暗い部屋に一人の男が入ってくる。早朝故か顎に無精髭が残る。カーキのタートルネックに黒いコートという出で立ちは、ヒゲも相まって妙に大人びた雰囲気を醸し出す。一方で襟足は長く、ヘアバンドで雑に纏められていた。
その部屋は奇妙だった。古いブラウン管のテレビが至る所で積まれていた。一段や二段の物もあれば、肩の高さまで積まれているものもあった。
奇妙なテレビの森を進んでゆくと、頭に紙袋を被った男が待っていた。
檻越「戻りました」
紙袋を被った男はテレビのリモコンを操作し、時刻表示をONにする。
紙袋「朝の5時か、お早い到着だね
君の居ない間、回収課はちょっと大変だったようだよオリコシ君」
檻越「後で報告書に目を通すつもりです...
だめだ、性に合わん。なあボス、俺はクズに敬語を使うのは苦手だ。タメ口で行かせてもらうぜ」
紙袋「好きにして良いよ。まあ僕らのクズ度合いは良い勝負してると思うけどね。
それよりだ。例の件どうだった?」
会話に詰まりが生じる。テレビの映す砂嵐の光が檻越の顔に影を作り、目の下のシワを深く見せた。
檻越「ターゲット、通称[白雀]の無力化に成功した。」
紙袋「殺しちゃった?」
檻越「死んだ。ただ超能力制御ユニットは無事に確保した。発生ユニットに関しては無力化の際にボディと共に破壊せざるを得なかった。」
紙袋の男は重ねられたテレビに腰掛け、考える人そっくりのポーズになる。
紙袋「損失。」
檻越「実験機9機を投入。内5機が大破、共に搭乗員も死亡。」
紙袋「成果。」
檻越「生体再生装甲の効果は絶大。カートリッジの中身が空になるまでは十分な防御力と再生力を発揮する。
加えてレールストライカーも弾数に何あれど威力は絶大、貫通しきらなかった槍はウエイトになり相手の機動力を下げた。」
紙袋の男は何かを小声でブツブツと呟くと突然顔を上げた。
紙袋「世界線は確定した。」
紙袋の男は自身の後頭部の紙を一部破り、何かを殴り書いて檻越にそっと手渡した。
紙袋「そこに書いてある時間、そこの住所に行ってくれ。そうだね、途中で秋塚を回収していくといいかもね。
勿論実験機も持って行くんだ。今回はそういう相手がいる。」
檻越は受け取った紙を雑にポケットに突っ込んだ。
檻越「勿論。勿論持ってくぜ。お前のゲームに付き合う以上俺はお前の手駒でしかないからな。
だが、最後に一つ良いか?」
そう言うと檻越は紙袋の男が答える間もなく男の胸ぐらを掴み、被っていた紙袋を引き剥がしてしまった。
紙袋の下の顔はあの男の顔だ。
檻越「島川原...何号だお前...」
島川原は左手をハンカチで擦り、檻越の眼前に突き出す。手の甲には[08]と記されていた。
檻越は「なるほどねぇ」と呟きながら先程引き剥がした紙袋の中をまさぐる。中からセロハンテープでベタベタになったマイクとスピーカーを引っ張り出し、少し腹が立ったような口調でマイクに語りかけた。
檻越「お前のこういうところが嫌いなんだ。誰一人として信用しない。そして隠れるにしてもわざとらしさが過ぎる。
本当にムカつくぜ。」
スピーカーから男の声が流れる。
[ハハハッ!ごめんね。でももう少し付き合ってもらうよ!僕の、いや自称神様の勝つ為のご都合主義にね。
ハッハッハッハッハッハッ!]
