2026/8/23 台本形式な文章を修整。
辻 神奈美(ツジ カナミ)は車の窓から降りしきる雨を眺めていた。雨粒一つ一つを目で追うが、すぐに見失ってしまう。
この娘、実は記憶喪失なのである。ある日突然自分の何もかもが思い出せなくなっていたのだ。そのうえ彼女を知るという人物は一人も現れなかった。
確実に何かがおかしかった。普通なら人物を知っている者が、一人くらい現れても良い筈なのに。
その後、ありとあらゆる理解に苦しむ出来事があり、今に至るのだ。
神奈美はふと運転席に座っているハンチング帽を被った相棒に目を向ける。
秋塚 弧龍(アキヅカ コタツ)。ありとあらゆる理解に苦しむ出来事の一つが、この男と組んで仕事をすることになったことだ。
神奈美は秋塚の事を嫌っているが、信用はしている。それは秋塚も同じであった。
街灯も無いような森の中を通る道に入ってから数時間が過ぎていた。
神奈美は秋塚にあとどのくらいで到着するのか訪ねようと頭を動かす。が、長すぎる後ろ髪を尻に敷いてしまっていて頭が動かせない。
「痛っ」
髪の毛が幾本か抜けた。
走行中であったが立って髪を退かすことにし、腰をあげた。
「げっ、狸!」
「えっ!?ちょっ!」
秋塚がブレーキを踏んだ。車が前のめりになる。その反動で危うく前席に飛び出して仕舞うところだった。
「イッタァ...だぁ~、もうっ、椅子にあばら骨打ったぁ...」
「へへっ、シートベルトしてないからだぞ♪」
「この車の一体どこにシートベルトついてんのよ!?」
神奈美はミラー越しにヘラヘラと笑う秋塚を睨み付けた。
「だぁ~もうっ、何でお前は不便な乗り物にしか乗ってないのよ?この前はバイクで二人乗り、確かに車にしろとは言ったけど、昭和のボロにしろとは一言も言ってない!」
秋塚はギアを一速に戻し車を発進させる。
「スバル360カスタムのどこが悪いんだよ?」
「ボロいし、煙いし、うるさい。この間のスズキT20と変わらないじゃない。」
「全部イイトコなんだよなぁ。」
ミラー越しに見えた秋塚の表情は妙に腹立たしい。
「あっそうだ、今回のターゲットだけど...名前なんだっけ?光線?って名前の絵?」
「閃光よ。持ち主が次々に死んでいく曰く付きの代物。」
神奈美はメモ帳を開き、雑多に書き写した資料に目を通す。
「またこんな物騒な物なのね。回収課を何だと思ってるのかしら...」
辻 神奈美は記憶喪失になったその後、Oツールと呼ばれる品の回収する仕事を始めたのだ。
Oツールと呼ばれる物は、異常な現象を引き起こしてしまう。それが人に危害を与えないよう回収するのが神奈美の役目だ。
「正直なところお前はお荷物としか思われてない気がする」
「ヒッど。くたばれ。」
ゲラゲラ笑う秋塚。神奈美は黙れとばかりに運転席を軽く殴る。
「お荷物と言えば、この荷台に載ってるジュラルミンケースって何か入ってるの?」
「夢と希望。そして俺のパンツ」
「逐一ボケるな」
神奈美は眉をひそめた。ただでさえへの字に曲がった偏屈な口から、食いしばった歯が顔をのぞかせる。
「ハハハッ、そう怒(いか)るなって。そいつには交渉の材料として現金を詰めてある!」
「やるじゃん。でもやけに軽い、いったいいくら入れてきたの?」
「70円」
「う○い棒でも買う気か、絵を買いに行くのよ?
