倒れた家具を跨ぎながら、血で染まった廊下を進んで行く。突き当たりを右へ、次々とドアを開けていく。
あの部屋も、この部屋も、全て血飛沫が飛び交っている。どの部屋も照明が点灯しており、より鮮明に各部屋の悲惨な状況を伝えてくる。
(5,6...と全員頭部を潰されていて...)
神奈美は痛々しいその惨状を目の当たりにしながらも、動揺することなく進んでいく。
(当分トマト関係の料理は口に入りそうにないわね。)
廊下には様々な絵画や彫刻の類いが飾ってあったようだ。しかし今それらは床に落ち、血飛沫が掛かったり、破れたりと、何かしら破損している。
いよいよ最後の部屋になってしまう。
黒い扉。漆の黒と、金の縁取りが高級感と重厚感を漂わせている。
「趣味悪っ...」
ドアノブには葉や花の模様がきめ細かく掘られていた。
神奈美は扉を開けようと、ドアノブに手を伸ばす。
そこで驚きの光景が目に飛び込んできた。扉の隙間から何かの光がチラチラと見え隠れしていたのである。
「大丈夫ですか?誰か居るんですか??」
神奈美はなるべく弱い力でドアをノックした。
「だっ、誰だ?誰かそこに居るのか?」
男の声だった。
神奈美は生存者が居たことに安堵した。
「はい!ここに!」
「聞いたことのない声だ、君は一体誰だ?」
生存者の口調は動揺している様子で、早口でまくし立てるようだった。
「私は今夜ここに絵を買いに来る予定だった者です。」
「お客様々でしたか、私はこの屋敷の主人の野田と申す者です。」
「野田さん、この屋敷は今大変危険な状況あります。今すぐに避難してください!」
「さっき使用人達が強盗だのと騒いでいたのは、そういうことだったのか!あぁわかった、ちょっと待っててくれ、今支度をしてくる。」
「えっ?ま、まさかコレクションを持ってこようとしてます!?そんなことしてる場合じゃないんです!使用人の人達全員死んじゃってるんですって!危険なんですよ!」
部屋の中からガタガタと物音がする。
「なあに、心配なさんな。手で持てるだけしか持っていきませんよぉ。」
「そんなことやってる場合じゃないんですよ!」
一向に物音は鳴り止まない。
突然、扉の奥から何かを殴るような音と共に、鈍い衝撃がドアノブを伝って、神奈美の手まで伝わってきた。
「ぐっ、ぐあぁっ...」
うめき声も聞こえ、衝撃と音は段々と強くなっていく。どうやら扉に向かって何かを叩きつけているようだ。扉が衝撃によって変形し始める。歪み、亀裂が入り、割れる。
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秋塚は左の廊下を進んで行く。決して止まらず、扉を無視して歩き続ける。
そして、ある扉の前でようやく足を止めた。
ドアノブをハンカチで覆い、静かに回す。扉を開けると、野菜や果物が足下に転がってきた。
そこは台所だった。
何者かがここで大暴れしていったらしい、台所は散らかっていた。テーブルはひっくり返り、鍋は床に落ち、中身のスープが床を濡らしていた。
秋塚は台所に足を踏み入れた。
中を見渡すと、冷蔵庫の側で人が倒れていることに気がついた。
秋塚は急いでその人物へ駆け寄る。白い髪の少女だった。白いマスクとメイド服が血と床に落ちたサルサソースで汚れている。
(胸に包丁が刺さってる。)
胸部に刺さった包丁は、服を赤く染めていた。
秋塚は暫く沈黙する。そしてとんでもないことを言い放った。
「お前生きてるだろ。」
メイド服の少女はピクリともしない。
「スープとソースを床にばらまいたのは返り血を誤魔化すのと、冷蔵庫に入ったその服の持ち主の血を誤魔化す為。」
「果物が転がってたのも冷蔵庫に入っていたものを出して、殺したメイドをその中に仕舞ったから。違うかな?」
依然として少女は動かない。
「明らかにおかしいんだよね、この屋敷の人物は皆、頭部に強い打撃を食らって死んでいる。じゃあ何でお前だけ包丁でぶっ刺されて死んでるわけ?」
「ここに侵入した奴は頭部をあれほど簡単に破壊できる力があるのに、何故ここで包丁に切り替えた?」
秋塚は足下に落ちていた何かの破片を手に取る。
