誰かの声がする。大勢の人の声がする。聞こえているわけではない。脳がアンテナみたく誰かの心の声を拾っていた。声は脳内で木霊し、まともに拾うことは難しい。
頭痛が頭の中を飛び交う。吐き気がする。心臓の鼓動は加速し続ける。呼吸が乱れ、視界が揺らぐ。
少年は立ち上がった。足は震えている。震えは恐怖からではない。
少年は一歩踏み出でた。街頭の電球が割れ、月明かりのみが少年の行く末を照らす。
少年は歩み進める。そして劣化した力を、身に余るその力を振りかざした。
こうなってしまった原因と決めつけられたソレは圧縮され、潰され、原型留めない姿へと変えられてしまった。
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昼休みの頃、鷲尾(ワシオ)は今朝送り返されてきたラブレターを持って体育館裏の木陰に座っていた。
落ち葉を拾い、握りつぶす。拳を緩ませると、指の隙間から、はらり、またはらりと落ち葉の破片がこぼれ落ちた。
ラブレターへ目を向ける。「男がラブレターとは我ながら愚作だ」と、頭の中で呟いた。ヘタクソな文や、蛇のようにうねった文字を見ても、開き直って鼻で笑うなんてことはしない。これもまたグシャグシャに潰し、ポケットに仕舞った。
気を紛らわす為に辺りを見渡す。何か物珍しい出来事でもあればと思い、いや、あってくれてと半ば願いながら目を泳がせた。
「特に無し。まあ、これが常というものだ。」と言葉が過った時だった。何処からか声が聞こえた。
???1「本当に誰なのよ、こんな事思い付いたのは!?」
声自体は小さかったが、声の主である女の子がイライラしているということは伝わってきた。
???2「指揮とってるのシマだろ?アイツが指定したんじゃない?」
男の声だ。
???1「シマさん人の扱い雑!」
???2「部外者視点からだけど、結構良い采配だと思うぜ」
勇気など毛ほども無い、ただの興味本意だ。除き見ようと顔を半分だけ物陰から出す。が、光によって遮られた。トンネルから出た時にのように目の前にワっと光が広がり、視界が遮られたのだ。思わず目を瞑る。
???1「首が飛ぶわよ007(タブルオーセブン)」
目を瞑っているうちに、彼女は去っていた。
声からして確か転校生。名前は 二江...、二江 郁恵(フエ イクエ)だったか。
正直彼女への人間的関心は沸かなかった。それは何処を取っても平凡だからである。これはクラスでは周知の事実である。皆の興味が彼女から離れて行き、自然といつものようにぐうたらと過ごすようになっていた。彼女もさほど目立つタイプではなく、寧ろその正反対であり、暗く、影に潜むような目立たない人物だ。興味が薄れていくのも納得である。
そんな彼女が校舎裏で誰かと密会していようが全くもってどうでもいい。[声の主その2]はその姿はおろか、影すら無かった。
キョロキョロしている間にチャイムが鳴った。
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鷲尾は教室の引き戸を開いた。黒板には男性器と女性器のヘタクソな絵がデカデカと描かれ、机や椅子の幾つかはひっくり返っていた。
自分の机へ目を向ける。机の上には大量の空きボトルが散乱していた。
席へ着こうと椅子を引くと、教卓側からペットボトルが飛んできた。ペットボトルは机でバウンドし、脇腹をかすめて背後の壁に当たった。
橋本「オッシィ!もうあとミリじゃん!」
鷲尾(センチだろ)
山岸「オイオイオイ、サッカー部には任せておけねぇな!次俺ぇ!」
野球部の山岸が小ぶりなペットボトルを投球の要領で投げる。ペットボトルは壁に弾かれ、今度こそ鷲尾の後頭部に当たった。
鷲尾「いてっ」
特に感情のこもっていない口調だ。
山岸「あちゃ~、なあハッシー、陰キャのヘッドショットってポイントいくつだ?」
橋本「レー点に決まってんだろ!ハッハッw!さっさと謝ってこいよぉ~w」
山岸「え~wあんなゴミ山行きたくねぇよw
なあ!鷲尾!悪ぃけどそれ捨てといて!よろしくなw」
無視してトイレへ行こうと鷲尾は椅子から立ち上がる。
山岸「オイオイ鷲尾、やめときなって」
鷲尾「何をですか?」
山岸は羽織った学ランを翻した。悪趣味なベルトに、西部劇で使うようなホルスターを付け、その中に小さな黒い筒が入れられていた。
山岸「痛い目みたくないだろ?」
どうやら山岸は鷲尾が怒り、報復しようとしていると勘違いしたようだ。
橋本が山岸の肩を叩く。
橋本「おい、コイツそれ知らんぞw」
山岸「おうそうか...」
山岸は筒を仕舞い、袖をまくり拳を握る。鷲尾はそれを無視し、出口へ体を運ぶ。
山岸「お?逃げんのか?」
鷲尾は構わず歩く。
山岸「はっ、陰キャな上に腰抜けじゃフラれる訳だ」
足が止まる。
山岸「どうしたァw?腰抜け陰キャでも喧嘩は買うってかw?」
鷲尾「・・・意味がわからない」
鷲尾はそう言い残し、フラフラとした足取りで、引き戸に肩をぶつけながらも教室から出ていった。
鷲尾の思考は混乱していた。トイレへは向かわず、フラつき、時々千鳥足になりながらも屋上へ行くための階段を上がる。鷲尾は階段に座り込んだ。頭を抱え、思考を整理する。
鷲尾(この吐き気はマジに何なんだ?燃え上がるような感覚と、震えるような悪寒が..)
