左腕を噛み千切られた。傷口から折れてささくれた骨が剥き出しになってしまっている。
暗いトンネルの中、奴の目の焦点は合っていない。破けた白い拘束着は、奴のものではない誰かの血で汚れている。
私は腰からぶら下げた特殊警棒を引き抜く。伸縮機構の心地よい音、感触。それを感じ取った脳は既にアドレナリンで満たされている。
睨み合う、睨み付ける。顎から汗が、左腕から血が。
奴は獣のように四つん這いで迫ってくる。壁を使った変則的な移動で先が読めない。
私は向かってきた奴の脳天に警棒を喰らわせた。次に眉間、喉仏、鎖骨と突きを入れる。
しかし、奴には攻撃が通っていない。たちまち足首を捕まれてあり得ない馬鹿力で投げ飛ばされる。
コンクリート製の天井に頭をぶつける。まだ飛んでいる。天井に擦り付けながらぶっ飛んで行き、トンネル内の照明に頭から突っ込む。
目の前が眩しい....
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神奈美はいつも通りソファの上で目を覚ました。神奈美は下着姿でソファの上に横になり、毛布を被っていた。
妙な汗をかいている。悪夢を見たらしいが、その内容を思い出せない。
窓を見た。窓の外から淡黄色のライト光が差し込んでいる。地下施設の為、朝になるとこうして窓に見立てた場所からライトによって光を入れるのだ。
仰向けの状態から起き上がり、目やにを擦り取りながら照明の紐を引く。部屋に明かりを灯した。
時計を見る。セグメントは5時59分と表示している。神奈美は時計のスイッチを押してアラームの予約をキャンセルする。
いつも通りの朝だ。起きる頃には喉がカラカラで、目には目やにが付いていて、目覚ましより早く起きる。
ソファから立ち上がり、軽く伸びをしつつ、風呂場へ向かう。部屋は狭く僅か三歩で脱衣所の扉へたどり着ける。
扉の前で立ち止まり、壁に貼り付けてあるタイマーのボタンを押す。
神奈美(支度は30分で...よーい、スタート)
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タイマーのアラームが耳障りな音を鳴らす。脱衣所の扉が開き、既にいつもの水色のセーターとジーパン姿になった神奈美が出てくる。
神奈美は衣装タンスの扉を開く。中にはハンガーに掛けられたモッズコートがびっしりと並んでいた。
神奈美はそのうちの一着を取り、ソファまで持っていく。
ソファの傍に設置されたテーブルには、メモ帳やペン、喫煙道具が一式と、拳銃とホルスターが置かれている。それら全てをコートのポケットに詰め込み、ここでやっと神奈美はコートを羽織った。
神奈美は支度の仕上げに姿見の方へ向かう。
下から順に見ていく。靴下はしっかりと履いている。ジーパンにほつれ等は見当たらない。セーターは清潔な物を着ている。そして顔へ。黒い瞳。への字に曲がった口。額の出た髪型。
神奈美(軽めの化粧もしたし、髪に編み込みも入れたし、特に異常なし、と。)
姿見から離れ、部屋の出口方へ体を向ける。鍵を開け、ドアノブに手を掛けて回す。
扉の外は特に風が吹いていたり、雨が降っているわけではない。ただ、そこには回収課の事務所という景色が広がっていた。
木製の床、金属製のデスクが五つ、壁が埋まる程びっしりと並べられた本棚や物置棚。小さな食器棚と流し台一つづつある。
散らかっているわけではないが、整頓されているわけでもない。少しばかりアットホーム過ぎる事務所である。
神奈美はスリッパを履こうと足元を見るが、スリッパが片方しかない。
神奈美「またか...」
神奈美の部屋の隣から褐色肌でメイド服姿の女性が出てくる。
神奈美「あっ、ヤカタさん。私のスリッパ知りません?またあの変な名前のゴールデンレトリバーに持ってかれたみたいで。」
