神の駒   作:海苔 green helmet

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小五月蠅い部屋

鍵穴へ乱暴に鍵が突っ込まれる。ドアが開き、ツギハギだらけのタキシードを着た男が倒れ込むように入ってくる。

 雨の雫を滴らせ、乱暴にドアを閉める。

 男は靴を脱いで廊下へ上がる。先程より身長が縮んだように見えるのは、靴がシークレットサイズだからだ。

 ズルズルと足を引きずりながら、洗面所へ向かう。手袋を捨てるように放り、上着のボタンを外していく。

 

 洗面台の照明を点けると、メイクの落ちかかった男の顔が顕になった。

 ミステリアスで中性的な顔立ちは崩れかかり、そこにはシワの目立つ痩せた中年の顔があった。細い指で蛇口を開き、お湯でメイクを落とす。

 

 ギシリッと、傍らの丸椅子に腰掛ける。ボトムスの裾を上げると、脹ら脛にすり下ろされた様な傷が見える。

 丁寧に消毒液を掛け、ガーゼを乗せ、包帯で巻いていく。

 

 「素晴らしい…素晴らしい…」

 

 男はそんな痛々しい傷を負っていても、唇からお湯を滴らせ、歌うように呟いた。

 

 「悪役…たるもの…ライバルが…現れるのは…」

 

 男は上着を洗濯籠へ投げ、踊るように立ち上がった。

 

 「あぁ………なんと…素晴らしい……!…鼓動を感じる…」

 

 血色が悪くガサついた肌、肋の浮いた細っこい体躯。皮の張り付いた肋骨は、心臓が鼓動する度に僅かに膨らむ。

 

 「しかしだ。切り札が上っ面(サーフェイス)だけの人形とは…神を自称する男は一体何を考えているのだ?」

 

 雨が風呂場の窓を叩く。

 哀洞 流。それは仮の名である。老いを進み始めた体には似合わぬ、大それたキャラクターネームであった。

______________________

 

神奈美は椅子に座り、目の前横たわる、簀巻きにされた金髪の少女をぼーっと見つめていた。

 この少女はトレーラーの上で一戦交えたあのバニラ・バニーである。

 

 「監視役ってマジかぁ。」

 

 神奈美はボソリと呟いた。

 

 「ヘマこいたばっかなのに」

 

 背もたれを前方へ回し、腕を乗せ、更に顎を乗せる。

 

 「ふむ。」

 

 監視室と呼ばれるこの部屋は、対象の変化を見逃さない為に床も壁も、天井すらも真っ白に塗られていた。

 照明は天井に埋め込まれ、実に冷やかな光で二人を照らしている。

 

 (突然だけどヤタガラス、貴女の存在バレてるわ)

 [なんだと!?]

 

 脳内に声が響く。

 

 (報告書に書いたのよ。今回何故幻覚使いの能力を突破出来たかを。)

 [自ら開示したというの?]

 (私にパッシブで発動してる幻覚突破能力なんて無いからね。超能力や異能力に覚醒する様なアクシデントも無かった。だから前回のも含めて説明した。)

 [うぅむ…]

 

 脳内でヤタガラスの分かりやすく困惑したような唸り声が聞こえる。

 

 (そしたらどうなったと思う?貴女は時々スリープモードになるから知らないでしょうけど。なんとビックリ、全てスルーだったわ。)

 [まさか!?]

 (最初から織り込み済みかもねぇ)

 「お話中悪いんだけどタバコ持ってたら一本くれない?」

 

 バニラ・バニーはこの部屋に放り込まれてから初めて声を発した。

 

 「へ、変なのしかないけどそれでいい?」

 

 破られた沈黙に困惑するも、慣れた手つきで神奈美はタバコを一本取り出し、横たわるバニーに咥えさせ、それに火をつけた。

 じわぁっと、先端の火が強くなり、口の端から煙がポコポコ上がる。

 

 「クソまずいねこれ」

 

 バニーは唇で器用にタバコを摘み、差し出された携帯灰皿に灰を落とした。

 

 「私あんま味に興味無くてさ。一本一本がランダムに箱詰めされてるやつ買ってるの。」

 「いいなぁ、アタシも今度やろっと。なんて銘柄?」

 「Random days」

 「何吸ってるでやんす?ランダムでい!的な?」

 「「…………」」

 「「ガハハハハハハ!」」

 

 

 「クッソ寒ぅ〜」

 「くっだらねぇ!」

 

 「ハハハ………じゃ!な!く!て!」

______________________

 

 「さてはてどうしたモンかな。」

 

 秋塚は茶色の紙袋に手を突っ込み、中身を漁る。

 

「どちらがいい?」

 

 

「チキンかビーフだ。」

 

 紙袋からジャンクフード特有の脂っぽい香りが漂ってくる。

 