「不自然な部分ならまだあるぜ。何で包丁が胸のド真ん中に刺さってるんだ?そこには胸骨があって、包丁なぞ刺さらない筈だ。」
秋塚は包丁の破片を少女の顔に近づけていく。
「それらの不自然な点は全て一つの言葉で片付いてしまう。[お前が侵入者だから]という言葉でな。」
そしていよいよ刃先が顔に触れる寸前、衝撃と共に秋塚の腕はへし折られた。
少女が秋塚の腕を握力で握り潰していた。少女はその赤い目を見開き言葉を発した。
「それを私の口に近づけるな...!」
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打撃音が大きくなる。軽い水音や、固形物が割れる音までしてきた。
神奈美は扉を開けようとするが、ノブを回してもガタガタと音が鳴るだけで開かない。
「金具が歪んでる...!」
扉の金具は与えられた衝撃によって変形していた。
神奈美の思考に扉に穴を空け、ドアノブ部分のみを残し、扉を開ける術が過る。
(木製ならある程度穴を作ってやれば素手でも破壊できる。)
扉に穴を空けようと銃を取り出した。
「扉から離れてください!」
ドアノブを囲むようにして、黒く塗られた扉に弾丸を撃ち込む。黒や茶色の破片が飛び散って扉に穴が空く。
「これだけ撃ち込めば...!」
神奈美は扉に蹴飛ばす。軋む音がし、先ほど空けた穴から亀裂が入る。
「そいっ、やぁあ!」
再度扉に蹴りを入れるが、開くまでには至らない。
「クソッ!もっと質量のある物をぶつけないと!」
神奈美が三発目の蹴りを入れようしたときだった。
「どっ、わぁあ"あ"あ"あ"あ"!?」
突然秋塚が後方からすっ飛んできた。秋塚は扉を突き破り、そのまま部屋の中へ飛ばされていく。
「その手があったか。って言ってる場合じゃないわ!」
神奈美も部屋の中に入っていく。
入り口のすぐそこには扉の破片と共に、右腕が明後日の方向へ曲がった秋塚が、仰向けに倒れていた。
「大丈夫か?大丈夫よね?」
「すっげぇかわいい女の子いたわ!胸で包丁挟めるとかどんだけでけぇんだよ!巨乳でバカ力女子とか俺のフェチわかってんじゃん!」
「ダメじゃん、大丈夫じゃないじゃん、誰かに頭診てもらえ。」
「失礼な!ちゃんと床屋には行ってるぞ!」
秋塚は落ちたハンチング帽を被り直す。
「というか、俺よりもっと頭診てもらった方がいい奴いるぞ!」
秋塚は自分の後方を親指で指した。その方向には額に大穴を空けた野田が倒れていた。
「野田さん!」
「野田ぁぁあ!って言うんだ、知らなかった....」
神奈美は野田に駆け寄り脈を計るが、既に手遅れだという事実を突き付けられただけだった。
「そっか~...いつかはヤると思ってましたよ。」
秋塚はニタニタと笑いながらその状況を眺めている。
「・・・からかうならもうちょっと場を弁えなさい。だいたいさ、よく考えてみてよ。まず、十四年式拳銃の威力じゃここまでの大穴は空かない。」
神奈美は野田の額に空いた穴を指差す。
「これ、この穴直径が約3cm強あるわ。この銃の弾じゃこのサイズ空けるのはまず無理ね。」
「ましてや木製の扉越しに撃ったのよ?しかも私が撃ったのはドアノブの周りだけ。」
「野田さんの額に私の撃った弾丸が当たるには、野田さんが屈んだ状態でドアノブを凝視するように配置されなければならない。」
「ほほう♪」
秋塚はますますニタニタと笑う。
「更に言うなら....」
神奈美はモッズコートのポケットからレザーのグローブを取り出し、手に着ける。そして野田の左腕を持ち上げた。手には手袋が被せてあったが、指が数本無くなっており、傷口は若干焦げていた。
「このとおり弾丸は左手の指に当たっている。ドアノブは廊下から見て右側にある。すなわち、野田さんは扉の方を向き直立していた。」
次に神奈美は扉の破片を拾い上げる。
「暗くてよく見えない、明かり持ってない?」
「お前の足下に丁度良い物が落ちてる。」
床には金属製の懐中電灯が転がっていた。
「キマりね。この懐中電灯、血がついてるうえに歪んでる。そしてこの扉の破片。」
扉の破片を廊下から差し込む光で照らす。
「丸い傷がついてるな」
神奈美は懐中電灯の先と破片の傷とを合わせる。
