

 

 可聴域を外れた叫びが木霊するのを、異形と化した全身が感じ取った。

 今度は上から。三百メートル以上の高さから鉛直落下してくるソイツの勢いは、重力任せにしちゃ速すぎる。

 

「くっそ、追いつけねえ……!」

 

 影を捉えるのがやっとで、迎撃もひらりと躱されちまう。

 真上からの突撃を横っ跳びに避けたのはいいが、敵は地面に着弾することなくすれすれで直角に軌道を曲げる。

 巻き起こった突風すら追い風にして、初撃よりも次撃よりもなお速く。

 

 今度こそ、どうしようもなく直撃コースだった。

 

「が────、ぁ」

 

 なけなしの防壁はあっさりとぶち抜かれ。

 奇妙な感触が再び身体中を駆け巡り。

 脱力感とともに意識が遠のいていき。

 

 

 ぞくり、と。

 目の前の敵を一瞬忘れるほどの寒気に襲われ、一気に現実へと引き戻された。

 

 

 ヤバい。

 何が何だかわからないが、この感覚はヤバい。

 怖ろしくて、悍ましくて、けれどそんなことよりも。

 

 ()()()()()()()()

 今や厄災と化したこの俺の、いずれ行き着く果てとでも言うかのような。

 

「まさか、今の──」

「……何か知ってるのか、姫様?」

 

 心当たりがありそうな様子の姫様に尋ねるが、答えより先に風切り音が迫る。

 どうやら敵さんは待ってくれないらしい。

 

「────―!」

 

 鳥の鳴き声、というよりは蝙蝠の超音波か。

 誰にも聞こえない咆哮を響かせながら、またも巨影が迫り来る。

 ヤツの狙いは、恐らく俺。現状ロリである姫様を狙ってるにしちゃ、攻撃の軌道が高すぎる。

 防御は不可、回避は至難、カウンターなんて以ての外だ。

 

 ならどうするか。

 攻撃は既に迫っている。猶予は瞬き一回分だけ。

 ふと頭に浮かんだ、策とも呼べない思いつきがあるにはあるが──ええい、迷ってる暇もねえ! 

 

「──ままよッ!」

 

 両手を突き出し、十指を基点に網を張る。

 薄く、細く。

 広く、長く。

 無数の格子を編み上げ束ね、俺達の周囲に球状に展開する。

 これだけの機動力がある以上、前方だけに壁を置いても意味がない。

 視界を保ちつつ、全方位をムラなくカバーする必要がある。

 

 突撃してくる敵影を待ち構え、一瞬の機を見極めすかさず絡め取る──! 

 

「囲めっ!」

 

 攻撃の性質は不明。速度は圧倒的。ただの壁なんてすり抜けてくるかもしれないし、普通にぶち破られる可能性だってある。

 

 だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 集中、集中、集中──突進の勢いも敵の肉体も全部まとめて、この一瞬で吸収し尽くす! 

 

「────―⁉︎」

「おォォォおおおおおおおおッ‼︎」

 

 声なき絶叫に負けじと叫び返す。

 慣性を完全に殺しきった。

 全身をくまなく包み込んだ。

 それでもなお、檻の中でソイツはもがき続けていた。

 嘶き、啄み、盛大に暴れ狂って、鉤爪らしきものが飛び出しかけ────そこで力尽きたのか、とうとう動きを止めて沈んでいった。

 

「はぁ……はぁ……何とか、間に合ったか……」

 

 山を喰った経験が活きたな。

 あの時に慣れきってなけりゃ、こんな高速吸収なんてできなかっただろう。

 

「何、だったの……?」

「わからねえ……少なくとも、こっちに敵意を向けてたのは間違いねえけど」

 

 目的とか以前に、ヤツの容姿すら確認する暇がなかったくらいだ。

 随分と大きかったのと、飛行能力があったことくらいしかわからなかったが……現代にあんな生物はまずいない。

 

「ともあれ、ここが私達のいた地球じゃないのはほぼ確定ってことね」

「そうなるよな……」

 

 あの転送プログラムは、元々アルが現代の地球に来るために使ったもの。

 どことも知れない時代の、どことも知れない惑星から。

 

 まあ、うん。

 つまりはそういうことなんだろう。

 

「とにかく情報が足りなさすぎる」

 