ヤカタと呼ばれたメイド服の女性は、ジトーっとした目付き神奈美のスリッパを見つめる。
ヤカタ「うーん、後で二連装レールキャノン(犬の名前)の寝床見ておくわ。
あと神奈美ちゃん、私一応この部所の部長なのでまず挨拶からしましょうね。」
神奈美「あっ、そうでしたね。おはようございます。今日も宜しくお願いします。」
ヤカタ「おはよう、よろしく。
まあついついタメ語話してしまう気持ちもわからないでもないわ、この格好だものね。」
ヤカタは見せるようにしてスカートを軽く指で摘まんで持ち上げた。
ヤカタ「それじゃ私5分後に開発部と会議なので行かせてもらうわ。
そうだ、冷蔵庫に朝食のサンドウィッチがあるわよ。」
神奈美「いただきま~すっ。」
ドアに取り付けられた鈴が鳴る、ヤカタが事務所から出ていった。
神奈美は流し台の傍の冷蔵庫を開けた。ヤカタの言った通りサンドウィッチが二つ、皿に盛られていた。
神奈美(ベーコンエッグか、チキンカツ...チキンカツだな。)
神奈美はチキンカツのサンドウィッチを取り、自分のデスクへ向かった。椅子の高さを最大まで上げ、どっしりと腰掛け、サンドを頬張る。
デスクの上には一枚の紙が無造作に置かれていた。紙には[本日の業務]と書かれており、神奈美の今日の仕事の内容が記載されている。内容は至ってシンプルだった。
神奈美(回収品倉庫の整理か。退室時消灯ね。
めんどくさ、現場の方が楽じゃん。どうせ死傷率どっこいでしょ。)
神奈美は紙を丸めてポケットへ入れ、サンドをまるまる口の中に放り込み、椅子から立ち上がった。木製の本棚へ近づく。
神奈美(あ行、あ行、)
本は50音順に並べられている。神奈美あ行の列を指でなぞっていく。ある一冊の本の前で指が止まった。
神奈美(エレベーター)
背表紙にエレベーターと書かれた本を引っ張り出し、逆さにして本棚へ戻した。
本棚が床へ沈んでいく。音は無く、振動すらない。
本棚の裏に古めかしいエレベーターが現れた。木枠にガラス張りの戸、金属製の柵、緑色の絨毯。ノスタルジックな雰囲気と共に若干のカビの臭いも漂ってくる。
神奈美はエレベーターに乗り込んだ。戸と柵を閉め、回収品倉庫のボタンを押す。
耳触りの良いベルの音と共に、エレベーターは下の階へと沈んで行った。
神奈美「はぁ、」
神奈美はエレベーターの手摺に寄り掛かる。
神奈美(ある日記憶を失った状態で目覚めてからはや数ヶ月。一体私は何に巻き込まれてんだか。いや、自分から首突っ込んだんだっけ?)
エレベーターはゆっくりと下へ下がって行く。神奈美は徐に手帳を取り出した。表紙を開く。
最初のページには記憶を失った感想が書いてあった。次のページを捲る。
神奈美「・・・([Oツール]、常識や法則を崩壊させかねない物体。)
頭の悪いネーミングだな。
おそらくオーパーツとかけてるのだろうけど、オーパーツはO PARTSではなく、OOPARTSと書く。そもそもOut-Of-Place ARtifacTSの略だからね。
まあ、多分イメージ的に似通った物だからそんなネーミングなったんだろうけども
はあ、面倒な物を回収する事になったもんだ全く。」
Oツールは現代の科学では説明のつかない挙動を起こす。例えば[強力過ぎるサブリミナル効果]。一度目にしただけで洗脳紛いの刷り込みを行う。本来サブリミナル効果は、気のせいで済まされてしまえる程に薄い。
しかし、Oツールはこの事実を破壊した。ここがOツールの恐ろしい部分である。
例えば、Aという法則が有ったとする。このAという法則はB法則を証明している。ここに完全にAという法則を否定する物体を投入する。これがOツールだ。
Aという法則が否定されれば、連鎖的にBも否定されてしまう。これが法則の崩壊だ。
もし、この法則が誰もが知る一般常識レベルのモノだったらどうなるだろう?
