回収課の倉庫にホワイトボードマーカーを擦る音と、神奈美の必死めいた声が木霊する。神奈美は長い髪を振り乱しながら話を続けた。
神奈美「...ですからエレベーターの籠の天井を開けたところ、このラジコンの部品と、」
ジップロックに入ったモーターやら基板やらの電子部品を掲げる。
神奈美「この凧糸が放置されていた訳です。
これらを構成し直してみたところ、丁度ビデオテープカセットを落とすのに最適な装置をでっち上げる事が出来ました。」
ホワイトボードの右に書かれた図解は極々シンプルであった。ワイヤー、モーター、滑車、フック、そしてビデオテープ。
左は月日。その下部に表。その日の神奈美の行動が一定時間毎に事細かく記されている。
朝っぱらからそんな光景を見せられている折越は、気怠げに椅子に腰かけ、ただ話を耳に通していた。
神奈美「この仕掛けは明らかに何者かが私、もしくは組織の誰かを狙って置かれた罠です。
つまりは侵入者か組織に紛れ込んだ奴がいるということです。」
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神奈美「って言ったらなんて言われたと思う?」
目の前の氷水を啜る秋塚に神奈美は問いかけた。
飯屋の客や店員の騒がしい声を背景に、若干声を大きくして秋塚はそれに応えた。
秋塚「[目星は付いているのか?そんで動機は?もっとハッキリとした証拠が無ければ、只々組織内の不要な緊張を煽るだけだぞ。]」
神奈美「詳しいわね?」
秋塚「その後こう付け足されたろ?
[そういう仕掛けがあった事は確かだから、それなりの警戒はさせてもらう。
それはそれとして、回収課課長の立場上言わせてもらうが、お前は自分の仕事を優先しろ。]」
神奈美「えっ!?なんで?」
秋塚「これ今日で2度目。朝メシの時におっさんからお前さんについての愚痴聞かされた」
神奈美「おっさん...」
手押しワゴンのストッパーを引きする音が二人の話を遮った。ウェイトレスはにこやかに、そして素早く注文の品を置いていく。
ウェイトレス「お待たせ致しました!こちら豚骨ラーメンもやし増々トッピングと、」
秋塚の前にラーメンが置かれる。豚骨の脂っぽい香りが漂う。
ウェイトレス「醤油ラーメンと、」
髪を纏め上げる神奈美の前にラーメンが置かれる。醤油の香りとスープの湯気が神奈美の鼻腔を優しく撫でる。
ウェイトレス「餃子で御座います。」
最後に二人の間に餃子が置かれた。程よく焦げのある、見ただけで食感の伝わってきそうな餃子である。
ウェイトレス「ご注文は以上で宜しかったでしょうか?」
二人「はい!」
ウェイトレスが去った後、神奈美と秋塚は作り笑いを止めた。
神奈美「誰がどれ食うとか聞かないの?」
醤油ラーメンを秋塚の方へ押しやる。
秋塚「昼時だから忙しいんだろ」
丼ぶりを持って神奈美の方へ寄越す。
二人「いただきます。」
二人同時に麺をすする。秋塚は麺を噛み切り、咀嚼し、すぐに飲み込んだ。
秋塚「愚痴聞いてやったんだから煮卵寄越せ」
神奈美「愚痴聞かせてやったんだから餃子寄越せ」
秋塚「やるわけねぇだろ!」
神奈美「餃子6つもあるんだから一つくらい良いでしょ!こちとら煮卵一つしか入ってないんだぞ!」
秋塚「割に合わねぇんだよ!」
神奈美「こっちのセリフだ!」
秋塚「マジで!?ちょっと台本確認して良い!?」
二人同時にスープを啜る。黙々と麺を口に運ぶ。神奈美はもやしと麺を噛みちぎり、秋塚はスープを飲みつつ、餃子の肉汁を味わった。
秋塚「ふぅ。さて、餃子は一つだけ残したぞ..」
神奈美「貴様煮卵が欲しいらしいな...」
秋塚は拳を掲げる。それに応えるように神奈美も拳を差し出す。
神奈美「ルールの確認はいいのか脳無し?」
秋塚「そんなのは必要ない。勝者こそがすべてを持っていく。」
神奈美「行くぞ!」
秋塚「応!」
二人「うおぉぉぉぉお!最初はグーじゃんけんポン!」
神奈美「んだぁぁあ!負けた!」
秋塚「ッシャオラ!」
机を揺らす程のガッツポーズをキメる秋塚、しかし神奈美は不敵にその姿を笑う。
神奈美「フフッ。と、思うじゃないのよ?実は今の勝負リバースルールだったのよ
つまり勝ったのは私よ!ツゥ理由でこの煮卵は私の物ぉ!いただきま〜す!」
神奈美は煮卵を刺して口へ運ぶ。
秋塚「通るわけねぇだろ!そんないちゃも、ん?」
神奈美「モグモグ。私、言ったわよね?ルールの確認を勧めたわよね?この敗北は確認しなかったお前の落ち度!理解できた?」
秋塚「くっ...解った。ここは漢らしく敗北を認める...
