オリジナル要素が多数含まれるーーというよりもほとんどがオリジナルで構成されており、自分自身でも「大丈夫かこれ」と思いながら執筆しています……(苦笑)
色々と至らない点が多数あると思いますが宜しくお願い致します。
1-01 空の邂逅
――少年の話をしよう。己に立てた誓いを果たすため、槍に意思をのせて貫き通した少年の物語を――
七耀暦1201年――帝都ヘイムダム付近上空。
くるくると回転するプロペラがついた、空を渡る船――帝都までの定期飛行便。その甲板で手すりによりかかる一人の少年がいた。長めの白髪を一つにまとめた少年は、上空から見える景色をぼんやりと眺めているのだった。
(……後数十分もすれば帝都入りか。そしたらやっと――)
これまでの経緯と、帝都に向かう目的を思い浮かべながら、少年はふぅっとため息をついた。ここで一つの区切りが付けられると考えると、少々感慨深い物があった。だがそのため息は重かったのか、隣で同じように風景を眺めていた老人が顔を向けてくる。
「どうした? ため息などついて」
「あ、いえ。ここ最近のことを思い出していたら少し……」
あははは、と苦笑いを浮かべる少年に対し、老人は首を傾げる。上品な服装や見やりからして、帝都――というよりも、このエレボニア帝国の貴族のように見える。コホンと咳払いを一つして、手すりに寄り掛かった姿勢を元に戻した。
「帝国の貴族とお見受けしますが……」
「畏まらなくていい。……それに貴族ではないからな」
ほっほっほ、と朗らかに笑顔を見せて訂正するご老人に、少年は少しホッとしたように胸をなで下ろした。――実は以前、変な貴族に絡まれたことが原因で、少々苦手意識を持っていたのだ。
帝国は歴史が古く、支配階級にいる貴族の権力は強い。最近では少々違う話も聞くが、それは置いておこう。ともあれ、貴族と接するときは少々気を遣っていたが、目の前のご老人は貴族ではないらしい、と肩の力を抜く。
「ふむ、帝国の者ではないみたいだが……お主は観光で飛行艇に乗ったのか?」
「いえ、新しい職場と師の付き添いが主ですね」
「ほう、その年で働き始めるのか? お主いくつだ?」
「16歳だと思います」
ポリポリと頬をかきながら告げる少年。しかし16歳で働くという言葉と、その妙なニュアンスにご老人は眉根を寄せた。――地方からの出稼ぎだろうか。ふむと頷く老人は、
「まだ若いのに……お主は帝都で働くのか? もしそうならば、何かあったときはここを尋ねると良い。あまり力になれんかもしれんが、ここであったのも何かの縁だからな」
「え? あ、いえ、見ず知らずの人にそこまでして貰うわけには……」
懐から手帳を取り出したと思ったら何かを書き込み、その紙をすっと差し出してくれた。思わず受け取り、達筆で書かれた文字――おそらく住所だろう――を読み、少年は慌てて返そうとする。
しかし老人は首を振るのみだった。
「情けは人のためならず。出来ることは限られるかもしれんが、それでよければ助けになるぞ」
「――ありがとうございます」
ほっほっほ、と笑う老人に、少年は頭を下げる。そしてその場を去って行く老人の背中を見送り、少年は再び手すりに寄り掛かった。――その時に気づいた。
「あ、そういえば名前を聞き忘れていたな……」
視線を老人が去って行った方角――つまり飛行艇の中に入る扉を見て、少年はしばし考え込み、手渡されたメモに視線を落とす。住所が書かれていて――その末尾に建物の名前が書かれていた。
(スミットウェール邸……スミットウェールさんか)
メモの内容を持っていた手帳に記した彼はポケットにしまい込む。ふと、師の言葉が蘇ってきた。人は人で、それぞれ違うのだ、と。
――当たり前だが、以前あった苦手な貴族もいれば、今のスミットウェールさんのように優しい人もいるのだということを、改めて感じ取る。
「……よし、がんばるか」
手にしていた手帳をしまい込み、これからがんばって行こうと決意を新たにする。目的地である帝都まであと僅か。白髪をたなびかせながら空を眺めていて。
「………うん?」
――あたりが急にふっと暗くなる。太陽が雲に隠れたのだろうか。帝都に近いこともあってそろそろ空港に着陸するためなのか若干低い高度を飛んでいるので十分あり得る。
だが空を見上げて、少年の中で警鐘がなった。――”雲一つない快晴”である。なのに、影が差した。さらには飛行艇の直上付近から複数人の人の気――所謂気配を感じ取る。