 ここはどこで(where)今はいつで(when)ここには何があって(what)どうしてここに飛ばされて(why)俺達はどうすればいいのか(how)

 わかっているのは一つだけ、誰がこうしたか(who)

 

「アルの奴め、せめてもうちょい説明してけっつの……」

「言ってても仕方ないわ。とにかく動かなきゃどうにもならないんだから」

 

 そりゃそうなんだけどさ。

 わかってたって、文句の一つくらい言いたくなるってもんだろ。

 

「見渡す限り何もない、よな」

「砂しかないわね……」

 

 一面に広がる砂漠は奇妙なほどに真っ平らで、方角という概念を忘れてしまいそうになる。

 これじゃあどっちに進めばいいのかもわかりゃしない。

 

「とりあえず動くか」

「そうね。ここにいても仕方ないもの」

 

 まっさらな地平をただ二人、しばしあてもなく彷徨っていく。

 

「……ねえ、さっきの話だけど」

 

 ふと、姫様の声音が少しだけ低くなった。

『さっきの』というのは、ここへ飛ばされる前に言いかけていたアレだろう。

 だから、続く言葉にはおおよそ察しがついていた。

 

「あのアルって人────()()()()()()()()()()()()?」

 

 ある種の確信を持って投げかけられたその問いに、俺は曖昧に頷いた。

 

「たぶん、そうだな」

「やっぱり──」

「部分的にそうだな」

「部分的に⁉︎」

 

 いや、ただの勘なんだけどさ。

 単純に俺の成長した姿、って訳じゃない気がするんだよな。

 

「『ご先祖様の同胞』って言葉も気になるしさ」

 

 そもそも本当に同一人物なら、ある程度は容姿が似通ってて然るべきだ。

 元純日本人の俺と、欧米風の顔立ちのアルの外見は似ても似つかない。

 

 アルは俺の親友で、第三の厄災で、俺の同胞の子孫。そして俺自身。

 俺はアルの親友で、第四の厄災で、アルの先祖の同胞。そしてアル自身。

 

 さっぱり意味がわからん。

 何か手がかりはないもんか──そういや、アルには地球の言葉が通じてたな。

 アイツが天才だからこっちの言語を扱えた、なんて身も蓋もない考え方もできるが、他の理由があるとすれば……元々が地球人だったのなら筋が通る。

 地球人、つまりは俺の同胞だ。……いや、確か同胞ってのは姫様達のことだから、この説は見当違いか? 

 

 

「……………、待てよ」

 

 

 そこまで考えが及んだところで。

 小さな、しかし決して無視できない引っかかりに、今更ながら思い至った。

 

「なあ、姫様」

「どうしたの?」

 

『同胞』。その言葉の意味合いが、ここにきて大きく塗り替わる。

 さっきまでは安直に、姫様を始めとしたドラグの民のことを指すんだと思っていた。

 だが改めて考えてみると、それとはまた別の答えが浮かび上がってくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「────え?」

 

 立場的にとか、精神的にとかの問題じゃない。

 そもそもの種族として、俺は地球人とドラグ人の混ざり物だ。

 確か姫様も言っていたはずだ。自分の身体でないものを書き換えるなんて、ドラグの民の誰にもできないことだって。

 

「……待って。まさか、それじゃあ」

「そういうことだろ。俺の同胞っていうんなら、そいつはつまり」

 

 

 俺の言葉を遮ったのは、またしても飛来した怪鳥の音なき咆哮。

 そしてそれを撃ち抜いた、軽く乾いた()()()()()だった。

 

 

「その通り」

 

 たったそれだけの振動に、世界を闇に包み込むような圧迫感を伴って。

 命の輝きを真っ黒に染め上げて消し潰すような、破滅的な音だった。

 撃ち落とされた怪鳥は、悲鳴すら上げる間もなく即死したらしい。

 

「君の同胞というならば、それは同じ混ざり物の他にはあり得ない」

 

 覚えがあった。

 常に余裕を滲ませ、己の優位を示威するようなその声に。

 無造作に構えた右手から放たれる、闇を煮詰めて凝縮したようなその気配に。

 姫様と二人、ゆっくりと歩み寄るソイツを呆然と見遣っているこの状況に。

 

「……あの時の悪寒、やっぱりあなただったのね」

 

 少し前にも、こんなことがあった気がする。

 あのときは確か、通信機越しからいきなり目の前に現れたんだったか。

 

「ロザン大佐……!」

 

 姫様の叫びが、砂の中へと埋もれて溶ける。

 

 案の定、と言うべきだろうか。

 あり得ない、と吠えるべきなのか。

 蜃気楼でゆらゆらと踊る視線の先に、その男は悠然と佇んでいた。

 

「久しい、というほどでもないのか。()()()()()()()()()()()()()……君達にその実感はないだろう」

 

 ……何だ、殺気がない? 