檻越「終わったか?行っていいか?」
[あっ最後に一つ、秋塚君に合流したら...携帯の電源は切っておきなさい。]
______________________
秋塚「なるほどねぇ、ゲホッ...」
秋塚はその場に崩れ落ちた。口からは多量の血が溢れ出し、胴体の左半分は潰されて骨が皮膚と内臓を突き破っていた。
鷲尾「なんだ。貴方もクラスメイトと同じで大した事ないじゃないか。」
鷲尾はおぼつかない足取りで一歩、秋塚の方へ歩み寄った。
鷲尾「口だけ達者、ボキャブラリーだけが進化した人間じゃ僕には勝てませんよお兄さん。」
鷲尾の影が秋塚の体を蝕むように覆ってゆく。
鷲尾「超能力、無いんですよね。銃を使おうが、光で目眩まししようが、火力が違いすぎますよ。」
また一歩近づいた時だった。ゴトリ、と秋塚のだらしなく伸びた足に真実鏡が落下する。鏡は鷲尾の背後から差す陽の光を反射し、鷲尾の瞳に容赦なくそれを浴びせた。
咄嗟に手をかざして光を遮る鷲尾、その僅かな隙を見逃さないR。秋塚と鷲尾の間に転がり出ては、両の腕を翼の様に広げた。
鷲尾「なんです!?」
突然秋塚から弾き飛ばされ動揺を覗かせる鷲尾。当然だ、彼は秋塚に触れていない。
R(物理干渉フィールド展開!間髪入れず対脳波フィールドに切り替え!)
Rの予想通り対脳波フィールドに両側から挟み込むような力が掛かる。
鷲尾「なぜです!?その男は既に死んだ!何故に!何処に守る必要がぁっ!?」
R(理屈は分かりません、しかし秋塚さんの脳波はまだ凄まじい程に活発に動いている。もし動かなくても私が[羽衣]を使って...)
Rがそんな考えを持ったその矢先、自身の肩に人肌の温もりを感じ取った。見ると口の周りを血だらけにした秋塚が、自身の肩に手を置いている。
秋塚「助かったぜ、サンキュ。だけどもうちょいそのまんまだ。」
秋塚は周囲を見渡しつつ、ポケットから小石を取り出し真横に放る。石はフィールドと鷲尾の圧縮脳波との間で音を出しながら砕けた。
秋塚「(動けて1m弱か。恐らくRの両腕の幅から出たら終わる。ならこの座り込んだ体勢のままやるしかないかな)
おい鷲尾!俺等を殺す気か?俺等が4、5人目か?」
鷲尾は自身の名前、そして殺した人数を言われ動揺する。表情にそれが表れる。
秋塚「そうだ!知っているぞ!お前がクラスメイトを二人殺した事も!自身の叔母を殺した事もな!」
R「秋塚さん!煽ってはいけません!ぐぅっ、出力が増しています!」
秋塚は構わず続けた。
秋塚「確かにストレス溜まるわな!中二で両親が死んで、あんな叔母に預けられちゃあな。あの待遇はまんま虐待だわな!
蛆虫の様に扱われて、異性の関わりさえ止められて、インターネットでエロ画像漁ることも出来ねぇたぁな!」
鷲尾「やめろ...」
構わず続けた。
秋塚「性行を知りたくて、堪らず女子にアタックしたら今度は気色悪がられてさ!」
鷲尾「やめろ..やめろ...」
秋塚「苛つくよな...ストレス溜まるよな...そりゃあ俺をプンプンうるさい蚊のように両手でパシンと潰したくなるわな...」
Rの負担など知らぬと言うようにひたすらに鷲尾を煽り続ける秋塚。しかし、ここでRは自身の張った脳波フィールドに、異様な感触を感じ取っていた。
R(!?何、今のは?今までの四方八方から潰すような感触じゃない、今確かにフィールドに巨大な手で押し込まれているよな感覚が!)
