次回は3章に入るか、それとも番外編に入るかのどちらかになります。
「――いや、困ったなぁ……。こっちの計画が全部狂っちゃったよ……」
――暗い森の中、一人で立ち尽くす青年ははぁ、と深くため息をついた。しかし仕草はともかくとして、その声音や雰囲気は言葉とは裏腹に、全く困ってなさそうである。
それどころか、どこか楽しげな雰囲気さえ漂わせていた。帝都で自らの姿を投影させていたときと同様にローブを身に纏い、深くフードを被ったその姿は占い師を想像させるだろう。
――もしくは”魔法使い”か。ともあれ、帝都からかなり離れた森の中に、あの占い師はいた。この森から出たことはなく、帝都にいた遊撃士達が目にしていたのは自身の影に過ぎない。この場所からあそこに、自身の姿を投影していたのである。
だがそれは、ナギサという東方民族、それも”巫女”の一族出身の少女によって見破られたばかりか、あの四人はこの先もずっと覚えていることだろう。
当初の予定では”占い師”に関する記憶が消され、こちらへの警戒が薄いうちにナギサを保護するという計画だったのだが、それが他ならぬ本人の手によって失敗に終わってしまったのだ。
まさか他の四人にも”魔除け”を施していたとは。忘却そのものはしっかり発動しているため、帝都の住民達は占い師に関する記憶が消えてしまっている。だがあの四人には魔除けの札によってかからなかったため、自分に関する記憶は残っている。
――その違いによって、「帝都の住民達は記憶を消された」ということに気づくだろう。本来であればそう考えることはないのだが、ナギサがいる以上、その仮説に間違いなくたどり着く。
「ん~……出来ればナギサちゃんは保護してあげたかったんだけれどなぁ……。破門した不肖の弟子が迷惑かけているし、”眼”のこともあるし……」
唸りながらちらりと後ろを振り向いた。複数の魔法陣が折り重なったそこには、赤や青、茶色に緑色など、計七色の輝きが煌めき、一カ所に集まっている。そして光が集う中央には、自ら光を放つ何かが宙に浮いていた。――古い知り合いからの頼みは、まだまだ時間がかかりそうである。
「彼らの戦いは見ていたんだけれど……やっぱり”彼”に対抗出来そうなのがいないからなぁ……」
視線を戻し、何か気になることでもあるのか、しばし考え込むような仕草をしている。とはいえ、この失敗のせいで彼らも警戒するだろうし、ナギサも何らかの対策をしてくるだろう。そうなってしまえば、彼女に魔術は通じなくなる。
――なにせ魔術と巫術――呪いに近い魔術と、呪いを浄化する巫術。相生が悪すぎるのだ。もう自分に出来ることはほぼないだろう。――最も、「する気がないだろ」と指摘されれば、それを否定しないのだが。
「まぁ仕方ないか。しばらく破門弟子も動かないし……”ジル”の依頼、さっさと終わらせて発破かけた方が早いな」
自分が動く気はもうないのか、他力本願なことを口にして振り返り、自ら輝きを放つ”それ”に向き直る。
――誰もいない森の中で、”大魔法使い”はただ一人、何かをしているのだった。
~~~~~
――日が暮れ、帝都の街に灯りが付く。街中に立っている街灯が灯され、建物からも光が溢れている。夜だというのに明るい街は、エルガからすれば慣れないの一言に尽きるだろう。少なくともあと数日は慣れないはずだ。
(……改めて思うと、凄いところに来ちゃったんだなぁ、俺……)
ベッドの上で胡座をかき、窓枠に頬杖をついて街の景色を眺めていたエルガは、乾いた笑みを溢している。普段は一つにまとめている白髪を今は解いているため、師匠からはよく後ろ姿だけなら美少女だとからかわれることが多い。
――結局あの後、例の占い屋があったというヴァンクール大通りを中心に聞き込みを行ってみたのだが、返答は“全員”知らないの一言だけである。挙げ句の果てには、朝聞き込みを行った際にちょうど話を聞けた主婦の方と再会でき、もう一度話を聞いてみたのだ。
その人は、今朝自分たちと会って話をしたことは覚えていた。――が、占い屋の下りになると途端に眉根を寄せて考え込んでいた。
あれはおそらく、自分でも何かおかしいと気づいたのだろう。途中、「……あの店、なんて名前でしたっけ? っていうか、何をしているお店でしたっけ」と自分たちに尋ねてくるほどなのだから。
結局主婦は腑に落ちない顔でずっと考え込んでいる様子だったが、そのままお帰り頂いた。
知っている、と答えていた主婦さえも、記憶からなくなっているらしい。アニーやレオンも、その現象に気味悪そうな表情を浮かべていたが、ナギサのみ、恐る恐るといった様子で、