だぁ~、もうっ、嫌な予感がしてたのよね。今日はやたらと髪の纏まりが悪かったし、編み込みが上手く決まらなかった。こういう日は決まって悪いことが起き...」
車にまた急ブレーキが掛けられ、また前席にあばら骨をぶつけた。
「着いたぞ」
「こっ、今度からはブレーキ掛けるときはあらかじめ言うように....」
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その豪邸は森の中にあるとは思えない程しっかりとしたものだった。白く高い屏には細かな装飾が施され、ゲートの蔦を模したデザインは見た者にファンタジックな印象を与えた。
「豪華だなぁ~、まるで美術館。入り口に売店ありそう。」
秋塚はその見事な屏やゲートに圧倒されているようだったが、神奈美は一つの違和感を見逃さなかった。
「秋塚、何でこんな高い屏にしておく必要があるんだっけ?」
神奈美はぶつけた肋骨をなでながら尋ねる。
「そりゃここの主人が美術品の収集家で、貴重な品々を盗まれるのを恐れて、盗人対策で屏を高くしてるんだろうさ。」
「よね、そうよね。」
神奈美は目を瞑ってコクコクと頷く。
「ゲートに鍵が付いてるのもその対策の一環よね....」
「あぁ!その通りしっかりしてんなぁ!なんて用意周到なんだ!」
「そうよね用意周到よね。そこで問題。そんなに用意周到なら、何でゲートが開けっ放しなのよ。」
確かにゲートは開いていた。勿論周囲に人の影はない。
「なんでもかんでも疑うの悪い癖よそれ。まあ、物陰から刃ってのも嫌だから見に行くけどさ。」
ガサゴソと助手席の荷物を漁る秋塚。物品が散らかり、シート下から後席へ文房具やら工具が転がり込んでくる。
「あっそうだ、ほら護身用。あれ見に行ってる間に襲われたら洒落にならないからな。」
そう言って秋塚は神奈美に古めかしい拳銃を渡した。
「十四年式...古いな。動くの?」
「動作は保証してやるよ。敵に直接撃ち込まなくてもいい、銃声がしたら駆けつけてやるよ。ほらっマガジン、撃つときに入れろよ。んじゃ行ってきまーす。」
車のドアが空き、秋塚は吸い出される様に車外へ消えた。外の冷えた空気が入れ替わりに入り込む。
(....銃か、ふむ)
ハロゲンのヘッドライトが優しくゲートを照らす。
神奈美は渡された拳銃を構えた。ゲートの前にいる秋塚に狙いを定める。
狙って、狙って、一瞬動きが止まったところで引き金を引く。もちろんマガジンが入っていないので、弾丸が発射されることはない。
「重っ」
古びた拳銃をシートに無造作に放った。
秋塚が車に戻ってくる。
「鍵が壊されてる」
秋塚はハンカチを使い、雨で濡れた顔を拭きながら話を切り出した。
「ロック機構がひん曲がってる。何かとてつもない力でこじ開けられた感じがするぜアレ。
ライトに照らされたゲートを注視する。秋塚が動かしたおかげでロック機構の歪みがよく見えた。
「どうする?入るか?それとも応援呼ぶか?」
「それって怪力のバケモノがいるかもしれない場所に潜入するってことよね。」
「イエス」
「勿論死ぬ可能性もあると。」
神奈美はコートのポケットへ拳銃を滑り込ませる。
「イィッエス!」
「...もしそんなバケモノ居るんだったら、この屋敷の人たちも無事じゃないわよね?」
靴紐の結び目を確認し、秋塚と目を合わせる。
「まあ、ゲートこじ開けたヤツが危険な人物だった場合だけどな。もしかしたらトイレ借りに来ただけで、漏れそうだったからこじ開けたって可能性もある。」
神奈美は一瞬沈黙する。入り口を睨み、そして口を開いた。
「・・・入るわよ」
「あらやだ俺より男らしい!ち○こ生えてそう!」
「ちょうどまな板だしな..って何言わせてんの!台無しじゃないのよ!」
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インターホンを押すかが、返事もなければ足音もしない。
「よし、卓球のラケットとピンポン玉取ってくる。」
「ピンポンでピンポンダッシュしようとすな!」
神奈美はドアノブに手を掛けた。ガチャリ、と音をたてドアノブが回り、滑らかにドアが開く。
「うっ!」
「こいつぁ....参ったな...」
一瞬サッカーボール程の大きさのトマトが潰れて床に落ちているのかと錯覚したが、それが何であるか理解したとたんにトマトであってほしかったと心から願った。
それは人の頭だった。潰れた頭にはしっかりと体付いていて、タキシードを着込んでいた。
天井まで届いた血飛沫から察するに、この人物の受けた衝撃は凄まじいものだったのだろう。
「頭蓋骨が皮膚から飛び出してる。」
神奈美は死体の後頭部の凹んだ傷口に手を突っ込んで形状を確認する。指を動かす度にグチャグチャという音が響いた。
「鈍器で殴られているわ、材質はわからないけど、棒状の物ね。」
神奈美は拳銃にマガジンをセットする。
「ここの家主は使用人を何人か雇っていたはずよ。廊下だけじゃなく他の部屋も見てみましょう。」
「ん?お、おいまったぁ!俺達大切なことを見落としてないか?」
「大切なこと?」
「なんてこった…見落としていた!とっても大事なことだぜ....」
勿体ぶった言い方に顔をしかめる神奈美。
「こういう家って土足で大丈夫だっけ!?俺靴に泥ついてんだけどぉ?」
予想通りくだらない話題が飛び出す。
「突き当たりの廊下から二手に別れましょ、一階からしらみ潰しに見ていくの。息のある人が居たら助けてあげて。」
「わかった!皆殺しDA☆」
「わかってねぇな!テメェの脳ミソから壁のシミにするぞ!」
続く
辻 神奈美(偽名)
年齢:不明(外見上は15歳~17歳程度)
身長:154cm
特徴:黒いロングヘアに、正面から見て右側に編み込みを入れている。
常に同じ服装をしている。モッズコートに水色のセーター、裾を巻き上げたジーパンを履いている。
外見上とても幼く見えるが、精神面はそれと裏腹にタフである。しかし虫が苦手であり、茂み等に入るのをとても嫌がる。