そして漢には二言は無い。この餃子を進呈しよう!」
神奈美「あっ、勝者こそが全てを持っていくっていうあれね。
んじゃゴチになりまーす。」
神奈美は箸を餃子へ向かわせる。
神奈美(まてよ?この男がそんなに素直に負けを認めるか?)
秋塚の表情を横目に観るが、何とも言えない能面の様な表情からはわざとらしさしか読み取れない。
神奈美(なんだその取って付けたようなポーカーフェイス!もっと何かしら誤魔化しなさいよ!)
餃子に目を向ける。漂う香り、沸き立つ湯気からまだ温かく、食べ頃だということが察せられる。
神奈美(くっ...一か八か、食うしか無い!)
餃子を箸で掴んだその時だった。突如山のような量の七味唐辛子が餃子に降り注いだ。
神奈美「ええッ!?」
秋塚「あっごめーん、こっちに掛けようしたんだけど蓋空いちゃったー。」
秋塚はラーメンの入っていた丼ぶりを傾けた。丼の底には食いかけの餃子が一つだけ入っている。
秋塚(ふッ、バーカ。餃子視過ぎなんだよ。相手のトリックを疑うなら手と視線を視ろよ..!)
秋塚は慣れた手つきで七味唐辛子の瓶の蓋を閉める。
秋塚「いやぁ、もしその口付けた箸で取ってなきゃそれ貰ってたんだけどなぁ〜
すまんけど、もったいないけど、それ食ってくれ!」
神奈美「何をするのよお前!餃子はその皮の食感と歯触り、肉の旨味とネギや生姜の風味を味わう物だと言うのに!
これじゃ食い始めはモシャモシャ、後はカラッ辛ッのサハラ砂漠!食えたものではない!」
R「それでは私が頂きます。」
突然現れたRが爪楊枝で七味唐辛子のおまけと化した餃子を拾い上げ、口の中へ放り込んだ。
余りにも涼し気に七味唐辛子の塊を咀嚼するRを見て二人は呆気にとられる。丸くした目を見開いたまま数秒固まってしまう。
R「御二方共レストランで騒がないで下さい。食べ物で遊ばないで下さい。はしたない上に餓鬼クサいです。
そして今の餃子すこぶる辛いです。舌が痛すぎます。氷水下さい。」
Rの顔がまるでパトランプの様に赤くなっていく。
大急ぎで水を注ぐ神奈美。Rは震える手でそれを受け取り、ゆっくりと飲み干していく。水が喉を過ぎる度に顔の赤みは薄れていった。
R「ふう。ありがとうございます。」
Rは神奈美の隣の席に腰掛ける。
神奈美「一応これで禊組の全メンバーが揃った訳ね」
R「禊組?」
神奈美「命令違反の禊として物資輸送の手伝いをやらされるの。聞いてない?」
R「折越課長からは何も聞いておりません。
ただお二人と合流して「現場を体験してこいと。」」
二人「あの顎髭親父...」
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水色のスバル360カスタムは風に煽られ、フラつきながら進む。勿論スピードに乗れない。追い越し車線から他の車が次々と水色のゼリービーンズの様な車を追い越して行く。
車体が小さい故に車内はほぼ缶詰である。あと一人誰かが乗り込んでくれば、三人の内の誰かの体の一部が車体からはみ出していただろう。
神奈美「秋塚、もっとスピード出ないの?置いてかれてるわよ。」
目の前黒いトラックとの距離はジワリ、ジワリと、開いていた。そのトラックこそが組織の重要物資を運搬する車両であり、神奈美達の護衛対象である。
秋塚「調子悪いかな?あんま吹けない。熱ダレか?」
神奈美「うっわ、言ってる間に輸送課のバンに越された!私達ビリッけつじゃぁん...」
秋塚「しゃーないな、リアフード強制解放っと」
秋塚はシート下の赤いレバーを引いた。車体後部から バコン! と音が鳴り、エンジンフードが開く。
神奈美「空冷2ストとかもう乗るなよ...」
神奈美は呆れ顔でミラー越しに秋塚を睨んだ。
秋塚「まーたその話か..」
神奈美「だってそうじゃない!この車のいるべき場所は高速道路のど真ん中じゃなくて、博物館昭和コーナーのかどっちょでしょ!
ってかそもそも2ストとか古すぎるのよ!確かに4ストに比べてパワーはあるわよ。でも4ストの1.8倍なんでしょ!?たったそれだけの利点のために、燃費は悪いは、音も五月蝿いし、排気ガスだって汚い!こんなのもう化石よ!