『多分だけれど、帝都一帯に忘却の呪いがかかったんだと思う。……それで、あの占い師の記憶だけが消されてしまったとしか……』
――正直忘却の呪いなどと言われてもピンと来なかったが、あの主婦を見た後では、それで納得するしかなかっただろう。何よりも、そう口に出したナギサ本人でさえ、半信半疑といった様子なのだから。
「……深く考えちゃダメだな、うん……」
前髪をかき上げて、エルガはベッドに横になった。これ以上考えても答えの出ないことなのだろうと自分に言い聞かせ、視線を横に向けた。
先日荷ほどきを終えたため、部屋の中にはいくつかの私物が置かれている。その中で机の上に置かれている茶器が目に入り、ふとお茶を入れてみようという気になった。
帝国では珍しい東方由来の緑茶だが、エルガにしてみれば主流である紅茶やコーヒーよりも緑茶の方が好みであるのだ。茶葉もあるし、お湯を沸かそうとベッドから立ち上がる。
エルガがいる自室――というよりも自宅はワンルームタイプのアパートである。そのため一部屋に様々な機能が集約されており、キッチンも備え付けられていた。これはこれで便利だな、と思いながらやかんに火をかけ、水を湧かし始める。
それからしばらく経った後、コンコンと控えめなノックが扉の向こう側から聞こえてきた。
「………」
――実は少し前から、扉の前を誰かがうろうろしていることに気配で気づいていたのだが、それは言わぬが花だろう。やっとか、と苦笑しつつも、エルガは扉を開け、来訪者を見下ろした。
「ナギサ、何のようだ?」
「えっと、その……」
こちらを見上げた途端、もじもじと口ごもる彼女を見て再度苦笑する。寝間着姿で長い黒髪は濡れており、首にはタオルが掛かっている所から、シャワーを浴びてきたのだろうか。何やら手荷物を持っている彼女を見てふと気づいた。
「……ナギサ、寒くない?」
部屋の前で結構長い間うろうろしていたのだ。半乾きの黒髪を見て、エルガはそんな感想を抱いてしまう。顔色も、シャワーを浴びた後にしてはあまりよろしくない。しかし彼女はぶんぶんと首を振って、
「さ、寒くクシュンッ」
「部屋入れ。ちょうどお茶入れようと思っていたところだ」
おそらく寒くない、と言おうとしたのだろう。だがその途中でくしゃみをした彼女を微笑ましげに見て、とりあえず彼女を部屋に招いた。少しだけ躊躇するような仕草を見せたものの、最終的に彼女はエルガの部屋へと入っていく。
「……意外と整理しているんだね」
「意外ってなんだ意外って……」
部屋をキョロキョロ見渡した彼女の感想を聞いて、エルガは若干顔をしかめた。一体普段はどういう奴だと思われているんだろうか。彼のその呟きを効いたナギサだが、不意に口を開いた。
「……でも、物少ないね……」
「そりゃあ、つい先日ここに引っ越してきたわけだし。それに遊撃士だと、各地に飛んだりすること多いから、あまり物とか買わないようにしている」
――逆を言えば、物を買わないようにしている中で茶器を一通りそろえる辺り、お茶に関してはそれだけ気に入っていると言えるのだが。とりあえず元から部屋に備え付けられていた椅子に彼女を座らせ、エルガは壁に掛けてある普段着(つまり仕事着でもある)のジャケットを彼女に放り投げた。
「寒いならそれでも着てろ。でかいだろうけど」
「う、うん……」
放り投げたジャケットを大事そうに抱えた後、いそいそと袖を通す彼女に背を向け、やかんの火を止め、お茶を入れ始めた。その様子を黙って見ていたナギサは、珍しい物を見たとでも言いたげな声音で問いかけてくる。
「……エルガも、お茶が好きなの?」
「あぁ。コーヒーも紅茶も好きだが、一番を決めろと言われたらお茶を上げるぐらいにはな」
その言葉に、ナギサは嬉しそうに表情を綻ばせる。――エルガ”も”と言っていたことから、多分彼女も好きなのだろう。クスッと微笑みを浮かべながら、エルガは安心したように息を吐き出した。
「……最初にあったときに比べると、大分素直になったな」
「…………」
本心からの言葉だったのだが、何かが彼女の琴線に触れてしまったのか、途端に不満顔になって顔を背けられてしまった。――前言撤回、大分ではなく、普通に素直になったと訂正する。
「それどう違うの!」
(やべ、口に出しちまったか……)
彼女の突っ込みを受けながらも、肩をすくめる。誤魔化すように急須から湯飲みにお茶を注ぎ、彼女に差し出した。
「それで、何のようで来たんだ? 昼間の占い師の件か?」