「バッチリ同じ大きさね。つまり、野田さんは自殺よ。」
「ほう。」
「この部屋の前に私が来た時、野田さんは突然何かに頭を打ち付け始めたの。その何かがこの懐中電灯。」
神奈美は野田の額の穴に懐中電灯の柄の端をあてがう。懐中電灯の柄は額の穴にすっぽりと収まった。
「私が扉を撃った時には既に死んでいたと考えるのが妥当ね。ただ、死因は予想が出来たけど、何故そんな行動をとったかがわからない。」
「俺はなんとなくわかった気がするぜ」
「ホント!?」
「あぁ、だけどその前に、今居る場所から俺の影になってる所へずれてくれ。」
神奈美は言われた通り秋塚の正面へ移動した。
「いいけど何で?」
「俺の後頭部めがけて大型の振り子時計が飛んできてる気がするから。」
まさにその通りだった。廊下の方から2m近い振り子時計が吹っ飛んできたのだ。
その時計は秋塚の腰に当たり、部品や外装を散らしながらその場に落下した。
「だ、大丈夫?」
「無理ぃ~、足に力入らん~。」
気の抜けた声を鳴らしながら、秋塚は床に倒れた。
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部屋の入り口に、白髪の少女が歩いてくる。
灰色のYシャツに真紅のネクタイ、サスペンダー付きのホットパンツ。顔には口元のみを被うようなガスマスクを付け、黒いキャスケットを被っていた。
少女は部屋の中へズカズカと靴を鳴らしながら入ってくる。光の無い二つの赤い瞳は確実に二人を捉えていた。
突然少女は屈んだ。時計の振り子を拾い上げ、神奈美の頭目掛けてそれを振り下ろす。
(まずい!あまりの突拍子のなさに気が動転してた!この屈んだ体勢じゃ避けられない!)
振子の風を切る音。廊下の灯りを反射し、残光を残しながら振り下ろされる。
(なら、当てれないようにしたらいいじゃない。)
神奈美は自らの頭部に迫るその振り子に手をかざした。
少女の眼は確実に神奈美を捉えていた。瞳の中に神奈美の姿が写る。その反射の中の神奈美は、何故か盆ほどの大きさの楕円形の鏡を持っていた。
「[真実鏡]!」
その鏡は脳が揺れる程の高音を上げながら、少女の眼から飛び出した。
「うっ..ぎゃっあ"...!」
少女は痛みを堪えきれずに両手で目を塞いだ。振り子が床に落ちる。しかし、少女の眼球には目立った外傷は無いようだ。出血すらない。
特に装飾の無い楕円形の鏡、まるで透明な台に載せられているかのように空中に留まっている。
鏡の音は徐々に弱くなっていく。
「こんな痛みなど!」
少女は目を瞑りながらも神奈美に殴りかかる。
「結構効果あったんじゃない?でしょ秋塚?」
「何!?」
少女は後ろを振り返るが、秋塚はまだ床に倒れたままだった。
「貴様騙しっ..!」
神奈美は少女にタックルを食らわせる。少女は腕を胸部でクロスさせ、ガードした。
(ヒョロガリがぶつけたところで!軽いんだよ!)
少女は少し仰け反ったが、一瞬の内に体勢を立て直し、反撃の回し蹴りをくり出す。
神奈美は両腕を立てて蹴りをガードするが...
神奈美「ぐぅっ!(お、重い!この女、作業靴履いてやがる!そして履いていながらこの速度!)」
スピードの乗った蹴りと、鉄板を仕込んだ靴。二つの攻撃的な要素が神奈美腕に襲い掛かる。
腕に衝撃が伝わりきる寸前、突然神奈美はその場から飛び上がった。
咄嗟の判断。ジャンプをすることによって、わざと体が蹴り飛ばされるような形へ持っていく。これにより、モロに衝撃を体に受けるのではなく、移動によって力を消費し衝撃を幾らか和らげることができた。
しかし勢いは殺しきれておらず、着地と同時に足を滑らせ、転倒し、転がっていく。
五回転した後、何かの台にぶつかりやっと止まった。
「いいったぁ!」
少女は滑るように接近し、神奈美の髪を掴み引っ張り上げる。
神奈美は少女の腕を殴り抵抗するが、少女には全く効いていない。少女は拳を握り、振り上げる。
「ダメじゃないか。敵を拘束するのに髪の毛なんか掴んじゃ。」
少女は秋塚に肩を捕まれ、膝裏を蹴られる。無理やり膝立ちの体勢にさせられてしまう。
「お前!腕が折れた上に、下半身不随になった筈じゃ!?何故動ける!?」