鷲尾は口を抑える。こうして座っているだけでも、件の感覚が脳や腹を伝い、寒気が止まらなかった。
不意に頭を掻くと、髪の毛がボタッと抜け落ちる。
この訳のわからない感覚は子供の時から鷲尾を悩ませていた。頭の中で言葉では形容し難い波が立つのだ。人と話しているとき、失敗した時、成功した時、この波は立つ。鷲尾にはこれが何であるか分からなかった。
最近になって、この感覚は激しさを増し、体にまで影響を及ぼしていた。
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雨が降っている。結局吐き気は弱まっても治まらず、六限まで彼の精神と体調を蝕んだ。鷲尾は帰路についていた。その足取りは重い。
酔いのような感覚を考え事で誤魔化しながら歩いていると、突然肩を叩かれた。振り返ると頬に指が刺さる。
雨具を着た少女がニコニコと微笑みながら鷲尾の頬を指でつついている。
???3「やっ!隣のクラスの鷲尾クンだよね!一緒に帰ろ!」
雨具のフードの中から透き通るような白い肌がちらつく。
鷲尾「・・・君は..誰?」
鷲尾は困惑の表情を見せる。
???3「つれないなぁ、隣の三組のリンゴちゃんだよ!
今日一緒に帰るはずだった友達が先生に呼び出されてて、[先に帰って]って言われちゃったんだ
噂には聞いててキミとは気が合いそうだから話しかk」
鷲尾「いや、やっぱり誰?」
リンゴ「だぁかぁらッ、隣のクラスのr」
鷲尾「嘘を吐くな」
鷲尾は冷たく言い放った。
リンゴと名乗った少女は未だに微笑むのを止めない。
鷲尾「僕はあることするために3学年女子全員の顔と名前を覚えた
君のような子は三組にも一組にも居ない」
リンゴは相も変わらず潤った口角を上げてニコニコと笑っている。
リンゴ「うーん・・・人違いだったようだ!
気にしないでお家へお帰り!」
リンゴは踵を返し、場から去ろうする。しかし..
鷲尾「待つんだ」
鷲尾はリンゴの腕を掴んだ。
鷲尾「僕は君への興味が沸いてきた
どうして僕に話しかけたのか、どうしてうちの学校の制服を着ているのか、何故僕に話しかけたのか...