それだけじゃない。2ストはもう進化出来ないのよ。4ストと比べて部品点数が少ない。これは確かに整備性や重量を考えると利点よ。
でもその分改良できる点が少ないのよ。所謂進化の袋小路に...」
秋塚はサッと手を挙げ、神奈美の話を遮った。
秋塚「あのさぁ、その長ったらしいセリフをいちいち読み上げるんじゃなくてさ、シンプルに[私は2ストが嫌い]って言ったら通じるんだわ。嫌いな理由は聞かれたら喋んなさいな。
で、要約すると2ストの何が嫌いなの?」
神奈美は数秒口をポカンと開け固まっていたが、言われたことを飲み込み、自身の考えを口にした。
神奈美「私は..それ以上成長しない、又は成長の余地がないものが嫌い。だから構造上改良点の少ない2ストが嫌い。」
秋塚「はい!よく言えました!」
神奈美「なんか悔しい!」
秋塚「ちなクラークサイクルはオットーサイクルより後発だぜ」
神奈美「ゥルセーバーk」
秋塚「ワイルドキャット!」
R「インパラ!」
神奈美「謎のアメ車連呼やめーや」
一通り話し終えて若干の疲労を抱えつつ、神奈美は「ふぅ」とため息を付く。ふと窓の外をのぞいた。
秋塚「まあほらあれさ。あーだこうだ剛田武言ったって現実が変わるわけじゃない。」
神奈美「秋塚」
秋塚「だから少しの辛抱で割と何とk」
神奈美「秋塚!」
秋塚「なんだよ?人がテキトーにいい感じで締めようとしてんのに」
神奈美は焦れったく、後部座席から身を乗り出した。
神奈美「一旦ツッコミは置いといて、アレ!」
神奈美の指差す通り、秋塚は追い越し車線の方へ目を向ける。
秋塚「何の変哲もないただのセダン?じいさんとかが乗ってそうなやつ?」
神奈美は困惑の張り付いた表情で秋塚を見つめる。
秋塚「何か変な事言ったか?」
先に口を開いたのはRだった。
R「セダンですか?追い越し車線にはワンボックスしか確認できませんが?」
ことさら困惑した二人に神奈美が声を上げる。
神奈美「違うって!この間の幻覚使いがサイドカー付きのバイクで輸送課のバンを追い掛けて行ったんだって!
二人が見せられてるのは幻覚よ!」
神奈美の目には確かに見えていた。あの継ぎ接ぎのタキシードは、あの紫色のネクタイは、確かにヤツだった。
バイクとの距離はあっという間に広がってしまっていた。
神奈美「秋塚!アクセルもっと踏み込んで!ヤツを追わないと!」
秋塚「だから俺には見えねぇんだよ!
てか、そもそも追ったところで何になるんだ?今回そいつはまだ俺達に何の危害も..」
スピーカーからノイズの走る音が聞こえた。荷室に放り投げられたトランシーバーから声が聞こえる。
[こちら輸送課二号車。禊組、もっと距離を取れ。車凹ませてもこっちは弁償なぞせんぞ!]
三人の思考に決して良いものではない予感が走る。
輸送課二号車のバンは遥か前方。車を凹ませれる程の距離になどいないのだ。
つまり、輸送課二号車の見ているものは..
神奈美「こちら禊組!」
神奈美はトランシーバーを引っ掴み、乱暴にボタンを押した。
神奈美「そちらで見えているのは襲撃者による幻覚である!直ちにその車両から離れよ!」
応答は無い。ノイズが鳴り響くだけである。
神奈美「秋塚!」
秋塚「よっしゃカナーミンが仕事モードだ!こっちも切り替えしますか!」
秋塚はシート下のツマミを回し、アクセルを一度離す。
秋塚「耳塞げアールゥ!」
神奈美「マジで塞げ!」
アクセルを床まで踏み抜く。雷のようなエキゾーストが響く。タコメーターの針はレッドゾーンへ放り込まれ、狂ったように振動する。
ギアを4速へ。マフラーが白煙を吹き出し、タイヤが金切り声を上げ、地面を蹴飛ばし車体を押し進める。
辻 神奈美(偽名)
年齢:不明(外見上は15歳~17歳程度)
身長:154cm
特徴:黒いロングヘアに、正面から見て右側に編み込みを入れている。
常に同じ服装をしている。モッズコートに水色のセーター、裾を巻き上げたジーパンを履いている。
外見上とても幼く見えるが、精神面はそれと裏腹にタフである。しかし虫が苦手であり、茂み等に入るのをとても嫌がる。
仕事と休日でテンションを分けるタイプではあるが、切り替えが遅い。
追跡官R(偽名)
年齢:21歳
身長:167cm
特徴:短く切り揃えられた髪、赤い口紅と、それに合わせた赤縁のメガネ。太眉で瞳の色は黄。口の左下にホクロがある。
常に無表情で何を考えているか分からないミステリアスな雰囲気を醸し出す。能力は不明。