神の駒   作:海苔 green helmet

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回収課2

 足音が近づく。周囲は暗がり、鼻先すら見えない。

 

 神奈美(正体を調べようにも、こう光が無いんじゃ、真実鏡が使えない...)

 

 神奈美は暗闇に手を突き出した。埃一つ触れる気配がない。

 

 神奈美(えっ?)

 

 神奈美は手を手前から横に突き出す。依然として何の感触もない。

 

 神奈美(棚すら?)

 

 そう、何の感触もない。自分のすぐ横にあった筈の棚にすら触れない。

 神奈美はしゃがんで床に触れる。地面はあるようだが...

 

 神奈美(違う、感触が違う。指から伝わってくる手触り、これは明らかにタイル張りの床じゃないわ!

 カーペット?毛が細かく、太いタイプ...それこそ映画館にあるような..)

 

 近くで音がした。カシャカシャと連続する軽めの駆動音だ。

 

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 ベルの音がした。エレベーターだ。明らかに油の刺さっていない柵が軋んで開いた。

 

 ヤカタ「神奈美ちゃ~ん?そろそろ昼休憩にしな..い?」

 

 ヤカタは辺りを見渡すが、神奈美の姿はない。照明はエレベーター付近と傍のデスク、そして回収品の入った台車を照らす僅か一列のみが稼働していた。

 他の照明を点けようとスイッチを押すが、反応しない。棚の設置されている場所だけ照明が点かず、棚の間の通路は黒煙でも漂っているかのように真っ暗だった。

 

 ヤカタ「神奈美ちゃーん?返事ぃ!」

 

 耳を済ます。雑音はあれど、人の声は一向に聞こえない。

 ヤカタはトランシーバーを取り出し、マイクに口を近づける。

 

 ヤカタ「一名行方不明。繰り返す、回収課Oツール倉庫にて職員一名が行方不明。

 これから調査を行う。10分後に定時報告。連絡が無ければ救出の要するものとみなすこと。以上。」

 

 ヤカタは軽く指を慣らし、天井まで高くそびえる棚の間にある通路へ足を進めた。

 

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 神奈美は真っ暗闇の中を手探りで進んでいた。勿論何のヒントも無しに進んでいるわけではない。

 神奈美の手に冷えた感触が伝わっていた。

 

 神奈美(コンクリートの壁..)

 

 幸い、壁はあるようだ。だが神奈美はもう一つのヒントを重要視していた。先程の機械の駆動音である。足を進める度にその音は大きくなる。引き寄せられる様に足が進む。

 ふと、神奈美の手に金属質な感触が、伝わる。ドアノブだ。

 

 神奈美(大元はここね)

 

 ドアの奥からはあの駆動音が聞こえてくる。

 

 神奈美はドアの形状を調べる為に、指でドアの枠をなぞっていく。人差し指が蝶番に当たったところで手を止め、体を蝶番のある方へ移動させる。

 

 神奈美(外開きなら..)

 

神奈美はドアノブに手を掛けた。ゆっくりとなるべく音を発てずドアノブを回す。ドアノブを少し持ち上げ、蝶番が軋まぬように、引き寄せるようにドアを開けた。

 部屋から反応は無い。駆動音が響くだけであり、人の足音すらない。

 神奈美は部屋の中に足を踏み入れた。

 

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 ペン型ライトを耳に掛け、特殊警棒を右手に、トランシーバーを左手に持つ。

 

 ヤカタ(可能性は二つある。一つ目はサボり。二つ目はOツールの暴発による行動不能。)

 

 ヤカタは奥へと足を進める。

 

 ヤカタ(だけど二つ目はよっぽど事が無い限り発生しない...筈ぅ..なんだけどなぁ)

 

 ヤカタは床に目を向ける。視線の先には、床一面にバラ撒かれたフィルムがあった。それらは生物のように蠢いており、移動しているようだった。テヅルモヅルを思い浮かべて頂ければこの気味の悪さが伝わるだろう。

 

 ヤカタ「・・・」

 

 トランシーバーを口元へ近づける。

 

 ヤカタ「Oツールの暴発を確認。しかし、依然として行方不明者の姿は確認出来ない。探索を続行する。」

 

 スカートをつまみ上げ一歩踏み出してみる。

 

 ヤカタ「おっと、踏まれるのはイヤなんだね」

 

 フィルムは足を近づけると、死にかけ蝉のようにバタバタと暴れた。

 

 ヤカタ(現場要員じゃないけど、これくらいなら私にだって...)