 こちらの別の監視室では秋塚が亜凛華の尋問を行っていた。

 

 拘束衣を着せられた亜凛華はかなりやつれていて、椅子に座っていることがやっとの状態であった。しかし、その目から意識だけは臨戦態勢であることが窺えた。

 

 「全く。捕獲された野良犬じゃあるまいし」

 

 相も変わらず目付きが鋭く突き立てられる。

 

 「俺と同じなんだろ?」

 「・・・・。」

 「再生能力は確かに強力だ。」

 「・・・・。」

 「養分があるうちはな。」

 

 秋塚は紙袋から[チキン]と印刷された包みを取り出した。

 

 「例えばこんなふうに…」

 

 ナイフを取り出し、自らの小指を切り落とした。断面からじわりと血が滲み、そしてボタボタと滴る。

 

 「常人はコレを再生出来ない。俺達は違う。」

 

 断面から骨が突き出す。筋が構築され、骨が伸びていく。血管が這い、皮膚が伝播していく。

 

 

 「が、養分が無ければ…」

 

 小指の再生は関節一つ分を残し、中途半端に止まってしまう。

 

 「常人と変わらない。後はかさぶたが出来ておしまいさ。」

 

 秋塚は包みを開け、中身のサンドウィッチにかぶりついた。咀嚼し、ぐびっと音を立てて飲み込む。

 

 「お前は今空腹で、更に言えば身体の末端はまだ再生が終わっていない。」

 

 そう言うと秋塚は亜凛華の腕を掴んだ。

 

 「あ”ぁッ!ぐぅっ!」

 

 亜凛華の唸り声がガスマスクから漏れ出る。白い拘束衣に血の染みが浮き出た。

 

 「分かるか?腕全体を覆うかさぶたが。そしてそれらが剥がれ出血する感覚が。関節を少しでも動かしたらもう駄目だ。またかさぶたが作られるまで待たなきゃな…」

 「ぐぅっ、何が目的だ…」

 「ちょっと情報をね。お前にその強化手術を施した奴のさ。」

 

 秋塚は捨てるように亜凛華の腕を放した。

 

 「だがまずは飯だそのマスクを取って食いな」

 「…外してよ」

 「おっと、すまんな気が付かなかった」

 

 秋塚は亜凛華の背後に周りガスマスクを外してやる。

 

 「さて…!?」

  

 亜凛華の素顔を見た秋塚は絶句した。

 

 「フフフッ、」

 

 疲れ切った表情の中、眼光だけはギラギラと力強くその生命力をさらけ出した。

 

 「醜い。そう過った筈よ。」

 

 唇が無い。刃物で滅多切りにされたのか、ズタズタの傷跡が口と思しき切れ目を囲っている。

 あまりにも痛々しいその風貌は、意識せずとも手が独りでに己が目を覆い隠そうと動いてしまうほどである。

 しかし秋塚は本能的に動く手を固く握りしめた。確かに絶句した。悪寒もあった。

 ゆっくりと亜凛華の前に跪き、ハンカチで覆った手で亜凛華の頬に手を添えた。その手つきは優しく、下心によって操られている訳では無い事がハッキリと伝わった。

 

 「ふむ…なんて……クソッ…その何だ、話してくれてもいいんだぞ…」

 

 一瞬の間の後、亜凛華は秋塚の腹に頭突きを入れる。

 

 「今すぐ食い物を置いてここから出ていけ!」

 

 秋塚は無言で亜凛華の口にハンバーガーを押し込み、監視室から出ていった。

 

______________________

 

 

 神奈美は血相を変えてバニーの顔を覗き込んだ。

 

 「えっ!?声出てた!?」

 「出てない、出てない。」

 

 神奈美は困惑の後、超能力で思考を盗み見たのでは?と推測する。

 

 「う〜んnear near。」

 

 また器用にタバコの灰を落とす。

 

 「なんか特殊なんだよねアンタの思考ってさ。常にテレパスが飛んでるっていうか…あっ、でもこれアンタの思考じゃないかもね?頭に二人いる?」

 「頭に!?」

 

 唖然とする神奈美へバニラ・バニーは更に言葉を投げかける。

 

 「そういう思考って嫌でも拾っちゃうっていうか、やけに感度のいいラジオっていうか。普通の人の思考はちっとも拾えないのに、なんかアンタのは拾えちゃったんだよねぇ」

 

 神奈美は空いた口が塞がらなかった。

 今まで神奈美はヤタガラスの事を遠隔からテレパスを送る協力者と解釈していた。しかし、その前提を覆しかねない事実を聞かされたのである。

 自身の脳内に自身以外の何かがいる。その事実に吐き気を催した。




 26/6/10
 誤ってV・racingの方へ投稿してしまいました。
 大変失礼いたしました。
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