 いや、それ以前にどうやってここに来たんだ? 

 

 転送プログラムはアルの研究室からしか使えない。

 入口は完全に崩落していたし、扉を開けるにはパスワードが必要だ。

 よしんばそれをクリアしたにしても、部下の一人も連れてないってのはどういう訳だ? 

 

「何だ、説明の一つも受けていないのかね? 君達がその状態でここにいるということは、まず間違いなく過去の地球から跳んできたのだろうに」

 

 訝しげな俺達の様子に気づいたのか、同じく怪訝な表情を見せるロザン大佐。

 

「……いいや、さっぱりだ。俺達はここがどこで、今がいつなのかさえわかってないからな」

「……そうか、ふむ。敢えて伝えなかったのか、そうでないのか判断に迷うところだが」

 

 まあいい、と簡単に切り捨て、ロザン大佐は決定的な真実をあっさりと明かした。

 

「ここは地球だよ。君が厄災として目覚めた日から七百年が経過し、無惨にも死の星と成り果てた我らが母星だ」

「────っ⁉︎」

 

 絶句したのは、姫様だけだった。

 俺だって予想できていた訳じゃなかったが、不思議と驚きよりも納得が先行していたのだ。

 アルの件といい、今回といい、普通ならあり得ないほどにすんなりと事態を受け入れている自分がいる。

 まるで、俺に刻み込まれた何かが『それは正しい』と肯定しているかのように。

 

「『我らが』? アンタ、宇宙人じゃなかったのか?」

「エヴァルド=ロザンという人間は紛れもなく地球人だ。しかし、『私』について問われたならばこう答えよう」

 

 そんな謎の余裕も、次の台詞で残らず吹っ飛んだが。

 

「それは君こそが誰よりも知っている、と」

「──────」

 

 思考が明滅する。

 俺が誰よりも知っている人種なんて、そんなのは決まりきっていた。

 さっき感じた、怖気が走るような激烈な気配。

 あれが、あの匂いが、この男から放たれていたとするのなら。

 

「アンタが、『同胞』……⁉︎」

「いかにも。この私が、君にとって世界で唯一の同類だ」

 

 地球の守護者として、俺達の前に立ちはだかってきたロザン大佐。

 その正体は俺と同じように、宇宙人と融合した地球人だった訳だ。

 

「待って……待って! ああもう、頭の整理が追いつかない! 地球は滅んでるわ、()()は出てくるわ……!」

「前例とはなるほど、言い得て妙だ。もっとも私の場合は、宇宙人というより精神寄生体とでも呼ぶべき輩だったがね」

 

 精神寄生体って、もう字面からして嫌な響きだな。何かこう、乗っ取られそうな感じで。

 そう考えると、俺と融合したのが姫様でほんと良かったよな……

 

「第三五三八六番惑星ヴィルエーラ。そこに巣食う生命体は宿主を喰い殺して苗床にする性質を有し、それゆえ他の星によって生物兵器として運用されてきた」

 

 予想より数段酷かった! 

 え、そんなもんに寄生されて何で平然としてんのこいつ? 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 …………………

 …………………は? 

 

「はぁ⁉︎」

 

 第一の……って、そんなとこまで一緒なのかよ⁉︎

 

「いや、そもそもあれは、一発の銃弾から始まったはずじゃ……!」

「そうだとも。かの平和の象徴が開いた、戦争の根絶を訴える講演会──その会場の全員に精神寄生体が憑き、唯一その支配に抗えた私が一発で片をつけた」

「────!」

 

 右手を銃の形に構え、あの『闇』を纏わせるロザン大佐。

 それは確かに、戦争の開幕を告げるのに十分な禍々しさを放っていた。

 

「一般には、第一の厄災とはその後の戦争のことを指すが。あれはむしろ、厄災を食い止めた結果勃発してしまった二次災害だ」

「マジ、かよ」

 

 常識がひっくり返った気分だった。

 だが問題なのは、こんな話が前菜代わりにポンと飛び出してきたということ。

 つまり、メインディッシュはまた別にあるということだ。

 

「さて」

 

 いつかのように、そう前置いて。

 いつものように、ロザン大佐は本題を切り出した。

 

「君達は、この地球をどう思う?」

「どう、って……」

 

 七百年経って荒れ果てたとか言ってたか。

 辺り一面砂漠だし、生物もあの怪鳥しか見かけてないし……時の流れって残酷だな、とか? 