「嫌な予感がするな……師匠は……ダメか」
自身の師匠の現状を思い出し、少年は師を放っておくことにする。それに、例え自身の“得物”がなくとも、よほどの存在が現れない限り何とか出来るだろう。少年は甲板を駆け出し、飛行艇の中へと入っていった。
――そのすぐ後だ。飛行艇を衝撃が襲い、帝都へ向かう予定のルートを外れていったのは。
~~~~~
帝都へ向かうルートから外れ、離れた郊外上空へと連れ去られた定期飛行便は混乱の中に合った。そんな中、上空から突然人が現れ、すっと甲板に降りてくる。
「……さて、準備は良いな。すでに中に侵入している奴らからは、アイツを追い込んだという連絡を受けた。俺達はだめ押しに潜入して彼女を捕らえる」
甲板の上に降り立ったのは十人を超える集団。二名を除き、全員そろいの鎧とヘルメットを被っており、腰には揃いの長剣と拳銃、もしくはライフル。統一された集団と言うことが分かる。
「正直この仕事は、俺達の流儀から外れる。気は進まんが、これも仕事だ、手は抜くな。……だがいいな、俺達の流儀を穢すんじゃねぇぞ」
その集団に檄を飛ばすのは、体躯の大きい大男。彼はヘルメットを被っておらず、素顔を晒していた。深みのある顔には厳つさが滲み出ている。その鋭い視線で彼らを睨み付けた後、手で払う仕草をする。
「では行け! 仕事を終わらせてとっとと撤収するぞ!!」
『了解!!』
それぞれが剣や銃を構えながら飛行艇の中へと入っていく。そんな中、大男――おそらく集団の頭目的存在だろう、彼の側に控えていた男が歩き出す。――装備している鎧は同じだが、顔にはヘルメットではなく仮面を付けていた。そして腰に一振りの剣のみ。
その男に、頭目は言う。
「おめぇも行くのか? さっきまではあんなに気乗りしてなかったって言うのに」
「妙な気配がある。おそらく俺と同等か、もしくは全盛期のあんたと同等か。ともあれ、そいつに下手に動かれないよう牽制する」
「……ほう?」
――どうやら先程まではやる気を見せなかったらしい仮面の男の言葉に、頭目は俄に興味を持つ。ふんと鼻を鳴らし、やる気があるのは結構だと告げて。
「で、”もう一人”はどうする?」
「あんたが行ったらどうだ? 人手不足だしな」
口調では提案しているが、雰囲気的に「行ってこい」と告げているようなものだった。そのことを感じ取った頭目はケッと吐き捨てて、
「てめぇ、リーダーをこき使うつもりか……」
ぼやくものの、確かに部下達には手を焼きそうだと感じる彼も、肩をすくめて、
「しゃあねぇか。飛行艇の内部は分かっているな? てめぇは最下層で待機していろ」
「……なるほど、そういうことか」
最下層にあるものを思い出し、仮面の男は頷いた。確かにそこに居座った方が牽制にもなる。
「例え捕まえても捕まえられなくても、定刻には戻るぞ。奴ら(帝国正規軍)が来る前に」
「了解した」
――最下層には、緊急時のための脱出艇が数隻配置されているのだ
~~~~~
「師匠はどこにいったんだよ……!」
自分が座っていた席に戻ると、そこでグースカ眠っていたはずの師の姿は消えていた。少し高めの飛行便にしたのだが個室は取っていなかったため荷物も席に置いたままであり、不用心ではないかと思うが、ぼやく本人がいないため舌打ちで流した。――幸い、少年の”得物”も無造作に置かれたままだ。先端が布で覆われた棒を手に持ち、周囲に視線を走らせる。先程の振動から、何かが起こったのは確実であった。
その振動と、そして帝都へのルートを逸れて上昇し始める飛行艇に乗客達は混乱している。飛行艇の乗員に詰め寄る者もいるが、乗員自身もどういう事態なのかを把握できていないらしい。
「まぁ師匠は放置で良いとして……! とりあえず操縦室へ……!」
ルートは逸れているが、上昇していることからまだ飛行艇の操縦はされていると言うことだろう。それはつまり、操舵手が舵を切っていると言うことか。そう仮説を立てた彼は、それを確かめるために操縦室へ向かおうとして、客席を後にする。
そのまま乗客室を出て、近くの壁に掲げられていた案内板を頼りに操縦室へ歩もうとして――
「………っ!」
それに気づけたのは、ある意味奇跡だろう。ある扉の前に小さな赤い染みがあることに気づいたのは。近寄って確かめたところ、危惧していたとおり血痕だった。
「………」