確かに秋塚の体は正常だった。腕も先程のような明後日の方向へねじ曲がったものではなく、しっかりと真っ直ぐ伸び、正確に稼働している。
「ストロン◯ーの名台詞で答えてやるよ。そんな事俺が知るかぁ!」
「くっ!」
「解る。ウザいよねコイツ」
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少女は渋々神奈美の髪から手を放した。
「イテテッ、また数本抜けた気がする。そろそろハゲるわよコレ」
「コイツ一体何者なんだ?それにちゃっかりかわいい衣装に着替えちゃって。[真実鏡]で調べられるよな?あと育毛剤買いに行くなら痛み止め買ってきてくんない?」
「調べるけど、動機の話を聞かせてよ。」
浮遊していた[真実鏡]が音もなく三人に近づいてくる。
「聞いたらびっくりするぞ!なんとな、動機は無い!」
「なんて?」
「今回の仕事で俺たちは絵を買いに来たんだろ?」
「すっかり忘れてた。作者め、アイツはもっと話をシンプルに纏められないのか?」
「で、その絵なんだけど....」
神奈美は[真実鏡]を少女前へ近づけ、鏡の上部を掴んで意識を集中させた。鏡の反射面が光を帯び始めた。壊れた電球のようにチカチカと弱く光る。
「この部屋暗くて分かり辛かったが、そこらじゅうに絵画だの工芸品だのがゴロゴロしてやがる。」
「まさか...あるの?」
その時だった。肩を掴まれていた少女が、突然秋塚の腹部めがけて頭突きを行った。見事に命中する。
少女は[真実鏡]に向かってまたも頭突きをくり出した。鏡は神奈美に掴まれていた上部を支点にし、回転する。回転した鏡は神奈美の顔面に当たった。
神奈美は衝撃と反射でのけ反り、またも後方の台に激突する。台が揺れ、載せられていた物が落ちてくる。
その物体が神奈美の目の前に落ちると同時に、鏡の能力が発動した。鏡は物体に向かって激しく光を放ち、物体はその光を受けてその正体を現す。
(絵だ、ガラスの埋め込まれた絵....)
神奈美は脱力し、その場に倒れる。バサバサとコートや髪を鳴らし、崩れ落ちるように。
少女は秋塚をなぎ倒し、窓を突き破り逃走した。
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[サブリミナル効果] [洗脳] [殺人衝動] [反射光]
(待って......待って.......情報渦多だって。)
暗いのか明るいのか、ちぐはぐな空間をさまよっている。頭の横を脊髄の付いた包丁が通りすぎて行った。
(幻覚だって分かってるてば.....)
獣ように蠢く人型の彫刻が、共食いをしている。
手足の感覚が無いまま落下する夢を見ている。首にロープが掛かり、上空へ引っ張りあげられる。
空を突破し、何処かのアトリエに放り込まれる。
男と女が一人づつ。女性は死んでいる。
男は割れた窓にも、上半身と下半身を分断された女性にも目をくれずひたすらにキャンバスに筆を走らせている。
男はやっと筆を止めた。しかし、頭を抱え唸りだす。
「足りたないぃ...足りないっ!」
パレットをぶん投げ、机をなぎ倒し、ゴミ箱をひっくり返す。
男は床に散らばったガラスの破片を拾い上げた。そしてそれを素手で握り潰す。破片は手を貫通し、破けた皮膚から骨や筋がつき出し血が滴る。
血の付いたガラスの破片をキャンバスに丁寧においてゆく。ひとつひとつ丁寧に、めちゃくちゃな配置でおいてゆく。
再度ロープが首を締める。体が浮き、何処かへ引っ張られる。
今度は三つの映像。男二人、女一人。
全員別の場所、別の時間。しかし手にしているのは共通して先程の男が描いていたあの絵だ。
一人目の男は絵に火の灯った蝋燭を近づける。突然男は自分の目に蝋燭を突っ込み....映像が消える。
女はその絵を電飾を施した壁に飾った。女は電球を割って自らの喉を抉った。.....映像が消える。
三人目の男は懐中電灯を持っていた。台座に置かれた絵に懐中電灯の光を当ててしまう。男は近くの扉に懐中電灯をあてがい、それに頭を打ち付け絶命する。
またロープが首を締めつけ、何処かへ引っ張られる。
(何?光のトンネル?)