 

「おかしい、わよね」

「姫様?」

「だって単純に、たった七百年でここまで文明は滅びない。仮に人間が絶滅したとして、自然も建物も何一つ残らず風化するなんてあり得ないもの」

 

 姫様の指摘に、我が意を得たりと頷いてみせるロザン大佐。

 

「そういうことだ。天災は世界を滅ぼせど、そこにある生命を一つ一つ潰して回ることなどない。ならば必然、この滅びは人災によるものに他ならない」

「これが、人災……」

 

 仮に、この光景が人の悪意にしか成し得ないとして。

 それを作ろうとしたところで、一体誰にそんなことができるっていうんだ? 

 

「ここは、間に合わなかった世界線」

 

 俺の疑問を、見透かしているのかいないのか。

 その語り口は、微塵も揺らぎを見せることはない。

 

「この未来を回避するために、地球人は進化しなければならなかった。時の流れに任せるだけでは到底届かない、突然変異のような数段飛ばしの成長が必要だった」

 

 遠くを眺めるようにして語っていたロザン大佐は、そこで俺達の方へと視線を移した。

 

「宇宙人と呼ばれる知的生命体が、世界にどれだけ存在していたかは知っているかね?」

「……いや」

「答えは八七兆三三六四億と五十万。それらが住まう惑星の総数はおよそ三千万にも及んでいた」

 

 地球と似たような、そうでなくとも最低限生命が生きていける環境を持つ星が三千万。

 宇宙って広いなー、なんて呑気な感想とは裏腹に、加速度的に膨れ上がっていく嫌な予感。

 

「そうした全ての星々が、突如として地球という資源の奪い合いを始めた」

 

 何故ならば、と。

 勿体をつけるような口ぶりからは、そこはかとなく絶望の香りがした。

 

「君達の時代から三年もすれば、この宇宙から生命の存在し得る環境は消滅するからだ。そう──ただ一つ、地球という星を除いては」

 

 ここまで歩いてきた、およそ生きるには相応しくない砂で覆われた世界は。

 七百年もの熾烈な生存競争の末に、何もかも毟り尽くされて枯れ果てた緑の星の姿だった。

 

「……資源(リソース)の奪い合い」

 

 姫様がポツリと呟き、それを拾ったロザン大佐が肯定する。

 

「先程の鳥のような生物を見ただろう? あれがこの生存競争の覇者だ。高い肉体スペックと敵を一瞬で廃人にする神経毒、何より数の暴力で他の生命を駆逐せしめた」

 

 あれ神経毒だったのかよ⁉︎

 姫様に当たらなくて良かったというか、それに耐えてる俺どうなってんだというか。

 

「もっとも、ヤツら自身も獲物を失ったことで数を減らしてきているがね。今は共喰いでどうにか種を存続させているようだ」

 

 なるほど。

 そんなところに俺達みたいな格好の餌が現れれば、そりゃ襲ってもくるか。

 

「って、そんなことはいい。俺がまず聞きたいのは、そんな死の星にどうしてアンタがいるのかってことだ」

「うん? 私は単に死ななかっただけだが。この身体は特に食事も必要としないのでね」

 

 灼熱の炎天下、背筋に冷たいものが過ぎった。

 

「──じゃあ、七百年間ずっと生きてたってのか?」

 

 共に過ごす相手もなく。

 日々を彩る娯楽もなく。

 姿が変わることもなく、何かを生み出すこともなく。

 

「それが厄災というものだ。恐らく君も、漫然と生きるだけならば千年は可能だろうさ」

 

 その光景は、俺も辿り得る未来なのだと。

 世界でただ一人の同胞は言い放った。

 

「そうでなくては、そのくらいの脅威でなくては、人類の踏み台になど使えないのだから」

「踏み台……」

「そう、踏み台だ。幾千の屍を越え、幾億の命を先へと繋ぐための」

 