 

 ヤカタは警棒を仕舞い、頭上に右手を掲げた。

 

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 映写機が動いていた。薄暗いその部屋では映写機が小窓に向かって映像を投げかけていた。神奈美は他に何か無いかと更に足を進める。

 映写機の隣に古いタイプのテレビが設置されていたが、それ以外には何も無い部屋のようだ。

 特に調べる物、手掛かりになる物は無いと思い、神奈美は出口へ向かった。

 その時だった。急に床が明るくなった。振り替えるとテレビの電源が点いているではないか。画面の光が床に反射し、部屋を青白く照らしている。

 

 神奈美はポケットからライターを取り出す。メッキの施されたライターは周りの景色を外装に落とし込んでいた。

 

 神奈美( [真実鏡] )

 

 反応が無い。いつもなら盆ほどの大きさの鏡が出てくる筈。

 

 神奈美「ふ~ん。ちょっとピンチかも」

 

 テレビのスピーカーから雑音が漏れ出す。低く、振動するような音。頭蓋骨が揺さぶられ、血管まで入り込むような気色の悪い音。耳を塞いでも聞こえてくる。

 音は徐々に大きくなっていき、画面は点滅を繰り返しはじめた。

 神奈美は唇を噛み、頭を抱える。

 

 神奈美(やかましい上に目に悪いとキタ!)

 

 そこでプツリと音は途絶えた。映画の盛大なラストシーンが一瞬で切り替わり、夢オチで片付けられた時のように、あっけなく、何の前触れも無く音は消え去った。

 

 神奈美は視線を上げた。視界を妨げる髪を掻き分け、テレビの画面をその黒い瞳で捉える。

 

 [夢ではない、夢ではない]

 

 画面に文字が現れる。青白い背景をバックにノイズの掛かった文字が揺れた。

 

 神奈美「へ、へぇ..そうなんだぁ」

 

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 ヤカタは警棒を仕舞い、頭上に右手を掲げた。頭上から埃が落ちてくる。黒い影が天井から音もなく忍び寄った。

 ヤカタは降りてきたソレを握った。体が引き上げられていく。耳に掛けたペン型ライトが頭上を照らし出した。

 

 天井が歪んでいた。天井の支柱が雫のように垂れ下がっている。ヤカタは垂れてきた支柱にしがみついていた。支柱は音もなくヤカタの体を引き上げていく。

 

 ヤカタ「住み家を操作する...か...」

 

 支柱は床から5m程ヤカタを引き上げると、実にゆったりとしたペースでヤカタを前へ進めた。言葉では表現し難い。動きとしては水滴が物を伝って移動する形に近い。それに掴まることで、ヤカタはフィルムから一定の距離を保ちながら移動することができた。

 

 ライトの光が下方を照らした。蠢くフィルムが床の上を広く薄く埋め尽くしている。

 その中に一際目立つ盛り上がりがあった。人形(ひとがた)に盛り上がり、頭部に当たる部分からフィルムが排出されている。腐肉に群がるウジ虫の様だった。

 ヤカタはその盛り上がりに近づき、フィルムの山に手を突っ込んだ。フィルムを掻き分ける。

 

 案の定そこにいたのは神奈美だった。しかし、喜んでいる場合ではないようだ。

 

 額に亀裂が入り、血の代わりにフィルムが噴水の如く溢れだしている。目は左右バラバラな動きで、ぐるぐる回ってみたり、しきりに左右へ動いている。酷く痙攣し、軽く衝撃を与えても反応は帰ってこない。

 

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 写し出された文字が消えて、画面上に新たな文字が現れる。

 

 [あれは記憶だ、あれはキ オクっ]

 

 神奈美「今朝の夢の事か。内容は思い出せな...あれ?」

 

 神奈美は少し同様した。普通見た後は断片的にしか思い出せない筈の夢の内容が、鮮明に、且つ正確に思い出せるのである。

 

 [夢の内容イガガっがイ 以外は再現することはできない]

 [バグが発生 言語出力回路にい ぃ異常 診断開始]