これと似た出来事は実際に起こっている。地動説と天動説の関係がこれに似ている。
地動説が証明された時は、実際にその通りだったから、宗教等の多少のギャップはあれど受け入れられた。
が、Oツールの場合は証明が出来ないのだ。ただ現象のみがそこに存在するのである。
神奈美( [回収課]、謎の多い組織[神の駒]を形成する要素の一つ。Oツールを回収し、法則の破壊、もしくは破壊された法則の認識の拡散を防ぐ。か....)
実は回収課の仕事は殆ど無いのだ。現象が科学で証明できてしまったり、ガセ情報を掴まされたりしてしまうのだ。
更に他の現場担当の課に仕事を取られてしまうのは日常茶飯事で、仕事と言ったらたまに入る本物のOツールの回収か、倉庫整理くらいしかないのである。
そのせいか、回収課は三人しか居ない。
神奈美(てか、何時になったらエレベーター止まるのよ。)
そう思った直後だ、エレベーターが停止した。ベルが鳴る。神奈美は柵と戸を動かし、エレベーターから降りた。
見える景色は、見上げる程の高さの棚、棚、棚。列になって並んだ棚が、巨人のように神奈美を見下ろしている。
棚には奇妙奇天烈な物品が名札と共に置かれている。たまに金庫等も見掛けた。置かれた品はガタガタだのボコボコだの雑音を立て、振動し、時には光を発した。
エレベーターの近くには、巨大な金属製のボックスが台車に載せられていた。ボックスには[未整理品 整理担当:辻 神奈美]と張り紙がされている。
神奈美(デカっ...え、何?この中に満杯に入ってるわけ?そもそもこれ押せるの?動くの?)
神奈美は台車の取っ手を掴み、腕を真っ直ぐ伸ばし、足に力を入れ、目一杯の力で押す。唇を噛み、顔が赤くなるまで押したが、台車は微妙に揺れるくらいで一向に動かない。
神奈美は息を切らしその場に崩れ落ちる。
神奈美「へぇ、へぇ、・・・無理!」
そう口走った時だった。何処からか物が高所から落下する音が聞こえてきた。
神奈美「え?」
音のした方へ目を向ける。Oツールの保管してある棚から回収品が落ちて来たようだ。
神奈美(あれも私の仕事になりそうだな...)
神奈美は落ちてきた回収品を拾いに、棚と棚の間に出来た狭い通路へ入っていく。
白いタイルの上をカツッ、カツッ、と冷たい音を鳴らしながら進んでいく。床には古臭いビデオテープが落ちていた。
神奈美はビデオテープを拾い上げた。テープには手書きの説明書が張り付けてあった。
神奈美「夢ビデオ...
(人や動物の夢の内容を鮮明に記録する物体。視聴は普通のビデオデッキで可能。
*注:観るのはおすすめできない。内容がキチガイ過ぎる上に、理解が追い付かなくて頭がおかしくなる。)
キチガイは草。(後で戻しとこ。)」
神奈美はビデオテープをコートのポケットに仕舞った。一区切りついたところで、台車の方へ戻ろうと振り向く。足取り軽く、来た道を戻る。
神奈美(さて、台車に戻って片付ける方法考えないとな~)
ふとここで神奈美は違和感に気付き、足を止める。そして、ポケットからグシャグシャに丸められた紙を取り出した。
神奈美「回収品の整理...退室時には消灯せよ....」
神奈美は天井を見上げた。照明はクモの巣を纏っているものの、しっかりと点灯していた。点灯していた。
神奈美は倉庫に入ってから、証明のスイッチに一度も触れていない。
紙を掴む手に、汗が滲む。
神奈美「誰か居ますかぁ!」
耳を澄ませる。返事はない。
神奈美「居ないんですかぁ!?」
もう一度耳を澄ませる。また返事は無かった。
だが、神奈美は確かに耳で捉えた。まるで機関銃のように細かな、それでいて鼠のような静かな足音。
何かが居る。
突然照明が消えた。目の前が暗闇で満たされる。
神奈美「あーあ。いつも通り。」