 熱気が緩み、徐々に日が落ちていく。

 不規則に揺らめいていた蜃気楼も、いつの間にか見えなくなっていた。

 

「第一の厄災は、地球にとって紛れもなく偶発的なものだった。しかし地球防衛軍は、それを乗り越えた私が莫大な力を得たことに着目したのだ」

 

 夕焼けの逆光に阻まれ、ロザン大佐の表情は窺えない。

 

「すなわち厄災という名の試練を人為的に課し、それを乗り越えることで人類が飛躍的に成長できるよう仕向けたのだよ」

「それ、は」

 

 それは、つまり。

 それじゃあ、まるで。

 

「生贄のようだ、と思ったか?」

「っ!」

「その通りだとも。世界を救うという大義がなければ、こんなものは地獄という呼称すら生温い外法に過ぎない」

 

 思えば最初から、ロザン大佐は三つの厄災に過剰な反応を見せていた。

 

()()()()()()()()()()

 

 それを心底憎み、忌み嫌う姿が本心からのものなら。

 この男の本音が、ようやく垣間見えた気がした。

 

「そして三番目は──いや、それは君の方が詳しいか。ここともまた異なる、さらなる絶望の未来からの来訪者については」

 

 ああ、つまり。

 アルは、最初から生贄になるために過去(いま)へとやってきて。

 それ以外の道を探し続けたけれど、とうとう見つけられなくて。

 最後には受け入れて、アイツを糧に人類は一段進化して──()()()()()()()()()()

 

 世界を救うには、三つの厄災じゃ足りなかった。

 四つ目の厄災が必要だった。

 

「だから、俺を手に入れようとしたのか」

「半分は成り行きだったがね。保険をかけたとも言う」

「保険?」

 

 そして、それでもなお。

 

「当時の私の見込みでは、四つでもまだ足りなかった」

「なっ……!」

「故に、()()()()()()()()もう一つは必要だと考えていた。君が思いのほか早く『成った』ことで、少々順序がズレ込んでしまったが」

 

 ふと、唐突に理解した。

 この世界では、俺が人類に倒されることがなかったんじゃないだろうか。

 その結果、人類の進化が間に合わずに淘汰されてしまった未来がこれなのだと。

 

 ロザン大佐がここにいるのがその証拠だ。

 ピースが揃ってさえいれば、この男は躊躇いなく命を投げ捨てていた。

 ピースが揃わなかったから、この男は七百年も俺達を待ち続けていた。

 

「……アンタ、本当に地球を守るために動いてたんだな」

「私情が混じっていなかった訳でもないがね。特にカスタル・ドラグ──君の父親に対しては」

 

 途中で姫様の方に視線を遣り、忌々しげに一つの名前を吐き捨てるロザン大佐。

 

「お父様……?」

「私に宿る精神寄生体についての話を覚えているかね?」

 

 そう問われ、先程の会話を思い返す。

 えっと、何だっけか。

 その後の話のインパクトがでかすぎて、微妙に頭から飛んじまってるな。

 

「確か、宿主を苗床にする……」

「その性質から、生物兵器として運用されてたって話よね」

 

 そうそう、そんなこと言ってた気がする……って、おい。

 

「兵器とは、すなわち戦争に用いられるものだ」

 

 姫様の母星ドラグは、戦争によって力を増していった侵略国家。

 なら、その生物兵器とやらを使う機会も──

 

「第一の厄災を持ち込んだのが、ドラグの民だっていうのか……?」

 

 それが、ロザン大佐の憎悪の理由。

 

「まあそれ以上に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()……それについては、今語るべきことでもあるまい」

 

 世界を救うという本音の内側に、さらに抱えたもう一つの本音。

 

「でも、どうしてそんなことを? 生物兵器をバラ撒いて、それ以上は何もしないで撤退したってのか?」

「……たぶん、私が生まれたからだわ」

 

 疑問に答えたのは姫様だった。

 第一の厄災が起きたのは、確か十八年前のこと。

 ドラグ王は姫様を溺愛してるっていうし、あり得ない話じゃないのか。

 

「そして十七年の時を置いて、ドラグは再び地球への侵攻を開始した」

 

 その前段階として送り込まれてきたのが姫様で、俺と事故って今に至ると。

 