キミの事を知りたくてたまらない!何を考えているか、骨の強度だとか、内臓の色まで知りたい!」
鷲尾は気味の悪い薄ら笑いを浮かべる。
鷲尾「ヒヒヒッ、いい気分だ...これこそ恋なのかもしれないッ!」
リンゴは鷲尾へ顔も向けずに喋りだす。
リンゴ「好きになっちゃったぁ?」
ゆっくりと振り替える。
リンゴ「ちょうど良かったわァ、フフッ、私も貴方をタダで帰すつもり..全く無かったもの...ウフフフ..フフフ...」
突然、雨の音が聞こえなくなった。いや、何もかもうやむやになって、情景が歪み、全て黒く塗り潰され意識が飛んだ。
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教室のガラの悪い連中がガヤガヤと騒いでいた。所謂猥談というヤツで盛り上がっている。
どんな内容だったか、細かい所は覚えていない。ただ、その話を聞いてから僕はつがいというやつが欲しくなったのだ。
身近な所から選出することにした。同学年の女子生徒から絞り混む。特に顔や体型、性格等に希望は無かったのであみだくじで選出した。結果、桐山 七海(キリヤマ ナツミ)という同クラスの女子が選出された。
早速アプローチを謀ってみたが、失敗に終わってしまった。
そもそも何故このような行為走ったか、理由はごくごく単純であった。興味が湧いたからだ。幸福というやつが心のどんな状態を示すのか...そこに興味が湧いたのだ。
快楽は幸福へ直結する。こんな言葉を聞いた。それが例え束の間だったとしても、どんな状態になるのか知りたかった。幸福という感覚を味わいたかったのだ。
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脇腹に冷たい何かが当てられた。右の手に生暖かい液体がかかる。意識を取り戻して、始めに感じた感触である。
鷲尾は恐る恐る視線を下ろし、腹部へ向けた。
鷲尾「え」
右の脇腹にボールペン程の大きさのトゲが刺さっている。トゲには無数の穴が空いており、そこから血液を体外へ排出していた。
山岸「お、俺は悪くねぇ...!」
無駄に震えた声が聞こえた。
視線を上げると、山岸が例の筒を構えてこちらへ向けていた。
山岸「おまッ..えがあッ...包丁なんか持って..桐山をころ、ころ、殺そうとするからだ!」
鷲尾を辺りを見渡した。
山岸の後ろに金髪でガラ悪そうな女の姿がある。桐山だ。人気の無い公園には、街頭くらいしか明かりはなく、月明かりは雲で遮られている。
鷲尾の左手から包丁が零れるように落ちた。
鷲尾「わからない...」
鷲尾は右手を額に当てた。
鷲尾「吐き気がする...」
うつむいて両手で頭を掻きむしる。
鷲尾「覚えがない...興味がない...動機がない...」
この時、鷲尾の脳内の何かが異常を示した。過剰に溜め込まれたストレスが遂に堰を切って溢れ出したのだ。
頭痛、めまい、吐き気、耳鳴り、その全てが鷲尾の感覚に降りかかった。
いつの間にか鷲尾は膝から崩れ落ちていた。桐山と山岸は唖然としている。喉に痛みを感じた鷲尾は、自分がついさっきまで叫び声を挙げていた事を理解した。
鷲尾「な、なんだ?誰だ?」
想像の斜め上の台詞に二人は思わず顔を見合わせる。
鷲尾は居もしない四人目を探すかのように、頭を右へ左へと振り回した。
鷲尾「誰が喋ってる?あ"ぁ、クソッ!まだ頭が痛い!吐き気もする!
なんでだ、僕じゃない...意識がないうちに.....」
山岸「何が何だかよくわかんねぇが、テメェが桐山を襲ったのは間違いねぇよ!」
鷲尾「あ"あ"あ"ッ喋るなぁ!頭に響く!」
殴り掛かる鷲尾に向かって山岸は[筒]を構えてトゲを発射した。しかし、トゲは鷲尾の眼前で軽い音を発てて砕け散ってしまう。
山岸は鷲尾の拳を掻い潜り、座骨にに向かって自らの拳を走らせる。
凄まじい破砕音。めちゃくちゃな方向を向いた指。鬱血し、紫色になった皮膚。山岸の拳は僅かに届かず、鷲尾の体の前で潰れていた。
次々に潰れていく。手首、腕、肩。潰れる度に骨が皮膚を突き破り、傷口から血が滲み出た。
山岸「アガッ!あ"ぁッな"ん"た"ぁっ!」
山岸は壮絶な痛みの中、頭に違和感を覚えた。あらゆる方向から押し込まれるような感覚。山岸は叫ぶのを辞め、腰を抜かして座り込み、そのどうしようもない理不尽な運命を受け入れた。
鷲尾は息を切らし、両の手を地べたに付けた。
しかし、彼の思考は疲労とは別の感情で埋めつくされていた。あまりにも幼稚で、根底に埋まっていた感覚。
それは、破壊により得た爽快感と、それを認識することが出来たという喜び。即ち幸福だった。
そこへ余計な横槍。トゲが鷲尾の頬をかすめる。桐山が山岸の持っていた筒を使ったのだ。
桐山「なんで当たんないのよ!」
ヒステリックな叫び声。
桐山「アンタが居なけりや、アンタに絡まれなければ!こんなことには!」
筒にヒビが入る。
桐山「もうワタシの人生に関わるな!」
筒が破裂した。砕けた破片が桐山の目に刺さる。
桐山「キャア"あ"あ"あ"あ"!」
鷲尾は立ち上がった。足は震えている。震えは恐怖からではない。
鷲尾「確かに僕がキミに絡んだのがいけなかったね。もっとちゃんと選ぶべきだったよ。
今後はお互いにお互いの人生には感傷しないようにしよう。だから、さようなら。」