手にしていた棒の先端にある布を取り外し、少年はそっと扉を開くのだった。その扉の上部にはプレートが掲げられており、そこには『機関室』と書かれている。
「機関室……勘弁してよ……」
機関室と言うことは、この飛行艇の動力源、心臓部だ。そこに何らかの異変があれば、乗客含め全員の命の危機になる。気を引き締めて、少年は歩き続ける。視線は前と下を交互に見比べながら。
幸いなことに、血痕は一定間隔で床に広がっているため、後を追うのは用意だった。だが徐々に間隔が狭まり、同時に人の声が聞こえてくる。耳を澄ますと女性――まだ幼い少女だろうか、の声に混じって男性の声も聞こえてくる。
「……」
機関室なだけあって、周囲には重要そうな機械が立ち並んでおり、その影に隠れながら少年はそっと近づいていく。すでに声もはっきりと聞こえていた。
『やだ、来ないで!』
『そういう訳にはいかない。俺等も仕事だからな』
『悪く思うな、嬢ちゃん。悪いようにはしないからさ』
『ひっ!? や、やだっ!』
少女一人と男性二人。物陰に隠れながらそっと状況を確かめると、一際大きな機械――おまけに導力の光が輝いているところを見ると、この船の一番重要なものであることは察せられた。それを背にした少女は左肩を押さえている。肩の辺りが赤く染まっていた。
それの正面にいるのは二人の男は互いに剣を構えている。怯えきっている少女を相手に、徐々に距離を詰めている。――どことなくやりづらそうな雰囲気を感じ取れるが、だからといって少年は気を緩めるわけにはいかなかった。手にした得物を両手で握りしめ、すぅっと息を吸い込んで。
「シッ!!」
「な――グッ!?」
物陰から飛び出すなり、息を吐き出す――と同時に手にした棒の後端で男を一人叩き伏せる。背後からの奇襲をすんでの所で気づき避けようとしたが、流石に間に合わなかった。
「止まれ! 何者だ!」
そのままもう一人も打ち倒そうとしたが、少年に気づいた男は剣の切っ先を少年に向けて問いかける。だがその問いかけに答えることもなく、少年はヒュンと風切り音をならして棒を回転。先端が下方からすくい上げるように跳ね上がり、
「なっ……!」
下側という視界の外からの不意打ちと、回転による遠心力が乗った”穂先”は、男が手にしていた剣を難なくはじき飛ばした。――少年の得物は槍、やや短めの短槍である。穂先を突きつけられ、さらには鋭い眼光で射貫かれた男は黙り込む。
「その問いかけ、そっくりそのまま返すよ。状況的にあんた達に非があると思うが……弁解があるなら聞くよ?」
声音は普通だが、その中に確かな憤怒があるのを感じ取る。状況だけを見れば、か弱い少女を襲おうとしていただけにしか見えないだろう。それも得物を持って。
くっと歯がみしつつも、男は両手を挙げて降参を示した。その行為に目を細め、少年は呟いた。
「……どういうことだ?」
「我らの作戦は失敗だ。いっそひと思いにやってくれ」
「殊勝な心がけだが聞きたいことがある。お前等何者だ? なぜその子を襲っていた?」
――あまり乗り気ではなかったのだろうか。男の言葉を聞いて眉根を寄せ、先程の衝撃のことも合わせて問いかける。流石にそこまでは語れないと思ったのか、男は口をつぐむ。だがずいっとさらに突き出された穂先を前にして、観念したかのごとく口を開いた。
「……我々は”空族”だ。ある奴に頼まれて、その子を連れてくるように頼まれた」
ビクリ、と少年の背後にいる少女の肩が揺れた。空族という言葉に反応したのか、それとも――今はそのことを放置して、少年はさらに短槍を突き出した。穂先がのど元をかすめるほどに。
「さっきの衝撃は、あんたらの船せいだな」
「な、なんでそれを――」
少し前に定期飛行艇を襲った衝撃のことをそう断言すると、男は目を見開いて狼狽を露わにさせる。その反応を見て、少年はしたり顔を浮かべて、
「やっぱりそうか。ありがとさん」
「えっ? あっ――」
――カマを掛けられたと言うことに気づいた時には、槍の穂先が僅かに動き、次の瞬間には柄の部分が自らの頭の側面、こめかみに向かって振るわれたことに気づき、そして意識を失った。
問答の後に意識を奪い、少年はふぅっと息を吐き出した。相手は空族――飛行艇を用いて略奪を行う一派のことだ――で、狙いはこの船と言うよりもこの少女というのが正しいだろう。ということは――
「君、大丈夫か?」