自分の分のお茶を湯飲みに注いで彼女の対面に座り、ずずっと啜る。結局あの占い師に関しては、これ以上はもうどうしようもないから放っておこう、ということになった。手がかりを探ろうにも、もうこれでは探しようもないのだろう。
あのことで話がしたくて来たのかと思ったものの、ナギサは一瞬微妙そうな表情を浮かべたものの、首を振って否定する。
「そうじゃないんだけど……ちょっと関係しているというか」
「………?」
ますます不可解そうに眉根を寄せるエルガ。これは忘れてるな、とため息をつきつつ、少しだけ不満そうに唇を尖らせる。
「朝の約束」
「……今日のだよな? 今日の朝……あ」
言われ、朝の様子を思い出していた。スミットウェール邸や地下水道など、今日一日で色々あったが、朝と言えばヴァンクール大通りで占い屋について聞き込みを行っていたことを思い出していた。そしてその時、ナギサが言っていたではないか。
『……あたしも占いできるよ。戻ったらやってあげようか?』
「……約束していたな」
誰も今日だとは言っていないが。しかしそれについて突っ込むのは、こうしてわざわざ来てくれた彼女に対して野暮という物だろう。苦笑しながらも彼は頷いて、
「じゃあ早速だけれど、俺の運勢占って貰えるか?」
「――うん、わかった」
心なしか、どこかホッとしたように、そして嬉しそうに準備を始めた彼女を眺めていく。持ってきていた手荷物――小さめのポーチから半透明の球体を取り出した。
占いと言われてタロットカードのようなものを想像していたエルガからすれば、少々意外である。ごそごそと準備中にもかかわらず、彼は球体に触れようと手を伸ばす。
「水晶を用いた占いかぁ……って」
「………」
手を伸ばしたことに気づかれ、ナギサに手をはたかれた。そのまますごすごと何もなかったかのように手を引っ込め、椅子に深く座り込んだ。どうやら邪魔されるのが嫌らしい。
――昼間の彼女の力を目の当たりにしているため、正直かなり期待できた。以前知り合った人は、占いに関して「当たるも八卦、当たらぬも八卦」といっていたが、巫女の一族である彼女はどう思っているのだろうか。
「――本当に力のある人の占いなら当たる。けど占いって、途切れ途切れな映像が浮かぶから、色々な見方が出来るの」
「……なるほどねぇ」
準備している彼女に疑問を問いかけたら、そんな返答が返ってきた。どうも占いそのものは当たるらしいが、断片的な情報になってしまうため、様々な解釈が行えるらしい。
――いやそもそも、断片的とはいえ”映像が浮かぶ”なんてこと初めて聞いたぞ。期待が高まる一方、どこか不安も募ってくる。
「……準備できた。何を占って欲しい?」
「ん……じゃあ、俺の願いが叶うかどうかかな」
「――わかった」
見たこともない円陣が描かれた紙の上に水晶を置き、それに両手をかざした彼女に問いかけた。すると、どんな願いなのか聞かずに、彼女はすっと目を閉ざした。――水晶から、光が溢れ出し、彼女の脳裏にある光景が映し出された。
――これは、どういうことなんだろう……?
首を傾げつつも、脳裏に浮かび上がった景色を読み取ろうとする。短めの槍を手にして人を守っている白髪の人影が見えた。おそらくエルガだろう。だが彼の背中にいる、つまり守られている人達は彼のことを無視しているのが気になった。
そして当のエルガは笑みを浮かべている。笑顔と言うことは、満足していると言えるだろう。つまり願いは叶う、と言えなくもない。
「……誰からも感謝はされないけれど、願いは叶う……かな」
正直自信はない。占いというのは得てして、解釈の違いがあるのだから。しかし人を守りながらも、誰からも感謝はされないという今の映像、激しく気になってしまう。
「――そっか。まぁ人を救うっていうのは、そういうもんだよな……」
ナギサの言葉に一瞬目を見開いた後、どこか自嘲気味に呟く。人を救う、それが彼の願いなのだろうか。そういえば以前も、似たようなことを言っていた気がする。
――唐突に、違う景色が映り込んできた。それは占いによって見えたものではない――俯いたエルガは気づかなかったが、この時ナギサの瞳が怪しく輝いていた。
――南にある山間地帯。短槍を持った黒髪の男性と、刀を二本手にした細目の男性。多数の人々は、大きな荷物を馬で運んでいた。銃器や鎧で武装した集団。そして見知らぬ女性と白髪の少年、異形の姿が映し出された。
黒髪の男性が持っている短槍は、どこかエルガの短槍と似通っていて、細目の男性はどこかで見た覚えのある顔立ちをしていた。
そして全身毛むくじゃらの、巨大な針がある三つ足の異形――様々な光景が次々と浮かんで来た。今のは一体――