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神奈美は息を切らしながら眠りから覚めた。
「おぉ!起きたか...」
「ゲホッエホッ....!絵は!?絵どうなったの!?」
「お前が気絶した後新聞紙でくるんで、ダクトテープでぐるぐる巻きにしておいた。」
「ナイス...」
秋塚が神奈美に腕を貸し、神奈美は腕に掴まり起き上がる。
「何が起きた?」
「あの絵はね...強力なサブリミナル効果を与えるの。」
「サブリミナルって、確かあれは効果は微々たるもので....人の行動を制限出来るほどの洗脳効果は望めない筈だぞ?」
「だから[強力な]って言ったのよ。それこそ常識の範疇を越えたくらいにね。まっ、1から7くらいまで説明するから聞いてなさい。」
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二人は屋敷を後にし、庭を歩き車へ向かう。
「これから話す事は予測の域を出ないものだけどだいたいあってると思うわ。」
水溜りを避けながら助手席側へ回り込む。
「あの絵を描いた画家は恐らく身内を亡くしてる。そこで正気を失った。描きかけだった絵にイカれた細工を施したの。」
ドアノブを回すが、鍵が掛かっていて開かない。
「あの絵に使われている色は全て光を反射するものばかり。あの絵に強い光を当てると、散りばめられたガラスが光を取り込む。光は乱反射を繰り返し、絵の白色部へ。それがスクリーンとなる。光は映像を作り出し、光を受けた者に殺人衝動を植え付ける。」
「その……見ちゃった?」
「見た。でも真実鏡のおかげで助かったの。私の真実鏡は隠された情報を暴き、私の脳内に知識としてそれを記録する。真実鏡はその絵の成り立ちと仕組みを教えてくれたの。」
神奈美はモッズコートからライターと煙草を取り出した。煙草を口に咥えて火をつける。ドアが開かず、若干イラついた様子で鍵を開けろと指で示す。
雨はすっかり止んでいた。
「洗脳なんて手品みたいなものよ、あんなの。」
自分で開けろと、秋塚は神奈美に鍵を投げてよこす。
「なんだこれ錆びてんのか?回らないんだけど…
ともかく、仕組みが分かってしまえば、[なあんだ、大したこと無い]って思えてしまう。知識を得た上であんな映像見せられても、世界観が独特だけど理解不能な素人監督映画くらいにしか写らないわ。
あっ、今なんかベキッて…おぉ!開いた開いた!」
「ほーん。お前意外と冴えてるな。」
二人はドアを開けて車に乗り込む。神奈美は荷室へ絵放り投げた。
「少なくともお前よりは冴えてる。」
「んじゃ気づいてたか?あの野田と名乗った男が強盗だって。」
シートに座るなり神奈美はライターとタバコを取り出す。タバコを口に咥えてライターで火を付ける。
「ふぅーっ…もちろん気づいたわ、手を見たときにね。布製の手袋に懐中電灯。若干口調も怪しかったけど、姿を見て確信したわ。」
「ところでガスマスクの女の子だけど...屋敷の使用人達は彼女に殺されたって解釈でいいわよね?」
「わからん。屋敷の主人っぽい人が居なかったから、もしかしたら絵を見て発狂して使用人全員殺して近くの森の中で死んでるかも。」
煙草の煙が車内に蔓延し、視界が奪われる。
「そういう解釈もありか....さぁてとっ、これから面倒くさい仕事の大盛よ。組織に連絡して、この絵明け渡して、隠蔽班に現場渡して、書類書いて.....だぁ~もうっ考えただけで死にそうぅう"」
「でもいいことはあるぜ。用意してきた小切手で金引き出して飯食いに行ける。」
「結局お金あったのね...」
「あっ、それと...」
秋塚は神奈美の咥えていた煙草を引ったくると、車の窓からそれを近くの水溜まりに投げた。
「この車禁煙な。」
「クソがッ!!!」
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暗い森の中、ガスマスクの少女は木に寄りかかり休息をとっていた。
少女は腹部に刺さったガラスの破片を力ずくで引き抜いた。灰色のYシャツは血で赤に染められてゆく。
少女はガスマスクの留め具を外す。ガスマスクの中のおびただしい量の唾液が溢れだした。
月明かりによってその顔が照らされる。
血の気の無い青白い肌に赤い瞳。そして唇はズタズタに引き裂かれていた。まるで製作途中で失敗した胸像のようだった。
少女はトランシーバーを取り出し、それに向かって声を発する。
「こちら亜凛華、痕跡の抹消に成功しました...今戻ります。」
少女の腹部の傷は塞がりつつあった。
閃光:絵画。
白い渦のようなものが描かれた絵。ガラスの破片が不規則に散りばめられているが、この並びとこの色が強力
サブリミナル効果を産み出している。
製作方法、製作意図共に不明。
危険と判断。回収後、即焼却を推奨。