「ドラグの姫君、君を見つけた時は歓喜に震えたものだ。地球人と融合していたのも僥倖だった。私という前例から言っても、異星の生命どうしの融合体は互いの能力を高め合う傾向にある」

 

 前に適当に言ってた、宇宙人パワーと地球人パワーが合体して云々ってガチだったのかよ……

 

「七百年の間に憎悪はもはや風化したが、厄災としての『機能』は未だこの身に残っている」

 

 冷酷に。

 冷徹に。

 けれど、誰よりも真摯に男は言い放った。

 

 

「ようこそ第四の厄災(しんいり)。君もまた、世界のための生贄に成り果てた」

 

 

 世界に隠された真実を知って。

 未来に訪れる絶望を見て。

 ロザン大佐の覚悟を聞いて。

 それでも、ただ受け入れる訳にはいかなかった。

 

 なぜなら、俺は姫様だけの騎士だからだ。

 

「何か、ないのか? 破滅を食い止める方法は」

「ある」

「あるのかよ⁉︎」

 

 ないと言われれば徹底抗戦もやむなしと思っていただけに、まさかの肯定に拍子抜けしてしまう。

 

「何せ七百年だ。考える時間だけはいくらでもあった」

 

 俯いて瞑目する彼は、間に合わなかったことを悔いているのか。

 それとも、希望を託せることに安堵しているのか。

 夕陽は落ちきり、その顔からは何も読み取れない。

 

「結局のところ、地球を勝たせる方策では限界があるのだよ。戦争の大元、地球の外の問題を解決しなければ犠牲は減らせない」

 

 地球以外の環境が全滅するってあれか。

 それをどうにかしない限り、血みどろの戦争は避けられないと。

 

「てか、そもそも環境の死滅って何が原因なんだ? これを倒せば終わり、みたいなわかりやすい目標はあるのか?」

「あるにはあるが、人の手で解決できる問題ではない。現に八七兆もの知的生命体の全てが、この根本的な問題には匙を投げた」

 

 語られるそれは、誰にも覆しようのない運命。

 

「宇宙が収縮しているのだよ。内側に引き寄せられた星、外側に取り残された星、その全てが環境の激変に耐えられず滅亡した」

 

 根本的にスケールが違う。

 (そら)に抗える人間が、(そら)を支えられる人間が、(そら)に立ち向かえる人間がいる訳がない。

 

「だがしかし。それを止められるとすれば、可能性が一縷でもあるとすれば、天災に匹敵する人災をおいて他にない」

 

 だが逆に、スケールの差を補えるとしたならどうだ? 

 ほんの一瞬、ほんの一歩だけ、同じステージに踏み込めるんじゃないか? 

 

 

「私と融合し、()()()()()()()()()、この『闇』を獲得したまえ」

 

 

 俺がしてきたように、自分の肉体の一部に変えるんじゃなく。

 姫様がしてくれたように、相手の性質を残したままに同一化する。

 

「そのために、七百年も待ってたのか」

 

 俺達がここに来るかどうかなんて、わかるはずもないのに。

 力を託したところで、俺が思惑通りに動くとも限らないのに。

 思惑通りに動いたとして、今立っているこの世界が救われる訳じゃないのに。

 世界が救われたとして、そこに自分の姿はないとわかっているのに。

 

「どのみち、この策は私一人では成し得ない。君を従わせるために割ける余力もない」

 

 だから。

 全ては、俺の意志一つにかかっている。

 

()()()()。私と君の特攻が成功すれば、それで世界は救われる」

 

 それは、最大多数の最大幸福のために世界へ生贄を捧げる未来。

 

()()()()()()。いずれかの勢力が他の勢力を一掃すれば、地球という限りある資源(リソース)を独占できる」

 

 それは、血で血を洗う戦乱の果てに束の間の平穏を見出す未来。

 

 それ以外の区分はない。

 全滅という最下層まで、真っ逆さまに落ちるだけ。

 

「守りたい一人の命のために世界を救うか、二人で生きる未来のために世界を見捨てるか」

 

 世界を救えば、姫様は助かるが俺は確実に死ぬ。

 世界を見捨てれば、あらゆる希望の潰えた宇宙にたった二人で放り出される。

 

「君が選べ」

 

 突如目の前に示された、究極の二者択一。

 その選択に、何一つとして迷いはなかった。


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