槍を収め、少年は背後でへたり込んだままの少女に向き直り、自身も屈んで視線を合わせた。自分とは正反対の、艶のある長い黒髪に、今にも泣き出しそうなほど潤んだ瞳も黒い。しかし泣きそうな目で見られると、確かにやりづらさを感じる。頭をかきながら少年は懐からハンカチを取り出した。
「え、なに……?」
「そう慌てないで。ただ怪我の手当だから」
彼女がずっと押さえていた左腕の傷にハンカチを巻き、即席の包帯代わりとして使用する。手早く手当を終えた後、少年は立ち上がって彼女の腕を掴み立ち上がらせた。
「……なんで、助けてくれたの?」
「すぐそこに血痕があって、それを辿っていったらあの状況さ。あの状況を見て助けようとしなかったら、そいつの感性を疑うね、俺は」
あくまで当然のことをしたまでだと告げる少年だが、少女はやや難しい顔をして首を傾げている。――やがてややむっとした表情を浮かべ、こちらに食って掛かってきた。
「……つまり仕方なくやったってことなんですか……」
「なんでそうなる……」
――どうやらややスレている性格らしく、そう曲解してきた。さらにはこちらの言葉の意味もあまり伝わらなかったようだ。少年は苦笑しつつ、ぽんっと少女の頭に手を置いた。
「人が人を助けるのに、理由なんかいるか」
「…………」
その返答がよほど予想外だったのか、少女はぽかんと目を丸めて少年を見上げている。一方の彼は、その一言だけでこの件は終わりだと言わんばかりに後ろを振り返り、元来た道を――つまり機関室の外へと意識を向けていた。
――いつの間にか飛行艇の中の気配が増えている。慌ただしく船内を行き来する気配が十数あった。さきほど意識を刈り取った男の言葉を信じるなら、おそらく空族だろう。
「君、なんであいつらから追われているか知ってる?」
「………」
「お父さんとお母さんは?」
「……………」
後ろで少年のそばにいる少女に問いかけると、ふるふると首を振ってきた。その返答を半ば予想していた彼はそうか、と頷いた。なぜ十一、二歳ほどの少女が一人でこんな所にいるのか、親御さんはどうしたのか。聞きたいこともあるし、よくわからない状況ではあるが、今は整理よりも打開をするべきだ。
「君は今、空族団に追われている……っていうことで良いんだよね? それで、君はどうしたい?」
「……逃げたい」
こちらの問いかけに対し、ぽつりと小さく呟く少女。その一言を耳にして、少年は口の端をつり上げて再びぽんと彼女の頭に手を置いた。
「わかった。じゃあ一緒に逃げるとしよう」
「……え?」
予想外だったのだろう。少年の言葉に再び目を丸くして見上げてくる彼女に、少年は大丈夫と言うように微笑みを浮かべていた。
「確か飛行艇には、緊急時のための脱出艇があったはず。それを拝借するとしよう。……ていうことは下層だな」
「……え?」
「どうしたの?」
「その……貴方の方は……ううん、なんでそこまで……」
とんとん拍子で話を進めていく年上の彼を呆然と見上げながら、少女は問いかけた。助けてくれたことは嬉しい。だけど、会って僅か数分の自分に対して、なんでそこまでしてくれるのか。何か裏があるのではないかと、危機を通して生まれた警戒心が告げていた。
だが、その警戒心はすぐに和らぐことになる。少女の言葉足らずの問いかけに、少年は肩をすくめて懐から手帳を取り出した。その手帳の表紙に描かれていた紋章を見て少女は目を見開く。
「……支える篭手」
――大陸全土で知られる支える篭手――遊撃士。民間人を、人を守るという理念の元に結成されたギルドだ。その一員と言うことは――
少年はその手帳を少女に見せながら、笑みを浮かべている。
「帝都ヘイムダル所属、準遊撃士のエルガ・ローグだ。……まぁ帝都所属は予定だったんだけれどな」
苦笑を浮かべながら言う少年――エルガ。彼は手帳を仕舞い、納得したような、驚いたような顔で固まっている少女に向かって手を差しのばした。
「遊撃士の理念と、俺個人の誓いにならって、君を安全な場所まで守る。……良かったら君の名前も教えてくれないか? いつまでも君呼びじゃあやりづらい」
守ると言って差し出された手を見て、頭上にある彼の真剣な眼差しを見て。少女はコクンと頷いて差し出された手を掴んだ。彼ならば信用できると、そう感じたのだろう。そして少女は彼に向かって口を開く。
「……ナギサって言うの。よろしく」
言葉少なめに、そしてぶっきらぼうに名前を告げてきた。――これが二人の出会いであった。