「――おいナギサ、大丈夫か」
「――はっ」
エルガから声をかけられ、飛びかかっていた意識が引き戻される。慌てて正面を見ると、すぐ近くに彼の心配そうな顔があり、今度は違う意味で意識が飛びそうになった。
「ち、近いっ!」
「あ、悪い」
驚きのあまりつい体を引きながら叫ぶと、彼はハッとして身を乗り出していた体勢を元に戻していく。やや気まずそうに頬をポリポリかきながら、
「ごめんな、なんだかナギサの様子がおかしかったから……」
――一瞬、瞳が光っていたような気がしたんで、と言いかけたものの、結局言葉にはしなかった。多分部屋に備え付けられている導力灯の光が反射でもしたのだろう。とはいえ、女の子とはいえ女性をまじまじと見るのはやめたほうが良いのだろう。理由はよくわからないが。
「だ、大丈夫。ちょっと驚いただけだから」
あたふたとしながらも、ナギサはふぅっと息を吐き出して心を落ちつかせようとする。彼が淹れてくれたお茶をすすり、ナギサはこくりと頷いた。以前から疑問に思っていたことがあるのだ。
「……エルガは何で人を救いたいの?」
「んー? まぁ、恩返しっていうのが、一番近いだろうな」
なぜ人を救いたいのか、というナギサの問いかけに、エルガはどこか自嘲気味に答えた。
「俺、昔ある人に救って貰ったんだ。だから今度は、俺が誰かを救うっていう形で、受けた恩を返していきたい。強いて言うなら、それが理由かな」
微笑みを浮かべながら、しかしどこか遠いところを見るような様子で語るエルガに、彼女は眉根を寄せる。受けた恩を、別の誰かに返す――確かにそれも、一つの恩返しの形だろう。だが、
「……その人に直接恩返しはしないの?」
「……そうしたいんだが、もう出来なくてさ……」
ナギサが放つ直球に対し、彼は言葉少なめに投げ返した。懐かしさと、そして僅かな悲しみを宿したその表情を見て、親しい人を亡くしている彼女は察してしまった。――恩を返すべき人物は、もうこの世にはいないのだということを。
「…………」
「さて、もう時間も遅い。それを飲んだら、子供は寝るべきだな」
「……エルガだって子供だよね」
「君よりは四つ年上だ」
押し黙ったナギサに向かって年上ぶった物の、同レベルの言い争いをした後エルガは吹き出し笑うのだった。その理由は彼女には分からなかったものの、やがてつられるように笑みを見せるのだった。
その後占いの小道具を片付け、とりとめもない話をしながらお茶を飲み干した後、ナギサはエルガの部屋を後にする。扉を出て共用廊下に出た彼女は、扉の前で何かを躊躇うかのようにもじもじとしていた。
「どうした、ナギサ」
「……その、うん……」
――実は彼女には、占いの他にもう一つ用事があったのだ。それをまだ果たしていない――今更言うのは何だが、しかし言わなければならない。それに、おそらく伝えるのならば今が絶好のチャンスだろう。
「……エルガ、その……」
「……?」
首を傾げる彼をちらりと見上げ、そしてすぐに目をそらす。そのまましばし逡巡とする物の、やがて意を決したように息を吐き出して――
「ひ、飛行船の時……あたしのこと、助けてくれて……ありがとう」
「―――――」
「そ、それじゃ……おやすみ」
ナギサは自分でも分かるほど顔を赤くさせ、まるで逃げるように駆け足でその場を去って行く。昨日までは遊撃士協会の一室に簡素なベッドを持ち込んで、そこで寝泊まりをしていたのだが、今日はアニーが部屋を貸してくれるそうなのだ。
もしかしたらアニーの差し金かも知れなかったが、しかし今のエルガにはどちらでも良いことだった。去って行った彼女の背中を見送って、エルガは穏やかに、嬉しそうに微笑んだ。
「初めてだな。あいつから”ありがとう”って言われたのは」
少しは自分たちのことを信じてくれるようになってくれただろうか。――親を亡くし、強く生きなければならないと思っていた少女は。
「………あ」
やがて扉を閉めて自室に入ったエルガだが、違和感を感じ眉根を寄せて部屋を見回した彼は、やがて何かがなくなっていることに気がついた。
「……ジャケット持って行かれた」
関わった人達の記憶を消し去った大魔法使い。某ド外道の眼鏡面が浮かび上がりますね。さらにどこかの森で何かをやっている最中。彼は敵か味方かーー
そしてようやくエルガにお礼を言えたナギサちゃん。ここから徐々に素直になっていくことでしょう。
次回は前書きでも触れたように三章に入るか、それとも番外編に入るかになります。番外編は、所謂サブクエスト的なものになると思います。