鷲尾「や“め“ろ“!黙れ!共感なんて求めてない!哀れむような目で僕を見るな!」
鷲尾は頭を抱え、膝から崩れ落ちた。
秋塚「は?誰がお前の事を哀れだと言った?」
鷲尾「あ?」
視線を上げた先、即ち秋塚の表情を鷲尾の目は捉えていた。まるで面白味の無い映画のエンディングを待っているよう、まるで下らない茶番劇を観ているかのような。その表情に表れていたのは[どうでもいい]の一言であった。
少なくとも鷲尾はそう感じた。
秋塚「お前の経歴を漁った。心底気味が悪いと思ったね。俺がお前を理解しようとしている?ちゃんちゃらおかしいね!理解したくない!するに値しない!というか早く帰りたい!だからよ、とっととかかって来い!」
秋塚は心の中で頃合いを読み取った。頭上に両手を掲げ、パシンッと手のひらを鳴らすと最後に一言吐き捨てる。
秋塚「どうした?潰してみろよ」
鷲尾「あ..あ....あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“あ“」
変化は一瞬だった。フィールドを包んでいた圧力は形を持って生まれ変わっていく。目視出来なかった力に外観が備わり、眼で捉えることが出来る。
R「手!?巨大な手!?」
鷲尾の背中から巨大な腕が生え、翼の様に大きく左右に広げられていた。そしてその巨大な手は二人を叩き潰そうと左右に開いた手が閉じ始める。
しかし、秋塚の方が一歩、いや三歩早かった。電光石火で飛び出し、鷲尾の腹部に強烈な突進を喰らわせる。
秋塚(よし!やっぱしな!異能に目覚めたばかりでイメージの固定が出来てなかった!)
そう。秋塚は異能力の特性を理解していた。まだイメージの固まらない状態、力の状態が異能力と超能力の中間にあることを理解していた。
鷲尾の頭の中では[潰す]というイメージが先行し、潰す方法には意識が向いていなかった。それを[蚊の様に叩き潰す]というイメージを与えることによって能力のイメージを固定したのだ。そして、イメージの固定とは即ち能力の劣化である。劣化した能力は戻りようがない。
秋塚(今まではどのタイミンで..)
巨大な手が秋塚の頭部に迫る。
秋塚(どこから潰されるのか..)
秋塚は後方へ倒れ込み[巨大な手]による攻撃を避けた。
秋塚(解らなかったが!)
そして倒れたと同時に、体を後転させ鷲尾の顎に蹴りを入れる。
秋塚(今では視える!インファイトに持ち込める)
すかさず再度突進を掛けるが、これは鷲尾に[巨大な手]を仕掛けさせる為のフェイントである。射程範囲に入る直前で進行方向とは逆に地面を強く蹴り、[手]の攻撃を回避した。
一度閉じた両手が開き始める。
秋塚(その動作しか出来ないのも解ってる。初めのうちはそうなんだ。誰だって同じさ。とりわけこの状況、使い方を確かめる隙すら作れない。
この勝負は勝確。と、言いたいとこだがこちらも限界だ。早めに終わらせたい...!)
秋塚は開きかけた[手]の合間に体を滑り込ませる。鷲尾にガードする余裕は無かった。顔面に打ち込まれた拳が鼻をへし折る。
秋塚「これでジ·エンドと」
気絶し地面へ倒れ始める鷲尾。秋塚は即座に胸ぐら掴み、頭を地面へ強くぶつけないようゆっくりと降ろしてやった。
秋塚はRにサムズアップをしてみせた。「勝った」そう確信していた。慢心であったと言う他無い。
R「後ろ!」
秋塚「ッ!?」
遅かった。秋塚の右足は[巨大な手]に叩き潰される。
秋塚「逃げろ!今度こそちゃんと逃げろ!」
秋塚の声はRの意識に届かなかった。Rはパニックに陥っていたのだ。
握った拳銃の狙いは正確に鷲尾の眉間を捉えていた。しかし引き金が引けない。指が強張り、心臓が激しいドラムロールを奏でる。
秋塚「銃なんか構えてんじゃねぇえ!撃てないなら下がれ!」
届かない。
R(気絶は無駄だった..!今なら解るわ、あの子の脳波の主張が弱くなった今なら!
あの子は別の脳波受けて操られている!腕を撃とうが足を撃とうが動き続けるかもしれない!
そして今この一発を外せば次の実弾までワンテンポ遅れてしまうっ!)
鷲尾の視線は虚ろである。生気のこもらない動きで、のそり、またのそりと秋塚に歩み寄る。
R「(ならば...)羽衣で..」
その時、Rの横を一人の男が走り抜けていった。
檻越「後は任せてもらおうか..」