 

 神奈美「ちょっと待って、今朝のが現実で起こったとするなら、私死んでない?少なくとも片腕は今頃義手になってる」

 

[しかしシシッながらこれは現実の記っぉ憶]

 

 神奈美「だぁっもう、推察するには材料が少なすぎる!」

 

 神奈美は床に腰を下ろし、項垂れる。

 

[異常KAN測 記憶にカイ竄記ロロロロくあり]

 

 神奈美「下手に探られないようにプロテクトでも掛けられてたってワケね。クソッタレ..!」

 

[異能パワ 力、及び超能力による妨害もカチン 感知]

 神奈美「なぁんだ、絞れてきたじゃない。」

 

 神奈美は立ち上がった。何か余計な事を思い付いたのか、指を唇に当て、部屋の中を歩き回る。

 

神奈美「要はその二つを追えば私の記憶の手掛かりに辿り着けるわけね」

 

 神奈美がギャグテイストなニヒル顔でニヤついていると、突然テレビのスピーカーからアラームが鳴った。

 

 神奈美「何事?」

 

[再ゲゲゲ現対象の生mayパワ 力低下中 ]

 

 神奈美「なんて!?」

 

[KA9 覚セセセセイを提あん]

 

 部屋の壁や床が小刻みに揺れ始める。神奈美が入ってきたドアに亀裂が入る。ドアは次の瞬間陶器のように崩れて跡形もなくなってしまった。残ったのはドアの枠ではなく壁だけだ。

 

 神奈美「覚醒たって、どうしたら?出口とか無いの?」

 

 神奈美の目に映写機の小窓が映る。

 

 神奈美「始めて小柄であることを誇りに思ったかも。」

 

[ダメダメダメダメダメダダダダメ]

 

 神奈美「何で?」

 

 神奈美は揺れる床から壁を伝って立ち上がり、小窓を覗く。奥は映画館そのものだった。スクリーンにデカデカと神奈美の影が映った。

 椅子の一つから誰かが立ち上がる。スレンダーなシルエットの女性だった。

 

[KAKAKAノ女はキケンケンケン]

 

 神奈美はさっと身を屈める。

 

[222222222下下下下下下、、、RUN]

 

 神奈美「逃げろって何処によ!?」

 

 [KOノ場ところ しょは夢もどうぜん]

 

 部屋の揺れが止まる。

 

        [ 醒めろ ]

 

 神奈美「あぁ、RUNって逃げろじゃなくてそゆこと...」

 

 神奈美は部屋の端に身を寄せた。そして、これでもかと床を力強く蹴り、走った。大股三歩で壁に激突した。

 

[走馬灯の女には近づくな]

 

______________________

 

 少しカビくさい臭いが鼻をかすめる。神奈美は目を開けた。

 

 緑色の絨毯、金属製の柵。倉庫へ降りる為に使っていたエレベーターだ。壁に寄りかかる形で座らされているらしい。

 そして、目の前にはメイド服を着こんだ女性。こちらに背を向け、爪を噛みながらトランシーバーを握っている。

 

 神奈美「ヤカタさん..」

 

 声に気がついたヤカタは、神奈美の方へ振り返る。ヤカタは半泣きになりながら神奈美を抱き締めた。

 

 ヤカタ「あぁ~、良かったぁ...五時間も上がって来ないから心配したんだよぉ...」

 神奈美「心配かけました。これからは定期的な報告を心掛...け..?・・・五時間ですか?」

 

 神奈美はふとエレベーターの天井に目を向ける。

 

 神奈美「ちょっといいですか?」

 

 神奈美はヤカタを丁寧に振りほどき、ソレへと手を伸ばした。

 

 

 

 

 




 テレビに表示されたセリフ ノイズレスVer
 [あれは記憶だ、あれは記憶]
 [夢の内容以外は再現することはできない]
 [バグが発生 言語出力回路に異常 診断開始]
 [しかしながらこれは現実の記憶]
 [異常観測 記憶に改竄記録有り]
 [異能力、及び超能力による妨害も感知]
 [再現対象の生命力低下中]
 [覚醒を提案]
 [ダメダメダメ以下略]
 [彼女は危険]
 [逃げ、、、RUN]
 [この場所は夢も同然]

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